No.61741

帝記・北郷:七之前~民を統べる者~


帝記・北郷の第七話
もはや恋姫じゃない!?

計らずも二分割……何で長くなるかな……

続きを表示

2009-03-05 23:20:27 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:7431   閲覧ユーザー数:6318

 

『帝記・北郷:七之前~民を統べる者~』

 

 

「そう、今日も落とせなかったの」

「申し訳ありません。三日三晩攻め立てたのですが、敵の士気高く、また軍を率いる将も一世の英雄ばかり……」

青州黄巾党の幕舎で、眼鏡をかけた少女と長髪に厳つい顔の男が話していた。

少女の名は張梁。言わずと知れた張三姉妹の末妹にして、この青州黄巾党の実質的な統率者。

男は張曼成。青州黄巾党の総司令官に相当する人物であり、この乱の首謀者でもあった。

「いいのよ…曼成さんの責任じゃないわ。敵は天の御遣い、北郷一刀が率いる天兵なんだもの」

そう言って笑う少女に、張曼成は胸を痛める。

張三姉妹が青州に来た時、その正体に気付いたのは彼の部下の廖惇であった。

そうして彼は張三姉妹に青州黄巾党蜂起の旗頭になってくれと頼んだのだ。

彼女達も最初は渋っていた。だが、傍らにいた廖惇の一言で状況は一変する。

「不可抗力とはいえ自分達が起こした乱の責任もとらず自分達は幸福な道を行き、今だに中黄大乙を唱える太平道信者達をの苦難を見捨てるのか?」と。

かくして、青州黄巾党は張三姉妹を再び頭に頂いた。

誤算だったのは、北郷一刀の帰還と維新の勃発である。

これによって青州黄巾党は予定より早く決起することになり、加えてそのごたごたで一刀が本物なのかどうかの確認が遅れたのであった。

(あの時、天の御遣いの帰還を知っていればこの方々を愛しい方と戦わせることも無かったと言うのに……)

天の御遣いと北郷一刀の関係については張曼成も聞いていた。

(この乱はもはやこの方々ではなく、この方々の歌が民を動かした根源たる思い…天下太平への思いが先に立っている。無理に旗印を据える必要もなかったというのに……)

「曼成さん?」

「あ、はい!?」

暗い顔をして考え込んでいた張曼成を、人和が心配そうな顔で見ている。

「失礼しました。少々考え事をしていたもので」

「そう…あまり無理はしないでね」

「ありがたきお言葉……」

そうして、張曼成は天幕を後にした。

「………」

言葉も無く、陣内を行く。

すでに食料は尽きかけており、このままでは青州黄巾党がただの飢えた暴徒と化すのは時間の問題であった。

「曼成様」

不意に声をかけられ、張曼成は後ろを振り返る。

「おお、廖惇」

彼の副官であり無二の親友でもある少女がそこにいた。

「例の件、手筈は整えました」

「そうか…では明日の晩に」

「はい。予定通り大賢良師様達のお食事に……」

「そうか……苦労をかけるな」

「いえ。むしろこのような事態を回避できなかった自分が不甲斐なく……」

「良いんだよ…潮時だったのかもしれない。太平への道を追い求めてきたが、もう充分…後は天の御遣いに任せよう」

悔しげに唇をかみしめる廖惇に、張曼成は優しく微笑みそう言った。

 

 

籠城四日目。

三日三晩続いた城への猛攻はようやく止み、城外は前夜までの戦闘が嘘のような静けさに満ちていた。

「おい!包帯が足りないぞ!」

「布は無いか!?破いて包帯の代わりにするんだ!」

「痛ぇ…痛ぇよ……」

「腕が…俺の腕が…」

だが場内は、負傷兵の呻きとそれの治療に当たる者たちの喧騒に満ちていた。

「龍将軍…俺は…死ぬんですかい?」

「気をしっかり持て!傷は深いが何とかなる!」

その中には、龍志の姿もあった。

蒼亀からある程度の医術を習っていた彼も、負傷兵の手当てに追われている。

「そうですかい…へへ、死ぬなら腹一杯飯が食いたいって思ってたんですがねぇ」

「安心しろ、飯なら生きて一杯食える…ただし俺の治療がふいにならん程度にな」

「はは、解ってますよ」

「龍志さん!包帯の代わりになりそうなものを集めてきたよ!」

龍志の元に、布を抱えた一刀がやって来た。

彼もまた、出来ることがしたいと言って助力を買って出ていた。

本来ならこの城の№1と№2がこうしてここにいることはまずいのかもしれない。

だが、二人を引きとめようとした華琳達を龍志はこう一喝したのだ。

「血の海でのた打ち回る兵卒の気持ちを解さずして、天下への道が開けるか!!将もまた兵に生かされていると言う事を忘れて、我が主の覇道に役に立とうか!!」と。

戦が甘いものではないと言う事は龍志も知っている。

時として兵を見捨て、死地へと送り込まねばならないということも。

だが、そうであるが故に。

兵とは将の一存でまるで駒のように使われていくと言う事が嫌という程解っているからこそ。

龍志はこう言う時に兵を放ってはおけない。

そして願う。

その事実を一刀に忘れて欲しくないと。

「……同じなんだよな」

「え?」

一刀の呟きに龍志はふと手を止めた。

「こうして傷ついている人たちも、黄巾党達も…何かの為に戦っているってことは同じなんだよな」

「はい。この者達も彼等も、家族の為、己が生きる為、あるいは命を賭けるに足る誰かの為に、刃を取り、闘い、傷ついているのです」

淡々と龍志は事実を告げる。

一刀の反応を見るかのように。

「…俺にできるのかな?皆をまとめ上げて、この世に太平をもたらす事なんて」

「できるできないじゃねぇ、するかしないかですよ」

答えたのは、龍志の治療を受けている兵士だった。

「少なくとも、俺はあんたを信じて戦ってるんですぜ」

傷の痛みに顔を引きつらせながらもニッと笑う兵士に、一刀ふっと笑みを浮かべて力強く頷く。

その光景を見て、龍志は胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら再び手を動かし始めた。

 

「どうも腑に落ちないわね」

その夜。軍議の席で華琳が漏らした言葉に、その場にいる一同が彼女を見た。

「圧倒的な兵力で三日三晩あれだけの猛攻を加えておきながら、こちらを休ませるような時間を与えるなんて」

「敵側に何か起こったと考えるべきですか?」

「食料が尽きたっちゅう可能性は?」

「それなら、むしろより激しく攻めて来るでしょう」

その場にいる将達が思い思いの意見を述べるが、答えは出ない。

「少なくとも…局面が動くのは間違い無いとみていいでしょう」

美琉の言葉に祭も頷き。

「うむ。そしてもしかしたら、それは北郷殿に思いがけないものをもたらすやもしれんな」

「思いがけないものってなんなの~?」

「そこまで儂に解るかい」

祭の答えに一同が軽く脱力したところで。

「御報告します」

「何事だ?」

一人の兵士が会議場に駆け込んできた。

「はい。城門に黄巾の一味と思われるものが数名来て、北郷様にお目通りを願い出ています」

「俺に?」

「ふむ…どうやら祭殿の言った通りやもしれませんな」

顎に指を当てて龍志が呟いた。

 

 

「天和!?地和!?人和!?」

「一刀!?」

「一刀さん!?」

「あ~一刀だ!」

報告にあった一団を会議場に入って来た時、最初に入って来た三人に一刀のみならずその場にいた皆が驚きでその三人を見た。

まごうことなく、張角、張宝、張梁の三姉妹…つまりは黄巾の首謀者たる張三姉妹だったのだから。

「三人共…」

椅子から立ち上がり三人に駆け寄る一刀。

三姉妹も、我先にと一刀へと駆けだす。

「一刀さん!」

以外にも最初に飛びついたのは人和だった。

一刀の胸へと飛び込むと、何も言わず咽び泣く。

「人和…心配をかけたな」

「あ~人和ずるい!」

その隣から割り込むようにやって来た地和も一刀は優しく腕の中に入れた。

「久し振り地和…勝手に消えてごめんな」

「本当よ…もう……この馬鹿!!」

そこまで言って耐えきれなくなったのか、地和も嗚咽を漏らし始めた。

「も~二人ともずっる~い。お姉ちゃんの入る所がないじゃない!!」

「…後ろから抱きつかれてはどうですか?」

「あ、成程!お兄さんあったま良い~」

「どうも…」

軽く頭を下げる龍志には目もくれず、天和は一刀の後ろに回り込むと首に腕を廻しその身を預けた。

「わわ…天和、胸が当たってるって!!」

「当ててるの…」

キュッと天和の腕が締まる。

「一刀…もうどこにも行かないでね」

「うん…そのつもりだよ」

「そんなんじゃやだ。きちんと約束して」

「…解った。もうどこにも行かないよ。絶対に三人を置いて行ったりしない」

「約束…だよ……」

そうして天和も……。

「うわ~~ん!!」

失礼、天和は声を上げて泣き始めた。

「おいおい」

「もう…お姉ちゃんたら」

「まったく」

苦笑を浮かべる三人。

そんな光景を、会議場の諸将はある者は優しく微笑み、ある者は顔を赤らめ、ある者はニヤニヤと笑いながら見ていた。

「まったく、見せつけてくれるわね」

「しょうがないわ。久しぶりの再会だもの。これくらいは大目に見ましょう」

「あら、少し笑顔が引き攣っている気が……」

「ナンノコトカシラ雪蓮?」

「いえ…何でもありません」

笑顔で。ちっとも目が笑っていない笑顔で孫策を見る華琳。

特にその豊満な胸の辺りを親の仇を見るかのように。

「うう…張角の胸が大きいからってあたしにやつあたりしなくても……」

「雪蓮!?」

「はいい!!」

地獄の底から聞こえて来たかのような声に、江東の小覇王は震えあがった。

 

 

「…それで、これはどういうことなのですか?」

あらかた四人の抱擁が済んだ辺りで、まず始めに口を開いたのは美琉だった。

いつものように眼鏡を押し上げる彼女だが、その頬は微かに朱い。

「それが…解らないんです」

「なんか、天幕で廖惇さんが持ってきたお茶を飲んでたら急に眠くなって…」

「その事については、私がお話します」

「君は?」

一刀の問いに廖惇は拱手の礼を取りながら。

「姓は廖、名は惇、字を元倹と申します。この度の事は全て、我が友・張曼成と私の一存で決めたこと…青州黄巾党はもはやこの天下に居場所は御座いませぬ。兵糧はもはや尽きんとしており兵達は餓死を待つだけ、かといって邪教、黄賊などの呼ばれる我々を受け入れる国は御座いませぬ」

「だから、せめて張三姉妹だけでも逃がそうと?」

龍志の言葉に廖惇はゆっくりと頷き。

「はい。すでに青州黄巾党とはかつての黄巾党とは形を変えております。張角様方への信仰ではなく、張角様方の歌にかつて見た太平…太平道の教えに殉ずる者達の集まりです。なればこそ、もはや張角様達を巻き込む謂われは御座いませぬ。ただ、天の果てにある安息を求めて命を散らすのみ……」

廖惇の話に、一刀は何も言えない。

確かに黄巾党は多くの人々を殺した。

だが、それは自分達も同じだ。

民を守る、暴力を挫く、弱きを助ける。その為に他の民を殺し、暴力を行使し、自分たちよりも弱いもの見放した。

それは間違いではない。間違いではないが、正しくも無い。

理想論であると言う事は一刀も解っている。だが考えてみろ。

絶望の乱世に太平道という光明を見出した民、覇王の威風に天下の大徳に不世出の大器に光明を見出した民。彼等の違いは何だ?

中黄太乙を唱えながら火達磨になった兵と、重傷を負いながらも一刀を信じていると笑った兵。その違いは何だ?

そもそも、武器を持てば民ではないのか?兵は民ではないのか?

否。

いずれも民。ただ信じたものと生き方が違っただけ。

無論。全ての民が同じ物を信じ、同じように生きることは出来ない。

しかし、一刀には出来なかった。この世界に居場所を失いただ滅びを待つ国無き民を…いや、土地無き民を見放すことなど。

「…龍志さん」

傍らにやって来た龍志に、一刀はそっと何かを耳打ちする。

それに龍志は驚いた顔をしたがすぐに表情を改め、恭しく拱手の礼をとりながらこう言った。

「あなたがそう望むならば…全てはあなたの御心のままに」

 

                   ~七之後に続く~


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
76
3

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択