No.616530

真・恋姫†無双 真公孫伝 ~雲と蓮と御遣いと~ 1-42


なんとかかんとか投稿です。
そこそこに忙しい昨今、頑張って執筆をしています。

しかしブランクが多少なりともあるため、自身でも少々違和感が無くもなかったり。

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2013-09-06 17:33:51 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:7530   閲覧ユーザー数:5629

 

 

 

 

 

【 まさかの出来事 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と、一緒になってほしい」

 

 

 

どこだか分からない白い空間で、唐突にそう言われた。

途端に私の顔は真っ赤になる。少なくとも、自分でそれが分かるくらいには。

 

 

 

「あ、あうう……」

 

 

 

私の口はパクパクと動くだけで、特に意味のある言葉は出てこない。

何言ってんだよ、とか。冗談言うなよ、とか。それどころか誤魔化しの笑いさえ出てこない始末だった。

 

 

 

顔は、うん。カッコいいと思う。

性格は、うん。優しいし頼りがいがある。

腕っ節は、少なくとも私よりは強い。それに、何かあれば護ってくれると信じられる。

 

まったくもって申し分が無い。寧ろ私でいいのか、と考えてしまうぐらいだ。私で釣り合うのか、と。

 

 

 

――って待て待て待て!!

 

 

 

なんで私は前向きに検討し始めてるんだ!

こういうことはもうちょっと時間を掛けて――って違う違う! そういうことでもなくて――ああもう!!

 

 

髪の毛を掻き毟る。

いつもと違って、なぜか今の私は髪の毛を下ろしていた。指の間をさらさらと髪が流れる。

 

 

 

――いっその事、もう認めよう。

 

 

 

私は普通だ。

 

まず、得手不得手が特に無い。あ、嘘。実は最近になって一つだけ不得手が判明した。まあでも、それはまた別だ。

 

 

容姿も普通。性格も普通。腕っ節も普通。その他諸々が普通。全てが普通だ。

そんな普通な私に一刀が、その、あの、あれ、ええと……い、一緒になろうとか、冗談にしか聞こえない。

 

 

一刀は普通に恥ずかしい事を平気で言う時があるから困る。

 

 

多分これもあれだ、冗談とか場を和ませようとする計らいに違いない!

いや……というかホントに冗談でもないと、どう対応していいのか分からないんだ。

 

 

だって初めてなんだぞ!?

自慢じゃないけど今まで人生の中で告白されたことなんて無いもん! 狙われたことなんて無いもん!

 

 

ああー!! 

もう、どうすりゃいいんだよこういう時ってー!!

 

 

 

女らしさなんてものをかなぐり捨てて、また乱暴に髪を掻き毟る。

 

 

 

 

――唐突に、そっと抱き締められた。

 

 

 

 

「――ふぁっ?」

 

 

 

 

耳元で囁かれる。

 

 

 

 

「そういう白蓮が、大好きだ」

 

 

 

 

「ぶっ、ぶふぉわあっ!!!」

 

 

 

 

身体中の血が沸騰したかもしれない。

顔だけだった赤色が、遂に耳まで到達した。女としてあるまじき声が出る。

 

 

 

 

 

ああもう、いっそこのままで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でへへ……なんだよ一刀~……やめろよ~……むにゃむにゃ」

 

 

 

「……何の夢を見てるんだ?」

 

 

 

いつもより起きる時間が遅いのを気にしてか、白蓮の様子を見てくるようにと星に頼まれてここに来たのだが――

 

 

まあ、当の本人はこのように実によく眠っていらっしゃって。

 

この時代にあったかどうか定かではない『抱き枕』を思いっ切り抱き締めながら、遠く夢の世界へと旅行中のようだ。

 

 

それにしても表情が凄いことになっていた。デレデレというか、デロデロというか。とにかく凄いニヤけ顔。

 

唇の端から涎らしきものを垂らしている辺りもポイントの一つだろう。チャームポイントなのかは怪しいところだが。

 

 

 

「お~い。白蓮?」

 

「ううう……ん、んう……」

 

 

 

呼び掛けてはみたけれど起きる気配が無い。

それどころか呼び掛けたらなぜか唸り声を上げ始めた。眉間に皺を寄せて。

 

 

さっきの幸せそうな顔はどこへやら。苦悶と形容できそうな唸り声と表情に少し戸惑い、心配になる。

 

 

 

「お、おい。白蓮? 大丈夫か?」

 

 

 

言って顔を覗き込む。

首筋が少し汗ばんでいるのが見え、ドキリとした。なんというか、非常に艶めかしい。

 

 

そういえばこんなに間近で白蓮の顔を見たことはあっただろうか。

ああ。一度だけ、虎牢関の戦いの後。負傷して寝ていた俺を白蓮が看ていてくれたことがあったっけ。

 

 

 

「ちょ、ま……かずっ……」

 

「うん?」

 

 

 

未だに呻く白蓮の口から、俺の名前が出てきたような気がして聞き返す。

 

あれ、なんだか白蓮の顔が赤くなっていっている気がするんだけど……?

 

 

 

 

「だ――」

 

「だ?」

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

「駄目だってばあっ!!」

 

 

 

 

ガツンッ!!

 

 

 

 

 

凄まじい音がして、目の前に星が散った。星が見えた。頭部への衝撃と共に、薄れていく意識。

 

一瞬遅れて理解する。勢いよく起き上がった白蓮、その頭が俺に直撃したということを。

 

何が起こったか分からない――という表情を浮かべている白蓮を、ぼやけた視界の中に収める。

 

 

それを最後に、俺の意識は急速に暗転していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんた、なに朝から死んでるのよ」

 

 

 

机に突っ伏す白蓮に声を掛けたのは、所謂メイド服を着こなしている眼鏡の少女、詠だった。

 

 

ここは白蓮の執務室。普段から白蓮が政務を行う際に使っている部屋だ。

 

 

給仕としてお茶を運んで来た詠だったが、室内に入るなり机に突っ伏していた白蓮を見て、言わずにはいられなかったらしい。

 

 

 

「え、詠ちゃん。白蓮様にそんな言葉づかいしちゃ駄目だよぅ……」

 

 

 

控えめに告げられた横からの注意に、詠は 「ぐ……」 と言葉を詰まらせる。

 

 

詠の隣に立っているのは、どこか儚げな印象を漂わせている少女、月。

親友である詠と同じく、ちょっとした事情によって白蓮の元で給仕をすることになった少女だった。

 

つまり白蓮は彼女らの雇い主であるわけで。

そんな言葉遣いをした日には追い出されてもおかしくはないのだが。

 

しかしてそこは白蓮クオリティというかなんというか。その言葉自体に悪意が無いのなら別に良いや、という程度なのである。

 

つまり、白蓮という少女は基本的にお人好しなのであった。

 

 

 

二人の声、会話に反応したのか白蓮は突っ伏していた顔をゆっくりと上げる。

その顔を見て、詠と月は驚いた。物凄く情けない顔、というか半分泣きそうになっていた。

 

 

 

「ど、どうしたんですか白蓮様!」

 

「ちょ、アンタなんでそんなことになってんのよ! ま、まさかボクのせいじゃないわよね!?」

 

 

 

普段から大人しく物静かな月も流石にこれには大きな声を上げ、詠に至ってはまさか自分のせいなのかと焦る始末だった。

 

 

しかし白蓮はフルフルと横に首を振る。そして呟くように声を絞り出した。

 

 

 

「……朝から、やっちゃったんだよ」

 

「え?」

 

「は?」

 

 

 

その口から発せられた言葉の意味が分からず、疑問符を浮かべる二人。

もし恥ずかしそうな顔で白蓮がこの言葉を口にしたのなら、また別の意味になっていただろう。

 

具体的に言うなれば、一部分がカタカナに変わるとかそういう感じに。

 

 

だが残念ながら白蓮の表情は曇ったまま。そういう甘酸っぱい雰囲気とは程遠いものだった。

 

 

 

「か……」

 

「「か?」」

 

 

 

詠と月、二人の疑問の声が重なった。

 

白蓮は若干身を乗り出し気味な二人を見ながら、自分がこういう状態になっていることの核心を口にする。

 

 

 

「一刀に朝から、頭突き、食らわせちゃった……しかもそれで、気絶まで、させちゃった」

 

 

 

一言一言を区切って口にされた言葉。

 

しかし区切った言葉を口にしていく度に、目に見えて白蓮のテンションが下がっていく。

 

最後はもはや蚊の鳴くような声だった。

 

 

 

部屋に気まずい沈黙が流れる。

 

 

 

「か、一刀様は大丈夫だったんですか?」

 

 

 

意外なことにその沈黙を最初に討ち破ったのは、普段はあまり積極性を感じさせることがない月だった。

 

月の問いに対し、動かしているか動かしていないかが分からないぐらいの微妙な動作で白蓮は頭を縦に振る。

 

 

 

「うん……一応、大丈夫だった」

 

「あいつ――」

 

「――詠ちゃん」

 

 

 

月が窘めるような声を出して詠の台詞を遮る。

バツの悪そうな顔をした詠は小声で何かを呟くと、仕切りなおすようにコホンと一つ咳払いをした。

 

 

 

「か、一刀は何か言ってたの?」

 

「意識取り戻してから謝ったら、気にしないでいい――って」

 

「ふぅ……なんだ。なら良かったじゃない」

 

 

 

拍子抜けしたような表情で、しかし安堵の息を吐いた詠。

そんな詠に抗議するかのように、白蓮は明確な言葉にならない声を上げながら再度、机に突っ伏した。

 

 

 

「そういうことじゃないんだよ~……」

 

「そうだよ詠ちゃん。そういうことじゃないと思うの」

 

「えっ? ど、どういうこと?」

 

 

 

普段は物静かな親友がいつになく真剣で、しかもちょっとだけ怒っているような気がして詠は戸惑った。

 

しかし月は、詠に聞き返されたものの難しそうな表情を浮かべて視線を泳がせる。

 

またもや室内に何とも言えない空気が漂った。

 

 

 

一人は最下層のネガティブゾーンに片足を突っ込んでいる状態。

 

一人は複雑な少女の気持ちを理解しつつ、しかし全貌は掴めていないという袋小路のような状態。

 

一人は普段とは違う親友の様子に戸惑いながら、論点がどこにあるのかが分からずに現状はどうしようもないという状態。

 

 

 

 

少なくとも、この場にいる誰にもこの空気は打破できないものだった。

しかしてこういう時にこそ救世主は現れる。誰が望むにしろ望まないにしろ。

 

 

 

 

「大殿ーっ!!!! 今日の案件を持ってきたでござるーっ!!!!」

 

 

 

 

バタンッ!!

 

 

そんな大きな音と共に勢いよく開かれた扉の向こう。

 

そこには両手に数多くの竹簡や書類を抱えた少女。

天然暴走怪力巨乳切腹大好き語尾がござる娘(座右の銘:空気とはぶち壊すもの)が物凄く晴れやかな笑顔を浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとっ! 殿がそのようなことになっていたとは知らなかったでござる! 某、今すぐ殿の元に馳せ参じ――」

 

「行かせませんよ」

 

 

 

部屋に居た三人から話を聞いた舞流が脱兎の如く駆けだそうとした刹那、素早く伸ばされた燕璃の手が舞流の服の襟をむんずと掴んでいた。

 

 

 

「は~な~す~で~ご~ざ~る~よ~!」

 

「離したら駆け出していくでしょう、あなたは。忘れましたか? 北郷さんから言われているでしょう、しっかりと与えられた仕事はするようにと」

 

「むむう……」

 

 

 

残念ながら正論に負けた舞流は備え付けの椅子へと燕璃の手によって半強制的に座らされる。

 

悔しそうな表情で、しかし捨てられた子犬のような目をして舞流は燕璃のことを見上げる。燕璃は自然な動作でスッと目を逸らし、溜息を吐いた。

 

 

 

「そんなに心配せずとも、北郷さんなら先程見掛けましたよ」

 

「え! ど、どんな様子だった?」

 

「別に普段と変わらない様子でしたよ。左慈殿、于吉殿と書庫の整理に勤しんでいました」

 

「そ、そっか。よかった、うん」

 

 

 

一旦安堵し、ホッと胸を撫で下ろす白蓮。

それを見た舞流がキョトンとした表情で首を傾げた。

 

 

 

「何故(なにゆえ)大殿はそこまで気を揉んでいるでござるか? 大殿と殿は気の置けない仲、そこまで気を使う必要はないでござろう。 それに殿はその程度で大殿のことを嫌いになったりはしないでござるよ」

 

「舞流……」

 

 

 

時に、心に沁みることを口にする舞流。

白蓮は舞流に対して感心の念を禁じ得なかった。同時に少しだけ胸のつかえが取れた気さえした。

 

 

 

――うん、一人で気にしている暇があるなら後でもう一回謝りに行こう。

 

 

 

考えを新たにした白蓮は人知れず小さな決意に拳を握り締める。

 

 

 

 

 

 

「なら、舞流。あなたは公孫殿と同じことをしてしまったらどうするんですか?」

 

「む? それは殿に、ということでござるか?」

 

「ええ」

 

「無論、そんな失態を犯したからには切腹しかないでござろう!!」

 

 

力強く、舞流は宣言した。

 

 

「台無しですね」

 

 

特に何の感慨も無く、ある程度その答えを予想していた燕璃はただそう呟くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしっ!! あー……風邪か?」

 

「ベタですねえ。風邪というより、誰かが噂している等の方が良いのでは?」

 

「別にウケ狙ってるわけでも、良い方をチョイスしてるわけでもねーよ」

 

 

 

言って一刀は鼻を摩りながら、持っていた木刀で于吉の頭を軽く叩く。

叩くというよりも、殆んど置くという表現に近い力加減で頭に触れた木刀を、于吉は微笑を浮かべて掴んだ。

 

 

一刀は手を離し、自身の木刀をそのまま于吉へと渡す。

受け取った木刀をしげしげと眺める于吉。その眼が、柄の部分に掘られた文字へと吸い寄せられる。

 

やがて于吉は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 

「こ、これはまさか妖刀星砕き――」

 

「――ちげーよ。次は本気でやるぞ」

 

「はっはっは。まあ軽い冗談ですよ」

 

 

 

洞爺湖、と掘られた柄の文字をもう一度眺めると、于吉は木刀を一刀に返した。

 

返された木刀を後ろの机上に置き、一刀は再び于吉に向き直る。椅子の背もたれを掴みながら、一刀は于吉に尋ねた。

 

 

 

「それで、なんか分かった?」

 

「虎牢関にて呂布との戦いの際、貴方がこの外史で作らせた刀が折れたにも拘らず、同じく防御に使ったこの木刀だけは折れなかった。確かそういう話でしたね」

 

「ああ。俺の傷がこの程度で済んだのも、少しはこの木刀のお陰なんじゃないかって思ってる。でもさ、これただの木刀だよな? なんでただの木刀があんな強度持ってんのか不可解でさ。で、不可解といえば――」

 

「――なるほど。私達、ですか」

 

「ちょっと失礼かとも思ったんだけどな。でも、こういう不思議系に関しちゃ于吉達の方が詳しいかなって」

 

 

 

 

一刀は軽く肌蹴させた胸に薄らと残る傷を見せ、同時に後ろに置いた木刀を指差した。

 

傷と木刀を見比べる于吉。ふむ、と顎に手を当てて何かを思案し始める。

少し時間が掛かるか、と思った一刀の考えとは裏腹に、于吉の思考時間は微々たるものだった。

 

顎から手を離し、真っ直ぐに真面目な表情で一刀を見据える。

 

 

 

「北郷殿。貴方は 『言霊』 というものを知っていますか?」

 

「少しは。確か、言葉に込められた魂とかそういうやつじゃなかったか?」

 

「まあ、大体それで合っていますね。言霊とは貴方の言う通り、言葉に込められた魂や珠のことを表します。日本の平安時代には嘘か誠か、呪術的な意味合いのものとしても扱われていたそうです」

 

「陰陽師とかそういう話か」

 

「ええ。今言ったように嘘か誠か定かではありませんが、ね」

 

 

 

そう言いながらも于吉は肩を竦める。まるで、自分は信じてないけれど――とでも言う風に。

 

 

 

「その洞爺湖という文字。それはまあ、アレですか。現代のアレですよね」

 

「ああ、アレだ。折れても通販で買いなおすやつ」

 

「人間の身体をいとも簡単に貫いたり、刀や大剣と切り結ぶやつですか」

 

「これ以上言うと何かに引っ掛かりそうだからそれまでにしとけ」

 

 

 

必要かどうかは分からないが、取り敢えず会話を一旦切っておく。

 

于吉はそれに了承するように、苦笑しながらも頷いた。

 

 

「そうしておきましょうか。さて、冗談は抜きにして、その木刀にその文字を掘ったのは貴方ということですね」

 

「ああ」

 

「その木刀を作ったのも?」

 

「俺だ」

 

「ふむ。なら、そういうことです」

 

 

 

したり顔で頷いた于吉。まったくと言っていいほど分かっていない一刀は、眉間に皺を寄せて聞き返す。

 

 

 

「や、意味が分かんないんだけど。お前はそれで説明できたつもりなのか?」

 

「はい。まあ、簡単な話なのですが。先程の言霊の話で全ては説明できるんですよ」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

察しが悪いですね、と于吉は呟く。

聞こえてはいたが特に気にせず、于吉が説明を始めるのを一刀は大人しく待つことにした。

 

 

 

「外史というのは想いが集まり具現した世界です。この世界は三国志という物語を軸にした外史。そしてどの世界にも物語というものは数多く存在する。それは個人伝記、童話、漫画等、その他にも様々なものがあるでしょう。そのどれもが物語です。人の想いによって作られた、物語」

 

 

 

真面目な表情で、真面目なことを語る于吉。

 

 

 

「この木刀に関しては、ある物語の中に存在している武器を少なからず想って作られたもの。外史という世界にとって、それは反映されやすいんですよ。元からこの外史の中に存在している者達――この世界以外のことを知らない者達に関しては別ですが」

 

「つまり、俺がその物語の中にある木刀を模して作ったから、この木刀はそこまでの物になったってことか?」

 

「有り体に言えば。しかし大抵はどんなものに関しても修正力というものが働きます。あまりにもそれが可能ならば、極端な話――核兵器なども作れてしまいますからね」

 

 

 

まあ、材料があればの話ですが――と肩を竦め、于吉は一旦話を切る。

 

その例え話を聞いた一刀は、背中に寒気が走るのを感じた。

それは、もの凄く危険なことだ。まったくと言っていいほど現実味が感じられない程に。

 

 

 

「言霊、というものも言ってしまえば言葉に込められた想いのことです。恨みを込めれば呪にもなるでしょうね。今回その木刀がそのような物になったのも、材料が木だからなのかもしれませんが」

 

「……まあ確かに木は生き物だしな」

 

「昔からあるでしょう? 人型を使い、恨みを木に打ち付けることで呪いを掛ける方法とか」

 

「丑の刻参り、とかか」

 

「あれは木という生き物の命を媒介に、人型に恨みを打ち付けるからこそ効果のある呪いだという説もあるくらいですからね」

 

「うへ……嫌な話だな」

 

「まあ、その辺りの話はただの例なので置いておきましょうか。要は、木という情念を溜め込みやすい物を使って作られた武器だからこそ、そういうものになったのではないか? と、いう仮定の話ですよ」

 

 

 

本日三回目。

 

真面目に語ってはいたものの、最終的に興味が無さそうに肩を竦めた于吉のその仕草を最後に説明は終わった。

 

 

 

 

「でも凄いな。于吉って案外博学?」

 

「一応、私の属性は仙人ですからね。だからというわけではありませんが、色々な方面、分野の知識は持ち合わせていますよ」

 

「へえ……なんかちょっと感心した」

 

「この程度の “嘘” に感心されても困るのですがね」

 

「……嘘?」

 

 

 

一瞬、目が点になった。どれが嘘?

 

……まさか今話したこと全部か!?

 

 

 

一瞬別方向に向けかけていた眼を、鋭くして于吉を見る。腹立たしいことにクスクスと笑い声を零していた。

 

 

 

「……オイ」

 

「ふふっ、冗談ですよ。嘘ではありませんが、真実でも無いでしょう。あくまで私が話したのは仮定です。そして、説明したのは “言霊” について。つまりこれが、言霊というものですよ」

 

 

 

ニヤリ、と于吉が愉快そうに笑う。

その笑みで気付いた。つまり話を聞き始めた最初から、俺は于吉の言霊に囚われてたってことか。

 

 

 

「その話が嘘でも誠でも、当人が信じればそれは当人にとっての真実です。言霊とは言の葉。時に真言になり、時に虚言にもなる。言葉というものは人を導く側面もあれば、人を惑わす側面もあるということです」

 

「なるほどな。勉強になったよ」

 

 

 

于吉の言葉を受け止め、苦笑交じりに一刀は頷いた。

そんな一刀に于吉は訝しげな視線を向ける。それは困惑している表情にも見て取れた。

 

 

 

「それだけですか?」

 

「それだけって……まあ、それ以外に言うこともないしな」

 

「ふむ、私はてっきり謀られたことを憤慨するかとも思いましたが」

 

「どんだけ俺は気が短いんだよ。そこまで心が狭いつもりはねえよ」

 

 

 

一刀は呆れたような表情で、何言ってんだと嘆息する。

物珍しいものを見るような表情をして、于吉は微笑んだ。

 

 

 

「なるほど。改めて思いますが、やはり貴方は興味深い」

 

「そこらにいるただの人と変わらないと思うけどな」

 

「――おい、貴様ら」

 

 

 

最終的に緩やかな雰囲気で終わりそうだった于吉と一刀の会話。

そこに第三者の非常に不機嫌な、どこか殺意が籠ったような声が掛けられる。

 

二人はその声の発生源に目を向けた。同時に

 

 

 

バキリ……!!

 

 

 

筆を物理的に折る音が書庫に響く。

殺意を込めた左慈の視線が、二人を射抜いた。その手には中途から折れた筆。机の上には大量の紙と竹簡。

 

左慈が一人黙々と仕事をしていたのは明らかだった。

 

 

 

「何故俺だけが仕事をしている……?」

 

 

 

ギン!

 

 

 

台詞と共に一層睨みが強くなる。

その睨みと声色が完全にガチだった為、二人は冷や汗を流し始める。

 

何かこう、選択肢を間違えると確実に殺られる的な空気が漂っていた。

 

 

 

「す、すまん。悪かった」

 

「……ふん、そう思っているなら仕事に戻れ」

 

 

 

一瞬睨みが強くなったが、不機嫌そうに鼻を鳴らされただけで済んだらしい。一刀は心の中で安堵の息を吐いた。

 

 

 

そして于吉はというと――

 

 

 

「……おい于吉。なぜ貴様は扉に手を掛けている?」

 

 

 

早々に退散を決め込もうとしたのか、左慈の言う通り書庫の扉に手を掛けていた。

 

 

 

「いえその……ちょっと用事が」

 

「そうか。どこへ行く?」

 

 

 

怒ることも無く静かに尋ねる左慈。

 

 

 

「ま、街へ買い出しにでも……」

 

「いや。その前に行く場所があるだろう」

 

 

 

静かに椅子を引き、左慈は立ち上がる。

もはや誰の眼にも(この場には三人しかいないが)、これが嵐の前の静けさということは明らかだった。

 

 

 

「言うまでもないが、貴様が行く場所は――」

 

 

 

左慈が俯いていた顔を上げる。そこには、修羅がいた。

 

 

 

 

「――地獄だ」

 

 

 

言い終わるや否や、手に持っていた硯(すずり)を振りかぶる。

 

このままいつも通りの展開になるのであろう、と一刀は思った。しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタンッ!!

 

 

 

 

 

書庫の扉が突然開き、于吉が開き切った扉と壁の間に挟まれるという、誰も予想だにしなかった展開を迎えた。

 

 

 

 

「于吉ーっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

声も出せず、運悪く挟まれた于吉。

 

その名を呼ぶ悲痛な叫びが書庫内に響く。

無論、あまりのことに眼をパチクリさせている左慈ではなく、一刀の叫びだった。

 

 

 

そして開いた扉の向こうには、状況を飲み込めていない白蓮が扉を押し開いた状態のまま立っていた。

 

 

 

少しの間があり、緩慢な動作で書庫内に足を踏み入れた白蓮はキョロキョロと辺りを見回す。

 

 

 

「于吉……? って、なんだ。いないじゃないかよ」

 

「あ、あはははは……」

 

 

 

完全なる死角になっていて、扉を動かさなかければ見えない位置に挟まれている于吉を横目で眺めながら、一刀は乾いた笑い声を上げる。

 

 

キョトンとする白蓮に曖昧に笑い掛けながら、一刀と左慈は殆んど同時にお互いを見た。

 

 

 

(どうするんだ北郷!)

 

(いやどうするも何も……言えないだろう)

 

 

 

眼だけでなんとか会話を成立させる二人。

 

 

 

(やはり、そうか?)

 

(白蓮が自分のやったこと知ったら発狂しかねないぞ……)

 

 

今日の朝、過失とはいえ自分にヘッドバッドを決めて気絶させた時の白蓮の取り乱しようを思い出す。

 

仲間にああいうことをしてしまったと知ったらあれの二の舞になるに違いない――と、少しだけ真理とはズレた考えを浮かべる。

 

自分が白蓮にとって、ある程度特別な存在であることに気付いていないが故のズレだった。

 

 

 

「そういえば白蓮、何しに来たんだ? もちろん、用が無きゃ来ちゃいけないってことはないけどさ」

 

 

 

話題を別に振ろうと、一刀は割と本心から思ったことを尋ねる。

 

あっ、と何かに気付いたように声を上げた白蓮は途端に、何故か視線を泳がせて挙動不審になった。

 

 

 

「い、いやその……さ。今日の朝の事、改めて謝っておこうと思って」

 

「なんだ、そのことか。それなら朝も言ったろ? 気にしなくていいって」

 

「私は、それでも気にしちゃうんだよ。だって……だって気絶させちゃったんだぞ?」

 

「いや、あれは故意じゃなくて事故だし。まあでも白蓮が気になるんなら仕方ないか、うん」

 

「うん。だから改めて言いに来た。本当にごめ――」

 

 

 

気負いこむように足を踏み出す白蓮――と、何故か何も無いところでその足が縺れ、白蓮は体勢を崩した。

 

 

 

 

 

「「え」」

 

 

 

 

 

左慈と一刀の声が重なる。

 

位置関係的に考えて、このまま前のめりに倒れてくるであろう白蓮は、間違いなく一刀の頭に朝と同じような一撃を加えるだろう。

 

 

これはマズイと思った一刀は白蓮を抱き留める為に彼女の肩に両手を伸ばす。

これはマズイと思った白蓮は、今日の朝の二の舞を防ぐために頭がぶつからないよう顎を上げる。

 

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

どういう運命の悪戯か、二人の唇が触れ合った。

 

左慈は唖然とした表情でそれを見つめることしか出来ない。

 

 

何が起こったのか分かっていない二人は、柔らかな感触を唇に感じながら眼を瞬く。

 

 

 

 

――時が、止まった。

 

 

 

 

 

 


 
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