袁紹軍襲来からしばらく前。4人会議の休憩中のこと。
「そういえば、あちこちに戦の火種があるけど、この近辺だと最初に動くのってどこだと思う?」
問いかけると3人が沈黙。ずずずとお茶を啜る音だけが部屋に響いた。
「袁紹さんじゃないでしょうか」「袁紹だとおもいます」「袁紹じゃないかしらね」
3人の返事はほぼ同時。あぁ、やっぱり。と溜息をつく。
「んー、袁紹が動くとして、どういう動きをするとおもう?」
「バカだから読みやすいというか、バカすぎて読めないというか。私の予想だと……。」
桂花が考えはじめる。朱里と紫青も考えているが、おそらく、袁紹の近くで働いていた事のある桂花の予想が一番近い線だろう。
「そうね、近隣の都市を傘下に加えながら、公孫賛の所を落としにかかるんじゃないかしら? 公孫賛を落としたら調子に乗って多分すぐこっちを攻めてくるわ」
「伯珪さんのところか……。戦になったとして、勝つならどっちだろ?」
「袁紹さんでしょうねー、ほぼ間違いなく。伯珪さん自身はそれなりに各種才能を持ってますし、善政をしてる太守ですけど、物量で圧倒的に負けてますから……。
それに伯珪さんのところは優秀な将も軍師も居ませんからねー……」
「んー、どうにか助けたいとこだけど……。いろいろ借りもあるし」
ここにきて最初の頃に黄巾党から防衛してもらったり、連合軍の時、袁紹相手に交渉するときにいろいろ助け舟を出してもらったり。
危ない所を色々助けてもらってるのだ、見捨てたりはしたくない。
「でも、助けに行くのも中々大変ですよ、いつ攻めてくるかもわかりませんし、攻めてきてから向かっては間に合わないとおもいます。
私も、伯珪さんは助けたいと思いますけど……」
「長く公孫賛の領地に大部隊を駐屯させるとなると、兵糧の問題もありますし、近隣諸侯がここを攻めようという気を起こさないとも限りませんから……」
「そうね、攻めてくる時期が予測できればやりようもあるわ。でも袁紹の場合、気まぐれで動く部分があるからなんともなのよね」
軍師3人の出した結論としては、公孫賛を助けるのは難しい、とのこと。
まぁそうじゃないかとは思ってた。
「伯珪さんがこちらに下ってくれたりすれば、遼西郡も自国の領地になりますから対応もやりやすいんですけどねー……」
「んー……。伯珪さんのとこの軍ってどれぐらいの数になるだろ?」
「そうね、黄巾の乱の時に引き連れていた兵が5000だから、それを基準に考えると、全体でおそらく8000前後かしら?
あれから版図が広がっているわけでもないし」
出てきた情報を頭のなかで整理していく。
1.袁紹軍は数だけは多い。 2.いつ攻めてくるかわからない 3.公孫賛は攻められたら踏み潰される可能性大
4.公孫賛が攻め落とされたらすぐこっちに来る可能性大 5.袁紹は頭が悪い、部下でまともなのは顔良ぐらい。
6.袁紹は部下の進言をロクにきかない。
「やっぱり袁紹に計略を仕掛けるのが一番かなぁ……」
「計略ですか。ご主人様から計略という言葉が出てくるとはおもいませんでした」
「実は思いついた事があるんだよ。休憩が終わったら大まかな所を話すから、形にできるか考えてもらってもいいかな?」
頷く3人、これで公孫賛をたすけられればいいんだけど。
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それから数日後、朱里と霞の2人は公孫賛の所に居た。
「お、私に客っていうから誰かとおもったら孔明じゃないか。そっちは、えーっと……」
「張遼文遠や、よろしゅうな~」
「お久しぶりです、伯珪さん」
「わざわざ何のようだ?」
伯珪の問いかけに、朱里が少し考えてから返事を返す。
「袁紹さんがそろそろ動きそうだとおもうんですけど、何か策とか考えてらっしゃいますか?」
「ん、いきなり痛いところを突いてくるな。正直内政に一杯一杯でそこまで手が回って無いんだ」
「やっぱりそうなんですね、実はご主人様が、伯珪さんにはいろいろと借りがあるから助けたいとおっしゃってまして……」
「北郷が? でも助けるといっても難しいんじゃないか? 長いこと主力がこちらに駐屯するわけにもいかないんだろ?」
「ええ、そうなんです……。それに袁紹さんが動いてから駆けつけたのではきっと間に合いませんから。そこで一つ策があるんです。
内密にお話したいことなので、できれば、その、人払いをお願いしたいのですけど……」
朱里がそういうと、分かったと短く返事をし、部下を下がらせる。この場に居るのは、霞と朱里と、伯珪だけとなった。
「その策についてですけど、実行するには少し犠牲が必要になるんです」
「犠牲?」
「はい。このお城です。その策の詳細はですね……」
朱里の語る策、というのは。袁紹に攻められた時に、攻めこまれてしまうまえに城に火を放ち、兵達が謀反を起こしたと見せかけて袁紹に下らせる。
この下る兵の役目は北郷軍3000が行う。
公孫賛自身は自軍とともに姿をくらまして、気付かれないように袁紹軍を追いかけ、北郷の領地で交戦が始まった時に攻撃をかける。
それに合わせて、くだらせた兵が一斉に裏切る事で袁紹軍を混乱させて一気に殲滅する。というもの
「ふむ、言いたいことは分かった……」
「これがおそらく、一番被害を少なくして袁紹さんを撃退できる策です。
この城を焼くのは、袁紹さんと伯珪さんは面識があって、替えの首ではごまかせない事がありますので城ごと焼死という形を取りたいという理由があります。
謀反を信じさせるには結構派手にやらないといけませんし。それに死亡の報が各所に流れれば、伯珪さんを頼りにしていた町は袁紹さんに下るはずですから、
戦による町への被害も抑えられるとおもいます」
「袁紹との戦のあとはどうするんだ?」
「袁紹さんのことが片付いたら今までどおり伯珪さんに遼西郡をお任せしたい、とおっしゃってました。お城の再建に関しても援助すると。
ご主人様は明言しなかったですけど、おそらく領地から袁紹さんを追い払った後は、追撃をしかけて滅ぼすことになるとおもいます。
なのでそれが終わった後に、遼西郡を伯珪さんに返したい。ということですね」
「この計略は民のためになるか?」
「はい、必ず! ほんの一時、袁紹さんの軍によって苦労を強いるかもしれませんが、そのまま終わらせるよりずっといいはずです!」
「分かった、お前たちを信じるよ。正直、袁紹とやりあって勝てる気がしなかったし。部下の前じゃ口が裂けてもこんなこと言えないけど」
伯珪が頷いた事で朱里はほっとする。伯珪がこの策に応じてくれるかどうかというところが一番問題だったのだから。
「では、もっと細かい所まで詰めていきましょう。
それと、策に用いる兵を3000ほど県境に待機させてるんですけど、さっそくこちらに動かしたいのですが大丈夫ですか?」
「ああ、構わない」
伯珪と朱里で細かい所を詰めている間に、霞が軍を引き連れに向かう。
協力的にことを運んでくれているおかげで、話し合いはトントン拍子に進んでいった。
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タイミングよく、というかなんというか、朱里と霞と伯珪が準備を丁度整えた頃に、袁紹襲来の報が飛び込んでくる。
城にいるのは現在ほとんどが北郷軍。伯珪の本来の軍はすでに少し離れた出城へと移してある。
「ぼちぼちやろか。盛大に火ぃつけて燃やしてしもたらええ。ウチは面が割れとるさかい袁紹んとこに下ったらいろいろバレてまうかもしれんからな。
後のことはあんたらに任せる。みんな手はずはわかっとるやろ? 合流したらみんなに酒おごったるから頑張りや!」
「はっ!」
霞が指示を出すと、兵が各々に火矢を放ち、もぬけの殻の城を燃やしていく。城の中にいるのは、投獄されていた罪人共だけ。
もし焼け跡を改められても死体が無い事で怪しまれたりしないよう、との事だ。
城が燃え始めれば、霞は馬を飛ばし、朱里と伯珪の居る出城へと急いだ。
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伯珪は出城から、遠くのほうに微かに見える煙を見てため息をついていた。
「自分の城が燃えるのを見るっていうのも、あんまり気持ちのいいものじゃないな」
「すいません……」
「あとは袁紹を追いかけて、北郷の領地まで行って本隊と交戦が始まるのを待てばいいんだな?」
「そうです。一緒に袁紹さんを追い払っちゃいましょう!」
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「報告します! 敵左翼より砂塵、白馬に乗った騎兵隊です! 旗は公孫!」
「本当に一番良い時に合わせてくれたな。さすが朱里だ。愛紗、鈴々、翠、華雄、城門を開いて打って出るぞ。一気に片を付ける。同士討ちにだけは注意してくれ」
城門が開かれればそれぞれが隊に号令をかけ、突撃していく。そしてそれに合わせて甲高い笛の音が鳴り響く。呼子というやつだ。
この笛の音が裏切りの合図。その笛がなった瞬間に、袁紹軍の一部の隊がくるりと振り返り、袁紹軍をかき回すように動き始める。
「袋返しの計、うまくいったかな?」
「ええ、うまく行ってるはずよ。すぐに混乱のどん底に落ちるわ。正面からの突撃、陣形の真横からの攻撃、多数の兵の裏切りによる混乱。
もう陣形の変更すらままならなくなってるはず、これを立て直せるなら大したものよ」
「紫青の考えだと、おそらく一週間も持ちませんね。あっというまに崩れるとおもいます」
「あっという間か」
「はい、あっという間です」
紫青の言葉通り、ろくな抵抗も出来ないまま敵の兵士は次々に倒されていく。
誤算だったのは袁紹軍が撤退し始めるのが予想以上に早い事。
紫青の予想の半分、3日が経過したときのことだった。この段階で敵の兵数はおよそ半分にまで減っていた。こちらはといえば、ほとんど損害を被っていない。
袁紹が劣勢を知って撤退するというのは考えにくいし、おそらく領地の方で何かあったのだろう。
撤退を始めた袁紹軍への対応は、満場一致で追撃しての殲滅戦を行う事で決まり、俺達はすぐに袁紹たちを追いかけた。
ここまで来るともう策も何も無い、敵の背中に追いすがって叩き潰すだけだ。袁紹軍に伏せていた兵達を隊列に組み込んで陣形を整える。
朱里と霞も俺たちの所に合流してきた。
「北郷!」
伯珪が俺の所にやってきて、すぐとなりに馬をつけてくる。
「無事だったか。こっちの策が間に合ってよかったよ」
「少し見ない間に随分強くなったじゃないか。北郷の国は。黄巾党を相手にぴーぴーいってたのがついこの間だっていうのに」
「みんなのおかげだよ。俺は大したことはなんにもしてない」
「相変わらずだな、お前は」
伯珪がため息をつく。
「まあいい、それでな、私は北郷軍に下ろうと思うんだ」
「は?」
唐突なその言葉に俺が目を丸くしていると、伯珪が言葉を続ける。
「正直1人でやってく限界は感じてたんだ。お前達のほうがうまく国を治めてるのはよく知ってるし、今回のこともあるとおり、1人じゃ領地を守りきれない。
それに今回間近で戦ってるのをみて、北郷になら領地を預けられるとおもってな」
「いいのか?」
「ああ、でもそのためには、さっさと袁紹を懲らしめて領地を取り戻さないとな、計略のためにわざと投降したとはいえ、一応今は袁紹の手にあるんだから。
私の真名は白蓮。これからよろしくな」
「お話中悪いけど、そろそろ敵の後曲に追いつくわ。戦闘が始まるわよ」
すぐ近くにいた桂花が声をかけてくる。
「よし、じゃあ愛紗達に攻撃指示をよろしく。白蓮も参加してくれる?」
「当たり前だ、何のためにここまでついてきたとおもってるんだよ。それじゃ行ってくる」
敵の後曲を見つければ一斉に突撃をかけてそれを押しつぶすように軍は突撃していく。
ゲームなんかで時々、溶ける、っていう表現をするけど、まさにそんな様子だった。敵軍が見る間に減って行く。
顔良と文醜の捕縛には失敗してしまったようだが、2人は兵を捨てて逃走し、行方不明。これで残るのは袁紹の本隊だけとなった。
「袁紹の本隊は?」
「報告によると中立であるはずの楽成城に無理矢理入城しちゃったみたいです」
「もうそんな所まで逃げたのね、逃げ足の速さだけは称賛に値するわ」
朱里の言葉に桂花が嫌そうな顔をする。
「紫青は、中立のお城を乗っ取って、我が軍の追撃を妨害しようとしているのではないかと思います。
逃走中とはいえ袁紹の軍は数が多いので、不意をついて乗っ取った可能性が高いのではないでしょうか?」
「楽成城の城主は確か……黄忠さんという方ですね」
思わず吹きそうになる。黄忠っていえば確か弓の名手で、南方出身の武将のハズだ。なんでこんな北の方にいるんだか。
まぁ、今更何も言うまい……。
「とにかくその楽成城に向かってみない事には状況がわからないな……」
「じゃあ、全軍を移動させ、楽成城を包囲しましょうか。鈴々と翠は各部隊を率いて先行してくれるかしら? 愛紗は全軍に号令をよろしくね」
桂花の言葉に鈴々と翠はすぐに頷き、続いて愛紗が全軍に向けて号令を発する。
その後、俺達は滞りなく、楽成城を包囲した。
あとがき
どうも、黒天です。
今回は公孫賛を巻き込んでの大掛かりな計略を計画してみました。
公孫賛の説得については、朱里が頑張りました。
おそらく計略の説明をするときに随分頑張ったハズです。
公孫賛こと白蓮さんを仲間に加え、次回、楽成城で黄忠さんと出会います。
この後どうなっていくのやら。
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう
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今回は対袁紹戦中盤……といっても戦闘はさらっと流す程度ですけれど。
白蓮さんは生存ルートになりました