No.614447

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十話

Jack Tlamさん

今回は桃園三姉妹と一刀達の出会い、そしてキレる白蓮さんです。

ついに、一刀君が暗躍を見せる?


続きを表示

2013-08-31 16:15:03 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:7300   閲覧ユーザー数:5394

第十話、『桃園の三姉妹』

 

 

――星が俺の部下となることを認めてから暫く。

 

ちょこちょこ盗賊の影がちらついていたりはしたものの、俺達の手で調練された公孫賛軍の敵ではなく、涿郡は変わらず平和に、

 

かなり急速に発展していった。そして今や大陸中の話題をさらうほどの場所になり、太守である白蓮も自ずと名が売れ、彼女の

 

許で尽力する『天の御遣い』として、俺や朱里の名前もまた、大陸に広まっていくのだった――

 

 

 

□兗州・陳留

 

「――以上が、幽州涿郡の現在までの調査結果です」

 

「――それだけ?確かに善政を敷いているという噂は聞いているけれど、あくまで噂。それと同程度でしかないじゃない」

 

「――も、申し訳ありません、――様。どうやら対策がしっかりしているらしく、間者を放っても碌に情報を集められないのです」

 

「――いいわ、あなたがやってそうなのなら、他の誰がやっても同じでしょう。それにしても、二人の『天の御遣い』とはね……」

 

「――あの、――様はあの法螺話を信じておられるので?」

 

「――論じる価値はあると思うわ。最初から価値が無いと決めつけてかかるのは愚かよ。一見して価値のなさそうに見える石でも、

 

 磨けば宝玉になるかもしれないのだから。その見極めにも、王たる者の資質はきっちりと現れるものなのよ」

 

「――御意。引き続き調査を進めます。――様は最近またご持病の頭痛が酷くなっているご様子ですし、少しお休みを取られては

 

 いかがですか?心身ともに充実した状態でいれば、仕事もはかどりますが、今の―様は少々お顔色がよろしくないので、今日は

 

 もうお休みになってください。休息の時は千金の価値にも匹敵するのですから」

 

「――ありがとう、――。お言葉に甘えさせて頂くわ。……それにしても……ふふっ。『天の御遣い』……男と女だという情報も

 

 ある……欲しいわね。できれば両方、最悪女の方だけでも欲しいわ……」

 

 

 

□荊州・南陽

 

「――ねぇ、――。聞いた?」

 

「――言葉から主語を抜くのは最早癖だな、お前は。ちゃんとわかるように話せ。私とお前の仲だからまだ良いがな……」

 

「――で、どうなの?」

 

「――ああ、わかっているさ。幽州の公孫賛が最近になって以前を上回る善政を敷き、軍も精強になっているという噂は」

 

「――そっちもそうなんだけど、もう一つの方は?」

 

「――ふむ。二人の『天の御遣い』とやらには私も興味はあるが……はたして本物なのか」

 

「――少なくとも、これまで目立ってこなかった人間が目立つくらいには本物なんでしょ」

 

「――そういう考え方もありか」

 

「――でも、それだけじゃない気がするのよねぇ~」

 

「――勘か?」

 

「――勘よ♪」

 

「――お前の軍師をしていていつも思うが、私は一体何に自信を持てば良いというのだ?」

 

「――容姿とか?『美周郎』って呼ばれてるくらいだし、胸も私より大きいし♪」

 

「――まったく、お前というやつは」

 

「――あははっ。でも、『天の御遣い』か……我ら孫呉の運命を切り開く切り札になってくれはしないかしらね……」

 

 

 

□幽州・どこかの村

 

「――ねぇねぇ、――ちゃん、――ちゃん、聞いた?」

 

「――聞いたのだ!」

 

「――あのですね、――様。会話から主語を抜かれては、相手は話が分からずに混乱するのですが。――も、適当な相槌を打つな」

 

「――あ、そうだった。ごめんなさい。あのね、白蓮ちゃんの所に『天の御遣い』っていう人が二人もいるって噂なの。それでね、

 

 その人達が来てからね、涿郡には盗賊も現れないし、現れても返り討ち。皆が心から安心して暮らせる場所になってるんだって」

 

「――それは真ですか!?確かに再びこうして涿郡に戻ってきてからというもの、盗賊の影などちらつきもしませんでしたが……」

 

「――それでね、白蓮ちゃんの所に行こうと思うの。その二人にも会ってみたいから。それでね、もし噂通りのいい人達だったら、

 

 わたし達のご主人様になってもらえるように頼んでみようと思うんだ♪」

 

「――でもお姉ちゃん、相手はもう居場所があるのだ。よっぽどのことがないと、そこを離れたりはしないと思うよ?」

 

「――その指摘は尤もだな。――様、――の言う通り、これから我らが会いに行く相手には既に居場所があるのです。それに加え、

 

 相手の人柄も噂から推測は出来そうですが、あくまで噂です。あまり、過剰な期待は持たれないほうがよろしいかと思います」

 

「――でもでも、別の州とか郡とかならともかく、同じ涿郡なんだよ?噂は噂でも、かなり正確なんじゃないかな?」

 

「――それは確かに言えていますが……」

 

「――あのね、姉者は難しく考えすぎなのだ。まず感じることが大事なのだ」

 

「――お前は感じることしかしないだろう、だいたい……」

 

「――はいはい、――ちゃんそこでくどくどお説教しないの。管輅ちゃんの予言のこともあるし、きっといい人だって♪」

 

「――承知しました。では、昨日あの店主から教えていただいた山向こうの桃園に行き、その後、涿の町に向かいましょう」

 

「――うん!――はそれでいいのだ!」

 

「――わたしも♪じゃ、しゅっぱーつ!」

 

 

(side:一刀)

 

――昼前、俺は警備隊の小隊長から報告を受けていた。こうした定時報告は隊の的確な運用や細やかな治安維持には不可欠である。

 

「北郷様、ご報告申し上げます。警備隊、午前の警邏を終えました。引き続き、午後の警邏まで警戒業務を行います」

 

「わかった。異常は無いようだな。午後の警邏には俺も出るからそのように。いつも通り、町の全体を見て回るから」

 

「よろしくお願いします。では、自分はこれにて詰所に戻ります」

 

「ご苦労。交代で昼休憩を取ってくれ」

 

「はっ、ありがとうございます。では」

 

そう言って、小隊長は去って行った。こうして警備隊を率いるのも懐かしい。魏で凪達三羽鳥を率いて『北郷隊』を組織していた

 

ことを思い出す。訓練部隊や実働部隊としての側面も兼ねていた警備隊だ。あの三人は、こちらでも元気にやっているのだろうか。

 

ふと物思いに駆られ、俺は手を多少おろそかにしてしまった。

 

「(ブルルルル……)」

 

唸り声ではたと気付くと、俺の愛馬『電影』が振り返ってこちらを見ていた。手を止めるな、と言わんばかりの視線だ。

 

「あ、ああ、すまん電影。続けるから」

 

俺がそう言うと、電影は静かにまた顔を正面に戻した――そう。俺は今、馬屋で愛馬であるこの電影のブラッシング中なのである。

 

電影と出会ったのは、星達がここに来る少し前のことだ。

 

名の知れた馬商人が連れて来た馬だったのだが、静かな性格ながら誰にも懐こうとしなくて、誰にも売れなかったという。そこで、

 

騎馬隊の扱いが巧みと評判な白蓮の許に連れて来たのだが、この馬はなんと、白蓮と一緒にいた俺を見るとごく自然に「乗れ」と

 

言わんばかりの態勢を取ったのだ。

 

これには商人だけでなく、俺も白蓮も驚愕した。馬は、世話をしてくれた人を生涯忘れないというが、世話どころかその日初めて

 

会った俺にいきなり背中を許すとは、正直信じられなかった。

 

俺はこの馬の目に何かが見えた気がした。白蓮もこの馬と俺に何かの縁があるのだと思ってか、この馬と、商人が他に連れていた

 

馬を買い入れた。その内の一頭は朱里に与えられ、『颶風』と名付けられている。こちらは栗毛の、見た目は普通の馬だ。

 

この純白の鬣を持つ漆黒の馬は素晴らしく速く走り、また非常に利口で俺の言葉も理解しているようであった。しかも、俺が何か

 

させたいと思えば、次の瞬間にはそれを実行してしまう。俺の心がわかるかのように、この馬は俺の思いのままに野を駆け抜けた。

 

俺と電影なら、白蓮と勝負しても勝てそうだ。

 

「……っと。さて、終わったぞ電影」

 

「(ブルルルル……)」

 

電影は礼を言うかのように俺に顔を擦り付ける――と、急にあさっての方向を向く。その視線は鋭かった。

 

「(ヒヒーーーン!!)」

 

そして、鋭くいなないた。

 

「どうした、電影?」

 

「(ブルルルル……)」

 

電影は何かを訴えかけるような目で俺を見ている――ふと、星達が来る前にこいつの世話をしていた時、この馬が今と同じように

 

鋭くいなないたのを見ていることを思い出した。そしてその日、星達が涿の町にやって来たのだ……ということは。

 

「……そうか。彼女たちが来たと言うんだな、電影」

 

「(ブルルルル……)」

 

俺の言葉を肯定するかのように、電影は再び俺に顔を擦り付けてきた。

 

 

 

――そして午後。俺は警備隊を指揮し、午後の警邏を行っていた。

 

ここ涿での俺の仕事は多岐にわたるものだ。政務の補助からこうした警備隊の指揮による治安維持活動、軍部の統括、エトセトラ。

 

とりあえずできることは何でもやっている。決して便利屋ではない……と主張したいが、便利屋であることは否定できないか。

 

「……考えてみると、俺って白蓮と似てるな」

 

所属勢力によって仕事に違いはあったが、基本的に何でもやっていた気がする。どこでも剣は握っていたし、政務も警邏もやって

 

いた。まあ、他の皆が偏り過ぎてるだけなんだけどさ。何でもできる人材というのは、実はほとんどいなかったりする。

 

「……しかし、平和だなぁ」

 

『割れ窓理論』の導入によって、犯罪発生率が相当程度減少した現在の涿郡においては、町中で騒動が起こることもほとんどない。

 

あってもすぐに警備隊が鎮圧するので、民は安心して暮らせるというわけだ。いざという時にすぐ通報できるよう、店先にやたら

 

音が大きい鳴子を設置するように義務付けているし。ちなみに鳴子は俺が設計して警備隊で手が空いてる連中で数を揃え、町中の

 

店や住居に配布している。

 

これは白蓮のみならず、風や稟にも絶賛されている(あの星との仕合の後、俺は戯志才と程立からも真名を預かっている)。

 

最近では涿郡への移住希望者が増加し、商人も増えて来たので、税を下げても税収はむしろ増えている。おかげで、現在の涿郡は

 

充実した政策で大陸でも有数の発展を見せていた。

 

「――さて、これで俺の担当分は終わりかな。他の場所の様子を見ながら帰るとするか」

 

とりあえず持ち分は終わった。でもこのまま帰っても朝のうちに他の仕事は済ませちゃったからな、暇なんだよね。というかだな、

 

朱里を筆頭とした文官連中が優秀過ぎて、余程のことが無ければ俺が政務の手伝いをする機会はない。軍部のほうは星が手伝って

 

くれているし……正直、仕事の種類が多いだけで、量自体はそこまで多くないのだ。

 

……いや、多いとは思うよ?でもそこは、経験値の違いからくる認識の違いというもの。今では机に聳える書簡の山も普通に処理

 

できてしまう。気分がちょっと憂鬱になるのは否定しないけどさ。

 

「んじゃ、ぶらぶら町中を回ってみるか」

 

そんな訳で、町中を見て回ろうと歩き出した――

 

 

 

「――きゃあああ!!!」

 

 

 

――途端、鋭い悲鳴とかなりの数の鳴子が一斉に鳴らされる音が聞こえた。この音の響き具合から言って……中央の大通りだな!

 

「――北郷様!」

 

近くにいた警備隊の連中も集まってくる。この辺りを持ち場としている第一小隊の一部だ。他の連中もおっつけ現場に向かうはず。

 

「直ちに現場に急行するぞ!いいな!」

 

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

警備兵達は大通りに向けて走っていく。さて、俺は――!

 

「項籍羽が直伝……『空歩術』!」

 

そのまま空歩術を使って空中へと駆け上がり、建物の屋根に飛び移ると、屋根を次々と飛び移って現場への最短距離を急行した。

 

 

「――いきなり何をするか!その方を放せ!」

 

「――お姉ちゃんを放すのだ!」

 

現場からは聞き覚えがありすぎる声が聞こえた。敵意に満ち満ちた、相手を威圧するような声だ。

 

――やはり、来ていたか。

 

「――最近じゃァ、なかなか暴れられなくてよォ。ムシャクシャしてたんだよ!」

 

――どんな理由だ。

 

「――おのれっ!」

 

「――おっと、俺達はこうして数がいる。それに人質もな。嬢ちゃん達、下手な真似するなよ?」

 

――卑劣な。

 

しかし、男の言う通り、連中は集団だ。彼女達ならこの程度の連中など物の数ではないだろうが、いかんせん人質を取られてはな。

 

おまけに、どちらも長得物。こうした密集戦闘では不利だ。加えて、町中であんなもの振り回されるのは正直拙い。

 

「――くっ、成敗してくれる!」

 

どうやら武器を持つ少女達の片方が痺れを切らしたらしい。今にも連中に襲い掛かろうとしているのがわかる。

 

だが、それは――

 

 

 

「――それは、俺達の仕事だ」

 

 

 

――俺は武器を持つ少女達の前方を塞ぐようにその場に降り立ち、人質を取って優位に立った気になっている悪漢共を睥睨する。

 

「な、ななな、なんだお前は!?」

 

少女を捕えている男は、いきなり現れた俺に驚いたのか、どもりながらそう問うてきた。まったく、その程度なら悪行を働くなよ。

 

「何者だっ!?」

 

「誰なのだ!?邪魔をするななのだ!」

 

後ろの少女達も問うてくる――問いかけというよりは威嚇と言った方がふさわしい語調だったが。

 

名を訊かれたならば答えてやるのが礼儀というもの。こんな奴らに名乗る名は無いが、彼女達の問いには答えよう。俺は――

 

 

 

「――俺は公孫賛軍客将、北郷一刀。警備隊総指揮官として、お前達はここで成敗する」

 

 

 

俺が名乗った瞬間、悪漢共に動揺が広がる。

 

「……!?なん、だと……!?」

 

「北郷……!?あ、あの『天の御遣い』だってのか、あんな奴が!?」

 

「まだほんのガキじゃねぇか!」

 

がたがたと五月蠅い奴らだな、人を見た目で判断するんじゃねえよ。そんなんだから、お前らはひ弱な小悪党でしかないんだよ。

 

「……五月蠅いぞ、下衆ども」

 

闘気を解放し、連中に向けて叩き付ける。町中なので出来る限り弱めたが、それでも小悪党共には効果は絶大だったようだ。

 

「ヒッ!?」

 

「な、ぐ、体が……体が動かねぇ!」

 

連中の動きが止まる――小刻みに震えているのが手に取るようにわかる。さて、仕事だ!

 

「……北郷一刀、推して参る!」

 

俺は地面を蹴り、小悪党共に急接近していく。俺が近づくごとに、連中の恐怖心がいや増していくのがわかる。

 

「ひっ、く、来るなぁ!来るなぁっ!」

 

男が人質を捕えたまま剣を振るい、取り巻きも残したまま走り去ろうとする。危ないな、人質に当たったらどうするんだよ。

 

「遅いぞ」

 

俺は『幻走脚』を使って、逃げる男の正面に回り込む。これで男は逃げ道を失った。さてと、これでおとなしく捕まってくれるか。

 

「って、てめぇ!人質がどうなってもいいのか!」

 

予想はしていたが、やはりおとなしく捕まってくれるわけも無く、男は剣を人質の首に突き付けんとする――その腕を掴む。

 

「だから、五月蠅いんだよ、下衆が」

 

そのまま、人質の少女の腹部に拳を肉薄させる。

 

「……ちょっとびっくりするが、許せよ」

 

「――へっ?」

 

俺は氣を拳に一瞬で集束させ、狙いを心中で定めて撃ち放つ――!

 

「――『龍火弾(りゅうかだん)』ッ!!」

 

「ぐぼぁっ!?」

 

俺が放った氣弾は『氣の自在制御』の作用によって囚われた少女の身体を透過し、少女を捕えていた男に命中し、見事に男だけが

 

氣弾発射により生じた衝撃波と共に吹き飛ぶ。放つと同時に奴が少女を捕えていた腕を外してやったので、少女は男と一緒に吹き

 

飛ばず、俺は彼女を受け止めることができた。

 

さて、後は――

 

「北郷警備隊!取り押さえろッ!」

 

「「「「「応ッ!!!」」」」」

 

事態は、到着した警備隊によって収拾された。

 

 

「――本当に、ありがとうございました!」

 

後始末を警備隊に任せ、俺は三人組の少女と共に近くの茶店に入っていた。職務怠慢?いや、そんなことはないぞ?これも立派な

 

仕事だ。本当は警備隊の詰所にでも連れて行けばいいのだが、俺はあまり相手を緊張させるようなことはしない方針だ。

 

「でも、凄かったですね~。わたしを捕まえてた人だけを吹き飛ばしちゃうなんて」

 

「見事な対応でした。感服いたしましたよ」

 

「お兄ちゃんすごいのだ!」

 

三人揃って俺を褒めちぎってくれる。しかし、俺は警備隊長として当然のことをしただけなので、褒められても得意にはなれない。

 

「そこまで褒めてもらっても……俺は当然の仕事をこなしただけさ。さて、どうしてあの連中に絡まれた?」

 

とりあえず聞き取り調査はしておかなければならない。仕事モードに頭を切り替える。ここは詰所じゃないから、竹簡も墨も無い。

 

頭に情報を詰め込んでおいて、後で報告書に纏めれば問題ないから、相手の話を一言一句聞き漏らさないように集中する。

 

「……えっとですね、なんかいきなり後ろから捕まっちゃって……」

 

理由もないのか。まったく……性質が悪いな。ああいう連中が今後発生しないよう、警備体制を強化しておかないとな……。

 

「わかった。ともかく無事でよかった。治安が良いとはいっても、まだ完全じゃない。こちらとしても出来る限りのことはするが、

 

 油断はしないように。曰く、油断大敵。とはいっても、必要以上に警戒する必要は無い。町の皆が不審がってしまうからね」

 

「はい!」

 

笑顔で応じてくれる桃色の髪の少女。それにつられて、黒髪の少女と赤髪の少女も笑顔で頷く。その笑顔を、俺はよく知っている。

 

そう、ようやくこの三人組が現れたのだ。三国志の主人公一行が。劉備玄徳、関羽雲長、張飛翼徳。俺もよく知る三人だった。

 

「……あの、お兄さん」

 

「ん?」

 

「お兄さん、さっきの名乗りからすると……もしかして、『天の御遣い』様なんですか…?」

 

期待を込めた目でこちらを見る劉備。まあ、俺が名乗ったわけでは無いが、悪党にも俺の名と異名が併せて売れていたようだから、

 

連中も俺が『天の御遣い』だとわかったんだろうし。それを耳にすれば、興味のあることには耳聡い劉備が反応するのは自然か。

 

「この方がそうなのですか……?」

 

「普通の人にしか見えないのだ。格好は変わってるけど」

 

いや、さっきあそこまで褒めておいて「普通」ってなんだよ君ら。言われ慣れているが。だが、文句を言うわけにもいかないので、

 

俺はそれをスルーして劉備の質問に答える。

 

「……『天の御遣い』……確かに、そう呼ばれてもいるのは事実だ。否定はしないさ。改めて自己紹介しよう。俺の名は北郷一刀。

 

 姓が北郷で、名が一刀。文化の違いで字は持たない。今は伯珪の許で客将をしていて、軍部統括と警備隊の総指揮官を任されて

 

 いる。それ以外にも色々やっているが、まあそれは今はいいだろう」

 

「ほわ~、やっぱり~」

 

驚嘆したかのような表情を浮かべる劉備。その横から、今度は関羽が話しかけてきた。

 

「あなたは、公孫賛軍の正式な将なのか?」

 

何か強く問い質すような口調だ。関羽って、割とこういう態度を取ることが多いよな。本人に悪気はないはずなんだが、他者から

 

見るとどうしてもこう排他的に見える。抜き身の刃のような振る舞いは変わっていないな。そんなんじゃいずれ刃毀れするぞ。

 

「いや、俺は客将だ。今現在、公孫賛軍に正式な武将は一人もいない。軍師も同様だ」

 

「そうなのですか?」

 

「まあね。軍部の方は俺ともう一人、趙雲っていう客将で管理しているし、政務等は俺の連れが、あと二人いる客将扱いの文官と

 

 一緒にやっている。今までは伯珪がほとんど一人で屋台骨を支えてきたようだが、名が売れたおかげで、人材も集まって来たし」

 

「なるほど……」

 

納得したように微笑を浮かべる関羽。こういう表情をしていれば普通の優しい女の子にしか見えないんだけどね……。

 

「御遣いのお兄ちゃんはなんでここにいるのだ?」

 

今度は張飛だ。

 

「伯珪に拾われたんだよ。五台山の麓に落ちた時にね」

 

「そうなのかー……鈴々たちが行く前に来ちゃったのかー……」

 

残念そうな表情を浮かべる張飛。まったく、何が残念なんだか。まあ、わかってはいるけどさ……しかし、それはそうと。

 

「俺は君たちの名前を聞いてないよ?」

 

すると三人は一斉に驚いた顔をした。いや、そこは礼儀だろうよ、礼儀。相手に名前を訊くなら、相手より先に自分が名乗るべき

 

だろうに。名前を訊かれた覚えもないが、自己紹介もせずに相手が誰かを訊くのはマナー違反だ。俺はあまり気にしないが。

 

「あ、そうでした!こんなに早く御遣い様に会えて、つい興奮しちゃって……ごめんなさい。わたしは劉備。字は玄徳といいます。

 

 この涿郡にある涿県の生まれです。伯珪ちゃんとは慮植先生っていう人の所で一緒に勉強したお友達です」

 

「私は関羽。字は雲長と申します」

 

「鈴々は張飛!字は翼徳なのだ!」

 

「劉備、関羽、張飛……ね。伯珪に会いに来たのなら、取り次ぐから一緒に来てもらいたい。ここのお代は俺が払っておく。女将」

 

「あいよ、お勘定だね。ほんと、いつもありがとうね、北郷様。さっきは格好良かったよ」

 

「よしてくれ。普通に仕事をやっただけなんだから」

 

恰幅の良い女将とちょっとした挨拶を交わしてから、俺は三人の少女を連れて城に向かった。

 

 

「――で、『天の御遣い』に会いに来たと」

 

謁見の間で、白蓮と劉備の……なんだ、俺が蜀陣営に参加することになる場合の外史であったあのやりとりだ。内容こそ俺が今の

 

時点で劉備達と共にいないせいで後半部分がかなり違ったが、それが終わって今、白蓮が劉備達にここに来た理由を訊ねていた。

 

「うん、そうなんだよ。その人達のおかげで、涿郡はすごく平和になったって噂になってるよ?白蓮ちゃんの名前も広まってるし、

 

 盗賊とかはほとんど近寄りたがらないみたいだし、すごいなーって。それで、会ってみたいなって思ってここに来たんだ」

 

「そうか。確かに一刀達が来てからというもの、天の知識や技術を応用して治安は非常に良くなった。天の世界は平和だと聞くが、

 

 軍の統率や政治まで、あらゆる分野に長けていてな。私の仕事の効率も上がるし、民は安心して生活できている。二人の助力が

 

 無かったら、酷くなりはしなくてもここまではできなかっただろうさ」

 

「すごーい…」

 

さっきから感嘆しきりの劉備。関羽もしきりに頷いているし、張飛は……よくわかってなさそうだが、感嘆しているのは同じだ。

 

「……ああ、そうだ。お前達は既に一刀とは面識を持っただろうが、もう一人いるんだ。紹介するよ……誰かある!」

 

「はっ」

 

「北郷朱里をここに呼んでくれ。今やっている仕事は中断してもいいからと」

 

「はっ、すぐにお呼びしてまいります」

 

使いの者が朱里を呼びに行き、ややあって、朱里が謁見の間に入って来た。勿論、再び外史に降り立ってからは俺と二人きりの時

 

以外はずっと着けているあの仮面も着けて。

 

「お呼びですか、白蓮さん?」

 

「急にすまないな、朱里。今、私の友人が訪ねてきてくれたんで、お前を紹介しようと思ってな。こちらが私の友人、劉備だ」

 

「はじめまして、劉玄徳といいます。先程、町で悪い人達に襲われたのですが、御遣い様に助けて頂いて、本当に助かりました」

 

「私は関雲長と申します」

 

「張翼徳なのだ!」

 

「はじめまして、皆さん。北郷朱里と申します。こちらの一刀様と共に、天からやって参りました」

 

折り目正しく礼をする朱里。まあ、相手は見知らぬ人間じゃないし。朱里の人見知りが発動しないのは当然か。

 

「こんな可愛い女の子も御遣い様なんだ~♪……あれ、どうして仮面なんてつけてるんですか?」

 

尤もな疑問である。この仮面の事情を知っているのは、北郷家の面々と管理者連中、淋漓さんと珠里さんだけだ。他人からすれば

 

理由なんてわかるはずもないよな。

 

「……少々、込み入った事情がありまして。申し訳ありませんが、私の素顔はお見せできないのです」

 

朱里が返答すると、劉備は何故か満面の笑顔を浮かべて、中々とんでもないことを口走った。

 

「えー、わたし達は気にしませんよ~?」

 

……おいおい、ちょっとは考えてものを言えよ、劉備。怪我とかそういうものだと思っているんだろうが、いくらなんでもそれは

 

相手を傷付けかねないぞ。朱里は怪我をしているわけじゃないけど、もう少し相手の気持ちを慮れよ。

 

「桃香、私も朱里の素顔は見ていない。それに、個人の事情に土足で踏み込むな。好奇心を持つことは悪くはないが、この二人は

 

 私達と何ら変わらない、普通の人間だ。見世物じゃないんだから、ちゃんと慮れ。いくらなんでも、今のお前の態度は失礼だ」

 

すぐさま、白蓮の厳しい言葉が飛んだ。普段からあまり声を荒げない彼女だが、こういうことには流石に厳しいのだ。

 

「……ごめんなさい」

 

謝罪をする劉備。だが、謝罪というよりは「残念」という感情が先立っているように思える。好奇心が強いのは悪いことではない。

 

しかし、詮索してはいけない事情というものは存在するし、自分が気にしなくても相手が気にしている場合というのは往々にして

 

ある。今の劉備の発言は明らかに朱里を気遣ってのものではない。

 

「……気にしていませんよ」

 

朱里はそう返したが、何だか機嫌を損ねたように感じるのは気のせいだろうか。……気持ちはわかるよ、朱里。俺もこの三人組に

 

初めて会った時、散々値踏みされるように見られたからさ。関羽と張飛だけの『始まりの外史』ではそんなことなかったんだけど。

 

「すまんな、一刀、朱里。私の友人が失礼なことをした」

 

白蓮が頭を下げようとするので、俺は白蓮を制止して、言った。

 

「いや、白蓮は気にしなくていいよ。御大層な異名がついている時点でそういう目で見られるのは承知の上さ」

 

「そうです。白蓮さんはお気になさらず」

 

朱里も同意する。町の皆はもう顔馴染みだから、今更好奇の目でなんて見てこないけど、劉備達のように別の場所から噂を聞いて

 

やって来た人間にはそういう目で見られることが多く、もう慣れっこだった。

 

「なあ、白蓮。謁見の間でいつまでも立ち話っていうのもあれだろ。東屋で話さないか?」

 

俺が提案すると、白蓮は一瞬思案し、笑顔で応じてくれた。

 

「……そうだな。桃香、一刀がこう言ってくれていることだし、東屋で座って話そう。朱里、茶の用意を頼めるか?」

 

「はい」

 

話は纏まった。茶を貰いに厨房に向かう朱里と別れ、俺達は中庭にある東屋に向かった。

 

 

――そして、東屋にて。

 

朱里が用意してくれた茶を飲みながら、俺と朱里も交えた五人で話をしていた。他愛の無い話や、今までのことまで色々なことを

 

話す。そんなこんなで、東屋に腰を落ち着けてからしばらくたった頃だった。

 

「――それでね、御遣い様」

 

ふと劉備の声が聞こえ、そちらを見ると、真剣な表情でこちらを見ていた。

 

「どっちの?」

 

「どっちも。……わたし達、困っている人たちを放っておけなくて、立ち上がったんだ。弱い人たちが傷付いて……無念のままに

 

 倒れていくのが、我慢できなくて。少しでも、力になれたらって思って、三人で旅を続けていたんです……でも、もうわたし達

 

 三人だけじゃ何の力にもなれない。そんな時代になってきてるの……」

 

「官匪の横行、太守の暴政……そして、弱い人間が群れを成し、さらに弱い人間を叩く……そういった負の連鎖が強大なうねりを

 

 帯び、この大陸を覆ってしまっているのです。憚りながら、我ら三人、それなりの力はありますが……最早、私達だけでは……」

 

「三人だけじゃ、もう何も出来なくなってるのだ……」

 

あの店で聞いた、三人の旅の目的。そして想い。それはこの不可思議な新生を果たした外史においても、変わることが無かったか。

 

「……でも、そんなことで挫けたくない。無力なわたし達にだって、できることがあるはず……だから、御遣い様……お願いです。

 

 わたし達に、力を貸してください!『天の御遣い』であるあなた方が力を貸してくだされば、きっともっともっと弱い人たちを

 

 守れるって、そう思うんです!どうか……どうか、お願いしますっ!!」

 

――やはり、か。この三人は……いや劉備は、俺達を頼ってここに来た。かつての外史と変わることのない想いをその胸に抱いて。

 

それは真心だろう。かつて俺が感じたのと同じように。心の底から他者の力になりたいと望む王。それが、劉備玄徳という人間だ。

 

どんな外史でも、彼女達の想いだけは変わらないのか――そう思った、次の瞬間だった。

 

 

 

「――それで、お前は何故『天の御遣い』を必要とする?」

 

 

 

それは、白蓮の声だった。普段は温厚な彼女だが、今はいつもの穏和な声音ではなかった。この上も無く、厳しい声音だった。

 

「白蓮ちゃん……?」

 

予想外の人物から向けられた厳しい問いに、戸惑う劉備。それに構うこと無く、白蓮は続ける。

 

「……お前の理想を、信念を、夢を、私は否定するつもりはない。寧ろ、賛同している……だが、お前のやっていることは何だ?

 

 旅をして人助けをしていたのはいい。何らかの信念を持って、戦っていたのはいい。それは私も咎めはしない。だが……」

 

これまでの外史では見たこともないような厳然たる表情を浮かべ、静かに話す白蓮からは、好意的な雰囲気が消えていた。すっと

 

背筋を伸ばして、劉備を見据える白蓮。ただ人々が苦しむのが許せなくて旅をしていた友人の、覚悟を問うかのように。

 

「慮植先生から将来を嘱望されたほどのお前が、何故そんな雲を掴むようなことばかりする?先程も言ったと思うが、都尉くらい、

 

 お前なら余裕でなれただろう。そうして地盤を固め、名声を集め、実績を積んでいくことも出来たはずだ。先生の許を卒業して

 

 三年だぞ?そのくらいのことは出来たはずだ。それなのに、お前は何をしているんだ。特定の地域に住む民以外を救えないのが

 

 嫌だと?そんなことを言っていては、いずれお前が命を落とすぞ。しっかりと現実を見据えろ。私とて武人、大望は抱いている。

 

 だが、それは今のように地位を築き、地盤を固めたからこそ実現の可能性が見えてくるというもので、あくまでも現実に即した

 

 大望に過ぎない。夢ばかり追っていては、お前、どうにもならないんだぞ。各地を旅して回るのもいいだろう。だが、そろそろ

 

 正義の味方ごっこはやめにしろ。たとえ本当に正義の味方でも、根無し草に集まる名声なんて多寡が知れてるんだ」

 

「……っ」

 

一気に言い切った白蓮の表情は、未だに険しい。対する劉備は、悲しそうな表情を浮かべて白蓮を見つめている。

 

「ここを訪ねて来た目的が、御遣いの二人に会うためだとは先程も聞いた。だが、会ってどうするんだ?確かに、お前達には力は

 

 ある。だが、地盤も無ければ名声もない。地盤を得ることが難しいのは、私もよくわかっている。ならば名声からってことか?」

 

「……白蓮ちゃん、わたし達には風評や名声、知名度が足りないのはわかってるんだ。だから……」

 

「二人を、自分達の売名に使おうと言うのか?」

 

「……」

 

遂に反論出来なくなった劉備の、困り果てて今にも泣きそうな表情を一瞥してから、白蓮は思い切り卓を殴りつけ、怒鳴った。

 

「甘ったれるな!お前、自分で名を売ろうとする努力もしないで、他人に頼って売名をするのか?いくら、世の中が乱世でそんな

 

 時間もないとはいっても、本来なら関係ないはずの彼らを自分達の売名に利用するのか?あまりにも都合が良過ぎやしないか?

 

 己の能力を活かそうとしなかったお前が、そんなことを言うのは傲慢じゃないか!?」

 

「……」

 

「時間はあったんだ!たった三年だが……それだけの時間はあった!先生とて、卒業する人間に対して放任だったわけじゃない!

 

 推薦状だって散々書いていた!先生は、お前には特に目をかけていた……だが、今のままではお前は何も成すことが出来ない!

 

 いいか、大業を成すためにはどんな小事も疎かにしてはならないんだ!そして大業を成し得る者は、己の感情を超えたところで

 

 為すべき事を理解している!感情の赴くままに行動しても上手くいく人間というのはな、己を殺して血の滲むような努力を積み

 

 重ねてきた人間のことだ!最初は感情に任せて行動するのもいいが、どんなに逃げたって、現実はお前を追ってくるぞ!」

 

「で、でも……!」

 

「でも、何だ!?今まで逃げ続けていたお前が行動を起こすのは良いさ、そこまで私は咎めちゃいない!だがな桃香、お前はまだ

 

 他者に協力を求められるほど努力してはいない!まず自分だけでやれたことをやらなかった者が、着実に実績を上げている者に

 

 対して『協力して欲しい』などと……お前、いつからそんな偉そうなことを言うようになったんだよ!?言葉こそ丁寧だろうさ、

 

 だが内容は傲慢そのものだ!今のお前の言葉は、論外だよ!」

 

「――っ!」

 

「……故郷を遠く離れて、ここに落ちてきた彼らの気持ちも考えてみろ。お前の理想がいくら素晴らしいものだと言ってもな……

 

 実現する可能性が、実現する未来が見えないものに自ら進んで手を貸そうとするほど、人間ってのは優しくできちゃいないぞ」

 

――ここまでとは思っていなかった。ここまで激情を露わにするとは。

 

白蓮は劉備と違い、豪族の出身だ。視点が違うと言われればそれまでだが、彼女とてその出自故に苦労しただろう。しかし努力を

 

重ね、自分にできる限りのことを常にやってきたのだ。それが今の彼女を形作るもの、つまりアイデンティティなのだ。

 

劉備とてそれは同じなのだろう。しかし、劉備の能力を活かせばもっと他に出来ることがあっただろうという白蓮の言葉は正しい。

 

正史の事を考慮すれば、ここでそれなりの地位にある俺達と交流し、仲間に引き入れたいという劉備の心情はわかる。俺達の存在

 

そのものが一つの大義として成立し得ることを考えれば、理想以外何もない彼女が俺達を欲しがるのは自然なことだ。

 

だが、白蓮が言いたいのはそこではない。もし、俺達が舞い降りてこなかったらどうするつもりだったのかと。そう問いたいのだ。

 

俺達が居れば、確かに知名度という点では諸侯にも負けないものが得られるだろう。

 

だが、風評や名声というものは他者に頼って得るようなものではない。得られたとして、それはあまりに空虚なものとなるだろう。

 

「……今日の話は終わりだ。よく考えろ、桃香。理想と現実の狭間というものを……」

 

そう言って、白蓮はそのまま椅子から立ち上がり、東屋から立ち去って行った。残ったのは、後味の悪い沈黙だけだった。

 

 

――その日の夜。

 

項垂れた劉備一行は宛がわれた部屋に行き、白蓮と朱里は残っている仕事を片付けに行き、俺は東屋で一人、考え事をしていた。

 

……あんな白蓮は、見たことが無い。人が良く、貧乏くじを引きやすく、それでも穏やかだった少女。そんな彼女が、友人である

 

劉備にあそこまで強烈な非難を浴びせるとは想像だにしていなかった。これまでなら、あんなことは言わなかったはずだ。

 

だが、今回はこれまでとは違い、自分が先に御遣いである俺達と知り合い、人柄に触れている。だからこそ、何の努力もしないで、

 

名の売れている俺達を売名に利用しようとする……言い方は悪いが、そうしようとした劉備に対して怒りを露わにしたのだろう。

 

『始まりの外史』でこそ、俺は自ら関羽達の広告塔になることを申し出たが、『閉じた輪廻の外史』においては関羽が言っていた。

 

俺が『天の御遣い』であろうと、そうでなかろうと構わないと。それは、売名できれば別に構わないと言っているようなものだ。

 

「……白蓮は最初から俺達の事を対外的に喧伝するなんてこと、していなかったからな……」

 

白蓮が怒るのも無理はない。『天の御遣い』が自分の許に居ると喧伝することもなく、俺達を普通の人間として扱い、他の人間に

 

対するそれと変わることのない態度で接してくれた。俺達もそんな白蓮に応えるために、懸命にやって来た。そして涿郡は発展し、

 

白蓮の名も売れ、俺達の名もあわせて広まっていったのだ。それは、白蓮が長い時間をかけて築いた地盤があったからだ。彼女は

 

この涿郡に太守として赴任する以前は都で働いていたというが、そうした下積みがあってこそ、今の彼女の人望があるとは誰でも

 

わかることだろう。劉備の物言いは、そんな彼女の努力を土足で踏み躙るものだ。普段から謙虚で驕らない白蓮でも、散々苦労を

 

重ねた日々を軽侮するようなことを言われては怒らないわけがない。それでも自分がどうとは言わず、あくまで劉備を叱りつける

 

以上には何も言わなかった彼女はやはり人が良く、情に篤い女性なのだということがわかる。

 

そこまで考えたところで人の気配がするのに気付き、顔を上げると、白蓮と朱里が立っていた。白蓮の手には酒壺がある。

 

「……すまんな、付き合ってはくれんか?」

 

「……ああ、俺も少し、呑みたいと思っていたところなんだ」

 

「そうか……」

 

二人が席に着く。朱里が盃を各人に配り、白蓮が酒壺から酒を注ぐ。立ち昇る芳香からして老酒、それも中々の上物のようだ。

 

乾杯をするような雰囲気ではなかった。俺達は無言で盃を持ち上げてそれの代わりとする。一先ず、一杯を黙って飲み干してから、

 

白蓮がゆっくりと話し始めた。

 

「……本当にすまなかった。あいつ、昔から夢見がちだからさ……」

 

白蓮は複雑な表情を浮かべてそう言った。友人をああも非難したことは、白蓮自身にも小さくない痛みを与えているのだろう。

 

「お前達の人柄に期待しているというのもあるだろうさ。だが、私にはどうにも……」

 

「白蓮、俺達は『天の御遣い』になった時点で、そういう存在になる覚悟はできているつもりだよ」

 

慰めるつもりで言った言葉は、しかし顔を上げた白蓮の言葉で力を失った。

 

「一刀、私が言いたいことはそうじゃない。私はお前達に『民の希望になれる存在になってほしい』と言った。それは、あいつも

 

 同じなんだろうがな。現実として、地盤も名声も持たない人間がそんな存在に力を貸してほしいなどと申し出るのはあまりにも

 

 あからさまな売名行為だ。同じことだと思うかもしれないが、単に名を売るだけなら方法は他にあるからな」

 

「……」

 

「私がお前達に期待しているのは、お前達自身がそういう存在になってほしいということだ。『天の御遣い』……確かに、そんな

 

 呼び名が希望になることもある。だが実を伴わなければならない。お前達は本当に有能で、正直に言って私の想像を超えてよく

 

 やってくれている。故に、お前達の虚名には実が伴っていて、だからこそ民もお前達を支持しているんだ」

 

「彼女は違うと仰るのですか?」

 

「……ああ。能力はあるはずなのに、夢ばかり見て、高望みが過ぎる。目標を高く持つこと自体は良いことのはずなんだがな……。

 

 あんなことをやっていては、名が売れる前に命を落としてしまう。人々のために戦うというその理想は尊い。だが、何もしない

 

 うちから名の売れているお前達の虚名を使って、世に大きく羽ばたこうとするのは、傲慢というものだ」

 

確かに、劉備は俺個人のことは別として、俺の虚名を利用することで乱世に大きく羽ばたいた。それは、否定出来ない事実である。

 

三人だけでは限界になってきている……そんなことも言っていた。だが、白蓮から見ればそんなものは限界でもなんでもないのだ。

 

「私がお前達を『天の御遣い』だと大きく喧伝しなかったのも、そういう理由だ。お前達が力を示さない限りは、それを喧伝する

 

 ことはしたくなかった。だが、お前達はこの涿郡の治安維持や発展に大きく寄与してくれた。だからこそ、私はお前達の存在に

 

 ついて喧伝し、さらなる発展へと繋げようとしたんだ。今の涿郡の発展は、間違いなくお前達が為したことだからな」

 

手順は、劉備とは逆だ。俺の虚名を利用して周囲から期待や畏敬を集め、そこから実績を積んでいった劉備。一方の白蓮は俺達に

 

先ず実績を積ませ、それから虚名を売り出した。故に、期待外れということにはなり難い状況が作られている。

 

「……御託を並べても、利用したことには変わりない。本当にすまない」

 

「……いや、白蓮。それは君の立場上当然のことだ。俺も無闇な期待をされるよりも、まず実績を積んで、支持を得て、それから

 

 確かな期待を得たいから。本来的に、そういう風に地道にやっていかなければならないんだよ、こういうことは……」

 

「そうですね。私としても、あまり……」

 

「……そうか。すまないな」

 

そう言って、白蓮は新たに注がれた酒を一気に呷る。再び盃に酒を注いでから、白蓮は次に朱里に問いを向けた。

 

「……朱里、こんなことを訊いて申し訳ないが……何故、お前は仮面を外さないんだ?ここ数ヶ月の間、お前を見ていて思ったが、

 

 お前が仮面を外した姿を見たことが無い。桃香の言い方に問題はあったが、本当に何か酷い怪我でもしているのか?」

 

「……いいえ。でも、いずれ理由をお話し出来る日が来ると思います」

 

「そうか……わかった。これ以上は問うまい」

 

こちらはあっさりと終わった。心配そうに訊ねた白蓮も、それ以上踏み込むつもりはないようだ。

 

「……あまり、嫌な気分の時に酒を呑むものじゃないな。すぐに酔ってしまう……」

 

再び酒を飲み干してから、小さくため息をつく白蓮。そういえば、今日の白蓮は随分と呑むペースが速いように思える。この時代、

 

酒の度数は俺達の時代からすれば相当に低いが、白蓮は決して酒に強い方ではない。長い付き合いだ、それくらいは知っている。

 

「あいつ、先生の所にいた時から、ただものじゃないって思ってたのにな……少し、期待し過ぎだったのかな」

 

「そんなことはないさ。ただ、ちょっと理想に逸っているだけだよ。若さ故の過ちというやつさ……」

 

どこぞの赤いヤツみたいな台詞が自然に出るあたり、俺も酔ったかな。見た目は若者でしかないが、些か年数を重ね過ぎたようだ。

 

「……お前、年寄りみたいなこと言うんだな」

 

「見た目よりずっと齢食ってるからな」

 

「……天の国の住人は寿命が長いのか?」

 

「医学が発達してるから、この世界の人よりは寿命は長いと思うよ。一部百歳を超える人もいる。でも、平均的には八十くらいだ」

 

「そんなにか……!?もう、何でもアリだな、天の国って」

 

「今更、何を言っているんだ?涿郡も天の知識を応用して発展したと言っていたのは白蓮じゃないか」

 

「そりゃそうだ」

 

控えめな笑い声が、中庭に小さくこだました。

 

 

□涿の城・客間

 

――公孫賛に宛がわれた劉備の部屋。それぞれに部屋は宛がわれたが、三人は揃って劉備の部屋にいた。

 

「桃香様……いつまでも落ち込んではいられません。我らにもいよいよ拠点や資金が必要なのですから、明日にも白蓮殿に謁見し、

 

 客将として雇っていただかなければなりません。いずれ乱世に羽ばたくための力を得るためにも、今この時の忍耐が必要です」

 

「うん……でも……」

 

今後のことを話しあうためにこうして集まったは良いが、激しく落ち込み、寝台に座ったまま項垂れている劉備を気遣ってあまり

 

昼間のことには触れず、関羽はあくまで今必要なことを諭すように言う。とはいえ、関羽とて先の公孫賛の言に苦いものを覚えた

 

ことは否めない。関羽からすれば「皆を笑顔にする」という崇高な理想のために今まで歩んできた主・劉備の姿勢を否定するかの

 

ような公孫賛の言葉は不愉快であった。何故、劉備の想いをわかってくれないのか。それも、劉備は『天の御遣い』達に向かって

 

訴えかけていたのだ。そんな大切な場面で何故割り込んだのか。考えれば考えるほど怒りが込み上げてくる。だが――。

 

「……まさか、白蓮ちゃんがあんなことを言うなんて……」

 

「……それは仕方のないことでしょう」

 

「鈴々たちと違って、白蓮は太守なのだ」

 

そう。公孫賛はこの涿郡の太守。劉備と別れてから三年、彼女は相当な努力を重ね、ここまで上り詰めたのであろう。そのことに

 

疑いの余地などありはしない。だからこそあのようなことを言ったのである。それがわかるだけに、関羽は自身の怒りを押し殺す

 

他なかった。劉備にしてもそれはわかっているのだろう。溜息を吐き、心底落ち込んだ口調で感情を吐き出す。

 

「……はぁ……わたし、間違ってたのかな……こんなんじゃ、御遣い様に見放されちゃうよね……」

 

「桃香様……」

 

「お姉ちゃん……」

 

公孫賛は劉備達の方法論の拙さを指摘しただけで、劉備達の理想まで否定してはいない。公孫賛が指摘した事実に今更ながら目を

 

向けた劉備だったが、それでも彼女はそれについて考えるのではなく、『天の御遣い』のことばかり考えている。しかし、昼間の

 

会談では御遣い二人は何も言わなかった。公孫賛が東屋を去ってからも彼らは何も言おうとせず、沈黙が痛くなってきたところで

 

劉備達三人も東屋を立ち去り、この部屋に集まったのだ。

 

「……お姉ちゃん、まだ御遣いのお兄ちゃんたちが鈴々たちを拒否したわけじゃないのだ。だから、まだ落ち込むには早いのだ」

 

「鈴々の言う通りです、桃香様。私達はまだあの方々に十分に思いを訴えられたとは言えません。それに御二方の理想についても

 

 まだ伺っていないのです。それ次第では手を取り合うことも出来ましょう……ですが、あの場で発言が無かったのは……」

 

今、そんな時間は無い――そんな主張は呑み込まざるを得なかった。公孫賛の経歴がそのままその主張への反論になる。三年もの

 

年月があったのだ。確かにそれだけの時間があれば、何某かの成果を得ることは出来た筈なのだ。関羽とてわかっている。本来は

 

そうして名声を積み重ねていかなければならないことくらいは。時間が無いというのは、単なる言い訳に過ぎない。努力を重ねて

 

ここまで登り詰めた公孫賛や、時間に恵まれなかった『御遣い』達にとっては、尚更みっともない言い訳に聞こえるのだろう。

 

「……でも、『天の御遣い』様なんだよ?管輅ちゃんが言ってた、この大陸に平和を齎すために現れる、愛の天使様なんだよ?」

 

「それはわかっています……最早、我らに時間は残されていません。この大陸に降り立った彼らも、それはわかっている筈ですが」

 

「うん……もうこれ以上、弱い人達が苦しむのは見たくないよ……御遣い様も、きっとわかってくれるって思ってたのに……」

 

「わかっていない、というわけではないでしょう。これからしっかりと訴えていけば、きっと桃香様の理想にも賛同して下さる筈。

 

 あの場は、白蓮殿に横槍を入れられてしまいました。白蓮殿の言っていることは間違っていませんし、それに同意する御二方の

 

 沈黙も理解出来ます。ですが、御二方も保護されている義理もあって白蓮殿に対して強く出れないのかもしれません。白蓮殿の

 

 妨害が入らない場で再度訴えかければ良いのです。さすれば、本心をお話し下さる筈です」

 

保護されている義理を感じているという推理は正しい。だが、公孫賛と『御遣い』達は既に気の置けない関係であり、公孫賛には

 

二人の意志を縛るつもりが一切無く、強く出られたところで別段気にするような人物ではないのだが、関羽にそれを知る由は無い。

 

慮植の許で共に学んだ劉備は、彼女がどういう人間かを知っているが、今の劉備の眼に公孫賛はかつてと違う姿で映っていた。

 

「そう……そう、だよね……」

 

「桃香様、あなたはあなたの信じる道を進み続ければそれで良いのです。私達はそれに従います。今からそんな調子では、本当に

 

 見放されてしまいますよ?白蓮殿だけでなく、あのお二方……大陸に平和を齎すという『天の御遣い』達にも……」

 

「うん……ありがとう、愛紗ちゃん」

 

関羽に励まされ、少しだけ元気を出す劉備。繊細な御方なのだ――関羽は思う。こんなにも優しく繊細なこの少女が、乱世の中で

 

生きなければならないほどにこの大陸は荒れている、それが呪わしかった。この少女の理想を以てすれば、乱世を収め民の平穏を

 

取り戻せる、そう信じたからこそ彼女を主と仰ぎ、こうして旅路を共にしてきたのだ。それを訴えればきっとあの『御遣い』達も

 

劉備の理想に共鳴し、その力を惜しみなく用いてくれるであろう――関羽もまた、劉備と同じくそう思っていた。悪い人間でこそ

 

ないが、後ろ暗い政やら何やら重苦しい諸々に毒されてがちがちに固まった公孫賛などの許にこのまま居て良い者達ではないとも。

 

それが如何に他者を見下しきった考えであるか、それに考えが及ぶことは無かった。

 

「……もう、寝よう?」

 

「はい、お休みなさいませ」

 

「おやすみなのだ」

 

「うん、お休み……」

 

関羽と張飛が部屋を退出した後、劉備は寝台に寝転がった。学友に自分を否定されたような気がして、塩辛い悔し涙が溢れてくる。

 

力の無い民が苦しむのが嫌で世に飛び出し、理想を掲げて今日まで戦ってきた。その日々を否定されては、悔し涙が出ないわけが

 

ない。旅路を共にしてくれ、義妹にまでなってくれた関羽と張飛。それと同じように、あの『天の御遣い』達にも理想を共にする

 

仲間になって欲しいと、劉備は願う。訴えかければわかってくれない筈が無い。相手はこの世に平和を齎す者であるのだから。

 

そうして一先ず自己完結し、劉備は目を閉じた。その身勝手が、既に彼らへの冒涜になっているとも知らずに。

 

 

(side:一刀)

 

――俺達はもう酔ってしまったので寝ると言った白蓮と別れ、城壁の上に来ていた。

 

「一刀様……どう思われますか?」

 

傍らの朱里が問うてくる。無論、劉備達のことだろう。

 

「……魏にいた時も思ったけど、外から見るとあまりに脆いな、彼女の理想は。呉の時はしたたかだという印象を受けたが、あの

 

 時はのらりくらりと躱してばかりで……それで色々苦労したし、重大な問題も起こってしまったからな……思い出したくないが」

 

「……今改めて思うと、私はそんな人に仕えていたんですね……理想ばかり高くても、それだけでは……」

 

少し怒りを滲ませた口調の朱里。俺が蜀陣営に所属しなかった場合、朱里は劉備の理想に共鳴して参加したはずだ。しかし、今に

 

なって改めて、まだ駆け出しの頃の劉備を外から見てみて、彼女の脆さに気付けなかった自分に腹を立てているのだろう。

 

理想だけでは、人は動かない。例外を除いて……ね。

 

「……まあ、今回は出会ったばかりなんだ。それに……『計画』のこともある。ここで見放すことは出来ないだろう?」

 

「……そうですね。でも、『乙計画』への移行も本格的に考えておきましょう」

 

「……そのための準備は既に始めている。……さて、いるんだろう?」

 

俺は顔を動かさないまま、誰とも無しにそう問いかける。すると、すぐさま近くで気配が生じる。

 

「――はっ、ここに」

 

現れたのは、俺と朱里で秘密裏に育成していた直轄諜報部隊……通称『忍者隊』の兵であった。涿郡の情報が外部に漏れないのも

 

彼らのおかげだし、その上各諸侯の情報は彼らによって既に俺の手の内だ。今回は遠くに行かせていたので、前回の報告から間が

 

空いてしまっているが。

 

「……報告を聞こう」

 

「はっ……まず一番任務ですが、順調です。先方も半信半疑ではありますが……北郷様の評判が広まっているおかげか、好意的に

 

 受け取ってくれているようです。あの方にはどうも思い当たる節があるらしく、頭ごなしに否定はされませんでした」

 

「そうか」

 

「続いて二番任務ですが、やはりこちらも北郷様の読み通りで御座いました」

 

「よし。では三番任務は?」

 

「はい……目標は現在、袁術が治める豫州にいるようです。また、荊州でも怪しい動きが見られます」

 

「……わかった。引き続き全任務を継続せよ。下がれ」

 

「はっ」

 

その返答を最後に、気配が消えた。その気配は、俺達以外には感じることができないほど見事に消されている。

 

「……一刀様」

 

「……ああ、いよいよ来るぞ。あの戦いが……」

 

俺と朱里は、満天の星空を見やりながら思い出していた。

 

 

 

――あの純粋な歌声によって引き起こされた、時代を破壊するほどの乱を。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

皆さんこんにちは、Jack Tlamです。

 

今回は桃園三姉妹と一刀達の出会い、キレる白蓮と暗躍する一刀達の尖兵についてお送りしました。

 

そして、いよいよ黄巾党が出現します。

 

 

今回こうして白蓮にキレてもらったのは、以前の外史とは違って一刀達を最初に受け入れたのが

 

白蓮であり、彼女の現実的なやり方からして、一刀達が実績を積まない限りは名前を売るつもりはないはず。

 

そう考えて、理想を初めて会ったばかりの他者の存在に仮託しようとする劉備に対してキレていただきました。

 

 

なんか平常運転な桃園三姉妹(というか劉備)ですが、外から見るとこんな感じですよね。

 

 

さて、一刀君達に調査任務の報告をしていた忍者隊の兵ですが、こちらは白蓮の許可を得た上で集めた兵から

 

選抜して特殊な訓練を施した兵です。

 

何を調査したりしていたのかはまだ秘密です。

 

 

では、次回から黄巾の乱が始まると思います。

 

劉備達は一刀達に信念を示せるか。

 

 

それでは。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
37
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択