第31話 新たな影
━━━━会いたかった、貴方に━━━━
━━━━逢いたかった、二人だけの世界で━━━━
━━━━なのに、貴方がそうはさせてはくれない━━━━
━━━━わかっていた、貴方はもうアナタとは違う貴方だったてことを━━━━
━━━━でも、それでも、私だけを見て欲しかった━━━━
少女は幾度も呪詛のようにつぶやく。
唇を噛み締めながら、目尻を熱くしながら、訴え続ける。
「私じゃ、ダメなの?」
「......俺は━━━━」
自身の中で葛藤が渦巻くなか、腕の中に抱えたネプテューヌの存在に気づくと右手を彼女の頭にそえた。
するとゆっくりとだが、右手から魔法陣が小さめのサイズで展開され黒き光を放った。
光が放たれた刹那、ネプテューヌは青年の腕から忽然とその姿を消していた。
「ホワイトハート、お前もだ」
それに呼応してホワイトハートの足元に魔法陣が現れると直ぐに彼女はその場から消えた。
消え去る際にこちらを軽く睨みつけていた気がする。
しかし、今はそんなことどうでもいい。
彼女を━━━━セフィアを止めなければ、世界が奴の望み通りに終焉を迎えてしまう。
「もう、こんなことは止めろ」
「やめない、たとえ貴方に嫌われようが、このまま何もせずに貴方がこの世界から消えてしまうのは絶対に...嫌なんだから」
少女の表情は先程とはうって変わって、今にも泣きそうなどこにでもいるか弱い女の子のものだった。
少女の聖剣を握っている手が震え、その体は今にも地面に崩れ落ちそうなほど、ひどく憔悴しきっているかのように見えた。
「私が、お母さん━━━━マジェコンヌを殺したの、貴方は知ってるよね」
「.....」
青年は沈黙する。この事実を彼は認めたくなかった。
真実を知ってしまった彼にとってはとても辛いものであるから。
もっと早くに自分が全てを知っていれば、こんなことは起こらなかった。
すべての発端は自分にあると、全ての責任は自分が被らなければいけない━━━━これは自分の強大すぎる力の行使の代償だと。
守りたいはずのものを歪め、大切なものを裏切り、力を使えば使うほど全てを間接的に破壊させていく。
畏怖の念を扱うには相当の覚悟が必要であったはずなのに、彼は結局破壊しか行えず、今の状況が生み出されてしまった。
「違う、それは貴方のせいじゃ「俺のせいなんだよ!」....なんで、なんで皆私のそばから消えてくの?」
「━━━━ッ!」
そうだ、青年が消えてしまえば彼女はこの世界でずっと一人ぼっちなのだ。
青年は未来のことばかりを考え、今のことにはすっかり無頓着であった。
この少女は一体何を思ってこんな事をしているのだろうか?
それはひとえに彼女が自分のことを思ってしていることなのだ。
だが、昔の彼女からしたら随分と考え突飛すぎる。
刹那、雪原に耳障りな鐘の音が鳴り響いた。
━━━━目覚めの時だ 聖騎士〈セイクリッド〉━━━━
鐘の音が鳴り止むと地の底から唸るような声が上がり少女が恐怖に顔を引きつらせる。
次の瞬間、少女の体から悍ましいほどの魔力が止めどない水流のように溢れ出た!
「あ、あ、いや、助け━━━━あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分自身の制御の効かない魔力によって、自我の崩壊が始まっていく。
「セフィア!?━━━━!!がッ!?」
鳩尾に強い衝撃が走ったと同時に青年の体は空に投げ飛ばされていた。
それと同時に地上で何かが爆ぜた音が木霊した。
気づいたときには既に目の前に現れた少女が青年の首を掴んでいた。
先程の音はおそらく少女が足元で魔力を爆発させたものだと青年は直ぐに理解した。
「ぐ、かぁぁ....ッ!」
しかし、理解したところで現状は何も変わりはしない。
少女は首を掴んだ勢いと同時に空を蹴り、そのまま青年を掴んだまま雪原の中に斜めに勢いよく突っ込んだ。
着陸音にしては激しすぎる地響きが唸りをあげた。
雪原の中央にできた巨大なクレーターの中心には依然として青年の首を掴み続ける少女。
だが、数多の衝撃を受けてなお、青年は意識を外界から途切れさせようとはしない。
━━━━彼女に何が起きたのかなんて、この際考える暇はない。
━━━━このままでは....償えるものも償えなくなってしまう。
━━━━それだけは、決して赦されない行為だ。
そんな青年をよそに少女は右手に握った聖剣の切っ先を彼の左胸へと垂直にゆっくりと降ろしていく。
「んで、死んでたまるかよ....」
「.....」
少女はただ感情のなくなった鈍色の瞳を彼に向ける。
そんな、顔をするのはやめてくれ、お前のそんな顔これっぽっちも見たくない!
「━━━━ざけんなッ!!」
「......ッ!?」
青年が怒号を巻き上げた刹那、少女の体は軽々と吹き飛ばされた。
少女は地面が近づいた直後に両手で剣を突き刺し、両足に踏ん張りを効かせた。
そこから数m後退した場所でやっと踏みとどまることができた。
「はぁはぁ...」
クレーターの中心で片膝を付きながら、息を整えている青年は体の各所の損傷を素早く確かめていく。
少なくとも人より強靭な耐久力を持っているので、今の殺り取りでは体が軋むだけだ。
「....何が起きてる?」
クレーターの底にいる青年を相変わらず感情のない瞳で見下ろす少女。
そんな少女を一瞥し、青年は腰に携えていた魔剣を両手で地面に勢いよく突き刺す。
「開け、結界!」
すると、青年の周りから円形に畏怖の念が拡散していく。
数秒もせずそれはルゥイーの三分の一を包み込んだ。
.....セフィアの中に微細な畏怖の念....これだけで聖騎士を操れる存在はあの男だけだ。
「━━━━這いずり出してやらッ!」
魔剣に力を込めると、突如として刀身から圧倒的な魔力が川の大氾濫を思わせる勢いで溢れ出た。
こちらも制御がつかないのか、魔力が時々紫電と化し、青年の腕を掠める。
それに何かを感じ取ったのか、少女が表情を少しだけこわばらせ聖剣を振るおうと飛びかかってくるが、
「遅いッ!」
魔剣を地面から引き抜く容量で、少女に向かって下段からの一閃!
闇が空を隆起し、少女に向かって迫り出す。
少女はそれをものともせず、上段からの切り下げをする。
「爆ぜろッ!」
青年の言葉が合図であったかのように少女に迫っていた闇の群生は彼女が剣を下ろすより早く目前で黒き雷火を伴い爆発する。
爆発の規模はそこまで大きくないが、雷火の拡散範囲は少女をいとも簡単に呑み込む。
「...くぅッ」
体に雷火を帯電してしまった少女は、クレーターの中央部に転げ落ちていく。
少女と入れ違いでクレーターから出た青年は真っ直ぐに駆け出す。
「動くんじゃねえぞ、いけすかねえ二枚目ッ!」
加速と同時に剣が雷火を纏う。
横真一文字に黒き雷撃をも思わせる剣閃が放たれる!
対象を一撃で仕留めることのみに特化した必殺の一撃は、
「やっぱお前かよ」
同じ剣によって完全な抜刀を阻まれていた。
何もない所から突如として空間を引き裂いて現れたひと振りの剣。
青年はバックステップを素早く刻み距離を置く。
だが、そんな青年を追うようにまた一つ空間を引き裂き異形の腕が迫る。
「っち!」
剣で腕を捌き、再度距離の詰を図ろうとするがまたも空間を突き破った無数の腕が幾度となく襲いかかる。
眼前に迫る腕を切り落とし、背後から迫った二本の腕を剣を背負う形で受け止め、剣を軸とし後ろに一回転。
腕は地面に勢いよく突き刺さり過ぎたせいで、深いところまで根を張ってしまっていた。
そんな諸事情なんか知る由もなく、青年は空で一閃。
着地と同時に最高速で剣のある場所へと向かう。
数多の腕をすれ違いざまに掻い潜り、切り裂き、殴り、蹴り、鬼神を思わせるような動きで次々とハッ倒していく。
青年の勢いに押されてか、腕は段々とその数を減らしていく。
そして、腕の包囲網を突破した青年は獲物に容赦なく剣を叩きつける。
刹那、剣の周辺からガラスの割れるような音と共に亀裂が入った。
すると、罅割れた景色から剣が濃密な闇となり冷気のように雪原の地を這い出した。
━━━━終焉の光〈エンドレス・バニッシュ〉━━━━
「━━━━ッ!?」
本能的な恐怖を感じた青年は魔剣を盾にし、その攻撃を受け流そうとしたが、それはあまりにも速すぎだ。
気配を感じた頃には視界には不可視の世界が広がっていた。何も見えない暗闇の中、盾にしている魔剣が歪な音を上げ始める。
━━━━魔剣じゃ、これは防げない━━━━
「なん、だ━━━━ぐがッ!?」
青年の痛みにこらえる声は、魔剣の破壊された音に打ち消された。
同時に両腕が吹き飛び、両目を潰されたのもわかった。
闇に飲み込まれる寸前に死にかけた瞳で青年が僅かに捉えることができたのは、誰かの一粒の涙であった。
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死闘の末勝利を収めた聖騎士の前に現れた魔騎士。
さらに、迫り来る魔の手!勝利の女神は誰に微笑むのか...