「うん、今着いたよ。……大丈夫……うん、かあさんは……分かった。はやてにもそう伝えるよ。じゃ」
かちゃ、と。手にしていた受話器を置き、九郎は、ふう、と、一息吐く。
「九郎くん、電話終わった?石田せんせ、なんて?」
「とりあえず、いつもどおり何事もなく到着したとは伝えたよ。ただ」
「……あ、もしかして急患でも入ったん?」
「似たようなものかな。当直、他の先生が急遽入れなくなったらしくてさ。かあさんにそれが回ったって。はやてに、誕生日、一緒に祝ってあげられなくてごめん、って」
「ううん、わたしはええよ。毎年ちゃんと祝ってもらってるしな。それに」
ちらり、と。九郎との会話を終えたはやては、視線をリビングのソファに腰掛けたままでいるその四人へと移す。紫色の髪の女性、シグナムは凛とした顔で二人を見つめ、緑の髪の女性、シャマルは優しく微笑みをたたえ。赤毛の少女、ヴィータはものすごい目つきで九郎をにらみ、四人の中で唯一の男性(?)であるザフィーラは、今は狼の姿で、リビングの床に座っている。
「……この子らのこと、石田先生にちゃんとお話できるように、色々決めておかなあかんしね」
「そうだな。……にしても」
はやての意見に同調しつつ、九郎の視線はその彼女の肩の上、そこに浮かんでいるそれへと自然に向けられる。
「……闇の書に、魔法、ねえ。で、シグナムたちがその魔法で創られた、擬似生命体。でもって、その主に選ばれたのがはやてで、魔力を蒐集することで絶大な力を得られる、と。……まるっきり御伽噺だな」
「でも信じへんわけにはいかんやろ。現に、こうして闇の書は私のそばにぷかぷか浮いてるし、ザフィーラは目の前でわんこになったわけやしな」
「……主はやて、私は犬ではなく狼、です」
「あはは、そやったね。ごめんごめん。……まあそれはさておき、や。その蒐集ってのをすると、わたしはとんでもない力を得られるわけやよね、シグナム?」
「はい。闇の書の666頁、そのすべてを埋めたとき、主はやて、あなたは何者にも侵されることのなき存在となれるでしょう。その足も、必ずや治るかと」
真摯に。その態度を微塵も崩すことなく、シグナムははやての問いに答える。
「……ちなみに、その蒐集方法ってのは、どうやるんだ?」
「……魔導師や魔力を持つ生物には、例外なく、魔力を生み出す器官、リンカーコアってのがあるんだ。蒐集はそこから魔力を直接闇の書に取り込むんだよ」
ぶっきらぼうに、九郎の問いに答えたヴィータの視線は、やはり敵意むき出しなそれのままである。
「……えっと、ヴィータさん?そんなに睨まなくても」
「にらんでねーです。もともとこういう顔なんです」
「あー……そう、えと、つまるところ、蒐集行為ってのは」
「……過去の例だけを言えば、私たちは魔導師や魔法生物を襲い、強制的に……」
「……そっか。なら、新しい主として、わたしがみんなに命令……いや、お願いや」
『え?』
お願い、と。
はやての言ったその一言に、シグナムたちは一瞬あっけに取られる。そして、続けてはやての言ったそのお願いの内容に、一同はさらに唖然とする。
「……今まではどうやったか知らんけど、私が主でいる間は、蒐集は一切せんでええ。私がみんなに望むんは唯一つ。私の家族として、私と一緒に、そしてここにいる九郎くんとも仲良うして、穏やかに暮らしてほしい。それだけや」
『な……っ!?』
それは、彼女ら闇の書の守護騎士たちにとって、された記憶のほとんど……いや、全くといってないに等しいことだった。これまでの主たちは、彼女らをただ“モノ”として扱って来たことしかなく、戦いと、そして闇の書の力を欲しての蒐集を命じることしかなかったから。
「ほ、本当にそれでよろしいの……ですか?蒐集し、闇の書さえ完成させれば主は」
「そうや。私は別に力なんか欲しくないし、それに、蒐集するってことはたくさんの人様や生き物に迷惑かけるわけやろ?なら、私はそんなもんいらへん」
「で、ですけど」
「ま、それが君らの今回の主なんだよ。一度決めたことはてこでも変えない頑固者のな。まあそういうわけだから、あきらめて大人しく、穏やかな生活ってのを送るんだな」
「……お前……」
はやての台詞を受け、九郎もまた、守護騎士たちにそう笑って語りかける。
「……頑固もん、いうんはちょお酷ない九郎くん」
「頑固者だろうが。覚えてないとは言わせないぞ?出会って間もない頃、どれだけ無視しても俺に声かけ続けたのはどこの誰だよ」
「そやったかなー?昔のことは忘れましたー」
「……たった三年前のことだろうが……て、さっきから何してるんだ、はやて?」
九郎と他愛のない掛け合いをしているその最中、はやてはリビングに据えてある戸棚をごそごそと、なにやら探していた。
「んーっと……あ、あったあった。じゃじゃーん!めーじゃー」
「……どこのねこロボットだよそれ……」
「あはは。まあ、ともかくや。私のみんなへのお願いはそれやから、そのためにも、私はみんなの主として、衣食住、きっちり面倒みなあかん。その手始めに、みんなの着替え、買いに行くからサイズ、測らしてな」
『……』
メジャーを伸ばしつつ、そう笑っていうはやての姿を、九郎はやれやれといった顔で肩をすくめ、守護騎士たちはこの、かつてなかった展開に、ただただ呆然としていたのであった。
その意思は、目の前で展開されている光景を、半ば呆気にとられつつも、ほほえましい想いで見つめていた。
「……今度の主は、とてもお優しいお方のようだ。騎士たちが戸惑うのも無理はないな。……だが、今回ぐらいは、最後のときまで、主とともに穏やかな時を過ごせそうだな……」
その長い銀の髪を揺らしつつ、その意思は優しげな、子を見守る母のごとき笑みを、その端正な顔に浮かべる。
その意思は、いや、彼女はずっと、騎士たちとともにあった。そして見てきた。騎士たちが時を越え場を変え、幾度も幾度も戦いと苦悩の日々を送ってきたことを。彼女だけは、ただ一人それを覚えているから。
しかし、今回は彼女自身も、生まれて間もない頃以来、一度たりとも経験することのなかった、あの頃のような穏やかな日々を、この、優しい主の下でならば、騎士たちに過ごしてもらえそうだ、と。そう考えるだけで、彼女の頬は自然と緩んでいた。
だが、そんな彼女にも気になることが唯一つ、ある。それは、主や騎士たちとともに笑いあう、その、一人の少年のこと。
「……どうしてだろう……あの少年、なぜか、気になる……いやな感じはしない……むしろ、懐かしいような、そんな感じだが……魔力の波動は……感じない。いや、わずかだが、この少年もリンカーコアを……っ?!」
その少年、九郎のことを気にかけた彼女が、彼の魔力波動にその意識の重きを向けた瞬間、今はまだ目覚めてもいないその存在が、微妙な脈動をしたのを感じ取った。
「……ナハト……?まさか、まだ、一頁も蒐集していないのに、あれが反応を……?あの少年に、何かあるというのか……?」
自らに宿る忌まわしきそれ。だが、それは蒐集が開始され、魔力が闇の書に集積され始めて目覚めるもの。なのに、まだ、欠片ほども魔力の集積の行われていない今、脈動を起こすことなどありえない。
ありえないのだ、普通なら。
「……騎士たちには、伝えるべきかもしれない。何があろうと、彼を、彼の魔力を蒐集することはしていけない、と。そんな予感がする……しかし、騎士たちと念話が出来るようになるには、ある程度の魔力が蒐集されなければ……」
第一段階の起動と覚醒を果たし、彼女は書を自在に動かすぐらいは出来るようになった。しかし、それだけ、である。それ以外の、念話などの最低限の力でも使えるようになるには、ある程度の蒐集がなされなければ出来ない。
「……思い過ごしであってくれればいいが……いや、騎士たちが、主の意思に反して蒐集を行う様な状況になりさえしなければ、私の危惧も杞憂に終わってくれる……はず」
彼女の中に、小さく渦巻き始めた不安。それが杞憂に終わってくれればいいが、と。彼女は、闇の書の管制人格は、そう、願わずにはいられなかった。
たとえ、迎える結末が決まりきっているとしても、少しでも長く、新たな主と、友である騎士たちに、平穏の時が流れて行ってくれることを。
闇の書の目覚めと、守護騎士たちの顕現の行われたその翌日。はやてたちは揃って街へと買い物に出た。彼女らの普段着や生活雑貨などを揃えるためである。そんな買い物の最中、騎士達から自分たちの甲冑を賜りたいと言われたはやては、みんなを戦わせる気はないから甲冑ではなく服にしよう、と言い。
そのデザインを決めるために、現在一同は少々大きめの玩具屋にいた。
「玩具、ですか」
「そや。こういうとこの方が、イメージを沸き立たせるもんがあるんよ」
「……あれ?ヴィータ?どこ行っ……」
はやての車椅子を押すシグナムの後を歩いていた九郎は、ふと、自分のさらに後ろ隣を歩いていたはずのヴィータの姿が見えなくなっている事に気づき、ここまでに歩いてきた方向をみやった。すると、当のヴィータがなにやらぬいぐるみコーナーの一角をじっと見つめていることに気づく。
「……」
「……ヴィータ?何をそんなに一所懸命に見」
「っ!?な、なんでもねーよ!」
「いや、なんでも無い割りにずいぶん熱心に見てたじゃないか。一体何を見て……うさぎ?」
ヴィータが凝視していたその先にあったのは、一体だけ、まるでそこにあることも忘れ去られたかのようにしておかれている、少々柄の悪い感じのウサギの人形だった。
「……のろいうさぎ……また妙なものがあるなあ。……欲しいの、ヴィータ?」
「ふ、ふん!そ、そんな、別に、ほ、欲しくねーよ!ただ」
「ただ?」
「~~~~!なんでもねーよ!」
「……」
少々ムキに、赤らめた顔で九郎の言葉を力強く否定し、ヴィータは足早にはやてたちの後を追って、その場を去っていく。そんな彼女の態度に、九郎はやれやれといった苦笑いをこぼしつつ、そんな彼女のあとを追って歩き出す。
その後ろ手に、先ほどの、のろいウサギのぬいぐるみをそっと、隠し持って。
それからしばらくして、すべての買い物を終えた一行は八神家へと帰宅。リビングにて、シグナムとシャマルが真新しい洋服に一喜一憂ながら袖を通している中、テレビの前のソファに座るヴィータは画面の中の番組に集中。その腕の中には、のろいウサギのぬいぐるみがしっかりと抱かれている。
なお、唯一ザフィーラだけは、洋服を買うことが無かった。本人がそういったものに無頓着だったということと、はやてから、基本的には狼の方の姿で居て欲しいと頼まれたからである。
「……ザフィーラ」
「……なんだ」
「……いや、なんかその……がんばれ」
「……ああ」
そうして夕食の時間。全員で鍋を囲み、なれない箸に悪戦苦闘するシグナムやシャマルと、先割れスプーンで『ギガウメー!』と叫びながらがっつくヴィータのその横で、床に置かれたペット用の皿でもくもくと食事をするザフィーラの姿に、九郎が哀れな視線を送る中、はやてはとても幸せそうにその光景を見つめていた。
(……こんだけ大勢でご飯なんて、ほんまひさしぶりやなあ……ハア……幸せやあ……)
親を亡くし、足が不自由になり、一人で暮らし始めてから、九郎とその義母である幸恵とは、こうして卓を囲んだことは何度もあった。
だが、今、ここに居るのは彼女も含めて六人(五人と一匹?)の大所帯。それは、はやてが心底から望む、とても幸せな時間であった。
しかし。
運命とは容赦が無いもの。
ささやかな幸せを満喫する彼女らに、思いもかけぬ事態が歩み寄ろうとしていた。それは、小さな、青い光を放つ、一つの、石。
『ジュエルシード』
そう呼ばれるそれが、運搬中の事故によって、この世界に、『第97管理外世界』にばら撒かれた。
そのうちの一つが、本来落ちうるはずの無かった場所に、八神家のすぐ傍へと、今まさに、青い光とともに落ち行かんとしていた。
ありえなかったはずのそれが、ありえなかった時期での、役者たちの邂逅を、そこにもたらそうとしていたのだった。
つづく
小さな原作改変。
大きくは変えませんよ?
少なくとも、一期の展開は(ほとんど)変わりません。
ちなみに、八神家を監視しているはずの猫姉妹、彼女らですら、どういうわけかアレに気づいていません。
一つのジュエルシードが落下地点を変えたことで、はやてたちがどう、一期の物語にかかわるのか、今後の展開をお待ちくださいw
白い魔・・・げふんげふん、メインヒロインとライバルも次回、やっと登場。
ちなみに、フェレットくん(おい)を交えた三人の関係も捏造しますので、それが嫌いな方は笑って許してやってつかあさいwww
それではまたw
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狼印のリリカルss、第二話でございます。
今回は出会った直後の、九郎とはやてたち八神家一同の様子。
ほんわか日常シーンです。
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