昨日の夜のことだった。
家に帰った彼は力尽きたような顔をしてソファに顔を埋めた。
「……ねぇ、夕飯は?」
他に色々言いたいことがあったでしょうに、私が選べる中で一番無難な質問を選ぶと、彼は以前までには持っていなかったすまーとふぉんを自分の懐から出していじり始めた。
「ピザラージ、一番高い奴、20分内に。後コーラも」
そう言ってそまーとふぉんを持った手をそのまま落とした。
「……ねぇ」
「…なんだ」
「墓参りに行って何か思う所はあったの?」
「……何も」
「じゃあどうしてそんなに落ち込んでるのよ」
私がそう言うと彼は俯いた顔を上げて私を見た。
「落ち込んでなどいない」
「寝ぼけてるの?」
「寝てない」
「じゃあぼけてるのね」
「おい」
基本的に彼の感情表現というのはすごくわかりにくいところがあった。
少なくとも私の世界で常に事務的な態度をとっている彼の場合は、そういうのがすごくわかりにくかった。
だけどこの世界の彼と言ったらすごく自然体で、笑ってる時は(あざ笑いだけど)ちゃんと笑ってるように見えて、怒ってる時もちゃんと怒って、こうして落ち込んでるのもはっきり判るようにしている。
それはいい傾向なのだけれど、本人がそれを認めないのが困りどころではあった。
「墓参りで何もなかったのなら何故あなたの継父を無視してそのまま通り過ぎたの?」
「アイツとは元々そういう関係だ」
「話し合いぐらいできたはずよ?」
「その必要性がなかった」
これなんだもの。
「華琳」
「何よ」
ため息をついていた私をソファにうつ伏せになったまま見上げている彼を見て私は少し可愛らしいと思った。
………いや、ちょっと気持ち悪いわね。
「…いや、明日話そう」
「何よ、言いたいことがあるなら今言いなさいよ」
「長い話だ。俺はもう疲れた夕飯はこれで適当に凌いでくれ」
と言いながら彼は自分の財布を渡して、そのまま動かなくなった。
中に100と書いてある紙銭しかなかったので後で食べ物を持ってきた男に何枚か渡したら一枚だけ受け取って沢山の紙銭と小銭が帰ってきた。
「ここで寝るつもりなの?自分の部屋で寝なさいよ」
「……」
全く反応がなかったので私のちからで二階に連れて行くわけにも行かず、掛け布団だけかけておいて私は二階へ上がった。
六日目:感情≠興味(?)
朝起きると、あまり気持ちの良い寝起きではなかった。
なんだか気味が悪いというか…きっと昨夜食べたものがあまり良くなかったのだと思う。
自分で作るのも面倒だったから黙って食べたけど味は濃いしあまり好みではなかった。
決して美味しくないということはないけれど好みではなかった。
にしても、ここも明日で最後になるわね。
約束した七日がもう終わろうとしていた。
ここに居る間、秋蘭や今後のことなんかはあまり考えないようにしようとしていた。
私がここに来て一週間を過ごしたのは、ここで秋蘭への処遇や色んなことを考えようとしたわけではなかった。
逆にそんな難しいことから離れて頭を冷やすためだった。
でもここに居る間、向こうのことの代わりに彼のことについて色んな興味を持って近づくようになってしまった。
おかげで彼の知らなかった所についても沢山知った。
これがこれからの彼との関係に頼りになるといいのだけれど…。
そんなことを考えながら着替えと身嗜みを整って一階に降りるとおかしなことがあった。
いつもならその頃起きているはずの彼がまだ昨日のようにソファの上で私がかけた布団のまま寝ていた。
「一刀、起きなさい。もう朝よ」
「……っっ…」
……一刀?
「一刀」
私は布団を退かして彼をひっくり返らせた。
「!!」
彼の様子は明らかにおかしかった。
頭に触れると熱がひどくて、息も荒かった。
「一刀!しっかりしなさい!」
何時からこんなに…昨日布団をかけてた時までにも大丈夫だったはずなのに…。
とにかく今はここで出来る処置を施すしかなかった。
「まさか向こうでの病気の再発なの?」
もう一週間も前だったし、気を失っている間にも体は大分良くなっているはずだった。
なのにどうしていきなりこんなことになったのだろうか。
布と冷たい水に冷蔵庫から持ってきた氷も使って頭に乗せて、厨房ではあった米を使った(米なんてないかと思ったらちゃんとあった)お粥を作ってる一方、なんとかチョイと連絡を取らなければならないと思った。
だけど私はどうやって彼を呼べばいいのか判らなかった。すまーとふぉんの使い方も知らないし。
「一刀、しっかりしなさい、一刀」
「……ん…」
瞼が重いのか目をしっかりを開けられなかったけど、少なくとも一刀には意識があった。
「チョイに連絡を入れなさい。ここで出来ることも限度があるし、病院に行った方が良いわ」
「……」
「へ?」
彼がなんと言ったのか判らなくて私は耳を彼の口に近づけた。
「…ぶ…な」
「……呼ぶなですって?」
どういうこと?
チョイを呼ばなかったらどうやって…。
「チョイに知らせたくないというの?」
「…はぁ……」
辛いように吐息をはきながら彼は私を見た。
そうやって何も言わずに私に何かを訴えるような視線で見つめてると、もしかすると、彼は周りに自分の心配をさせたくないのかもしれないと思えてきた。
実際に彼は自分が認める娘たちが自分のせいで傷つくことを嫌った。
それは肉体的にも心理的にも大差はなかった。
ましてや彼らは彼にとって何年も会っていなかった親友だった。
明日にはここを去るというのに最後を心配されながら別れたくはないという彼の気持ちも理解できた。
「…動けるの?」
彼の望みどおり家の中で看病するにしてもソファの上では良くなかった。
危なっかしくも足になんとか力を入れながら歩く彼を支えながら階段までなんとか連れてくると彼は私から離して階段の欄干を握って二階まで登り切った。
二階の彼の部屋を開くと、とてもじゃないけど患者を看病できるような場所ではなかった。
というよりこんな部屋に居たら嫌でも病気になりそうに思えるほど乱雑な空間だった。
「ココじゃ駄目ね。私の部屋に行きましょう」
「…いや、…こっちだ…」
そう言いながら彼が握ったのは私と彼の部屋の間にある部屋。
つまりレベッカの部屋だった。
「一刀、ここは…」
私が何か言おうとしたけど彼は門を開けた。
部屋は私がここに来て一日目に見た光景とは違っていた。
描いた絵がそこらじゅうに散らばっていたはずなのに全て片付いて綺麗になっていた。
誰も入ってないとおもったのに、私が知らぬ間に彼が片付いていたのかしら。
自分の部屋もこんな風にちゃんと片付けていれば…
と、今はそんな話をしてる場合じゃないわね。
「…うっ」
辛くもちゃんとしたベッドにまで彼を連れてくることが出来た。
「お粥ができてるだろうと思うから見てくるわ。変なことしてないでちゃんと寝てなさい」
「……」
そんな気力もないように見えるけど念のためにそう言っておいて私は一階に降りようとした。
…何か、引っかかるものがあった。
私の目に映ったものの中で、とてもおかしいものがあった。
ここはレベッカの部屋。
ここにあった絵たちはどこに行ったのか全部なくなっていた。
たったひとつだけ、木で出来た支持台の上においてある絵を除いて…。
それは私がここに来て初日にうすらと見ていた絵だった。
「これって……」
私はその絵の真正面に立ってその絵を見た。
目を何度もパチパチと瞬きながらその前に立っていても、そこに描いてあるのは、クルクルと回った髪に骸骨の髪飾り、どこか少し寂しそうな表情の
私だった。
どうして私の似顔絵がここにあるの?
ここの部屋の主と私は一度も会ったことがない。
会えたはずもない。
だって私がここに居られることは、彼女の死を無くしてできなかった事だから。
なのに、どうしてここに私の肖像画があるの?
「一刀、この絵は一体どういうことなの?」
「……」
「あなたが描いたの?」
論理的に考えてその答えしかなかった。
「…悪いが……俺は絵には造詣が……ない」
ばっさりした答えありがとう。おかげで最後の望みも絶たれたわ。
「じゃあ、この絵は?」
「…彼女が描いた絵だ」
「どうやって?」
だってありえないでしょう?
単に偶然、私と似た人に出会ってその人の似顔絵を描いたとでも言うの?
「その絵は…彼女が死んだその日の朝に描いた絵だ」
「なんですって…?」
私か絵から目を離して彼を見た。
彼は上半身を起こして苦しそうに息を吐きながら私を見ていた。
「……彼女が死んだ直後、俺は病院から直ぐにここ、彼女の部屋に来た。そしたらそのイーゼルのその絵があった」
「……」
「彼女の絵はただの絵ではなかった。彼女は…毎朝目が覚めると必ず絵を描いた。そして描いたその絵は、時々尋常ではない内容を含めていることがあった」
「尋常じゃない内容?」
「そこの箪笥の二番目のところを開けてみろ」
私は彼が指すベッドの隣の箪笥を開けた。
そこにはまた違う絵が描かれていた。
図形と線が何だか幾何学的に並んでいる絵で、何かを示してるようには見えなかったものの、規則正しくてどこか見てると不思議な感じがしてくる絵だった。
「これが何?」
「……それは俺が作ったタイムマシンの起動のための方程式だ」
「…へ?」
「見た目だけではただの線と図形で描いた絵にしか見えない。だけどその内容を解釈するとそこにはとんでもない発想で時と空間を移動するための機械を造るための基本になる方程式が描かれてあった」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。じゃあ何?あなたはこの絵を解釈して、その解釈したものを使ってたいむましーんを作ったってこと?」
「……いつも言っていただろう?俺は天才ではない。その理由がこれだ。俺がやったことは俺自身の発想かた来たものではない。俺がお前と出会えた根本的な理由には彼女が居た」
こんな絵からあんなからくりを作り上げようと思ったという彼もすごすぎると思いながらも、ソレ以上に私は彼の元彼女についてとんでもない事実を知ってしまったことを知った。
「彼女は…レベッカはその内容を知っていてこれをあなたに見せたの?」
「…いや、彼女が自分が描いた絵が正確に何を意味しているのかは知らなかった。俺がどうやってこんなものを描いたのかと聞くと、彼女は夢で見たと言った」
「夢?」
「一種の予知夢…のようなものだったと思う。お前が今持ってるその絵は実は彼女が数ヶ月に置いて描き続けたたいむましーんの設計図の一部だ。所々抜けている部分は俺が補ったが、ほぼ発想は彼女の絵から出てきた。動力になる太陽熱電池などは元々俺の発想だった」
「じゃあ死ぬ前の彼女はあなたが私に出会うことを知っていたのかしら?」
「判らない。彼女はただ見た通り描くだけだった。しかも俺はこれを描いた後の彼女とはそんなのんびりした会話をすることは出来なかったからな」
「…でも結局、あなたは私に会う前から私を知っていたというわけね」
「……そうなるな」
まるで、
踊らされていた気分だった。
初めて彼をあの荒野で見つけて今に至るまで、私は恥ずかしくも私たちの間に運命のような何かがあるのだと思っていた。
だけどこうしてみていればどうなの。
全て彼女の思惑通りなのじゃない。
「最初にお前を見た時にははっきりとは判らなかった。何故か既視感があるとは思ったが、それがあの世界に行く寸前に見たこの絵と何故か繋がらなかった」
「いつ気づいたの?」
「…洛陽に居た時、洛陽に辿り着いた直後も一度倒れた。……その時彼女の夢を見た。その時この部屋に…この絵が思い出した」
「…それで私を思い出したの?」
「……」
彼は洛陽の宮殿の地下で最後まで私を待っていた。
私は迷いもなくそこまで辿り着いていた。
だけど彼は何故そこで私を待っていたのだろうか。
何故私に最後の選択を託そうとしてのだろうか。
ずっと疑問だった。
レベッカが描いた絵の記憶が彼の頭の中で丁度いい時点で思い浮かんだのだ。
だからわざわざ流琉も手放して私を待っていた。
死んだレベッカから乗り移る対象として私を選んだ。
全ては彼女の思惑通りだったかもしれない。
「今お前がどんな風に思っているか判る」
「……」
「だがこれははっきりとしてもらう。俺は確かにあそこでお前が来るのを待っていた。それは俺の選択だ」
「それもこの絵を思い出したからじゃないの?もしこの絵がなかったら、それでもあなたは私の所に帰ってきてくれたの?」
急に判らなくなってきた。
彼が私の側に帰ってきてくれたことが嬉しかったはずなのに、その原因が私ではない他の所にあったと知る途端、とても悲しくなってきた。
彼が側に居ることがどうしてそんなに嬉しかったのか判らなくなってきた。
「あなたは自分で私が選んだと言ったわ。でも本当にそうなの?もしその時この絵のことを思い出してなかったら、あなたはそのまま劉備の所に戻ったかもしれないし、他にあなたを必要とする者の所へ行ったかもしれない。あなたが私と二人きりで会えるような場所を選んだからあなたにも私にも他に道はなかっただけじゃないの?いえ、そもそもあなたは本当に私を見ていたの?今でもあなたは私を通って彼女のことを見ているわけじゃないの?」
「………」
「私はあの時言ったわ。あなたの恋話を侮辱するつもりはない。だけど、私だってあなたの恋話のために犠牲にされるのは御免よ」
もし彼が私からレベッカのことを見ているとしたら、
そんなことは許さない。
私は誰かの代わりであるつもりはない。
私を私で見てくれない者なんて必要ない。
「おい」
「……」
「……泣くな」
「泣いてなんて……っ」
この世界に来て、私はずっと彼の過去を探ってきた。
その中でレベッカの存在はいつも彼の中で大きな部分を占めていた。
それでも私はそういう彼の過去が嫌だとか、ソレ以上知りたくないとは思わなかった。
何故だったのだろう。自分が愛する男の過去の女と彼がどれだけ深い関係だったかなんて知っても何の得にもなりゃしないものだったのに。
嫉妬だったのかもしれない。
ここでは一ヶ月だった彼と私との時間は、離れていた時間までも合わせて3年ものだった。私はそれが決して短い時だとは思わなかった。
少なくともチョイは他の彼を知っている人たちから聞こえてくる彼女の話を聞きながら、それで私が彼女に劣ってるとは思わなかった。
だけどいざとなってみれば私と彼の間の関係の始まり自体彼女が関わっていたと知ると、惨めな気分が滲み出てきた。
「お前は……ひどく勘違いしている」
「…なんですって?」
「くたばった奴は何も喋らない」
「……?」
…どういうこと?
「昨日母親の墓に行く前に、孤児院のレベッカの墓参りにも行ってきた」
「…ヘレナから聞いているわ」
「…俺だって墓参りに行く前には、俺が行ったらその墓の前で涙ぐらい流すだろうと思った。なんだかんだ言って俺に新しい人生を生きられるようにしてくれた少女だったから」
「……」
「…だがいざ墓の前に立ってみても、俺の感情は全く動かなかった。それこそ全く関係のない人の墓の前に立っているかのように…」
「……どういうこと?」
「…何故俺がタイムマシーンを動かして向かった先が1800年も昔のお前の前だったと思う」
「それは……」
「お前の言う通り俺がお前を見ながら彼女を懐かしむほどの最低な人間だったとすれば、そうする前に彼女が死ぬ前に戻って彼女の死を止めることが先ではないのか」
「…何故そうしなかったの?」
私が聞くと彼の顔が少し暗くなった。
「…病院を去る時に…俺は彼女に怒っていた」
「へ?」
「病院で彼女に会った時、俺が彼女が生きていて欲しかった。彼女の脚が使えなくなって生き甲斐だった絵を描けなくなっていたけど、それでも俺は彼女に生きていて欲しかった。だけど、彼女は迷いもなく死を選んだ俺と過ごした時間が何でもなかったかのように彼女は俺に別れを告げた。俺は裏切られたという気持ちが捨てられなかった。だからこの時代を去った。それでも彼女が忘れられなかったのは事実だ」
「……」
「でも、お前を再び会って、この時代に戻ってきて、いざ彼女の前に立つと、俺は彼女に関してなんとも思わなかった。そして俺はその感覚に覚えがあった。俺が母親に捨てられて孤児院に行かされた後、彼女によってまた生きる理由を見つけた時、母はもう俺にとって愛憎の対象でもなんでもなかったのだ」
つまり彼がレベッカにに出会って以来自分の母親に何の関心も向けなかったように、私に出会った以来レベッカにも何の感情も抱かなくなったと…そういうことなの?
「俺も自分がそういう人間だと知らなかった。自分でも少し怖かった」
「…黄巾党の時、私の元から去った後、劉備の所に行った時でも私についてどうとも思わなかったの?」
「…判らない。でも違ったと思う」
「何よ、その曖昧な言葉は?」
「お前と俺は別れている間でも互いのことをいつも念に入れていた。でもそれが戦場での手の探り合いだったのか、それとも私情だったのか俺には判断しかねる」
「……」
「それにお前と居た時の俺の行動と桃香とでは確かに差があった」
「どんなふうに?」
「俺は桃香が英雄の器だと思った。だけど周りの間違いでそれを生かさずに居たからそれを活かすためには手を加えるべきだと思った。だけどそこに俺があまり深く関わることは彼女の成長を阻害するだろうとも思った。だから助言はしても仲間の枠にははまらないようとした。いつそこを去ってもそれがその軍を潰す結果にならないように」
「……」
私の軍は彼が居なくなった後急激に崩れていった。彼が完全にいなくなっていたらまだ大丈夫だったと思う。連合軍で彼がちらついてる時に崩壊は加速していった。劉備軍は彼がいない頃から既に完成されていたけど、私の軍は彼が居てからどんどん完全体になっていった。そこから突然根本にいた彼が去ると軍全体が揺れたのだ。劉備と私の間の差はここから生まれるものだっただろう。
「連合軍が終わって、桃香が十分な成長を遂げたら帰るつもりもあった。でも俺がそのために置いておいた布石をお前がことごとに蹴ってくれたがな」
「……」
「まぁ、完全に俺の勝手な期待だったことは認める。過程はどうであれ、勝手にお前の前から去ったのはこっちの方だったからな」
「…虎牢関では…あれは私が悪かったわ」
「いや、これから謝らなければならないのは俺の方だ」
そう言って彼は私の手を握った。
「ふえっ?ちょ、ちょっと」
「華琳、俺は今お前の側に居る。だけど、だからと言ってそれが根本的に俺を変えることになるわけではない」
「そ、それが何だというのよ」
「…もし俺がお前に対して完全に興味が失せるほどの出来事が怒るとしたら…俺は俺の母親やレベッカにしたようにお前に対しても何の感情も抱かずお前のもとを去ってしまうかもしれない」
「……」
「今回の経験ではっきりではっきりと判った。俺はお前に抱いたこの気持ちがレベッカの時とは違うものであることを祈る。一時興味を持っていた人間の墓の前に立って涙の一つ流さない狂った人間が何を言ってるのか俺にも判らない。だが……」
手が少し痛いほど彼は私の手を強く握りしめていた。
「…怖いの?」
「……」
彼は答えなかったけど私は勝手に肯定したと思い込んだ。
彼が私が好きな気持ちが簡単に消え去ることを恐れていた。
今の自分がそういう人間だったと知って尚更それを恐れていた。
「…私は覇王よ、一刀」
「…判っている」
「何もかも欲しいものは全て私の手に入れてしまいたい。私はあなたを初めて会ってから欲しがっていたし、今も欲しいし、これからもあなたが私に要らなくなることなんてない。だから例えあなたのその大した『興味』って奴が尽きるようにするつもりはないわ」
「……」
「あなたは私が欲しがるほど十分に興味深い『男』よ。そんな男を欲しがるというのなら、私もまたあなたが興味を持つほどの『女』であるようにするのが当然でしょう?」
「…華琳」
「何?」
「ありがとう」
「こちらこそありがとう。全部話してくれて」
彼の口から聞いた彼の本心は、この駆け落ちの日々の中で一番の贈り物だった。
一刀SIDE
目を覚ますと夜だった。
体がまだ重かった。
何をどんな風に言ったのかも良く覚えていない。
「……ふぅ…」
「…ぁ」
横を診るとWサイズのベッドに華琳が一緒に寝ていた。
普段こういう時は過病人は椅子に座ったまま寝るものではないのかと思いつつも黙々と彼女の寝ている姿を見つめた。
箪笥の上には食べ終わった粥の鍋があった。
確か朝に話してる間、厨房においておいた最初のお粥の鍋は真っ黒に焦げて使えなくなってしまった。火事にならなかっただけまだマシだったが。
それにしても、なんと言えばいいのだろうか。
華琳のこんな姿を見ていると、
「……可愛…らしい…?」
と、言えばいいのか…?
少なくとも、レベッカとはこんな風に一緒に寝たことはなかった。
レベッカと俺は役所での関係は夫婦だった。
でも、それは、ちゃんとした市民権を持っていた俺に比べ、(調査したところ))故人になったご両親が中国からの不法停留者の娘だった彼女との生活が苦しくならないようにするための措置であった。実際に俺たちの関係は夫婦というよりは兄妹に近かった。
一般的な人たちの視線から見て、俺は華琳に最低の発言をしたと思う。
自分を想ってくれた相手にお前を捨てるかもしれないという話をしたのだ。
そんな話を聞いても尚こうして側に居てくれる彼女に感謝すべきだろう。
なにせ、彼女は覇王になる女性だ。
俺自身そういう彼女の姿に興味…いや、
「そういうお前の姿が『好き』になったんだろう」
「……ぅん…」
「……」
寝直そう。
明日の予定も考えると、明日にはいつものような健康状態に戻っていないと困る。
・・・
・・
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お互い今まで相手に一度も好きとか愛してるとか言ったことはないけど、心の中では誰よりも大切にしたいと思う間だと、
読者の皆さんに自白させてみるそんな回。
最近韓国のロマンス系SSを読んでいてそれに影響されているのかもしれないけど、ちゃんと一線越えないように頑張った。
当の人の前で好きだとか言えるような柄じゃないですから、この二人とも