第25剣 聖と対なす魔
キリトSide
「ありがとう、トンキー。助かったよ! 今度はみんなで会いに来るからな!」
―――くぉぉぉぉぉん!
街へと続く階段の前でトンキーから降りた俺はそう告げ、トンキーはそれに応えるように啼いてから空の彼方へと去っていった。
姿が見えなくなるまで見送り、そのあと樹木の街ミズガルズへとまた足を踏み入れた。
俺は再びヴェルンドが営む鍛冶屋へと訪れ、彼に話し掛けたのだが…。
「残念ながら、私ではあの剣を作ることは出来ません」
「Oh~」
俺の苦労は一体なんだったのだろうか? アレか、骨折り損のくたびれもうけというやつだな…。
だが、ヴェルンドが無理だとすると、一体どうやって作ればいいのだろう?
NPCではなく、プレイヤーメイドで作るのか?
いや、その可能性は低いか、そもそもどのようにして手に入れるかの情報すらないのだから…。
「誰か腕の良い鍛冶師は知らないか? それか『硬い稲光を放ちし魔の剣』を作れそうな者でもいいが…」
「私以外にも腕の良い鍛冶師は山のように居るでしょう。それこそアルヴヘイムにも居ると思います」
一応聞いてみたが、回答はこれだった。つまるところ分からないと受け取っていいかもしれない。
俺は鍛冶屋を出て、街の広場へと向かい、そこにあるベンチに座った。
当然ながら、この地下世界にも夜は訪れる。
といっても、遥か上空にある天蓋や壁に連なっている水晶が発光の色を黒やそれに近い光へと変化させているのだ。
そんな天蓋を見つめて思考の海に入る…。
まずは情報を整理しよう。
俺が求めている剣は間違いなく存在し、このヨツンヘイムで入手できるという情報をアルヴヘイムでアルゴが入手してくれた。
あの剣の情報についてもヴェルンドから一応得ることが出来ている。
『偽剣カリバーン』についてはストレージを確認して説明を見た結果、『これは仮の姿』という文字列があった。
そして、2頭の魔牛を倒して入手した『アリルの魔牛角』と『メイヴの魔牛角』、
この2つのアイテムと持ち主であった魔牛たちの特性と能力はあの剣の意味、
『硬い稲光を放ちし魔の剣』の『硬い』と『稲光』という部分に一致する。
これらを考えるに、『硬い稲光を放ちし魔の剣』=『偽剣カリバーン』+『アリルの魔牛角』+『メイヴの魔牛角』、
という構図は強ち間違いではないかもしれない。
しかし、ヴェルンドほどの鍛冶師でも作れないと言ったのだ。
何かが欠けているのだろう、その何かを思いつかないと………そういえば、
あの剣はエクスカリバーの原型と言われていたはずだ。
ならば、そのエクスカリバーの伝承などを思い出してみよう。
そこで思ったのは、エクスカリバーの入手方法である。
ALOで『聖剣エクスキャリバー』を入手した時の様子は、台座から剣を抜き放ち、ウルズから報酬として受け取った。
伝承におけるエクスカリバーの入手方法における“台座から引き抜く”と“湖の乙女から受け取る”、
“鍛えられた剣”の3つは既にALOで実証されている。
残る1つは“湖の乙女によって鍛え直された剣”だが……まてよ?
俺はこの地下世界に来て、最初に誰からあの剣の情報を得た?ウルズ達『ノルンの三女神』だ。
彼女達は『ウルズの泉』の女神、しかしあの泉は湖でもあり、ウルズはキャリバーを渡す乙女の役を演じていたことになる。
そしてそれらを照らし合わせると、必然的に…!
「そうか……はははっ、これは一本取られたなぁ、くくっ」
思わず苦笑などが漏れ出てしまう、どうやら俺はあの三姉妹に嵌められたようだ。
今回の一連の流れ、簡単に纏めてみればただのお使い系クエストのようなもの。
幾つかのヒントを組み合わせ、それなりの人数で挑戦すればあっさりと正解に辿りつけるようなもの。
「まぁ、ここに留まっていても仕方がないか…」
ベンチから立ち上がり、街の外を目指す。
このミズガルズの街は基本賑やかなようで、夜である現在も妖精やドヴェルク、エルフにワルキューレが姿を見せている。
ゲーム世界とはいえ、夜になればNPCが家の中へと移動することもあるし、
姿を消すこともあるので昼間とは違った街を見ることもできる。
街の門を潜り、根にある階段を下りて彼女らのいる泉へと向かう。
根で出来た門とトンネルを潜り、その場所に辿り着く。
「これはまた、昼間とは全然違うな…」
そこは夜の闇に包まれていた。
けれど、ただ闇黒に包まれているのではなく、根の間から天蓋にある水晶の光がこの場所に差し込んでくる。泉に光が反射し、水面が美しく光っている。言うなれば幻想的、思わずこの光景に魅入ってしまう…。
泉に近づき、水を手で掬う…すると、声を掛けられた。
「過去を思えば、貴方がこの場に戻ってくるのは必然でしたね」
「それは
「彼の剣を求めていれば、それも定められている未来」
俺の前に立つ3mを超える背丈を持つウルズ、彼女から向かって左に立つのは同じく3m近い背丈を持つベルザンディ、
右側に立つのは俺と同じくらいの背丈のスクルド。
彼女らの言葉はそのままの意味、俺を待っていたということだろう。
「待たせてしまったか?」
「街の民や我が眷属の力を借りたとはいえ、1人で行うには十分な時間だったでしょう」
ウルズは微笑みを浮かべながら、そう言った。
ヴェルンド達やトンキーの力を借りたことも、1人で探し回ったことも、全てお見通しというわけか…。
改めて、本当に彼女たちは不思議な存在だと思う。
「『聖を偽る剣』、『硬き黒の角』、『早き雷の角』、『清き泉の水』、全て揃えることが出来ましたか?」
ん、今なんて言った? 前者3つは持っている、だが4つ目は……知らないんだが…?
「『清き泉の水』?」
「はい」
ここにきて、持っていない、だと…? いや、待て……清き、泉の水…泉水……あ…、アレか!
思い至った俺は、アイテムストレージを操作し、手に入れている4つのアイテムを出現させる。
「『偽剣カリバーン』、『アリルの魔牛角』、『メイヴの魔牛角』そして『ウルズの泉水』。これでいいんだな?」
「良くぞ揃えることが出来ましたね。では、まずは剣と2つの角を…」
3人が俺に近づいてアイテムを受け取る。
ウルズはカリバーンの柄を持ちながら剣を上に向けてかざし、2つの角を持ったベルザンディとスクルドは角をかざした。
すると2つの角はカリバーンに吸い込まれて光を放ち、次いでウルズは剣を泉へと向けた。
泉の水がその光を治めるかのようにカリバーンを包み込み、蒸発していく。
最後に剣を俺の目の前に向ける。
「さぁ、ウルズの泉水を一滴、この剣に落とすのです。そうすれば、濁った魔を持つこの剣も、純粋な剣へと生まれ変わります」
ウルズの言葉に従い、小瓶の蓋を開けて泉水を一滴振りかける。
剣は濁った黒い闇を纏っていたが、雫が降りかかったことでその闇は消え去り、
剣は一切の濁りのない純粋な黒鋼の輝きを放つ大きめの片手用両刃直剣へと姿を変えていた。
「受け取るのです。これは、貴方の剣なのですから…」
「これが……魔剣、カラドボルグ…!」
彼女の言葉に促されるままに受け取った剣は『聖剣エクスキャリバー』をも超える重量だ。
これこそが『魔剣カラドボルグ』、俺が求めたもう1つの最強の剣。
ケルト伝承の英雄の1人『フェルグス・マック・ロイ』の愛剣。
彼は同じ伝承内でも有名な『クー・フーリン』の剣の師匠でもあるのだ。
この剣は『硬い稲妻』を意味しており、一説においてエクスカリバーの原型であるともされている。
鞘も剣同様に硬く、
「キリト。貴方は今回の旅で何か得られるものがありましたか?」
「改めて1人は寂しいと実感したよ…」
ウルズの問いかけに苦笑してそう答えると、三姉妹はクスクスと笑っていた。
「ならば行きなさい。貴方を待つ者達のところへ…」
「そうさせてもらう。ありがとう、また来るよ…」
俺は女神達にそう告げて、泉をあとにした。
泉のある場所から出た俺はミズガルズの街にて、アルヴヘイムでは見られない食べ物や飲み物を購入し、
予め1個だけ買っておいた転移結晶を使用してアインクラッド第1層の『始まりの街』へと転移した。
出掛ける前と同じ場所に向かい、そこでメッセージを飛ばしてアルゴを呼び出す。
「おかえり、キー坊。それで、どうだっタ?」
「上手いこと手に入れられたよ、大変だった。情報料の上乗せで地下の情報をやるよ」
「それはありがたいネェ~」
俺は『ウルズの泉』のことだけを秘密にし、世界樹の根の街『ミズガルズ』、
優秀なNPC鍛冶屋の『ヴェルンド』、2頭の魔牛が出現する洞窟の位置と2頭の能力などを教えた。
「これは大儲けできるヨ~。サンキュー」
「その代わり、俺が手に入れた剣のことは2日ほどは情報にしないでくれ」
「OK。それくらいならお安い御用サ」
彼女から言質を取り、俺はこの場を去って、第22層の我が家へと飛行して向かった。
飛んで移動し、ようやく我が家の前へと辿り着いた。
思えばそれなりに激動の1日だったような気がする。リアルの時間は既に午後10時過ぎだ。
7時間近くもヨツンヘイムにいたのか、通りで疲れるわけだな。
よし、アスナとユイに癒してもらうとしよう。
「ただいま~」
「「「「「「「「「「………キリト(くん)(君)(さん)!?」」」」」」」」」」
「うぉっ!? なんてこった、ほぼ全員集合!?」
ドアを開けて中に入ってみれば、少しの間があったあとにみんなが一斉に俺の名を呼んだ。
思わず驚き、癒しの時間が無いではないかと思った。
「もぅ、いままで何処に行っていたのよ!」
「いや、だから少しばかりヨツンヘイムに「それはメッセージで知っています!」」
ふぅ~、一刀両断されてしまった。
「俺達も聞きたいぞ~」
「「「そうよそうよ~」」」
ハクヤの言葉にリズとシノンとリーファが口を揃えて賛同する。
他のみんなも苦笑したり、笑いながらも眼では話せと言っている。
「それに、パパはナーヴギアを使っていますね!」
「キ~リ~ト~く~ん~!」
「………なんのことかな?」
ユイの指摘にアスナの視線がさらにジトーっとしたものになり、俺は眼を逸らして答えた。
「惚けても無駄ですよ! パパの回線をしっかりとチェックさせてもらいました!」
「む、やるなぁユイ。さすがは俺の娘だ」
「えへへ、それほどでもありませんよ~///」
俺を追い詰めたユイを褒めてやれば、年相応に照れた表情をした。うん、本当に可愛い娘だ。
「ふふふ。ユイちゃんは誤魔化せても、私達は誤魔化せませんよ」
「ま、誤魔化す気自体無さそうだけどね」
まぁティアさんの言う通り誤魔化せるとは思っていないし、カノンさんが言うようにそのつもりもないのだ。
それじゃあ場も和んできたことだし、説明を始めるとするか。
「まぁ気分転換も兼ねてヨツンヘイムに情報収集をしに行っていたんだよ、アルゴにも頼まれていたしな。
それで世界樹の根にある街『ミズガルズ』を散策したり、クエストにも挑戦してきた」
俺の言葉を聞いてみんなが驚いた表情をした。
当然だろう、あの地下世界に単身で乗り込み、さらには街などを見つけてきたのだから。
「……世界樹の根にある街とは、ヨツンヘイムが復活した時に見えたものか?」
「その通りだ」
「クエストってどんなのだったんすか?」
「それはまだ秘密。ま、少ししたらその意味も分かるだろうけど…」
ハジメとルナリオの質問にも答える。クエストに関しては剣共々もう少しの間は秘密にしておくつもりだ。
「ちなみにミズガルズ限定の食い物と飲み物を買ってきた。味については普通のものを買ってきているから安心してくれ」
と言ってそれらの物を出現させてテーブルに置く。
言っておくが見た目がゲテモノなものはないぞ、至って普通だからな……今回は。
当然ながらお菓子類もあるので、女性陣はそこら辺を主に食べている。
「また今度、みんなで行けばいいさ。それよりもアスナ、ユウキとはどうだった?」
「あ、うん…そのね、彼女のギルドと一緒に、フロアボスの攻略をすることになったの…」
それからアスナは俺にユウキ達が目指しているものを聞いた。
VRMMO引退の記念にALOのフロアボスをチームだけで倒し、その名を『剣士の碑』に刻み込む、か…。
確かに彼女たちの事情を知らない人間からすれば、最もな理由ではあるな。
「そうか、やっぱりアスナが選ばれたか…」
「キリトさんは予想していたんですか?」
「まぁな。アイツと話した時に、どうにも当てはまりそうな人物がアスナだったからさ…」
呟いたことでヴァルが反応を示し、それについて応じておいた。
「とにかく、しっかり頑張ってこいよ」
「うん、頑張るよ♪」
そうアスナに告げ、彼女が元気よく答えたのを見て笑みが浮かぶ。
それから俺は再び仲間達から、新しいヨツンヘイムについてのことを幾つか聞かれた。
そのあと、夜も更けていった頃にログアウトし、疲れ(精神的な)からすぐに眠りについたのは言うまでもない。
キリトSide Out
To be continued……
後書きです。
ついにキリトが伝説級武器『魔剣カラドボルグ』を入手しました。
最初はこれも聖剣にしようかと思っていたんですが、結構他のゲームでも魔剣として扱われているので、
本作でも魔剣として扱うことにしました。
次回から再びマザロザ本編に戻ります。
それではまた・・・。
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第25剣になります。
今回でキリトの魔剣編が終わります。
どうぞ・・・。