No.608162

ボーダーブレイク非公式小説 BORDER BREAK 1.9 -空への情動-

昔書いたボーダーブレイク、通称「ボダ」の二次創作小説です。今回のセガ公式薄い本で放棄区画D51に関連する話がついに出てしまいましたし、再版の予定もありませんので、供養のために投稿致します。今回の表紙を飾るこの機体のデザインは「ちぇるにえ」氏にやっていただきました。筆者であるヘルハウンドの文章サンプルとしてもご覧いただけましたら幸いです。

2013-08-13 00:09:14 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:916   閲覧ユーザー数:916

プロローグ

RE048/9/21

 いつでも、そうだった。

 この会社の会議室は、いつも雰囲気が暗い。

 滝沢良一郎は、そんなことを思いながら、席に着いた。

 TSUMOIインダストリーに勤めて、既に二五年にもなる。その間に、戦のあり方は変わった。いや、変わりすぎた。

 自分が生まれた年に起こった低軌道ステーション『エイオース』の爆発に伴う、毒性が強い一方で異常なエネルギーを発生させることが可能な特殊素材『ニュード』が大量に地表に降り注いだ『大汚染』。

 ニュードの毒性を一切公開していなかったため、これを隠蔽するべくニュードを回収することに躍起になっているGRFと、以前からニュードの平和利用を掲げてきた環境テロリズムの固まりとも言えるEUSTの両陣営が、五m強の人形ロボット『ブラストランナー』(BR)を用いて、歩兵の代わりとなって文字通り戦場を走り回る日々が続いている。

 そして、これら二陣営にニュード適合者『ボーダー』を送り続けるPMSCs『マグメル』。更には、自分達を筆頭に、BRの兵器としての有効性をアピールするために延々とこの代理戦争をバックアップし続ける兵器メーカー。

 この四者による化かし合いが続いているのが、今の世の中だ。

 その主たる兵器産業の、それも最大手にいるはずの自分が、ここまで冷めた視線でこの代理戦争を見ていることに、良一郎はさして驚かなかった。既に、その理由は分かりきっている。

 空に、鳥とニュード耐性が強化されたBR用の輸送機及び輸送ヘリしか飛んでいないからだ。

 昔、それこそニュードの毒性なんて信じていなかった頃、戦闘機のパイロットになりたいと、心底思っていたときがあった。映画で見たドッグファイトに、大きなあこがれを抱いたのが、その大きな原因だったと言える。

 だが、ニュードの毒性が知られ、高度が高ければ高いだけニュードの濃度があがることもまた知られた結果、航空戦力という概念が消え去り、戦闘機や航空機という物はこの世から綺麗になくなった。

 更には自分がボーダーでなかったこともまた、追い打ちを掛けた。それから、何処か諦念にも似た感覚が、良一郎にずっとつきまとっている。

 それに、今後も空で戦闘が行われること自体、あり得ないだろうと良一郎には思えた。

 それもそうだ。何せ今回の議題は『航空戦力投入の失敗とその反省会』なのだから。

 若い社員がタブレット端末を操作して、記録映像の再生を始める。何度か見かける社員だが、名前までは知らない。

 この映像を、後何度見ればいいのだろうと、辟易している自分がいる。既に、自分の手元にこの映像が届いた後、百回は自宅で再生した。

 だが、まだ見逃していることが、ひょっとしたらあるかもしれない。

 そう思ったら、いつの間にか、ペンとメモを持っていた。

 思えば、三ヶ月前に、ナクシャトラから来た、あの被験体を受け取ったことが、そもそもの間違いだったのだろうか。

 今更、そんなことを良一郎は思っていた。

戦闘記録

RE048/8/2

 前は、こんなに寒かったか。くしゃみを一度してから、ふとそんなことを良一郎は考えた。

 この放棄された元大都市である『ディル』を訪れたのは、去年の夏以来だ。かつては人口一〇〇万近くいたこの大都市も、ニュードの汚染が広がり、今や無人のビル群が建ち並ぶゴーストタウンと化している。

 そんな場所での、初めての戦だった。凹の字を逆にしたような形になっている戦場だ。

EUSTの本陣は、この山を隔てた真反対に位置している。

 都市部近郊の谷間に築かれたGRFの本陣に、良一郎は一人立っていた。大量の計器類と指揮車両及び、整備兵が慌ただしく動く様を、丘の上から一人眺める。

 そうやって、人が動く様を上から見るのもまた、好きだった。景色を一望出来ると、一瞬だけ、何もかもを手に入れたような、そんな気分になる。

 例の物の調整が終わったと係員が肩で息をしながら言った。

 一度ため息を吐いた後、丘をゆっくりと下りる。

「出来ることなら、もう少しこの景色、見ておきたかったんだがな」

「文句言わないでくださいよ。そろそろ作戦開始時間だそうですし、上の方も少しイライラしてくるくさいんですよ」

 GRFの上は、いつもそうだろうと言おうと思ったが、言うのも面倒くさかった。

 自分達の手は汚さず、ボーダーにのみ手を汚させ、そのくせ口だけはやかましく言ってくる。

 これではEUSTのような連中が出てくるのも必然だ。ただ口うるさく言うだけの政府に従っていられるような状況では今はないし、大汚染以降でもなお、ニュードの拡散は続いている。

 そして、その代理戦争の経済で、自分達の会社は回っていた。

 だが、それでも戦闘の激化には限度がある。人、いや、ニュードに毒された『元』人類というべきボーダー同士が殺し合いをすると言われても、所詮は人だ。二四時間連続で戦闘が出来る訳ではない。

 それはそのボーダーを雇っているマグメルにとっても、同じ事が言えた。マグメルのようなPMSCsにとって、戦争がなくなることと言うのは、世の中に何万といる全ボーダーの職が消えると言っているのと同義語だ。

 実際、戦闘の行き詰まりはスカービ渓谷近郊では特に進行していたのも事実だったし、こちらとしても出来る限り泥沼の戦争状態を続けてもらわないと、利益が還元されない。

だからこそ、新たな戦域という、より大きな市場を開拓する必要があったのだ。

 そこで行き着いたのが、未だに戦闘の行われていない、空と、海の戦闘領域化だった。

 そして、その戦闘を担えるかもしれない兵器が、丘を下りた先に静かに鎮座している。

 設計に関わった自分が言うのもなんだが、その姿は、なんとも不気味に思えた。

 昔流行ったUFOのようにも見えるT字型の巨大下半身には、ガトリングガン、グレネードが側面に取り付けられ、前面部には試作品であった大型ニュードカノンを装備し、あろうことか下部にはBR三機分の射出口まで付いている。

 一方、上半身はと言うと、とってつけたようにBRの上半身が付いているのだ。もうじき市場に出すことになるクーガーS型をベースにしたが、OS周りも、外装も全て独自の物にしてある。

 手に持っている装備も、今後市場に出回る予定の大型電磁スピアーだ。

 ミグラトリー。それが、この異形の巨大兵器に付けた愛称だった。正式採用されれば、『ワフトローダー』という名を与えられることになっている。

 たった一機でBR三個中隊とほぼ同等の戦闘力を有している機体だし、空を飛べる。導入されれば、それだけで戦局を一気に変えることが出来るだろう。

 だが、ただでさえBRですら五m以上あるというのに、その三倍にも達するその全高のおかげで、今度は自分がこいつに見下されているような気がして、腹が立った自分がいることには、良一郎は自分で自分を呆れるよりほかなかった。

「幅だけで一五mになっちまったのだけが、この兵器の欠点だな」

 ついでに渡り鳥というにはあまりにも不格好すぎだろうと言おうとしたが、横にいるさっき呼びに来た若手の研究員が、目を輝かせているので、言うのをやめた。

「ですが、その欠点など、こいつが吹き飛ばすでしょう。空を戦場にするなど、我々は考えても見ませんでした」

 確かに、それはそうだ。それに期待する気持ちも分からないではない。

 だが、それでも、この機体を好きになれない自分がいる。

 渡り鳥と呼ぶにはあまりにも滑稽な姿だから、というだけではない。

 そのコクピットにいるのが、人間を、いや、恐らくボーダーをも超えてしまっているからだ。それに対する罪悪感が、何処かで芽生えていることだけは、良一郎には新鮮な驚きだった。

 ナクシャトラから提供された、ミグラトリーを動かすことのみを考えられて調整された、ニュード漬けのボーダーが、この機体のコクピットの中に入っている。

 なんでも、死にかけたボーダーを再生させたらしい。

 心肺停止状態で発見されたそのボーダーを調べてみると、何故か体内に摂取されていたニュードと、体の僅かな細胞だけは生きていたらしい。実際、ニュードが生態をより強くする可能性があるというのは、EUSTの幹部が臓器をニュード化させた地点で証明されているので、更に強くしようと、今度は脳髄に直接ニュードを打ち込んだと、ナクシャトラから出向した研究員が、淡々と言っていたのを思い出す。

 しかし、それで渡された『素体』と呼ばれたボーダーは、生きているのか死んでいるのか、それすら分からなかった。

 人間の形はしている。しかし、肌はもはや血の気も失せて青白く、瞳はニュードのような緑色をしていて、そこだけが異常な輝きを見せている。

 そして、その素体の脳髄にあるニュードがミグラトリーとボーダーとを直接繋ぐことで、『人機融合』とも呼べる状態を作り出し、ミグラトリーの複雑な操作系を出来るだけ簡略化する。ボーダーを機体そのものとする『ニュードフィードバックシステム』、略称NFSを導入すること、それが、この巨大な兵器を運用するために、自分達が編み出した答えだった。

 本陣にあった、指揮車両に入った。外観は装甲車のようではあるが、中には大量のモニターと計測機器が、所狭しと詰められている。

 そのモニターの一つで、ミグラトリーのコクピット内を見ることが出来た。

 何度見ても、ゾッとする。生気はまるでなく、無表情のままだが、瞳に宿っているニュードだけが、不気味な輝きを醸し出している。

 このボーダーは、恐らく自分達を恨むだろうと、良一郎は何となく思っていた。

 感情も何もない、ただの人形だと、昔の自分ならそう切り捨てただろう。

 しかし、いつの頃からか、情という物が急に芽生えた。年老いたのだなと、そこで分かった。いつ自覚出来たのか、それは、明確に表すことが出来ずにいる。

 作戦開始まで、後十五分だと、オペレーターが告げたので、静かに、ミグラトリーの起動を指示した。

 オペレーターが、起動のスイッチを押す。

 ミグラトリーのボーダーのバイタルが、明らかに変異を起こしたのは、まさにその瞬間だった。心拍数が跳ね上がり、モニター越しからでも分かるほど、急に生気が満ちあふれたように、顔つきが変わった。

 だが、同時に、底知れぬ狂気も感じる。異様に輝きだした瞳の中にあるニュードが、そう思わせるのかもしれない。

『随分、待ったぞ』

 指揮車両が、ざわついた。

 突然、ミグラトリーのボーダーが、しゃべり出したのだ。今まで一言たりとも口を利かず、糞尿を垂れ流し点滴とニュードの摂取だけで生きていたはずのこの男が、急にしゃべったのだ。自分もまた、愕然としたまま、モニターを見つめている。

 その様を感じ取ったのか、男が、けたたましい大声で、笑った。

『やっとだ。やっと戦場だ。俺は、俺は、俺は、ようやく俺を俺たらしめる場所に戻ってきたんだな。なぁ、そうだろ、良一郎のジジィ』

 このボーダーも、自分も、魂が暴れている。そう感じることが出来た。

 自分は、そういった超常的な物を信じたためしがない。だが、このボーダーの言葉の響きは何だ。

 言霊、というものは、本当にあるのだろうかと、一瞬信じたくなる自分がいたことに、良一郎は酷く驚いていた。

 自分の名前をあっさり言ったことなど、既に頭の片隅に追いやられている。

 心臓が、高鳴っているのを感じた。

 こいつを使って、でかいことをやりたい。急に、そう思い始めた。

 BRが三機、下半身に格納されたのを確認すると、ゆっくりと、ミグラトリーの巨体が宙に浮いた。

 高度を、徐々に上げていく銀光りするその巨体は、やはり青い空の中には、あまりにも不釣り合いに思えた。

 高度五〇mを超えたと、オペレーターが言ったのと同時に、作戦の開始が告げられた。

 相手の陣容を、先行していた支援兵装の偵察機が送ってきた。

 相手のBRは一〇機、そのうちの半分を、自社のクーガータイプが占めている。後はAEのヘヴィガードタイプと、シュライクタイプが合わせて四機、そして、最後衛に狙撃兵装を装備したツェーブラタイプが控えている。兵装も、強襲兵装を中心にバランス型の陣だ。

 対するこちらは、BRの数はミグラトリーに格納されている機体を含めても六機だ。ミグラトリーを軸に攻めるしかないが、元よりそれが目的であるので、気にしてはいない。

 それに、ああいったバランス型陣営と対峙すれば、自ずとこの兵器の運用方法を分からせるには最適だろう。実戦テストには、ちょうど良かった。

 前線のプラントをハックし、敵との交戦距離まで詰める。敵軍も、前進を始めた。

 先行している偵察部隊から、刻一刻と情報が絶えず入ってくる。

 スナイパーを潰すことが先決だろうと、良一郎は思った。

 あの射程距離はやはり厄介だ。そう簡単にミグラトリーが沈むとは思わないが、チクチクと狙撃されるのは気持ちのいいものではないし、コントロールユニットを失えば、ミグラトリーはただの鉄塊と化す。

 プラントをハックしながら侵攻を繰り返す間に、狙撃兵装のいる地点を割り出した。

 プラントBとCの間にある、橋の上。そこに光学迷彩を敷いて待機していると、先行していた支援兵装から連絡があった段階で、ミグラトリーに大型ニュードカノンの展開を指示した。

 了解、とだけ、ボーダーから声があったが、相変わらず何か高揚にも似た響きがある。バイタルをチェックさせると、やはり脳が極度の興奮状態にあった。

 ミグラトリー前面部のカバーが開き、巨大な銃口が前方に押し出されると同時に、銃口にニュードが収束されていき、ニュードを加速・収束させるためのリングが、空間上に展開されていく。

『あの狙撃兵装が目標でいいな?』

「ああ、それでいい。射程は十分あるはずだ」

『分かった』

 狙撃兵装の持っていた武装はヴェスパイン。射程八〇〇mを誇る、最新鋭のニュード式狙撃銃だが、このミグラトリーの主砲は、その射程すら凌駕する。

『チャージ完了』

「撃て」

 直後、銃口から一直線に閃光が空間を迸った。

 ニュードと同じ、鮮やかな緑の光。それは都市の地面をえぐり取り、ビル群を熱で焼き尽くしながら直進を続け、いとも簡単に待機していた狙撃兵装のツェーブラタイプを焼き尽くした。

 焼き尽くされたビルが倒壊し、数機のBRがそれに巻き込まれたのも確認出来た。敵の数も、六機に減っている。

 この主砲は、破壊力がありすぎるかもしれないと、今更に良一郎は思った。僅かではあるが、熱量の増加があったことをゲージが知らせている。ラジエーターで冷却を施してはいるから、今の段階ではあまり気にしてはいない。

 ただ、僅かにではあるが、ミグラトリーのボーダーのバイタルサインに少々の狂いが生じていることだけが、どうしても気になった。

 だが、それより前に敵を始末すればいい。先行していたBRに、敵をミグラトリーの近辺まで誘い出させるように撤退させた。

 敵陣を見る。方陣に組んでおり、その態勢のままこちらに移動してくる。

 なるほど、敵の指揮官は割と思い切りがいいらしい。そして、ミグラトリーのみを目標に据えたように、良一郎には思えた。

 敵の六機は片腕のない小破している機体も含まれているが、手負いの獣は何をするか、分かった物ではない。

 だが、ミグラトリーの真下を取らせるほどこちらも甘くはない。そして、そのためにこいつはBRを積むことが出来るのだ。

「ミグラトリー、聞こえるか。迎撃用のBRを出すぞ」

『了解。ようやく楽しくなってきやがったぜ』

 一度、ボーダーが唇を舐めた。何故か、目に映るニュードの色合いが、僅かに濃くなっている気がした。

 だが、バイタルサインは先程とまったく変わらない。特段、問題にはならないだろう。

 ミグラトリーが、ガトリングガンとグレネードを射出しながら、敵を威嚇し始めた。しかし、それでもなお、相手は突撃をやめない。

 なるほど、骨のある連中だと、良一郎は思った。だが、同時に思い切りの良さが、弱点にもなる。

 迎撃用のエンフォーサーⅡ型を三機、ミグラトリーから射出させた。全て強襲兵装である。一気に駆けさせた。

 敵陣を割る。二機、撃破した。そのまま敵陣後方に、エンフォーサーⅡ型三機を付けた。

 これで挟撃の形に出来る。そのままエンフォーサーⅡ型三機が、もう一度敵陣を二つに割った。それで更に二機が減った。

 残る二機を、ミグラトリーのガトリングガンが破砕し、全ての敵勢力が殲滅されたことを、オペレーターが告げた。

 後は、最奥にあるコアを破壊するだけだ。それでこの地域のプラントは独占出来る。

『もう終わったのか。つまんねぇぞおい』

 ブツクサと、ミグラトリーのボーダーが文句垂れた。

 いつの間にか、この男が嫌いではないと、良一郎は思うようになっていた。

 何処か、悪ガキを思わせるのだ。もっとも、ニュードがそうさせているのか、それとも元々がそうなのか、そればかりは分からない。

 主砲のチャージを始めさせた。目標は、EUSTの本陣にあるコアだ。

 冷却も、滞りなく進んでいる。

 これで空の戦域化も進むだろうと思った直後、突然指揮車両に警報が鳴り響いた。

 ロックされた、警告音だった。

「どうした?」

「倒壊したビルに、BR反応! 場所、ミグラトリーの真下です!」

 オペレーターの怒号が響いた瞬間、バカなと、良一郎は、いつの間にか呟いていた。

 倒壊したビルに圧迫されながらも、かろうじて生きていた、ということなのか。

直後、警告音が更に甲高く鳴り響いた。

「今度は何だ?」

「ニュードラジエーターに、敵弾丸直撃!」

「ボーダーバイタルサイン、低下していきます!」

 どくんと、心臓が一つうねったのを良一郎は感じた。

 ニュードで動き、ニュードで機体とボーダーを完全に一体にさせているこの兵器にとって、ラジエーターの損傷は、ボーダーの死をも意味する。

 それ以前に、主砲の発射準備まで行っているのだ。このままでは暴走してニュードジェネレーターそのものから融解しかねない。

 そのエネルギーを持ったまま爆発四散しよう物なら、このディル全体が、恐らくボーダーでも立ち入りが困難になる程のニュード汚染に見舞われることは必須だ。

 そうなれば、会社の信用は地に落ちる。

「機関強制停止! こちらの方にコントロールを取り戻せ!」

「ダメです! コントロール受け付けません!」

 オペレーターの怒号と同時に、ミグラトリーのボーダーが、絶叫にも似た叫びを繰り返している。

 その叫びに比例するように、ニュードが一段と妖しい輝きを見せ始め、機体も暴走を始めた。

 そこら中に、弾丸をばらまき続けている。極度のパニック症状が出ていると、オペレーターが告げた。

 その末かは知らないが、先程から響いていたロック警告が消えた。レーダーを再度確認させても、敵の反応は見えない。

 だが、同時に味方BRの反応も消えた。ボーダーのバイタルサインまで途絶していることから、恐らく弾丸が直撃したのだろう。

 ミグラトリーのボーダーの心拍数は、既に三〇〇を超えており、危険水域に達している。

 あの状態では、まともに操ることなど無理だろうし、恐らく、回収も出来ない。

 だが、こちらからもコントロールは出来ない。

 何か、手はないか。

 そう思った直後、急にもう一回、ロック警告が鳴り響いた。

 何処からだ。

 そう言おうとした直後、急に、コントロールユニットのモニターが消し飛び、ミグラトリーのボーダーのバイタルサインも消えた。

 同時に、エネルギーの供給もストップし、主砲全面に展開していた加速リングが消え、ゆっくりと、ミグラトリーの巨体が地上へと落下した。

 ミグラトリーのコントロールユニットが、何かが原因で消し飛んだ。それしか考えられなかった。

 敵味方、共にこの戦場に反応はない。とすれば、外部からの何か、ということになる。

 なんだろうか。原因を考えるより前に、本社から、ミグラトリーの残骸を回収した後撤退しろと言う指示が降った。

 全て終わったのだと、その瞬間に良一郎は思った。

 あの悪ガキを思わせるボーダーもいないし、このミグラトリー自体、設計に無理があることを露呈した。

 空の戦域化は、相当これで難しくなると思うと、良一郎の心に絶望の二文字がよぎった。

 指揮車両から、一度外に出た。

 陽光が、既に西日になっている。

 鳥の鳴き声がした。

 どうだ、俺は自由だろ?

 鳥がそう言っているように、良一郎には聞こえた。ひょっとしたら、自分はあの鳥に、ミグラトリーのボーダーの姿を見いだしたのかもしれない。

 あいつの墓くらい、立ててやろう。何故か、そんなことが胸中をよぎった。

 ディルの正式な放棄と、名称変更でこのエリア一帯を『放棄区画D51』とすると、GRFが発表したのは、それから二週間経ってからだった。

処遇と決定事項

RE048/9/21

 ビデオの再生が終わると同時に、会議室が急に明るくなった。

 後から聞いた話だが、コントロールユニットを消し飛ばしたのは、今度TSUMOIが出す、セイバータイプという新型BRが狙撃兵装で戦域外から撃った物だと言う事だった。

 この記録映像も、そのセイバーがずっと撮っていた物らしい。それと指揮車両内の隠しカメラを使って、編集した物だった。

 しばらくの沈黙が訪れる。また、空気が重くなったのを、良一郎は感じた。

「性能自体は悪くなかったが、やはり一人にやらせるのは、無理がありすぎだ。それに、下部の冷却口は血管と言わざるを得ん。それに、NFSに対応するボーダーを探し出すことの方がコストが掛かる」

 最奥にいる部長が、厳しい表情のまま淡々と言う。更に、自分の心が沈殿していく。

 言う事はもっともだった。NFSの特徴であった人機融合はそれ自体が脳にとてつもない負担を掛ける上、ニュードを直接脳髄に打ち込んでも、成功する確率は一%もない。

 ボーダーの数にも限度がある上、機体そのものもコストが掛かりすぎた。

 欠陥製品。ミグラトリーは、そう見られるだろう。それに、空中に浮かぶと言っても、高度はたかだか五〇mが関の山と来た。

 開発は中止だ。

 そう、部長は静かに言って、会議は終わった。

 その部長に呼び出されたのは、他の会議参加者全員が部屋を出たので、こちらも出ようと思った、すぐ後だった。

 クビだろうと、何となく思った。

 部長の個室に入ると、そこもまた、異様な程暗かった。

 ありふれた応接間がセットになった、幹部クラスの人間にのみ与えられる個室。広さは一五畳ほどと、落ち着いて仕事をするには十二分すぎるスペースがある。

 だが、その広さが、今は鬱陶しく感じる。いつもなら開いているはずのブラインドも閉め切っているからかもしれないと、なんとなくぼっとした頭で良一郎は考えた。

「発想そのものは悪くなかったぞ、滝沢」

 淡々と部長が言う。目は、表情と同じく笑っていなかった。

「ですが、それを生かし切れませんでした。私の設計ミスです」

「そうだな。我々としても、こんな欠陥品を市場に出すことは出来んよ」

 クーガーS型のプレスリリースを行ったことや、エンフォーサーシリーズのヒットによって、TSUMOIの株価は一気に上がった。ミグラトリーなぞ出せば、その株価はまた下落するだろう。

 そんなことは、戦争経済で成り立っているこの会社からすれば、許されないことだ。

「だが、空を戦場にすると言うのは、元々からマグメルのアイデアだ。最初から、私はこれを潰すつもりはないよ。ただ、TSUMOIは空を戦場に出来る兵器を作成出来なかった、それだけだ」

「と、言いますと?」

『それは私から説明しましょう』

 静かなマシンボイスが流れた後、部屋のモニターが突然点灯し、『F』という文字が浮かび上がった。

 確か、マグメルの折衝役が使っているコードネームが、Fだったはずだ。本名も性別も、人間かどうかすら分からないが、このFが提案した折衝で失敗したことはない。

『滝沢良一郎主任、あなたが実戦に投入したあの機体は、そもそも存在していなかったのですよ』

 公式記録からは抹消される、ということなのだろう。重苦しい空気だけが、暗い部屋に流れている。

 存在しなかった兵器。それがミグラトリーに対する、最終的な結果だと、Fが暗に告げていた。

『ですが、先程部長がおっしゃったように、空を主戦場にしようと言ったのは我々ですし、BRを格納する航空兵器というアイデアも悪くありません。そこで、我々の上層部の出した折衷案が、基礎設計データをベンノとジーメックに売り払え、というものでした』

 ほぅと、思わず唸ってしまった自分がいた。

 ベンノのツェーブラ41は優秀な機体ではあったが、狙撃完全特化型というべき腕や、もう少しでTSUMOIの出すクーガーS型のスペックを見たボーダーの買い控えが起きているという状況が続き、当期の最終損益も相当な額面修正すると聞いているし、ジーメックは元ベンノとAEのメンバーが数年前に独立して立ち上げたメーカーだが、新型BRの製作技術をほしがっているという噂も耳にしていた。

 つまり、不良債権を出しているメーカーにこれを売りつけることで企業間の兵器開発競争をより加速させ、戦争経済を更に回転させるというのが、マグメルの出した結論なのだろう。

 TSUMOIの一社独占では限界があると、マグメル上層部は判断したのかもしれない。

 ナクシャトラはE.D.G.タイプで急激にシェアを伸ばしているし、AEは未だに安定してヘヴィガードとシュライクが売れ続けている。

 ともなれば、BRというハードウェアを作成出来るクセに負債を抱えている企業として売却先にベンノが上がってくるのは必然と言えた。

 ベンノとしては他社を追い抜くための某か大きな存在が必要だから、どんなに金を払ってでも食いつくだろう。それによって一時的に更に業績が圧迫されようとも、設計者である自分が言うのもなんだが、これを簡略化したものでも、戦局を一変出来る。つまり、需要が見込める分、ペイすることは十分に可能なのだ。ベンノが食いつかない道理はない。

「なるほど。そういうことですか」

『もっとも、ベンノやジーメックがこの設計思想をどう活かすかまでは、こちらでも判断しかねますが、よろしいですね、部長?』

 はいと言って、部長が一つだけ頷いたのを最後に、通信が切れた。

 一度、部長が深いため息を吐いた後、こちらを見据えた。

 その目を見て、なんとなく言う事は察した。

 ミグラトリーは存在しない。つまり、それを設計した人間も、この世にはいない。暗に、そう言っているように見えた。

 こちらの心情を察したのか、部長は辞令が書かれた紙を一枚、こちらに渡した。

 放棄区画D51のニュード調査任務に当たれ。期間は不明。そうとだけ、書いてあった。

 要するに、最前線で死んでこい。それが、会社の出した答えなのだ。

「行ってこい、滝沢。お前は、あまりにも奥に入りすぎていた」

「でしょうな。NFSの存在が知られれば、この企業のダメージも計り知れないでしょう。それを生み出したのは、紛れもなく私ですから、民事で訴えることも出来ません」

「優秀な設計者一人と、数十万にも及ぶ他の社員とを比べた場合、どうしても後者を取る。会社とはそういうものだ」

 はぁと、大きく部長がため息をまた吐いた。

 余計に、場が重くなった。

 もう、これ以上いてもしょうがないのだ。そう思って、一度だけ頭を下げてから、踵を返した。

 お世話になりました。ドアノブに手を掛けた後、それだけ言って、部屋を後にした。

 もう、帰ることはないのだ。そう思ったことだけは、覚えている。

エピローグ

RE048/10/22

 ゆっくりと、目を開けた。

 ずっと、夢を見ていたのだと、良一郎は今更に気付いた。

 元々ディルと呼ばれていた、放棄区画D51で、EUSTとGRFとの戦闘が激化し、その戦闘でBRの流れ弾を喰らった。腹から血が飛び出ているし、腸も出てきた。

 今の夢が、恐らく自分が見ることの出来る、最後の夢なのだ。

 同行していた連中も、みんな死んだらしい。白いはずの雪が、自分の周辺だけ、赤に染まっている。

 空を、一度見た。

 遠目でも、掠れている目でも分かる。設計を変更し、BR三機で操ることになったワフトローダーが、戦場を駆けていた。

 BRのような形をしたコントールユニットもない、まるでUFOのようにも見える形が、何故か今更におかしく見えた。

 あれの原型を作ったのは、俺なのだ。

 しかし、それは歴史の中に葬り去られる。それでいいのだと、良一郎は少し眠くなってきた頭で思った。

 知っているのは、俺だけでいい。それでも、空に対する意志だけは、生き続ける。それでいいのだ。

 鳥が、上空を優雅に飛んでいる。こんな時にも、鳥はまだ自由なんだなと、感心していた自分がいた。

 そういえば、ミグラトリーが初めて実戦に出た日も、こうして鳥が飛んでいた。

 あのボーダーの名前を、ずっと聞いていなかったことを、今になって思い出した。

 あの世に行ったら、あいつに会って名前をきちんと聞いてやろう。それで、鳥にでもなって、世界中飛んでみよう。あいつを誘うのも、悪くない。

 戦場の音が、遠ざかっていく。

 静かだな。眠くなる前に、良一郎はそう思った。

 

(了)


 
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