No.60816

北郷一刀の本気 ―力と意思―

altailさん

呉へと下った一刀が、蜀と関わり合っていくお話。交差する計略。伝わらない願いと、叶わない願い。
劉備が何故王になったのか、本編でも書かれていましたが、私なりに劉備について考えてみました。
ちょっと長いです…。

たくさんのコメントありがとうございます。

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2009-02-28 21:58:58 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:17618   閲覧ユーザー数:11531

思春と対峙してから三日が経過した。

赤壁の方の動向が気になる中、俺は呉のみんなとの交流を試みていた。

王だけではなく、国…民や武将が、何を考えて国の為にと思っているのかを知りたかったし、何よりみんなのことをもっと知りたかったからだ。

 

蓮華の買い物に付き合って、思春に殺されかけたり…

小蓮の勉強に付き合ってたら、いつの間にか俺が穏に教わってたり…

祭の酒盛りに付き合ってたら、冥琳に俺まで一緒に怒られたり…

亞莎の仕事を手伝ってたら、なんだかんだで仕事が増えてたり…

雪蓮と一緒に釣りをしてたら、熊に襲われたり…(雪蓮が返り討ちにした…)

 

 

そんな楽しかった日々の終わりを告げる、一つの情報が舞い込んできた。

 

 

 

翌日、戻ってきた斥候が息を荒げながら俺たちに報告した。

 

 

「た、…たった今、魏が…蜀に敗れました!」

 

 

『―っ!!?』

 

 

「ば、馬鹿な!アレだけの兵力差をいったいどうやって…ッ!」

 

当然と言えば当然なのだが、諸葛亮の策としか思えない。

 

「北郷、貴様はどう思う?」

 

「…、諸葛亮の策と見て間違いないと思う」

 

「して、具体的な策の内容はわかるか?」

 

冥琳が試すような眼でこちらを捉える。

史実の策はある程度知っているが……今回は時期も状況も違う。

思いついた策は一つ。突飛な策で、成功するかどうかも怪しい危険な策だ。

ここで沈黙するわけにもいかず、とりあえずその策を話す。

 

「恐らく…蜀は夜襲を仕掛けたんだと思う。斥候が戻ってきた時間帯も考えると、恐らく開戦は深夜だ」

 

斥候の人は何も言わず首肯。正確な時間も知らせてないのに、それを言い当てて少し驚いているようだ。

 

「馬超が動けば、移動も素早い。けど、問題は夜襲を行ったタイみ……時期だ。」

 

「夜襲を行うのだから、辺りが深淵に閉ざされる時間帯が最良だろう」

 

「冥琳の言うことも最も。それ以上に大切なのが、時間差だ」

 

「時間差?夜襲とはつまり奇襲。時間をかければ相手が準備を整えてしまって意味が無いではないか!」

 

「じゃあ思春。海戦(川だけど)をするつもりだった敵軍は、夜襲…つまりは、陸戦を仕掛けてきた敵に対してどう対応する?」

 

「…どうも何も、海戦用の整えをそのままに、夜襲に対して使うに決まっているだろう」

 

「そうだな。だが、そこが落とし穴なんだ。夜襲を仕掛けた事によって、魏の兵すべてが陸、川を背にして戦うような形になる。ましてや夜襲ともなれば、船の警備なども手薄になってしまうだろう。この時を見計らって、二度目の奇襲だ。狙うのは船。航行が出来なくなる程度に船底にでも穴を開ければいい。その後、川から船で三度目奇襲をする。」

 

要約するとこうだ。

 

明日の戦を控えた魏は、夜襲を仕掛けて来た部隊に冷静に対処するだろう。

その間に、船を航行不能にし、奇襲部隊は下がりながら戦線維持。

その間に、蜀の主力が船でやってきた、魏の本陣を、魏の背中を叩く。火矢なんかが効果的だ。本陣の兵糧を焼き尽くせば、大打撃となる。

そして、海戦の準備をしていた魏は、兵力を分散され、夜襲ということもあって、指揮系統も乱れ、暗闇の中戦々恐々と戦っていたに違いない。

 

「…とまぁこんな感じじゃないかな?」

 

恐る恐る冥琳を見てみると、可もなく不可もなく…と言いたげな様子だった。

 

「私が考えていたのとは少し違うが、確かに効率がいい、的確な奇襲だ。だが問題は……」

 

「あの劉備が、そんなことをするはずが無い、だよな…」

 

「あぁ…あれだけ部下を大事にしている王が、兵を死地に赴かせるのと同等の策を命じるとは思えない…」

 

俺と冥琳が少し悩んでいるところに、雪蓮がさも当然のように言い放った。

 

「どうせ部下の独断でしょう。劉備は腹黒いけど、優しすぎるわ。それがわかっているから、劉備を生かすために、どんな汚い手でも、危険な策でもやってのけようとするんでしょう。ねぇ、思春?」

 

突然自分に振られ、目が泳いでしまっている思春。

 

「わ、私は……っ」

 

「誰もそんなこと頼んでないのに……いつも自分が正しいと思うことに、平気で命を賭けるんだもの……困ったもんよ……」

 

「姉さま……それは―っ!」

 

何か言おうとした蓮華を、祭が止める。

静に首を横に振り、諭すかのように。

 

「問題はこの後ですよねー」

 

穏が空気を変えようと、話を先へ進めようと促す。

 

「魏は一旦後退して、途中にある城に篭っています。蜀も城まで後退し、状況を見ていると思われます」

 

斥候の情報からわかるのは、明らかな膠着状態。

しかし、このまま待っていても、またすぐに魏の兵力が増幅してしまう。

行動するしかない呉と蜀。

 

これからどう動くべきなのか、俺は迷っていた。

 

蜀と同盟を結んで、魏を討つ。

まともな策はこれ一つ。

となれば、あの孔明ならば、すでに斥候、あるいは和平の使者をこちらに送ってくるはずだ。それを待つのも一つの手。

 

だけど……俺は……。

 

「冥琳、俺を、和平の使者として、蜀に行かせてくれないか?」

 

「何?…貴様、何を考えている…」

 

「冥琳ならわかってるだろう。このままじゃまた魏がすぐに動き出しちまう。だったら、蜀と同盟を結んで魏を討つしかない」

 

「それはわかっている。だが、なぜお前が行く?お前じゃなくてもいいし、こちらと同じ考えなら、あちらが来るのを待ってもいいはずだ」

 

「俺が蜀を見てきたいんだ。民を敬う劉備さんが、一体どんな人なのか、蜀がどんな国なのか…直接見に行きたいんだ」

 

「…認められないな。それを口実に、蜀を寝返るという可能性もあるだろう」

 

「ちょっと、冥琳!何言ってるの!」

 

「一刀が、そんなこと…ッ!」

 

「現にこいつは魏から下ったのだぞ?またいつ寝返るか…」

 

「……そうだよな。だったら……」

 

鞘を取り冥琳に渡す。怪訝な顔で俺を睨む冥琳に、素直に言う。

 

「俺はここに剣を置いていく。武器を捨てて、寝返るような武将なんていないだろう?」

 

「そうじゃのう。そんな奴は、武将でも何でもないわい」

 

祭が背を押してくれるように肯定してくれた。

冥琳は一息ため息をつくと、静かに立ち上がり、その剣を雪蓮へと渡す。

 

「あなたが決めなさい。その剣に、呉を預けていいのかどうか…」

 

「冥琳……」

 

雪蓮はその剣を手に、俺の元へと歩み寄る。

切っ先を俺に突きつけ、真剣な顔で告げる。

 

「一刀…あなたに、国を背負う覚悟がある?」

 

「…あぁ。どんな重荷だろうと、この手で支えてみせる」

 

「その手で、何を掴み取るの?」

 

「…未来だ。平和な、楽しい世界を」

 

「ならば、剣を取れ。力が己、己が力と知り、その力を私に見せてみなさい」

 

剣を鞘に収め、俺に手渡す雪蓮。

それを受け取り、みんなを見る。

 

「あれだけ啖呵切っておきながら、俺には国なんて背負えないかもしれない。でも、俺は心から平和を望んでいる。これだけは…信じて欲しい」

 

俺が頭を下げると、蓮華が近づいてきた。

そして、俺の手を取りこう言った。

 

「その荷物、私が半分持ってあげるわ」

 

「蓮華……」

 

「姉さま、蜀へは私も同行します。孫家の私が赴けば、説得力も増すことでしょう」

 

「……いいえ。蓮華はここに残りなさい。私が行くわ」

 

 

「雪蓮ッ!!」「姉さま!?」「策殿ッ!!」

 

 

「あなたは孫呉を担う女よ。今あなたを危険に晒すわけにはいかないわ。なにより、あんたが行くなんていったら、どっかの誰かが意地でも付いて行こうとするしね」

 

チラッっと思春を見てみると、図星だったのか顔を赤くして俯いていた。

 

「いいわね、蓮華。あなたは、冥琳と共に、魏の動向を探りつつ、兵の準備を進めていて」

 

「……わかりましたっ」

 

少し不服そうな蓮華だったが、今は我慢してもらうしかない。

 

「我等孫呉は、蜀と同盟を結び、魏を討つ。その為に、私は一刀と共に蜀へ赴く。皆はこの城を、民を守っていて欲しい」

 

『はっ!』

 

「出立は明後日とする。一刀、しっかり準備しておいてね」

 

首肯。雪蓮がウィンクをした点については、俺しか気づいていなかったようなので黙っていよう。

 

「それでは、今日の軍議は終了。各々、持ち場に戻っていいわよ」

 

 

 

皆が出て行った後、雪蓮が俺のそばにやって来て、

 

「一刀、今晩部屋に行くわね」

 

「………はっ!?」

 

へ、へへ部屋?俺の!?

 

「それじゃあ、また後でね~♪」

 

「お、おい雪蓮ッ!!」

 

雪蓮はさっさと玉座の間から出て行き、見えなくなってしまった。

 

な、何なんだ…いったい。

 

「北郷…………………ほどほどにな」

 

「め、冥琳、何だ今の間は!?…というか…き、聞いてたのか…」

 

「聞くなという方が無理な話だろう。…まぁ、雪蓮もお前を大分気に入っているからな。頑張ってくれたまえ。種馬殿」

 

「…っなんでどこ行ってもその通り名なんだよ……」

 

 

誰もいなくなった玉座の間で、やってきた警備の人に慰められたとは誰にも言えなかった。

 

 

 

 

 

 

―――蜀(同刻)

 

 

「愛紗ちゃん、これはどういうことなの?」

 

「どう…と言われましても…」

 

「私は、こんなこと認めてないよ!」

 

「しかし、あのままでは我等は負けていました!あの場で桃香様に死なれては困ります!故…」

 

「私の為…?アレが私の為だって言うの?!あんな―ッ」

 

自分に黙って、他の皆が死ぬかもしれないような策の為に行動していたことを怒っている桃香は、それが自分の為だという愛紗の想いとのすれ違いを感じていた。。

その怒りを…理不尽なまでの、自分に対する怒りを、行き場の無い怒りを他人へとわめき散らしているだけだと自分でもわかっていた。

自分に力が無いからだと。わかっているのに、納得できなかった。

 

「桃香様…」

 

「愛紗ちゃんも、翠ちゃんも…皆危険なことばっかりして……私が……ッ!」

 

「桃香様っ!」

 

関羽の叫び声がようやく届き、暴れまわった部屋を見渡して、さらに落胆してしまった。

 

「翠も…大丈夫ですから…」

 

あの策の時、先行して夜襲を行った馬超と馬岱の部隊はほぼ壊滅。

馬超達が生きて帰ってこれたこと自体が奇跡に近いのである。

 

「桃香様は桃香様らしくしていた下さい」

 

(私らしく…?)

 

劉備は自問し、自答できずにいた。

 

(私って…いつもどんな感じなんだろう…)

 

皆からは天然だなんだと言われているが、そうではなく、自分が考える『私』は………誰?

 

「ごめん、愛紗ちゃん…しばらく、一人にして…」

 

「……はい」

 

背で扉がしまると同時に、劉備は膝を追ってその場に座り込んだ。

 

「…どうして……な、んで……ッ」

 

かすれるような嗚咽が、静かな部屋に響いていた。

 

 

 

 

「どうだった、愛紗?」

 

「お姉ちゃんは大丈夫なのか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。少し、精神的に参ってしまっているようだ…」

 

「無理も無い。アレだけ心配かけた上に、やった事が事なだけに、な…」

 

「それでも、負けるわけにはいかなかった。それだけのことだ」

 

「だが星…私はこれ以上、苦しむ桃香様は見たくない…」

 

「当たり前だ。だが、苦しませずにいられなかったのは、我等の力が足りなかったからだ」

 

「―ッ!!」

 

「守ってやりたいのなら、強くなるしかないのだ…強く…っ!」

 

握った拳から血が出るくらい強く握り、己の無力さを噛み締める。

 

「みなさん、少し休みましょう。後のことは私たちが処理しますので、ゆっくり休んでいてください」

 

「そうは言っておられん。次の戦いに向けて、兵の準備を……くっ」

 

「そんな体で何をするというのだ愛紗。ただでさえあの兵を相手に一人で大立ち回っていたのだ。疲れるに決まっているだろう。休むときに休むのも、武将の仕事だ」

 

「……すまない、朱里。少し、休ませてもらうとする…」

 

「はい。任せてください」

 

「では、軍師殿たちも、ほどほどにして休まれるがよい」

 

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

「うむ。ではな…」

 

歩き去る愛紗たちを見送った後、朱里たちは今後について考えるため、書類整理をするために部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

―――呉(出立日)

 

 

 

一刀と雪蓮が呉を出立し、すでに六時間が経過していた。

周りは見渡す限り荒野が続いている中、少数の護衛と共にひた走る。

 

「なぁ、雪蓮」

 

「何?何か楽しい話でもしてくれるの?暇でしょうがないわよ~」

 

二人きりというわけでもなく、護衛も寡黙なため、あまり愉快な空気とは言えない。雪蓮が退屈なのは仕方が無いだろう。

 

「いや、今日中にその村に着けるのかなぁ…と思ってさ」

 

「この調子で行けば、日が落ちるころには着けるわよ」

 

「…どう考えても日が落ちきるよな…」

 

軽く見積もってもまだまだ距離がある。

このまま走り続ければ……ってまさか……。

 

「なぁ、雪蓮…もしかして、途中で休んだりは…」

 

「しないわよ。してるような時間も無いじゃない。本当なら、このまま劉備の城まで走り続けてもいいんだけど…」

 

「遠慮しますっ」

 

俺たちの後ろの護衛も全力で肯いていた。

 

確かに魏の動きも気になる中、時間は掛けられない。

それでも夜ぐらいは寝たいと思う俺はゆとりなんだろうか…。

 

「ほら、速くしないと夜までに着けないわよ」

 

「あ、雪蓮!待てって!!」

 

なおも速度を上げる雪蓮に必死に食らいついていく俺たち。

 

 

 

―あ、護衛の一人が落馬した…。

 

 

 

―――魏

 

 

 

「華琳様。何やら、呉の軍勢に動きがあるそうです」

 

「そう。具体的に、どんな動きをしているの?」

 

「はっ。少数の部隊が、何やらどこかに向かっているようです。方角的には、蜀の陣かと…」

 

「そう………」

 

その情報だけで、華琳は全て自分が考えていた通りに事が進んでいることに確信がいった。

 

「予定通りね。凪たちは?」

 

「すでに兵を率いて出ております。今回は速さが大事ですから、少数の部隊でとのことでしたが、さすがにアレでは…」

 

「大丈夫よ。この状況で城に攻めてくるような敵もいないし。むしろ、凪たちが間に合うかどうかの方が重要よ」

 

「はっ…では、私はこれで…」

 

「えぇ、下がっていいわよ」

 

 

去っていく桂花を見送りながら、華琳はどこか哀しそうな表情をしていた。

 

 

 

―――呉

 

 

結局村に着いたのは日が落ちて一刻後。

孫策がここにいることは秘匿事なので、情報を通してある宿を訪れる。

 

 

「孫策様、実は……」

 

「……なるほどねぇ」

 

「どうしたんだ雪蓮?」

 

「近くに野盗が出るみたいなのよ」

 

「あぁ…どこに行ってもこればっかりわな…」

 

政治をしていれば嫌でもわかるが、どうしても切り捨てなければいけないというものが存在するわけで。それに不満を持つ民がいるのもまた事実なんだよな。

 

「近くに出るのか?」

 

「どうやら劉備の城の近くみたいよ。だから少し注意しろってことみたい」

 

「…危ないな」

 

「その時は、一刀が守ってくれるのよね?」

 

からかう様な笑みを浮かべた雪蓮。

迷うことなく正直に言う。

 

「あぁ。何があっても、守ってやるさ」

 

「…そういうことを、躊躇いも無く言うところ、かっこいいわよ♪」

 

今度こそ満面の笑みを浮かべる雪蓮に俺は恥ずかしくなって背を向ける。

 

「…ほ、ほら!さっさと寝よう。明日も結構走るんだろう?」

 

「なぁによ~いいじゃない少しぐらい~」

 

「ちょ、こら雪蓮!!」

 

抱きついてくる雪蓮を、どうにか引き剥がす。

 

「まったく…呉の王様なんだから、時と場合を考えてくれよ…」

 

「いいじゃない…。今は2人っきりなんだし」

 

そうなのだ。護衛の兵たちは、

 

「俺たち、お邪魔ですよね…」

 

とでも言いたげな顔をして、外に出てしまった。

 

「ねぇ~一刀。一刀は、私のこと…怖くないの?」

 

「だって…一度は殺しあったのよ?本当に死ぬかもしれなかったぐらいに…。それに…私の……戦っている時の姿、見たでしょう…?」

 

あの時の雪蓮は、燃える様な瞳に、恐ろしい殺気を纏っていた。

戦っている最中は、もちろん怖いと思ったし、今でさえ、思い出すと体が震えるぐらいに。

 

「怖かった……けど、今は仲間だ。だから、俺は信じる」

 

「……何を?」

 

「雪蓮が、国を想って、戦っているって。もし我を忘れて…なんて事になったら、俺が止めてやる。今度は、生かす為に」

 

「………一刀っ」

 

感極まった雪蓮が、俺の方に腕を回し抱きついてきた。

燃えるように淡い輝きを放つ綺麗な髪は、すごくいい匂いがして、やっぱり…女の子なんだと思わされた。

 

「何でかしらね……まだ全然会ったばっかりなのに、こうしてると…すごく安心できるの……」

 

「…俺は、最初会ったときから、綺麗だと思ってた」

 

「…ふふっ。戦場で会ったときにそんなこと考えてたの…?」

 

「あぁ。その美しさに、一時目を奪われてた」

 

「……もぉー、一刀のバカっ」

 

「だれが……っん!」

 

有無を言わさず押し付けられた唇に、俺は成す術も無く、雪蓮の背にそっと…腕を回した。

 

 

 

 

 

 

―――蜀

 

 

 

「紫苑、桃香様を見なかったか?」

 

「いいえ。…もしかして見当たらないの?」

 

「あぁ…。朝からずっと居ないのだ。まったく、こんな時に一体どこに…」

 

「…さすがに不味いわよね…」

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ…先ほど斥候から聞いた話なんだけど、何でも呉の者がこちらに向かって来ている様なの」

 

「呉が?この状況で我々に?…怪しいな」

 

「でもかなりの少数らしいのよ。せいぜい五人」

 

「五人?…戦いを仕掛けに来たわけでないとすれば…和平の交渉か?」

 

「そう考えるの妥当でしょうね…朱里ちゃんに報告しましょうか?」

 

「あぁ、頼む。私は引き続き桃香様を探してみる。今あの方を一人にするのは危険だからな」

 

「最近噂の野盗ね。何でも、かなりの腕利きみたいだけど…」

 

「前は警備の兵が束になっても勝てなかったそうだ。こちらの問題も放ってはおけないな…」

 

「そうねぇ…。はぁ。なんだか問題が山積みね」

 

「一つずつ片付けていくしかあるまい。では、また後で」

 

「えぇ…………っ、あれは…」

 

関羽が去った後、黄忠は遠くの砂塵を見つめていた。

 

 

 

―――呉

 

 

 

「ここか…」

 

走り続けてやってきた場所には、孫呉と同等と思われる立派な街がだった。

街の人たちも楽しそうにしているが、やはり戦後のため、少し経営が苦しそうな店もいくつかあった。

城の前まで来たのはいいが…何しろ今回の俺たちの行動は秘密だったから、向こうが出迎えてくれるわけもなく、少し立ち往生してしまっていた。

 

「さて、どこから入りましょうか…」

 

 

「正面からで結構だ」

 

 

声が聞こえてきた方を見ると、門の前に長い綺麗な髪をした女性が立っていた。

 

「貴方が関羽ね」

 

「そういう貴方は孫策殿とお見受けするが…」

 

「えぇ。まぁ自己紹介するより、とりあえず劉備に会わせてくれないかしら?」

 

「…悪いが、今はそれが出来かねる…」

 

「はぁ?どうしてよ」

 

ここまで来て劉備に会えないとなれば、さすがに理由ぐらいは聞きたい。

 

「今何か問題でも…?」

 

「……………」

 

その沈黙がすでに肯定。

少し俯いて顔を上げ、無理に表情を作り、

 

「…とにかく、今すぐにという訳には行かない…。とりあえず、我が城に案内しよう」

 

(いいのだろうか、簡単に城に招いてしまって…。だが、ここまで孫策自らが来たともなれば、それなりの大事があるのだろう…)

 

何かブツブツ関羽が言っているのを見て、明らかな異変を感じた俺は、雪蓮に耳打ちをする。

 

「何かありそうだけど…どうする?」

 

「どうもしないわよ。…ただ、劉備と会えないってことの方が問題よ。…もしかして、劉備が居ないのかしら…」

 

「居ない…?どうしてそう思うんだ?」

 

「勘よ」

 

「そうか…。」

 

冥琳からその天性なまでの勘というのは聞いていたが、信じていいのだろうか。

 

(…信じるって決めたからな)

 

そして、この状況がもしその通りだとしたら…。

 

「どうした。こちらに参られよ」

 

「は、はいっ」

 

…城に着いたら聞いてみればいいか…。

 

 

 

通された玉座の間には、数人の武将が揃っていた。

反董卓連合の際に見た人の他にも何人か居るようだ。

 

「我が名は孫伯符。此度参ったのは、蜀と和平の交渉をする為である。して、蜀の王、劉備はどこにいるのだ」

 

「…現在、劉備様は体調が優れないため、休まれています」

 

「…それは、この前の戦のせい?」

 

「……はい」

 

諸葛亮の言葉に嘘は見られない。本当に悲しんでいるように見える。

 

「……でも、おかしくないか?」

 

「えっ…?」

 

「城の前で関羽さんに聞いたら、答えられないとでも言うように黙ってた。もし本当に体調が悪いのなら、そう言えばいいはずだろう?」

 

「あ、あぁあの時は…」

 

「…何か他に別の問題があるんじゃないのか?」

 

「そうよねぇ…第一、私が来たってのに、体調が悪い程度で粗悪に扱われるのは黙ってられないわね……仮に、死にかけてたり、居かったりしたんじゃあ仕方ないけど」

 

「……………っ」

 

明かな反応を示したのは関羽。諸葛亮も少し動揺している。

かまかけたら見事に的中…って感じだな。

 

「かん……」

 

 

「朱里ちゃん、ちょっといいかしら?」

 

 

「…紫苑さん?」

 

「孫策さん。貴方は本当に和平の交渉をしに来たのですね?」

 

「さっきからそう言ってるじゃない…」

 

「だったら、お話します。実は少し前に、蒲公英ちゃんが城の外に走っていくのを見かけました。気になったので、兵の人たちに事情を探らせたところ、何でも、桃香様がさらわれたらしく、蒲公英ちゃんが一人で追いかけたみたいなの…」

 

「な、何だと!?紫苑、何故そんな大事なことを今まで黙っていたッ!!」

 

「この場に孫策さんがいるからよ」

 

「…っ!!」

 

「…そりゃそうでしょうね。総大将がさらわれたなんて情報、他国に聞かせるわけにはいかないものね」

 

「…和平の交渉をしに来た俺たちからすれば、交渉したければ劉備さんを助けるしかない」

 

「でも、劉備がいないのなら、攻め落とすというのもありなんだけどね」

 

「孫策ッ!!」

 

関羽が本気で激怒するが、もちろん雪蓮が言ったのは冗談だ。

 

「関羽さん。今俺たちがやりあったら、それこそ魏に横槍入れられておしまいだよ。雪蓮も、冗談でもそういうこと言うなよ」

 

「いいじゃない。劉備のことしか頭に無くて、余裕が無さすぎる関羽が悪いのよ」

 

「な……っ!」

 

「戦況を見誤る様じゃ、まだまだだって言ってるのよ」

 

「…黙って聞いていれば………っ!」

 

「はいはい…もうそれぐらいにしておけ。孫策殿も、あまりうちの武将をからかわないでいただきたい」

 

「あら、ごめんなさい。いじりがいがある子を見るとどうしても…ね」

 

「生憎、愛紗は私だけのおもちゃですので、控えていただこうか」

 

「星ッ!だっ、誰がいつお前のおもちゃになった!」

 

「……前からであろう?」

 

「さも当然の様に語るな!」

 

「実際いじられて顔を真っ赤にして喜んでいるくせに何を言うのだ愛紗は…」

 

「…殺す…今日こそは…殺しきってみせるッ!」

 

「はわわわわぁあ!やめてください二人とも!」

 

「き…貴様は、私をからかって楽しいのか!」

 

「あぁ、楽しいぞ」

 

「………ッ!!」

 

声にならない声で怒りをあらわにしている関羽。

…この二人って、いつもこうなのかな…。

 

「さて、可愛いい…違った。可愛そうな愛紗は放っておくとして」

 

「……わざとだな……」

 

「さらわれたというのは例の野盗にか?」

 

「その通りよ。今回桃香様をさらったのはあの野盗なの」

 

「確か、そうとうの腕利きさんなのでしたよね?」

 

「その通りだ軍師殿。警備の兵も何人かやられている。そんな奴らに桃香様がさらわれたとなると、只事では無い」

 

「戦後と言うこともあり、出せる兵も極少数で、兵を割くわけにも行かないわ。だから、孫策さんたちにも手伝って欲しいの」

 

「なるほどねぇ…私たちが無事に劉備を助けられれば、和平を結んでくれると…そういうことね」

 

「…いえ。本来私たちにも、呉と和平を結ぶという道ぐらいしか残されていません。ですからこれは、私たちのわがままです」

 

「そのわがままに、一国の王まで巻き込むのね?」

 

「はいっ……!」

 

間髪入れず返事をする諸葛亮の目は、本気だった。主を助けたいという強い願いだ。

その心に、雪蓮も感じるところがあったのか、あっさり同意した。

 

「…ただし、、貴方たちの真名を私と一刀に預けなさい」

 

「な、なにぃ!?」

 

「こっちが貴方たちを信じるのだから、お互い信頼し合っていないとダメでしょう?」

 

「そ、それはそうだが……」

 

「よいではないか愛紗。どのみち同盟を結べば必然的に桃香様は真名を預けるだろうしな」

 

「し、仕方ないな…私の真名は愛紗だ。よろしく頼む…」

 

「私は雪蓮よ。よろしく愛紗」

 

「えぇっと…俺の名前は北郷一刀。真名は無いから…好きな風に呼んでくれ、愛紗」

 

「北郷…では、貴方があの天の使いと言われている…」

 

「まぁ、そうやって呼ばれてるよ」

 

「ほぉ…これは面白い御仁と出会ったな。私は趙雲、字は子龍、真名は星だ。それでは頼むぞ北郷殿」

 

「あぁ……ところで、星は俺と前に一度会ってるよな?」

 

「…はて?そうだったかな…」

 

「俺がこっちに来たばっかりの時に会ってるはずなんだけどな。その時は稟と風も一緒だった」

 

「……あぁ、確かに。いや、あの頃はあちこちを歩き回っていたのでな。なかなか覚えていななんだ」

 

「そ、そうか…でもどうして風や稟と一緒に居たんだ?」

 

「……北郷殿、女子に無粋なことを聞くのは、感心しませんぞ」

 

どうやら話したくないみたいだから、これ以上は追求しないでおこう。

 

「鈴々は張飛、字は翼徳、真名は鈴々なのだ!」

 

「こう見えて、私と義姉妹の契りを交わした仲。かなり腕も立ちます」

 

「へぇ……小さいのに」

 

「鈴々は小さいけど、すっっごく強いのだ!」

 

「わかったわかったっ!だからこんなところで槍を振り回すな!」

 

前髪を掠めるほど際どく振り回す鈴々に、俺もたじたじだ。

 

「私は諸葛孔明と言います。真名は朱里です。よろしくお願いしますね、一刀さん。それからこっちが…」

 

「…な、性は鳳、名は統、字は士元、ま…真名は雛里って言いますです……」

 

「こんな可愛い子たちが、蜀の智謀とはね」

 

「はわわっ…可愛いって…どうしよう雛里ちゃんっ」

 

「あわわっ……どど、どうしようか、朱里ちゃんっ」

 

「…どうもしなくていいと思うよ」

 

何やら照れ屋なのかな、この二人。

 

「後他に二人、厳顔と魏延が居るのだが、その二人は今出払っていてな。紹介はまたの機会とさせてくれ」

 

「わかった……ってちょっと待てよ……俺たち、今こんな悠長に会話してる場合じゃないよな?」

 

俺の一言に場の空気が凍りつくのがわかる。星と紫苑はあきらめたような表情をしていた。

 

「……そうだった!星が変な感じで場を和ませるから…ッ!」

 

「私のせいではないだろう。愛紗が天然なのがいけないのだ」

 

「私のどこが天然なのだ!」

 

「そんなことはどうでもいい。紫苑、その野盗の行方は知れているのか?」

 

「私の性格をどうでもいいだとッ!?」

 

「ま、まぁまぁ愛紗……」

 

「ほ、北郷殿…」

 

「今は先に劉備さんを助ける方がさきだからさ。それに俺は、愛紗が天然なのもかわいいと思うよ」

 

「なっ!ななななにを…言って!?」

 

「ちょっと一刀~、浮気するつもり~?」

 

「浮気って何だよ!誤解されるようなこと言うな!」

 

「だってー…」

 

 

「あのぉ…話を進めたいのですけど…」

 

 

「あ…ご、ごめん。続けてくれ…」

 

「…こほん。桃香様をさらった野盗の細かい位置はわかっていませんが、先行した蒲公英ちゃんが何らかの形跡を残してくれていると思います。方角は、紫苑さんが見たのを目安にして、捜索してください」

 

「わかった。それではすぐに出るぞ!星、我等は部隊から少数精鋭を書き集めるぞ!」

 

「承知!」

 

「私と雛里ちゃん、それに鈴々ちゃんは残ってください」

 

「な、なんでなのだ!鈴々もお姉ちゃんを助けにいくのだッ!!」

 

「今回ばかりは従ってもらいます。今全ての武将が出払ってしまったら、大変危険です。魏の動向も気になりますし、…先日の戦で不満の声が兵たちの間に飛び交っています。その状況で、誰も将軍が居ないなんて状況になったら…ただでさえ、今は桃香様が居ないのですから…っ」

 

「確かに…。鈴々、お前はここで、私たちが帰ってくる場所を守るのが『仕事』だ。その仕事を果たして見せよ」

 

「うぅ……、わかったのだ。お姉ちゃんを迎える準備ができるぐらいにしておいてあげるのだ!」

 

「その意気だ。頼んだぞ」

 

(愛紗と鈴々って、やっぱり固い絆で結ばれてるんだな…。)

 

やはり史実とは違っていても、この関係だけは揺るがないのかもしれない。

 

「それでは、半刻後には出立するぞ!」

 

『応!!』

 

 

さっきまでふざけていたのが嘘のような団結力に、俺は驚いていた。

 

「ほら、一刀、私たちも行くわよ」

 

「…って雪蓮も出るのか!?」

 

「当たり前じゃない。あれだけ言っておきながら城で待ってるなんて出来ないわよ。それに、冥琳も居ないから思いっきり暴れられるわ♪」

 

「本音がそれかよ……程々にしてくれよ……」

 

「わかってるわよ。でも、もし本気で暴れても、一刀が止めてくれるんでしょ?」

 

どこか含みを持ったその言い方に俺は信頼で答える。

 

「もちろん。さぁ、行こう!」

 

 

 

 

 

 

―――荒野

 

 

 

「……うん?あれは……」

 

「どないしたんや?」

 

「いや、何か砂塵が………っ!あれはっ!」

 

 

 

 

 

 

―――呉・蜀

 

 

 

城を出てから半刻もしないうちに、ある痕跡を発見した。

 

「これは…血!?」

 

「恐らく、桃香か蒲公英ちゃんのものでしょうね…」

 

「誰かが負傷しているということか…なおさら急がねばッ!」

 

「でも、この方角には山があるわよ…」

 

「山か…野盗の住処としてはありきたりだな」

 

「つべこべ言ってる暇も惜しい。急ぐぞ」

 

 

 

急かす星の後を追いかけると、そこには…

 

「これは…馬の嘶き…蒲公英の馬か?」

 

姿が見えないのに、馬の嘶きだけで誰の馬かわかるもんなのか?

 

「…あっちね」

 

紫苑が示した方角に進むと、確かに馬が一頭、ポツンと立っていた。

 

「どうやら、ここからは徒歩で進んで行ったようね」

 

「そりゃあ…これだけの断崖を馬でって言うのは無理だろう…」

 

目の前には岩肌がむき出しの険しい山道が広がっていた。

こんなところに野盗などいるのだろうか。

 

「それでも行くしかあるまい。それに見ろ。まだ血が続いている」

 

「……はぁ。山登りなんてする気分じゃないわよ」

 

「まったくだな」

 

 

 

登って行ったところには、明らかに人の手が入った洞窟があった。

 

「ここは…鉱山か何かなのか?」

 

「わからん…ここ一体に鉱石が取れるなんて情報はないが…」

 

「それにしても狭いな……高さが人一人分くらいしかないぞ」

 

「だがこの中に、野盗が…桃香様がいるのだな」

 

「……紫苑、お主はここで待っていてくれ。もし回りに野盗が潜んでいるとしたら、退路を塞がれてしまう」

 

「わかったわ。こんな狭い場所じゃ、私の弓も意味ないでしょうしね」

 

「我等も、槍は振るえそうに無いな。あまり大きな動きはできない」

 

「なに、それでも負けるつもりはないさ」

 

「確かに。…そういえば、北郷殿はどのぐらいの腕並みなのだ?」

 

「お、俺は…」

 

正直言ってよくわからない。雪蓮とは相討ち、というか負け。思春にも完敗してるわけだし…。

 

「一刀は私より強いわよ」

 

「何!?本当なのか?」

 

「えぇ。手合わせして、負けちゃったわ」

 

「そうなのか……」

 

「え、えぇ……っ!?」

 

雪蓮の大見得の性で、なんだか愛紗の目が鋭くなったんだけど…

 

「いつか、手合わせ願おうか」

 

「ふむ。その時は私も混ぜていただこう」

 

「…あ、あぁ……!」

 

ヤケクソ気味に頷いてしまった…。

 

「それでは、行くぞ…」

 

俺たちは、鉱山の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

「暗いな…」

 

十分な明かりもなく、ところどころにある松明が小さく灯っているだけだ。

進むにつれ、徐々に横が広くなり、分かれ道が増えてきた。小部屋のようなものもあるが、よくわからなかった。

そして人一倍開けた場所に出た。

他と比べて広いというだけで、高さも相変わらずだが、周りに比べると明らかに広い。

その中央に…

 

「た、蒲公英っ!!」

 

野盗の首領と思しき人物と、蒲公英がやり合っていた。その隅っこに劉備が縛られていた。

どう見ても蒲公英が劣勢。このままでは負けてしまう。

 

「たん……ッ!何をする星!」

 

「馬鹿者ッ!周りをよく見てみろ」

 

星が言うとおり、部屋のにはいくつもの道がある。

 

「恐らく、あの道の先々に仲間がいるのだろう。下手に飛び出すと、囲まれてしまうぞ」

 

「だが、このままでは…ッ!」

 

「もう少しだけ待て…蒲公英もまだやれる…っ」

 

星は愛紗に言い聞かせているのだろうが、俺には自分に言い聞かせているようにしか聞こえなかった。

 

 

「はぁああああッ!!」

 

蒲公英が高速の突きを繰り出すが、相手はそれを大剣で尽くいなす。

フェイントも混ぜ、横からの凪払いや、上段からの振り下ろし、中距離からの突進。

その全てを流し、反撃する身のこなしは、一介の野盗とは思えないほどだった。

 

「はぁ…はぁっ…ッ!」

 

「どうした…終わりか?将軍なんてこの程度かよ。そりゃ戦にも負けるわな」

 

「もう逃げて、蒲公英ちゃん!私のことはいいからッ!!」

 

劉備の悲痛な叫びも、今の蒲公英には聞こえていない。ただ主を守るために立っている蒲公英には、敵しか見えていなかった。

 

「あんた……どうしてッ!」

 

「何で俺が軍を抜けたかって?俺をゴミのように捨てたのはお前たちの方だろう!」

 

「…はぁ?…なに、言ってんの…?」

 

「あの赤壁の戦いで、俺たちはほとんど捨て駒同然の夜襲の最前線に送られた。何人かは名誉ある行為だと喜んでいたが、俺には信じられねぇ!それで勝ち目ができるから…なんて言われて、はいそうですかって戦にいけるかよ!」

 

「……あんたは…」

 

「不義とでも言うか?だけどな、みんながみんな国のことを一番に考えてるなんて考えてないだろうな?!」

 

「………それはっ」

 

「俺は…仲間と平和に暮らしていければそれでよかった。徴兵で集められたときも、死なない為に戦うと決めた。だが、与えられた仕事が夜襲でのおとりだぞ?!国の勝利に貢献して死ねと言っているようなものだ!死にたくなかった俺は、同じ気持ちの仲間と、戦のどさくさに紛れて逃げ出した。その時決めたのさ。こんな…力もないのに、強者に歯向かうような国は、さっさと滅んじまうべきだってな!いっそのことさっさと魏に下った方がましだったぜ!」

 

「…あんたねぇ、そんなのただの腹癒せじゃない!」

 

「どこがだ!?弱者に代わって強者が指導すればいいと言ってるだけじゃないか!」

 

「………っ!」

 

「じゃああんたは、あの魏の覇道が許せるとでも言うの!?」

 

「確かにひどいとは思う。天下に己の力を示すために、無理やり統一しようとしているだけにも見える」

 

「だったらッ!」

 

「だが、それは小犠牲だ。王が権力を振りかざせば、犯罪は無くなる。その王が有能なら、政治も、金も、食料も回るいい国が築けるじゃないか」

 

「…その未来の国の為に犠牲になっていいなんて物、あるはずがないわよ!」

 

「黙れッ!!」

 

「うわあッ」

 

突然癇癪を起こした野盗がその大剣を思いっきり横に振った。

槍で受け止めたものの、疲弊した体では耐え切れず、吹き飛ばされてしまった。

 

「うぅ…っ!」

 

「俺たちはただ、普通に生きていたかっただけだ!天下だの何だの、そんなのどうでもいいんだよッ!!」

 

大剣を振りかざし、倒れている蒲公英を見下す。

 

 

ヤバイッ!本気だッ!!

 

 

星が飛び出すよりも早く、鞘を手に駆け出す。

 

「弱者を守る力を持ってない王に、正義なんてあるわけ無いんだ。そんな王は、居なくなっちまった方がいいんだよッ!!」

 

 

 

ガキィン!!

 

 

 

振り下ろされた大剣を、しゃがみこんで鞘で受ける。あまりの重さに膝を突いてしまったが、防げた事実だけに感謝すべきだ。

 

「な…っ!誰だ貴様!」

 

「…おま…が………るな…」

 

「えっ…?」

 

すっとんきょうな声を上げたのは蒲公英だった。

だが、俺も少し頭に来ていた様で、

 

「お前が、正義を語るなッ」

 

無理やり大剣を撥ね退け、その勢いのまま腹に蹴りをかます。

鳩尾にでも入ったのか、腹を抱えて呻いていた。

 

「お前に、王の辛さがわかるのかッ?」

 

小烏丸を抜き、切りかかる。太刀筋などまったく考えてない、荒々しい剣だ。

 

「民のことを必死に考えて、自分のやれることをやろうとしてる、王の強さがわからないのかッ?」

 

力任せに振り下ろした一撃を、力任せに押し返してくる。

 

「力が伴わない行動は、迷惑なんだよ!」

 

「ならお前は、今までその弱者の王に守られてたってことだぞ?」

 

「………っ!違う…俺は、俺の力で……ッ!」

 

大剣というのにその剣速は思春に負けず劣らずの速さだった。

小烏丸では受けきれない、すさまじい剣戟が続く。

 

「民のことを考えるなら、無駄な争いなんかやめて、さっさと強者に下るべきなんだよ!」

 

狭い部屋と理解した上での剣旋。

避けきれるスペースも無く、ただ正眼で受け続ける。

 

「俺は……魏の王も、呉の王も、蜀の王も知っている…。魏の曹操は、確かに周りから見れば残虐なことをしているかもしれない…でも、民のことを考えた上で、大陸を統一しようとしている。呉の孫策は、仲間を大事に思い、いつも民のことを考えながら、無駄な争いは避けていた。蜀の劉備さんだって、力が無くてもこの世界を救うために立ち上がり、街のみんなが親しみを込めてその名を呼べるぐらい、民と共にある、優しい王だって知った。…王の人たちは、自国の民のことしか考えてない、頑固者なんだ」

 

(違う……私はそんな『強い』王様じゃない……ただ、皆と楽しく暮らせればいいって思ってただけ……)

 

止まない攻撃を後ろに居る蒲公英をかばいつつ受け続ける。

 

「だから俺は…そんな不器用な王たちをを一つに繋ぐ、架け橋になりたい」

 

(え…っ?)

 

苛立ち始めた野盗の振り下ろした一撃を交わし、間合いを詰める。

 

「王がダメなら、俺たちみたいな仲間が…民が、一緒に頑張ってやればいいじゃないか。俺たちが考えることをやめたら、また王が導いてくれる。そんな関係を築けばいいじゃないか。お前は、考えることをやめて逃げ出しただけなんだよッ!」

 

(そうだよ……私は、私じゃなきゃできないことをすればいいだけなんだ…っ!)

 

「だから俺が、天の使いとして、この世界に平和をもたらしてやるっ!」

 

走り、跳びあがり、覚悟を力に変え、持てる力の全てを込めて、ただ…振り下ろす!

 

 

 

パキィンッ……

 

 

 

「なっ……!?」

 

振り下ろした小烏丸は、野盗の切り上げた大剣によって、その刀身を真っ二つに折られてしまった。

さっきあの剣を連続で何度も受けすぎたせいで、刀身が限界だったようだ。

 

「…ははっ。結局お前も、力が無いのにほざくだけの、弱者だったなッ!!」

 

 

マズッ……!!

 

 

「一刀ッ!!」「ダメぇえええッ!!」

 

 

雪蓮が飛び出すが到底間に合う距離ではない。俺は懐に手を伸ばし……、

 

 

 

「隊長は、やらせへんでッ!!」

 

 

 

ギュイイィイイイイイン!と、掘削音が耳を劈き、野盗の足場もろとも砕く。

 

「な、何だ…ッ!うわあああっ!」

 

野盗はそのまま下へと落ちていった。どうやらこのすぐ下にもまた部屋があった様だ。

 

「ま…真桜ッ!!どうしてここにッ!?」

 

「悪いなぁ隊長、その説明は後にさせてな。とりあえず、さっさとこの中から逃げたほうがええで」

 

「な……どういうことなんだ?」

 

「いやな、ちょっとこの鉱山を支えてる地盤やらなんやらを、砕いて砕いて砕きまくっただけやから」

 

「そ、それって…この鉱山が崩れるってことか!?」

 

「まぁそういうことになるな。敵さんはさっさと別の場所から逃げ出してもうたよ。せやから、急いで逃げるで!」

 

「…なんだかよくわかんないけど、とりあえず真桜、雪蓮も、劉備さんたちを運ぶのを手伝ってくれ!」

 

「任しときい!」

 

「…立てる?」

 

「は…はいっ……貴方は…」

 

「俺は北郷一刀って言うんだけど……細かい説明は後にしたほうが良さそうだね」

 

何やら不吉な音が響き渡ってきた。支えを無くして少しずつ崩れだしたようだ。

 

「ほらっ………よし。…ってそういえば愛紗たちは?」

 

「それなら先に逃がしといたわ。紫苑が野盗が出てきたって知らせてくれたから」

 

「そ、そうなのか?」

 

「一刀、大分頭に血が上ってたでしょ?周りの音なんてまったく耳に入ってないみたいだったわよ」

 

「ご、ごめん……、なんか、気づいたら興奮してて……」

 

「そのことは後でた~っぷりお説教してあげるから、さっさと出るわよ!」

 

「劉備さん、歩ける?」

 

「だ、大丈夫です…っ」

 

劉備さんを支えながら、蒲公英を連れて行く雪蓮と真桜を後ろから追いかける。

 

 

 

 

 

 

鉱山を出て、山を下ったところで、真っ先に目に入ってきたのは―

 

「な…なんだ………ッ!この数はッ!?」

 

たかが野盗だと思っていたが、その数ざっと5000。今の俺たちでは厳しい数だ。

すでに愛紗や星が応戦している状態で、力こそ勝っているものの、この数では……

 

「桃香様!」

 

劉備の存在に気づいた愛紗が吼えた。劉備が無事だとわかって安堵した…というより、憂いが無くなった様だ。

 

「星ッ!これで、思う存分暴れてやれるぞ!」

 

「応!趙子龍の槍捌き、とくと披露してやろう!」

 

敵陣に向かって猛進する愛紗と星。その脇から野盗がこちらに向かってきて―

 

 

 

「隊長、伏せてください…ッ!」

 

 

 

「この声は……凪ッ!」

 

理解した瞬間に、劉備を庇う様に後方へと伏せる。

その瞬間、俺たちの目の前の敵が凪の放った気弾によって吹き飛んだ。

凪は立て続けに気弾を放ち、敵の軍勢を薙ぎ払う。

 

「隊長、お久しぶりですっ!」

 

「あぁ…っ!凪、元気そうでなによりだよ」

 

「はい。しかし、今はこやつらを追い払う方が先決です」

 

「あぁ。…凪、真桜。愛紗と星の両翼を支えてやってくれ!」

 

「了解!」「あいよ!」

 

凪が駆けて行くが、真桜はこっちを振り返って、

 

「あぁ、隊長!これ渡すの忘れ取ったわ」

 

「………これはっ!」

 

「隊長がおらんこうなった後に、もう一つ作ってみたんや。強度も長さも増したさかい、重量もそれなりやけど、うちには隊長以外にそれを扱う奴はおらへんかったからなぁ。隊長に託すわ」

 

「……確かに、少し大きいな」

 

小烏丸より一回り大きい刀は、より手にしっかりとなじむ重さだった。

 

「鋭利且つ強固がウリなうち特性の一品や!大事にしてや!」

 

「もちろん。ありがたく使わせてもらうよ」

 

「はな、また後で!」

 

真桜も出て行った後、雪蓮が俺を誘いに来た。

 

「新しい剣も手に入ったところで、さっそく試し切りでもしてみる?」

 

「そんな軽い気持ちで人は切れないよ」

 

「…そうね。それじゃあ、暴れるわよ一刀ッ!」

 

「応ッ!!紫苑!劉備さんたちを守ってやっててくれ!俺たちもなるべく前には出ないようにする!」

 

「わかったわ。……危ないっ!はぁッ!」

 

矢を同時に三射し、俺に襲い掛かってこようとしていた野党に全て命中させた。

俺たちも負けじと、劉備さんと蒲公英を庇うように、こちらに向かってきた敵を返り討ちにする。

 

 

新しい刀―小烏丸天国は、予想以上の業物で、力を込めやすく切り易い。

 

「はぁあああッ!おりゃああッ!!せいッ…!…ハッ!」

 

体重移動のみで力を制御し、一人は首を、一人は銅を、一人を脚を、―切って切って切りまくる。

 

「一刀…ッ!はぁああッ!」

 

俺の背後に迫っていた敵を、雪蓮が振り返りざまに、裏拳気味に切り伏せる。

 

「危なっかしいわね。周りに、気をつけな…っさい!」

 

「悪いッ!はッ!…たあぁあ!」

 

「ほらっ!武器の重さに負けてるわよ!膝だけじゃなくて、下半身全体に体重を持っていくのよ!」

 

「…こうか!うおおぉおッ!」

 

上段に構えて、体を落としながら一気に切り落とす。肩を切り裂き、腹を抉る。この感覚に、慣れてきた自分が少し怖かった。

 

「まだまだ!体がの軸がぶれてるわよ。それじゃ無駄な力が入って、動きが固くなるわ。見てなさい…ッ!」

 

そう言うと、雪蓮は敵複数の懐に飛び込み、舞うように切りつける。

動きは最小限。けれど確実に、腕、脚、首と致命傷になる部分を狙って次から次に切り続ける。さながらそれは、獲物の喉笛を掻っ切る鷹の爪のようだった。その美しいほど恐ろしい舞に、俺は見とれていた。

 

「………ふッ」

 

気持ちを奮い立たせ、恐れずして敵へと突撃。甲冑の間接部分を狙ったり、手首を狙い、戦闘不能にさせるような戦いを心がける。

 

 

「きゃああああッ!!」

 

 

「劉備さんッ!?」「桃香ちゃん!」

 

俺と雪蓮が高揚し、前に出すぎたために、回り込んできていた数人の野盗に、劉備が狙われていた。

 

「桃香様はやらせないよ!」

 

蒲公英の槍が空を切り裂く。そのリーチを生かし、敵を引き寄せない。その間合いを維持しつつ、後衛から紫苑が連射。切りかかることのできない距離で、敵は翻弄され、次々に倒れて行った。

 

「はぁ…っはぁ…ッ!」

 

「もう容赦しねえ…ッ!」

 

「あれは、さっきの…!」

 

真桜が階下に落とした野盗の首領が、どうやら鉱山から抜け出してきていたようだ。

 

「徹底的に叩きのめしてやる!」

 

「させるかよっ!」

 

駆けながら鞘に刀を収める。

 

「はっ!またお前か!でしゃばるんじゃねーよ!」

 

大剣を振り上げ、地を叩く。その動作の直前に走るのを止め、寸前の所で回避。そして加速。

 

「く…っ!」

 

見よう見真似の抜刀術。

 

「―はッ!」

 

懐にもぐり、零距離での抜刀。しかし、その重さに慣れてないせいか、剣速は遅く、相手の防御の方が少し早かった。

 

「―ははッ!この程度か…そぉらぁっぐほぉ…ッ!」

 

懐に忍ばせておいた短刀を取り出し、腹に突き立てる。大剣を力任せに振るう野盗の攻撃を、バックステップでかわす。

 

「て……てめぇっ!」

 

「はぁ…はぁあッ。後で、雪蓮にお礼言っとかなくちゃな…」

 

この短刀は、呉を出立する前夜に、雪蓮が持っておくべきだと言って俺に渡したもの。何でも、昔孫堅が愛用していた短刀で、お守りだと言っていた。最初は断ったけど、今は感謝してる。

 

「雪蓮だけじゃなくて、孫堅さんにもか……」

 

「何をブツブツ言ってやがる……おらああッ!」

 

短刀が腹に刺さっているにも関わらず、大剣を片手で振り落とす。

 

「どんな神経してるんだ…っ」

 

「おらっ!」

 

「…くぅッ!」

 

片手で振るようになったせいか、力任せではなく、最小限の動きで切りかかってくるため、さっきより動きが早い。

しかし、力は減衰してるため、防げないほどではない。

 

「一刀一人じゃないわよ!」

 

雪蓮が背後から襲い掛かる。

 

「背後取っても叫びながらじゃ意味無いだろう…」

 

案の定、爪のように鋭い連撃も防がれ、剣旋により、距離を取られる。

 

だが、その位置取りがまずかった。

 

 

 

「ようやく沙和の出番なのー!」

 

 

 

「だから何で叫ぶんだよ!」

 

奇襲というものをまったく理解していない沙和が、まるで踊っているかのようにクルクルと回転しながら切りつける。

 

「…次から次にッ!」

 

剣を斜にし、沙和の二天を受け流し、脇腹に蹴りを叩き込む。

 

「沙和ッ!」

 

「…ケホっ…ケホッ!だ、大丈夫なの……」

 

倒れてしまっている沙和に、追撃しようとするが、雪蓮がそれをカバーする。

壱、弐、参…と切りあったところで鍔迫り合いになる。

 

「あんた、何でこれだけ強いくせに、国の為に戦おうと思わなかったの…っ」

 

「…俺が強くても、俺以上に強いものがいると、思い知らされたからだッ!」

 

「ぐぅッ…!」

 

「雪蓮ッ!!」

 

跳ね飛ばされて、体制を崩している雪蓮に、大剣が振り下ろされる。

 

「やめろおぉおおっ!」

 

 

 

「駿馬が如く、駆け抜けるは銀閃!」

 

 

 

「お、お姉ちゃんッ!?」

 

言葉と同時に馬が駆けて来て、野盗の大剣を槍が弾く。

 

野党は腕が上がり、衝撃に硬直している。

その隙を逃さず、再び駆ける。

 

 

見よう見真似の技―その壱!

 

「斬月!!」

 

 

言葉にすれば、下段からの切り上げ後、手首を返し切り下ろすというだけのこと。

漫画で読んだことのあるだけの動きだが、なんとなく似た動きができる。技名を叫ぶのも、受け売りである。

やはり見よう見真似なので、力がうまく乗らなかった。

 

「がぁ…はッ!………ぐぅっ!!」

 

それに、野盗が咄嗟に体制を後ろに反らしたため、俺の斬撃は浅く、致命傷とはならなかった。

だが、俺が刺した短剣の傷口からの出血も酷く、立っているのが不思議なくらいだ。

 

「…ふぅっ!はぁッ!」

 

もはや暴れまわる牛となった野盗は、ただ剣を振り回す雑兵と化していた。

その剣を、無理やり地面に叩き落とす。

 

「雪蓮、今だッ!!」

 

「はぁああ…たあッ!」

 

振り下ろして無防備の右腕を、雪蓮が垂直に断絶する。

血飛沫が迸り、服を染める。

 

「…………ぁッ」

 

また立ち上がるかもしれない…。そう考えると、敵が倒れるまで剣を下ろすことができなかった。

ようやく野盗の首領を倒した時に、愛紗たちはすでにほとんどの敵を倒していた。

 

「…そうだ、さっきの馬は……」

 

俺が振り返ると、目の前にはさっきの馬が立っていた。

 

「あたしは馬孟起。馬騰の娘さ」

 

「じ、自己紹介してる場合じゃないよ!どうしてお姉ちゃんがここにいるの!?怪我だってまだ…!」

 

「この位の怪我、主がさらわれたことに比べればなんでもないさイッテテ…」

 

「もぉう!そんなだから怪我するんでしょう!まったく……」

 

「ご、ごめんごめん蒲公英。だって、お前が一人で桃香様を助けに言ったなんて聞いたからさ。居ても立ってもいられなくて…」

 

「私のことなんかより、お姉ちゃんは自分の心配をするべきなの!」

 

買い言葉に売り言葉で、いまいち会話が噛み合ってない口論が続きそうなので、割愛とさせてもらおう。

 

 

俺たちがそんな話をしている間に、愛紗たちは全ての野党を討ち、戻ってきた。

 

「野盗の始末は、翠が率いてきた兵にさせておりますので、我等は一旦城に戻りましょう。桃香様のお体も心配ですし…」

 

「桃香ちゃん、大丈夫…?」

 

「だ、大丈夫ですよ紫苑さん。ちょっと疲れただけですから…」

 

言葉とは裏腹に、膝が震え、立っているのもやっとの様だ。

そんな状態でも、劉備は愛紗に、

 

「愛紗ちゃん…私、わかったよ……」

 

「えっ……?」

 

「私は、『私らしく』やってみるよ。だから………お、…がい……………して」

 

「と、桃香様!?桃香さ…っ」

 

「安心しろ愛紗。疲れて眠っているだけだ」

 

「よ、よかった~…」

 

蒲公英も腰が抜けたようで、その場に座り込んでしまった。

 

「まったく、蒲公英、何故一人で追ったりした。我々に連絡をすればいいものを」

 

「だって、目の前で桃香様が連れ去られてるの見たら、なんだかお姉ちゃんのこと思い出しちゃって」

 

「あ、あたしのアレとは別だろうが!」

 

「何が別よ!私がどれだけ心配したと思ってるの!自分だけ突撃して、あげくに負傷して戻ってくるなんて!」

 

「…ご、ごめんってば……」

 

なんでも、先日の赤壁の戦いの時、本来、十分に敵を引き付けた後、後退する予定だった夜襲部隊を率いていた翠は、後退を途中で止め、単騎で敵陣へと乗り込み、再度挟撃に参加したのだ。蒲公英が追って救援に向かったが、その時には既に負傷しており、命からがら逃げ帰ってきたのだ。

 

「さて、姉妹喧嘩はそのぐらいでいいかな?」

 

「星姉さまぁ……もう少し優しい言葉をかけて下さいよー…」

 

「それだけ文句が言えれば十分だろう。…そんなことより、問題はこちらの者たちについてだ」

 

「……………」

 

「そりゃあ当然やわな…」

 

「真桜ちゃーん、武器が欠けちゃったよー」

 

「沙和、お前もう少し空気読め…」

 

相も変わらずな三人を、俺だけが笑いながら見つめていた。

 

 

 

 


 
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