「ねえ、人が大人になるときってどういう時だと思う?」
突然彼女は言った。
「日本の法律なら二十歳になったときだろ」
「つまんない」
彼女がなにを求めているのかわからないが、大人と子どもの定義は年齢で決まる。
「わたしね。きっと夢がなくなったら大人になれると思うの」
「……」
「あ、また興味なさそうな顔してる」
またなにかの本でも読んだんだろうか。人の受け売りを平然と語られればつまらなさそうな反応をされても仕方ないだろう。
「できないこととか、わからないことっていっぱいあるけど、自分を信じていつかなれるって夢があるのは子どもだと思うの」
「それってすごく素敵だと思わない?」
「具体性がない。自己実現に向かって取り組んでる人間ならまだしも、漠然と自分の将来、可能性に対しいつまでも……」
「あー、あー、あー。わかったよ。君って本当につまんない」
……こういう話はおもしろい回答を求められるのだろうか?
「君、夢はある? やりたいこととか」
「さあ……帰って寝たいかな」
「ねえ。よく最悪とか空気読めないとか言われない?」
「言われない」
「はぁ……」
彼女は大げさにため息を吐いた後、ゆっくりと微笑んだ。
「わたしね。夢があるの」
「そうなんだ」
「うん。とっても幸せだよ」
「よかったね」
相槌を打つのも面倒になってきたので適当に流したが、彼女は変わらずニコニコしたままだった。
「でね。夢って叶うかどうか、理想な自分を想像しているときが一番楽しいのかなーって思うの」
「……悲しいな」
「え、なんで?」
「夢が叶ったらどうせ理想の世界と違うのはわかっているんだろ。だからそうやって現実逃避していることを楽しんでいるんだろ」
「……」
「少しでも叶えたいと思うならその夢を叶える努力をすればいい。叶えるつもりがないなら妄想してニヤニヤ笑って、叶わないことを理解して大人になればいい」
「君さ、子どもだよね」
カチンときた。
「僕に夢なんてない」
「まだ見つけてないだけだよ」
「意味がわからない。夢がなかったら大人なんだろ」
「うん。でもね、夢をみない人なんていないの」
「自分の価値観がすべてあてはまると思わないほうがいい」
会話にならない。人の話をきかない彼女と彼女の話を理解できない僕。今日もずっと平行線のままだ。
「夢ってさ。なに色だと思う?」
ほら、こうやってまたなんの脈絡もなく話をする。
「黒」
「君ってそうやってわたしが嫌がりそうな色をわざわざ選ぶよね」
「夢なんて見てもほとんどの人がつかめない。後悔と、あとは誰かさんみたいに妄想して無駄な時間を過ごすだけの負の単語だと思う」
「わたしの夢はなに色になるかな?」
「……」
知るか、と言うとまたぐちぐち言われるので冷やかに彼女の言葉を待った。
「んー、今日は紺かな」
「紺? いやいや、それよりも今日ってなんだよ」
「だって君、今日は紺のTシャツつけてるでしょ?」
「なあ、意味がわからない」
「……そっか」
少しだけ悲しそうに、それでいて少しだけ嬉そうに微笑んだ。
「まだ子どもだね、お互い」
「だから夢がないのが大人って言いたいなら僕は大人だってば」
くすりと彼女は笑みを漏らし、
「君が大人ならわたしも大人になっちゃうの」
「なにその負けず嫌い」
「でもそう言ってくれるとまだ子どもでいわれるんだって安心するね」
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