四日目:過去
華琳SIDE
朝いつもの時間に起きてみたら家に人の気配がなかった。
一刀の部屋も開けてみたけど彼の姿はどこにも見当たらない。
一体どこに行ったのかしら。
結局自分で朝食を作って食べていたら
ピンポーン
「ん?」
玄関が鳴る音がした。
いつも彼がしている風に扉を開けると、そこにはチョイが立っていた。
「あ、ソウソウさん、おはようございます」
「ええ、おはよう、チョイ。一刀なら家に居ないわよ」
「知っています。これを渡すために来ました」
そう言いながらチョイが私に渡した封筒の中には固い円柱型の瓶が入っていた。
「これは、何かしら?」
「お薬です。以前社長と一緒に病院に行ったことがありますよね?その時医師より処方された薬です」
瓶を開けて中身をみると、白い丸薬みたいなのがたくさん入っていた。
封筒の中にはそんな瓶がまだ幾つか入っていた。
「朝、昼、夕、寝る前に一粒ずつだそうです。本来はこんなに一気にたくさん処方されるのは医薬法違反ですけどね。あ、一度飲むのを忘れたからと言って次使う時に二粒飲んだりしたら駄目ですよ」
「これを飲めばいいの?」
「はい、水と一緒に飲んでください」
「わざわざ持ってきてくれてありがとう」
「いいえ、これも社長に頼まれたものですから」
「取り敢えず中に入って頂戴。一刀がどこに居るかは判らないけれど、そのうち帰ってくるでしょう」
私はそう言ってチョイを中に入らせた。
丁度食事を終えた所だったので早速水と一緒にその白い薬を口に含んでそのまま喉に流した。
これを飲めば本当にもう頭痛かしなくなるのかしら。
私の世界の名医と呼ばれる者たちを使っても直せなかったのに。
「…と」
そういうことを考えていてふと後ろを向くとチョイが立っていた。
「どうしたの?」
「その…大変言い難い話なんですけど…」
チョイはなぜか話すことを躊躇していた。
「一刀のことなの?」
「は、はい…」
「彼は今どこに居るの?あなたは知っているんでしょう?」
「…社長は今理事会に出かけてます」
「理事会?」
チョイ君は理事会について説明した。
私が理解した限り、つまり理事会とは君主を含んだ重臣たちの集まり会だった。私の世界の朝議と違いがあるとすれば、重臣たちが主君に対して謀反ではなく、正式に解任させることが出来るということ。
実際に一ヶ月も姿を消した一刀を、理事会は解任させようとしたらしい。
でも解任すること自体は簡単でも、その後が問題になるわけで、一刀が経営していた会社を継いで経営できるほどの人材もなければ、なんとか形でも経営を続けるとしても、後で一刀が戻ってきたりしたら、彼が最大株主である以上、理事会にある理事たちも解任することが出来るとのこと。
「結局の所、その理事会というのも彼の手のひらの上ってわけね」
しかしややこしいわね。会社だの、株だの、理事会だのというのは…。
「それでどうすればいいのか揉めてたところ社長が帰ってきたってわけですよ」
「そして自ら職から降りると宣言したってわけね」
本当にそう簡単に自分が育てた会社を捨てられるものね。
この何の躊躇もなく自分の戻るべき場所を崩している様子を見て私は喜ぶべきなのかしら、それともその思考の捻れ方に恐れるべきなのかしら。
本当に周りのことを困らせることにだけは彼の右に出るものが居ないだろう。
どっちにしろ一度は自分が引き上げていた者たちをあっさり捨てるというのは君主の私としてはあまり関心できる場面ではなかった。
「じゃあ、その話が済めば帰ってくるのね」
「はい、大分時間がかかるだろうと思いますけど…」
「具体的には?」
「恐らく帰って来られるのは昼過ぎになるだろうと思います」
「随分かかるのね」
ふと以前桂花が酔いつぶれたせいで彼が代わりに朝議を進行した時のことを思い出した。
いつもの倍以上かかったその朝議の中でいったい何人が血を吐いて倒れたことか…ってこの話は今はどうでもいいわね。
「まぁ、良いわ。それまでにあなたが私の保護者役としてきてくれたというわけね?」
「保護者役ってそんな…お話の相手ぐらいにはなれますけど」
「お話といえば、あなた大丈夫なの?」
「はい?」
昨日はあんなに泣いていたのに、今日はなんともない顔でこうやって話していると妙な感じがしてならないわ。
「…昨日、自分の家で考えたんです。それで少しは社長の気持ちを理解できるかなぁって」
「一刀の気持ち?」
「社長にとって奥さまはほんとにこの世で一番大切な存在でしたからね。そんな大切な人を失ったのにこの世にもう居たくないという気持ちも理解できます。普通の人たちならそんな状況に陥ると極端的な方法とこの世に別れを告げたりします。社長の場合、少し形が違うだけかもしれません」
そう言ってチョイは私のまっすぐ見ながら言った。
「奥さまが亡くなられる前に、社長はタイムマシーンを作るって言っていました」
「……」
「ボクはそれが冗談だと思っていましたけど…ソウソウさんってこの時代の人じゃないんですよね」
「…ええ、そうよ」
知っている人から見ると明白なことなのかもしれない。
だって私はこの世界に来て何を見ても初めて見るものだから不思議そうに見回っていた。
この世界では当たり前のようなものでも私には奇天烈なものばかりだった。
そんな私の反応を見て私が一般的な人ではないことは簡単に考えられる。
だけど、それが彼が造っていたというタイムマシーンにつながり、それで私が他の世界の住民だという答えを出すというのは、例え頭の中ではそういう想像をしても当の人の前で口に出せるものではない。
チョイがこの真実を直視できるようになるまで一体どれだけ悩んだだろうか、それは彼自身以外には判らないことだった。
「彼の話だと、私はこの世界からおおよそ1800年前の人だそうよ」
「…そうですか」
「そこで私は天下を置いて争う覇者。そして彼はそんな私をいろんな形で助けてくれた。これからも私の理想のために彼の才能が必要なの」
「…その世界で社長は幸せだったのでしょうか」
「……」
幸せ…だっただろうか。
彼は自分が生きたいように生きた。
人の気持ちなんてものともせずに本当に自分勝手に生きて、そして死のうとした。そういう生き方は大切にしていた人を失った反動によるもの。その勝手な生き方の末に彼は自滅寸前まで行った。
だけど今からは違うだろう。私は彼が私のために生きていくことを願う。
彼が彼の妻…もとい義妹に注いだその愛が私に向くことを私は望んでいた。
「彼があなたを連れて行くって言ったら私も反対するつもりはなかったわ。何なら私から再度頼んでみようかしら」
「いいえ、社長が言った通り、社長は自分がここに居なくても代わりに自分の周りを守ってあげる人が必要だったんです。孤児院とか…そしてボクは社長が信用する唯一の人ですから」
「…その孤児院というのは彼にとってそんなに大事なものなの?他の人に任せられないぐらい?」
「社長が奥さまに出会った場所ですし、社長が自分の両親への愛を失って初めて心を委ねた場所でもあります。社長がこの世界でしてきたこと全てが奥さまと孤児院を守るためだったといってもいいくらいです」
「…行ってみたいわね。あそこへ」
「へ?」
「連れて行ってもらえないかしら。私をその孤児院という所に」
チョイは少し迷った。
恐らく社長が喜ばないだろうと言っていたけど私が行きたいと言ったら結局連れて行くだろうと言ったら私を連れて玄関を出た。
玄関を出ると道路の上に以前車を乗った時に見たまるで馬のように乗る乗り物が見えた。
道路の上でその乗り物私たちみたいな大きな車の間をすごい速度でくぐり抜けていっていた。
「あなたもこういうを乗るのね」
「ボクも昔は結構荒い乗り方する側だったんですよ。あ、これ被ってください」
そう言いながらチョイは頭を完全に隠せるような暑苦しそうなカブトのようなものを差し出した。
「何なの、これは」
「道路でバイクを乗る時はヘルメットを被らないといけないんですよ」
そう言ってチョイはそのへるめっとというものをかぶった。
私がもし普段のようなクルクルな髪型であればこんなものを被ってしまうと髪型が崩れそうだから絶対かぶらなかったけど、今はまっすぐ下ろした髪型だったので渋々しながらもそのそれを頭に被った。
「重っ…」
視野が狭くなって嫌な気分だった。
競馬場の馬につける眼帯を連想させた。
先にチョイが前に乗って馬の手綱に当たるような所を掴んだ。
「ボクの腰にしっかり捕まってください。馬の速さとはわけが違いますから」
以前車の時にその言葉を意味を経験済みな私は強くチョイの腰を締めた。
驚いたのは可愛らしい外見と違って体の肉は結構引き締まっていたところだった。
「行きますよ」
ブルルンといううるさい音を立てながら『ばいく』は出発した。
・・・
・・
・
市街地から大分離れた閑散とした場所に大きめの別荘があった。
灰色の景色に慣れて居た私はその緑陰が溢れる邸宅を見て、ふと小さい頃居た母親の邸宅を思い出した。
…久しぶりに思い出すわね。母親のことは…。
「ここが孤児院なの?」
「はい」
「思ったより良い所じゃない。彼の言い方からしてもっと劣悪な施設だろうと思ってたわ」
「元はこうじゃなかったそうですけど、社長が私財で周りの土地を買って建て直したみたいです」
「なるほどね…」
外と孤児院の区域を分けるための低い壁には子供たちが描いたらしく色んなものが描かれていた。
青空に蝶々が飛んでいるかと思えばその隣にはこの世界の高い建物さえも飛び越えそうな大きな化け物が他の化け物と戦ってる。統一感はなかったけど、それもまた一興だった。
「別に連絡を入れたわけではないので、多分院長が驚くだろうと思いますが、とにかく入りましょう」
「院長?」
「はい、社長にここを任されている人です」
てっきり彼自身が担当しているのかと思いきやまた任せられるような人が居るのだろうか。
チョイのように彼が信用して自分の大事な場所を任せられる者がこの世界に居るのかもしれない。
「また来たな、チビ怪人!」
私たちが入り口を通った時だった。
入り口から入って間もない場所に子供たちの遊び場らしき所があった。
そしてそこで遊んでいる子たちの中でもとても浮いたカッコをした女の子一人が鉄棒を組み立てた乗り物の上で私たちを見下ろしていた。
浮いているというのは、その子が目を隠すようなに変な蝶の紋様の仮面をしていたからだった。
「あー、チョイちゃんだ」
「チョイお兄ちゃん来たの?」
「ぷれぜんと、ぷれぜんとないの?」
他に遊んでいた子供たちも全部こちらを見向いた。
「正義の使者、華蝶仮面、ただいま参上!」
「何あれ、そんな所に立ってると危ないわよ」
「黙れ、チビ怪人二号!」
「にご…!誰がチビよ!」
「ふ、ふふっ…」
…チョイ?
「良くも見ぬいたな!華蝶仮面!入り口から堂々と入っていれば気づかないだろうと思っていたのに!」
「ちょ、チョイ?」
というか、華蝶仮面って何?
「ふん!おろかな。この子どもたちの遊び場を荒らす邪悪な行為はこの華蝶仮面が許さないぞ!とうっ!」
そう言ってその子は鉄棒の組立の一番高いところから跳んだ。
「ちょっ!」
危ないと思って手を上げてみたが無駄だった。
両足でドンと着地したその子は脚ばしびれるのかしばらく立てずに震えていたけど、直ぐに立ち直して私たちに向けておもちゃの剣を向けた。
「ククク、ボクの侵入を見ぬいたことは褒めてやろう、華蝶仮面!しかし今日のボクはひと味違うぞ!」
「な、なんだと!」
「見ろ!こちらは二人、そしてお前は一人だけだ!どちらが有利なのかは明らか!」
「ちょ、ちょっと、チョイ」
「合わせてください、ソウソウさん。ただの子供遊びですから」
仮面をかけた子供の前で豪華に話していたチョイは後ろの私に小声でそう呟いた。
「ふ、ふん、悪人が二人になった所で怯む華蝶仮面ではない!正義は必ず勝つ!たあぁっ!」
そう声を上げつつ子供はチョイに向かって駆けつけてきた。
「悪!即!斬!」
「うわぁああああああ!!!」
奇声を上げつつ、おもちゃの剣に腹を斬られたフリをしながらチョイは盛大に倒れた。
爆発効果みたいなのがないのが残念なぐらいだった。
「な、なんという力だ。二人がかりにしても勝てないとは…」
いや、私かかってないし。そもそもそんな恥ずかしいまね事に付き合うつもりなんて…。
「さあ、今度はお前の番だ。チビ怪人二号!」
「…チビチビうるさいわよ」
良いわ。そっちがその気ならこっちも付き合ってやろうじゃない。
全力でね。
「一号のように行くと思わない方が良いわ。アイツは私たち怪人の中でも最弱。あなたなんか私の武器で真っ二つにしてやろうじゃないの」
「!何もない所から武器が…!卑怯だぞ!」
「悪人が卑怯で何が悪いっていうのよ」
「ぐぬぬ…」
私は『絶』を構えながら倒れたチョイを後にし私の前におもちゃの剣を構える華蝶仮面と対面した。
「てやぁーーーっ!」
「はぁーっ!」
二人の得物が交差し、互いに背中を向けて着地した時、
ころんと華蝶仮面の剣身が地面に落ちる音がした。
「ふっ」
「そ、そんな…私の剣が…」
「私の勝ちよ」
「馬鹿な…正義が…負けるというのか」
私は近づくと折れた剣を持った彼女の目に涙が登ってくるのが見えた。
「ちょっとソウソウさん、勝っちゃってどうするのですか」
「え、勝っちゃ駄目だったの?」
歩いてる途中倒れていたチョイが小声でそう言った。
私も子供に聞こえないように返す。
「当たり前じゃないですか。そもそもその鎌どこから出したんですか。本物でしょう?間違って子供切られたらどうするのですか」
「私がそんなヘマするはずないでしょう」
にしてもどうするのよ。
流石にもう勝ってしまったものはどうしようもないわ。
そうだ、もしかしたら正義の味方の華蝶仮面が負けたのを見て他の子供たちが華蝶仮面にトドメを刺そうとする私を攻撃しようとするかもしれない。
それに合わせて私が倒れれば…
「ジェニーちゃん、負けちゃったね」
「アイツにはいい薬だろ。ご飯食べる時も寝る時もあの仮面かけたまま騒いでたし」
「大きくなったら黒歴史になるから早くやめさせた方がジェニーのためだと思う」
「お姉ちゃん、やっちゃえー」
あー、駄目だわ。
正義は死んだ。
というかジェニーという名前なのね。
「誰もあなたを助ける者は居ないようね」
「……くぅっ」
「トドメよ。さらばよ、華蝶仮面」
「…正義は…負けない」
「……」
「例え私が死んでも、必ず第二、第三の華蝶仮面が現れる」
多分、それは正義側とは関係ないと思うわ。
「お待ちなさーーーい!!」
私は諦めて子供にフリでもトドメを刺そうとしてる時だった
「誰よ!」
思わず本当に悪者みたいな声を出して声がした所を見るとそこには……
「お困りのようですねー、華蝶仮面一号」
「一号?」
「あ、あなたは…!」
滑り台の上から背の大きい女性がこれまた華蝶仮面の色違いの仮面をかけて立っていた。
「正義の使者、華蝶仮面二号、ただいま参上ー!」
「二号…ですって?」
これも二号があるの?
というかあの人…。
「院長先生、なにしてるの?」
「院長先生もアレやるの?」
「うわキツ」
子供たちに色々言われながらも両手にハサミとのりを持ったその華蝶仮面は滑り台を滑り降りて私たちの前に立った。
「ここからはこの華蝶仮面二号が相手になって差し上げましょーう」
まあ蝶々という名を名乗るに当たって、こちらの方がまだ似あっているのかもしれないという気持ちが微塵もないわけではないわ。でもどう見てもそういう子供遊びに付き合っている先生というよりは自ら楽しんでいるようにしか見えないこの人に対して私はこれまた遊びとして対応するべきなのか、それとも本気でぶち当たるべきなのか少し迷ってしまうわ。
「……いいわ。かかってきなさい。一号の片付けはあなたを先に片付けてからにして遅くないからね」
「二号、気をつけろ、このチビ怪人二号は強い!」
「だからそのチビというのをやめなさい!」
「隙ありー!」
私は華蝶仮面一号の声に反応している隙に華蝶仮面二号が走りだした。
しかし、
「きゃっ!」
「あ」
脚が滑ったのか(おかしいわ。滑りそうな地面ではなかったはずなのに)華蝶仮面二号は顔面から倒れてしまった。
そして動かなかった。
「……ちょっと?」
「ヘレナさーん?!」
「院長先生!」
「無理して歩いたりするから」
「だれか救急箱持ってきて―」
「あとくるまいすも」
一号がやられた時とは裏腹に迅速は対応を見せてくる子供たちを見て私は思ったわ。
この孤児院は何かがおかしい、と。
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7月終わりなんて最初から無理だなんて分かりきっていいたさ…
でも自分の心で納得できるものを皆にも見せたいじゃん?
つまりそういうことなんですよ。後編は0時頃に…
あ、今日誕生日です。祝ってやりましょう。