街が次第に染まり始めた。
赤。
朝まで大好きだった色。
校庭を走り回るユニホーム。
ボロボロのスパイクのライン。
サッカーボールを入れている、スポーツバッグ。
そして、りんご。
彼の周りは、赤い色に溢れていた。
部活が終わると、決まってりんごを丸かじりしている彼。
「好きなんだ」
そう言われているりんごがうらやましくなるくらい。
すごくおいしそうで。
すごく、うれしそうで。
そんな彼を見つめるのが好きだった。
だから、りんごをもっとおいしく食べてもらいたくて。
勇気を出して用意することにしたアップルパイ。
知りうる限りのお店を回って。
一番おいしそうなりんごを見繕って
一番きれいに焼けて
一番気に入った赤い箱に入れて
持って行ったのに。
食べてもらいたかったのに。
膝の上で、行き場をなくしている。
「りんごは、そのまま食べるのが好きなんだ」
返ってきた言葉はあっけなかった。
そういえば、アップルパイにしたらりんごは赤くなくなる、とか。
もともとおいしそうなりんごに砂糖を加える必要ない、とか。
反省もしてみるんだけど。
本当は、知ってた。
おいしそうな顔も
うれしそうな顔も
りんごを渡してるマネージャーのものだってこと。
キィ
ブランコが悲鳴を上げた。
ひどい。私が重い、ってこと?
そりゃ…
何度も練習で作ったアップルパイ、捨てるのがもったいなくてたくさん食べたけど。
悔しい。
もっと食べてやる。
中を見てもらうことすら叶わなかった箱をおもいきり開けて、口にかきこむ。
一切れ
二切れ
砂糖を入れたはずなのに。
こんなにすっぱいのはなぜだろう。
「それ、全部一人で食うのか?」
ふと、聞こえてきた声の方に目を向ける。
昔からの、なじみの顔。
「太るぞ」
「うるさい」
「腹、減ってるんだけど。くんない?」
「…いいけど」
差し出した箱からつまんだアップルパイを、さっそくほおばる顔を見つめる。
「おいしい?」
「前に食わされたものよりは。まぁ、腹減ってるってのも、ある」
「素直においしいって返してよ」
「…俺のために作ってくれたものだったら、素直にそう言うんだけどな」
目を逸らした彼。
頬が赤いのは、きっと、夕焼けのせいだけじゃない。
そういえば
何度も何度も作り直したアップルパイ。
最初に作った黒焦げのものまで文句いいながら食べてくれたお人よしだっけ。
少しかかりそうだけど。
「そのうち、りんご買ってきてあげるよ」
「俺には手抜きかよ」
「あんたのためだったらいいんでしょ?」
くそぉと顔をしかめる彼がおもしろくて。
つい、口がゆるんでくる。
空は余計に赤みを増した。
明日、赤い目にならなくて済みそうなのも、赤い夕陽を嫌いにならずに済みそうなのも、他でもない、君のおかげだから。
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恋のショートストーリーです。