第一四話 第四世代型IS 紅椿
合宿二日目。今日は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているので大変みたいだ。
「漸く全員集まったか。――おい、遅刻者」
「は、はいっ」
織斑先生に呼ばれて身を竦ませたのは、意外にラウラであり集合時間に五分遅れてやってきた。
「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」
「は、はい。ISのコアはそれぞれ――」
ラウラの説明を聞き流しながら別のことを考える。一夏達に見せてないのは可変機構を持つキュリオスだけだ。……これから見せるけど。
「流石に優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう」
そう言われて、息を吐くラウラ。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
はーい、と一同が返事をする。一学年全員が並んでいるので、いつもより声が大きく聞こえる。
エクシアとデュナメス専用のGNアームズがあったな。でも、小回りが利かないから今回は見送って、TRANS-AMが何時まで発動するのか試してみたいがGN粒子の再充填に時間が掛かるのだった。取り敢えず、ものは試しでやってみよう。
(起動、GUNDAM。モード……キュリオス)
キュリオスを展開したらすぐにTRANS-AMを起動、そのまま待機する。
「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
打鉄用の装備を運んでいた箒は、織斑先生に呼ばれてそちらへと向かう。
「お前には今日から専用――」
「ちーちゃ~~~~~~~ん!!!」
砂煙を上げながら人影が走ってくる。
「……束」
関係者以外立ち入り禁止なのにウサミミに青と白のワンピースを纏った束と言う人が乱入してきた。
「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ」
飛びかかってきた束さんを織斑先生が片手で顔面を掴んだ。しかも、指が食い込んでいる。
「五月蝿いぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」
そう言って束さんは拘束から抜け出し、箒の方を向いた。
「やあ!」
「……どうも」
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年振りかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」
がんっ!
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ……。し、しかも木刀で叩いた! 酷い! 箒ちゃん酷い!」
頭を押さえながら涙目になって訴える束さん。……箒はどこから木刀を出したのだろう。
「え、えっと、この合宿では関係者以外――」
「んん? 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいて他にはいないよ」
「えっ、あっ、はいっ、そ、そうですね……」
山田先生が見事に轟沈した。
「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」
「えー、めんどくさいなぁ私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」
そう言ってくるりと回る。この人がISの開発者にして天才科学者の篠ノ之束なのか。
「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」
「こいつは酷いなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」
「五月蝿い、黙れ」
旧知の間柄である二人のやりとりに、箒が割り込んだ。
「それで、頼んでおいたものは……?」
やや躊躇いがちに箒が尋ねる。それを聞いて束さんの目が光った。
「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」
びしっと直上を指さす束さん。その言葉に従ってその場にいる人も空を見上げる。
ズズーンッ!
「のわっ!?」
いきなり激しい衝撃を伴って、金属の塊が砂浜に落下してきた。
金属の塊が落下したらTRANS-AMが切れた。持続時間は約十分で、ビームの消費量で持続時間が短くなりそうだ。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを殆ど上回る束さんお手製ISだよ!」
銀色の塊の壁が倒れて、中から真紅の装甲に身を包んだ機体が現れた。
「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」
「……それでは、頼みます」
「堅いよ~。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチーな呼び方で――」
「早く、始めましょう」
箒は束さんの言葉を取り合わずに行動を促す。
「ん~。まあ、そうだね。じゃあ始めようか」
束さんがリモコンのボタンを押すと紅椿の装甲が割れ、操縦者を受け入れる状態に移った。
「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」
コンソールを開いて指を滑らせる束さん。さらに空中投影のディスプレイを六枚程呼び出すと、膨大なデータに目配りと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていった。
「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むを思うよ。あとは自動支援装備も付けておいたからね! お姉ちゃんが!」
「それは、どうも」
相変わらず箒の態度は素っ気ない。
「ん~、ふ、ふ、ふふ~♪ 箒ちゃん、また剣の腕前が上がったねえ。筋肉の付き方を見ればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」
「………………」
「えへへ、無視されちゃった。――はい、フィッティング終了~。超速いね。流石私」
無駄話をしながらも束さんの手は休むことなく動き続けている。
そしてそれもすぐに終わって、束さんは並んだディスプレイを閉じていく。
「あとは自動処理に任せておけばパードナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」
「え、あ。はい」
全部のディスプレイとキーボードを片付けて、束さが一夏の方を向く。
一夏は右腕のガントレットに左手を添えると、強い光を放って身に纏う。
「データ見せてね~。うりゃ」
言うなり、白式の装甲に束さんがコードを刺した。すると、さっきと同じようにディスプレイが空中へと浮かび上がる。
「ん~……不思議なフラグメントマップを構築してるね。なんだろ? 見たことないパターン。いっくんが男の子だからかな?」
フラグメントマップとは、各ISがパーソナライズにより独自に発展していく道筋のことであり、人間で言う遺伝子に該当する。
「束さん、そのことなんだけど、どうして男の俺がISを使えるんですか?」
「ん? ん~……どうしてだろうね。私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで分解すればわかる気がするんだけど、していい?」
「いい訳ないでしょ……」
「にゃはは、そう言うと思ったよん。んー、まあ、わかんないならわかんないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういうこともあるよ。あっはっはっ」
「因みに、後付装備が出来ないのはなんでですか?」
「そりゃ、私がそう設定したからだよん」
「え……ええっ!? 白式って束さんが作ったんですか!?」
「うん、そーだよ。っていっても欠陥機としてポイされてたのを貰って動くように弄っただけだけどねー。でもそのおかげで第一形態から単一仕様能力が使えるでしょ? 超便利、やったぜブイ。でねー、なんかねー、元々そういう機体らしいよ? 日本が開発してたのは」
「馬鹿たれ。機密事項をべらべらバラすな」
べしん! と手加減なしの打撃が束さんの頭にヒットした。勿論、手を出したのは織斑先生だった。
「いたた。は~、ちーちゃんの愛情表現は今も昔も過激だね」
「やかましい」
更にもう一発追加された。
「こっちはまだ終わらないのですか?」
「んー、もう終わるよー。はい三分経った~。あ、今の時間でカップラーメンが出来たね、惜しい」
別に惜しくないと思うが……。
「んじゃ、試運転もかねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」
「ええ。それでは試してみます」
音を立てて連結されたケーブル類が外れていく。箒が意識を集中させると、次の瞬間に紅椿はもの凄い速度で飛翔した。
その急加速の余波で発生した衝撃波に砂が舞い上がる。
「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
「え、ええ、、まぁ……」
「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータ送るよん」
そう言って束さんは空中に指を躍らせる。
紅椿の試運転を見ながらすぐに対策を考える。技量次第で有利にも不利にもなるから要注意だな。
「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生っ!」
いきなりの山田先生の声に、織斑先生は向き直る。
「どうした?」
「こ、こっ、これをっ!」
渡された小型端末の、その画面を見て織斑先生の表情が曇る。
「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼動をしていた――」
「しっ。機密事項を口にするな。生徒達に聞こえる」
「す、すみませんっ……」
「専用機持ちは?」
「ひ、一人欠席していますが、それ以外は」
なにやら、織斑先生と山田先生は小さな声でやりとりをしている。
「そ、そ、それでは、私は他の先生達にも連絡してきますのでっ」
「了解した。――全員、注目!」
山田先生が走り去った後、織斑先生は手を叩いて生徒全員を振り向かせる。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」
「え……?」
「ちゅ、中止? なんで? 特殊任務行動って……」
「状況が全然解んないだけど……」
不測の事態に、女子一同はざわざわと騒がしくなるが、織斑先生が一喝した。
「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外に出た者は我々で身柄を拘束する! いいな!」
『はっ、はいっ!』
全員が慌てて動き始める。
「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、山下、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰! ――それと、篠ノ之も来い!」
「はい!」
妙に気合の入った返事をしたのは、一夏の隣に降りてきた箒だった。
しかし、俺はそんな箒に不安を感じていた。
「では、現状を説明する」
旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺たち専用機持ち全員とエンジェロイドの三人、教師陣が集められた。
照明を落とした薄暗い室内に、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『
一夏が理解出来ずに周囲を見ていた。
「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」
織斑先生が淡々と続ける。
「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
俺達で止めろということか。
「それでは作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」
早速、セシリアが手を挙げた。
「はい。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。但し、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視が付けられる」
「了解しました」
代表候補生の面々と教師陣は開示されたデータを元に相談を始める。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」
「この特殊武装が曲者って感じがするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持ってるスキルも判らん。偵察は行えないのですか?」
攻撃と機動が特化した機体か。思ってたよりも厄介そうだ。
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速二四五〇キロを超えるとある。アプローチは一回が限界だろう」
「いえ、イカロスとアストレアなら可能です」
「どういうことだ?」
織斑先生が俺に尋ねる。
「イカロスの最高速度は約三〇〇〇〇キロ、アストレアはエンジェロイドの中で最速の翼があるのでこの任務には適任かと」
その場に居た俺とエンジェロイド以外の全員が驚愕した。
「じ、時速三〇〇〇〇キロって……」
「なんていうか……」
「デタラメというか桁違いというか……」
まぁそうだろうけど。本気で戦ったら、俺でも勝てない。
「だが、それぞれ欠点がある。アストレアは中~遠距離、イカロスは近距離に対応する武器がない。確実に決めるなら、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかない」
俺の言葉に、全員が一夏を見る。
「え……?」
「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」
「それしかありませんわねただ、問題は――」
「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」
「しかも、目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」
『当然』
四人の声が重なった。
「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」
「やります。俺が、やってみます」
「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています」
「俺のキュリオスなら。可変後にワンオフを使用すれば、恐らくISの中でトップクラスかと」
「オルコット、山下、超音速下での尖塔訓練時間は?」
「二〇時間です」
「俺は一〇時間です」
「ふむ……。それならば――」
「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」
いきなり底抜けに明るい声が遮り、その発生源は天井からだった。全員が見上げると、部屋のど真ん中の天井から束さんの首が逆さに生えていた。
「……山田先生、室外への強制退去を」
「えっ!? は、はいっ。あの、篠ノ之博士、取り敢えず降りてきてください……」
「とうっ★」
空中で一回転して着地した。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」
「……出て行け」
「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよっ!」
「なに?」
「紅椿のスペックデータ見てみて! パッケージなんかなくても超高速機動が出来るんだよ!」
束さんの言葉に応えるように数枚のディスプレイが織斑先生を囲むようにして現れる。
「紅椿の展開装甲を調節して、ほいほいほいっと。ホラ! これでスピードはばっちり!」
展開装甲ってもしかして一夏の雪片と同じものか?
「展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」
第四だと!?
「ここで心優しい束さんの解説開始~。まず、第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が、『後付武装による多様化』――これが第二世代。そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。……で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論のもの」
確か、各国がやっと第三世代型の試験機が出来た段階だったはず。
「具体的には白式の《雪片弐型》に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~」
『え!?』
この言葉に、一夏以外の専用機持ちも驚いた。
「それで、上手くいったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼動時にはスペックデータは更に倍プッシュだ★」
「ちょっ、ちょっと、ちょっと待ってください。え? 全身? 全身が、雪片弐型と同じ? それって……」
「うん、無茶苦茶強いね。そこの君が持っている粒子を放出するISと同じくらい強いね」
俺と織斑先生とイカロス以外の全員がぽかんとしている。
「因みに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね。にゃはは、私が早くも作っちゃったよ。ぶぃぶぃ」
場の一同は静まりかえって言葉もない。
「はにゃ? あれ? 何で皆お通夜みたいな顔してるの? 誰が死んだ? 変なの」
変なの、どころの話ではない。各国が資金、時間、人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代型ISの開発が無意味になるのだから。
「――束、言ったはずだぞ。やり過ぎるな、と」
「そうだっけ? えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」
織斑先生に言われて漸く、束さんは俺達が黙り込んでいる理由を理解したようだった。
「話を戻すぞ。……束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」
「お、織斑先生!?」
驚いた声をあげたのはセシリアだった。
「わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」
「そのパッケージは量子変換してあるのか?」
「そ、それは……まだですが……」
痛いところを突かれたのか、勢いを失って小声になってしまうセシリア。
「山下、お前はどうなんだ?」
「俺はパッケージを必要としませんので」
実際にパッケージを入れるだけの空きはないし、受け付けない。
「因みに紅椿の調整時間は七分あれば余裕だね★」
「よし。では本作戦では織斑・山下・篠ノ之による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三〇分後。各員、直ちに準備にかかれ」
ぱん、と織斑先生が手を叩く。それを川切りに教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始めた。
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第14話