No.600551

リリカル幽汽 -響き渡りし亡者の汽笛-

竜神丸さん

第0話

2013-07-22 23:44:58 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1972   閲覧ユーザー数:1937

 

それは、何気ない会話から語られる物語だった…

 

 

 

 

「ねぇ知ってる? 最近噂になってるあの話」

 

「あぁ、私知ってるよ。聞こえる筈のない場所に、時々列車の汽笛が聞こえてくるって奴でしょ?」

 

「その機関車ね、何か目撃者がいるんだって」

 

「本当に? 何かの見間違いなんじゃないのそれ」

 

「それがさ、結構マジな話らしいよ。目撃者も複数いるらしくてね。遥か遠くに、黒い列車が汽笛鳴らして走ってるのが見えたんだって」

 

「えぇ~ガセじゃないの? その話」

 

「ホントホント、今もその列車を写真に撮ろうとしてる人いっぱいいるしさ」

 

「へぇ~」

 

 

 

女子高生達の口から語られている、謎の黒い列車。

 

 

あくまで信憑性の低い噂話であり、世間でこれを信じてる人はあまり多くない。馬鹿馬鹿しいと、話を聞く気の無い人もいるだろう。

 

 

しかし、もしもだ。

 

 

この黒い列車が実在していたとしたら…

 

 

あなたは、それを信じますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう……かったるいな、畜生」

 

夜の街。

 

街灯以外に明かりなどほとんど無い道を、一人の眼鏡をかけたサラリーマンが歩いていた。

 

「課長め、今まで以上に仕事増やして俺をこき使いやがって……家に帰って酒でも飲まなきゃ、やってられねぇよ」

 

上司への不満を零しながらも、ハンカチで額の汗を拭いて家までの帰路を歩き続ける。

 

その時…

 

-ポォォォ…-

 

「…あ?」

 

小さく聞こえてきた、列車の汽笛。それを聞いたサラリーマンはその場に立ち止まる。

 

何故に汽笛が?

 

ここは街中なのだ、列車が通れるような線路なんてありはしない。だから列車の汽笛など、自分の耳に聞こえてくる筈が無いのだ。

 

-ポォォォォォ…-

 

「何だ、どういう事だ…?」

 

少しずつ大きくなる汽笛に、サラリーマンは疑問を感じずにはいられない。

 

「ん、何……ッ!?」

 

サラリーマンの周りに、小さな青い人魂がいくつも現れ始めた。これを見たサラリーマンは驚くと同時に、突然の寒気に襲われる。

 

「な、何だよこれ…ッ!?」

 

-ポォォォォォォ…-

 

-シュッシュッシュッシュッ…-

 

寒気を抑えられないサラリーマンだったが、彼の耳に汽笛だけでなく、何やら車輪の回る音も一緒に聞こえてきた。

 

彼は自分の後ろを恐る恐る振り向いて……その表情が凍りついた。

 

何故なら…

 

-ポォォォォォォォォォォォッ!!-

 

 

 

 

髑髏の形状をした蒸気機関車が、こちらに向かって迫って来ていたのだから。

 

 

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

サラリーマンは悲鳴を上げ、その場に頭を抑えてしゃがみ込む。

 

蒸気機関車はそのまま彼に向かって走り続け…

 

 

「…へ?」

 

 

彼を“すり抜けた”。撥ねられると思っていたサラリーマンは思わず間抜けな声が出る。蒸気機関車はそのまま走り抜けて行き、次第に何処かへ消えてしまった。

 

「な、何だよ、驚かせやがって…」

 

 

 

 

 

「悪かったな、驚き足りないみたいで」

 

 

 

 

 

「!? ひぃっ!?」

 

サラリーマンが低い声のする方を振り向くと、そこには二人の“異形”が立っていた。サラリーマンは表情が恐怖で歪む。

 

「何だよ、間抜けそうな顔しやがって」

 

「へっへっへ…」

 

二人の異形は不気味に笑う。

 

片方は、二本の触覚が伸びた黒い頭部が特徴の、何処か“影”のような存在。もう片方は、黄緑色の頭部と、身体の上半身にある渦模様が特徴の“幻影”らしき存在。共通しているのは、どちらも体色が黒と黄緑で統一されているという事くらいだろう。

 

「見た感じだと、やっぱ俺達の事は知らないみたいだな」

 

「当たり前だ。俺達みたいな“イマジン”が、こんな小っちゃな世界で知られてる訳が無い」

 

イマジン。彼等は自分達の事を、確かにそう呼んだ。しかしそれは、今のサラリーマンにとってはどうでも良い事だった。

 

サラリーマンにとって大事なのは……彼等が自分達に、危害を加える存在であるかどうかだ。

 

「な、何だよ……一体何なんだよお前等!?」

 

「あぁ? 俺達が一体何かだって?」

 

「良いか、俺達はな……いや、別に教える必要も無ぇな。何せ」

 

「ひぃ!?」

 

影の雰囲気を持つ異形―――シャドウイマジンは両刃の鎌を取り出し、サラリーマンの首に向ける。

 

「どうせ死ぬんだからな。お前はここで」

 

「ひぃ!? ま、待ってくれ…!?」

 

サラリーマンは足が震えつつも、何とか後ろに後ずさろうとする。

 

「本当に何なんだよ!? 何で俺が、殺されなくちゃなんないんだよ!?」

 

 

 

 

 

「お前が、死ななきゃならない存在だからだよ」

 

 

 

 

 

後ずさっていたサラリーマンの後ろから、更にもう一人の異形が現れる。

 

頭に被っている黒いボロボロの布、二体と同じく黒と黄緑で統一された体色。右手には、骨のような鍔のついた長い剣。その異形の雰囲気は、まるで“幽霊”その物だった。

 

「石上雄平…だったか。お前を見つけ出すのは、随分と苦労した」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

いつの間にか真後ろにいた幽霊のような異形―――ゴーストイマジンの姿を見て、サラリーマンはとうとう腰を抜かしてしまう。

 

「結構な間抜け面だな……少しぐらい、恐怖に耐えてみたらどうなんだ?」

 

「無理な話だな。こいつ等人間にとって俺達は、三人共化け物なんだからよぉ?」

 

「…んな分かり切った事、いちいち聞かせんな」

 

からかってくるシャドウに対して、ゴーストはチッと舌打ちする。そしてサラリーマンの方へと向き直り、彼の首元に剣先を向ける。

 

「ま、待ってくれ、お願いだ…!!」

 

「残念だが、そいつは無理な注文だな」

 

「い、嫌だ……死にたくない、死にたくない…!!」

 

「そりゃ誰だって、死にたくはないだろうな。俺だって死にたくない。だが、そんな事をいちいち聞いてやれるほど…」

 

ゴーストは剣を大きく振り上げる。

 

「俺はお人好しじゃねぇんだよ」

 

「ひぃ…いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

 

数秒後、サラリーマンの悲鳴は途中で途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、とある砂漠…

 

その砂漠上の線路で停車している、髑髏の蒸気機関車。

 

-♪~~♪♪~♪~…-

 

薄暗い列車の中、一人の青年が席に座っていた。

 

-♪~♪~~♪~♪♪~…-

 

男にも女にも見えるような中性的な容姿をした、黒髪の若い青年。身に纏っている黒装束には、髑髏のアクセサリーも飾られている。彼は今、目を閉じた状態で口元に草笛を当て、綺麗な音色を奏でているところだった。その音色は、何処か悲しみのような何かも感じさせる。

 

-♪~…-

 

「……」

 

草笛の音色が止み、青年は閉じていた目をゆっくり開く。

 

「…上手く、やってくれましたか」

 

青年は草笛をしまい、懐から一冊の小さな古い本を取り出す。ページをパラパラと捲り、目的のページに到達する。

 

「…確か、この男でしたかね」

 

ページに記されているのは、“この世界”で生きる人間達の名前。その中には、あのサラリーマンの名前も記されていた。

 

「石上雄平……その魂、永遠の輪廻へと還りなさい」

 

青年がサラリーマン―――石上雄平《いしがみゆうへい》の名前を指でなぞる。すると名前の文字だけがページから空中へと浮かび上がり、青い炎と共にボンッと一瞬で消滅する。

 

「…ふむ」

 

青年は一息ついてから本をパタンと閉じ、懐にしまう。そして草笛を取り出し、再びさっきの音色を奏でようと―――

 

 

 

「お~い、帰ったぞ~」

 

「あ~あ……疲れた、疲れた」

 

「いや、お前は何もしてねぇだろうが」

 

 

 

―――したところで、あの三人のイマジンが列車へと戻って来た。青年は草笛をしまい、にこやかな表情で彼等を出迎える。

 

「無事、終わったようですね」

 

「俺が仕留めたので、ちょうど100人目ってとこだ」

 

ゴーストはサラリーマンがかけていた眼鏡を足下に落とし、足でそのままグシャリと踏み砕く。足をどけると、その場には踏み砕かれた眼鏡の残骸だけが残る。

 

「ハッキリ言って、この世界じゃ得なんか何もありゃしない。見つけたターゲットはどいつもこいつも雑魚ばっかりだし、もっと手応えのある仕事は無いのか」

 

「おいおい……俺達だってなぁ、いつも殺すターゲット見つけるのに苦労してんだぞ? 俺達の苦労を無に返すような事を言うんじゃねぇよ」

 

「そうだそうだ。第一お前は仕事って言ってるけどよ、要はただ暴れたいだけじゃねぇか。何処のチンピラだよお前は」

 

「うるせぇから黙ってろテメェ等は!!」

 

愚痴を零すシャドウとファントムを、ゴーストが怒鳴って黙らせる。

 

「たく……なぁおい!! 次こそはもうちょい、マシな奴がいる世界なんだろうなぁ!!」

 

ゴーストが青年に問いかけるが、青年は目を閉じたまま何も話さない。

 

「おい!! どうなんだよ―――」

 

 

 

 

 

「静かに」

 

 

 

 

 

「―――ッ!!?」

 

口元で、人差し指を立てる仕種。その青年の動作を見た瞬間、ゴーストは何も喋らなくなった。いや、喋れなかったのだ。

 

 

 

その動作をした時、青年の目がとてつもなく冷たかったのだから。

 

 

 

「私達が、今までやって来た世界……今、私達がいる世界……この次に、私達が向かうべき世界…」

 

青年が淡々と話す。

 

「今までそれ等を決めてきたのは、このシアンでも、あなた達でもない……それはアナタ達だってお分かりでしょう?」

 

「「「……」」」

 

その言葉に、ゴーストだけでなくシャドウとファントムも何も言えなくなる。

 

「私達の次の行き先……それを決めるのは」

 

-ポォォォォォォォォォォォォォッ!!-

 

「この、幽霊列車なのですから」

 

 

 

 

青年―――シアンがそう告げると同時に、再び動き始める幽霊列車。

 

髑髏の目が一瞬だけ青白く光り、煙突からは煙が噴き出す。

 

そして列車は次の目的地となる世界へ向かうべく、線路の上を進んでいくのだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある世界。

 

「マス、ター…」

 

一人の“存在”が、その世界へ流れ着いていた。

 

 

 

 
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