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はたらくちーちゃん やすむちーちゃん

はたらく魔王さま! 描いてる途中でしばらく放置していたらアニメが終わってた記念

2013-07-16 12:13:31 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1818   閲覧ユーザー数:1792

はたらくちーちゃん やすむちーちゃん

 

1.ちーちゃん自己紹介

 

「ちーちゃん。レジの方ひと段落したら店内の掃除に回ってくれないかな」

「はいっ、真奥さん♪」

 

 みなさん、こんにちは。

 佐々木千穂です。都立笹幡北高校に通う、渋谷区幡ヶ谷在住の16歳の高校2年生です。

 そんな私は今、マグロナルド幡ヶ谷店でアルバイトをしている勤労少女でもあります。

 

 私がバイトを始めた一番の理由は社会勉強のためです。働くとはどういうことなのか大学に進学する前に実体験を通じて知ってみたかったからです。

 二番目の理由として、弓道部の部活動で使う道具を購入する費用を稼ぎたいと思ったことがあります。

 弓道に使う道具はかなり高価です。弓は勿論、矢や胴着、弓懸、胸当て、その他の消耗品もかなり値段が張ります。

 特に矢の場合は木枠や地面に当たったり、自分や他の人の矢が当たったりすると簡単に曲がったり折れたりします。

 意外と壊れ易い矢ですが、その価格は最も安いアルミ製のものでも6本セットで1万3千円以上します。そんな高価な道具を親の経済力に頼って買うのは申し訳ないです。

 というわけで、私は後学のための社会勉強と部活動の道具を揃えるという実益のためにアルバイトを始めたのでした。

 

 

「お母さん、アルバイトってどんな業種にしたらいいと思う?」

「特技を生かせれば一番いいのだろうけど……エッチなのは絶対に駄目だからね」

「何で胸を見て言うのよ、もぉっ!」

 

 マグロナルド幡ヶ谷店をアルバイト先に決めたのには幾つか理由がありました。

 一番大きな理由は両親が納得してくれる職場だったからです。家からほど近く、バイトシフトもほどほどにできて、専門スキルを必要とせずアルバイト初心者でも働ける。

 給金の額ではなく、学業との両立ができて門限を守れる職場を優先した結果でした。

 だから私にとってこの職場は強い希望を持って選んだものではありませんでした。

 

 でも私はこのマグロナルド幡ヶ谷店で……運命の王子さまに出会ってしまったのです。

 私の運命の王子さまにっ! 王子さまにぃ~~っ!!

 

「ちーちゃん。そんなに鼻息を荒くしてどうしたんだ? もしかして体調が悪いのか?」

 私の運命の王子さま、真奥貞夫さんがレジに立つ私の顔を覗き込んできました。

「いっ、いえっ! このお店の売り上げをどうすればもっと伸ばせるのか考えていただけですから全然まったくもって大丈夫ですっ!」

 私は咄嗟に嘘を吐いてしまいました。真奥さんに変な子、仕事中にふざけている子と思われたくなかったので。

「そうかそうか。ちーちゃんも新しくオープンしたセンタッキーに勝つための戦略を考えてくれているんだな。時間帯責任者として俺も嬉しいぞ」

 表情を崩して喜んでくれる真奥さん。

「ええ。あんな非常識なちびっ子天使店長がいるお店には負けられません」

 少し良心が痛みましたが、真奥さんにポイントを稼げたことがとても嬉しいです。

「そうだ。俺がこの店の時間帯責任者になった以上、如何なる難敵も排してこの地区の最高の売り上げを達成してみせる。そして、俺はいずれマグロナルドを通じて世界を征してみせる! ふっはっはっはっはっは」

 お客さんがいないからか楽しそうに笑ってみせる真奥さん。

 真奥さんは真面目で手先も器用で経営戦略眼も持ったとても有能なアルバイターです。ここで働き始めてまだ1年も経たないのに、既にA級クルーで時間帯責任者。店長からの信頼も厚いです。いずれは正社員、店長への昇格も十分にあり得ると思います。

 でも、そんな真奥さんには一つだけ普通の人間とは違う点がありました。それは、真奥さんの正体が人間ではなく、他の世界の魔王さまであるということです。

 そう。真奥さんはエンテ・イスラ征服を目論見、戦いに敗れてこの日本に落ち延びてきた正真正銘の魔王さんだったのです。

 私はそんな異世界を恐怖に陥れた真奥さんに恋しています。

 私の初めての恋。

 この恋が実るように……一生懸命頑張ります♪

 

 

2.ちーちゃんとライバルその1

 

「まっ、真奥さん」

 アルバイト中は私語厳禁が当たり前。でも、そんな当たり前を守っていたら私の恋はいつまでも成就しないんです。いつまでもバイトの後輩のままなんです!

 だからっ、だからっ、だからっ!

 お仕事に支障が出ない程度にアピールを続けることが大切なんです!

「どうした、ちーちゃん?」

 隣でレジに立つ真奥さんが首を傾げました。

「あっ、えっと……」

 とりあえず話しかけてはみたものの、話す内容を決めていませんでした。

 仕事中に話しかけて不自然じゃなく、なおかつ私の好感度を上げられそうな話題って一体何でしょうか?

 そもそもそんな都合が良い話題が存在するのでしょうか?

 ど、どうしましょう?

 

「あの、だから、その……ゆっ、遊佐さん。そう遊佐さんなんですっ!」

 私は真奥さんにとってエンテ・イスラでの宿敵であった勇者遊佐さんの名前を咄嗟に出しました。

「遊佐がどうかしたのか?」

 真奥さんの表情が渋くなりました。

「えっと、あの、その、最近遊佐さんはあんまりお店を見張りに来ないなあって思いまして」

「あいつも仕事が忙しいんだろ。一応社会人なんだし」

 真奥さんはサラッと答えました。

「でも、以前は毎日のように道路を挟んだ向かい側……今のセンタッキーの前から覗いていましたからねえ。いなくなっちゃうとそれはそれで違和感が」

「毎日見張らなくてもいいってことだろ」

「なんかそれって……お互いが深い所で理解し合っているから日常的な干渉は要らないみたいな信頼の絆みたいなものを感じますぅ」

 なんかちょっと面白くありません。頬がプクッと膨れてしまいます。

 魔王と勇者。恋に落ちるなんて絶対にあり得ない敵同士。

 でも、真奥さんと遊佐さんはとても息がピッタリで……2人を見ていると時々息が苦しくなります。

 遊佐さんは真奥さんに異性として興味がないことを何度も明言しています。その口調からは本当に興味がないのだと思います。

 でも、それはあくまでも今現在がそうだというだけで将来どうなるかは分かりません。もし、遊佐さんが真奥さんを本気で好きになってしまったら……。

 

『さあ、魔王。力を取り戻して強くなった私に殺されたくなかったら、私と付き合いなさい。ちなみに断ったら速攻でぶった斬るから』

『クッ! 俺はFカップ未満の女とは付き合いたくないんだが、命が掛かっているんじゃ仕方ない。マグロナルドの部下たち、特にちーちゃんを路頭に迷わせる訳にはいかないからな。付き合うぜ』

『それじゃあ、私の胸が巨乳の証Bカップになるように手伝ってもらうわよ。私のベッドでねっ!』

『Bカップだと? そんなのは不可能だ。俺は一生囚われの身になるって言うのか。済まない……ちーちゃんっ!』

 

 きっとこんな展開が待っているんです。

 だからやっぱり1日も早くもっと真奥さんと親しくならないといけないんですっ! 

 真奥さんと遊佐さんが恋人同士になってしまわないためにも!

「はぁ~。どうしてどいつもコイツも俺と遊佐を共闘関係にしたがるのかねぇ。魔王と勇者だぞ。俺は遊佐に殺されかけて日本に逃げてきたんだぞ」

 真奥さんは私の言い分が事実無根だとばかりに首を左右に振ります。真奥さんも今はまだ遊佐さんに特別な感情はないのかも知れません。

 でも、真奥さんは優しい人だから……遊佐さんが本気になったら彼女を受け入れてしまうかも知れません。異世界から来た者同士、親近感が沸き易いのも事実でしょうから。

「大体俺は、ストーカー被害から解放されたおかげで仕事に集中できていいこと尽くめだっての。おかげで売り上げ20%アップの計画を練られる」

「…………今はそういうことにしておいてあげます」

 遊佐さんは潜在的なナンバー1のライバルです。

「でも私は……遊佐さんにも負けませんから♪」

 心の中で遊佐さんの顔を思い浮かべながら異世界を救った勇者に宣戦布告を唱えたのでした。

 

「真奥さんはどんなに脅されても、胸の小さな人と付き合っちゃ駄目ですからね。成果が出なくて一生監禁されちゃいますから」

「何の話だ、それ?」

 

 

 

3.ちーちゃんとライバルその2

 

「貞夫殿。れじの前におられたか。丁度いい。ちょっと尋ねたいことがあってな」

 お店に黒い着物姿のサイドポニーテールの少女がやってきて真奥さんに声を掛けました。

「おう、鎌月か。ここまで来るなんて一体どうしたんだ?」

 真奥さんは気さくに声を掛けました。

「む、むむむっ。むむむむむっ!」

 一方で私は少女、鎌月鈴乃さんに警戒感を露にします。

 彼女こそが真奥さんの隣の部屋に越してきた、私にとっての新たな恋のライバル2号さんだからですっ!

「千穂殿も一緒か。2人して額に汗しながら奉公する姿は実に尊いぞ」

 ウンウンと頷いてみせる鈴乃さん。

「ならお前も働けば良いだろう」

「あいにく当座の資金繰りには別に困っていないからな」

「畜生、このプチブルジョワめ」

「むっ。つまらぬことを言うともう差し入れするのを止めるぞ」

「ひっ、卑怯なっ! こっちは家の中にニートが増えて財政が火の車だってのに」

 ちょっと時代掛かった感性を持つちょっとずれた人ですが、この人も油断はなりません。

 何故なら鈴乃さんは、真奥さんに二段重ねでハートマーク付きのお弁当を差し入れしたことがある前科者だからです。

 あんな手の込んだお弁当を何の二心もなく渡すなんて不可能です。少なくとも私にはできません。

 

『お弁当付きハートマークの手作りっ! 女の子が二段重ねで二段重ねでぇ~~っ!!』

 

 だからきっと、鈴乃さんも真奥さんの素敵オーラにやられてメロメロにされてしまった女の子の1人に違いないんです。

 確かに以前は真奥さんに近付いて様子を探るための演技だったのかも知れません。ですが、ちびっ子天使との戦いを通じて今は本気で真奥さんを想っているのだと思います。

 だってあの戦いの時の真奥さん、女の子だったら絶対に惚れちゃうぐらいに格好良かったですもん。

 しかも相手はお隣さんという地の利を生かして自由に真奥さんのお部屋に出入りしています。

 新聞の勧誘や宅配便の配達がきたら、真奥さんの奥さんと思われてしまうに違いない羨ましいポジションなんですっ!

「私も真奥さんの奥さん扱いされたいんですっ! 若奥さん、新聞とって頂けませんかって新聞勧誘のおじさんにニヤニヤされながら言われたいんですっ!」

「…………千穂殿は何を突然訳の分からぬことを言っておるのだ?」

「ちーちゃん……君はどこに向かっているんだ?」

 2人にすごく呆れた瞳で見られてしまいました。佐々木千穂一生の不覚です。

 

「で、何の用だ? 今仕事中だから手短に頼む」

「ふむ。実はだな……」

 2人は私を見ないようにしながら会話を進めます。グスン。ちょっと寂しいです。

「この社会の情報を得るために、すま~とふぉんなるものを購入したいと思うのだが、どうすれば良いのか?」

「スマートフォンかあ。俺も持ってないしなあ。というか……」

 真奥さんはジト目を鈴乃さんに向けました。

「電化製品の類を一切使えないお前がスマートフォンはいきなり敷居が高すぎると思うぞ」

「う~ん。恵美殿にも同じことを言われたが……やはり私にはまだ無理か」

「まあ止めておくのが無難だろうな。液晶画面を手鏡代わりに使うしかないだろうな」

 鈴乃さんは軽く目を瞑りました。

「鎌月にはお年寄りが使う、ボタン数と機能が単純な携帯の方が合っていると思うぞ」

「それも恵美殿に言われたぞ」

 弾んでいるのかどうかはよく分からない微妙な会話。

 でも、2人は馬が合っているように見えます。そして、真奥さんと遊佐さんが同じ反応を示していることもちょっぴり妬けちゃいます。

「携帯電話の購入については今しばらく検討してからにしよう」

「その方が妥当だろうな。実物とかよく触って動かしてから買ってくれ」

「うむ。ではそうしよう」

 鈴乃さんが背を向けました。

 

「…………あの、鈴乃さんはお客さんとしてこのお店に来たのではないですか?」

 何か買っていただかないと、本当に無駄話をしただけになってしまいます。それではマイナス査定になってしまいます。

「おおっ、そうだったな。これは失礼した」

 鈴乃さんが再び振り向き直ります。

「私は自分なりにこの世界について色々と勉強してみた。その成果を今披露しよう」

 ファーストフード店での注文が、世界を学んだ成果と言えるのかは分かりません。でも、鈴乃さんの成果を見守りたいと思います。

 

「千穂殿……スマイルを1つよろしくお願いする」

 

 鈴乃さんはドヤ顔を決めながらそう述べたのでした。

「鎌月……それじゃあ注文にならないぞ」

 真奥さんが呆れた声を出します。

「何っ? ならば、極上スマイルを1つテイクアウトで所望する。これでどうだ?」

「余計悪化してるっての! 金を支払う商品を注文しろっての。その嫌がらせのような注文の仕方は誰に聞いたんだ?」

「ルシフェルだが?」

「漆原の野郎……営業妨害を助長しやがって。後でぶっ飛ばす! 」

 ……鈴乃さんがこの世界に慣れるのにはもう少し時間が掛かりそうです。

 

俺妹+はたらく魔王さま 義父との会話

 

「やあ……京介。じゃなくて、京介くん」

「オヤジ……じゃなくてお義父さん」

 バイトの帰り道、俺は商店街の中で義理の父親である高坂大介に声を掛けられた。

 このメガネで筋肉質な中年男性は俺の実の父であり、今は俺の義理の父でもある複雑な間柄にある。

 というのも、俺が実妹の桐乃と結婚して高坂家に婿養子として入ったことになっているからだ。なので、今のこの人は俺にとって義理の父親という頭の上がらない存在なのだ。

「どうだい京介くん? そこの店でちょっと1杯やっていかないか」

 お義父さんは居酒屋の看板をチラッと見た。

「お誘いは嬉しいんですが……家に帰って食べないと桐乃が……」

 桐乃は全くと言って良いほど料理ができない。というかアイツが作ると俺が救急車で運ばれる。

 だから今日の夕飯も桐乃が準備しているわけがない。きっとオフクロ、というかお義母さんが作ったものに違いない。

 けれど一方で桐乃は俺と一緒に食事を摂ることに強いこだわりを見せている。バイトがある日もバイト仲間と一緒に食べて帰ろうものならものすっごい膨れっ面をする。

 ちなみに、桐乃自身はあやせや加奈子らと食事して帰ってくることがしばしばあることをここに付け加えておく。とても不平等な関係なのだ。

「桐乃と母さんには俺の方から電話して宥めておく。京介くんは心配するな」

「あっ、そうですか。色々気を使ってもらってすみません」

 お義父さんに向かって軽く頭を下げる。

 知ってるか? 

 これ、実の親子の会話でもあるんだぜ。親子とは思えない互いの気の使いようだ。

「それじゃあ京介くん。店に入ろうか。俺が誘ったのだから、今日は俺の奢りだ」

 お義父さんが俺の肩を軽く叩く。

「ありがとうございます」

 内心ちょっと面倒くさいと思いながらも笑顔でお義父さんの誘いに応じる。マスオさん状態の俺が波平さん的ポジションにいるオヤジの誘いを断れるはずがなかった。

 

 先ほど見ていた居酒屋から数件離れた店の内に入る。

「いらっしゃいませ。ご一緒にポテトは如何ですか?」

 店内に入るとツインテールのロリ顔な可愛い女子高生バイトが微笑んできた。だが女子校生バイトの真価は他にあった。

「デカッ!」

 思わず叫んでしまうほどの巨乳。桐乃とは比較にならないデカさ。Fカップ? いや、それ以上なのか?

 俺の嫁は美人だが、胸は別に大きくない。大きな胸には大きな夢が詰まっていると考える俺にとってはちょっと寂しい。あの子を見ていると、人類にはまだ夢も希望もあることを教えてくれる。

「京介くんは大きな胸が好きか」

 後ろから声が聞こえた。お義父さんが俺を覗き込んでいた。

「あ、あの、いえ、これは、浮気とかそんなことでは決してありませんので!」

 ヤバい。俺は嫁の父親(実の父親でもあるが)の前でなんてアホなことを!?

「そうか。京介くんは大きな胸が大好きか」

「い、いえ。俺は」

 お義父さんが俺の前へと回り込んで両肩を掴んだ。ひぃいいいいぃっ!!

「俺は厚い胸板が、筋肉が大好きだ!」

「はっ?」 

 この人は一体、何を言っているんだろう?

「胸が”大きい”子が好きな者同士。気が合うな」

「はへ?」

 オヤジがにやっと笑ってみせた。

 こんなこと、俺が実の息子だった時はほとんどなかったことだ。

 オヤジなりに桐乃の婿養子になった俺に気を使ってくれているのだ。使い方が激しく間違っているが。

「よしっ、俺に任せておけ」

「へっ?」

 お義父さんは俺の背中を叩くとロリ巨乳女子高生がいるレジの前へと歩いていく。

 ていうか、何故俺たちはマグロナルドで夕飯を採ろうとしているのだろうか? 

 居酒屋はどうなったんだ?

 あれか。オヤジのお小遣いはおふくろに抑えられていて毎日コーヒーを飲めるか飲めないかの額しかもらってないからか?

 財布に金がないのなら、夕飯を奢るとか言うのは止めようよ、ダディー。

 そんな俺の混乱をよそに、オヤジは歴史上の大英雄に勝るとも劣らないスゲェことを言ってみせた。

「その巨乳をテイクアウトでよろしく頼む」

 騒がしかった店内の空気が一瞬にして凍り付いた。

 

 

「お客さん、あのねえ。幾ら冗談としてもあれはセクハラ以外の何物でもないですよ。警察呼ばれてもおかしくないんですからね。分かってんですか?」

 俺とお義父さんは事務所に連れて行かれ、時間帯責任者の真奥という俺より少しだけ年上風の青年に怒られている。

 どうしてこうなった?

 いや、100%オヤジのせいなんだけど。あのセクハラはダメだろう。このお店に来た男たちの何割かの願望そのものだったかも知れないけどさ。

「俺は警察官だが?」

 説教を受けている立場なのに何故か偉そうな態度を崩さないオヤジ。この人は自分の娘と同世代の少女にスゲェセクハラしたって自覚はないのかねえ。

「警察官が女子高生にセクハラって、一体どうなっちまってんだ、この世界は?」

 真奥さんは頭を手で抑えながら嘆いている。嘆く単位が世界レベルとは随分と思考の幅がビッグな人だ。

「まあまあ真奥さん。私も最初は驚いちゃいましたけど、もう気にしてませんし」

 先ほどオヤジの被害に遭ったロリ巨乳少女が真奥さんを宥めに入る。

「けどよ、ちーちゃん。法の番人であるはずの警察官がこれじゃあ、この世界の秩序はどうしようもないだろう」

 あの子はちーちゃんと言うのか。

 深く心に刻み込んでおこう。

 う、浮気じゃないからな。ただ、桐乃の美乳ではどうしても辿り着けない桃源郷をたまに眺めたいだけなんだ!

「まあまあ、真奥さん。あのおじさん、変なことは口走っていますけど、セクハラが目的で言ったんじゃないと思います」

 ちーちゃんは見ず知らずのお義父さんにまで優しくていい子だなあ。結婚してもツンがやたら多い我々の業界ではご褒美状態の桐乃とは大違いだ。

「確かにこのおっさんはエロ目的というよりも、頭の構造が他の人間とだいぶ異なる気がする」

「そうですよ。まだまだお客さんもいっぱいいますし、私たちがレジをずっと抜けてるのも良くないと思います。わ、わたしとしては、真奥さんと一緒にいられるのはとっても嬉しいのですけれど」

 ちーちゃんは真奥さんを見ながら赤くなった。

 チッ! ちーちゃんはもう売約済みかよ。

 いや、浮気じゃねえからな。俺は男のロマンに心惹かれているだけで。

「うん? 君は」

 一方でお義父さんは真奥さんを凝視している。何故、こんな可愛いロリ巨乳にセクハラを働いたかと思えば今度は男の方を熱く見るんだ?

「何だ、おっさん?」

「君、実は筋肉だな」

 このおっさんは本当に何を言っているんだろう?

 真奥さんは所謂標準体型の持ち主で、痩せすぎでもなければ筋肉質でもない。赤い制服から伸びている腕を見ればすぐ分かるだろうに。

 だが、オヤジの指摘は思わぬ波紋を引き起こした。

「まっ、まっ、真奥さんっ!? も、も、もしかしてこの人?」

「落ち着けちーちゃん! まだこのオヤジがエンテ・イスラの刺客とは限らないぞ」

 急に2人が慌て出した。一体、どうしたのだろう?

「エンテ・イスラ? 何だそれは? 新手のプロテインドリンクか?」

 お義父さんも意味が分からないらしく首を捻っている。

「おっさん、アンタ何者だ?」

「筋肉を一途に愛するどこにでもいる平凡な筋肉警察官だが」

 筋肉を一途に愛する奴は既に平凡とは言えない。

「異世界の人間じゃないのか?」

 真奥さんはちーちゃんを背中に庇いながらオヤジに問いつめる。真奥さんはもしかすると黒猫と同じ中二病的気質を持っているのだろうか?

「俺はこの国で生まれ育ったただの筋肉だ」

 オヤジの場合は何て表現すればいいのだろう?

 筋肉バカ?

「では、真奥とやらよ。俺からも質問させてもらうぞ」

 オヤジの目が鋭く光った。

「貴様、人間が本来持ち得ないほどの莫大な筋肉を有しながら、何故それを隠している? 何故筋肉を見せびらかさない?」

 だめだ、この人。本気でダメだ。

 マグロナルドの店員に対して何を訊いてるの?

「隠しているんじゃねえよ。今の俺は自分の力を引き出すことができねえんだ」 

 真奥さんは何か中二病っぽい答え方をしてみせた。良かったな、黒猫。仲間が見つかったぞ。

「ならば力を引き出せるように動けば良かろう」

「そういうわけにもいかねえんだ。俺が筋肉になる。即ち力を取り戻すっていうことは、この世界に良くないことが起きている証なんでな」

「ほぉ」

「俺は力を取り戻すよりもこの世界が平和でいてくれた方が良い。俺はちーちゃんを守れればそれで十分だ」

「まっ、真奥さんっ!」

 ちーちゃんが瞳を潤ませて顔を真っ赤に染めている。

 この子はやっぱり、真奥に惚れてるな。なんかガッテムと叫びたい気分だ。

「何せちーちゃんは俺が時間帯責任者を務めるこの店の大事な後輩で部下だからな」

「ですよねぇ」

 ちーちゃんは凄く落ち込んだ表情を見せた。彼女の恋の成就にはまだまだ時間が掛かるようだ。

「なるほど。貴様にとっては筋肉よりその子の方が大事というわけだな」

「まあ、そういうことだ」

「えっ? えっ? あれっ? 私って、結局、真奥さんにとってどんな存在なんですか?」

 ちーちゃんは混乱している。傍から話を聞いている俺にもよく分からん。

「どうやら君は裸王の称号を受け取ってはくれないようだな」

「俺は筋肉にならない方がこの世界のためにいいからな。それに俺は裸王じゃない。魔王だ」

「フッ。魔王と裸王は似て非なる存在という訳か。それも良かろう」

「分かってもらえて何よりだ」

 そしてよく分からん間にオヤジと真奥の間には友情が芽生えたようだった。

 本気でどうなってるんだ、これ?

「真奥くんはあの巨乳少女を一生守るために筋肉にはならんそうだ」

「一生守るって、えっ? えっ? えええぇっ? 真奥さん、一体いつの間にそんな話に!?」

 ちーちゃん大興奮。質問しながら鼻息荒くて目が血走っている。

「ああ。筋肉同士の約束を今交わしたからな」

 何が何やらさっぱり分からん。

「そっ、そっ、それじゃあ! 私はゆくゆくは真奥さんのお嫁さんにぃ~~っ!!」

「店の後輩として一生面倒みるぜ」

「ですよねぇ」

 ちーちゃんの目が死んだ。この男、鈍いのにも程がある。

「まあ、ちーちゃんが20歳になってそれでも俺のことを……だったら、別の守り方も考えないとな。一生面倒見るのに適した関係ってのをさ」

 チッ! 真奥も結構その気なのかよ。

「真奥さん。今、何かおっしゃいましたか?」

 死んだ瞳のちーちゃんには聞こえてなかったらしい。本当に難儀な男女だ。

 

「俺は今日、ここに来られて本当に良かったと思っている」

 お義父さんはしみじみと声を震わせながら語った。

 俺には少しも同意できない内容だったが。

「良き筋肉に巡り会えた。警察官冥利に尽きるな」

 ツッコミを入れたら負けだと確信する。ここは黙っていよう。

「だが、筋肉には筋肉になれない事情があった」

 黙っているんだ。

「だから京介くん。君が筋肉になってくれ」

「何でそうなるんだぁ~~~~っ!!」

 誓いを破ってツッコんでしまった。

「そうだな。俺が筋肉に戻ってはいけない分も含めて、アンタが筋肉になってくれ。それが宇宙平和だ」

「規模がでけぇ話だなぁ~~~~っ!!」

 ファーストフードの店員に宇宙の命運を託された人間ってどのぐらいいるんだろう?

「何だかまるで分かりませんが、私、真奥さんと結婚して幸せになってみせますからっ! 1人目の子供は女の子がいいですよねっ!?」

「本当に何にも関係なぁ~~~~いっ!!」

 ロリ巨乳女子高生ちーちゃんは全く話を理解していなかった。

「京介が筋肉になってくれれば高坂家も安泰だ」

「俺は必ずマグロナルドで正社員への道を上り詰めてやるっ!」

「まっ、真奥さんっ! 良かったら今度、うちに遊びに来てください。両親のいる時に……」

 誰も俺の話を聞いてくれない。けたたましいマグロナルドのスタッフルームの中で俺は猛烈な孤独を感じていた。

「桐乃ぉ~~~~っ!! 助けてくれぇ~~~~っ!!」

 愛妻の名を大声で叫ぶ。

 やっぱり夕飯は家で食べよう。

 そう心に誓ったある初夏の夕方のことだった。

 

 了

 

 

やすむちーちゃん

 

1.更衣室にて

 

「もう1度遊佐さんと鈴乃さんと一緒にとしまえんのプールに来られて本当に良かったです♪」

 バイトが休みの夏のとある日。私と遊佐さんと鈴乃さんは3人でとしまえんのプールに遊びに来ています。

「千穂ちゃんの場合は、アイツに会いに来たってのが本当の所なんじゃないの?」

 更衣室で3人一緒に着替えながら遊佐さんの指摘がちょっと手厳しく聞こえます。

「そ、そんなことはありませんよぉ。私はもう1度お二人と一緒にプールに来られたことを心から喜んでいますってば」

 前回3人一緒にプールに来たあの日から色々なことがありました。もう3人一緒に行動することはできないのかなと諦めかけてしまうような辛いことも。

 でも、今日またこうして一緒に来られたことを私は本当に嬉しく思っています。

「けど、今日も真奥は臨時のヘルプでこっちに入ってるわよね?」

「あっ、あぅ~。そ、それはぁ~」

 全身が真っ赤になります。

「たっ、たっ、確かに、真奥さんがここで働いている日に合わせて来たという面もありますけどぉ」

「女同士の友情より……男、よね」

 遊佐さんが遠い瞳で天井を見つめ上げます。

「えぅ。遊佐さ~んっ」

 言葉に詰まってしまいます。

「いたいけな少女をからかうのは勇者のすることではないぞ」

 助け舟を出してくれたのは鈴乃さんでした。

「まあ、そうなんだけどさあ」

 遊佐さんは渋い顔で私を見ます。より正確には私の顔のちょっと下の部分を。

「私はここに来る度に泣きたくて泣きたくて仕方がなくなるのよ」

 遊佐さんのまぶたにはうっすらと涙が溜まっています。って、一体何故?

 

「千穂ちゃんって、16歳なのよね?」

 遊佐さんは以前プールで聞いたのと同じ質問をしてきました。

「そうですよ。9月には17歳になりますけど」

「もうすぐ……17歳。止めてっ! そんな残酷な事実を私に見せつけないでっ!」

「えっ? 遊佐さん?」

 目を瞑って頭を左右に激しく遊佐さん。本当に一体どうしちゃったのでしょうか?

「あの、何だか分かりませんが、落ち着いてください。ここには怖いものは何もありませんよ」

「嘘よっ! 魔王より遥かに怖いものが私のすぐ横にあるじゃないの!」

「えっと、それは何のことでしょうか?」

 遊佐さんが激しく取り乱している理由がどうしても分かりません。

「遊佐は胸囲の格差社会とやらに絶望しているだけだ。気にするな」

「驚異の格差社会、ですか?」

 鈴乃さんが解説してくれますがよく分かりません。別に私の家はお金持ちではないので格差とか言われてもピンときません。

「そうよ……16歳でFカップ以上なんてありえないのよ。これは、何かの間違い。トリックに違いないのよ。Mr.サタンもきっと私に同意してくれるわ」

 遊佐さんがこっちを向きました。目の瞳孔が開ききっていて何だか怖いです。

「千穂ちゃんは手品師、ううん、幻術の魔法を操る魔術師に違いないのよぉ!」

 遊佐さんが大声を上げながら手を伸ばし、ブラの上から私の胸を鷲掴みにしてきました。

「えっ? えっ? 遊佐さ~んっ!?」

 突然の行動に驚いてしまいます。人に胸を揉まれたのなんて生まれて初めてです。

 初めては真奥さんが良かったのに……じゃなくてっ!

「痛くてくすぐったいから止めてくださいよぉっ」

「幻術だからこうして触ってみればすぐに化けの皮が剥がれ……ない!?」

「痛いっ! 遊佐さん、止めてくださいよぉ」

「どうしてっ!? 私が16歳の頃はこんなんじゃなかった。だから、これは偽物のはずなのよぉっ! なのにどうしてこんなにプヨンプヨン柔らかい感触が消えないのよ」

「落ち着けエミリア」

 鈴乃さんのチョップが遊佐さんの頭に決まってようやく私の胸は解放されました。

 

「クレスティアはどうしてそんなに落ち着いていられるのよ!」

 遊佐さんの負の感情が今度は鈴乃さんへと向けられます。

「取り乱す要素が何もないからだ」

 対する鈴乃さんは淡々と返答しています。

「そりゃあ、アンタはまだ若いから今後の可能性に期待できるんでしょうけど」

「私は遊佐より年上だぞ」

「えぇえええぇっ!? そうだったの?」

「知りませんでした」

 遊佐さんと2人で驚きます。私と同じぐらいかと思っていました。

「そ、それじゃあ、クレスティアはもう、可能性が……」

 遊佐さんが悲しみの視線を遊佐さんの胸の部分に向けます。

「普通に考えて今から急激な成長はないだろう。胸もしかり、身長もな」

 鈴乃さんは背が低いことを気にしているようです。私も背が小さいことは悩みです。

「だがそう悲観したものでもなかろう」

「その自信はどこからくるのよ? アンタだって、千穂ちゃんのこれを見れば世界が絶望に満ち満ちているってことぐらい理解できるでしょ」

「遊佐さん……それは……」

 

 遊佐さんが私の胸を指差しながら涙目になっています。私には何と言えば良いのか分かりません。ただただ哀しくなります。

「漆原が教えてくれたのだ」

「何を?」

 とても嫌な予感がしました。あのネット中毒ニートがろくなことを教えるはずがないと。

 そして、その通りでした。

「貧乳はステータスだ。希少価値なのだと」

「悪魔大元帥っ! 絶対殺すっ!!」

 天井に向かって遊佐さんは大声で叫んだのでした。

 

 

2.プールサイドにて

 

「それで、千穂ちゃんは一体何歳から胸が大きくなり始めたわけ?」

「まだその話を続けるんですか?」

「勇者には自殺願望があるのやもしれんな」

 着替えが終わり、3人揃ってプールサイドのチェアに座っておしゃべり中です。私を挟んで左右に遊佐さん、鈴乃さんがいます。

 遊佐さんは私の胸の大きさが気になって仕方ないようです。

 私から言わせれば、背が高くてスレンダー体型の遊佐さんこそ大人っぽくて羨ましい限りなんですが。

「えっと……小学校高学年の頃から男子に胸のことをからかわれてとても辛かった記憶があります」

 特に体育の時に、運動神経の悪さもあって男子にはよく胸のことを言われて悲しくなりました。胸なんて大きくても全然良いことありませんでした。

「小学校高学年って、一体何歳の頃のこと!?」

 遊佐さんが上半身を起こします。その瞳は血走っていてとても怖いです。

「えっと、11歳、12歳の時のことです。9歳か10歳の時から膨らみ始めたかなって思うようになったんですけど」

「9歳から膨らみ始めたっ!?」

 遊佐さんが自分の腿を叩いて俯きました。

「嘘よっ! そんなのあり得ないわっ! だって9歳って言ったらあれよ。子供はどうやってできるのって無邪気に質問してパパとママを困らせちゃう年代でしょ!」

 取り乱す遊佐さんの肩を鈴乃さんが優しく叩きます。

「なあ遊佐よ。お前が天使の血を引き生まれながらに勇者の資質を持っていたように、千穂殿にも大きな胸の資質があったということなのだ。受け入れよ」

「世界さえ平和でいてくれたら……私は平凡な村娘のままで良かった。勇者として覚醒することなんて望んでなかったもの」

 遊佐さんは再び涙目になっています。

「資質とはそういうものかもしれんな。誰もがみな、魔王軍と渡り合った貴方を敬い羨んだものだ。この私も含めてな」

「そんな過去の栄光は今更どうでもいいわよ」

 遠い目をして語る遊佐さんと鈴乃さん。

「あの、世界を救った遊佐さんの勇者の資質と私の胸を同列に語られても反応に困るんですが……」

 世界に何も貢献していないですから、私の胸は。

「そうよね。現代日本において貧乳勇者なんて何の役にも立たないわよね。千穂ちゃんのナイスバディーと同列に語るなんて失礼よね。ごめんなさい」

「そっちに解釈しちゃうんですか!?」

「履歴書に勇者とは書けないからな。残るのは貧乳だけか」

「鈴乃さんまで悪乗りしないでくださいっ!」

 思わず大きなため息が漏れ出てしまいます。

 

「大体、胸なんて幾ら大きくても真奥さんの気が惹けないんじゃ意味なんてないんです」

 ちょっと悲しくなりながら私にとっての真理を述べます。

「おっ。言い切ったわね」

「さすがは千穂殿。見事な直球勝負」

 2人とも感心してくれますが、私としてはあんまり嬉しくありません。

「真奥さんは真面目な人だから、女の子の善し悪しを胸の大きさで測ったりしません。だから、胸なんて大きくても意味ないんです! 私のこの胸には何の魅力もないんです!」

「千穂ちゃん。あなたは今、世の女性の大半を敵に回したわ」

 遊佐さんはムッとした表情を浮かべます。でもすぐに頬を緩めました。

「でも、武器が通じないと理解した状況でも最後まで戦おうと決心するその姿勢は嫌いじゃないわ。あなたは立派な戦士よ」

「千穂殿の恵まれた容姿であれば言い寄る男なぞ幾らでもいるだろうに難儀なことだ。だが、その心構えは私も嫌いではないぞ」

 武闘派なお二人は私の心意気を理解してくれたようでした。

「でもさあ、何でアイツなわけ? アイツよりマシな男なんて幾らでもいそうだけど」

「真奥さん、真面目で優しいし頼りがいがありますから……」

 マグロナルドでバイトに来た当初のことを思い出します。

「バイトを始めて右も左も分からない私の教育係を務めてくれたのは真奥さんでした。真奥さん、とても親切で気さくに仕事のことを教えてくださって、私にとっては頼れるお兄さんって感じで、でも、一緒にいるとすごくドキドキして。その、すぐに……」

 ほとんど一目惚れだったと思います。バイト初日が終わった時にはもう胸がドキドキして真奥さんのことを考えると顔が熱を持って。初恋だって気付いたのはしばらく経ってからでしたけど。

「優しくて頼りになる大人の男にあっという間にフォーリン・ラブしちゃったわけね。将来悪い男に騙されないかちょっと心配ね」

「悪い男どころか千穂殿が今現在惚れているのはかつて世界を震撼させた魔王だがな」

 私の恋の過程は遊佐さんたちには不評のようです。

「でもいいんです。私は頑張って真奥さんと恋人同士になってみせますから。そして真奥さんにはこっちの世界でずっと平穏に暮らしてもらうんですもん」

 エンテ・イスラのことはよく分かりません。でも、私は真奥さんにこのままずっと真奥貞夫として生活してもらいたいです。

「千穂ちゃんは魔王の手綱を握るってわけね」

「それは結局魔王の封印と変わらないからな。エンテ・イスラにとっても悪い話ではない」

 鈴乃さんは考え込む表情を見せました。

「だが、貞夫殿を人間のままにして手綱を握るというのなら……私が貞夫殿の妻になっても構わないな」

「「なっ!?」」

 私と遊佐さんの声が詰まりました。

 

「何を血迷ったことを言ってんのよ、アンタは!?」

「そ、そうですよ! 何故鈴乃さんが真奥さんのお嫁さんに!?」

 勢い込んで鈴乃さんに詰め寄ります。

「いや、それはだな……」

 鈴乃さんは私たちから何気なく目を逸らしました。

「私の役目を考えると……この身を犠牲にしても魔王を封じるのが正しいと思ったまでのことだ」

「犠牲にしてませんっ! それは鈴乃さんにとって役得にしかなりません!」

 真奥さんのお嫁さんになることが身を犠牲にするなんて行為になるはずがありません。私だったら感動のあまり卒倒するに違いありませんから。

「いや、しかしだな。魔王の処遇はエンテ・イスラの問題だ。千穂殿に迷惑を掛けるわけには……」

「だったら私の顔を見て喋ってください!」

 鈴乃さんは心にやましいことがあるから私を見られないんです。

「それに、今の真奥さんは人間真奥貞夫なんです。こっちの世界で対処するのが筋というものなんです!」

「いやいやいや。魔王のような世界を滅ぼしかねない存在を異世界に行ったからと捨て置くなどできない。ここは私がこの身を差し出し貞夫殿の妻となることで世界の平和を」

「鈴乃さんは真奥さんのことが好きなのに、そうやって任務に結び付けるのはいけないと思います。ずるいですっ!」

「私と魔王は敵同士なのだぞ! 惚れるなんてあり得ない!」

「嘘です! 鈴乃さんは真奥さんに心惹かれたからちびっ子天使を裏切ったんじゃないんですか!」

「あっ、あれは、ウリエルのやり方がどうしても受け入れられなかったからで、私は別に貞夫殿に懸想したなどということは……」

「ああ~もうっ! アンタたち2人ともこんな所でいつまでも言い争いしてるんじゃないわよっ!」

 遊佐さんが私たちの間に割って入って来ました。

「真奥が誰と結ばれようと私には関係ないけれど……ここで騒ぎを起こすのは止めてよね。せっかくの休日をエンジョイしているのだから」

 遊佐さんは大げさにため息を吐いてみせます。

「そんなことを言って、エミリアこそ魔王の妻の座を狙っているのではないか?」

「何でそうなのよ!」

「新シリーズになったら遊佐さんには子供が出来ちゃって、真奥さんをパパ、遊佐さんをママって呼ばせて正妻をアピールする気がします」

「そんな展開あるわけないでしょっ! わ、わた、私と真奥に子供なんて……」

 遊佐さんの顔が真っ赤に染まります。

「その反応……満更でもないって感じしてますぅっ」

「そんなわけないじゃないの! 私と魔王は敵同士。宿命のライバルなの!」

「やはり、この中で一番年齢が高いこの私が一番先に嫁に行くのが筋が通っていると思うのだが」

「「駄目(です)っ!!」」

 鈴乃さんのさり気なく嫁の座ゲットだぜ宣言を遊佐さんと2人して却下します。

「お前ら……遊園地まで来て何でそんな言い争いをしてるんだ?」

 私たちの言い争いは真奥さんが配達でプールサイドにやって来るまで続いたのでした。

 

 

 了

 

 

 

 


 
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