No.59802

ばれんたいんでー大作戦! in 魏 後編

DTKさん

と言うわけで後編です。
何だかんだで、結構長くなりました。

つっても、バレンタインデー
もう一週間以上過ぎちゃいましたけどね…^^;

続きを表示

2009-02-23 02:31:52 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:14704   閲覧ユーザー数:10614

チュンチュン……

 

(ん……朝か…)

 

鳥の鳴き声と、瞼に感じる明かりに、俺は眠りから徐々に意識を取り戻す。

いつもと同じ、何事もない夜明け。

さてと、今日は…

 

「ふふっ……隊長の寝顔、カワイイのっ♪」

「あぁ……そうだな」

「……今なら、そっとキスしても、バレへんのとちゃう?」

「…真桜ちゃん、ぐっじょぶなのー」

「おいっ、こら沙和っ、真桜っ」

 

…………

……

 

「何しているんだ、お前ら」

「「「ひゃぁっ!!!」」」

 

何やら不穏な謀議(?)に目を開けてみると、俺の顔ほんの数センチのところに、沙和と真桜の顔があった。

 

「な、なんや隊長、起きとったんかい……」

「ビックリしたのー……」

「申し訳ありません、隊長…自分は止めたんですが…」

「あっ、なんや凪!自分だけ良い子ちゃんかいっ」

「そうなのそうなのー!」

「何を言う!実際私は……」

 

いつもの小じゃれ合いが始まる。

と、さらに意識がはっきりしてくると、三人の服装がいつもと違うのに気付いた。

 

「あれ?三人とも、その服は…?」

「あ、やっと気がついたのー」

「隊長、鈍すぎやで~」

「…に、似合いますか?」

「え、あ、あぁ…似合ってるぞ、凪」

 

その服というのは、Tシャツのような服に、馬鹿でかいピンクのハートマーク(桃?)がプリントされてたものだ。

どうやらそのマークは、前にも後ろにもあるみたいだ。

…………ずいぶん派手だな。

 

「凪ちゃんだけズルイのー!隊長っ、沙和は、沙和は!?」

「ウチは、どないやろか、隊長?」

 

俺のアピールするかのように、くるりと一回転する沙和と真桜。

…………

今気付いたんだが、三人とも、少し大きめのTシャツを着て、裾が膝丈くらいまできている。

で、ズボンらしき存在が見えないんだが………穿いてるよな?

 

「も、勿論、二人も似合ってるぞ?」

「わーい!良かったのー!」

「……沙和さん沙和さん。どうやら隊長は服よりも、その下のことが気になっとるみたいやで~?」

「うっ!」

 

何で妙に鋭いんだ、真桜はっ!

 

「た、隊長……」

「へぇ~…隊長、気になる~?気になるの~~!?」

 

沙和が服の裾をつまんで、俺をからかう。

あぁあぁ…見えるっ、見えるからっ!!

 

「そ!そんなことより、こんな朝っぱらから俺の部屋に来るってことは、何か用でもあるんじゃないのか?」

「あっ!そうだったの!」

「すっかり忘れるとこやったわ……」

「ふ、二人とも……」

 

俺をからかうことに一生懸命だった沙和と真桜は、マジで本来の目的を忘れていたようだ。

凪も呆れるというものだ。

 

「はいっ、たいちょっ!」

 

突然、沙和に何かを手渡された。

これは……

 

「服?」

 

それも、広げて分かったのだが、三人が着てるのと同じデザインだ。

 

「隊長!それが私たちからの、ばれんたいんでーのぷれぜんとなの!」

「へっ!?」

 

バレンタインデー?

…………

 

「あ、あぁそっか。今日バレンタインなんだっけ」

「なんや隊長。自分で言うたんやで?……まだ寝ぼけてるんか?」

「い、いや。寝ぼけてはいないぞ?」

「それで…隊長。お気に召しましたでしょうか?」

「えっ!?」

 

改めて、まじまじと服を見てみる。

……まぁ、ちょっと恥ずかしいデザインだけど…寝間着くらいには出来る、かな?

 

「ありがとうな、沙和、凪、真桜。これは、ありがたく頂くよ」

「良かった……」

「それじゃ隊長!さっそく着てみるの!!」

「……へっ?」

「それを着て、今から四人で街に繰り出すんや!」

 

何を言ってらっしゃるの、この娘らは?

 

「同じ服を着て街を歩けば、街の皆にらぶらぶをあぴーるすることが出来るの!阿蘇阿蘇にそう書いてあったのっ」

 

何ですかこれは?ペアルックの強化版?

 

「いや……さすがに、それは……」

 

恥ずかしすぎる…

 

「なんや隊長は、ウチらのぷれぜんとは、着られへんっちゅーわけかい……」

「違うの……きっと沙和たちと一緒に歩くのが、とっても恥ずかしいの……」

「うっ……」

「おいっ、真桜、沙和…」

 

手にした服と、いじけ虫になった二人とを見比べる……

ど、どうしたもんか……

 

「いじいじ……」

「すんすん……」

 

…………

こうなったら……

 

「逃げろっ!」

 

俺は脱兎の如く、部屋を抜け出す。

 

「あっ!逃げたのーー!」

「追うで、凪!」

「あ、あぁ……」

 

後ろから声が聞こえるが、お構いなし。

って言うか、やっぱりウソ泣きかよ!

 

ここは、三十六計逃げるに如かず、ってね!

 

 

「はー…はー…ここまで来れば、ひとまず大丈夫だろう……」

 

俺は三人から逃れて、中庭のあたりまで来ていた。

三人のことだから、ここはすぐに見つかるだろうけど……

 

「北郷ーーーー!!」

「な、なんだ!?」

 

遠くの方から怒号と土煙が、ものすごい勢いでこちらの方へ向かってくる。

それは俺に向かってまっしぐらにやってきて……!

 

「やっと見つけたぞ、北郷!!」

「しゅ、春蘭!?」

 

鬼か韋駄天かと思った物体は、なんと春蘭だった。

 

「あ、姉者……待てと…言うて、おろうに……」

 

神速を謳われる秋蘭が息を切らして、春蘭の後ろからやってきた。

 

「北郷!!」

「な、なんだ?春蘭…」

「ん……その、だな……」

「?」

 

春蘭は何かを後ろ手に隠し、らしくなくモジモジしている。

まぁ、その『何か』は、春蘭の体ではとても隠しきれず、その大部分がはみ出ているのだが……

だが、それが何かまでは、判別できない。

 

「どうしたんだ春蘭?俺に、何か用なのか?」

「そ、それは……」

 

春蘭は口ごもってしまう。

すごい勢いで足をモジモジさせるので、地面が少し掘れてしまっている。

 

「つまりだな一刀、今日はばれんたいんでーだろう?」

「あぁ…秋蘭たちも知ってたんだ」

 

沙和あたりが喋ったんだろうか…?

 

「でだな、姉者が一刀に『ちょこ』をぷれぜんとしたいと言うことでだな…」

「春蘭がチョコ~~!?」

 

春蘭がチョコを作ったとでも?

市販されているわけは……ないもんなぁ…

 

「ほら、姉者…」

「う、うむ……」

 

恥ずかしそうに上目を使う春蘭に、思わずキュンと来てしまう。

ヤバイ!これはちょっと反則だぞっ!

 

「ほ、北郷……私の『ちょこ』を……受け取ってくれ!!」

 

ずい、と差し出されたのは、先ほどからチラチラと見えていた代物。それは……

 

「…………何、これ?」

「猪口だ!」

「字が違う!?」

 

俺の目の前で、春蘭がぷら~んと、猪の生首をぶら下げている。

どこの世界に、バレンタインデーに猪の首をプレゼントする女の子がいるんだよ……

 

…………ここにいたか

 

「さあ北郷!私が取ってきた猪口だ。存分に食すが良い!」

「食えるか!!」

「なに~!貴様、私の猪口が受け取れないと言うのか!!」

「いや……そうは言ってない、けど……」

「私の猪口を食うのか、受け取らないのか。どっちだ!?」

 

何と言う無茶苦茶な二択だ……

助けを求めて秋蘭を拝む。

 

「…………(フルフル)」

 

諦めろ、と言わんばかりに、首を横に振られた。

こうなったら…………

 

「逃げろ!」

 

俺は再び、脱兎の如く逃げ出した。

……この『脱兎』って、なんか言い得て妙だな~

 

「あ、こら待て、北郷!!」

「待てるかっ!」

 

三十六計逃げるに(以下略)

 

「おのれ北郷め……秋蘭、追うぞ!!」

「……やれやれ」

 

 

「ふぅー……ふぅー……ここなら、誰にも見つかるまい…」

 

俺は街の外れ、張三姉妹が最初に宛がわれた、舞台兼事務所の前に来ていた。

彼女らが出払って以来、たまに小さな催し物が行われる以外は、人が寄り付くことは滅多にない。

とりあえず、元事務所に入って、一休みするか……

 

ガチャ

 

と、戸を開けると……そこは桃源郷だった。

 

「「「キャーーー!!!」」」

 

そこには半裸の天女が……

もとい、着替え途中の張三姉妹がいた。

 

「え~ん!着替え見られたーー!!」

「ちょっと一刀!!ノックなしで入ってくるなんて、一体どういうつもり!?」

「一刀さん……」

 

三者三様、それぞれが非難の声や目を向ける。

 

「い、いやいや!そもそもなんで三人がここに……」

「「「いいから、早く閉めろーーー!!!」」」

 

ゴーンッ・ドカッ・バキッ

 

三人がその場にあった物をテキトーに俺に投げつけ、それがいい所にクリーンヒットした。

そして俺は、意識を手放した……

 

 

………………

…………

……

 

 

「――――刀!一刀っ!」

「…起きないわね」

「水でもかければ、起きるんじゃない?」

「ね、姉さん……さすがにそれは、ちょっと酷いんじゃ……」

「っふぉん!!」

 

俺は何か不穏な空気を察知し、飛び起きた。

 

「あ、起きた」

「はぁ~…はぁ~…あ、あれ?俺、どうして…」

「あのね~、一刀は私たちが投げ……」

「な~んでもないわよ!あんたが倒れているところに、偶然私たちが通りかかったのよ。ねぇ、人和!?」

「えぇ……めんどくさいから、そういうことにしておきましょう…」

「はぁ……」

 

う~ん……何か忘れてるような気がするんだけど……

 

「まぁ、いいや……ところで、何で三人がここに?」

「何でって~…ね~?」

「ねー?」

「?」

 

何か天和と地和だけで、分かり合っちゃってるんですけど?

 

「今日は、ばれんたいんでーなんですよね、一刀さん?」

「えっ!?何で人和が知ってるわけ?」

「ま、それはどうでもいいじゃないですか」

「そんなことより~!私たちから、一刀へのぷれぜんとがあるんだよ~♪」

「プレゼント?」

「そっ!一刀のために新しく作った歌を、ぷれぜんとしてあげるわよ!」

「それじゃ姉さんたち、行くわよ」

「「うんっ!」」

 

そう言うと、三人は舞台に上がった。

今や大陸一のアイドルも、最初はこの舞台だったんだよなぁ……

それにしても、歌のプレゼントか~

なんか、ちょっと嬉しいな…

そんな風に感慨に浸っていると、演奏が始まった。

 

 

『しゃららら 素敵にき~っす♪』

 

ん?

 

『しゃららら 素顔にき~っす♪』

 

……ん~?

良くは知らないんだけど……確かこの歌、天界でも聞いたことがあるような……

 

 

『ばれんたいんでー・きっす♪ ばれんたいんでー・きっす♪

 ばれんたいんでー・きっす♪ 髪留めかけて~♪』

 

 

そのリボンじゃないと思うんだけどなぁ……

 

 

…………

……

 

 

ま、深く考えるのはよそうか。

三人の歌も、ますます磨きがかかって上手くなってるし。

これを独り占めできるというのも、これはこれで最高のプレゼントだ。

俺は三人の元祖(?)バレンタインソングに酔うことにした。

 

 

 

しばらく聞き入っていると、何やら後ろの方が騒がしくなってきた。

 

「おいっ、ここら辺で数え役萬☆姉妹を見たって本当か?」

「あぁ!あれは間違いなく天和ちゃんだった!」

「地和ちゃんに人和ちゃんもいたぞ!」

 

ヤバイ…ファンが、ここに三人がいるのを嗅ぎつけたみたいだ…

 

「おいっ!三人ともっ…」

 

と、三人に注意しようとしたとき、同じ方向から…

 

「こっちで隊長がいるとしたら、舞台しかないで~」

「なるほど…北郷め、いつまでも逃げおおせると思うなよ!」

「捕まえるのー!!」

「げっ!!」

 

ここまで追撃の手が伸びてきたか……

っていうか!あいつら合流してんじゃん!!

 

「一刀ー?」

「何かあったの、一刀?」

「何やら騒がしいけど?」

 

異変を察した三人が、舞台から降りてくる。

 

「あぁ、ちょっと面倒なことになりそうだ……ここは…」

 

 

「「「「あっ!いたぞ!!数え役萬☆姉妹だ!!!」」」」

「あ~~っ!隊長めっけ!!なの!!!」

 

ダブルで見つかって、ダブルでピンチっ!?

っていうか、天和たちのファン多いよ!!

 

 

こうなったら……

 

「三人とも!逃げるぞ!!」

「え?え??」

「一体なんなのよ!?」

「状況はかなり不味そうね。姉さんたち、ここは逃げるわよっ」

 

三十六計(以下略)

とにかく俺たちは、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「あっ!おいコラ待たんかー北郷ーー!!」

「「天和ちゃ~~ん!!」」

「隊長ー待てー!!」

「「地和ちゃ~~ん!!」」

「待つのーーー!!」

「「人和ちゃ~~ん!!」」

 

「えぇいっ!!貴様らうるさいぞ!そこをどかぬか!!」

「お前らこそ何なんだ!俺たちは数え役萬☆姉妹を会いにきたんだ!」

「訳の分からんことを!邪魔立てするなら、容赦はしないぞっ!!」

「うるせぇ!!こうなったら、力ずくで押し通るぞ!!」

「そっちがその気なら、こっちもその気なのー!」

「凪、いくで!」

「あ、あぁ……」

「秋蘭も、支援は任せたぞ」

「……心得た」

「行くぞ!!」

「「応っ!」」

 

 

………………

…………

……

 

 

その日、許では、局地的に人の雨が降ったという……

 

 

「ヒュ~……ヒュ~……」

 

度重なる逃走劇に、呼吸の音がおかしくなってきた。

俺は何とか追っ手を撒こうと、市中の人ごみに紛れた。

だがその途中で、天和たちとははぐれてしまった。

まぁ、あの三人なら、上手いことやり過ごしてはくれると思うけど……

 

 

しかし、俺も安心は出来ない。

ここは警備隊のホームグラウンドだ。

追っ手には、その経験者が三人もいる……

早くどこかへ…

 

「隊長~どこやー!?」

「どこなの~~!!」

 

ヤベッ!

 

「こっち、こっちですよ~」

「!?」

 

そのとき、一本の裏路地から俺を招くような手が、にゅっと出てきた。

だ、誰だ?

 

「お兄さん、早く早く~」

「その声はっ!?」

「北郷ーーー!!どこだーーー!?」

「こちらなのですー」

「わ、わかった」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

「はー……はー……」

「何やら大変なようですねー、お兄さん」

「はー…はぁ~……ん、助かったよ、風」

「いえいえ~、礼にはおよびませんよー」

 

風が連れてきてくれたのは、四方を家で囲まれた、ちょうど秘密基地のような空き地。

塀の上を、ちょこちょこっと歩いてやってきた。

 

「それにしても、こんな所にこんな場所があるなんて、知らなかったなぁ~」

「私も最近知ったのですよ~。猫さんに教えてもらいましてー」

「な、なるほどな……」

 

猫に教えてもらったって…猫の言葉が分かるのか?

周りを見れば、確かに猫のちょっとした溜まり場になっているみたいだが……

 

「いえ~、さすがの風でも、猫の言葉は分からないのですよ」

「いや、心を読んで突っ込まないでくれ…」

「それにしても、お兄さん大変ですね~」

「あ、あぁ…まったくな」

 

考えてみれば、朝から逃げっぱなしだな、俺……

 

「今日が、ばれんたいんでーだから、皆さん目の色を変えてますからねー」

「そうだな……もしかして風も、何か俺にくれようとしてる?」

「ふむ……私からも、ばれんたいんでーが欲しいなんて、お兄さんは絶倫なのですねぇ~」

「何のことっ!?」

 

今、絶倫とか関係ないよね?

 

「いえ、私がお兄さんに差し上げる『物』はないのですよー」

「?」

 

どういう意味だ?

 

「お兄さんが今日、皆さんに振り回されて大変になるのは、分かってましたからね~

 私は軍師として、こんなこともあろうかと~…この場所と安息の時間を、お兄さんに差し上げるのですよ~」

「おぉ!?」

 

そ、それは……今は何より嬉しかったりする…

 

「それじゃ遠慮なく、休ませて貰おうかな。朝から走りっぱなしで、足が張っちゃって……」

 

俺は地面に横になろうとする、と

 

「ささ、お兄さん、こちらへどうぞ~」

 

風は正座をして、太ももの辺りをパンパンと叩き、まるで、カモ~ン、と言っているかのように手招きをする。

……ひざまくらでもしてくれるんだろうか?

 

「え~……っと、いいのか、風?」

「おうおう兄ちゃん。女にみなまで言わせるもんじゃねぇよ」

 

風は少し俺から視線を逸らし、ホウケイに喋らせる。

これは、照れ隠しなんだろうか?

 

「それじゃ、お言葉に甘えて…」

「どうぞどうぞ~……貧相なひざで申し訳ないのですが~…」

 

と風は言うが、そこはやっぱり女の子。

とても柔らかな太ももに頭を乗せれば、ドッと襲ってくる疲労感。

行動開始が朝一だったので、太陽は未だてっぺんにすら届いていない。

 

(このまま、ちょっと寝ちゃおうかな……)

 

そう、目を瞑りながら思っていると

 

「ふふっ……お兄さん♪」

 

風が絶妙の力加減で、髪をなでてくる。

あ……こりゃ落ちるわ……

 

「ふふふ……作戦通り、お兄さんを独り占めなのです~」

 

……不穏な風の呟きも、特別気にはならない…

俺は安らかな眠りに……

 

 

「真桜ちゃん!本当にこんな所に隊長がいるの~!?」

「あぁ、間違いないで!」

「どこだー、北郷ーー!!」

「やべっ!」

 

ビョーンと、俺はバネ細工のように飛び起きた。

 

「まさか、こんな所まで嗅ぎつけるなんて……」

「お兄さん…」

 

風のひざまくらは名残惜しいが、そんなことを言ってる場合じゃなくなった。

 

「あぁ、風。悪いけど……」

「いえいえ、ここに連れてきたのは私ですからー……ちなみに、逃げ道はあちらとなっていますー」

「悪い!ありがとな、風っ!」

 

今は風の手際に感謝しつつ、この場を去った。

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

私たちがそこに着いたとき、隊長の姿はなかった。

 

「隊長は…いませんね」

「むむっ……いないではないか!」

「逃げられたか……っちゅーか、春蘭さまの声が大きすぎるのが原因なんじゃ……」

「何か言ったか、真桜?」

「いえいえ、こっちの話ですー」

「あ~、風ちゃんがいるのー」

 

隊長の代わりに、風さまがポツンと立っていた。

 

「おぉ、風!北郷を見なかったか?」

「……なんですか?」

「いや、だから北郷を……」

「申し訳ないのですが、風はこれで失礼しますー」

「え、あ、ちょっと風ちゃん?」

 

春蘭さまや沙和の呼びかけにも応えず、風さまはこの場を去っていった。

 

「……秋蘭さま」

「…なんだ、凪」

「風さま、ご機嫌の方が…」

「……あぁ、あまり良くはなかったな」

 

風さま去りし後、私たち五人は、街の隙間にポツンと取り残されていた……

 

 

「ほぉわ~~……ほぉ~わ~……も、もう勘弁してくれよ…」

 

俺は再び、城へ戻ってきた。

灯台下暗しってね。

 

「……さ、てと…これからどうするか……」

 

このままここにいた所で、見つかるのは時間の問題だろうからな…

どこかに身を潜め……

 

「あーーーーーー!!!」

「ひっ!」

 

こ、今度は誰だ!?

 

「兄ちゃん見ーーっけ!」

「え?」

 

向こうの方からトテトテとやってきたのは、季衣だった。

 

「もー、兄ちゃんどこいってたんだよ~!兄ちゃん部屋にいないから、ボク、城も街も一回りしてきちゃったよー」

「あー……悪い悪い。ちょっと、色々あってな……」

「?……まぁ、いいや。ところで兄ちゃん、今時間ある?」

「ん…まぁ、時間はあるにはあるけど……」

「やった!じゃあ、こっちに来てくれる?」

 

と、季衣が俺の手を取り、どこかへと向かって走り出した…

たたたたたっ!

 

「ちょっ…き、季衣!?」

 

つよっ、強い!はやっ、早い…ってか、浮いてるよ、俺!?

 

「季衣!もうちょっとっ、ゆっくり…」

「早く早くーーー!!!」

「うわぁ~~~……!」

 

 

………………

…………

……

 

 

「着いたーー!」

「こ、ここは……」

 

季衣に連れてこられた場所。そこは厨房だった。

 

「流琉ーー!兄ちゃん連れてきたよー!!」

「はーいっ!」

 

季衣が大声で呼びかけると、奥からエプロン姿の流琉が出てきた。

 

「もうっ、季衣!遅いじゃないの」

「えー、ボクは悪くないもん。だって兄ちゃんが……」

「あ、あぁ…そうなんだ、流琉。俺がちょっと街に出てて…季衣がなかなか見つけられなかったみたいなんだ」

「あっ、そうなんですか?…季衣、ごめんね」

「ううん、いいよー。それより流琉。アレ出来た!?」

「ええ、出来たわよ」

「アレ?」

 

何のことだ?

 

「やだな兄ちゃん~!今日はばれんたいんでーじゃん!」

「え!?」

「この前、兄様から教えてもらった、ちょこの作り方を、私なりに工夫して作ってみたんです」

「なるほど……」

 

流琉なら、確かにチョコを作りかねない。

そうか……二人からのプレゼントは、チョコか~

 

 

「どうぞ、こちらです」

 

と言って出された皿の上には、いくつかの一口大の立方体。

まんまチョコ、というわけでもないみたいだけど……

 

「これは、牛乳を煮詰めて出来たものに、お砂糖やゴマを混ぜ、肉桂を入れたものを固めてみました」

 

なるほど、と一つ手に取ってみる。

独特の匂いから推察するに、恐らく肉桂とはシナモンのことなのだろう。

見た目も匂いも、俺の食指を動かすのには充分だ。

 

「どうぞ兄様…食べてみてください」

「ボクは味見でいっぱい食べたからさー。兄ちゃんも食べてみてよ!とっても美味しいから!!」

 

流琉の料理で、季衣が美味しいと言うからには、まず間違いはあるまい。

 

「それじゃあ……いただきます!」

 

と、それを一つ口の中へ……

こ、これは…………

 

「どうですか、兄様?」

「どう、兄ちゃん?」

「…………う」

「「う?」」

 

「うまーーーーーいっ!!!」

「本当ですかっ、兄様!?」

「ああ!この口の中でとろける食感…ゴマと肉桂の絶妙の風味……もう最高だよ!」

「やったね、流琉!」

「いや、これは本当に、天界でだって売り物に出来るぞ!」

「そんな……それは言いすぎですよ、兄様~♪」

 

料理を褒められ、流琉はご機嫌だ。

その間にも、俺は二つ目三つ目に手を伸ばす。

いわゆるチョコではないものの、これはこれで最高のお菓子の一つだ。

 

「ありがとうな、流琉」

「いえ、そんな……」

 

俺は流琉の頭を、優しくなでる。

流琉は気持ちよさそうに目を細める。

 

「兄ちゃ~ん…ボクは?ボクは~?」

「ん、季衣も、ありがとうな」

「へへ~♪」

 

もう片方の手を、季衣の頭にポンと乗せ、なでてあげる。

季衣はちょっとくすぐったそうにしながらも、喜んでいるみたいだ。

 

美味しいお菓子に、可愛い女の子。

あぁ……天界では全く縁がなかったけど、やっぱりバレンタインはこうでなくっちゃな!

と、俺は感慨に浸るのだった……

 

 

ドドドドドドッ!

 

「ん?」

 

俺を感慨から引き戻すほどの、大きな音。

なんだろう…何かが遠くから近づいて……

 

「やっと見つけたぞ、北郷!!」

「げっ!春蘭!?」

 

もう見つかったか…っていうか、ピンポイントで分かりすぎだろっ!

 

「春蘭さま~?」

「いったい、どうしたんですか?」

 

ただならぬ春蘭の様子に、季衣と流琉が首をかしげる。

 

「いや…お前たちが気にすることはない……さぁ、北郷。大人しく縛につくが良い!」

 

ヤバイな……

厨房の入り口を、魏武の象徴、猛将・夏侯惇が塞ぐ。

正面突破で、勝てるわけがない……

俺は流琉に小声で尋ねる。

 

「流琉…厨房って、他に出口はあるか?」

「え?…奥に勝手口がありますけど…」

「よし、じゃあそこから……」

「おーっと!そうは問屋が卸さへんで、隊長!」

「観念するのー!」

「げげっ!お、お前ら…」

 

奥から真桜に沙和が現れた。

その後ろからは、色々と諦め顔の秋蘭と凪が続いてくる。

 

「さあ、北郷……私の猪口を食べてもらうか…」

「隊長~……一緒にこの服を着て、街をお散歩なの~~……」

「せやで~、こんなこっ恥ずかしい思い、隊長にもしてもらわんと割に合わへんで…」

 

それぞれの得物(?)を手に、三人が包囲網をジリジリと縮める…

っていうか真桜…やっぱり自分も恥ずかしいんじゃないか!

 

「季衣!流琉!?」

 

俺は自分の周りにいたはずの二人に、助けを求める。

……が、いつの間にか二人は、秋蘭と凪によって、この輪から避難させられていた。

 

「兄様……」

「兄ちゃん……」

 

これから俺に起こるであろう事態を、案じてくれる二人。

それに対して、秋蘭と凪は目も合わせてくれない……

諦めろって、ことか……

 

よしっ……俺も男だ。いつまでも逃げてばかりはいられない…

覚悟を決めた俺は、腰を落とし、迫り来る三人を……迎えうつ!!

 

「さあ、来い!!」

「「「――――っ!!!」」」

 

 

………………

…………

……

 

 

「ぎゃあ~~~~~~………」

 

 

「はぁ~……今日は参った…」

 

俺史上に残る『厨房の戦い』に破れた後の俺の身には、熾烈を極める(?)運命が待ち受けていた。

まずは、春蘭の猪口(と言っても、猪の生首だが…)は、流琉に調理してもらうことになった。

さすがに、生でアレを食べることは、さすがに勘弁してもらった…

料理が出来るまでの間、俺は例のハート柄の服を着せられ、沙和たちによって、市中引き回しの刑(?)に処された。

 

 

 

ざわ…ざわ…

 

「ねぇねぇ隊長~♪みんなが、沙和たちの事を見てるの~~♪」

「…そうだな」

「らぶらぶかっぷる、だと思われたら、沙和困っちゃうの~~~♪」

「…いや、きっと、違うと思う……」

 

こんな服を着て、通りのど真ん中を四人で練り歩けば、そりゃ視線も集まるだろうさ……

ご機嫌の沙和に、腹を決めている真桜。

俺と凪は二人の後ろを、なるべく小さくなりながら歩いていた……

 

 

と、ここで一つ、疑問に思ってたことを聞いてみることにした。

 

「そういや凪。何でお前たちは俺の居場所が分かったんだ?いくらなんでも、あれは早すぎだろう?」

「あ、それは……」

「それはウチが説明するで!」

 

俺たちの数歩前を行っていた真桜が、首を突っ込んできた。

 

「何だ、真桜?」

「ふっふっふ……こんなこともあろうかと作っておいたんが、これや!!」

 

と、真桜が取り出したのは、半径が大体30cmの円形の板。

それには、陰陽のマーク(白と黒のやつ)が描かれ、中心には時計の針のようなものが一本付いていた。

 

「……なんだ、これ?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

真桜が得意げに、その豊かな胸を反らせる。

 

「これは、ウチが研究に研究を重ね…陰陽道を用い、さらに針には特別な素材を使うた、至高の一品なんや!」

 

真桜が熱く、熱く語る。

 

「その名も、名づけて『たらし盤』や!」

「たらし盤?」

「せや!これは、ここらで最も女たらし度の高い人がいる方向を、針が指すっちゅー仕組みなんや」

「は?」

「せやから、実質これは隊長発見器でもあるわけや!」

 

……んな馬鹿な…

 

「っちゅーわけで隊長。これからは隊長がどこでナニをしとるか、ウチらには丸分かりやからな~♪」

「ナ、ナニって……」

 

凪が頬を赤らめる。

 

「凪っ!違うから。その変な想像違うから!」

「い、いえ、私は別に……」

「いやぁ~……凪はスケベやなぁ~」

「――っ!真桜!」

「もーー!三人とも、何してるのーー!!」

 

一人で先を歩いていた沙和が、俺たちが付いてきてないのに気付き、戻ってくる。

 

「早く行くのー!」

「分かってるって。悪かったよ、沙和」

 

とりあえず、素直に謝っておく。

すると沙和は機嫌を直してくれた。

そして…

 

「えへへ…た~いちょ♪」

 

沙和が、俺の右の腕に

 

「あ、ずるいで沙和!……隊長っ!」

 

真桜は、俺の左腕に

 

「………隊長」

 

凪は後ろから、俺の服の裾をキュッと握ってきた。

 

 

 

美少女三人に囲まれて、お揃いの服を着て、街を歩く……

 

まっ、こんなバレンタインデーも、ありなのかな?

 

 

街から戻ってきた俺たちを待っていたのは、豪勢な猪口料理(?)だった。

ちょうどお昼時と言うことで、主だった面子を呼び、みんなで食べようと言うことになった。

今この場にいないのは、忙しいと言う理由で来られなかった華琳と、興味のないと言って来なかった桂花。それに、地方回りをしている霞だ。

 

 

意外と、と言っては失礼だが、猪口料理はかなり美味しかった。

 

「おっ、これ、かなり美味いな~!」

「当たり前だろう!私が獲ってきた新鮮な猪口なのだからなっ!」

 

と、春蘭が得意気に語る。

まぁ、新鮮なのはこの時代、何より大切なことなのだろうが……

 

「そうですね。春蘭さまが振り回していたせいか、血抜きもしっかり出来てましたし。ちょうど良い具合に熟成もされてたんで、料理のし甲斐がありました」

「そうだろう、そうだろう!」

 

流琉に褒められて(?)まさに有頂天、といった感じだ。

まぁ、ここは大人しく春蘭を立てておくか。

 

「何はともあれ、ありがとうな、春蘭。俺のために猪口を取ってきてくれて」

「な、何を言うっ……誰が貴様のためなんかに!こ、ここ、これは華琳さまのためにだな…っ!」

「ふふっ……姉者。あれだけ一刀を追い回しておいて、それはなかろう?」

「そ、それはだな……」

 

秋蘭の突っ込みに、顔を赤らめ、あわあわとしどろもどろになる春蘭。

普段からこうだと、可愛いし、こちらも助かるんだけどね…

 

「一刀もすまなかったな…猪口を獲りにいくと言った姉者は、それこそ猪のようでな……止めることが出来なかった」

「いやまぁ、俺としても、疲れたけど楽しかったよ。秋蘭もありがとうね。それと、お疲れ様」

「うむ……その言葉が、何よりの労いさ」

 

それからは、楽しい食事会。

美味しい猪口料理を、みんなで舌鼓を打つ。

しかしまぁ、あれをこんなに美味しい料理にしてしまうのだから、流琉の腕前ときたら、それこそ天下一品だろう。

 

ま、どの料理がどのパーツで出来てるとかは、聞きたくないけどね……

 

 

………………

…………

……

 

 

食事を終えると、仕事のある者は仕事へ戻り、その他の者は中庭で始まった、数え役萬☆姉妹の突発ライブを聞いていた。

 

三人の歌声に聞き惚れつつ、食後の気だるい感じでボーっと座っていると、風が話しかけてきた。

 

「お兄さんお兄さん」

「ん?なんだ、風?」

「いえ~、ちょっとお願いがありましてー」

「お願い?」

 

珍しいな、風が頼みごとなんて…

 

「いいよ、俺に出来ることだったら、何でも言ってくれ」

「そですかー、ではですねぇ~……」

「うん」

「今、風は食後と言うこともあり、猛烈に眠いのですよ~?」

「うん?」

「でですね。少し横になりたいので、お兄さんにひざまくらをして欲しいのですよ~」

「えっ!?」

 

ひ、ひざまくら~?俺が?

 

「ダメですかー?」

「いや、ダメってことはないけど……」

 

ちょっと恥ずかしいな……

 

「…ほらっ、男の膝なんて、硬くて気持ちよくないだろう?だから……」

「いえいえ~、お兄さんが今欲情していなければ、柔らかい所があるじゃないですか~。ほら~、そこのおち……」

「違う!?そこ、膝じゃないから!」

 

どこで寝るつもりなんだよっ、風は!

 

「……ほらっ、みんなもいるしさ、ちょっと恥ずかしいかな~……なんて?」

「…いえ~いいのですよ。お兄さんが嫌なら無理にとは~」

「いや、だから別に嫌ではないと……」

「お兄さんがお嫌だと言うのなら、先ほど私と二人っきりのときに、お兄さんが私に及んだ行為について、事細かに、面白おかしく、皆さんに伝えるだけですので~」

「ちょっ……風、何を言う気?」

「さぁ~~…?」

 

……この風の目は、あることないこと、色々脚色して言う目だ!

そんな風の口から出た言葉が、華琳にでも知られたら……っ

 

「わ、分かったよ…」

「おや?何がですかー?」

「ひざまくら、してあげるから、さ?こう…何も言わないで欲しいな~…とか?」

「いえいえ~、ですから、お兄さんに嫌々やらせるのは、私も非常に忍びないとー……」

「やります!やらせてください!!いやぁ、俺すげぇ風にひざまくらしてあげたかったんだよな~」

 

こうなりゃ、もうヤケだわ!

…つーか、今日の風は、なんか意地悪じゃないかい?

 

「そですか。そこまで言われては仕方がないのです~。お兄さんのひざまくらでお昼寝するとしますかー」

 

と言うと、あぐらを掻いていた俺の股間めがけて、コテンと横になる風。

ホウケイが、俺の腹に大胆にぶつかり、コテンと俺の横に転がった。

 

「ちょ、ちょっと、風さん?」

「いやぁ~…やはり気持ちがいいものですねぇ~……お兄さんが、風にひざまくらを強要した気持ちも分かりますよ~」

「ちょ…だから人聞きの悪いこと言わないでってばっ!」

「ぐー……」

「寝るなっ!」

「すー……」

 

俺に突っ込みに返ってきたのは、リアルな寝息だった。

……本当に眠かったんだな。

風の寝顔を見てると、何か優しい気持ちになってきた。

起こさないように、そっと髪をなでる。

 

「くふぅ……お兄さぁ~ん…♪」

「風……」

 

無理に起こすのも忍びないので、しばらくはこうしていることにした。

 

 

 

美味しいお菓子と食事に、俺を慕ってくれてる女の子たち…

 

天女の歌声を聴きながら、俺の膝で眠る天使の寝顔を拝む……

 

まっ、色々あったけど、これも一つの、バレンタインデーなのかもな………

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

ワォーーーーーン

 

「…………」

 

日が沈んでから、どれだけの時間が経ったろうか。

未だ、風は起きない…

 

二月の大陸といったら、夜の冷え込みは天界のそれとは訳が違う。

風に風邪を引かせるわけにもいかないので、俺の上着をかけてあるが、その分、俺はかなりの薄着だ。

みんなからは「風が起きるまで起こすな」と言われてはいるが、そろそろ限界だし…

ちょ~っと、さすがにこれは、そろそろ起こした方が……ふぇ…

 

「ふぇ~っくしゅん!!」

 

と、俺の放ったくしゃみは、色々なものが風にクリーンヒットした。

 

「わっ、わっ……お兄さん、汚いのですよー!」

「あっ、す、すまん……」

 

…………

 

「風。まさか起きてたってことは、ないよな?」

「…………」

「…………」

「おぉ!自分が起きていたことに、気がつかなかったのですよー」

「そんな言い訳あるかーーっ!!」

 

どんな理屈だ、そりゃ!

 

「男なら、細かいことは気にするもんじゃ~ねぇぜ、兄ちゃん」

「おぉ、ホウケイがいないと思ったら、そんな所にいたのですかー」

 

と、風は起き上がり、俺の横に転がってた(?)ホウケイを定位置に戻した。

 

「それではお兄さん、私はこの辺で~……あ、上着ありがとうございましたー」

 

俺に上着を返すと、普段からは考えられないようなスピードで、何処へかと消え去った……

 

「へっくしょんっ!」

 

寒空の下、ポツンと残された俺は、長時間風が乗っていたため足が痺れてしまい

もうしばらく、その場を動けなかった……

 

 

ようやく部屋に戻ってきた俺は、寝台にどっかりと腰を落とし、今日のことを思い返した。

 

…………

 

まぁ、楽しかったのは、確かに楽しかった。

お菓子は美味しかったし、食事も美味しかった。

服も貰ったし、歌もひざまくらも、とても良かった。

 

……ただ、一番贈り物が欲しい人からは、まだ何も貰っていない…

それどころか、ここ数日は、まともに会えてすらいない……

 

ま、華琳だって忙しいんだろうし…

天界にいた頃から比べれば、バレンタインデーに女の子から何かもらえるだけで、万々歳のことだしな……

 

…それでも、好きな人から貰いたいって思うのは、贅沢な…無いものねだりなんだろうか?

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

「びゃ~~~っくしゃぁいぃっ!!!……ずー」

 

あー、ヤバイ……こりゃ本格的に風邪引いたかな…?

風呂なんか、こんな時間に沸かしてもらうわけにはいかないし…

体を暖めるには、布団を何枚か重ねて寝るしかないかな……

 

そう思い、掛け布団をもう一枚出そうとしたとき

 

 

(…コンコン)

 

 

「ん?」

 

今、ノックの音がした?

聞き間違いかと思うほど、ささやかなノックの音。

 

(コンコンッ)

 

今度はハッキリと音がした。

…こんな時間に、いったい誰が?

 

「……一刀?まだ、起きてる?」

「か、華琳!?」

 

扉の向こうから控えめに俺の起臥を確かめる声の主は、なんと華琳だった。

 

「あ、あぁ…起きてるぞ、華琳」

「あっ、一刀……今、時間、大丈夫かしら?」

「うん…大丈夫だけど…」

「じゃあ……入るわよ?」

「あぁ、うん。鍵は開いてるよ」

 

恐る恐ると言った感じで、部屋に入ってきた華琳。

いつもとは、少し様子が違うようだが……

 

「…………」

「…………」

「えーっと、さ…な、何か用かな、華琳?」

「えっ!?…あ、えと…あ、あのね、一刀……」

「うん」

「…………」

「…………」

 

華琳は、いつぞやの春蘭みたいに、後ろ手に何かを隠し、こちらをチラチラ見ながらモジモジしている。

春蘭と違うのは、隠している物が完全に隠れてることだが……

 

 

 

 

 

……――っ!

もしかして…もしかすると……っ!!

 

「あ、あのさ、華琳……」

「はいっ!これ、一刀にあげるわ!!」

 

グイッと華琳に押し付けられたのは、口が折られた紙袋。

 

「…これ、開けてもいい?」

「……(コクッ)」

 

華琳の許可を得て、紙袋を開けて、中身を見る。

 

「こ、これは……」

「か、一刀ってば、いつも同じ格好だし。その格好じゃ…この季節は、ちょっと寒いと思ったのよ……だ、だからっ!」

 

俺は紙袋の中身を、取り出す。

これは……

 

「だから、襟周りだけでも暖かくすればな、と思って…襟巻きをっ……」

「…マフラー」

「ま、まふらー?」

「いや…こういうのを天界では、マフラーって言うんだよ」

「そ、そうなの……」

 

華琳からの贈り物は、マフラーだった。

羊の毛と思われるもので編まれた、とても暖かそうなマフラー…

白地のそれには、ところどころに、ピンクのハートマークが……

 

「もしかして、さ……これ、華琳の手編み?」

「――っそ、そうよ!悪い!?本当はもっと時間をかけて、ちゃんとしたものを作りたかったわよ!でも風が、ばれんたいんでーがある、なんて言うもんだから、日中頑張って政務を早めに終わらせて、余った時間で何とか…こんな時間になったけど、今日に間に合わせたのよ……何よ!!何か文句あるの!?」

 

確かに、完璧主義の華琳にしては、このマフラーは所々ほつれていたりする。

急いで編んだのか、よれてびろびろの箇所も、いくつか見受けられる…

でも……

 

「何よ…何か言いなさいよっ、一刀!」

「ありがとう、華琳」

「……えっ?」

「ありがとう、華琳。すごく、嬉しいよ…」

「で、でも…この襟巻き、所々ほつれてたりするわ…」

「うん、確かにほつれてるね」

「ちゃんと縫えてないところもあるわ……」

「うん、そういう所もあるね。でも…」

 

 

そう。でも……

 

 

「華琳が、俺のために作ってくれた物だもの。例え、マフラーにほつれてる所があったとしても、よれてる所があったとしても…華琳の想いがいっぱい詰まった、このマフラー……とても、とっても…暖かいよ、華琳」

「一刀……」

 

そう言って俺は、華琳に貰ったマフラーを首に巻く。

 

「うん、やっぱり暖かいや。それに……なんだか、華琳の匂いがするよ」

「な、ななな……っ」

「くんくん……あー!やっぱり華琳の匂いは、良い匂いだなぁ~」

「ば、ばかっ!何してるのよ、あなたは!!」

「別にいいだろ?華琳が俺にくれたんだから、何したって~」

「なら返しなさいっ!!」

「いやだよ~」

 

華琳と俺の、マフラーを巡っての攻防戦。

って言っても、俺がマフラーを持って手を伸ばしてるから、華琳に勝ち目があるわけないんだけど……

俺の頭上のマフラーめがけて、ピョンピョン跳ねる華琳の可愛いこと可愛いこと!

眼福、眼福♪

 

「こ、らっ……一刀っ!」

 

そんな華琳をいつまでも見ていたいけど、ここは……

 

「華琳…」

「きゃっ」

 

俺は飛び跳ねる華琳が着地したところを、ギュッと抱き寄せる。

 

「か、一刀?」

「華琳、もう一回言うよ…ありがとう。このマフラー、ずっと大切にするよ」

「ふ…ふんっ!勝手になさい…」

 

華琳は俺の腕の中で、ツンと、そっぽを向いてしまった。

ふぅ…どうやって機嫌を直したもんか……

 

 

「そうだ!こんな良いもの貰ったんじゃ、ホワイトデーにはお返しをしなくちゃいけないな」

「ほわいとでー?」

「あぁ、バレンタインデーは女の子が男の子にチョコを贈る日なんだけど、ホワイトデーは男の子がチョコを貰った女の子にお返しをする日なんだ」

「へぇ~…天界にはそんな日まであるのね」

 

良かった…食いついてきてくれた。

これで少しは、機嫌が直……

 

「ってことは、今日一刀に手作りのまふらーを贈った私は、その日、さぞかし良い物を贈ってくれるんでしょうね、一刀?」

 

……おや?

 

「女が男にわざわざ贈り物を贈ったんだもの。その返礼は当然、何倍にもなっているのよね?」

「え、あ…」

「あぁ!今からその日が楽しみね、一刀?一体その、ほわいとでーとやらは、いつなのかしら?」

「は、ははっ……」

 

どうやら、藪を突いてしまったらしい…

ま、せいぜい頑張って、華琳へのプレゼントを考えるとするか…

しかしまぁ…三倍返しの伝統は、こんな時代から、もう始まっていたんだなぁ……

 

 

「ほわいとでー、楽しみにしてるわよ一刀っ。折角まふらーあげたんだから、風邪なんか引いたら、承知しないわよ!」

 

う~ん……でも、一本取られたままってのも、男として廃るよなぁ~…

よし、ここは……

 

「それじゃ、おやすみなさい、一刀」

「華琳っ」

「えっ?」

 

部屋から出て行こうとする、華琳を引き寄せ…

 

 

(チュッ♪)

 

 

「んー!?」

「……ふぅ。今日のところは、これがお礼ってことにしておいてよ、華琳」

「なっ……突然何をするのよ、あなたは!!」

「いやぁ、ホワイトデーまで何もお礼しないってのは、アレかな~と思ってさぁ」

「――っ…ばか!死になさいっ!!」

 

 

(ボカッ)

 

 

華琳は俺の鳩尾に一発入れ、走って俺の部屋を去っていった。

 

「へへっ…」

 

恥ずかしがる華琳も、また可愛い。

華琳からの一撃の痛みも、また心地良い…と感じるのは、既に俺が華琳への恋の病に侵されているだろうか…

 

「へへへっ………へ、へっくしょぉい!!!」

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 

次の日、俺と華琳が風邪で倒れてしまったのは、また別のお話……

 

 

同じ頃、魏領某所では……

 

 

 

「なに?風から急ぎの文やて?」

「は、ははっ……程昱さまから、張遼将軍に火急の用、との…こと、でして……」

 

ウチが近郊の視察を終え、拠点に戻り、これから寝ようと言うところに、伝令兵がやってきた。

何や、よう分からんが、ずいぶんと疲れとるみたいやな…

何でも、風が急ぎの用事やという。

 

「何々~……」

 

………………

…………

……

 

「何やて~~!!」

 

ばれんたいんでーやって!そんなもんがあるんかいっ!!

 

「何々……ふむっ…ふむっ!!」

 

なるほど、概要は何となく分かったでー

それで、肝心の期日は……

 

「って、なんやこりゃ~~~~!!!!」

 

この日付、今日やないかい!!

ウチは伝令に詰め寄る。

 

「おいっ、コラお前!何だってもっと早う届けへんねん!!」

「も、申し訳ありません!!し、しかし、張遼将軍の視察日程どおりに後を追ったのですが…」

「ですが…何や!?」

「期日どおりの場所に将軍は現れませんし…どこそこの街にいる、と言う報せを受けて後を追いましても、将軍の部隊は既におりませんし……」

「あ……」

 

そういや、許を出る前に華琳に提出した計画。ウチ……ガン無視しとったなぁ~…

期日までに、決められた街を回ればええと思っとったし…

それにウチの部隊、相変わらずバカみたいに行軍速度速いし……

 

「そ、それでですね……」

「…もうエエ」

「はっ?」

「もう分かった…行ってもエエで~……」

「は、ははっ!失礼します!!」

 

ビシッと敬礼を決め、足早に去っていく伝令兵…

 

 

 

……ウチの

 

「ウチのドアホーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

数日後、許に帰ってきた霞が、ひどく落ち込んでいたと言うのも、また別のお話……


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
148
6

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択