チュンチュン……
(ん……朝か…)
鳥の鳴き声と、瞼に感じる明かりに、俺は眠りから徐々に意識を取り戻す。
いつもと同じ、何事もない夜明け。
さてと、今日は…
「ふふっ……隊長の寝顔、カワイイのっ♪」
「あぁ……そうだな」
「……今なら、そっとキスしても、バレへんのとちゃう?」
「…真桜ちゃん、ぐっじょぶなのー」
「おいっ、こら沙和っ、真桜っ」
…………
……
「何しているんだ、お前ら」
「「「ひゃぁっ!!!」」」
何やら不穏な謀議(?)に目を開けてみると、俺の顔ほんの数センチのところに、沙和と真桜の顔があった。
「な、なんや隊長、起きとったんかい……」
「ビックリしたのー……」
「申し訳ありません、隊長…自分は止めたんですが…」
「あっ、なんや凪!自分だけ良い子ちゃんかいっ」
「そうなのそうなのー!」
「何を言う!実際私は……」
いつもの小じゃれ合いが始まる。
と、さらに意識がはっきりしてくると、三人の服装がいつもと違うのに気付いた。
「あれ?三人とも、その服は…?」
「あ、やっと気がついたのー」
「隊長、鈍すぎやで~」
「…に、似合いますか?」
「え、あ、あぁ…似合ってるぞ、凪」
その服というのは、Tシャツのような服に、馬鹿でかいピンクのハートマーク(桃?)がプリントされてたものだ。
どうやらそのマークは、前にも後ろにもあるみたいだ。
…………ずいぶん派手だな。
「凪ちゃんだけズルイのー!隊長っ、沙和は、沙和は!?」
「ウチは、どないやろか、隊長?」
俺のアピールするかのように、くるりと一回転する沙和と真桜。
…………
今気付いたんだが、三人とも、少し大きめのTシャツを着て、裾が膝丈くらいまできている。
で、ズボンらしき存在が見えないんだが………穿いてるよな?
「も、勿論、二人も似合ってるぞ?」
「わーい!良かったのー!」
「……沙和さん沙和さん。どうやら隊長は服よりも、その下のことが気になっとるみたいやで~?」
「うっ!」
何で妙に鋭いんだ、真桜はっ!
「た、隊長……」
「へぇ~…隊長、気になる~?気になるの~~!?」
沙和が服の裾をつまんで、俺をからかう。
あぁあぁ…見えるっ、見えるからっ!!
「そ!そんなことより、こんな朝っぱらから俺の部屋に来るってことは、何か用でもあるんじゃないのか?」
「あっ!そうだったの!」
「すっかり忘れるとこやったわ……」
「ふ、二人とも……」
俺をからかうことに一生懸命だった沙和と真桜は、マジで本来の目的を忘れていたようだ。
凪も呆れるというものだ。
「はいっ、たいちょっ!」
突然、沙和に何かを手渡された。
これは……
「服?」
それも、広げて分かったのだが、三人が着てるのと同じデザインだ。
「隊長!それが私たちからの、ばれんたいんでーのぷれぜんとなの!」
「へっ!?」
バレンタインデー?
…………
「あ、あぁそっか。今日バレンタインなんだっけ」
「なんや隊長。自分で言うたんやで?……まだ寝ぼけてるんか?」
「い、いや。寝ぼけてはいないぞ?」
「それで…隊長。お気に召しましたでしょうか?」
「えっ!?」
改めて、まじまじと服を見てみる。
……まぁ、ちょっと恥ずかしいデザインだけど…寝間着くらいには出来る、かな?
「ありがとうな、沙和、凪、真桜。これは、ありがたく頂くよ」
「良かった……」
「それじゃ隊長!さっそく着てみるの!!」
「……へっ?」
「それを着て、今から四人で街に繰り出すんや!」
何を言ってらっしゃるの、この娘らは?
「同じ服を着て街を歩けば、街の皆にらぶらぶをあぴーるすることが出来るの!阿蘇阿蘇にそう書いてあったのっ」
何ですかこれは?ペアルックの強化版?
「いや……さすがに、それは……」
恥ずかしすぎる…
「なんや隊長は、ウチらのぷれぜんとは、着られへんっちゅーわけかい……」
「違うの……きっと沙和たちと一緒に歩くのが、とっても恥ずかしいの……」
「うっ……」
「おいっ、真桜、沙和…」
手にした服と、いじけ虫になった二人とを見比べる……
ど、どうしたもんか……
「いじいじ……」
「すんすん……」
…………
こうなったら……
「逃げろっ!」
俺は脱兎の如く、部屋を抜け出す。
「あっ!逃げたのーー!」
「追うで、凪!」
「あ、あぁ……」
後ろから声が聞こえるが、お構いなし。
って言うか、やっぱりウソ泣きかよ!
ここは、三十六計逃げるに如かず、ってね!
「はー…はー…ここまで来れば、ひとまず大丈夫だろう……」
俺は三人から逃れて、中庭のあたりまで来ていた。
三人のことだから、ここはすぐに見つかるだろうけど……
「北郷ーーーー!!」
「な、なんだ!?」
遠くの方から怒号と土煙が、ものすごい勢いでこちらの方へ向かってくる。
それは俺に向かってまっしぐらにやってきて……!
「やっと見つけたぞ、北郷!!」
「しゅ、春蘭!?」
鬼か韋駄天かと思った物体は、なんと春蘭だった。
「あ、姉者……待てと…言うて、おろうに……」
神速を謳われる秋蘭が息を切らして、春蘭の後ろからやってきた。
「北郷!!」
「な、なんだ?春蘭…」
「ん……その、だな……」
「?」
春蘭は何かを後ろ手に隠し、らしくなくモジモジしている。
まぁ、その『何か』は、春蘭の体ではとても隠しきれず、その大部分がはみ出ているのだが……
だが、それが何かまでは、判別できない。
「どうしたんだ春蘭?俺に、何か用なのか?」
「そ、それは……」
春蘭は口ごもってしまう。
すごい勢いで足をモジモジさせるので、地面が少し掘れてしまっている。
「つまりだな一刀、今日はばれんたいんでーだろう?」
「あぁ…秋蘭たちも知ってたんだ」
沙和あたりが喋ったんだろうか…?
「でだな、姉者が一刀に『ちょこ』をぷれぜんとしたいと言うことでだな…」
「春蘭がチョコ~~!?」
春蘭がチョコを作ったとでも?
市販されているわけは……ないもんなぁ…
「ほら、姉者…」
「う、うむ……」
恥ずかしそうに上目を使う春蘭に、思わずキュンと来てしまう。
ヤバイ!これはちょっと反則だぞっ!
「ほ、北郷……私の『ちょこ』を……受け取ってくれ!!」
ずい、と差し出されたのは、先ほどからチラチラと見えていた代物。それは……
「…………何、これ?」
「猪口だ!」
「字が違う!?」
俺の目の前で、春蘭がぷら~んと、猪の生首をぶら下げている。
どこの世界に、バレンタインデーに猪の首をプレゼントする女の子がいるんだよ……
…………ここにいたか
「さあ北郷!私が取ってきた猪口だ。存分に食すが良い!」
「食えるか!!」
「なに~!貴様、私の猪口が受け取れないと言うのか!!」
「いや……そうは言ってない、けど……」
「私の猪口を食うのか、受け取らないのか。どっちだ!?」
何と言う無茶苦茶な二択だ……
助けを求めて秋蘭を拝む。
「…………(フルフル)」
諦めろ、と言わんばかりに、首を横に振られた。
こうなったら…………
「逃げろ!」
俺は再び、脱兎の如く逃げ出した。
……この『脱兎』って、なんか言い得て妙だな~
「あ、こら待て、北郷!!」
「待てるかっ!」
三十六計逃げるに(以下略)
「おのれ北郷め……秋蘭、追うぞ!!」
「……やれやれ」
「ふぅー……ふぅー……ここなら、誰にも見つかるまい…」
俺は街の外れ、張三姉妹が最初に宛がわれた、舞台兼事務所の前に来ていた。
彼女らが出払って以来、たまに小さな催し物が行われる以外は、人が寄り付くことは滅多にない。
とりあえず、元事務所に入って、一休みするか……
ガチャ
と、戸を開けると……そこは桃源郷だった。
「「「キャーーー!!!」」」
そこには半裸の天女が……
もとい、着替え途中の張三姉妹がいた。
「え~ん!着替え見られたーー!!」
「ちょっと一刀!!ノックなしで入ってくるなんて、一体どういうつもり!?」
「一刀さん……」
三者三様、それぞれが非難の声や目を向ける。
「い、いやいや!そもそもなんで三人がここに……」
「「「いいから、早く閉めろーーー!!!」」」
ゴーンッ・ドカッ・バキッ
三人がその場にあった物をテキトーに俺に投げつけ、それがいい所にクリーンヒットした。
そして俺は、意識を手放した……
………………
…………
……
「――――刀!一刀っ!」
「…起きないわね」
「水でもかければ、起きるんじゃない?」
「ね、姉さん……さすがにそれは、ちょっと酷いんじゃ……」
「っふぉん!!」
俺は何か不穏な空気を察知し、飛び起きた。
「あ、起きた」
「はぁ~…はぁ~…あ、あれ?俺、どうして…」
「あのね~、一刀は私たちが投げ……」
「な~んでもないわよ!あんたが倒れているところに、偶然私たちが通りかかったのよ。ねぇ、人和!?」
「えぇ……めんどくさいから、そういうことにしておきましょう…」
「はぁ……」
う~ん……何か忘れてるような気がするんだけど……
「まぁ、いいや……ところで、何で三人がここに?」
「何でって~…ね~?」
「ねー?」
「?」
何か天和と地和だけで、分かり合っちゃってるんですけど?
「今日は、ばれんたいんでーなんですよね、一刀さん?」
「えっ!?何で人和が知ってるわけ?」
「ま、それはどうでもいいじゃないですか」
「そんなことより~!私たちから、一刀へのぷれぜんとがあるんだよ~♪」
「プレゼント?」
「そっ!一刀のために新しく作った歌を、ぷれぜんとしてあげるわよ!」
「それじゃ姉さんたち、行くわよ」
「「うんっ!」」
そう言うと、三人は舞台に上がった。
今や大陸一のアイドルも、最初はこの舞台だったんだよなぁ……
それにしても、歌のプレゼントか~
なんか、ちょっと嬉しいな…
そんな風に感慨に浸っていると、演奏が始まった。
『しゃららら 素敵にき~っす♪』
ん?
『しゃららら 素顔にき~っす♪』
……ん~?
良くは知らないんだけど……確かこの歌、天界でも聞いたことがあるような……
『ばれんたいんでー・きっす♪ ばれんたいんでー・きっす♪
ばれんたいんでー・きっす♪ 髪留めかけて~♪』
そのリボンじゃないと思うんだけどなぁ……
…………
……
ま、深く考えるのはよそうか。
三人の歌も、ますます磨きがかかって上手くなってるし。
これを独り占めできるというのも、これはこれで最高のプレゼントだ。
俺は三人の元祖(?)バレンタインソングに酔うことにした。
しばらく聞き入っていると、何やら後ろの方が騒がしくなってきた。
「おいっ、ここら辺で数え役萬☆姉妹を見たって本当か?」
「あぁ!あれは間違いなく天和ちゃんだった!」
「地和ちゃんに人和ちゃんもいたぞ!」
ヤバイ…ファンが、ここに三人がいるのを嗅ぎつけたみたいだ…
「おいっ!三人ともっ…」
と、三人に注意しようとしたとき、同じ方向から…
「こっちで隊長がいるとしたら、舞台しかないで~」
「なるほど…北郷め、いつまでも逃げおおせると思うなよ!」
「捕まえるのー!!」
「げっ!!」
ここまで追撃の手が伸びてきたか……
っていうか!あいつら合流してんじゃん!!
「一刀ー?」
「何かあったの、一刀?」
「何やら騒がしいけど?」
異変を察した三人が、舞台から降りてくる。
「あぁ、ちょっと面倒なことになりそうだ……ここは…」
「「「「あっ!いたぞ!!数え役萬☆姉妹だ!!!」」」」
「あ~~っ!隊長めっけ!!なの!!!」
ダブルで見つかって、ダブルでピンチっ!?
っていうか、天和たちのファン多いよ!!
こうなったら……
「三人とも!逃げるぞ!!」
「え?え??」
「一体なんなのよ!?」
「状況はかなり不味そうね。姉さんたち、ここは逃げるわよっ」
三十六計(以下略)
とにかく俺たちは、その場から逃げ出した。
「あっ!おいコラ待たんかー北郷ーー!!」
「「天和ちゃ~~ん!!」」
「隊長ー待てー!!」
「「地和ちゃ~~ん!!」」
「待つのーーー!!」
「「人和ちゃ~~ん!!」」
「えぇいっ!!貴様らうるさいぞ!そこをどかぬか!!」
「お前らこそ何なんだ!俺たちは数え役萬☆姉妹を会いにきたんだ!」
「訳の分からんことを!邪魔立てするなら、容赦はしないぞっ!!」
「うるせぇ!!こうなったら、力ずくで押し通るぞ!!」
「そっちがその気なら、こっちもその気なのー!」
「凪、いくで!」
「あ、あぁ……」
「秋蘭も、支援は任せたぞ」
「……心得た」
「行くぞ!!」
「「応っ!」」
………………
…………
……
その日、許では、局地的に人の雨が降ったという……
「ヒュ~……ヒュ~……」
度重なる逃走劇に、呼吸の音がおかしくなってきた。
俺は何とか追っ手を撒こうと、市中の人ごみに紛れた。
だがその途中で、天和たちとははぐれてしまった。
まぁ、あの三人なら、上手いことやり過ごしてはくれると思うけど……
しかし、俺も安心は出来ない。
ここは警備隊のホームグラウンドだ。
追っ手には、その経験者が三人もいる……
早くどこかへ…
「隊長~どこやー!?」
「どこなの~~!!」
ヤベッ!
「こっち、こっちですよ~」
「!?」
そのとき、一本の裏路地から俺を招くような手が、にゅっと出てきた。
だ、誰だ?
「お兄さん、早く早く~」
「その声はっ!?」
「北郷ーーー!!どこだーーー!?」
「こちらなのですー」
「わ、わかった」
………………
…………
……
「はー……はー……」
「何やら大変なようですねー、お兄さん」
「はー…はぁ~……ん、助かったよ、風」
「いえいえ~、礼にはおよびませんよー」
風が連れてきてくれたのは、四方を家で囲まれた、ちょうど秘密基地のような空き地。
塀の上を、ちょこちょこっと歩いてやってきた。
「それにしても、こんな所にこんな場所があるなんて、知らなかったなぁ~」
「私も最近知ったのですよ~。猫さんに教えてもらいましてー」
「な、なるほどな……」
猫に教えてもらったって…猫の言葉が分かるのか?
周りを見れば、確かに猫のちょっとした溜まり場になっているみたいだが……
「いえ~、さすがの風でも、猫の言葉は分からないのですよ」
「いや、心を読んで突っ込まないでくれ…」
「それにしても、お兄さん大変ですね~」
「あ、あぁ…まったくな」
考えてみれば、朝から逃げっぱなしだな、俺……
「今日が、ばれんたいんでーだから、皆さん目の色を変えてますからねー」
「そうだな……もしかして風も、何か俺にくれようとしてる?」
「ふむ……私からも、ばれんたいんでーが欲しいなんて、お兄さんは絶倫なのですねぇ~」
「何のことっ!?」
今、絶倫とか関係ないよね?
「いえ、私がお兄さんに差し上げる『物』はないのですよー」
「?」
どういう意味だ?
「お兄さんが今日、皆さんに振り回されて大変になるのは、分かってましたからね~
私は軍師として、こんなこともあろうかと~…この場所と安息の時間を、お兄さんに差し上げるのですよ~」
「おぉ!?」
そ、それは……今は何より嬉しかったりする…
「それじゃ遠慮なく、休ませて貰おうかな。朝から走りっぱなしで、足が張っちゃって……」
俺は地面に横になろうとする、と
「ささ、お兄さん、こちらへどうぞ~」
風は正座をして、太ももの辺りをパンパンと叩き、まるで、カモ~ン、と言っているかのように手招きをする。
……ひざまくらでもしてくれるんだろうか?
「え~……っと、いいのか、風?」
「おうおう兄ちゃん。女にみなまで言わせるもんじゃねぇよ」
風は少し俺から視線を逸らし、ホウケイに喋らせる。
これは、照れ隠しなんだろうか?
「それじゃ、お言葉に甘えて…」
「どうぞどうぞ~……貧相なひざで申し訳ないのですが~…」
と風は言うが、そこはやっぱり女の子。
とても柔らかな太ももに頭を乗せれば、ドッと襲ってくる疲労感。
行動開始が朝一だったので、太陽は未だてっぺんにすら届いていない。
(このまま、ちょっと寝ちゃおうかな……)
そう、目を瞑りながら思っていると
「ふふっ……お兄さん♪」
風が絶妙の力加減で、髪をなでてくる。
あ……こりゃ落ちるわ……
「ふふふ……作戦通り、お兄さんを独り占めなのです~」
……不穏な風の呟きも、特別気にはならない…
俺は安らかな眠りに……
「真桜ちゃん!本当にこんな所に隊長がいるの~!?」
「あぁ、間違いないで!」
「どこだー、北郷ーー!!」
「やべっ!」
ビョーンと、俺はバネ細工のように飛び起きた。
「まさか、こんな所まで嗅ぎつけるなんて……」
「お兄さん…」
風のひざまくらは名残惜しいが、そんなことを言ってる場合じゃなくなった。
「あぁ、風。悪いけど……」
「いえいえ、ここに連れてきたのは私ですからー……ちなみに、逃げ道はあちらとなっていますー」
「悪い!ありがとな、風っ!」
今は風の手際に感謝しつつ、この場を去った。
………………
…………
……
私たちがそこに着いたとき、隊長の姿はなかった。
「隊長は…いませんね」
「むむっ……いないではないか!」
「逃げられたか……っちゅーか、春蘭さまの声が大きすぎるのが原因なんじゃ……」
「何か言ったか、真桜?」
「いえいえ、こっちの話ですー」
「あ~、風ちゃんがいるのー」
隊長の代わりに、風さまがポツンと立っていた。
「おぉ、風!北郷を見なかったか?」
「……なんですか?」
「いや、だから北郷を……」
「申し訳ないのですが、風はこれで失礼しますー」
「え、あ、ちょっと風ちゃん?」
春蘭さまや沙和の呼びかけにも応えず、風さまはこの場を去っていった。
「……秋蘭さま」
「…なんだ、凪」
「風さま、ご機嫌の方が…」
「……あぁ、あまり良くはなかったな」
風さま去りし後、私たち五人は、街の隙間にポツンと取り残されていた……
「ほぉわ~~……ほぉ~わ~……も、もう勘弁してくれよ…」
俺は再び、城へ戻ってきた。
灯台下暗しってね。
「……さ、てと…これからどうするか……」
このままここにいた所で、見つかるのは時間の問題だろうからな…
どこかに身を潜め……
「あーーーーーー!!!」
「ひっ!」
こ、今度は誰だ!?
「兄ちゃん見ーーっけ!」
「え?」
向こうの方からトテトテとやってきたのは、季衣だった。
「もー、兄ちゃんどこいってたんだよ~!兄ちゃん部屋にいないから、ボク、城も街も一回りしてきちゃったよー」
「あー……悪い悪い。ちょっと、色々あってな……」
「?……まぁ、いいや。ところで兄ちゃん、今時間ある?」
「ん…まぁ、時間はあるにはあるけど……」
「やった!じゃあ、こっちに来てくれる?」
と、季衣が俺の手を取り、どこかへと向かって走り出した…
たたたたたっ!
「ちょっ…き、季衣!?」
つよっ、強い!はやっ、早い…ってか、浮いてるよ、俺!?
「季衣!もうちょっとっ、ゆっくり…」
「早く早くーーー!!!」
「うわぁ~~~……!」
………………
…………
……
「着いたーー!」
「こ、ここは……」
季衣に連れてこられた場所。そこは厨房だった。
「流琉ーー!兄ちゃん連れてきたよー!!」
「はーいっ!」
季衣が大声で呼びかけると、奥からエプロン姿の流琉が出てきた。
「もうっ、季衣!遅いじゃないの」
「えー、ボクは悪くないもん。だって兄ちゃんが……」
「あ、あぁ…そうなんだ、流琉。俺がちょっと街に出てて…季衣がなかなか見つけられなかったみたいなんだ」
「あっ、そうなんですか?…季衣、ごめんね」
「ううん、いいよー。それより流琉。アレ出来た!?」
「ええ、出来たわよ」
「アレ?」
何のことだ?
「やだな兄ちゃん~!今日はばれんたいんでーじゃん!」
「え!?」
「この前、兄様から教えてもらった、ちょこの作り方を、私なりに工夫して作ってみたんです」
「なるほど……」
流琉なら、確かにチョコを作りかねない。
そうか……二人からのプレゼントは、チョコか~
「どうぞ、こちらです」
と言って出された皿の上には、いくつかの一口大の立方体。
まんまチョコ、というわけでもないみたいだけど……
「これは、牛乳を煮詰めて出来たものに、お砂糖やゴマを混ぜ、肉桂を入れたものを固めてみました」
なるほど、と一つ手に取ってみる。
独特の匂いから推察するに、恐らく肉桂とはシナモンのことなのだろう。
見た目も匂いも、俺の食指を動かすのには充分だ。
「どうぞ兄様…食べてみてください」
「ボクは味見でいっぱい食べたからさー。兄ちゃんも食べてみてよ!とっても美味しいから!!」
流琉の料理で、季衣が美味しいと言うからには、まず間違いはあるまい。
「それじゃあ……いただきます!」
と、それを一つ口の中へ……
こ、これは…………
「どうですか、兄様?」
「どう、兄ちゃん?」
「…………う」
「「う?」」
「うまーーーーーいっ!!!」
「本当ですかっ、兄様!?」
「ああ!この口の中でとろける食感…ゴマと肉桂の絶妙の風味……もう最高だよ!」
「やったね、流琉!」
「いや、これは本当に、天界でだって売り物に出来るぞ!」
「そんな……それは言いすぎですよ、兄様~♪」
料理を褒められ、流琉はご機嫌だ。
その間にも、俺は二つ目三つ目に手を伸ばす。
いわゆるチョコではないものの、これはこれで最高のお菓子の一つだ。
「ありがとうな、流琉」
「いえ、そんな……」
俺は流琉の頭を、優しくなでる。
流琉は気持ちよさそうに目を細める。
「兄ちゃ~ん…ボクは?ボクは~?」
「ん、季衣も、ありがとうな」
「へへ~♪」
もう片方の手を、季衣の頭にポンと乗せ、なでてあげる。
季衣はちょっとくすぐったそうにしながらも、喜んでいるみたいだ。
美味しいお菓子に、可愛い女の子。
あぁ……天界では全く縁がなかったけど、やっぱりバレンタインはこうでなくっちゃな!
と、俺は感慨に浸るのだった……
ドドドドドドッ!
「ん?」
俺を感慨から引き戻すほどの、大きな音。
なんだろう…何かが遠くから近づいて……
「やっと見つけたぞ、北郷!!」
「げっ!春蘭!?」
もう見つかったか…っていうか、ピンポイントで分かりすぎだろっ!
「春蘭さま~?」
「いったい、どうしたんですか?」
ただならぬ春蘭の様子に、季衣と流琉が首をかしげる。
「いや…お前たちが気にすることはない……さぁ、北郷。大人しく縛につくが良い!」
ヤバイな……
厨房の入り口を、魏武の象徴、猛将・夏侯惇が塞ぐ。
正面突破で、勝てるわけがない……
俺は流琉に小声で尋ねる。
「流琉…厨房って、他に出口はあるか?」
「え?…奥に勝手口がありますけど…」
「よし、じゃあそこから……」
「おーっと!そうは問屋が卸さへんで、隊長!」
「観念するのー!」
「げげっ!お、お前ら…」
奥から真桜に沙和が現れた。
その後ろからは、色々と諦め顔の秋蘭と凪が続いてくる。
「さあ、北郷……私の猪口を食べてもらうか…」
「隊長~……一緒にこの服を着て、街をお散歩なの~~……」
「せやで~、こんなこっ恥ずかしい思い、隊長にもしてもらわんと割に合わへんで…」
それぞれの得物(?)を手に、三人が包囲網をジリジリと縮める…
っていうか真桜…やっぱり自分も恥ずかしいんじゃないか!
「季衣!流琉!?」
俺は自分の周りにいたはずの二人に、助けを求める。
……が、いつの間にか二人は、秋蘭と凪によって、この輪から避難させられていた。
「兄様……」
「兄ちゃん……」
これから俺に起こるであろう事態を、案じてくれる二人。
それに対して、秋蘭と凪は目も合わせてくれない……
諦めろって、ことか……
よしっ……俺も男だ。いつまでも逃げてばかりはいられない…
覚悟を決めた俺は、腰を落とし、迫り来る三人を……迎えうつ!!
「さあ、来い!!」
「「「――――っ!!!」」」
………………
…………
……
「ぎゃあ~~~~~~………」
「はぁ~……今日は参った…」
俺史上に残る『厨房の戦い』に破れた後の俺の身には、熾烈を極める(?)運命が待ち受けていた。
まずは、春蘭の猪口(と言っても、猪の生首だが…)は、流琉に調理してもらうことになった。
さすがに、生でアレを食べることは、さすがに勘弁してもらった…
料理が出来るまでの間、俺は例のハート柄の服を着せられ、沙和たちによって、市中引き回しの刑(?)に処された。
ざわ…ざわ…
「ねぇねぇ隊長~♪みんなが、沙和たちの事を見てるの~~♪」
「…そうだな」
「らぶらぶかっぷる、だと思われたら、沙和困っちゃうの~~~♪」
「…いや、きっと、違うと思う……」
こんな服を着て、通りのど真ん中を四人で練り歩けば、そりゃ視線も集まるだろうさ……
ご機嫌の沙和に、腹を決めている真桜。
俺と凪は二人の後ろを、なるべく小さくなりながら歩いていた……
と、ここで一つ、疑問に思ってたことを聞いてみることにした。
「そういや凪。何でお前たちは俺の居場所が分かったんだ?いくらなんでも、あれは早すぎだろう?」
「あ、それは……」
「それはウチが説明するで!」
俺たちの数歩前を行っていた真桜が、首を突っ込んできた。
「何だ、真桜?」
「ふっふっふ……こんなこともあろうかと作っておいたんが、これや!!」
と、真桜が取り出したのは、半径が大体30cmの円形の板。
それには、陰陽のマーク(白と黒のやつ)が描かれ、中心には時計の針のようなものが一本付いていた。
「……なんだ、これ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
真桜が得意げに、その豊かな胸を反らせる。
「これは、ウチが研究に研究を重ね…陰陽道を用い、さらに針には特別な素材を使うた、至高の一品なんや!」
真桜が熱く、熱く語る。
「その名も、名づけて『たらし盤』や!」
「たらし盤?」
「せや!これは、ここらで最も女たらし度の高い人がいる方向を、針が指すっちゅー仕組みなんや」
「は?」
「せやから、実質これは隊長発見器でもあるわけや!」
……んな馬鹿な…
「っちゅーわけで隊長。これからは隊長がどこでナニをしとるか、ウチらには丸分かりやからな~♪」
「ナ、ナニって……」
凪が頬を赤らめる。
「凪っ!違うから。その変な想像違うから!」
「い、いえ、私は別に……」
「いやぁ~……凪はスケベやなぁ~」
「――っ!真桜!」
「もーー!三人とも、何してるのーー!!」
一人で先を歩いていた沙和が、俺たちが付いてきてないのに気付き、戻ってくる。
「早く行くのー!」
「分かってるって。悪かったよ、沙和」
とりあえず、素直に謝っておく。
すると沙和は機嫌を直してくれた。
そして…
「えへへ…た~いちょ♪」
沙和が、俺の右の腕に
「あ、ずるいで沙和!……隊長っ!」
真桜は、俺の左腕に
「………隊長」
凪は後ろから、俺の服の裾をキュッと握ってきた。
美少女三人に囲まれて、お揃いの服を着て、街を歩く……
まっ、こんなバレンタインデーも、ありなのかな?
街から戻ってきた俺たちを待っていたのは、豪勢な猪口料理(?)だった。
ちょうどお昼時と言うことで、主だった面子を呼び、みんなで食べようと言うことになった。
今この場にいないのは、忙しいと言う理由で来られなかった華琳と、興味のないと言って来なかった桂花。それに、地方回りをしている霞だ。
意外と、と言っては失礼だが、猪口料理はかなり美味しかった。
「おっ、これ、かなり美味いな~!」
「当たり前だろう!私が獲ってきた新鮮な猪口なのだからなっ!」
と、春蘭が得意気に語る。
まぁ、新鮮なのはこの時代、何より大切なことなのだろうが……
「そうですね。春蘭さまが振り回していたせいか、血抜きもしっかり出来てましたし。ちょうど良い具合に熟成もされてたんで、料理のし甲斐がありました」
「そうだろう、そうだろう!」
流琉に褒められて(?)まさに有頂天、といった感じだ。
まぁ、ここは大人しく春蘭を立てておくか。
「何はともあれ、ありがとうな、春蘭。俺のために猪口を取ってきてくれて」
「な、何を言うっ……誰が貴様のためなんかに!こ、ここ、これは華琳さまのためにだな…っ!」
「ふふっ……姉者。あれだけ一刀を追い回しておいて、それはなかろう?」
「そ、それはだな……」
秋蘭の突っ込みに、顔を赤らめ、あわあわとしどろもどろになる春蘭。
普段からこうだと、可愛いし、こちらも助かるんだけどね…
「一刀もすまなかったな…猪口を獲りにいくと言った姉者は、それこそ猪のようでな……止めることが出来なかった」
「いやまぁ、俺としても、疲れたけど楽しかったよ。秋蘭もありがとうね。それと、お疲れ様」
「うむ……その言葉が、何よりの労いさ」
それからは、楽しい食事会。
美味しい猪口料理を、みんなで舌鼓を打つ。
しかしまぁ、あれをこんなに美味しい料理にしてしまうのだから、流琉の腕前ときたら、それこそ天下一品だろう。
ま、どの料理がどのパーツで出来てるとかは、聞きたくないけどね……
………………
…………
……
食事を終えると、仕事のある者は仕事へ戻り、その他の者は中庭で始まった、数え役萬☆姉妹の突発ライブを聞いていた。
三人の歌声に聞き惚れつつ、食後の気だるい感じでボーっと座っていると、風が話しかけてきた。
「お兄さんお兄さん」
「ん?なんだ、風?」
「いえ~、ちょっとお願いがありましてー」
「お願い?」
珍しいな、風が頼みごとなんて…
「いいよ、俺に出来ることだったら、何でも言ってくれ」
「そですかー、ではですねぇ~……」
「うん」
「今、風は食後と言うこともあり、猛烈に眠いのですよ~?」
「うん?」
「でですね。少し横になりたいので、お兄さんにひざまくらをして欲しいのですよ~」
「えっ!?」
ひ、ひざまくら~?俺が?
「ダメですかー?」
「いや、ダメってことはないけど……」
ちょっと恥ずかしいな……
「…ほらっ、男の膝なんて、硬くて気持ちよくないだろう?だから……」
「いえいえ~、お兄さんが今欲情していなければ、柔らかい所があるじゃないですか~。ほら~、そこのおち……」
「違う!?そこ、膝じゃないから!」
どこで寝るつもりなんだよっ、風は!
「……ほらっ、みんなもいるしさ、ちょっと恥ずかしいかな~……なんて?」
「…いえ~いいのですよ。お兄さんが嫌なら無理にとは~」
「いや、だから別に嫌ではないと……」
「お兄さんがお嫌だと言うのなら、先ほど私と二人っきりのときに、お兄さんが私に及んだ行為について、事細かに、面白おかしく、皆さんに伝えるだけですので~」
「ちょっ……風、何を言う気?」
「さぁ~~…?」
……この風の目は、あることないこと、色々脚色して言う目だ!
そんな風の口から出た言葉が、華琳にでも知られたら……っ
「わ、分かったよ…」
「おや?何がですかー?」
「ひざまくら、してあげるから、さ?こう…何も言わないで欲しいな~…とか?」
「いえいえ~、ですから、お兄さんに嫌々やらせるのは、私も非常に忍びないとー……」
「やります!やらせてください!!いやぁ、俺すげぇ風にひざまくらしてあげたかったんだよな~」
こうなりゃ、もうヤケだわ!
…つーか、今日の風は、なんか意地悪じゃないかい?
「そですか。そこまで言われては仕方がないのです~。お兄さんのひざまくらでお昼寝するとしますかー」
と言うと、あぐらを掻いていた俺の股間めがけて、コテンと横になる風。
ホウケイが、俺の腹に大胆にぶつかり、コテンと俺の横に転がった。
「ちょ、ちょっと、風さん?」
「いやぁ~…やはり気持ちがいいものですねぇ~……お兄さんが、風にひざまくらを強要した気持ちも分かりますよ~」
「ちょ…だから人聞きの悪いこと言わないでってばっ!」
「ぐー……」
「寝るなっ!」
「すー……」
俺に突っ込みに返ってきたのは、リアルな寝息だった。
……本当に眠かったんだな。
風の寝顔を見てると、何か優しい気持ちになってきた。
起こさないように、そっと髪をなでる。
「くふぅ……お兄さぁ~ん…♪」
「風……」
無理に起こすのも忍びないので、しばらくはこうしていることにした。
美味しいお菓子と食事に、俺を慕ってくれてる女の子たち…
天女の歌声を聴きながら、俺の膝で眠る天使の寝顔を拝む……
まっ、色々あったけど、これも一つの、バレンタインデーなのかもな………
………………
…………
……
ワォーーーーーン
「…………」
日が沈んでから、どれだけの時間が経ったろうか。
未だ、風は起きない…
二月の大陸といったら、夜の冷え込みは天界のそれとは訳が違う。
風に風邪を引かせるわけにもいかないので、俺の上着をかけてあるが、その分、俺はかなりの薄着だ。
みんなからは「風が起きるまで起こすな」と言われてはいるが、そろそろ限界だし…
ちょ~っと、さすがにこれは、そろそろ起こした方が……ふぇ…
「ふぇ~っくしゅん!!」
と、俺の放ったくしゃみは、色々なものが風にクリーンヒットした。
「わっ、わっ……お兄さん、汚いのですよー!」
「あっ、す、すまん……」
…………
「風。まさか起きてたってことは、ないよな?」
「…………」
「…………」
「おぉ!自分が起きていたことに、気がつかなかったのですよー」
「そんな言い訳あるかーーっ!!」
どんな理屈だ、そりゃ!
「男なら、細かいことは気にするもんじゃ~ねぇぜ、兄ちゃん」
「おぉ、ホウケイがいないと思ったら、そんな所にいたのですかー」
と、風は起き上がり、俺の横に転がってた(?)ホウケイを定位置に戻した。
「それではお兄さん、私はこの辺で~……あ、上着ありがとうございましたー」
俺に上着を返すと、普段からは考えられないようなスピードで、何処へかと消え去った……
「へっくしょんっ!」
寒空の下、ポツンと残された俺は、長時間風が乗っていたため足が痺れてしまい
もうしばらく、その場を動けなかった……
ようやく部屋に戻ってきた俺は、寝台にどっかりと腰を落とし、今日のことを思い返した。
…………
まぁ、楽しかったのは、確かに楽しかった。
お菓子は美味しかったし、食事も美味しかった。
服も貰ったし、歌もひざまくらも、とても良かった。
……ただ、一番贈り物が欲しい人からは、まだ何も貰っていない…
それどころか、ここ数日は、まともに会えてすらいない……
ま、華琳だって忙しいんだろうし…
天界にいた頃から比べれば、バレンタインデーに女の子から何かもらえるだけで、万々歳のことだしな……
…それでも、好きな人から貰いたいって思うのは、贅沢な…無いものねだりなんだろうか?
……
…………
………………
「びゃ~~~っくしゃぁいぃっ!!!……ずー」
あー、ヤバイ……こりゃ本格的に風邪引いたかな…?
風呂なんか、こんな時間に沸かしてもらうわけにはいかないし…
体を暖めるには、布団を何枚か重ねて寝るしかないかな……
そう思い、掛け布団をもう一枚出そうとしたとき
(…コンコン)
「ん?」
今、ノックの音がした?
聞き間違いかと思うほど、ささやかなノックの音。
(コンコンッ)
今度はハッキリと音がした。
…こんな時間に、いったい誰が?
「……一刀?まだ、起きてる?」
「か、華琳!?」
扉の向こうから控えめに俺の起臥を確かめる声の主は、なんと華琳だった。
「あ、あぁ…起きてるぞ、華琳」
「あっ、一刀……今、時間、大丈夫かしら?」
「うん…大丈夫だけど…」
「じゃあ……入るわよ?」
「あぁ、うん。鍵は開いてるよ」
恐る恐ると言った感じで、部屋に入ってきた華琳。
いつもとは、少し様子が違うようだが……
「…………」
「…………」
「えーっと、さ…な、何か用かな、華琳?」
「えっ!?…あ、えと…あ、あのね、一刀……」
「うん」
「…………」
「…………」
?
華琳は、いつぞやの春蘭みたいに、後ろ手に何かを隠し、こちらをチラチラ見ながらモジモジしている。
春蘭と違うのは、隠している物が完全に隠れてることだが……
……――っ!
もしかして…もしかすると……っ!!
「あ、あのさ、華琳……」
「はいっ!これ、一刀にあげるわ!!」
グイッと華琳に押し付けられたのは、口が折られた紙袋。
「…これ、開けてもいい?」
「……(コクッ)」
華琳の許可を得て、紙袋を開けて、中身を見る。
「こ、これは……」
「か、一刀ってば、いつも同じ格好だし。その格好じゃ…この季節は、ちょっと寒いと思ったのよ……だ、だからっ!」
俺は紙袋の中身を、取り出す。
これは……
「だから、襟周りだけでも暖かくすればな、と思って…襟巻きをっ……」
「…マフラー」
「ま、まふらー?」
「いや…こういうのを天界では、マフラーって言うんだよ」
「そ、そうなの……」
華琳からの贈り物は、マフラーだった。
羊の毛と思われるもので編まれた、とても暖かそうなマフラー…
白地のそれには、ところどころに、ピンクのハートマークが……
「もしかして、さ……これ、華琳の手編み?」
「――っそ、そうよ!悪い!?本当はもっと時間をかけて、ちゃんとしたものを作りたかったわよ!でも風が、ばれんたいんでーがある、なんて言うもんだから、日中頑張って政務を早めに終わらせて、余った時間で何とか…こんな時間になったけど、今日に間に合わせたのよ……何よ!!何か文句あるの!?」
確かに、完璧主義の華琳にしては、このマフラーは所々ほつれていたりする。
急いで編んだのか、よれてびろびろの箇所も、いくつか見受けられる…
でも……
「何よ…何か言いなさいよっ、一刀!」
「ありがとう、華琳」
「……えっ?」
「ありがとう、華琳。すごく、嬉しいよ…」
「で、でも…この襟巻き、所々ほつれてたりするわ…」
「うん、確かにほつれてるね」
「ちゃんと縫えてないところもあるわ……」
「うん、そういう所もあるね。でも…」
そう。でも……
「華琳が、俺のために作ってくれた物だもの。例え、マフラーにほつれてる所があったとしても、よれてる所があったとしても…華琳の想いがいっぱい詰まった、このマフラー……とても、とっても…暖かいよ、華琳」
「一刀……」
そう言って俺は、華琳に貰ったマフラーを首に巻く。
「うん、やっぱり暖かいや。それに……なんだか、華琳の匂いがするよ」
「な、ななな……っ」
「くんくん……あー!やっぱり華琳の匂いは、良い匂いだなぁ~」
「ば、ばかっ!何してるのよ、あなたは!!」
「別にいいだろ?華琳が俺にくれたんだから、何したって~」
「なら返しなさいっ!!」
「いやだよ~」
華琳と俺の、マフラーを巡っての攻防戦。
って言っても、俺がマフラーを持って手を伸ばしてるから、華琳に勝ち目があるわけないんだけど……
俺の頭上のマフラーめがけて、ピョンピョン跳ねる華琳の可愛いこと可愛いこと!
眼福、眼福♪
「こ、らっ……一刀っ!」
そんな華琳をいつまでも見ていたいけど、ここは……
「華琳…」
「きゃっ」
俺は飛び跳ねる華琳が着地したところを、ギュッと抱き寄せる。
「か、一刀?」
「華琳、もう一回言うよ…ありがとう。このマフラー、ずっと大切にするよ」
「ふ…ふんっ!勝手になさい…」
華琳は俺の腕の中で、ツンと、そっぽを向いてしまった。
ふぅ…どうやって機嫌を直したもんか……
「そうだ!こんな良いもの貰ったんじゃ、ホワイトデーにはお返しをしなくちゃいけないな」
「ほわいとでー?」
「あぁ、バレンタインデーは女の子が男の子にチョコを贈る日なんだけど、ホワイトデーは男の子がチョコを貰った女の子にお返しをする日なんだ」
「へぇ~…天界にはそんな日まであるのね」
良かった…食いついてきてくれた。
これで少しは、機嫌が直……
「ってことは、今日一刀に手作りのまふらーを贈った私は、その日、さぞかし良い物を贈ってくれるんでしょうね、一刀?」
……おや?
「女が男にわざわざ贈り物を贈ったんだもの。その返礼は当然、何倍にもなっているのよね?」
「え、あ…」
「あぁ!今からその日が楽しみね、一刀?一体その、ほわいとでーとやらは、いつなのかしら?」
「は、ははっ……」
どうやら、藪を突いてしまったらしい…
ま、せいぜい頑張って、華琳へのプレゼントを考えるとするか…
しかしまぁ…三倍返しの伝統は、こんな時代から、もう始まっていたんだなぁ……
「ほわいとでー、楽しみにしてるわよ一刀っ。折角まふらーあげたんだから、風邪なんか引いたら、承知しないわよ!」
う~ん……でも、一本取られたままってのも、男として廃るよなぁ~…
よし、ここは……
「それじゃ、おやすみなさい、一刀」
「華琳っ」
「えっ?」
部屋から出て行こうとする、華琳を引き寄せ…
(チュッ♪)
「んー!?」
「……ふぅ。今日のところは、これがお礼ってことにしておいてよ、華琳」
「なっ……突然何をするのよ、あなたは!!」
「いやぁ、ホワイトデーまで何もお礼しないってのは、アレかな~と思ってさぁ」
「――っ…ばか!死になさいっ!!」
(ボカッ)
華琳は俺の鳩尾に一発入れ、走って俺の部屋を去っていった。
「へへっ…」
恥ずかしがる華琳も、また可愛い。
華琳からの一撃の痛みも、また心地良い…と感じるのは、既に俺が華琳への恋の病に侵されているだろうか…
「へへへっ………へ、へっくしょぉい!!!」
……
…………
………………
次の日、俺と華琳が風邪で倒れてしまったのは、また別のお話……
同じ頃、魏領某所では……
「なに?風から急ぎの文やて?」
「は、ははっ……程昱さまから、張遼将軍に火急の用、との…こと、でして……」
ウチが近郊の視察を終え、拠点に戻り、これから寝ようと言うところに、伝令兵がやってきた。
何や、よう分からんが、ずいぶんと疲れとるみたいやな…
何でも、風が急ぎの用事やという。
「何々~……」
………………
…………
……
「何やて~~!!」
ばれんたいんでーやって!そんなもんがあるんかいっ!!
「何々……ふむっ…ふむっ!!」
なるほど、概要は何となく分かったでー
それで、肝心の期日は……
「って、なんやこりゃ~~~~!!!!」
この日付、今日やないかい!!
ウチは伝令に詰め寄る。
「おいっ、コラお前!何だってもっと早う届けへんねん!!」
「も、申し訳ありません!!し、しかし、張遼将軍の視察日程どおりに後を追ったのですが…」
「ですが…何や!?」
「期日どおりの場所に将軍は現れませんし…どこそこの街にいる、と言う報せを受けて後を追いましても、将軍の部隊は既におりませんし……」
「あ……」
そういや、許を出る前に華琳に提出した計画。ウチ……ガン無視しとったなぁ~…
期日までに、決められた街を回ればええと思っとったし…
それにウチの部隊、相変わらずバカみたいに行軍速度速いし……
「そ、それでですね……」
「…もうエエ」
「はっ?」
「もう分かった…行ってもエエで~……」
「は、ははっ!失礼します!!」
ビシッと敬礼を決め、足早に去っていく伝令兵…
……ウチの
「ウチのドアホーーーーー!!!」
数日後、許に帰ってきた霞が、ひどく落ち込んでいたと言うのも、また別のお話……
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と言うわけで後編です。
何だかんだで、結構長くなりました。
つっても、バレンタインデー
もう一週間以上過ぎちゃいましたけどね…^^;
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