「それよりも先生のその怪我を治さないと」
「あかんあかん。それこそ力を使うやないか。こんな程度のことでリスクを負うてどうすんねん。」
「いずれにせよ、昨夜夕美ちゃんがあれほどの力を解放しちゃったからには、もう世界へ向けてスクープ映像を発信したようなもんですよ。」
「うーん、たしかに…」
耕介は抜けた天井の彼方に真っ青に広がる空を見上げて、もう一度うーん、と唸った。
「もう、いっそ開き直って大手を振って研究を進めてしまいましょうよ……それにしても調整前の“スイッチ”なんか飲んで夕美ちゃん、よく暴走しなかったもんですよね」
「ほんまや。運が良かった………いや?もしかしたら、夕美やったから上手いこといったんかも知れん」
「素質ってことですか?でもいくら彼女がトラブルに強いと言っても、夕美ちゃんに“使い手”の才能までは…」
「いや、むしろ。本人が望むと望まんとに限らず、前にいっぺん、薄い薬をちょこっと飲んだやろ。あれで耐性ゆうか、夕美の脳がちょっとだけ慣れたんとちゃうかな。」
「薬…“スイッチ”が入ることに、ですか」
「俺な、13歳の時にはじめて酒の味を覚えてん。」
「は?」
「もうとっくに時効やけどな?」
「はあ」
「それがミニチュアのウイスキーや。それについてる小ちゃいキャップでこう、ジューとすするねん。」
「はあ…」
「そのうちに慣れたんやろな。最初が43度もあるキツい酒で始めたやろ。せやから大手を振って飲めるようになったら、もお、飲むのはそんなんばっかしや。」
「すみません、何の話です」
「いや、せやからね。そーやっていくと、ホラ、韓国の人がちっちゃい時からトンガラシに慣れてゆくから、大人になったら青唐辛子でも平気
になるちゅうね」
「………わかったような、わからんよーな。」
「つまり夕美には下地ができとった、ちゅーこっちゃね」
「話は変わりますが。先生、あの時あいつらの言葉を朝鮮語がどうとかって」
「あら。ほんまに変わったな。ああ、あれな。」
そういうと耕介は、周りが素っぽ抜けで森や周りから丸見えだったことに初めて気づいたように、ほづみに顔を寄せてひそひそ声に切り替えた。
「あいつら、ソウル弁…つまり韓国の標準語しゃべっとったんや。」
「え。朝鮮語と韓国語って違うんですか?」
「うん、ちゃうねえ。ソウルと釜山でもかなり違うんやで。ましてや北と南は戦争のせいで一般人レベルでは半世紀…いや、60年も交流のない、隔離状態みたいなもんや。いうなれば、日本が関東と関西で分断されて半世紀も経ったみたいなもんや。そうなったらもう同じ日本語とは言えんやろ。」
「え、ということは連中は?」
「ズバリ言うとな。あいつらは北朝鮮のフリした韓国系アメリカ人てなトコやろな。」
きょとん、とするほづみ。
「…ややこしいですね」
「まあなあ、今や拉致るのは北朝鮮の専売特許みたいに思われてるやろ?せやからそうする方が都合が良かったんとちゃうかな。」
「まあ、欧米人が集団でウロウロしてたら目立ちますからね。」
「せやからね。あいつら、クニちゅうたら遠いから、あんな調子で帰るとなるとかなり大変やろなあと思てな。」
「うーん、アメリカですか…」
「まあ、いずれにせよ海外ってことで。」
「そらそーとな?ゆうべ土壇場で飛び込んで来て、いま研究室に転がっとるアレ、一体誰やねん。外人の子みたいやけど」
「あ。忘れてました。えーと、夕美ちゃんの学校の…メディア部の部長ですよ。」
「めでぃあぶ?なんじゃそら?」
「まあ、昔の新聞部みたいなもんでしょう。学生版マスコミってとこですね」
「っちゅーことは、あいつ、ウチのこと嗅ぎ廻ってたんかいな」
「そうなんですかね。」
「しかもあん時、夕美の裸見やがったんや。」
「でも一応彼なりに夕美ちゃんを助けたくて飛び出したみたいだし。そんなことよりも」
「うん、見られた事がなあ」
「四人組はともかくも、夕美ちゃんの知り合いとなると方程術でどーこーなんて」
「…あのう」
「わああっ」
耕介もほづみも飛び上がって驚いた。車椅子の耕介などは車輪が一瞬浮き上がった程だった。いつの間にかふたりの背後に亜郎が来ていたのだ。「その、何からお訊ねすればいいのか分からないんですが…」
「ここ、こっちこそお前に訊きたいことだらけやわ!!…そそ、その前にまずお前、なんぞ言うことあるやろが!」
「あっ。一体ここで何があったんですか?」
「何ゆうとんねん、ちゃうやろ!! 助けて下さってありがとうございましたとか、ご迷惑をおかけしましたとか!!」
「そ、そうでした」
とりあえず通り一遍の会釈はしたものの、亜郎の心中はあふれかえる疑問に対して納得の行く解答を求めることでいっぱいだった。
得体の知れない連中が須藤家に押し入ったまではまだあり得る話だが、そのあとの展開はあまりにも常軌を逸している。自分の眼で見ていてさえも信じがたいのである。
しかし先ほど、さまざまな機材がとっちらかった異臭漂う研究室に毛布一枚にくるまった姿で目が覚めたとき、たしかに自分はそういう経験をしたことを確信した。しかも研究室から出てみると、昨夜の事件が事実だったことを裏付けるように、目の前には巨大な災害に遭ったかのような無惨な壊れ方をした真新しい家があるではないか。
亜郎は考えた。
この家は、この研究所は一体何を研究しているのか。よほどヤバイか、とてつもないモノであることは間違いない。だからこその襲撃事件の筈だ。しかも自分は今、望むと望まないにかかわらずそれに巻き込まれた突撃レポーターとしてその当事者を前にして直接当人にインタビューできる立場にある。
彼らにとっても亜郎の存在自体がある種の脅迫といっていいだろう。彼らがなんとしても秘密を守ろうとすれば強硬手段を採る可能性も考えられるが、アメリカや中国のような広大な国ならいざ知らず、日本みたいに狭くてどこへ行っても人がいるような国では口止め殺人のリスクは大きすぎる。
むしろ、人ひとりが行方をくらませてしまったことで藪蛇になって秘密が露見する可能性の方が大きいのだ。見たところ、夕美の父親もほづみという男も、そういう愚行に走るタイプには見えない。つまり余計な刺激を与えない限り、多少強めに詰問できるという事になる。さて、何から訊き出してやろうか。
だが、次に亜郎の口を突いて出た言葉は、亜郎自身でも意外なものだった。
「夕美さん、夕美さんは無事ですか」
〈ACT:31へ続く〉
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すんげーはげみになりますよってに…
(作者:羽場秋都 拝)
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