No.597315

恋姫異聞録169- 走舞 第三部 -

絶影さん

走舞の第三部に入ります

皆様、薊さんの隠してきた策は、想像がついたでしょうか?
流石、薊さんですね、人が嫌がることをよく知っています
次回も早くあげられるようがんばりますので、皆様よろしくお願いたします

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2013-07-13 21:58:10 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4726   閲覧ユーザー数:3589

先頭を行く霞の後方、間を開けて兵を配置する祭は、隊の中心に陣取り先頭の速度に全体を合わせる

前に行きすぎず、かと言って後方に続く兵達に決して近寄らず。彼女の部隊だけが湖面に浮かぶ孤島のように存在する

 

「祭ぃ、ちくっと後ろにさげぇ」

 

「注文の多いヤツじゃ、そろそろ退がらぬと戦闘に巻き込まれるぞ」

 

「わかっちゅうきに、あしが言うた通りにせえよぉ。おんしの喧嘩、ようみちゅうからなぁ」

 

「応さ、任せておけい」

 

祭の近くに居る伝令に幾つも指示を出しつつ、すこしずつ少しずつ全体を整えながら退いていき、隊の後方でその場に降りて立ち止まる薊

遠ざかる祭の率いる兵を見ながら竹簡を宙に舞わせれば、追いついた薊の子飼いの兵が騎馬に乗り、薊を馬乗へ引き上げた

 

「ええぞ。あしは、はぁ後ろの退るき」

 

「よろしいので」

 

「構わんぜよ。はぁ、あしの仕事は終わりじゃぁ」

 

続く呉の兵の中をゆっくり退がる薊は、通り過ぎていく雪蓮、冥琳、蓮華達を眺め軽く手を振っていた

雪蓮と冥琳は、薊に軽く頷き、蓮華も同様に薊からの期待に応えようと頷こうとした時、薊は蓮華にだけ拱手をして頭を垂れた

 

その姿に言葉が詰まる蓮華。並走していた甘寧までも、薊の拱手が眼に入った瞬間、奥歯を思い切り噛み締め手綱を握りしめていた

 

薊の拱手には深く重い意味が込められていた。一度として呉の王として認められなかった中で、ようやく今、王として頭を下げた

最後の戦だからではない、からかいなどでも無い、薊は魏で多くの経験を昭と魏王から学んだ蓮華に未来を見て頭を下げたのだ

 

呉を背負う王として、生きて再び呉にて、私に頭を下げさせろ、私を使って見せろと強い意味が込められていた

 

「蓮華様、薊様は蓮華様を信頼して居られます。魏よりも強い国を作られることを疑ってなど居られません」

 

「ああ、解っている。そして、私のやるべきこともだ」

 

呉の兵の中で雪蓮と冥琳の横を通り抜け蓮華は先頭へと躍り出る

目の前に迫る天水に向け、士気を上げるため先頭に出ただけではない、彼女の背から感じるのは呉の兵に対する信頼と誇り

自分の生きる道、そして自分は何者か、自分が何を護る人間なのかを理解した蓮華の背に兵は呼応するように心を鋭く尖らせていく

 

「見えたで!稟、見えとるか?ぎょうさん象兵連れてきとるわ」

 

先頭にて、紺碧の牙門旗を靡かせ突き進む霞は、偃月刀を天に掲げて回せば、後方で水鏡から情報を得た稟が華琳の元へと退がりつつ騎乗で眼鏡を指先で直す

 

「ええ、見えてますよ。既に布陣も済んで居るようですね」

 

目の前に現れたのは、天水の城さえ視えない象兵の大軍。獣達で作り上げられた城壁。その端は霞んで視えぬほど

だが、後方には騎兵が控えていると容易にわかる。何故ならば、象の鳴き声よりも遥かに多く、平原を埋め尽くすほどに配置されているのだから

 

「ですが、肝心の中央の陣形は解りませんね。象兵で隠れてしまっている」

 

「あれが象、随分と大きいわね。あんな生き物が居るなんて、フフッ世界は広いわ」

 

眼前に広がる騎兵の絨毯。中央には巨大な獣に跨る蜀の兵が迫る魏の兵に威嚇の声をあげていた

華琳は、初めて目にする象と言う獣に興味があるのだろう、鼻を、牙を、灰色の肌を、物珍しそうに眺めていた

 

「あ、あんなのどうやって対処するのよ。十や二十どころじゃない、五千以上は居る!」

 

目の前に光景に絶句するのは、薊が消え戻ってきた桂花である

初めて目にする異形の獣。鳴き声から巨大な体躯、驚くのはそれだけではない、一体どうやって集めたのか

兵数1万に達するほどの数を無意識に少なく口にしたのは、圧倒される獣壁に対し心理的に怯んだから。未知のモノに対し

人は無意識に警戒し、恐れを抱く。魏の進撃を未知の獣が、壁が、唸り声のような奇っ怪な音を立てて待ち構えていたのだ無理もない

 

「恐ろしいのかしら」

 

「もどって来たのね、兵を全滅させたそうじゃない」

 

兵の操る騎馬の後ろに乗り、飄々として兵を失った事に微塵も同様を見せぬどころか、何の感情も見せぬ水鏡が桂花の側へと馬を寄せた

 

「ええ、自分達の兵まで水計で流すとは、昔のあの娘からはとても考えられない事をしてみせたわ」

 

「華琳様の大切な兵を殺しておいて、何の反省も無いの?」

 

「死ぬも死なぬも流れのままに。これもまた必然であり流れ。天は三百の贄を欲しただけにすぎないわ」

 

眉根を寄せる桂花。反省などありはしない、敵の力量を測る為に、必要な贄であったと言う水鏡に対して心の底から不快感を表す

不快感は、彼女の身体から溢れ、気がつけば騎馬の手綱を手が白くなるほどに握りしめていた

そんな様子を見て、水鏡は羽扇で口元を隠す

 

「それアイツの前で言わないことね。殺されるわよ」

 

「それもまた好。鬼に殺されるのもまた興味深いわ」

 

妖艶に微笑む水鏡の言葉に対して不快感で一杯であった桂花は少々怪訝な表情をしてみせた

何故ならば、桂花が聞いていた昭に対する水鏡の評価が違っていたからだ

李通に聴いた彼女の言によれば、昭は唯の人。唯の親。天の御使という呼び名は、とても彼には合わない

それでも天の御遣いと呼べるのは、昭の特殊な知識や違う角度から見た姿。つまりは、子供のために行動している姿が

華琳のしたい事を代わりにしている姿が、民にはまるで天の使いのように見えるだけであるとの事だ

 

「鬼(バケモノ)ってどういうことよ。アイツは普通の、唯の男じゃなかったの」

 

「ええ、彼は唯の父であり、何処にでも居る男性。唯、一つ違うのは、今の状況」

 

「・・・そういう事、戦で負ければ子供が狙われる。最後の戦、負けられない戦いだものね」

 

「己が滅せば子の行く末すら奪われる。人は強き思いの元で鬼となる。何時の世も、人を獣と、鬼と成すのは強き思いのみ

彼は思いのみで戦場を駆けて来たわ。己の心を炎に変え、氷に変え、時に舞と言葉で修羅の王へ、そして最後は鬼へと」

 

合点はいったが昭を鬼と言い、殺される事が面白いといってのける水鏡に、桂花は心から思う相容れない存在なのだと

そして、この幽鬼のような自身の存在すら幽幻な水鏡に恐怖する。本当に人なのであろうかと

 

「あれをどうやって使うのかしら、背に乗っている様子から騎兵のような使い方をするように見えるけど」

 

「仰るとおりです。南を行脚した時に見たのは、象兵とは南蛮の兵が使用する特殊騎兵。騎馬と違うところは旋回能力が低く、扱いづらい

ですがあの巨躯に似合わぬ速度、そして突撃力は騎兵を軽く凌ぎます」

 

「軽く・・・で、どうするのかしら?弓兵を配置し、矢を放った所で乗り手は盾を向けている。此方が矢を撃つのも想定内でしょう

あの象とか言う獣、とても弓矢程度で足を止めるように視えないわ」」

 

戦の初手は弓矢と決まっている。だが、それを放たぬのは速度を乗せた象兵をぶつけるため

声すら交わさぬのは、魏に弓を引く用意すらさせぬため

 

弓を構え、魏が射程に入るまで待てば良いというかもしれない。だが、それでは象を騎馬を十分に速度に乗せることが出来ない

速度さえ十分に乗せられれば、陣も配置も十分に済ませていない魏は、象兵が視えてから弓など悠長につがえることは出来ず

放ったところで大した打撃は与えられず、走りだした象兵に中央を容易く突破され魏の本陣はまるで天災が訪れたかのように荒らされる事になる

 

そして、もう一つ・・・・・・

 

広がる騎兵の壁に、象兵の壁に、足踏みで巻き上がる砂塵の瀑布に流石の魏の精兵達も言葉を無くし互いに顔を見合わせていた

異様な鳴き声、そして巨大な獣、溢れんばかりの騎兵

 

騎兵は言わずもがな、羌族の兵と涼州の兵だ。特に、詠と月がその力を借り、辺境の守護から一気に陛下の側まで駆け上がらせた力

羌族の兵たちは、異形の仮面と歪な形の武器を手に、中央で声を上げているであろう劉備に呼応し武器を何度も掲げていた

 

「既に答えは出ております。それよりも、開戦の言葉は要らないのですか?」

 

「戦は始まっているわ。あの時、私の前で戦いを宣言した時から」

 

「言葉は要らぬと言っておりましたね、どうやら向こうも同じようです」

 

先頭で走る霞が有る一定の場所を過ぎた瞬間、まるで堰を切ったかのように突撃を開始する象兵

地面を文字通り響かせて襲い掛かる象の群れ。あまりの威圧感に驚く兵達を他所に、稟は右手を掲げ銅鑼を鳴らす

 

「象を用意するとは思っていましたが、まさか此れほどの数とは驚きましたよ」

 

魏国兵数約三十万、蜀も同様に約三十万。しかし、蜀の兵科はその大多数が騎兵。天水を前にした平原で、最も攻撃力のある騎兵だ

特に、突撃力ならば類を見ないほど破壊力のある象兵が1万。横陣にて配置された象兵は、動く壁となって魏の兵へと迫る

 

「朱里ちゃん、陣は完成したの?」

 

「うん、ちゃんとモノにしたよ。あとは、勝ってたくさん、たくさん償いをしなきゃ」

 

「大丈夫、一人じゃないよ。だから・・・」

 

「そうだね、だから南蛮から手に入れた象兵と羌族の騎兵で一気に削る」

 

城に入らず外に本陣を敷、仁王立ちのまま魏の華琳の姿を見続ける劉備の前方で、軍師二人が互いを見詰め合い、互いに頷き

鳳統は騎兵が駆る騎馬の後ろに乗り、突撃を開始する騎兵と共に最後尾につく。軍師ならば前に出るなどありえぬこと、だが彼女は前へ出る

厳顔と魏延を自分の前に置き、前へ前へと象兵を盾に突き進む

 

地面を揺らし、迫る象。巨躯であるからか、ゆっくりと近づいて居るようで実は速い

魏の兵達は、己の持つ太く強靭な槍がまるで小枝のように感じてしまう威圧感を感じる

こんなものをどうしろというのだと、己の将に視線を集めれば、霞は口元を緩め、春蘭は大剣を振り回し空を切る

 

「秋蘭の弓兵、前にしても無理やであれ」

 

「うむ、確かに騎兵であるなら弓兵が有効であろうが・・・」

 

「ウチの騎兵でもあれは無理やな、惇ちゃんの重歩兵はどうや?」

 

「やってやれぬ事はない、そうであろう!?」

 

兵に対する絶対の信頼に、威圧感で怯んでいた兵たちは己を恥、大剣が風を切り裂くたびに

音を己の鼓舞にするように、何度も何度も声を上げ槍の石突で地面を叩く。戦場に響くは兵の声が奏でる旋律

 

「ほんまや、ほんでも無理して死ぬことない」

 

「ああ、では此方は任せろ。新たな友の力を我等は信じようではないかっ!!」

 

「応よ!左右に展開、騎兵はウチに続けぇっ!!」

 

稟の鳴らした銅鑼に呼応し、霞は兵に指示を送り右へ、春蘭もまた兵を連れて左へ一斉に展開すれば正面にはぽっかりと開かれた空間

 

「なんだ!?左右に展開して、何も無い!!」

 

「いや、奥に見える。真紅の旗の軍勢に牙門旗は黄の文字。雛里よ、呉が来るぞ!」

 

急に開かれた前方に厳顔は警戒し、鳳統の方を見れば、呉の布陣、瞳に入り込む呉の兵科に先ほどまでの勢いを一気に削り取る程の衝撃が走る

何故それが此処にある。この短期間で何故それを揃えることが出来た。西は自分達が手にしている

自分の知識にもそれは有る。だが、揃えることは出来なかった。いや、手に入ったとしても自分の軍勢では使う事が出来なかった

何処からもそれを手に入れることなど出来るはずはない、一体どこまで此方の戦いを読んでいるのか

 

唇を噛み締めて更に上を行く稟の知に絶望に染まりそうな己の心を支え帽子を握りしめて声を上げた

 

 

 

 

 

 

「止まって下さいっ!左右に展開をっ!このままでは」

 

指示を飛ばす鳳統だが

 

「遅いっ!一万の象兵、十五万の騎兵など崩すに三百で十分!」

 

掲げた手を前に降ろせば、祭の率いる特殊兵科【駱駝騎兵】が声を上げ一斉に突撃を開始する

 

張昭事、薊が苦心し用意した特殊兵科とはラクダに乗る駱駝騎兵

ラクダを騎兵として扱う歴史は古い。騎馬よりも古く、積載量が馬より多いラクダに騎乗し騎兵として使う事は必然

しかも、視点が騎馬より高く槍を使えば断然に騎馬よりも有利であり、荒地に対して抵抗がなく強い

 

この駱駝騎兵、一見、良い事ばかりであるが、二つの欠点がある

一つは馬と違い、騎乗にそうとうな練度を必要とすること。特徴的なコブを持ち、走れば馬のような安定はせず、騎馬のように簡単では無いこと

 

そして、最も危惧すべき事は【臭い】である

 

ラクダの特殊な体臭を馬や象は苦手とするために共に運用すれば象や馬が混乱し隊列を乱すという点がある

 

「欠点は、時に長所となる。貴女の作り上げた壁など紙切れ同然、さあ後悔しなさい。覇王に牙を向けたことをっ!」

 

呉の特殊騎兵を中に、空間を開けたのはこのため。呉の駱駝騎兵の臭いで先頭の霞の騎兵の混乱を避けるため

そして、特殊兵科である駱駝騎兵を敵から隠すためである

 

「阿呆がぁ、あしが魏に対抗するため蓄えた兵科じゃぁ。象なんぞに喰われるものかよぉ!」

 

呉の軍勢最後尾で叫ぶ薊は、先頭の祭に向かい兵に旗を振らせ合図を送れば、祭は駱駝騎兵を大きく広く展開させ始めた

 

「やれぃ祭!騎射もきさんならなんちゃーじゃなかろうっ!射殺してやれぃ!!」

 

ギリギリまで隠された駱駝騎兵に対し、旋回能力が無いに等しい象兵は避ける事も逃げる事も出来ず接敵する

突騎兵のように弓兵である祭の指揮の元、ラクダの上で弓をつがえたまま象兵に向かい駆ける駱駝騎兵

羌族もまた、祭の率いる駱駝騎兵に対して騎射を試みようとするが

 

近づいた瞬間、象や馬が一斉に異様な鳴き声を上げて暴れだし、象は狂ったように側を走る仲間の騎馬を踏みつぶし

騎馬は騎馬で、臭いから逃れるようにあるものはヨレてぶつかり、地面に転び、驚いたように嘶き前足を高く上げて乗り手を振り落とす

 

「フンッ、格好の的じゃ!儂の弟子に刃を向けるものよ、儂の背負いし英霊の矢を特と味わうがいい!!」

 

視点の高い位置からの騎射、更には地面に振り落とされ転がる敵兵は実に狙いやすい

逃げる場所など密集した騎兵と象兵の中で、どこに有るというのだろうか

 

「近づくのはちくとでええ、 敵の騎射に気をつけながらバラけぇ、付かず離れずを繰り返せぃ」

 

敵の前線前で、後方の敵が矢を撃てぬように近づき離れず臭いで混乱させ、敵の強力な騎兵と象兵の足を完全に止める祭

その後方では、後に続き間を開けて兵を配置させた蓮華が亜莎の指示に従い弓を放ち始めた

 

「前線を厚く、騎兵と象兵で固めたのが裏目に出たな。まさか、象兵の足が文字通り【止められる】とは思っていなかっただろう」

 

「ねえ、薊が居たら魏に勝てていたかしら」

 

「それは、我等の目の前に有る巨大な的が答えだと言っておこう」

 

呉の軍勢の中程で、戦の流れを見ていた雪蓮が例えばの話を持ち出せば、過去の過ちを真っ直ぐ見据えた冥琳は

腰にてを当てて、後方でケタケタを笑う薊を見ながらニッコリ微笑んでいた

 

大混乱を起こす敵の兵に華琳は小さく息を漏らしていた。アレだけ威圧感のあった巨大な獣の壁が、今はただ滑稽に足を上げて踊っているのだ

まるで喜劇を見ているかのような光景に、戻ってきた季衣と流琉は、眼を丸くして驚いていることしか出来なかった

 

「どうりで貴女が手に入れたがっていたはずだわ。たった三百騎で一万の敵を混乱させるなんて」

 

「薊殿には、助かりました。なにせ、ラクダ一匹に対し、馬は五頭が対価ですから。それに、なかなか交換をしてくれる商人はいないのですよ」

 

「一頭につき五頭の馬!?それほどのモノなの?」

 

「ええ、なにせ專門に取り扱う商人がこの大陸に現れるわけでもありませんし、多くを連れて売れるか解らないラクダを連れる商人もいません

積載量の多いラクダに乗ってきた商人に交渉し、同等以上の馬で取引するしかありません」

 

稟の言うとおり、そんな稀少で乗るにも練度も必要、数も多くは揃える事が出来無いラクダを集めるよりも

安価で手に入りやすい馬を用いた方が、何倍も金はかからず、扱いづらいラクダを無理に使うよりずっと部隊を編成しやすい

 

限定された場所、兵科でこそ力を発揮する騎兵なのだ。特に、このような場所でこそ

 

「目の前であの壁を見ると、本当に大丈夫だったって安心するわ」

 

「そうですねー。でも、稟ちゃんの策に間違いはありませんよ。ね、お兄さん」

 

散々に射殺し、矢が切れた駱駝騎兵が突撃を開始し、それに続くように呉の歩兵が左右に展開し羌族の騎兵へとその身を躍らせる

 

「ああ、俺は稟を信じている。だから次は」

 

「私と沙和の出番と言うわけだ」

 

流れるように、更に矢を放とうと秋蘭の弓兵と沙和の弓兵が呉の背後に続いて動こうとすれば、昭の元に呉の伝令が一人駆け寄ってくる

 

「陸遜様からの言伝を、羌族は我等に任されたし。雲と日輪は劉を召し上がり下され」

 

拱手をして恭しく頭を下げる呉の兵は、昭の顔をまっすぐ見て精悍な顔つきを見せた

我等の友の、我等の仲間の、我等の家族の道は、我等呉が切り開く。友よ、真っ直ぐ、何処までも真っ直ぐ前へ突き進めと

前方に見える男達の背中が語っていた

 

「へぇ、さっきの孫策の言葉といい、僕が知らない間に一体どうやって呉を手懐けたの?」

 

「美羽のおかげだよ。俺は娘の期待は裏切らない。娘が交わした約束を裏切らせない。何者にも邪魔をさせるものか」

 

「ふーん、手懐けたって言葉は撤回するわ。ごめんね」

 

昭の言葉から既に彼にとって呉の者達は他人ではない。呉の伝令が伝えたように、彼らの背が語るように

昭もまた、同じ思いを彼らに向けて居ると感じた詠は、素直に謝る

 

「聞いたわね、アンタ達の頭は呉を兄弟だと言った。裏切らないともね」

 

「風達は、呉の皆さんの期待に応えねばなりません。己が身を盾とし、私達の道を切り開いてくれているのですから」

 

正面の混乱する象兵に対し、祭の率いる駱駝騎兵は左右に大きく展開し、続く孫呉の兵達も左翼と右翼に大きく展開する

狙いは羌族の率いる騎兵。中央の象は祭の精密な騎射により騎手を失い最早役に立たない。残るは左右の象兵と騎兵のみ

 

「有難いわね、真ん中に居座られちゃ僕達の騎兵が役に立たないわ。一馬っ!」

 

「はいっ!」

 

「呉の抑えからこぼれた兵はアンタに任せる。僕達は前に進むわよ、凪っ!」

 

「了解っ!」

 

詠の指示を受け、騎兵で道を作り上げるようにして左右に展開し、中央を凪の率いる歩兵が突き進む

両翼に展開していた真桜と沙和は、中央に収縮し凪の真後ろにつけると、雲の兵はまるで一本の槍のように鋒矢の陣を作り上げた

 

だが、目の前には騎手を無くした象の巨体が行く手を阻み、まだ騎手を残した象兵が向かう雲の兵達に狙いを定めた

 

「さて、それでは共に行こうでは無いか」

 

気がつけば、呉の兵を通すために道を開けた春蘭が再び兵を引き連れ、凪の前へと突出し手にする大剣【麟桜】で象の足を一閃

まるで粘土細工のように切り飛ばされた象の右前足が付近の騎兵を吹き飛ばし、崩れ落ちるまま隣接する象兵ごと地面に崩れ落ちていた

 

「く、くそっ!」

 

間をくぐり、象から降りた騎手が、剣を手に向かい来る春蘭の重歩兵に構えようとした瞬間、首の無くなった騎手は己の首が無くなった事も知らず

前へ振り上げた剣を勢い良く振り下ろしていた

 

「左は一馬、右はウチや。無徒は、惇ちゃんと一緒に前頼むわ」

 

大宛馬が風を切り、更に霞の偃月刀が空を切る。音もなく、ただ影のみが通り過ぎ、敵兵の首を切り落とす

 

「委細承知いたした」

 

騎馬より降りた月と詠の守護者、張奐こと無徒は、授かりし鉄刀【桜】を二つ、腰から抜き取ると鬼神の如き形相で殺気を撒き散らし

後ろに控える詠に、己の姿を見せつけ安心させるように剣を振るう

 

「我こそは月詠の守護者成り。我が道は月明かりの示すがままにっ!」

 

霞の副官から春蘭の副官へとシフトした無徒は、即座に重歩兵の半分を指揮し、立ち止まる象の足へと槍を突き立て道を作り上げていく

 

「ではでは、更に士気を上げて向こうには少々怖がっていただきましょうか~」

 

騎馬に乗る風が、手綱から手を放し稟のように手を掲げれば、待機する弓兵が煙矢を空高く撃ち放つ

天空に描かれる朱の線が、華琳の後方に居る兵達の瞳に写り込んだ瞬間、黄巾を巻く男達はこの時を待っていたとばかりに声を上げて大綱を引けば

一瞬で組み立て上げられる井蘭車。作られる井蘭車は三つ。二つは楽隊、残る一つは勿論、張三姉妹の舞台である

 

広く、矢を撃つためではなく舞台として作り上げられた井蘭車は、更に男達の引く大綱で姿を変える

 

「これが、私達の武器」

 

人和の呟きと共に、井蘭車の上で展開する巨大な獣の皮で作られた拡張器。楽隊の井蘭車に取り付けられたのは巨大なホーン

つまりは管楽器のラッパのようなモノ。同じく張三姉妹の井蘭車も拡張器のホーンが着けられ、組み上がるバックロードホーン

三つの井蘭車自体が巨大な長方形の箱のような形を作だす。どちらも、複雑な内部構造によって、通された音を内部で反響、増幅させ

指向性を持たせて音を放出させる装置。簡単に言えば、巨大なオーディオコンポのスピーカーが三つ並んで居るといったほうが良いだろう

 

「えー、なんかこれ臭うよー」

 

「仕方ないわ、獣の皮を大量に使っているから」

 

「屠殺場で昭がやってたのって、コレだったのね」

 

そう、昭が屠殺場で大量に牛や羊、豚を捌いていたのは、巨大なホーンを作り上げるためだ。人和から相談を受けた稟が、真桜と華陀に相談し

華陀が人体が出す音についての説明を、稟がそれについて考察を、真桜が結論から設計図を作り上げた

 

設計図から、大量の皮がホーンを作り上げるのに必要になり、稟からの指示で昭は兵と共に大量の家畜を屠殺していたのだが、家畜を屠殺したのはそれだけではない・・・

 

 

 

 

 

「お陰で、色々と昭さんから言われたわ」

 

「でもでも、これで沢山の人達に私達の声を聴かせることが出来るってことだよね」

 

屠殺現場に不慮の事故とは言え、娘達が入ってしまった事に昭はどうも頭で理解はしていても心はどうにもならなかったらしく

人和は、皮を集める際に昭に愚痴のような事をこぼされたようで、その時のことを思い出したのだろう眉間に皺を寄せて額に指先を当てていた

 

天和は、そんな妹の気苦労も知らず獣臭に鼻を摘み、これから始まるであろう大舞台に無邪気に心を踊らせていた

 

「・・・」

 

二人がそれぞれに、思いのまま行動をしている中、地和は瞳を閉じて心の中で何度も何度も言葉を紡ぎ、集中を始めていた

 

コレが最後、この戦で勝利して、それで全てを償ったなんて思わない。コレは始まり

最後にして最初、例え喉が潰れようと、この先一生歌えないとしても、私はここに全てを掛ける

 

私の誇りは歌。歌に全てを込める。城で帰りを待つ家族たち、子どもたちの願い

 

四肢を失いし人々の、全てを失い心を凍てつかせた人々の、愛するものを無くし乾いた心の人々の

痛みも、苦しみも、怨嗟も、慟哭も、全てを乗せて決して消えぬ思いと変える

 

思いは刃に、願いは誇りに、全ては未来の子の為に

 

祖よ力を与え給え、妻よ、夫よ、我が心を支え給え

 

未来に生きる子供たちよ、永久に続く血族よ、我が生き様を魂に刻め

 

「此処が我等の始まりだ、我等の願いを、我等の心を、我等の愛する者を知るものよ。王よ、我等が魂を剣にせよ」

 

想いは何時しか言葉になり、女の肺を、喉を震わせ空間を激情のままに叩く

 

天に向かい叫ばれた誓願は、戦場を強い心で満たし埋め尽くす

 

気づけば天和と人和も、地和の声に添えるようにして合わせていく

その様は正に音吐朗朗。豊かで清々しく、雄々しささえ感じさせるその歌声に、先頭を行く兵達は瞳を細く細く尖らせていく

 

「良いわね、最高じゃない。僕も漲ってきたわ」

 

拳を合わせ打ち鳴らす詠は、兵と同じように瞳を細くし殺気を滾らせていく

すでに文武を備えた軍師へと変貌を遂げた詠は、全身を総毛立たせ、昭の隣で前線に赴く事を良しとしていた

 

「風は後ろに居なさい。昭は僕と秋蘭が護るわ」

 

「はいはいー。後方にて、皆さんの指揮と稟ちゃんからの指示を伝えさせてもらいますよー」

 

「現場の指揮は任せて、行くわよっ!」

 

更に前線を押し上げるため、兵を盾のようにして昭の周りを固め、更なる指揮の上昇に、己が身を押しこみ敵の士気を更に削ぐ為に

頷く昭と共に凪達の後を追えば、疾風のように風を追い越すその姿、全てを嘲笑い容易く頭上を超える紅の髪

 

霞の神速の偃月刀を避け、春蘭の大地を削る大剣を逸らし、凪達三人の反応を凌駕し舞い踊り、静かに迫る影が一つ

 

狼のようにその口からは涎を垂らし、瞳は紅く充血し、まるで飢えた獣のようにその手にした得物を振るい前へ前へと突き進む

己の身体を壁にして行く手を阻む兵達を、まるで紙切れのようになぎ払い、無人の野を行くが如く昭へと憤怒に似た怒号をまき散らして押し迫る

 

「恋っ!?」

 

詠が影の名前を叫んだ時には、既に獣が手にする得物、方天画戟が振り上げられ昭に目掛けて瞬きをする間もなく振り下ろされていた

 

「貴様、再び我が夫に刃を向けるか、この下衆めがァァァっ!」

 

激昂する秋蘭が三つ矢を撃ち放ち、流れるように昭の腰から宝剣、青釭の剣を抜き取り呂布へと横薙ぎに払う

騎馬に乗ったままの攻撃に、身体を浮かせていた呂布は、秋蘭の矢を受けるままに身を任せて強引に宝剣の一撃を避ける

 

「ガアアアっ!!」

 

獣の唸り声に似た声を上げる呂布に、珍しく周りの者にも一目で理解出来るほどに怒りを顕にする秋蘭

額に青筋を立て、まるで春蘭のように歯を噛み締めて瞳が炎のように燃えていた

 

「もう逃しはせぬ。此処で引導を渡してやろう、二度と昭の前に立てぬよう、貴様の魂魄を滅ぼしてくれるっ!」

 

襲撃のような一度目の劉備の攻め、定軍山での戦闘、赤壁で霞と対峙し昭だけを見詰め吠えていた呂布に対し秋蘭は心の奥底から

呂布に対して怒りを感じていた。三万もの兵を一人で圧倒した呂布の強さ、恐怖、其れが愛する夫へ向けられて居ることに秋蘭は

我慢がならなかった。貴様のような、虚無に支配され、何もかもを捨てて武に己の全てを捧げた人間が、対称となる昭に手を出すことなど烏滸がましい

 

「貴様は何も手に収める事無く朽ちていけ、捨ててはならぬものを捨てた者が、昭に怒りをぶつけるなど笑止!」

 

秋蘭が呂布に感じた事とは、武に己の全てを捧げた求道者の姿。それは決して間違いではない

だからこそ、呂布は昭に怒りを感じるのだ、全てを捨てて手に入れたモノがあるからこそ

何一つ捨てること無い、全てを手にもがき苦しむ昭の姿が理解できず、苛立ち、殺してしまいたいほどに

 

「あの時、お前は居なかった。お前は恋の前に居なかった・・・」

 

目の前で全てを拾い上げ、己の身体を傷つけてまでも他人を救おうとする人間が、自分ですら満足に口に出来ぬというのに

他者に、子供に、己の食を与える昭の姿が

 

「お前はキライだ、恋を助けてくれなかった・・・だから、キライだぁぁぁぁああああぁっ!!」

 

全てを捨てて、武器を握る手を開かず何も拾わず握り続け、全てを諦めた武の化身

 

孤独な狼には、昭の全てが憎く、黒く濁った怒りと憎悪が果てなく止めどなく湧き出し続ける

目の前の男を認めるな、目の前の男こそが幻想。己の存在全てを否定する生き物だ、消し去れ、己の心を、己の存在を維持したければ

目障りな男の肉を引きちぎり、絶望に歪ませ、唯の幻想に過ぎぬと証明するのだ

 

再び呂布は地を踏み削り、身体を宙へと躍らせる

 

「やらせぬと言っているだろうがぁっ!!」

 

昭の袖を掴んで騎馬から降り、宝剣を昭と共に構え呂布の一撃を抑える秋蘭は、普段とは逆に昭の腰に腕を回して演舞の形を作り出す

 

「やれるな、昭」

 

「勿論だ・・・」

 

「ならば頼む、我等の力を、後ろにて控える華琳様の双眸に焼付けようではないか」

 

十字に重ねた剣に、昭は蹴りを加えて呂布の身体を後方へと弾き飛ばし、事態を把握した詠はその場で指揮をとりはじめ

風は逆に少し後ろへと下がる。この場で呂布を抑えるが昭と秋蘭の仕事であると判断したのだろう

 

確かに風の考えは間違っていない。春蘭の攻撃を逸らし、霞の神速の一撃を躱した呂布の武は、確かに三万の兵をなぎ払うに値する

ならば、此処で抑えねば一気に王、華琳の元まで突き進むであろう

 

その攻撃力と、貫通力を認めたからこそ風は、少し後ろへと下がり全体を指揮し始めた

詠は、風に変わり戦闘を始める昭の側で、前線の指揮を行う。呂布を無効化し、魏の軍勢を蜀の内部へと流れこませるために

 

たった1騎、されど三万を相手に出来る1騎。言うなれば、目の前には三万の兵が襲いかかっているに変わりがない

一瞬の気も許されぬ状況で、偃月刀を振るう霞が後ろを振り返る

 

「無理や、今の恋は三万の強み何か微塵もあらへん」

 

敵であるというのに唇を噛み締め、心から不本意であると誰の眼にも明らかに顔を伏せていた

 

霞の心の中を投影するかのように、騎馬から降りた昭と秋蘭は、呂布の方天画戟をまるで宙に舞う羽毛の如く、ふわりふわりと避け続け

呂布の粗暴で乱暴で、出鱈目な攻撃をいなし、踏み込みと同時に手を繋いだ秋蘭が前へ、昭を身体の内側から投げるように差し出せば

昭の剣が呂布の顔を横薙ぎに狙い空を切る

 

「ちぃッ、当たらんか」

 

「大丈夫だ、まだ始まったばかり。今の呂布の動きは、俺の眼に捕えられぬ動きではない」

 

まるで祖母の前で激高した時のように怒りを見せる秋蘭に、昭は先の戦で魅せたような冷静さを見せる

秋蘭の炎のような怒りに対し、凍てつく氷のような瞳、冷気のような殺気を撒き散らす

 

轟音を鳴り響かせ襲いかかる呂布の方天画戟を、まるで児戯のように昭は秋蘭をエスコートして避け続ける

 

「オマエは、要らない。死ね、死ね、死ね、・・・死ねっ」

 

地面を抉り、風を切断し、触れれば一振りで肉塊に変わるであろうその一撃

己の身を顧みず、全てを乗せて振るう一刀、真まことに一擲を成して乾坤を賭とす

 

故に求道者。全てを捨て、己の振るう武器に全てを賭ける。故に武神、故に武の神の愛を受ける飛将軍

 

荒々しく、全てを飲み込むであろう攻撃を、昭は秋蘭の腕を、腰を、肩を掴み、ゆらりゆらりと避け続け

呂布は何時しか雲や霞に武器を振るっている感覚を覚えた

 

「どうした、昭?」

 

周りの兵ですら呂布が一度武器を振るうごとに顔を青ざめると言うのに、昭は恐れる事はない。無論、そんな事はわかっている

子の住まう地を護るため、彼がどれほど己の心を鋼鉄のように固めるのか、そんなことは今更言うことでもないだろう

だが、怒りに捕らわれていた秋蘭は、冷たい冷気のような殺気の他に感じ、空気を切り裂く剣戟を避けながら熱に浮かされていた心が少しずつ

昭に感化され、冷たく氷のように冷え静まっていった

 

「なあ、いったい何を言ってるんだ?」

 

剣戟の嵐がふと止まる。昭の言葉に反応した呂布は、ピタリと武器を止めて、憎しみに染まり濁りきった瞳を向ける

そう、少し前に魅せた昭のような濁り切った怒りと憎しみに染まりきった瞳。どちらの道を選ぼうとも、行き着く場所は変わらぬと言わんばかりの瞳を

 

「オマエはあの時、恋が泣いていた時に居なかった・・・生きるために全部捨てたっ!なのに、なのにっ!!」

 

喚き散らすうように酷く怒りと恨みを吐き出す呂布だが、昭にはまったく意味が解らなかった

呂布が泣いていた時など知らぬし、あの時と言われても昭にとっては何一つ思い当たる節がなかった

 

「昭?」

 

「いいや、知らない。俺は、中央で呂布を見たことはあるが、泣いていた事など知らない」

 

呂布の言葉の意味を知る霞は、前線で敵を切り捨てながら涙を流す

 

それは違う、違うんだ、目の前に居る男は、呂布が小さい時に、全てを捨てねばならぬ時に側にいたならば、決して呂布を独りにしたりはしない

全てを捨て、人の手を握る代わりに剣を持つなどさせなかった。だが、昭はその時に居なかった。居なかったのだと

 

「恋、羨ましいよなぁ、狡いよなぁ、そらだれでも恋と同じなら嫉妬する。何で自分だけ助けてくれへんねんって、昭見たら思うわ」

 

霞は敵を切り裂き、頬を伝う涙を振り払い、偃月刀を握る手に力を込めて、全てを振り払うように敵を屠る

 

「だけど、居らんかったんや。あの時、恋の前には昭が居らんかった。其れが全てや、其れが現実や!」

 

走らせる騎馬の手綱を握りしめ、霞は呂布の突破に後方へと戻ろうとする凪達を手で制し、騎馬の頭を後方へ向けると一気に呂布へと騎馬を疾走らせた

 

「昭は自力が無い。せやからアンタの相手はウチがしたる。全部受け止めて、楽にしたるで恋っ!」

 

踵を返し、全身を総毛立たせる呂布へと向かい、偃月刀の刃を向けた瞬間、ザワザワと霞の肌が何か異変を感じ

次の瞬間、真正面、昭達の更に後ろ、最後尾付近の華琳達が目に入り、隣の水鏡が天に向かい、前進と後退の二つの信号を

煙矢で空に描かせていた

 

「ちぃっ、前進だっ!!」

 

「後退せよ、速やかに足を止めて後ろに下がるんだっ!!」

 

春蘭、霞、凪達が前進を叫び、側面にて敵の掃討を行なっていた一馬は後退を叫ぶ。即座に分断される雲の兵

本陣では、事態を把握し、兵を動かした水鏡以外の全てのものが、眼前に現れた想像を超える音と現象に言葉を無くしていた

 

「な、なんなの・・・これは・・・」

 

「これが、昭殿の・・・いえ、天の知識」

 

まるで雷のような轟音と共に、蜀を前に押し込んだ呉の兵と魏の雲兵を消し飛ばすような勢いで地面から現われる火炎の壁

活火山のように、灼熱の炎と焼けた土を撒き散らす。天に有る地獄の釜が傾き、マグマのような塊が地面に落ちたかのような光景に

兵たちや桂花どころか、華琳、そして稟の口までが完全に沈黙していた

 

「上手く行きました。コレが天の知識【黒色火薬】です」

 

帽子のつばを握り締める鳳統は、側で敵同様に呆けたままの厳顔と魏延の側で、静かに呟いていた

 


 
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