「さて……行くぜ!」
Wドライバーを使って仮面ライダージョーカーに変身した一刀は、左手首にスナップを利かせつつ、盗賊の群れ目掛けて駆けて行く。
元々一刀の身体能力はクラスでも平均的で秀でた部分も無かったが、ジョーカーに変身しか影響かその足取りは非常に素早い。
一刀自身も、自分の身体が妙に軽く感じるような実感を得ていた。
加えて腕には力が漲っている。
「う、うわぁぁ!」
これならば、盗賊に負けることも無い。
そんな確信を得て自身の付いた一刀に、混乱した頭で行われた攻撃が通る筈が無かった。
一刀はカマキリのメチャクチャな斬撃を手甲で軽く受け流すと、がら空きとなった腹部に目がけて鋭いパンチを放つ。
「うぉらぁ!」
「ぐふ……」
ライダースーツによって身体能力が飛躍的に上昇している一刀の放つ拳は最早、重鈍器の一撃にも等しい。
悶絶の声を上げつつ、カマキリは十数メートル先へ吹き飛んでいった。
「ふぅ……まずは一人」
「こ、このガキィ……!」
自分の部下が吹っ飛ばされたことにより焦りと怒りを露わにした睨みを一刀へ向けるリーダーの男。
しかし、一刀は男の睨みにまるで動じない。
その反応が癪に障ったのだろう、リーダーの男は先ほどよりも怒気を浮かべ、その表情はまるで暴鬼のようなものとなる。
「おいブタゴリラ!さっさとそのガキを叩き潰せ!服や金目のモンなんかは後で考えりゃいい、とにかくとっとと殺せ!」
「お、おう。分かったんだな」
リーダーの男から憤怒混じりの指示を受けたブタゴリラは、恐れを抱きつつも返事をすると、何処に隠し持っていたかは分からないが、巨大な木製のハンマーを取出した。
「お、おめえ強そうだから手加減しねぇだど……ぬぉぉおう!!」
肥え太った体格に相応しい、クマのような雄叫びを上げつつブタゴリラは何十キロともある巨大なハンマーを軽々と持ち上げると、それを一刀目掛けて振り下ろした。
象の足踏みにも似た重烈な一撃は、一刀の身体へ直撃した。
「っ!!か、一刀さんっ!!」
その光景を一刀の後方から見ていた劉備は、絶望的な表情で悲痛な声をあげる。
武芸の嗜みがあるわけではない劉備でも、あの一撃がどれほど命に関わるものであるかは容易に理解できた。
「へへ……いいぞブタゴリラ!これであのガキもお陀仏だぜ!」
「ぶふぅ……悪ぃなちびっ子。これもアニキの命れ……んなぁ!?」
ブタゴリラの言葉が言い切られる前に、最後の語尾が驚愕の色をした声になった。
ブタゴリラが驚嘆した原因。
それは、自身の得物が徐々に持ち上げられていくのを、武器を持つ手の触感と視覚で感じられたからだ。
なんと巨大ハンマーの一撃を受けたはずの一刀が、その重い攻撃を受け止めていたのだ。
若干態勢を低くしているものの、地にしっかり足を踏み、両手を交差させてハンマーを止めている。
一刀とブタゴリラ以外の面々もその事態に気付き、眼を見開いたり口をあんぐりと開けたりと、人間離れした光景に驚くしかなかった。
「一刀さん!」
「割と重い攻撃だったな……けど、それじゃ今の俺を潰すなんて無理だ……なっ!」
一刀は受け止めていたハンマーを両手で上に押し返し、更にそこへ蹴りをかましてブタゴリラの手からハンマーを離れさせる。
更に、武器を失い動揺するブタゴリラに肉薄し、大きな腹に連続でパンチを叩き込む。
そして止めにストレートキックをお見舞いし、巨大な体を誇るブタゴリラを先程のカマキリと同様に大きく吹き飛ばした。
吹き飛ばされたブタゴリラに全員の視線が集中する中、一刀は再び手首にスナップを利かせ、残る盗賊たちに体を向ける。
「さぁ……次は誰が相手になる?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」
「に、にげろぉ!こんな奴に勝てっこねぇよぉぉぉ!!」
「あ、おいてめぇら!何逃げてやがる!」
恐らく、先程一刀に倒された2人はこのグループの中でも実力者という扱いだったのであろう。
主力となる2人を失ったことによる不安が、後ろに控えていた2人に恐れを植え付け、彼らに逃走と言う手段を促進させる。
手下二人が逃げたことにより、リーダーの男がそれを止めようとするも、逃げた二人は自分が助かる事に必死で言を聞き入れずにそのまま脱兎の勢いで森の奥へ行ってしまった。
「さて…残るはあんただけだ、クマ」
「誰がクマだ!調子に乗るのもいい加減にしやがれクソガキ!!」
リーダーの男――クマは一刀の言葉に腹を立てたようで、腰に差した剣の鞘から乱暴に刃を抜いた。
クマの持つ剣は、刀身が2メートル程度で飾り気のないものだった。
おそらく、適当な官軍から掠め取った代物なのだろう。
「死にやがれぇぇぇ!!」
先程のブタゴリラにも負けない雄叫びを上げつつ、クマは荒々しく剣を振り回して一刀を斬り殺そうとする。
無論、大人しく斬られる義理も理由も情けも無い一刀は、クマの繰り出す斬撃を次々と躱していく。
攻撃を躱されていく中、クマはいっぱいいっぱいの脳でこう考えるようになる。
下手に隙を晒したら一撃でやられてしまう、と。
やられたくないがために、隙を見せまいとどんどん早く剣を振るっていくボス。
余裕もペース配分も考えたものではない、一時しのぎのような手一杯の手段だ。
圧倒的な力の差を見せつけられて、皮肉にもクマは『力が無いために奪われるだけの立場となる民たち』の気分を味わうことになる。
そして、略奪を繰り返してきた盗賊の頭に裁きが下される。
その裁きの第一執行人となったのは天でもなければ、今現在戦っている最中の一刀でもない。
無情にも、皮肉にも、哀れにも。
焦る思いでメチャクチャに剣を振り回していたクマは、掌に生じた汗で剣を滑らせて剣閃をずらしてしまい、自分の膝の骨肉を一部斬り裂いてしまった。
平和に暮らす人々を脅かした盗賊は、自分で自分の身に裁きを下してしまったのだ。
「いぎゃぁぁぁぁぁっ!?いてええぇぇぇっっ!!」
削ぎ落された骨と肉は道端へと転がり落ち、膝の切断面からは真っ赤な血液が泉のように吹き上がる。
駆け巡る痛みに耐えられるわけも無く、クマは手に持っていた剣を放し切り口を両手で押さえ、痛みを和らげようとする。
言わずもがな、そんなことで痛みが薄まるわけも無く………
「…今までの悪事のツケだ。眠っててくれな」
蹲るクマの額に目掛けて、一刀は力を込めたデコピンを叩き込む。
たかがデコピンだが、一刀は現在仮面ライダーになっている状態。
鍛えようのない脳を額からの衝撃で揺らして気絶させるなど、今の一刀には難しい話ではない。
一刀のデコピンを受け、意識を失った男は糸人形を失ったマリオネットのように崩れ倒れていった。
「ふう……何とか終わったか」
戦いが終わったと実感した一刀は緊張感から解放され、疲れを吐き出すように小さな息を零す。
そしてWドライバーからジョーカーメモリを抜き、『W』の形になっていた赤いバックルを開く前の状態に戻す。
すると一刀の身体から黒いスーツが多量の欠片となって散開し、それらが消えた頃には一刀の格好も元に戻っていた。
その瞬間、一刀はその場にへたり込んだ。
「か、一刀さん!どうかしたんですか!?まさか、どこか怪我でも!?」
後ろに控えていた劉備が、急に座り込んだ一刀を案じて彼の元に駆け寄る。
そして隣に腰を下ろしてあせあせと一刀の身体に傷が無いかを確認し出す。
そんな彼女の慌てようが小動物のようで可愛らしい、と思って見ていた一刀だったが、流石にいつまでも心配させるわけにはいかなかったので彼女の手をとり、口を開く。
「はは、大丈夫だよ。ちょっと気が抜けたというか…初めてさっきの姿で戦ったから、なんか今頃になって気疲れが来ただけだから」
「そっかぁ……あれ?でもさっきまで戦い慣れてた雰囲気でしたけど……」
「いや、あの時は割と頭の中が一杯一杯だったというか何と言うか…とにかくあの盗賊たちを追い払う事に必死だったから」
そこで一刀は自分が戦い慣れしていない事、そして仮面ライダーの力について劉備に説明をした。
一刀自身、昨日今日の間で貂蝉に聞いただけなので詳しい内容を語ることは出来なかったが、自分なりの解釈と実際に使ってみた感覚の感想を組み合わせつつ説明した。
「ほへぇ~……やっぱり天の人ってみんな凄い力を持ってるのかなぁ…」
「いや、これはあくまでも貰い物で俺自身が常に持ってたってわけじゃ……」
先程のような力を持った人間がホイホイいたら世の中色々と荒れるだろ……
というツッコミを心の中でしつつ、一刀は劉備の独り言に近い発言の中から出てきた、気になる言葉を話題に出す。
「天の人?……なにそれ」
「え?違うんですか?私たちが住む国の空の上には天の国っていうのがあって、そこに住む人たちはみんな仙術や妖術を使える、凄い人たちなんだって話があるんですけど…」
「いや、確かに俺、さっき別の世界から来たって言ったけど……別に天の国とかそういう神々しい所から来たわけじゃないよ?あくまで」
「ん~~…………まぁ細かい事は気にしない方向でいきましょうよ!」
「それでいいの?」
「いいの♪」
考えるのが面倒になったな、この娘(こ)。
そんな思いを込めたジト目で劉備を見つめる一刀。
流石に目を合わせづらかったか、劉備は乾いた笑いを浮かべつつ視線を逸らすだけだった。
ある程度落ち着いたところで、二人は後始末をするべく各々行動をとる。
まずは襲ってきた盗賊たちの処置。
自滅したクマの怪我は一先ず血が止まるように止血の処理をし、近くに倒れている手下二人と共に劉備の持っていた縄で雁字搦めに縛っておく。
ちなみに止血に使う際の布はカマキリの上着を拝借したため、カマキリだけ上半身裸と言う屈辱的な罰となった。
ちなみに、カマキリの半裸姿をまともに見られず、赤くなった顔を両手で覆い隠す劉備を可愛いと一刀が思ったのは余談。
次に、逃げ去った盗賊二人が残していった食料や金品などの荷物について。
これはこのまま放置していてもどうにもならないので、一旦劉備の家で管理し、翌日近隣の村へ届けに向かう事にした。
流石に盗んだものを私物化させる追い剥ぎまがいの行為をしたくなかったのだろう、二人の意見は見事合致していた。
盗賊たちは適当な木に括り付け、荷物は劉備の持っていた籠に纏めていれて一刀がそれを背負うことに。
初めは劉備が『守ってくれた人に何でもかんでも任せるなんて嫌です!』といって自分が籠を持とうとしていたが、彼女の華奢な体では少々荷が重かった。
桜桑村へ向かう道中、何も出来ずに落ち込む劉備に、一刀は探り探りに慰めの言葉を掛ける。
「あー…その…劉備さん?こういう荷物持ちは男の役目みたいなもんだし…ほら、そんなに落ち込まなくても大丈夫だって」
「…いいですもん」
「いや、これっぽっちも良いって顔してないから…」
「…気のせいですもん」
「(く、空気が重い……何とかこの状況を打開する手は……あ、そうだ)」
一個だけ案が浮かび、頭に電球が光る感覚を覚えた一刀。
早速その案を実行しだす一刀は、二つのスタッグフォンとスパイダーショック、そしてバットショットを取出してそれぞれのメモリガジェットにギジメモリを差し込む。
すると先ほどまで日用品の姿をしていた4つのガジェットが生き物の姿を象り、劉備の周りに集まった。
「うわわっ!な、何ですかコレ!?」
「かくかくしかじかで、俺の助けになってくれる奴らだよ。何気に荷物になってたし、暫く劉備さんに任せたいんだけど」
「へぇ~……解りました!私、頑張ってこの子たちのお世話しちゃいます!」
意気揚々とする劉備と、彼女のやる気に呼応してか楽しそうに動き回るガジェットたち。
「(ナイス、みんな!)」
心の中でサムズアップをとり、ガジェットたちの健闘を称える一刀。
そんなこともありつつ、二人は何事も無く桜桑村へと帰っていった。
桜桑村、入り口付近。
既に日は沈み切り、明かりがポツポツと付いている村の周辺は先が見えない程に暗くなっている。
しかし、そんな暗さが嘘のような程、入り口は騒々しくなっていた。
「劉備ちゃん!大丈夫だったのかい!?」
「こんなに遅くなるから心配したぜ!もしかしたら最近噂の盗賊に襲われたんじゃないかって…そしたら本当に襲われてたんなんてよ!」
「劉備ちゃんが無事で何よりじゃ……おお、天よ。彼女を救って下さりありがとうございま……」
「劉備お姉ちゃん、お怪我とかしなくて良かったねー!」
「劉備さーん!俺と結婚してくれー!」
「うわわわわぁ!皆とりあえず落ち着いてぇ~!」
入り口付近では村人全員が集まったかのような、老若男女を問わない人の群れが出来上がっており、その中心には劉備がいる。
人だかりの面々は嬉しそうにしていたり安心感から涙を流していたりと、その反応は様々。
劉備はあたふたとしながらも、声を張って皆を落ち着かせようとしている。
まずどうしてこんな大騒ぎになったのかを説明するとなると、それは十分前に遡る。
盗賊を退けた一刀と劉備は、その後何事も無く無事に村に帰ることが出来た。
最初に彼らを迎えたのは、入り口で獣や盗賊の侵入を監視する門番。
門番は村に近づいてくるものが出たことで一度は警戒をするも、それが劉備だと気付くと即座に戦闘態勢を解き、彼女の元へ駆けつけた。
そこで劉備は自分が途中で盗賊に襲われたこと、そして隣にいる一刀に助けられたことを話した。
それを聞いた門番は血相を変えて村の方へと走っていき………
数分後には、これほどの沢山の人が集まってきたという事だ。
劉備が皆の熱烈な歓迎を受けている中、一刀はその人輪から少し離れた所で、年老いた老人と数人の若い男と話をしていた。
老人の方は桃桑村の村長、数人の若い男は村の中でもそれなりの発言力を持つ人物たちであった。
「北郷殿、でしたな。此度は我が村の劉備元徳を救って下さり、感謝の言葉もございません。本当に有難う御座います」
「いやいや、頭を上げてください長老さん。俺だって彼女を守りたくて守っただけですから、お礼を言われるのは筋違いみたいなものですよ」
「いや、兄ちゃんは劉備の嬢ちゃんを救ってくれたんだ。もし盗賊に襲われた時にあんたがいなかったら、もしかしたら嬢ちゃんは殺されてたかもしれねぇんだ」
「そうだぜぃ。もし仮にその時劉備ちゃんが盗賊に会ってなかったとしても、方向からして連中はウチの村へ襲い掛かってきてたに違いねぇ。アンタのおかげでウチには怪我人も出てないし、平和に暮らせたんだ」
度重なる称賛の言葉を浴びせられ、一刀は胸の奥がむず痒くなった。
そしてそれと同時に、この世界の劉備も三国志の劉備と同様、民に好かれていることを知ることが出来た。
村人たちの笑顔を見て、一刀の表情にも笑みが浮かぶ。
「…ま、いっか」
皆に温かく迎えられている劉備を見て、守る事が出来て良かったと、心の底からそう思えた一刀であった。
その後二人は、村人からの熱烈なお迎えを受け取った後に合流し、劉備の家に到着した。
漸く辿り着いた我が家の入り口までやって来ると、劉備は元気よく入り口の扉を開ける。
「ただいま~!」
彼女の元気に影響されて、おかえり、と暖かな笑顔で母親が迎えてくれる。
そう思っていた時期が劉備にもあった。
「この……親不孝娘ぇぇぇぇぇぇ!!」
まず帰宅直後に迎えくれたのは、自身に向けられる覚えのない叱責。
そしてその次に、水をたっぷりと含んだ桶が劉備の顔面に飛び込んできた。
「え、ちょ…はびゅっ!?」
何かを言おうとしていた所で劉備の台詞は、顔面に水桶の中の水がぶちまけられた事によって中断される。
一方で彼女の後ろからついてきた一刀は、何が起きたのか分からず目を点にしてその状況を見やる。
桶が飛んで来た方向を見てみると、劉備と同じ髪の色をした熟年の女性が、怒りとも呆れともとれる表情を浮かべつつ何かを投げ終えた時のフォームをとっていた。
「(劉備さんの母親、だよな?……劉備さんって、結構ハードな生活送ってる?)」
彼女の帰宅を初めて見たのだから、これが日常なのかと感じても無理はないだろう。
実際はそうではないが。
頭から水を被った劉備は、頭に桶を載せたまましばらく放心していたが、我に返ると濡れた髪の水分を放散するように頭を左右に揺らす。
「ぷるる……も~!お母さんってばいきなり桶迎えなんてひどいよー!」
「桃香、私はあなたに心底失望したのですよ。まさかこんなに夜遅くまで帰ってこないなど…今まではちゃんと門限を守ってくれていたのに」
「だってぇ~…今日は色々大変な事があったんだもん…」
「色々……まさか口にするのも憚れるようなことを……はっ、まさか男ですね!?筵が売れないからって、道行く男性に自分の身体を見せつけて誘惑して、×××な事をしたり△△△したり………不埒!」
「お、おおお母さん!?い、いきなり何言ってるの!?そんなこと全然してないから!」
「あらそう?私ってばてっきり桃香が淫売の道に走ってしまったのかと……あら?」
親子喧嘩が繰り広げられる中、娘に制裁を加えることが出来てある程度冷静になった劉備の母が、一刀の存在に気付く。
「やっぱり男だった!」
「「違うっ!」」
劉備の母のとんでもない誤解を解いた一刀と劉備は、一刀の身元について説明を
説得を風呂と食事に行かせ、劉備の母は一刀と二人きりで話をし始める。
一刀はまず自己紹介を終えた後、自分がどこから来たのか、そして何をしにこの大陸にやって来たのかを劉備の母に打ち明けた。
しかし一刀の口から出る話は、この世界では非常に非現実的な物ばかり。
最初は母も訝しげな表情で一刀の話を聞いていたが、Wドライバーやメモリガジェットたち等のこの世界では奇々怪々的存在を見せたお陰である程度の信用を得ることが出来た。
というかメモリガジェットを見て、若干驚いたあと『あらあら』と楽しそうにガジェットたちと戯れていた辺り、肝っ玉が大きすぎる母ちゃんだ。
そして一刀は劉備の帰宅が遅れた理由……先ほどの盗賊との騒動の事を話した。
「なるほど……道理で先ほど村の入り口辺りが騒がしかったのですね……。それはそうと、娘の命を救って下さりありがとうございました、北郷さん」
その事を聞いた母は、娘を盗賊の手から救ってくれた感謝の想いを乗せ、彼に向けて深々と頭を下げた。
「礼には及びませんよ、劉備さんのお母さん。俺は俺のやりたいように動いただけですし、それに……」
「それに?」
「俺は怯えた女の子を見捨てて逃げるような薄情な男にはなりたくないですから、ね」
安全な場所に来て落ち着けたお陰か、キリッとカッコよく決める一刀。
「……なるほど、桃香は面白い殿方と出会ったみたいですね」
「あれ?なんかまるで感銘を受けてもらってないような…」
劉備の母は少し呟くと軽く微笑んでくれただけで、期待していた反応を得られなかった一刀は軽く凹んだ。
此処に来てからロクに決め台詞が決まってないような…
そんな一刀の悲哀はさて置き、一刀と劉備の母がそうやって話し込んでいると、風呂と食事を済ませた劉備が二人の元にやってきた。
先ほどまでびしょ濡れだった姿は無く、通気性の良さそうな寝間着姿に着替えている。
「はぁ~さっぱりしたぁ。やっぱりお風呂はいつ入っても最高~♪」
「こら桃香。あなたはお客人の前で何だらしない恰好してるのです。あなたが男性を誘惑なんて40年早いです」
「それってもう私60歳手前だよね!?そ、それに一刀さんを誘惑なんてしてないってば!」
「あらそう?まぁそれは良いとして……北郷さんはこれからどうされるおつもりですか?」
おろおろと頬を赤らめている娘との絡みもほどほどに、劉備の母は一刀に向けて質問を投げ掛ける。
受けた質問の内容については、一刀も考えていた所であった。
先程、一刀は自分の出自(自分が違う世界から来たこと)を話した際、ガイアメモリについて劉備の母に尋ねていた。
しかし答えは最初聞いた劉備と同じ、彼女も全く見たことが無いという。
ここで一刀には一個の疑問が浮かんでいた。
――まさか、この世界は『ガイアメモリが存在しない、全く別の世界』なのではないか?と。
この疑問を導くのに相応な情報は一応ある。
それは認知度が圧倒的に低い事。
最近は筵を売るために村を出て、街から来た商人ともよく世間話をしている劉備。
その劉備よりも倍以上長く生きている、彼女の母親。
この内、後者である劉備の母が知らないという事実が、先程の疑問の色を強くさせている。
先程ガイアメモリを実際に使った一刀だったが、自身の体験と貂蝉から聞いた情報とを汲み取ると、ガイアメモリが非常に強力な代物であるということは確定的な事だった。
本来の力を出し切れていなかったジョーカーメモリでの変身でさえ、盗賊を軽く蹴散らすほどの力がある。
この力が世に名を広めない筈はない。
腐敗の一途をたどる漢王朝や各地の諸侯、力を持たない農民たち、その誰しもが欲しがるような物だ。
もしガイアメモリが存在している世界ならば、もうとっくに有名な者となっている可能性が高い。
――…まぁ、真実はどうなのかは分からないけどな
これはあくまで、今までの情報を整理してみて推理したこと。
真実は本当に一刀の予想した形であるのか、はたまた違うものなのか。
それを判断するのは、まだまだ早計と言える。
一刀は思考の波を止め、先程受けた質問に答える。
「…もう少しこの世界について調べなきゃならないと思うので、明日朝日が昇ったところで村から出ようかと……」
「あらあら、それはちょっと世話しないのではないですか?」
「世話しない、と言うと?」
「貴方が何を慌てているのかは存じませんが、準備も無しに村を出るというのは急ぎ過ぎてるということです。村にも食料を売る小さな商店がありますが、朝日の昇りたてとなると店は開いていません」
「あっ…」
その辺りを指摘され、一刀の口から間抜けな声が漏れる。
真実を一刻も早く知りたいという思いに駆られ、配慮が足りなかたことに気付いたのだ。
この時代には新幹線や自動車といったものが無いので、今の自分の移動手段は歩きのみ。
恐らくこの時代で最も情報の集まる大陸の都、洛陽へ行くにも徒歩ではかなりの時間を要し、それに見合った食料や路銀の消費も考えられる。
「…でも俺お金持ってないし、馬なんて借りるわけにもいかないしなぁ…」
三国志の時代に一刀の世界の金銭が通じるとは思わず、財布は持ち合わせていない。
馬などの移動手段に至っても、身元のハッキリしない自分に快く馬を貸してくれるとも思っていない。
別に村人がケチだと言っているのではなく、あくまで常識的に考えての判断だ。
思い付く手段がことごとく没になり迷考する一刀。
すると、そんな一刀に劉備の母が提案を持ちかけてきた。
「それでしたら北郷さん、私の知り合いで旅商人をしている者が今この村に滞在しているので、その子に北郷さんが知りたい情報を収集してもらうようお願いしましょうか?」
「え、いや……俺の私用でお二人に迷惑を掛けるわけには……」
「北郷さんは異なる世界から訪れてきてまだ数刻しか経っていないのでしたよね?でしたらこちらの土地勘なども身についてはいない筈。でしたら慣れない土地をさまよい歩くより、私の知り合いに頼んで情報を集めてきてもらった方が可能性が高いかと」
「むむむ……いや、でもなぁ……」
「じゃあじゃあ、一刀さんには私たちの家に住んで行ってもらおうよ!」
「あら、それは名案ね桃香」
「なんでそこまで話が飛躍してんの!?」
最初は劉備の母のみだったが、いきなり桃香も突発的な意見を持って一刀の説得に参入し始めた。
二人に迷惑を掛けるわけにもいかないと思っていた一刀だったが、二人からのとある一言によって、心が揺れ動かされた。
「娘を助けて下さった貴方への、私たちなりのお礼として受け取っていただけませんか?」
「うんうん、女の子のお礼を受けとらないっていうのはあんまり良くないと思うんだけどなぁ」
「うぐ…」
それを言われてしまっては、一刀も何も言う事ができなかった。
彼女たちの提案を断って村を出るという事は、即ち劉備親子は命の恩人にお礼も出来ないという印象を世間へ与える事となる。
つまりは面目潰し。
この時点で、一刀に迫られた選択肢は二つ。
一つは。
『ふっ……お気持ちは有難く受け取っておきます。しかし、これはあくまで俺の道……』
と言って明朝に村を出て行き、数日後にのたれ死ぬか。
もう一つは。
『お二人のお礼、有難くお受けさせていただきます』
と言って、情報を得られるまでの間、劉備の家にお世話になるか。
「……これから暫く、お世話になります」
諦めが付いたかのような声色で発しつつ、一刀は二人に小さく頭を下げる。
何とも恰好がつかない結果となってしまったが、今後の事を思うとなると、どうしようもなかった。
貂蝉から事前に三国志の世界に行くという事は聞いていた一刀。
だが、三国志を一般的知識しか持ち合わせていない一刀にとっては未踏の地に訪れたようなものだ。
目的地までのルート、野生の動物が出る危険ポイント、山賊や盗賊の活動地。
今の一刀は圧倒的なまでに地理感が足りなく、このまま村に出るのは非常に危なっかしい。
と言う訳で、劉備の知り合いが情報を持ち帰って来るまで、ある程度の一人旅が出来るよう勉強するため、劉備の家に住まわせてもらうことにした一刀だった。
無論、自分の生活費分のお金は劉備の母に渡すこと、そのためのお金なども自分なりに仕事をして稼ぐことを条件としたが。
「うふふ……それでは北郷さん、短い間となりますがよろしくお願いしますね」
「えへへ、それじゃあこれからよろしくね、一刀さん♪」
こうして、一刀と劉備とその母による3人暮らしが始まった。
しかし、この時3人は知る由も無かった。
近い未来、自分たちの運命が大きく変わる時が訪れることを……
【あとがき】
はい、というわけで3話も書き終わりました。
……が、どうにも劉備たちが一刀を家に住まわせる件が上手く書けなかった……
その辺りの流れを簡潔に書いてみると、
1.劉備母「北郷さんはこれからどうするー?」
2.北郷「とりあえず明日すぐに村をでる」
3.劉備母「準備も無しにいったら危ないよー。それに土地感もないでしょ?」
4.北郷「むむむ」
5.劉備母「娘助けてくれたお礼もしたいし、情報は私の知り合いに集めてもらうから私たちの家でゆっくりしては?」
6.劉備「ナイスアイデア!」
7.北郷「いや、でも二人のご迷惑に…」
8.劉備「他人のお礼を受け取らないのは失礼(キリッ)」
9.北郷「むむむ」(思考中)
10.北郷「ではお言葉に甘えて。けどお金とかは自分で稼ぎます」
11.2人「おk」
有り体に言えばこんな流れ。
自分で書いておいて、ちょっと展開が急すぎたかなぁと。
まぁ読者の方はあまり深く考えず、展開に身を任せて読んでいってくだされば良いかと。
あと、ここでちょっと劉備のお母さんについての紹介を。
~~~~~~~~~~
〇人物紹介〇
『劉備の母』
劉備と同じ桃色の髪で、こちらは首元辺りまで短く切っている。
温厚な性格で人当たりが良く、桃桑村だけでなく隣の村人たちからも慕われている。
しかし勘違いをすることが良くあり、勘違いを受けた面々はそれなりに災難な目に遭う。
彼女の作る筵(むしろ)は非常に出来の良い代物で、彼女の作ったものを愛用する人も多いとか。
夫は既にこの世を去っており、女手一つで劉備を養っている。
~~~~~~~~~~
こんな感じです。
出番は劉備が桃桑村から出て以降は無くなるから、名前を付けるかどうかは今のところ検討中です。
さて、次回はいったん幕間を挟んでから、ついにドーパントを登場させようと思っています。
ちなみに幕間は【管理放棄者(イレギュラー)】が暗躍するターンです。
それでは、次回もよろしくお願いします!
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第3話です。
初戦闘です。上手く書けるよう頑張ります。
それと言い忘れていましたが、今回からはタイトルのアルファベットの意味を逐一発表していこうかと思っています。
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