あの夢から翌日の日。
一刀はいつものように学校へ通い、授業を受けた。
しかし、その様子はどこか上の空だった。
授業を受けている最中もボーっと空を眺め、昼休みでの昼食でも乃川へのツッコミにキレが無かった。
乃川は寂しさのあまり、やいややいやと文句を言っていたが、一刀はそれどころではなかった。
――もし貴方が向こうで死んじゃったら……生きて戻れるようなことは無くなるの。
――これはゲームでもなんでもないわぁん。残機も無ければコンティニューも無い……まさに命を懸けるものとなるの。
「……はぁ」
貂蝉の言葉が脳にずっと留まり続ける。
気を紛らわそうと時々勉学に集中したり、体育の時間には思い切り体を動かしては見たが……死ぬという言葉が脳裏に過った瞬間、また表情に憂いが帯びる。
長い思考に頭が疲れたのか、疲労の色が篭った溜め息を深く吐く。
そして気付いた時には、もう本日の授業は終わっていた。
流石にホームズの本を読む気にはなれず、一刀は黙々と教材をカバンに詰め込む。
すると、乃川がそんな一刀に揚々と声を掛けてくる。
「うっす探偵マニアことかずピー!今日は読書タイムに入っておらへんのな、っていうか毎回そうだと敵わへんわー。んでかずピー悪いけど今日は俺、綾とのデートがあって…」
「…あぁ」
覇気のない返事を返した乃川へ返した一刀は、気力の無い動作でカバンを取り、そのままゆっくりとした歩調で教室を出て行った。
「おーいかずピー……なんだったんや?」
一夜で一刀の身に起きた事を知らない乃川は、友人の元気のない姿を見てただ首を傾げるしかなかった。
「俺はあのドライバーの適合者で、【管理放棄者(イレギュラー)】って奴と立ち向かうのに最も適してる……けど、もしかしたら死ぬかもしれない……」
一刀はベッドで仰向けになりつつ、ブツブツと独り言を続けている。
学校から帰ってきて、ずっとこの調子である。
だが無理も無い事かもしれない。
戦争はもちろん、戦う事にすら縁の無い生活を送り続けてきた一刀にとって、今回の話は安易に首を縦に振れるような内容ではない。
死ねばそこで終わる。
当然の事を考えずに過ごしてきた反動が、今になってやって来る。
三国志の世界がどういったものなのかは、一刀もそれなりに知っている。
血で血を洗う戦争の数々。
策謀を巡らせ、相手を陥れる諸国。
飢餓、徴兵、内乱、流病。
それを思い出した一刀は、自分の身体の震えが大きくなったのを実感した。
小刻みに震える自分の手を見つめ、胸中に思う。
――情けないよなぁ、俺。
怯えてばかりいる自身を、鼻で笑う一刀。
そんな時だった。
「一刀、まだ起きとるか?」
一刀は自身の手から視線を外し、声のする方向――自分の部屋の扉へと顔を向ける。
今の声は、祖父の声だ。
流石にベッドに寝っころがったまま話すのは行儀が悪いと思い、取り敢えずベッドに腰を掛ける態勢になったところで、扉越しに祖父へ声を掛ける。
「…起きてるよ爺ちゃん。何か用?」
「それはこっちの台詞じゃ。飯の時、やけに大人しかったからのう……一刀よ、何を悩んでいる?」
「………」
一刀の目が、若干見開く。
「お前は悩みがあるとそれを隠せん奴じゃからの。お前が悩んでるなんて素人の探偵でも一瞬で分かるわい。ましてや数十年暮らしてきたワシにばれないとでも思ったか?」
「……爺ちゃん」
「言うてみい。お前が何を想い、何を悩んでるのかをな」
幼い頃からお世話になってきた祖父からの言葉を聞き、胸の重みが軽くなったのを一刀は感じた。
そして一刀は、今の自分の状況をかいつまんで説明した。
最近、やたらとインパクトのある男からいきなり依頼を頼まれた。
依頼内容は、依頼者の同業が裏切ったため、その企みを防いで欲しいという事。
依頼者は理由があって自由に動けないらしく、できれば一刀の力を借りたいらしい。
しかしその依頼は非常に危険で、依頼者のサポートがあっても、下手をすれば死ぬかもしれないということ。
「……なるほどのぅ。こりゃまたとんでもない依頼を頼まれたもんじゃなあ一刀」
「爺ちゃん…俺、どうしたらいいと思う?」
不安になり、道を失って戸惑っている自分の孫の姿が扉越しに想像出来た祖父は、小さく息を吐く。
息を吐いた後、祖父は諭すような口調で一刀に言葉を掛ける。
「覚えておるか?一刀。お前が小学5年の秋ごろ、近所の子供がペットの犬と散歩中にはぐれて泣いているところを見て、外が真っ暗になるまで探し回ったことを」
「……」
「中学1年生には、クラスの女子が中学3年の悪ガキにちょっかい出されて困ってるのを聞いて、連中とひと悶着起こしたっけの。ボロボロの格好で帰ってきた時にはビックリしたわい」
「……」
「最近は、向かいの明香里ちゃんがうっかり手放した風船が木に引っ掛かって、あの子が泣いてるのを見て猿みたいな身のこなしで木登りして、風船を取ってあげたかの」
「…結局爺ちゃんは何が言いたいの?」
3つ目の昔話が終わったところで、ようやく一刀が口を開いた。
祖父は一刀の顔が見えていないのでよく分からなかったが、もどかしさのようなものを感じている事を声色から悟った。
「お前は昔っからそうじゃったよ。誰かが困ってたり泣いているところを目にすれば、真っ先に助けようとする。その後の自分のことなんてお構いなくの。事件の興味を第一とするホームズ先生とはほど遠い、甘チョロな探偵じゃよ」
「なっ…!」
「…じゃが」
何か反論を言いたげだった一刀の発言を妨げ、続けざまに話を続ける祖父。
「それがお前のもっとも誇るべき所じゃ。困ってる者を放っておけない、今の警察官でもなかなかお目にかかれない程の正義感を持っておる。だから一刀よ………お前は、お前のやりたいように進めばよい」
「俺の…やりたいように?」
「ただし、死ぬようなことはあってはならん。……これ以上、若いもんから先に死なれるのは辛いからの…」
「爺ちゃん……」
「…言うべきことは言ったぞい。それじゃあ一刀。夜更かしなんぞせずにしっかり寝るんじゃぞ」
締めっぽい空気になりそうな所だったが、すんでのところで声色を高めた祖父が話を切り、一刀の部屋の扉から離れて行った。
足音が遠くなっていくのを聞いた一刀は、肺に溜まった古い空気を纏めて抜くように、深く息を吐く。
「俺のやりたいように、か………」
改めて一刀は、昨夜の貂蝉とのやり取りを思い返す。
「大切な友達、か……」
不意に一刀の内からこぼれ出た、昨日の出来事の中で出てきたワード。
あの時、貂蝉は厳密には別人だと言っていた。
恐らく、貂蝉が自分をご主人様と呼んでいるように、向こうにも同じ姿や性格をした友がいるのだろう。
別人なら、別に放っておいてもよいのではないか?
そんな冷たい対応を執ることが、一刀にはどうしてもできなかった。
そこまで思い至った時、一刀は自分の中である気持ちが確固たるものとなったのを感じた。
よし、と気合入れの声を発すと、一刀は再びベッドで仰向けになり、そっと瞳を閉じた。
一刀が次に目を覚ました時、そこは随分と見覚えのある光景が広がっていた。
何せ、先刻も同じ光景を目の当たりにしたのだから。
そう、一刀は再び呼び出された。この精神世界へ。
「あらぁご主人様、今日は随分と早い登場ね。そんなにワタシに会いたくなっちゃたのかしらぁ?でゅふふ、お姉さんもお股を濡らして待ってたのよん♡」
一日ぶりに会った怪物もいきなり危ない発言をして登場。
今回は以前のような襲撃は無く、一刀がこの精神世界に来る前にその場にいた。
「悪い、貂蝉。今回はお前のギャグにツッコミを入れる余裕が無いんだよ」
「あら、あたしはいつだってご主人様にツッコみ待ち……はいはい、そんなに怖い顔しないで頂戴よぉ」
どうどうと一刀の静かな怒りを抑えようとする貂蝉。
そして、以前見せた真剣な眼差しを再び一刀に向けてみせた。
「…それでご主人様、あなたの答えを聞かせてもらえるかしら?」
「ああ……俺は…行くよ」
「…大丈夫なのん?前にも言ったけれど、死んでしまったら貴方の人生は其処で終わる…頼んできたワタシが言うようなセリフじゃないけど、ワタシのお願いを断って平和に暮らす事だって出来るのよ?」
「…確かにお前の言うとおり、昨日今日の事を忘れていつもと変わらない生活を送ることだってできる。俺だって死にたくないし、正直まだ怖い…」
だけど。
目を逸らしたくないんだ。
自分の心の奥にある本当の気持ちを、無下にしたくないんだ。
救いたいんだ。
相手は誰とも知らない人たちだけど。
そこから目を背けて、逃げたくないんだ。
「俺は……自分のやりたいように行動する。俺に誰かを助けられることが出来るなら……助けたい。それに…依頼人を見捨てるような真似、出来ないしな」
「…そう、そこまで覚悟を決めているのなら、ワタシはもう何も言わないわ。…これを受け取ってちょうだいなぁ!」
そう言って貂蝉は、何処からともなく一刀に向かって何かを投げつけてきた。
それは昨日も一刀に見せていたWドライバーだった。
戦う覚悟、命を懸ける覚悟となるそのドライバーを、一刀はしっかりと手に受け取る……
「うわ、ばっちい!」
……ことが出来なかった。
「ちょっとぉぉぉ!!なんで凄い勢いで避けたのよご主人様ぁん!しかもばっちいとは何よぅ!」
「ふざけんな!何で細菌まみれのベルト受け取らなくちゃならないんだよ!念入りに消毒しろ消毒!できれば新しいのに交換しろ!」
「んまぁ!折角ワタシの残り香が付くように一日中おパンツに仕舞い込んでたのに……濡らした意味が無いじゃないのよぉぉ!」
「ふざけんなぁぁぁぁ!!濡らしたとか言ってんじゃねぇぇぇ!!」
「…とまぁ愛情表現はこの辺りにしておいて…しょうがないからWドライバーはちゃんと洗っておいたわよ。もう、ワタシの証を付けるのにどれだけじっくりこってり時間を掛けたと思ってるのご主人様は」
「うるさい!」
念のために匂いを確認してちゃんと汚染が払われているか確認する。
もし匂いが残っていたら色々ショッキングだが、確かめないわけにもいかないのでこればかりはどうしようもない。
それに一日中股間に仕舞ったベルトを誰がつけたがると思うか、いや誰もいない。
「それじゃあご主人様。他にも渡さなきゃいけない物があるからどんどん渡すわよ。まずこれ…6種類のガイアメモリよ」
そう言って次に貂蝉が渡して来たものは、細長い直方体型の物体――ガイアメモリだ。
緑色、黒色、赤色、銀色、青色、黄色。彩り豊かなガイアメモリが6つ。
今度はパンツから出さず、突然手元に出現させてきたので嫌悪する必要はない。
貂蝉はそれらを投げ渡し、一刀は全てのガイアメモリをしっかりキャッチした。
「説明は追々してあげるから、次の物を渡すわよん。次はメモリガジェット。ご主人様の行動をサポートしてくれるいい子たちだから、必ず役に立つわっ♪」
「いい子?誰か別の人でも呼んで……うおお!?」
貂蝉の言葉に引っ掛かるものを感じた一刀が問いかけようとした瞬間、拳くらいの大きさをした機械が複数現れ、一刀の周りを旋回し始める。
しかもそれが生き物のようにリアルな動きをするものだから、初見の一刀が驚くのも無理は無かった。
よくよく見ていると、機械たちはどれも見覚えのある生き物の姿を象っていた。
先ず、自分の目の高さ辺りでグルグルと一刀の周りを飛んでいるのは、2匹のクワガタ型の機械。
クワガタ2匹とは違い、一刀の前で無機質な翼を羽ばたかせて滞空しているのは、コウモリ型の機械。
一刀の肩に留まって体を摺り寄せてくるのはクモ型の機械。
「あらあら、ご主人様ったらいきなりモテモテじゃなぁい」
「これは…好かれてるのか?」
貂蝉の言に疑念を抱く一刀は、自分の周りにいるメモリガジェットを一瞥する。
あくまで初めて会う人間に興味深々なだけのような気が…
と、一刀は思っていたが機械の感情など読み取れるわけも無く、その辺りは追及しないでおくことにした。
「さぁてと。それじゃあご主人様、さっき渡した物の説明を始めるわよん」
貂蝉は、先ほど渡したガイアメモリの能力と、メモリガジェットの各自の特徴を説明し終える。
説明を一通り受けた一刀は、早速自分の周りにいたメモリガジェットたちを集め、それぞれに挿し込まれているギジメモリを抜き取ってみた。
すると、クワガタのガジェット――スタッグフォンは足の部分が収納され、携帯電話の形になる。
同様にコウモリ型のガジェットは翼を畳んでデジカメの形に、クモ型のガジェットは他よりも随分コンパクトになり、腕時計の形になる。
「へぇ…」
思わず感嘆の声を上げる一刀。
これも随分と現実離れしているため、もっと驚くような気もするが…度重なる非現実的な出来事の連続で、一刀の感性が太くなっのだろう。
「本当はもう少し渡す物があるんだけど……ごめんなさいねぇ。まだ調整中で時間が掛かっちゃってるのよ。ああん、折角仕事の出来る女をアピールできるチャンスだったのにぃん!」
「取り敢えずお前は地球上の女性に全力で謝れ。お前と同じ性別なんて絶望以外の何物でもない」
「あぁ確かに、同じ女として生まれていたら確実にワタシの方が美しくなっちゃうものねぇ…そう思えばワタシってば罪作りなオ・ン・ナ♡」
「何都合のいいように解釈してんのコイツ!?」
「まぁその話はまた今度にするとして……そろそろ出発させようと思うんだけど、心の準備は良いかしら?ご主人様」
ついに旅立つ時がやって来た。
最初は怖いという思いが強かったが、今は幾分か心が軽い。
これも爺ちゃんの後押しのお陰だろうな、と一刀は自身の祖父に対して心の中で感謝をする。
「あぁ……ところで中国大陸に行くっていうのは知ってるけど、どの辺りに出るんだ?」
「それはねぇん………着いてからのお・た・の――ぎゃいん!?」
鉄拳制裁、という名の腹部へのキックが炸裂。
「おいコラ。こっちは真面目にやってんだ。お前もせめて発言くらいはまともになれ」
「んもう、さっきのは冗談よぉ。…分からないわ」
「は?」
「だから、分かんないのよぉ。【管理放棄者(イレギュラー)】のロックの影響なんだけど、ご主人様を任意の場所に飛ばすことが出来なくなっちゃってるの」
「じゃあ何か?俺はこの後どこかも分からない場所に一人飛ばされるってことか?」
「そういうこと。まぁご主人様ならきっと大丈夫よん♪」
「何を根拠に言ってるんだこの筋肉達磨」
いい加減な物言いをする貂蝉を殴りたくなる一刀だったが、話を停滞しないためにここは我慢。
「それじゃあご主人様、行くわよ」
「…おう」
そして今度こそ、出立の時。
違う世界に旅立つという、常人が一生涯かけても経験する事の出来ない体験が出来るという事に、一刀は若干昂ぶっていた。
足元に豪華な魔方陣が発生し、そこから光と共に旅立つのか?
それとも、電車みたいな乗り物に乗っかって時空の旅に出掛けたり?
案外、瞬間移動みたいなスマートなタイプかも?
子供の頃の童心が蘇るかのようなワクワク感。
自然と一刀の胸が期待で膨らむ。
……が。
「それじゃあご主人様……行ってらっしゃいのチュ~~~♡」
一刀は忘れない、忘れることが出来ない
自分の視界が闇に閉ざされる直前、筋肉質の男の唇が急接近していたという、最低最悪の体験を。
【あとがき】
皆さんこんばんは、kishiriです。
前回の作品にてコメントして下さった皆さん、ありがとうございます!
色々と設定が気になる方もいるでしょうし、なるべく早くストーリーを進めていきたいなぁと思ってます。
しかし、学校やバイトが重なって中々執筆に勤しめないぜ……
昔は時間も余裕であったはずなのに何であの時書かなかったんだろう……
昔に戻りたいなぁ(´・ω・) (´∀` )ムリムリ
そういえばここでの一刀と原作での一刀の違いが解るよう、箇条書きで大体纏めてみました。
これがそれです。
【kishiri製 北郷一刀】
・探偵が好き。推理小説を読み漁っており、偶にホームズの台詞を口にする。
・困っているものを見ると放っておけない性分に拍車がかかっている。
・偶にキリッとカッコよく決めたくなる。
・剣道は一切関わっておらず、代わりに柔道を少しだけやっている。
・観察力、推理力、状況整理力が上昇。
・Wドライバー諸々を所有。
・平行世界が存在していると認識している。
・偶然、恋姫世界に行ったのではなく、自分の意志で恋姫世界に向かった。
一先ずはこんなところでしょうか。また何かあれば追記していきますね。
次回は殆ど書けているので、割と早く投稿できるかもしれません。
それでは、次回も宜しくお願いします!
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第1話です。
本当は2倍くらいボリュームがあったのですが、執筆中に
「あ、これ長くなりすぎたな。分けよう」ということで、残り半分は2話に持っていきました。
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