帝都近郊にあるその広大な施設はある架空の企業体の持ち物ということになっていた。周囲を防御用の3重の壁に囲まれた秘匿性の高いところ。しかし、その中はすっぽり町が一つ入るほど広い。
車はセキュリティ厳重なゲートを抜け、広い道を走り、さる殺風景な、しかし、少し様式の形容しがたい建物の近くで止まった。
車の後部座席から降り立った男は、その建物の入り口に向かう。建物の中から時折音がする。剣呑なことに銃声、破裂音だ。
かまわず男は埃っぽい玄関を抜け、迷わず2階にむかって正面の会談を登っていく。その間も建物のどこかしこからか知らぬところからなにごとかの喧騒が時折響く。
2階の奥まった部屋のドアまで彼は迷わず行き、そこを開けた。テーブルと椅子だけの殺風景な風景。いや、もう一人の男がそのテーブルにむかって、携帯食料をぱくついていた。
「指定どおりに来てやったぞ大佐。流れ弾の心配なしにな。」
「おいでいただいて光栄ですな、ドメル中将。」
不遜、といっていい物腰で顎鬚のやせた男が顔を上げた。とても上官に対している態度とは思えない。だがドメルのほうも苦笑したまま、向かい合わせの空いている椅子に座り込んだ。
実はドメルが通る通路、回廊はあらかじめブロックして危険性のないようには各種訓練用防御用装備は無力化してあった。
「とりあえず一言指摘しておくぞ。訓練施設のキリングハウスで指揮官の大佐殿が弁当を使っているというのは、あまり良い風景ではないな。_しかも、そのなりはなんだ。」
顎鬚の大佐はそのとき、下士官兵用の作業服を着込み、しかも階級章は大尉のものだ。
「お言葉だが、ここが一番落ち着く。また、私は日頃は美食の習慣を持たない。3つ目は、こんどのヒヨコたちを近くで見ていたい。4つめ、前線では大概『大尉』と呼ばせている。」
中将殿のほうがまいったと肩をすくめた。こんな会話が許されるのも、二人が旧知の仲、しかも士官学校の同級だったからだ。
「私の大佐の階級は、国のお召しに従ってミッションごとに退役と復役を繰り返しているたびに役所が具合が悪いので小刻みに昇進させたせいだよ。帝国軍人としては大尉のままが気が楽だ、じぶんとしては。」
ドメルは学校で一番ウマのあった同期生が卒業後特殊戦部隊を志願し、その後しばらくたってから大尉の階級で退役したと聞いて驚いたものだ。長く続く武門の家柄。貴族ほどではないが由緒ある名家の跡取りとしてこの男は知られている。その力量と才能を惜しんで公に出来ない、しかし重要な任務が発生するたびに呼び戻して任務に服させてきたのが彼が言う「オヤジ」ことディッツ提督だった。ドメルはディッツを通じてこの軍の影ともいえる部分に悪戯好きの小僧のように好き好んで身を潜める彼の存在を知る数少ない男だった。
しかし、このところは、ほぼレギュラーとして「大佐」としてこの特殊部隊の本拠にいることが多い。退役したとき勘当だ!と怒鳴ったかつてザルツ戦役で名をはせた老父の具合が最近思わしくないのか。やはり喧嘩しても気になるのか。せめt近くにいてやろうということなら__
また、破裂音が上のほうのフロアでした。その後、女声の甲高い激しい罵声が一渡り聞こえてきた。
「きみの片腕の…准尉のほうだったかね、あれは?」
「ああ、配属志願者の初期練成過程の教官をやらせている。曹長のほうがこのハウスのモニタリングをしている。女性に戦闘教官をやらせるのは効果が上がるのだよ。男は大抵女に罵られるとそのトラウマが残るものだ。女は逆に怒るが同時に我を忘れる。それが後の訓練に影響する。にもかかわらず男女ともに影響を残さずフラットなメンタルを常に維持できる素質があるか、スイッチを切り替えて新事態に対処できるか、選別のポイントだ。」
練成とは言いながら実際は志願応募者の9割をふるいにかける、脱落させる目的で実施しているものなのだ。
「准尉も、なかなか骨を折ったが、それでも実戦で何回か試練を含めてあそこまでたどりつけた。」
ドメル中将はすっかりくつろいで見せた。おどけた調子で付け加えた。「だから、わたしら正規部隊のものは特殊部隊が好かんのだよ。せっかくわれこそという志願者を送り込んでも大半が何だかんだ言って送り返される。しかも実戦ではいつも正規の参謀のたてた作戦をかき回してくれる。」
それには応えず、大佐はきくとはなしにきいた。
「奥さん、エリーサは、元気か?」
「まあ、な。君こそ時々実家に帰ってやらんと父上も嘆くぞ。」
「父と顔を合わせれば、大概また喧嘩だよ。」
ドン!という爆音がすぐ上の階で鳴り、ばらばらと砂埃が落ちた。銃声数発、そして喧騒。たぶん上階に模擬ターゲットでも置いての接敵突入訓練だろう。またまた准尉の激しい罵倒が追っかけるように飛んだ。やれやれ。あれでも気立てはよい女なのだよと大佐は弁解した。
ドメルが声を低めた。
「ラマザにザルツを送るという案がある。」
「感心しないな。」大佐は顎鬚をこすりながらコップに手を伸ばした。
「なぜ?」
「かれらは確かに精強だ。良く働く。だが、常に部隊単位で動くようになっている。軍が信用してやらんからだよ。たとえ被征服民だといえな。むしろ潜入工作には向かないんだよ。」
「我々は常に単独、多くて3人までで動くようになっている。各人のイニシアチブがすべてさ。それにミッションは普通は長期だ。ほれ、准尉だが_」
立ち上がって窓の下を除くと、丁度髪を短く刈り上げた女が歩いていく。すでに物音がしなくなっていたので、ここでの課業は終了なのだろう。黒いツナギの営内作業服に教官を表す標識を付け、装備を持って表に向かっていく。しかし、ふと立ち止まると、道端にしゃがみこみ、ツナギのうえだけはだけ、タンクトップの上半身を見せてアグラをかいた。浅黒いが汗で艶の出た肌、細身だが発達した胸。
首を振るとドメルが聞いた。
「准尉がどうしたって?」
のんびりした調子で大佐は答えた。
「彼女は先月までほぼ1年にわたってガトランティスに潜入した。単独でだ。」
ガトランティス中枢で異変ありという情報をドメルが得たのはしばらく前だった。どうやら、枢要な人物が複数、突然死をとげたというものだった。立て続けに。
「国家元帥のたっての要望となると断るのは難しかったな。あまり気の進まんミッションだったが。作戦後半、特にミッションが重要な局面に入ってからはこちらからの兵站はおろか通信もままならない。そんな中で冷静に任務だけをこなす。自分の生死はその前では二の次になるが、自分達が生存しなければ逆に任務未達になる。結局何があっても、汚く卑怯な手を使ってでも生き残ることを選択する。我々の戦いとはそんなもんだ。」
一年前にあらかじめ決めておいた回収ポイントで回収班を待っていたのは路傍にうずくまる襤褸の塊。曹長が起こしてみるとそれはやせこけた現地人の子供に見えた。髪はボサボサ、身につけているものから体から悪臭芬々。しかし、飢餓線上で眼窩の落ち窪んだ小児に見えたその顔はあきらかに同僚のものだった。手持ちの食料、水はすでになかった。原住民の持つナイフを入手して途中の障害を切り開きながらの逃避行だった。だが、報告とそれを裏付ける味方のモニターによって潜入中の彼女の任務の達成は確認された。彼女が准尉に昇進した瞬間でもあった。
「曹長も同じだよ。彼も別の地に2年潜伏して偵察活動に携わった。…テロンに潜ったと言って信じられないだろ?」
中将は目を瞠った。
「肌の色が違うだろ?どうやって?」
「我々のメタモルフォースの技術は裸に剥いて仔細に観察しない限り見破られない域に達しているよ。…彼の功績はもう耳に入っているだろ。今度地球を出たらしい新型艦の建造進捗状況は彼がもたらしたものだよ。」
「結局、」ドメルはうなった。「大佐、君たちに行ってもらうしかないわけだな。任務の内容が内容だから断ることも君は出来るわけだが。」
大佐は大ぶりのジャーから空の携帯カップに注ぎ、それを相手に勧めながら言った。
「本当はもちろん警察と親衛隊の仕事だと言ってしまえばそれまでだが、個人的にもアマディオという人物には関心がある。__稀代のテロリストの可能性もあるし、そうなったら結局こちらにお鉢が回ってくることになるな。」
「関心かね。」
「そうだ。ただの欲の皮のつっぱった麻薬業者の大物ではないように感じるよ。一応後学のためにいろいろ情報は仕入れさせていただいている。バラレスのダウンタウンでいきがっている本来脳にまわる栄養分が腕っ節やら下半身に回ったような単細胞とは違うようだ。それに」ぐっと自分のを飲み干し「よいブレインを抱えているようだな。ラマザの現地人を手なずけて『シード』の栽培に精を出させるようなマネは組織があって始めて出来ることだよ。…現地でこちらの味方になるのはおらんだろうな。」
「難しいことは判っている。だが、親衛隊に先んじてコトを進めておきたい。提督も同意見だ。軍としては親衛隊への対抗上、地味な戦果の積み重ねよりも派手なものをという意見が支配的になってきている。特に若手中堅の間でな。いつまでご老体が抑え切れるか。」
「親衛隊は治安機関含めて各所に浸透しているからな。もうガミラスの本当の主のように振舞ってるじゃないか。ただ、一点。私達の活動も地味そのものだよ。誤解なきよう。ただ、」
食べ終わった口糧を片付けながら「アマディオ一人を捕縛、ないしは抹殺するという案には賛成だ。」
「受けてくれてほっとしてるよ。艦隊を束で派遣して星ごと焼き払う式の作戦を採用しかねん雰囲気が総司令部にはあったからな。」
「ギムレーやジレルの女狐ばかりか軍内でもみあげ…国家元帥に追従したがる連中の鼻を明かすという考えに賛成だな。それに、あそこはうちの訓練キャンプ以外にも軍やその他の施設が目白押しだ。付随被害の多いやり方ではなく外科手術で病巣排除がよかろうよ。」
ドメルは立ち上がり、付け加えた。
「作戦の詳細はいつもどおり一任する…ところで、やはり、出征前に母上の墓参りくらいしてやったらどうだ。」
「それは請合うよ。」
ドメルが玄関ホールを出ると、准尉はまだそこにいた。年若い女の子がもろ肌脱いでブラスターのフィールドストリッピングか。彼は苦笑して近寄った。気配に気づき、肩章を見て彼女は目を丸くし、飛び上がって敬礼した。からころとなにか金属音が舗装の上に響く。
ドメルはゆっくりとそれを拾うと彼女に差し出した。
「准尉、君のような者にこういうことを言うのは今更の感を抱かせるかもしれん。だが我が軍のHKN651Rは堅牢無比、前線の蛮用に耐えるものなれど、このシアーズストリングは傷つきやすく破損しやすい。今後落としたりせぬように気をつけることだ。とくに不意の際。動転などせぬように。」
准尉の顔は上気している。「失礼いたしました。…その、ありがとうございます!」
少し切れ長の目が大きく見開く。こうしてみると普通の娘だ。
「がんばりたまえ。」言うと背を向け、車が待機している方向に歩いていった。
一方、大佐は大きく伸びをしたあとで、誰とも無く話しかけた。「曹長、聞いていたな?」
「はい、モニターしておりました。」男の声が響いた。
「学校休みはこれで打ち切りだ__。私と准尉、君_曹長の3人で1チーム。もうひとつ、カルノー大尉に3人、へール中尉に3人、それぞれチームを編成させよう。今夜定時に私の部屋に全員集合のこと。いいな?」
「了解。」
「久しぶりに大規模派遣になるな。」
「にぎやかなのは結構な話です。」
大帝星軍特別空間任務部隊は以後出動準備に入った。作戦目的は、アマディオの排除。
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誰かとのおおまかなアイデアばなしで、警察ルート書いたンなら軍ルートもいるじゃろと。かっとして描いた反省してるよ、もう。 今回はおっさんのこいばな_じゃないくそ詰まらん会話が続きますので書いている自分も三回欠伸した。いいかげん、本編のメルダ+ミーナ組の騒動にもどします。 表紙は潜入作戦中の准尉。モデルはプラモや本で日本の軍オタみんな大好きなあの部隊です。実際単独行動多いらしい。