男の職業は、俗に言うイラストレーターである。
とは言え、決して売れているとは言い難い。
むしろ、現代に有象無象存在する“自称”イラストレーターだ。
夢は漫画家になる事。
日々アルバイトに勤しみながらネットにイラストを投稿し、色々なジャンルの漫画を描いては持ち込み、ときには薄い本を作ったりもしている。
世間にイメージされるようなテンプレ食えないイラストレーター。
それが男の“現実”である。
そんな男のもうひとつの趣味がアウトドアだ。
それも、どちらかと言えばかなりディープな方で、キャンプ場に行ったりちょっとした山に登るのではなく、装備をしっかりと整えて何日も山の中でキャンプをする。
キャンプのために狩猟免許が欲しいかも、等という事を呟く時点で、現代の若者とはかなり感性が異なるのは確かだろう。
実際“男料理”ではあるがしっかりと自炊もできる。
まめに体も動かし、日課として走り込み等もするため、世間でイメージされるそういう職業の人々とはかなりライフサイクルも異なるだろう。
数少ない友人は、そんな男に残念なものを見るような視線を向ける事が常である。
そんな事は男にだって理解できてはいるのだ。
自分の夢が自分の適性に合っていない事くらいは、いくら世間ずれした男でも十分に理解できている。
ぶっちゃけ、過疎の農村に移住して自給自足生活でもした方が、よっぽど生活も楽になるし充実した生活が送れるんじゃないだろうか、と自分でも思うのだ。
しかし、できればやっぱり絵で飯が食いたい。
少なくとも若いうちには、それを追いかけてみたい。
無理が利くうちにとことん突っ走ってみたい。
それが男の本音である。
そして、男の趣味であるアウトドアというのは、彼にとって大事な“創作”の時間でもあった。
世間から離れ、自然の中でじっくりとアイディアを練り上げる。
この時間が男には貴重かつ重要な“通過儀礼”でもあったのだ。
そして男は現在、夕暮れを迎えようとしている山中で、携帯コンロを用いて釣り上げたばかりの川魚を調理しながら、ゆっくりとアイディアを練り上げるという作業に勤しんでいた。
「う~ん………。やっぱエロとはいえ、温いもんじゃないよな…」
そう呟く理由は、先日知り合ったエロ雑誌の編集との酒の席での言葉が基本にあった。
一言で言えば「エロなめんな!」に尽きるのだが、エロ可愛いだけの絵を描いたって読者は着いてこない、というのを再認識させられた、というべきだろう。
だから男は、自分の甘さを再認識し、本道に立ち返る為に、自分にとって大事な“儀式”ともいえるキャンプ活動に勤しんでいる、という訳だ。
「ストーリーは悪くないって言われてるんだから、後は…」
今まで改善しきれていなかった“主人公に魅力が足りない”という部分を、その編集はエロという方面ではあっても、非常に丁寧に指摘してくれた。
曰く『絵の技術そのものは非常に高く丁寧なのだから、ストーリーを支えるキャラの魅力を引き出すようにしなければ、結局誰も“二度目”は読んではくれないのだ』と。
元々が設定や背景といった部分を練りこむのが好きな性質であった男は、逆にキャラクター性という部分をあまり重視してこなかった。
ありきたりな設定や外見・性格で、他人に解りやすい個性があればいいんじゃないか、と思っていたのだ。
そういうダメな部分を、酒の席とはいえどもしっかりと指摘してくれた編集に、男は心から感謝していた。
好きなものを好きなように描くだけではいけない。
そこに自分だけの“なにか”を伝える事ができなければ意味はない。
だから男は、色々な意味で原点に還ろうとしていた。
ただ、やはりある意味世間ずれしているのか、原点への還り方も少々ずれている。
男がやっているのは、俗に言う“黒歴史”への回帰であった。
他人が聞いたら笑い飛ばすを通り越して本気で2歩くらいは引くような行為である。
男だったら誰しも一度は考えるような事ではあるが、要は最強のキャラクターをファンタジーっぽい世界や伝奇系と言われる現代・近世風の世界で動かしてみよう、そう考えたのである。
俗に中二病と言われるものなのだが、悲しいかな、本人は至って大真面目である。
そのようなものを煮詰めて捏ね回して空気を抜いたようなキャラクターがまともであるはずがない。
その結果出来上がったのは、流行のダークファンタジーやピカレスク・ロマンといった内容に添う、非常に痛々しいキャラクターだった。
「う~ん…やっぱある程度流行は押さえないといけないだろうし、年齢は高校生くらいの方がいいのかな…。ギャルゲー要素とかBL要素なんかもあった方がいいのかなあ…」
繰り返して言うが、本人はどこまでも大真面目だ。
誰もいないのをいい事に、性格や背景などなど、あらゆる部分がどんどんと痛さを増していく。
そして完成したキャラクター。
その名を“虹のエルフィティカ”通称をティカという、いかにも一般受けしそうな外見とマニア受けしそうな設定、解りやすいダメさを持つ、妄想の結晶である。
人間的に未熟で、科学文明とは相容れない文化に生きてきた主人公が、自分達の部族の絶滅を機に、それらを背負い部族の復活と復讐を志す。
ありがちではあるが、あらすじが複雑な必要もない。
そこはこれから更に練り上げつつ、キャラにどう魅力をつけるかを考えよう。
焼きあがった魚を手にしながら、男はそう考えてにまりと笑う。
多分に美味そうな魚を前に、思わず笑みが溢れたのではあるが、脳内活動を考慮した場合、それだけとも言い切れないのが男が持つ宿痾だろう。
そして、野趣溢れる夕食をいただき、キャンプの愉しみのひとつでもある骨酒に満足しながら、男は早々に眠りについた。
様々な設定を書き記したノートを枕に、次に自分が描く作品の構想を夢に見つつ。
だが、男は知らなかった。
これがこの世界での最後の眠りとなるという、その事実を。
そして数日後、男は地方のニュースで小さく取り扱われる事となる。
山中にて行方不明という、そんなニュースとして。
世間の大半は気にもとめない、翌日には忘れてしまう程度のニュース。
そして、誰も知ることはない。
男と一緒に、彼が持ち込み書き溜めた“黒歴史”も、同時になくなっているという事を。
この男が“虹のエルフィティカ”として、異世界で第二の人生を歩む事になるのを、世界の誰も知ることはなかったのだから。
珍しくも後書きを書かせていただきます。
この駄文は、私が企画したものにYTA氏と峠崎丈二氏の二名を巻き込むことではじまったものです。
この3名のローテーションによるザッピング形式での、異世界ファンタジー小説となります。
つまり、それぞれが“主人公”を持って、同一の世界観等を基準に書かれていく小説なのです。
そういう性格の企画なので、毎週火曜までには必ず3人のうちの誰かが、この物語を投稿する事になります。
どこまで面白く書き上げられるかは判りませんが、少しでも楽しんでいただければなあ、と私は思っております。
読者は当然として、作者もね。
そういう訳で、この企画に巻き込まれる事に快諾してくださった、YTAとジョージの両名に、心からの感謝を。
こんな痛々しい内容につきあってくれてありがとね。
では、バトンを次に渡します。
YTAよ、よろしく頼む!
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この作品は、TINAMIで作家をしておられる
YTA(http://www.tinami.com/creator/profile/15149 )
峠崎丈二(http://www.tinami.com/creator/profile/12343 )
上記の両名の協力の下で行われるリレー型小説です。
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