小鳥のさえずりで目が覚める。そうか、もう朝が来たのか。
「今日は確か・・・んっ」
体を起こそうとして違和感に気付く。体が重い。
「これが金縛りというヤツか・・・成る程」
言っておいてなんだがそんなハズは無い。というかいつものアレだろう。
視線をそちらに向けてみると案の定蒲公英が居た。スヤスヤと寝息を立てて。
「またか・・・おい蒲公英。起きろ」
「ん・・・すぅ・・・」
ハァ、と溜め息をつく。これはコイツの悪い癖だ。俺と何か約束をしている日、例えば今日のような日の事だ。朝起きて俺を起こしに来てくれる。そこまではいい。だが何故かいつもそこで寝てしまうのだ。
「起きろって。今日は買い物行くんだろ?」
「ふぁ・・・そうだったねぇ・・・ふぅ・・・」
とか言いつつまた布団に顔を埋める。因みにコイツは律儀に一旦着替えてから寝に来るので、傍から見て誤解はされない。そもそも兄妹だしな。
「朝っぱらから何考えてんだか・・・ほら起きろ。朝飯は食ったのか?」
「うにゃ・・・まだ・・・」
「んじゃ何か適当なモン作ってやるから。取り敢えずどいてくれ」
そういうとやっと理解したのかどいてくれた。
と思ったらまたパタリと倒れた。どうやらまだ眠いようだ。
「・・・飯出来たら呼ぶからな。ちゃんと起きてこいよ」
「ふぁ~い・・・すぅ・・・」
全く。朝から手間のかかるヤツだ。
場所は変わって近所の公園。一通り店を見て回った俺たちは此処で休むことにしていた。
一人ベンチに座って空を見上げる。休日ということもあり、辺りは子連れの母親たちや若いカップル等で賑わっていた。
「かっずとー! おっまったせー!」
両手にクレープを持って飛び跳ねて来る元気なヤツが一人。朝とは打って変わって五月蠅いヤツだ。
「一刀はチョコバナナで良かったよね? ハイどーぞ」
「ありがとさん・・・って待て」
「ん?」
「・・・何かお前の方が大きくないか。クレープ」
俺が手に持つクレープと見比べると、蒲公英の持つ方が一回り程大きく見える。
「ふっふーん。実は屋台のお兄ちゃんがサービスしてくれたんだ! いいでしょー? いいでしょー?」
クッソ。無駄にいい笑顔で威張りやがる。
「羨ましい? 羨ましい? 何だったら一口あげてもいいんだよ?」
「マジか。貰うぞ」
「うわ即答・・・相変わらずプライドとかは無いんだね。はい、アーン」
目の前に差し出されたクレープに容赦無くかぶりつく。
「わーー!! 何でそんなに食べてんのさー!」
「一口と言ったじゃないか。ふむ。この味はアップルプレザーブだな」
「わースゴーイ! 良く分かったねー! って違うちがーう!」
「まぁ落ち着けって。ホラ俺のもやるから」
そう言って自分のクレープを差し出す。すると先程の俺同様に容赦なくかぶりついて来る。かぶりついて・・・かぶりついて・・・かぶりついて・・・
「ってコラコラコラ! いつまで食い続けるつもりだよ! うわもう半分も無いし!」
「お返しだよーだ! ふーん!」
とか口では怒りながらもやはりクレープは美味しかったのか、ご満悦のご様子の妹。その笑顔だけで許したくなってしまうのは卑怯だと思う。
「・・・ま、いっか。ん。チョコバナナ美味しいな」
しばらく黙々とクレープを食べ続ける。・・・今日はいい天気だ。そのくらいしか言うことがない。
「お・・・蒲公英。ちょっとこっち」
ふと、蒲公英の頬にクリームが付いている事に気付く。
「ん? 何?」
「ちょっと失礼・・・よっと」
クリームを指ですくい、そのまま自らの口へ。
「クリーム。付いてたからさ」
「おーありがと。じゃあ一刀もちょっとこっち」
「あ?」
促されるまま顔を向けると、先程の俺同様指を伸ばしてくる。
「クリーム。付いてたよ」
そういって取れたクリームを口の中へ。
「・・・自分じゃ気付かないもんだな」
「そーだね。でも美味しいからいいじゃん?」
ま、それもそうだ。
時計を見ると、時刻は既に12時を回ってた。
昼過ぎ。蒲公英を家まで送り届けた後、俺は商店街に来ていた。
といっても商店街そのものに用があるわけじゃない。店と店の間の細道を抜け裏通りへ。そこを少し進んだところに一つの古い店がある。俺の目的地は此処だ。
ガラガラッと古い扉を開ける。店の外見に反して、扉の立てつけは悪くない。この店が大事にされている証拠だ。
店の中には幾つかの椅子とテーブル。それとカウンター席。どこにでもあるような小さな飲食店の内装だ。
そしてカウンター席に座ってテレビを見ている女性が一人。淡い青の髪に丈の短い純白の衣装。
「・・・む。やぁ、誰かと思えば」
ようやくこちらに気付いた彼女が挨拶を投げかけて来る。
「どうもお久しぶりです、星さん」
「そうだな一刀殿。最近は顔を見せに来ないから寂しかったぞ?」
クスクスと妖艶に笑う。この女性こそがこの店、中華料理店『鄴』の店主、星さん。
「して、本日は一体どのような用事が?」
「別に用事ってほどの事じゃないです。ただ久しぶりに此処の飯を食いたくなって」
カウンターの席についてお品書きを手に取る。ここは中華料理店ということもあって、メニューには正に中華といったばかりの物が並んでいた。
早速メニューに目を通す。
焼売・・・4.000円。ラーメン・・・4,800円。焼豚ワンタンメン・・・6,800円。天津麺・・・
「っていやいやいやいや。星さん?」
「? どうした一刀殿」
「どうしたって・・・何か以前と比べて値段おかしくないですか? 具体的に言うと一桁ほど多い気が」
「少年。時代は移ろい行くものなのだよ」
「急に何言ってるんですか」
「いやなに・・・最近物価が高騰していてな。その影響だよ。いやー参った参った」
「いやいやいやいや・・・」
流石にそれは嘘だろう。世間情勢に疎い俺でもそのくらいは分かる。
「まぁ冗談はさておき。こちらが本物のメニューだ」
どこからか別のお品書きを出して渡してくる。値段は・・・よかった。いつも通りだ。
「まったく・・・どうしてこんな事を」
「決まっておろう。暇だからだ」
「いくら暇だからってぼったくりメニュー作らないで下さいよ。あ、ラーメンと餃子、お願いします」
「ラーメンと餃子だな。相分かった」
星さんが立ち上がり調理場へと向かう。どうせ出来上がるまでは暇だろうし、テレビでも見て時間を潰すこととしよう。
(・・・しかし静かだな)
この店が裏通りにあるおかげで商店街の喧騒は殆ど聞こえず、ほんの僅かに聞こえる外の音もテレビの音声に掻き消されてしまう。
この店がまるで俗世から隔離されているような。そんな錯覚さえ覚える。
(ま、その雰囲気が気に入っているんだけどな)
言ってしまえば、此処が唯一心を安らげる事の出来る場所なのだ。姉貴達やクラスメイトの誰にも教えていない。秘密基地のようなものだ。
といってもあくまで此処は飲食店。客が俺以外にも全く居ないワケではない。稀にだが、仕事帰りのサラリーマンや仲睦まじい老夫婦等・・・様々な客と会うことも出来る。
(だけど、今日は誰もいない・・・か)
何気なしに店内を見渡す。いつもと変わらない光景。そこには俺以外の客は無く―――
いや、居た。
入ってきたときには気付かなかったが、奥のテーブルに一人の少女が座っていた。見目麗しい容姿に肩まではある金髪。中学生くらいの子だろうか。見たことの無い顔だ。
どこか良いところのお嬢様・・・そんな雰囲気を醸し出しているのだが、実際そんな少女がこの店に来るだろうか。
「一刀殿」
突然の声に少し驚く。気が付くと星さんがニヤニヤしながら俺を見ていた。
「そんなにあの少女が気になるか? 因みに彼女は見ての通り、まだ中等部に上がったばかりの年端も行かぬ少女だぞ?」
「勝手に人を犯罪者に仕立て上げないでくれ・・・知り合いか?」
「ん? まぁ・・・そうだな」
星さんにしては珍しく歯切れが悪い。話したくないということなのだろうか。
「客の個人情報はそうおいそれと話せぬものだよ。ほら、お待ちかねの餃子だ」
年齢の時点で大した個人情報だと思うのだが。
まぁ彼女の事は確かに気になるが、今は目の前の物を食べなくては。
結局彼女は俺が店を出るまで席を動かなかったが、また此処に来れば会うこともあるだろうか。
「あー・・・いい湯だったなぁ」
やっぱ風呂っていいよな。1日の疲れを汚れと共に落とせるのだから。
「日本人に生まれてきてよかったな・・・っと」
ベッドに倒れこむ。窓の外は既に真っ暗。時計の針は11を指していた。
枕元にあった携帯に手を伸ばす。新着メールは2件。その内1件は蒲公英のものだ。
「なになに・・・遅い! いつまで寄り道食ってるの! お腹空いたよー・・・」
あぁ。だからアイツ俺が帰って来た時不機嫌だったのか。メールに気が付かない俺も悪いけど・・・。
「また何か要求されんのかな・・・面倒だなぁ」
まぁそれはその時考えよう。他には何かあったかな。
「あ。そういや愛紗から文化祭の件について言われてたんだっけか」
しまった。全く、何も、一切考えていない。今から机に向かうのも面倒だしな・・・。
「・・・よし。明日考えよう。まぁ何とかなるだろう。うんうん」
典型的なダメ人間である。言ってて何だか悲しくなってきた。
まぁ自分はそういう人間だからと、半ば諦めていたりするのが実際なのだが。
「さて。寝るかな」
髪が乾いたら寝ることとしよう。折角の休日だってのに結構歩き回ってたからな。
カーテンを閉めようとして、ふと窓の外を見る。
満天の星空。雲一つ無く、それはとても綺麗なものだった。
「・・・こりゃ、明日はいいことあるな」
そうポツリと呟いて、カーテンを閉める。
それでは、おやすみなさい。
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2日目。もう7月だというのに雨が続きますね。洗濯物を干せない日々が続いて、中々辛いものがあります。
この作品は恋姫†無双の学パロみたいな感じですね。主人公はおなじみの彼です。