第四十八話 ~ 想い ~
【アヤメside】
「DDAが?」
キリトの報告を聞いたアスナが、僅かに眉をひそめた。
DDA、とはギルド《聖竜連合》の略称のことである。
事件発生の翌日、
午前九時丁度に第五十七層に集合した俺たちは、雨除けと軽い朝食がてら、手近なカフェに入って情報整理していた。
そこで一番最初に上げられたのが、昨夜キリトを待ち伏せしたらしい《聖竜連合》のギルドメンバーである《シュミット》の話だった。
「シュミットさんが……」
「シリカ、シュミットのこと知ってるのか?」
「ランス使いのおっきい人ですよね?」
「そうそう。高校馬上槍部主将って感じの」
「私って、ボス戦だと回復とかの支援がメインですから、タンクの人たちとは結構お話するんです」
「シリカちゃん、そのシュミットさんってどんな人?」
「はい。少し怖がりっぽいところはありますけど、良い人ですよ。少なくても、マナー違反をするような人とは思えません」
アスナの問いに、シリカが報告のようなやや改まった態度で答えた。
「……実は、シュミットさんが犯人、ってセンはないわよね?」
「断定は危険だけど、まあ無いかな。足を付くのを恐れて武器を回収するなら、そもそも現場に置いていかない。それに、あの槍は犯人のメッセージなのかもしれないからな」
「『あなたの犯した罪を赦さない。必ず殺して償わせる』ってところか。聞いた感じじゃ、《公開処刑》みたいだしな」
キリトの言葉に同意しながら呟く。キリトたちは、陰鬱な表情で頷いた。
無差別PKではなく、カインズという個人を狙った処刑。そして、カインズ、グリムロック、シュミットの間で起きたと思われる何らかの出来事。
「つまり、動機は《復讐》や《制裁》ってことね」
俺が口を開く前に、アスナがその推論を口にした。俺も思っていたことなので、無言で同意を示す。
「そう考えると、シュミットはカインズと一緒に何らかの《罪》を犯した側って感じだな」
「その《罪》が判れば、自動的に犯人も判りそうね。……でも、これが犯人の演出って可能性もあるから、先入観を持たない方がいいわね。特に、ヨルコさんから話を聞くとき」
キリトとアスナのやり取りを頭の中で反芻していると、ピナを抱き締める俯き気味のシリカの姿が目に映った。
「シリカ、どうかしたか?」
「私は……やっぱり、シュミットさんがそんなことするなんて思えないです」
シリカが悲しそうに反論する。
「脅されたからやった、という可能性もある。シリカには悪いけど、疑っておくべきだな」
シリカの頭をすこし乱暴に撫でる。
持ち上がったシリカの顔は、納得はしていないが理解は出来た、そんな顔だった。
「まあ、謎は多いままだけど、取り敢えず腹ごしらえは済ませておくか」
雰囲気を変えるため、少しおちゃらけたように俺が言うと、キリトたちは張り詰めた空気を霧散させて目の前の朝食に手をつけた。
「そう言えば、今日は私服じゃないんだな」
シリカとアスナの姿を目に止めたキリトが言った。
「さすがに、こんなときに私服着てくるわけにもいきませんからね」
「もしそんなことしたら、アヤメさんに怒られちゃうわよ」
「いや、怒らない………わけないな」
苦笑するシリカに、横目で俺を見るアスナ。そんなアスナに反論を試みた俺だが、出来ないことに気付いたのでやめた。
「ところで、私昨日の夜ちょっと考えたんだけどね……」
朝食を食べ終えたアスナが、ポタージュのようなものをスプーンでかき混ぜながら、何気ない様子で口を開いた。
「圏外で貫通属性武器を刺されるじゃない? そのまま圏内に移動したら、継続ダメージってどうなるか、みんな知ってる?」
「えー……っと」
言葉に詰まり、首を傾げるキリト。まあ、武器を、まして貫通属性武器を体に刺したまま圏内入るヤツなんていないからな。移動する暇があったら抜けよ、って話だ。
「アヤメさん、知ってますか?」
こちらも首を傾げていたシリカが、俺に尋ねてきた。
「武器は刺さったままだけど、ダメージ自体は止まる」
それに、多めに頼んだパンを千切ってキュイたちに与えながら答えた。
「え……そうなんですか?」
まさか答えるとは思っていなかったのか、シリカたちは若干驚いた様子でこちらを見ていた。
「俺も昨日の夜、アスナと似たようなことを考えて実験してみたんだ。そうしたら、さっき言った結果になった」
昨夜の実験を思い出したのか、足元で丸くなっていたタマモとイナリが膝の上に飛び乗って、左腕に頭をすり寄せてきた。
「ついでに言うと、《ギルティソーン》もただの武器だった。圏内で刺さることもなければ、《貫通継続ダメージ》を圏内で発生させることもない、グリムロック作の普通の貫通属性武器だ」
タマモとイナリを交互に撫でながら、流れに便乗して昨夜の実験の報告をする。
その報告に、三人は目に見えて動揺した。
「え……と、どうしてそんなにはっきり……?」
「そりゃあ、実験したからな」
「実験って……刺したのか?」
「……ああ」
戸惑うようなキリトの言葉に素直に頷き、昨夜の実験内容を荒削りに説明した。
「どうし「アヤメさん」………っ!?」
――パァァン……
説明し終えた途端、怒った様子のアスナが身を乗り出そうとしたが、それよりも一瞬速く、シリカが俺の名前を呼んだ。それに従って俺がシリカの方に振り向いた瞬間、左頬に衝撃が走った。
「……シリカ?」
そこには、椅子を倒して立ち上がり、右手を振り切った格好で俺を睨み付ける、今にも泣きそうな顔をしたシリカの姿があった。
「どうしてですか……どうして、一人でそんな危ないことしたんですか!」
右手を胸の前で強く握りしめて、悲しそうに、そして悔しそうに叫んだ。
「圏外はなにが起こるか判らないんですよ! ギルティソーンが私たちの知らないようなスキルを、PK向きのスキルを持っていて、下手したら死んじゃうかもしれないのに、なんで一人でそんなことしちゃうんですか! なんで私たちに協力させてくれないんですか! 私たちは……私は、そんなに信用できないんですか!? 私はこんなにちんちくりんですから、キリトさんやアスナさんに比べたら頼りないのはわかってます。でも! それでも! 私はアヤメさんの力になりたいんです!」
そこでシリカは一息いれて、再度口を開いた。
「それ以上に……それ以上に私は! 私が知らないところであなたが死んじゃうのが嫌なんです!!」
そこで限界が来たのか、シリカの瞳から涙が零れ落ちる。
シリカの想いを聞き、その涙を見た俺は、言い知れない罪悪感を覚えた。
シリカを危険から遠ざけるために、彼女には秘密裏に事を済ませる。それを俺は、良かれと思ってやってきた。
しかし、俺は彼女がどう思うかまでは考えていなかった。
俺がシリカを大切に思う気持ちと同じくらい、彼女も俺のことを大切に思っていてるだとか、独断専行して事後報告だけされる彼女がどれだけ悔しく思うのかだとか、全く考えたことがなかった。
シリカの笑顔を失わせたくない。そう思ってきたのに、俺の自分勝手で自己中心的な行動のせいで彼女が泣いてしまっては本末転倒ではないか。
「シリカ……ごめん」
タマモとイナリを膝から下ろし、シリカを抱き寄せてあやすように頭を撫でながら、俺はシリカに謝った。どんな言葉を並べても言い訳か言い逃れにしかならない気がしたから、誠心誠意、ただ一言謝った。
「……もう、いいです」
その一言に含まれていたものが、赦免なのか、失望なのか、はたまた諦めだったのか、俺には分からなかった。
「アヤメさん。私も色々言いたいことはありますけど、シリカちゃんが代弁してくれましたのでそれで勘弁してあげます。でも、何も言わずにこんなことするのは今日限りにしてください」
「以下同文だ。アヤメはもっと俺たちに頼るべきだ」
有無を言わせぬ眼差しで、半ば睨み付けるように俺を見やるキリトとアスナ。
それに俺は、視線を合わせて頷いた。
「きゅるる!」
「分かってるよピナ。お前のご主人様を泣かせるようなことはしないよ」
頭の上に乗っかってきたピナを、空いている手で撫でながらそう言うと、ピナは満足げに鳴いた。
「それにしても……そうか、そうだったのか……ハハ」
皆から一応の許しを得たところで、俺はほとんど無意識にそう呟き、シリカを撫でていた方の手で口元を覆いながら笑い声を漏らした。
「何笑ってるんですかアヤメさん……?」
まだ許したつもりはないのか、シリカはいつもより辛辣な言葉とともに俺を見上げた。
「ハハハ……いや、シリカにアスナにキリト、それとピナ。キュイとタマモとイナリもだな。皆にそれだけ大切に想われてたって知って……すげぇ嬉しいなって」
今の俺は、凄くだらしない顔をしているのだろう。しかし、頬の緩みを抑えることは、どうしてもできなかった。
【あとがき】
以上、四十八話でした。
皆さん、如何でしたでしょうか?
今回は短いですね。
もっと怒らせてもよかったかな、と思わなくもないです。
次回は、もう一人の犠牲者が……。
それでは皆さんまた次回!
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四十八話目更新です。
定期テストとか論文作成とかで更新が遅れてしまいました。
申し訳ございませんでした。
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