ジャンプ掲載作品の「トリコ」の二次創作です。
小松シェフが先天的女体化しています。
学園パロディです。
基本、ココマになりますが流れでいろいろ
にょたですので、苦手な方はお控えを
全てを許して下さる方向け。少女漫画。
表紙をお借りしています(img by ryoubou.org)
本文2Pめが下着話になってます。御不快になられる人はご注意ください。
おもったより最後、病んでれました。すいません。
もっとかわいい話が書きたかったのに…!
16歳というのは実に不思議な年齢だと思う。
家に続くまっすぐな道をとぼとぼと歩きながら、小松は小さくため息をついた。
大人というにはまだ少し、でも完全に子供というわけではないこの曖昧な年齢が、いったいどれだけの16歳を無駄に傷つけているのだろうか。
(――ボクは)
小松は生物分類学上でいうと女性であるのだが、幼いころを男の子たちと犬の子供のようにくっついて育ったので一人称がわりとゆるい。さすがに年頃になってくると、周りがうるさく言い始めたのでできるだけ気をつけるようにはしているのだが。
(トリコさんち、行くのなんかやだなあ)
たまに落ちている石ころを蹴とばして、少しでも億劫な気持をごまかしながら亀のように小松は歩く。
トリコというのは幼馴染の一人である。たまたま同じ学校に進んだために、こういった不意の連絡係に小松が使われることがよくあるのだ。
小松は教師から渡された連絡物や提出物などが入った封筒をぶらぶらさせながら、もうほどなくついてしまうであろう豪邸を思い出して、深くため息をついた。
「ああ、小松くん――久しぶり」
「……ココさん」
玄関を通され、待っていたのはトリコの上の兄であるココだった。正直、一番いやな相手にあってしまったという気持ちが素直に顔に出たのだろうか、こちらを見たココの顔がちょっと陰ったのに気がつくほど小松は大人ではない。
「お久しぶりです。これ、トリコさんに渡してください。先生が持って行けって」
大きな封筒をココに手渡した。むろん、ココも小松の幼馴染の内の一人である。が、彼一人年の差があったのでもう成人しているはずだった。こんな時間に家にいることは珍しいだろう。
「ああ、また部活の遠征だったっけ、迷惑をかけるね」
「いえ、どうせ帰り道だし」
「ありがとう」
ココが身動きすると、そのたびに甘い香りが空気中にふりまかれる気がする。それが本当に実体のある香りなのか、それとも小松だけが嗅ぎ取っている妄想のにおいなのか判断できない。
(――だから、いやだったのに)
「じゃ、帰ります」
軽く頭を下げて去ろうとする小松にココの声がかかった。
「せっかく来てくれたんだし、お茶でも飲んで帰らないかい?――すっかりお姉さんになっていてびっくりしたよ」
振り向くと、ココが面白そうに笑っている。驚くほどきれいな顔をしているのが目を引く。小松は唇をかんだ。
かばんを引き寄せて、不自然にならない程度に首を振る。この美しい男とあの何度も子供のころ通った広いリビングに二人で差し向かいになるなど、拷問ではないか。
「そう、残念だね。――じゃあまたこんど」
「さよなら」
それだけをいい置いて、小松は足早に玄関を出た。しばらく走って、近くの家の塀の影にかけ込んで大きく息をつく。
(よりにもよって――ココさんが出てくるなんて)
鼻腔に残る甘い香り。
小松はココが好きだった。正確にいうと、いまでも。
子犬みたいに遊び戯れる子供たちのなかで、ココがいちばん大人で小松に優しかった。トリコの家の庭に生えている大きな木の根元で、よく本を読んでいたのを知っている。
涼やかな顔で、いつも優しく自分を見ていてくれた年上の男。
いまだ、小松は彼を越える男性に出会ってはいない。幼くして最高のものを見つけた自分は幸運だったのか、それとも不幸なのか。
やりきれぬ思いを押し殺してにじむ涙を指先でぬぐった。
苦い、ほんものの恋の味を味わいながら。
「でさ、ウチの兄貴がほんとうるさくて」
雨降りの日は放課後、部室に残って友達とうわさ話に興じるのが楽しい。
教室の大きな窓から見る雨はわりと芸術的だ。糸みたいにガラスにへばりつく細い水滴を眺めながら、小松は小さなクッキーを口に入れた。
「年頃の女の子つかまえてさ、肌が荒れてるだの手入れがなってないとかほんとナルシストにはほどがあるっていう」
「リンちゃんのお兄さん、美の基準高そうだね。ボクは――会うの怖いかも」
「もうほんと、妹にも情け容赦ないんだし!」
明るく笑うクラスメイトにつられて小松も笑った。
「ねえ、小松って下着とかどうしてる?」
「――え」
唐突に話が変わって小松は口ごもった。
「どうって、別に普通にお店で買うけど」
かろうじて答えると、だよねーとリンはため息をついてテーブルの上に顔を伏せた。
「お兄ちゃんがさあ」
リンの話す兄の話はとても面白い。小松も一度だけ見かけたことがあるが、長い髪が特徴的なリンによく似た目をしたきれいな人だった。
「いい年なのに、そんな子供が来てるみたいなのは美しくないってうるさくてさあ。おもわず売り言葉に買い言葉で、じゃあお兄ちゃんがいうきれいでふさわしい下着ってのを探してきてよっていっちゃったんだよね……」
どうしよぅ、小松ぅ!とくぐもった声でリンはうめいた。
「あの兄貴だったらぜったい探してきそうだし!でも、なんでこんな年になってお兄ちゃんの見たてでブラジャーとかパンツとか買わなきゃなんないわけ?馬鹿すぎ!もー、信じられない」
嘆くリンを慰めながら、小松は複雑な思いに胸を痛めた。そんな細やかな気遣いをしてくれる兄妹に恵まれたリンを羨む気持ちと、年頃の少女らしい恥じらいが天秤にかかって揺れている。
「でさ、小松に改めてお願いがあって!」
がばっと体を起こしたリンが小松に向かって両手を合わせて来た。
(――なんかいやな予感)
室内はちょっと肌寒いくらいに空調がきいていて、小松は半袖から伸びる素肌を軽くなでた。
「だからって、これはないよ!」
震える肩を押さえながら、隣にいるリンに小松は声をひそめて抗議した。
リンに押し切られて、小松が連れてこられたのは繁華街にある小さなランジェリーショップだった。
制服姿で入るのも勇気がいったのに、いまふたりはドレープのかかった白いカーテン一枚で区切られた更衣室に押し込まれているのだ。もちろん、制服はすっかり脱がされて下着だけのあられもない姿で震えている。
「ごめんってば!でも絶対小松には迷惑かかんないようにするってば」
「もう、十分かかってるって!」
ひそひそとリンとやり合っていると、外でごそごそと何かを探っている気配がする。ひっと息をひそめてうしろにさがると冷たい壁に背中が当たった。
「じゃあ、ご試着だけでもよろしくお願いします」
足もとから差し入れられたのは、かごに入った美しい下着だった。
リンがそれを引き寄せて、片方を無言で小松に押し付けてくる。
そっと手に取ると、薄桃色のレースで縁取りされた布が小松の手に繊細な感触を伝えて来た。いままで、スーパーで売っている綿のスポーツブラくらいしか縁のなかった小松にとってこれはもう、下着というよりも芸術品と言った方がいい。
「ここまできたんだし、試着くらいタダだよ。それに、無視したらお兄ちゃんうるさいし」
「……」
「今度、おいしいケーキおごるから!」
しぶしぶ、といった顔をしながら小松はうなずいた。こんなチャンスがない限り、自分の人生にスポーツブラ以外の出会いはないだろうということもなんとなく分かっている。
(まるで、夢みたいだけど)
震える両手に下着を捧げ持って、小松は少女らしい期待ではちきれそうな胸にそっとそれ押しつけた。
(バイト……しよっかな)
昼休みに入ると、とたんに教室内がうるさくなる。
持ってきた弁当箱を広げながら、小松はふっと息をついた。
「小松!弁当くれよ」
アンニュイにひたっているところを、トリコの乱暴な声が打ち破った。小松はちょっとそれに睨みつけながら、鞄から用意していた特大サイズの弁当箱を引っ張り出して待ち構えているトリコに向かって突き出した。
「どうぞ!ていうか、また早弁したんですか?いい加減、お昼休みの時間を覚えてください」
「そんな固いこと言うなって!」
笑いながらトリコは小松から弁当箱を奪い去ってだれにも取られないように胸に抱え込んだ。
「まあいいですけど、食べ終わったら返して下さいね。忘れたら絶対、もう二度と持って来ませんからね?」
「わかったって!ありがとよ、小松。さすが俺の幼馴染!――ここで喰っていっていいか?」
小松は無言であいている椅子を指さした。
すかさずそこに座りこむと、トリコは手を合わせていただきます、と一言捧げてから弁当を食べ始めた。
「あっ、そうそう。小松、今日俺んち来てくれよ」
トリコの食べ方は非常に汚い。IGO財閥の御曹司のくせに、テーブルマナーをまったく受けつけようとしない自由奔放さが、同年代の女子には受けるらしい。
「えっ、なにかあるんですか?」
「悪い、内容聞いてねえわ」
ぐはは、と笑いながら米粒を飛ばすのを肩を落として聞きながら、分かりましたとだけつぶやいて小松も自分の弁当箱を開いた。
世の中に平等などないのだ、と小松が気付いたのもう10年も前のことだろうか。
両親がIGOに勤める平凡な会社員である。忙しい人たちだなとさみしく思うことはあっても、無邪気な子供の内は良かったのだ。
トリコがその会社の責任者の子供だということはほどなくして両親の知るところとなり、小松は厳重に注意を受けた。
曰く、あまり近寄らず、かといって不興を買うこともせず、つかず離れず大人しくしていることなど――幼かった子供にできるわけがない。
通う保育園が同じであり、家の場所もほど近い。しかも同い年であるトリコに巻き込まれるように遊び出したのが3歳のころ。
物心つきだして、どうやらトリコとうちはずいぶんと何かが違うことに気がついたのがその次の年、保育園を卒業して小学校に入学するころには小松はトリコを敬称をつけて呼び出していた。
つまり、トリコさん――と。
それは両親のためであったかもしれないし、同い年ながらまるで桁外れなトリコに敬意を表してなのかいまでは自分でも分からないが、誰にも強要されたことがないのにも関わらず、それはこの年までずっと続いている。
大きな鉄の門を押し開きながら、小松は長いため息をついた。この門をくぐるのは慣れているが、平気なわけではない。
もう、なにも考えなくていい子供ではないのだ。
手入れされたツタの絡まるアーチをくぐり抜けると、これもまた大きな一枚板の玄関が見えてくる。再びため息をついて小松はいったん立ち止まった。
呼びだしたくせに、トリコは学校が終わるとすぐに部活へ消えた。それもいつものことだ。戸惑いもなく、来いというからには行かなくては、と謎の使命感を帯びてやってきた。家が近いから、特になにも考えなくてもいいというのも理由である。
(どうか――あの人がいませんように)
暗くなってきた星空に祈りをささげて、小松は勢いよく呼び鈴に触れた。
広い応接室の大理石のテーブルの上に乗せられた分厚い封筒を前に、小松は凍りついたように動けない。呼び出しに応じて、家まで来たもののやはり出迎えてくれたのはココだった。
今回ばかりは用件を聞かなければ、帰ることも許されない。3歳からの呪縛は深く、小松を縛り付けているからだ。
「これ、なんですか?」
暖かい紅茶と焼き立てのクッキーが供されて、夜ごはんがまだな若い体には目の毒である。くるくると頼りなく動く腸を必死の思いで押さえながら、小松は目の前に座るココに目をやった。
「トリコの弁当代――もっと早く聞いておけばよかったね。ずっと用意してくれていたんだろう?材料費だって馬鹿にならないと思う。もちろん、足りるとは思ってないから、そこはなんとかさせるよ」
「……困ります」
封筒の中に入っているのがたとえば千円だったとしても、たぶんすごい額になるであろう分厚さに圧倒されながら、小松は口を開いた。
「そう言わないで、受け取って。あいつはほんとに、君に甘えっぱなしで困る――もうちいさい子どもじゃないんだから」
「……」
自分が非難された気がして、小松はびくっと身をすくめた。
ガラスでできたシャンデリアの光が優しく室内を照らしている。場違いな自分が恥ずかしくて、この世から消えたくなるのはこんな時だ。
顔を突き合わせているのが辛くて、ふっと横を見るとこれもまたガラスでできた置物が小松の姿をゆがんだ形で映し出していた。
(もうやだ、帰りたい)
「そんなの、受け取ったら両親に叱られます。それに、トリコさんのお弁当は自分のついでだし――重いだけで手間はかかってません。料理は好きだし」
ココの長いため息。空腹などすっかりどこかへ消えている。濡らした綿を胸に詰められているみたいな重苦しさが小松を苦しめた。
「ご両親にはお話してあるから。これは君の分だ。本当に申し訳なかった――ボクの監督不行き届きだ。責められるのはボクとトリコだ。小松くん、ごめんね」
堅苦しい言葉の最後に、ふっと昔がよみがえった気がして小松ははっと顔をあげた。美しい顔がこちらを見ていた。久しぶりにまともに見たココの顔は、相変わらず小松を絶望させるくらい、整っている。
(分かっていたけど)
昔からココはきれいな顔をしていた。小さな顔のなかに切れ長の瞳と通った鼻すじ、薄い唇がぴったりと収まっていて、それを見ては鏡に映る自分の顔に同じ人類なのかと疑いを持たない日はない。
思春期の少女にとって、たとえ愛嬌があるといわれても離れすぎた鼻の穴や目ばかりが大きいたぬきのような顔立ちは、到底受け入れがたい現実である。
非情にも男である幼馴染たちのほうが、はるかに男らしく整っており、それがさらに小松を卑屈にさせる原因でもあった。
(なんで、こんなに違うんだろう)
抜きん出て醜いわけではないけれど、かといって美しくないこの顔。
だれも、こんなふうに生まれてきたいわけではなかったのに。
泣きだしてしまいたいのをこらえるために、唇をかみしめたけれどふるふると震えるばかりで頼りにならない。スカートの裾をつかんで、うつむいた。
「困らせるつもりは、なかったんだよ」
いつの間にかココが小松のすぐ横に立ってテーブルに片手をついて顔を覗き込んでいた。ありがたいことに、泣きそうになっているのを困っていると勘違いしてくれているようだ。
けれど、至近距離で見つめてくるココの瞳は、かつてのように甘く優しい年上の頼れるお兄さんのままで――
(いつみても、どこからみてもココさんはかっこいいなあ)
思わずため息をつくと、押さえつけていた涙が大粒の雨になって小松の頬に降り注いだ。
きれいな装飾の紙袋を大切に抱えて小松は家路を急ぐ。
とうとう手に入れたのだ。あの、例のアレを!
そこに至るまでは恥ずかしいこともあったけれど、それを上回る喜びが小松の胸を満たしている。
ココの前で泣きだしてしまってからしばらくたった。ぼろぼろと泣き崩れる小松を前に大慌てしたココはあれやこれやと騒いだ挙句、毛布でくるみこんで抱えあげると靴もはかずに外に出て家まで送り届けてくれたのだ。
トリコからそれを聞いて、申し訳ないのと面白いので小松の胸はずいぶん楽になった。あの、なにごとにも動じないココの顔が焦ったり慌てたりするのを間近でみたのも原因かもしれない。
そうこうするうちに、両親を通じて材料費が送られて来ては拒否することももうできず、相談の上(どうやら両親の給与にもなにか手心が加えられたらしいというのは雰囲気で分かった)半分は貯金して、もう半分はこれからかかる弁当の材料費と余った分は小松の好きにすればいいという話でまとまった。
それでも手元に残った額は相当なもので、なにに使うか悩んだ挙句、新しい調理器具を買おうとした小松を止めたのはリンだった。
「女なら、アレを買うべきだし!」
そのまま手を引かれて向かった先は、いつかのランジェリーショップ。
いつぞやはどうも、店員が頭を下げたあと大人の顔で頭をなでられて、小松は真っ赤になった。
どうやらリンの兄は自分が選んだわけではなくて――冷静に考えれば、妹の下着を選ぶ兄というのはとてもシュールだ――はずれのない店を教えただけであったようで、知らないうちにリンはすっかりお得意様である。
ゼロの数に恐れを感じ、試着したままで終わった例のアレを手にとって、小松はまた感動に胸を打ち震わせた。
やわらかで、軽く、つるつるとした質感はいつまで触っていても飽きない。店員のアドバイスと懐具合とを相談して、何着かの洗い替えを用意してもらうと手元のお金は小銭ばかりになった。
(けど、やっぱり――)
足に羽根が生えたように、ふわふわとどこか浮き立つ気持ちは変わらない。家に帰りついて部屋にこもって、カーテンを閉めると始まるのはひとりのファッションショーである。
とっかえひっかえ(胸を寄せて上げるテクニックは店員から伝授してもらった)下着をためし、狭い部屋の中をモデルよろしくうろうろとする姿はとうてい親にも見せられない。
顔にさえ注意しなければ、細身の体にわりと大きめの(と、自分では思っている)胸とまだ薄い腰を包む淡雪のようなレースがラインをとてもきれいに見せる。その上から普段通りの服を着ると、少しだけスタイルがよくなった気もする。
制服のブラウスの下に、こんなきれいなものを隠しておける自分はなんて幸せなのだろうと小松は胸の上でこぶしを握り締めた。
美しくなることは早々にあきらめている。髪もベリーショートに切り込んで、女っ気がないように気をつけて来た。
それでもやはり、心には嘘をついて生きていくことはできない。
仲良くなった店員からもらった、試供品の香水のボトルのふたを開けて、その香りをいっぱいに吸い込んだ。
(ああ、これ――ココさんのにおいに似てる)
粟立つほどの快感をその身に感じながら、小松はベッドの上につっぷして長いため息をついた。
「その手には乗りません!」
手を合わせて拝んでくるリンに小松は冷たく言った。
「そんなこと言わないでよ!お願い、一生のお願いだし」
「なん回、一生のお願い使ってるんですか。もう、リンちゃんのお願い聞いてると大変な目に会うから」
教室の壁際まで追い詰められて、それでも小松はつんとあごをあげたままだ。
リンがじっとうらみがましい目で見下ろしてくる。
「お願い!だってうち一人でバイトとか絶対無理だし。頼んでた相手が都合悪くなって、こんなこと頼めるの小松だけなんだし!」
そう言われると弱い小松であった。
どうやら無謀にもリンはアルバイトに手を出そうとしているらしい。どこかの社長令嬢で、困っているわけではないのにどうしてそういうことをしようとするのか、小松にはさっぱり理解できない。けれど、彼女のアグレッシブなところが憎めないところでもあるのだ。
「でも、前もケーキおごってくれるっていったのにまだだし」
「これ合わせて一緒にランチしよ?お兄ちゃんに聞いたいい店があるんだ。まだ誰とも――トリコも誘ったことないんだよ?小松と一緒に行こうと思ってたし。ね、お願い」
「……」
リンには勝てない。肩をすくめて、一回だけだと念を押すと小松の背中にリンの腕が回ってくる。
「ありがとう!そこのお店、制服がすっごいかわいいから、一回着て見たかったんだ。小松とおそろいって、うれしいし」
「ちょっとこれ、スカート短すぎませんか?」
「んなことないよ、それよりもうちょっと背筋伸ばして――エプロン締めるよ」
リンの言葉に肩を反らすと、ぐっと胸の下に力がかかった。小松が着せられているのは白いブラウスの上から、ぎりぎりまで絞り込まれたエプロンでいやがおうにも胸が強調されるデザインの制服だ。
ぱっとみると清楚でかわいらしいのだが、よく見るとなんだか違和感を覚える。
普通のレストランのホール係のはずなのになんだか、立っているだけで恥ずかしいのはなぜなのか、はきなれないタイトなミニスカートの後ろを押さえながらリンに向かって唇を突き出した。
「小松もうちもすごい似合ってない?あとで一緒に写真撮ろうね」
「もう、リンちゃんったらのんきなんだから!」
袖口はぷっくりと膨れ上がった鈴蘭の花のように広がって小松の小さな肩をかわいらしく覆っている。なんだかそれも落ち着かない。
リンが笑いながら小松の頭に手を伸ばしてきた。ぱちん、と固い音がしてぎゅっと髪が一か所にまとまった感触があった。
「これあげる。ウチら髪の毛短いけど、やっぱ女の子だし」
鏡で見てみると、オレンジとピンクの中間の色の丸いキャンディのような髪留めがちょっと斜めについている。制服のスカートの色と同じだ。
リンの頭にも同じような色の髪留めがついていて、小松は思わず苦笑した。
とことんまでこの恰好を楽しむつもりなのだろう、リンを見習って小松はまるい髪留めに触れて鏡の前の自分を見なおした。
(まあ、悪くはないかな――例のアレも着てるしね)
胸の形もスカートに包まれたラインも、まあまあ合格点というところだろう。くるりと鏡の前で一回転して、リンを見ると企んだ顔で小松の手を取った。
「え――これ以上はダメですよ?もう時間だし。そろそろお店に入らないと怒られちゃいますよ」
本能的な不安を感じて、じりじりとあとじさったが、腕を掴まれているから鏡にぴったりと張り付くことしかできない。
「ダーメ。あと一つだけ。ね?悪いようにはしないんだから!」
思わず微笑み返してしまうほど輝かしいリンの笑顔に見とれながら。小松は息をのんだ。
ホールに飛びだすと、意外なほどスカートは気にならない。
慣れない手つきで注文を取って、間違えないようにテーブルに置くだけの作業が、こんなにも大変だったなんて。
ようやく落ち着きを見せてきた店内のようすをうかがいながら、見えないところに引っ込んで小松は息をついた。
どうやらリンと一緒に入った時間がティータイムに当たったらしく、先ほどまでひっきりなしに飲み物や軽食、ケーキセットの見本などを抱えて走りまわっていたのだ。
長時間動き回っているので足が痛くなってくる。ちょっと足首を動かしながら、会計に立つ人がいないか、注文のために手をあげている人がいないかを確認しつつ、ひと息入れているのはリンも同じだった。
ぺらぺらしゃべりまわるのは良くないと注意されていたので、目くばせだけでようすをうかがうと、なんだか楽しげにぱちぱちとウインクを返された。
(――なんだろ?)
「いらっしゃいませ」
ホールに係の声が響いて、小松は銀色のお盆を手に取った。
入口を見ると、なんだか見たことのあるような人影がじっとこちらを見ている気がする。
(いや、でも化粧してるし――ばれないと思う)
仕事に入る前に、無理やりファンデーションとリップグロスを塗りつけられた小松の顔は、学校にいるときよりもほんのわずか大人びて見える。
手早く動くリンの手際に感心しながら、最後にほお紅と暖かい色のグロスを乗せられた時はなんだか神妙な気持ちになった。
時間があればつけまつげもつけたかったというリンを横目に、なんだか普段と違う自分の顔にちょっと驚いた小松である。
「いらっしゃい、ま――せ」
自分を励ましながらお冷の入ったグラスをお盆に載せて近づく客の姿を見たときに、小松の心臓は高鳴った。
(トリコさんと――ココさん?)
はっと、振り返ってリンを見ると小さく手を振っている。そういえば店に来る間になんだか携帯をいじっていたような気がした。
テーブルについた二人をこわごわ見下ろして、小松はグラスをそれぞれの前においた。メニューを手渡すと、トリコが驚いたような顔でこちらをじっと見ている。あまりにもおかしな顔だったので、吹きだしそうになるのをこらえてもう一枚をココに渡そうと手を伸ばした。
(うっわ、なんかココさん怖い)
いつも穏やかにほほ笑んでいる顔をしか知らない。けれど、いまココの顔は見るものすべてを凍りつかせるくらいにきつく、きれいな顔をしている分、いっそう自分は怒っているんだぞということを如実に伝えていた。
(兄弟げんかでもしたのかな)
こちらを見ようともせず、メニューだけを抜き取られて小松は心底震え上がった。いままでココがそんな態度を取ったところを見たことがないのだ。
それでもこわごわ、お決まりになりましたらお呼びくださいとマニュアル通りの言葉をつぶやいて一礼すると、他の仕事に急ぐふりをしてテーブルを離れた。
「いったいこれは――どういうことだい?」
壁際に詰め寄られて、小松は息をのんだ。それを聞きたいのはこちらだ。助けを求めてそばにいるはずのリンを探して目をやるが、どこにも姿が見えない。
「リンちゃんならもう帰ったよ。大丈夫、ひとりじゃない――トリコに送らせてる」
「あの、さっきも言ったんですけど」
「それは知ってるよ。リンちゃんも同じこと言ってたしね。けど、小松くん――僕はいま君に質問してるんだ。……いったいこれはどういうことかな?」
にっこりと美しい顔をゆがませてココが笑っている。質問の意図がつかめなくて、小松は短く息を吐いた。
仕事が終わって、店を出るとココとトリコがふたりの帰りを待っていたところまでは理解できる。考えていたよりも遅くなったし、心配性のココが時間の都合をつけてくれたのだろう。
「トリコから連絡が入った時は驚いたよ。あいつはただ手持ちの金がないから、僕におごってもらおうというだけだったけれど――ふん、あいつの顔も見たかい?小松くんを見たとたん、お預けをくらった犬みたいな顔で君を見ていたね。分かっていたんだろ?僕たちをそんなふうにさせて、どうするつもりだったのかな」
しかし、問題はそのあとだ。小松はいつのまにかどこか知らないコンクリートの壁に囲まれていて、ココに鋭く糾弾されているのだ。
リンに頼まれて臨時でバイトに入ったこと、トリコを呼んだのは知らなかったこと。そして、いま小松の上に起きようとしていることが、まったく理解できないことを事細かに説明したのだが、ココの怒りは解けそうにない。
ぐい、と唇を指でこすられて顔をしかめた。
「こんなことをして、いったい誰に見せるつもりだったんだい?急にきれいになって、僕がどんなに驚いたか――それにあの制服ときたら」
「……」
小松は震える唇を両手で押さえた。
「君がかがめばほとんど中は丸見えだったよ!はきなれていないせいか、うまくしゃがむこともできていなかったみたいだから余計にね」
「――ココさん?」
かっと体が熱くなった。仕事中のそぶりまで観察されていたとは思いもかけなかったのだ。カトラリーを落としてしまうことは良くあった。しかし、スカートの中まで気にかけていなかったので、せめてきれいな下着をつけていてよかったと小松はほっと胸をなでおろした。
「それに……なんだい?この匂いは――ずいぶんと甘いね。いままで君がまとっていたのはお菓子の甘いかおりだけだったけど。これはまた」
肩の上にココの両手が乗って、小松はさらに壁に押し付けられた。
「あ、あの、お店で試供品でもらって……ちょっとだけつけてみたん――」
すん、とココの形のよい鼻が近付いてきて小松の首筋をくすぐった。体をすくめるが、それが止まる気配がない。
「――ずいぶんと男を誘う匂いだな」
まるで小松の話を聞かない態度でココはつぶやいた。鋭い目が小松を見下ろしている。
「なんで、なんで怒ってるんですか!――ボク、トリコさんが来ることもましてやココさんが来ることも知らなかったのに、それに自分が今日、この店に入ることも知らなかったのに」
冷たく、静かな絶望が小松の胸をふさいでいく。ココにこんな目で見られたことはいままでなかったからだ。不可解な詰問よりもなお、その目がただ恐ろしかった。
「ボク、男を誘ってなんかいません……だから、もうそんな目で見ないでください――お願い、ココさん。お願い」
じわじわと涙がほほを濡らしていく。たぶん、ファンデーションやほお紅がどろどろになっているだろう。けど、いまはそんなこと気にする余裕もなかった。
しゃくりあげながら懇願していると、ふっとココの厳しい顔が揺らいだのが分かる。
「なにを、お願いするんだい?――君は何もしていないんだろう。僕が理不尽に腹を立てて、怒っているだけじゃないか」
涙を手の甲で拭きとって、小松はココの胸に取りすがった。すると、ぎくりとココが震えたのが伝わってきた。たとえ怒鳴られても、冷たくただ見つめられているよりよほどましだ。
「ボクのこと、見捨てないで――男を誘ったりしてないし……お願い、ココさんお願いだから」
ぐっと厚い胸に引き寄せられた。二人の距離はもうお互いの体しかない。
(――あ)
ココの唇がふいに小松に近づいて来た。ぐっと髪の毛を掴まれて上を向かされる。髪留めがはじけて地面に落ちた音が、大げさなほど響いて、小松はココの冷たい唇を優しく受け止めた。
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書店通販はじめました。
今度の大阪美食で、このお話をたたき台にしたものを出します。スペースは【M74】です。先天性女体化で小松の恋の話 大前提がココマ で他にトリコマとかサニコマとかゼブコマとかできればいいな。 女体化ですので苦手な方はお控えください。