綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。
街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。
綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。
今日は土曜日。
綾はお昼ごはんを作るため、キッチンに立ちました。
『今日のお昼はチャーハンにしようかしら』
と、綾は思いました。
道具と材料をそろえて、いざ料理に取り掛かろうとしたときです。
窓の方から、チリンチリン、と鈴の音がしました。
『何かしら?』
綾はそう思って、窓へ視線をやりました。
窓の外には、誰もいません。
『あれれ? 変ね』
綾は不思議に思いました。
チリンチリン。
また鈴の音がしました。
綾がよく目をこらして見ると、窓の外に小さな妖精が立っていました。
緑色の帽子とチョッキを着た、金髪の可愛らしい妖精でした。
妖精が窓ガラスをノックすると、チリンチリン、と鈴の音がします。
「あら、こんにちは」
綾は妖精に挨拶して、窓を開けてあげました。
妖精はぺこりと芝居がかった調子で一礼すると、食卓のテーブルへぴょんと飛び乗りました。
妖精はそこで軽く足踏みをすると、軽やかにタップダンスを始めました。
妖精の靴がテーブルを踏むたびに、ポロン、ポロロンとピアノの音色が鳴り響きました。
「あら、とってもすてきな音色ね」
綾がそう言うと、妖精は嬉しそうに一礼しました。
「なんだかピアノの音がするけど、どうかしたの?」
シイナがキッチンにやってきました。
「シイナ、妖精が遊びに来たみたい」
綾はシイナにそう言いました。
シイナは、妖精の姿を見て言いました。
「これはこれは、音楽の妖精さん。 いらっしゃい」
妖精はシイナに向かって挨拶を述べましたが、その挨拶は言葉ではなく、
「ラララララ」
というメロディでした。
「音楽の妖精?」
綾はシイナに聞きました。
「そうだよ。 音楽が大好きで、この妖精にかかると何でも音楽になっちゃうの」
シイナが言いました。
「こんな風にね。 見てて!」
シイナが綾に言いました。
シイナは食卓のテーブルの縁に手をかけて、テーブルをピアノの鍵盤のように叩きました。
すると、シイナの指がテーブルを叩くたびにテーブルから、ポロン、ポロポロポロンとピアノの音がしました。
「まあ、すてき!」
綾は顔を輝かせて喜びました。
「音楽の妖精が触れたものは、みんな楽器になっちゃうの」
シイナが言いました。
「面白いわね」
綾は興味津々で言いました。
妖精は綾の期待に応えるように、部屋の中を飛び回り、いろいろな物に触って回りました。
妖精が物に触れるたびに、チリリン、とか、ポォーン、とか、キンコン、とかいろいろな音色が奏でられました。
妖精が綾の胸についているブローチに触りました。
綾はためしにブローチを叩いてみました。
すると、タンタン、タンタカタン! とカスタネットの音が響きました。
妖精がシイナの金色の髪の毛に触れました。
シイナが自分の髪の毛をひっぱって指で弾くと、ポロポロポロン、とハープの音色が奏でられました。
綾とシイナはすっかり楽しくなって、部屋中のいろいろなものを触ったり叩いたりしました。
綾は料理に使う菜箸を両手に持って、ボウルを叩いてみました。
ボウルはダンダン、ダダン! と小太鼓の音を奏でました。
シイナは日曜大工セットのノコギリを使って、木材を切ってみました。
ノコギリはギイ〜 、キュラララとバイオリンの音を奏でました。
風でカーテンが揺れると、シャラララと心地よい音が鳴りました。
綾がフライパンでチャーハンを作ると、フライパンを返して材料を放り上げるたびにジャーン! ジャーン! と豪華な和音が響きました。
シイナが椅子を揺さぶると、タンタン、タラランと軽快なリズムが鳴りました。
シイナと綾が軽やかにステップを踏むと、ポンポンポン、ポコポコポン! と明るいリズムが響きました。
シイナと綾が手拍子を打つと、ジャラーン、ジャラーン! とシンバルの音が鳴り響きました。
シイナと綾はすっかり楽しくなって、夢中でいろいろな音色を奏でました。
綾の家はさながら一つの交響楽団のように、美しい音楽を奏でました。
「シイナ、ちょっと耳をすませて」
綾が言いました。
シイナが手を止めて耳をすますと、窓の外から、たくさんの音楽が聞こえてきました。
他の家でも、音楽を奏でているようです。
「今日は、音楽の妖精たちがみんなで街に遊びに来たみたいだね」
シイナが言いました。
シイナと綾は、隣の家の音楽に合わせて、アンサンブルを奏でてみました。
すると、反対側の隣の家が、それに合わせて新しい音楽を奏で始めました。
そうやって次々に、音楽の輪が街に広がっていきました。
ついに、街全体が一つの大交響楽団になって、素晴らしい音楽を奏でました。
音楽の妖精は、大喜びで家の中を飛び回りました。
シイナと綾は、すてきな音楽の時間を堪能しました。
音楽は夕方になるまで鳴り止みませんでした。
夕方になって空が赤く染まると、音楽の妖精たちは帰っていきました。
「さよなら! また遊びにきてね!」
綾とシイナは音楽の妖精にむかって手を振りました。
音楽の妖精が手を振り返すと、シャララララ、ときれいな音が響きました。
綾とシイナが晩ごはんを食べる頃には、外はすっかり暗くなり、静まりかえっていました。
「おや?」
シイナが何かに気がつきました。
「綾ちゃん、耳をすませて」
シイナが言いました。
綾が耳をすますと、窓の外から虫たちの鳴き声が聴こえてきました。
「ふふふ、とてもきれいな音色ね」
綾が言いました。
「うん!」
シイナが言いました。
シイナはリビングに行って、戸棚からハーモニカを取り出しました。
食卓に戻ってきて椅子に座ると、シイナはハーモニカを吹き始めました。
ハーモニカの音と虫たちの鳴き声が美しいハーモニーを奏でました。
「なんだかとっても気持ちが安らぐわ…」
綾は柔らかな毛布に包まれたような、暖かい気持ちになりました。
シイナはそんな綾の様子を見て、嬉しそうにハーモニカを吹き続けました。
静かな夜に、小さな合奏が穏やかに周りの空気を震わせました。
綾とシイナは、その音色に包まれながら楽しい夜を過ごしました。
―END―
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普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもやきもき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。