No.587526 超次元ゲイムネプテューヌmk2 OG Re:master 第十五話ME-GAさん 2013-06-15 17:09:32 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:1737 閲覧ユーザー数:1667 |
そこは昔、黒の大地と呼ばれていた。
数年前までは産業先進国として、発展を成し遂げていた。
しかし、今となってはゲイムギョウ界の東方を治める都市へと成り代わり、立地条件から各都市との貿易の中枢を担う中継点としても栄えていた。
そんな都市を守護するのはブラックハート。
しかし、そんな彼女もいまや『ギョウカイ墓場』にて深き眠りに落ちていた――。
☆ ☆ ☆
ラステイション領、遥か西方。
――に、差し掛かろうとする国境付近にて比較的小柄な二人の影が確認できた。
腰までありそうな桃色の髪を風に吹かせて暗澹としたような感情をまるできつく映しているように半眼になって天を仰ぐ少女。
「うぅ……暑い……」
とびきり疲れ切った声でそう呻いた。
対して、少女と比べてもまだまだ余裕のありそうな表情でそんな彼女を横目に映していた。
宵闇のような色をした髪の上に、ぴょこんと伸びた太めの頭髪がそよいで見る者の視線を集めていた。
「まあ、流石にこんな日差しの中で歩いてりゃそうもなるか……」
仕方のないといった風な表情をして肩掛けのバッグから水分の入ったペットボトルを少女に手渡した。
躊躇いなく少女はそれを受け取って早々にキャップを外しごくごくと貪るようにそれを飲み下していた。
「――ぷはっ!」
先程とはまるで正反対の爽快極まるいい笑顔で少女、ネプギアはペットボトルから口を離して息を継いだ。
口元に残る水分を拭き取る姿までもがどこかなまめかしいような印象を与えつつも、生命線を得たことによってぴょこぴょこと跳ね回る姿はどこか幼さを残しているようにも思えた。
そんな彼女を微笑ましく見つめる少年、キラもまたバッグから水分を取りだしてグイと小さく傾けて喉に落とした。
二人がプラネテューヌを旅立ってから二日が経過していた。
本人達としてはどうにも急ぎたい事柄ではあったのだがラステイションを目指すのには幾つかの理由があった。
一つは、交通の便がよいことだ。
比較的、立地が中心寄りのラステイションは貿易国としても非常に栄えているために各国への交通も通っている。
二つ目は、治安の問題だ。
ラステイションは他の二国、『ルウィー』や『リーンボックス』よりも治安維持に少なからず力が入れられている。いくら二人の腕が立つとはいえ女神と一般人。早々、事件に巻き込まれることはお断りしたいと言うことでもあるらしい。
その他、諸々の理由がありとりあえずイストワールが白羽の矢を刺したのがラステイションと言うわけだ。
だからこそ、多少時間を要してでも行き着く価値があるというわけだ。
そんなことを頭の片隅で思い返しながら、キラはふと思い出したように小さく「あ」と声を上げてから右腰のポケットから掌サイズの黒い端末を取り出した。
二人が旅立つ直前に、キラがイストワールから受け取っていた『Gギア』と呼ばれる小型万能携帯端末だ。話によるといっぱしの携帯の機能はもちろん、その回線は政府用の守秘回線が通っており、また電波の通りにくい山奥でも通じるという優れもの。オマケにただの携帯機能だけじゃなく、彼らが現在必要とする大陸に住まう人々の信仰力、つまり『シェア』の勢力の確認やどういうわけか娯楽用にゲーム機能まで付いているという半ばチートアイテムだった。
こんなものをいとも簡単に製造してしまうとはイストワールはいったい何者なんだろうかとキラは冷や汗が頬を伝うのを感じたが、もしかしたらこれは単なる汗なのかもしれないとも思っていた。ややこしいな。
最新式のタッチパネルの画面を叩いて、メールの画面を開く。そこからアドレス帳を開きイストワールの番号を確認してメールを打つ。
「っと、『ラステイション領に入ります。あと少し歩けばラグーンシティの方に着くと思います』……これでいいかな?」
ラステイションに着くときに連絡を入れて欲しいとイストワールに頼まれていたのを思い出してキラはメールの内容を確認してから送信ボタンを押してからふと思い出したように端末のマップのアプリを開く。
一瞬、読み込みのために動作が遅れて、それからゲイムギョウ界を見下ろした形の画面が映る。いま現在、ゲイムギョウ界で話題のマップアプリ『GAME EARTH』だ。そしてGPS機能で自分たちのいる場所が紅く点滅する。
ちょうどゲイムギョウ界の東西を分断する高山を大きく迂回してややラステイション寄りの位置とでも言うべきか。
目的地が近いことに旅の順調さを実感しながらキラはアプリを閉じて端末をポケットにしまい込んだ。
と、そこで傍らにいたネプギアがクイクイとキラの服の裾を掴んで注意を引かせた。
「ん、どした?」
「あれ、なんだろう?」
ネプギアがそう言って遠巻きにうっすらと見える建物を指した。
一見すると廃工場、だろうか。簡単な作りの外観だが所々に煙突が立ち、そこから浅黒い煙が吐き出されている。そこからそれがまだ廃棄された工場でないことが確認できる。
流石、工業国は違うなぁなどとキラは思いながら顎に手をやった。
「アレは工場だろ。ラステイションならそれくらいあってもおかしくないし」
「ふぅん……」
ネプギアは腑に落ちなそうな表情をして、それでもなおその工場を見ていた。
どこか違和感でもあるのだろうかと思い、キラは声を掛ける。
「どした?」
「……格好いい」
「え?」
直後、彼女の瞳がキラキラと光っている――ような気がした。
両手を胸の前で君でウットリとまるで酔いしれるように、口元をつり上げてまるで背景にキラキラと光った菱形の何かが浮かんでいるような感じ。
訝しむようにキラは眉を寄せてから冷や汗を流した。
「格好いいって、何が?」
一応、念のためにキラは問うてみる。
「工場だよ! はぁ~……いいなぁ、いいな~」
「工場……好きなのか?」
「工場、ていうか物作りが好きなんだよね。だからその延長かなぁ?」
と、ネプギアがそう言ってキラは感嘆の声を上げる。
まさか彼女にそんな趣味があったのかと感心する反面、どうも彼女らしからぬような雰囲気もあるなぁと思ってしまうキラであったのだがそんな彼を差し置いてネプギアは続ける。
「実はね、これも自分で作ったんだよね」
ネプギアはぱちりと自分の左頭部に装着していた十字型の髪留めを外して自分の前につき出す。
キラは驚いた表情を見せてそれを眺める。精巧に作られたそれはどう見てもどこかの店で売られていてもおかしくないほどに端整な作りだった。
「凄いな……。困ったときはこれで荒稼ぎできるんじゃないか?」
「エヘヘ……言い過ぎだよ」
照れくさそうに頬を掻いてからネプギアは再び髪留めを元の位置に戻した。
「小さい頃にね、お姉ちゃんがこれと同じものを付けてるのを見て『いいな』と思ったから作ってみたんだよね」
そう言われてキラはハッとなる。
旅立つ直前に、アイエフに言われた言葉を思い出したからだ。
『パープルハート様とイストワール様があの娘を連れてきて……最初は今のあの娘からは考えられないくらいに真っ暗な子だったわ。周りの人間が何を話しかけても対応もしないし、本当の無感情ってこんな状態なんだろうなって思えるくらいにね』
『そんな折にあの娘のことを助けてくれたのがパープルハート様……あの娘の実姉なの。パープルハート様はね、あの娘を闇の中から救い出してくれたのよ』
彼女が初めて抱いた感情だとでも言うのだろうか。
例え、何でもよかったのだ。それが彼女を救ってくれるものならば。
しかし、それでも彼女との出会いは必然、因果の中で定められていた事項なのかは分からない。けれどキラも思っていた。
『彼女がパープルハートと出会えて本当によかった』と……。
『彼女との出会いがあるから、いまのネプギアの姿があるのだ』と……。
☆ ☆ ☆
そんな会話を交わしてから数時間の後。
二人はラステイションの西方の街『ラグーンシティ』へと遂に辿り着くことが出来た。
プラネテューヌの近未来的な建造物の街並みとは違い、どこか無骨なイメージを強調させるような建物が多いのはやはり工場などそういった類の物が多いからだろうか。
しかし、それは町の中心部の話でやや南方の方に下っていって見れば海に面した港や海岸がキラキラと日光を目映く反射していた。
街の入り口は北方、結構な高台の上にありそんな街並みを一望できる形となっていて、そこから覗き込むようにネプギアは額に手を当てて感嘆の声を漏らしていた。
「すごーい! 私、海って初めて見るよ!」
「そうなのか?」
意外そうにキラはふっとネプギアに横目を流した。
キラの問いにこくこくと頭を頷かせてからややトーンを抑えて悲しそうな声音で言葉を紡いだ。
「小さい頃から教会の中でしか生活しなかったし……」
「そう、なのか……」
聞いてはいけないことを聞いてしまったかなぁとキラは自分の浅はかさを呪った。ポリポリと頬を掻きながら視線を明後日の方向へと飛ばし、暫く思考を廻らせてから状況を打破すべく言葉を続けた。
「まあ、しゃーないよな」
「だよね。すごい良作だったし」
「……何が?」
おおよそ今の会話の流れから出てこなさそうな言葉がネプギアの口から発せられたことにキラは眉を寄せて彼女の方に顔を向ける。
「キラは知らない? ちょっと前からサービスが始まってるMMORPGの『四女神オンライン』ってヤツ」
「知ってるけど……」
聞いたことはあった。
テレビなんかを見ているとCMとかでちょくちょく流れていることだけはよく知っている。けれどやったことはないし、何故これが会話に上がるのかも分からなかった。
「アレは凄く面白いんだよねー。だから外に出るのも億劫になっちゃって」
「……」
後頭部を掻いてアハハと苦笑いを浮かべるネプギアの横でキラは絶句した。
この娘、さては女神の仕事をほっぽかしてゲームで遊んでいやがったんだな、と。
しかしながら流石にそんなことを言うのは失礼に当たるかなと思ったので口の中に押しとどめる。
「よくお姉ちゃんと一緒に狩りにも行ってたし」
「姉妹揃って何やっとるんじゃぁぁぁああああああッ!!」
今度ばかりは突っ込まずにいられなかったので大声を張り上げた。
そのために周囲にいた人々の奇妙な視線を向けられたのでキラはとりあえず気を落ち着かせるべく咳払いを一つしてネプギアに向き直る。
「それでお前は数年間外出しなかったのか?」
「まー、大半の理由はそうだね」
キラは半眼を作ってネプギアを見た。
と、そこで二人の前に立っていた一組の男女が前に進んだ。慌ててキラはネプギアの背を押して前に進む。
「次、両手を上げろ」
検問だった。
やはり、これは犯罪組織対策と言うべきか数人掛かりが二人の身体を丹念に調べている。
そして、そこでキラは思い出したように短く声を上げた。
「どうした?」
それに気付いた検問の男性の一人がキラに声を掛ける。
「ちょっといいスか?」
「……分かった」
キラは男性の許可を得て両手を降ろしてからGギアを突っ込んでいるポケットとは別のポケットに手を突っ込んでその中にあるものを取り出す。
それは手帳だった。革製の外装をした黒い手帳。
Gギアと共に手渡されたものでキラはそれを開いて検問の男性の前につき出した。
「プラネテューヌの政府から使わされた者です。ラステイションの教会の方に連絡をお願いできますか?」
「……!」
男性は驚いたような表情をした後、背後にいた一人の女性に何事かを指示してから二人を列から外して待機するように言った。
それから数分、先程男性に指示を出されたらしい女性が小走りの二人の元に駆け寄ってくる。
「えっと、ネプギア様にキラ様ですね?」
「はい」
「確認したところ、今日の午後に教会の方へ向かわれるのならば時間の方は大丈夫だそうですが……」
キラはチラとネプギアに視線を送る。
ネプギアは無言の頷きで返す。
「分かりました。中央の方への電車はいつ頃になるでしょうか?」
「えぇと……本日の13時半になっております」
「てことは……約三時間後か」
キラは腕時計に目を落としてからそう零した。
やはり正午を挟むとなると昼食も必要だろうか。そんなことを思いながらその女性に礼を言ってから二人はその場を抜けて街の方へと踏み出していく。
☆ ☆ ☆
それから昼食やウィンドーショッピング等を済まし、二人は急ぎ足で駅へと向かっていた。
ラグーンシティのちょうど中央にある駅、そこには浅黒色の電車が6つほど連結して停止していた。
「急げ! アレ乗り過ごしたら一日ここで無駄にすることになる!」
「わ、分かってる!」
とは言うものの、既にこの街で1時間ほど歩き回っていたために彼女の表情にはうっすらと疲労の色が見える。
無理からぬ事かもしれない。ただでさえ、ここ二日はプラネテューヌを発ってほぼ一日中歩いていたも同然、休んだと言っても精々日が落ちてから数時間とここで過ごした三時間程度だ。到底、少女の体力を回復させるに足りる時間ではなかった。
キラは一度、速度を落としてネプギアと並ぶようにする。それからグイと彼女の腕と腰を掴んで力を込めて引き上げた。
「きゃ――!?」
一瞬、ネプギアの身体が浮いてそれからストンとキラの両手の上に収まった。要するにお姫様抱っこの状態だ。
政府からの連絡を受けていたこともあり、改札員はすんなり二人を通してくれたが流石にその姿には驚愕の色を隠せないで居たが、キラはそれを気にも留めずに一気に階段を駆け下りて閉まり掛ける電車の扉に自分の身体を押し込んだ。
「ふぅ……」
ほっと安堵の息を漏らす。
気持ちが落ち着いていたと言うところでキラははたと、何か自分の周りに漂う違和感のようなものに気付いた。
妙に周囲の人々の視線が自分たちに集まっているのだ。
怪訝な顔つきで周囲に目を向けるが、その人々の表情はうっすらと笑みを含んでおり、どこか微笑ましいようなものを見る顔つきになっていた。
「き、きらぁ……」
と、そこで彼の腕の中からネプギアがどこか困ったような声を掛けてきた。
「ん、どした?」
キラが視線を向けるとそこには顔を朱に染めたネプギアが服の裾に手を当てながらもじもじと腕の中でうごめいていた。
「その……ぱんつ見えちゃう……」
「へ?」
チラと彼女の服の裾の方を見やるとネプギアの右手から鋭いパンチが繰り出されて、キラの頬を抉った。
「見ちゃダメっ!」
「ごはっ!」
彼女をそっと降ろしてキラは地面に膝を突いて殴られた頬を押さえる。
思えば、彼女のスカートは短いので無理からぬ事だったのだ。
気の回らぬ自分の馬鹿さ加減をひしひしと身に受けながらキラはのっそりと立ち上がる。
「まー、なんだ。悪かった……」
「あ、うん……。殴ってゴメンね」
「……おぅ」
キラはやりにくそうに後頭部を掻いてから視線を明後日の方向に向けた。
それと同時に周囲からの視線がさらに集まっていることに気付き、どうにも居心地の悪さを感じたキラは彼女の手を引いて遥か後方、電車の最後尾である6号車へと向かっていくのだった。
最後尾に辿り着いたキラがどかっと乱暴に自らの身を座席の上に投げた。
ちょうど向かい合わせ式の作りとなっており、個々の空間を作り出すには最適の作りとも呼べるのでキラはほっと吐息した。
そこから遅れるようにネプギアもキラと向かい合わせになるように座る。
暫く窓の外などを眺めていたネプギアがふと口を開いた。
「あとどれくらいで着くのかな?」
「んー、まあ予定で行けばあと2時間くらいか?」
直線で進めばもっと早いのだろうが、途中にはモンスターが大量にわき出す地点もあるため、線路はそこを迂回して作られている。安全のことを考えれば仕方のないことかもしれない。
ともかくは暫くゆったりとした旅を楽しめるかとキラはふっと目を閉じてそんなことを思った。
暫くそんな時間が過ぎたところで沈黙に耐えかねたらしいネプギアが短く声を上げてからキラに声を掛ける。
「ところでさ、キラって剣術凄いよね。どこかで習ってたの?」
首を傾げてそう尋ねるネプギアを一瞥してからキラは窓際に突いていた腕を戻してから背もたれに身を預けて答えた。
「別に、独学だけど?」
「え、独学!?」
衝撃を隠しきれないようにネプギアが口元を押さえてそう声を漏らす。
ネプギアの反応を余所にキラはこくりと静かに頷いた。
「んー、でも何ヶ月か簡単に教わったことはあるかな」
「あ、そ、そうだよね」
「その人も無流派でさ、型が滅茶苦茶なわけ。だからものにするまでに時間食っちゃってさ」
キラは参ったように言葉を漏らすもののその表情はどこか嬉しそうなものだった。
「その上、結局その話は有耶無耶になったまま無くなっちゃったんだ。だから大体は独学って言ってもあながち間違ってるわけでもないしな」
「へぇぇ~」
「ネプギアも結構強いけど、そっちはどうなんだ?」
ネプギアはうーんと唸ってから、曖昧に頷いて答える。
「私は……半分はお姉ちゃんに教えて貰ってたかな」
「ってことは女神様直々だな。やっぱりスゲェな」
キラが感心した風に声を漏らすがネプギアは顎に手をやってから複雑そうな表情を浮かべて続ける。
「でも、私とお姉ちゃんじゃ扱う武器も違うから最低限のことしか教えて貰ってないんだよね」
「ああ、そっか。やっぱり武器によって使い方も異なってくるからな」
なんて言葉を交わしていた、瞬間。
前方に立て付けられているドアが荒々しく開け放たれる。
その音に驚いてか、やはり周りの乗客達も身を出してそちらの方を向いていた。
「なんだ……?」
キラは小声でそう呟いた。
そこには体格のよい男性二人、片方は坊主頭でもう片方は肩を撫でるくらいに髪を伸ばした見るからにガラの悪い二人組だった。
いや、単にガラの悪い乗客であればどんなによかったか。
おもむろに、前を歩いていた坊主頭の男が小型のアサルトライフルの銃口を天井に向けて数発発射した。
これは恐らく威嚇だろう。キラは眉をひそめて二人を睨む。
間違いない――ジャックだ。
「いいかテメェ等、今からはいっさい騒ぐんじゃねぇ。少しでも喚き散らすヤツが居るなら即行で撃ち殺すからな」
そんな男の言葉で騒然となりかけた車内も水を打ったようにシーンと静まりかえる。
その様を見て後ろの男が納得したようにうんうんと二、三度頷いてから口を開いた。
「いいか、まずお前らが持っている武装と金目の物を渡せ。妙な動きしたら殺す」
鋭い目つきをさらに鋭くさせて男は言った。
キラは少しばかり身を乗りだして二人を見る。
キラとネプギアが座っている位置は前から左四番目。その二人は左右交互に乗客の元を回っている。
現在、二人が相手にしているのは前から左二番目の子連れの家族を相手にしている。ということは二人の元を訪れるのはあと三組が済んでからと言うことか。
キラはネプギアに視線を向けて小さく言葉を交わす。
『ネプギア、できるだけそっちに寄れ』
『うん』
できるだけ音を立てないようにして、キラはネプギアが座っていた位置の方へと移動する。ここならばちょうどあの二人からは死角になって見えないようになっている。
たった一瞬でいい。あの二人の隙を作り出せるのなら。
右三番目の組が終わる。
先に坊主頭の男がゆっくりと歩み寄る。
「おい、次はお前らの――」
「だぁっ!!」
キラは椅子の影から男の顎に膝打ちを入れる。
バキッと嫌な音が鳴って男の身体が宙を浮く。恐らく歯でも折れたのだろうか。
その状況に、一瞬唖然としていたもう一人の男が慌ててアサルトライフルをキラに向ける。
続いてネプギアが椅子の影から飛び出してキラの脇をすり抜け、男の首筋にハイキックを叩き込む。しっかりとサービスショットも入っていたが不思議な光に邪魔されてそれを覗くことは不可能であったが。
通路の真ん中に倒れ込む男。それを見下ろすキラの背後に倒れていた坊主頭の男がナイフを構えてキラに斬りかかろうとしたところで、何者かの肘鉄が脳天に叩き込まれた。
男が白目を剥いて倒れた後にキラは呆然とそこに佇む女性を見た。
「間一髪、ってところだね」
軽い口調で、女性はふぅと吐息してから人の良さそうな笑みをニッコリと浮かべた。
キラが訝しむような視線を送っていることに気付いたのか、敵意のないことをアピールしたいのかヒラヒラと両手を肩の位置で揺らして言葉を紡いだ。
「まあ、そう警戒しないで――っていうのも難しいよね。アタシはファルコムっていうしがない冒険家だよ」
見た感じ、悪い雰囲気はない。
とりあえず信用しても良さそうだとキラはこほんと咳払いをしてから口を開いた。
「キラと言います。疑って申し訳ありません」
「いやいや、まあしょうがないよね。で、そっちのお嬢さんは?」
ファルコムはチラとネプギアの方に視線を向けた。
「私はネプギアと言います。えっと、一応キラのお供です」
「逆ね。俺がお前のお供だから」
まあそんなことはどうでもよく、とりあえず実行すべきはこの二人の処理だ。
車掌にでもお願いするかとキラは吐息してから前の車両に移動しようとしたところでファルコムがキラの肩を掴んだ。
きょとんとした表情を向けるキラに対してファルコムはどこか真剣な表情をして答えた。
「安易に動かない方がいいよ」
「でも、車掌さんにでも頼めば次の駅でどうにかできますよ?」
「……犯人がコイツらだけとは限らないからね」
ファルコムの一言でキラはハッとなる。
確かに彼女の言うとおり、ジャックの犯人がこの二人だけとは考えにくい。いや、寧ろこんな少人数という方が不自然だ。
何といっても、この電車は六つの車両がある。この二人だけでどうにかできるような事態じゃない。やはり他にも数名の協力者が居るという可能性の方が高いだろう。
「次の駅まで約一時間半……他の連中がこの二人に連絡が付かないことに気付くはず。だとすればここも危ないし……」
「おぉ、このシチュエーション『ハズレン』で見たことあります!」
ネプギアが驚いたような、嬉しそうな声音で答えた。
ちなみに『ハズレン』というのは『外れの錬金術師』の略で、ゲイムギョウ界の端っこにある小さな村に住む少女・ガストがゲイムギョウ界中をその持ち前の錬金術で救ったり救わなかったりするような最近ブームのマンガだったりそうでなかったりするヤツだ。現在十三巻まで発売中。(大嘘)
そんな彼女のキラッキラした瞳を横目にキラは苦笑いを浮かべてから声を掛けた。
「いやいや……これマンガとかと比にならないくらいヤバイ状況だから」
「電車の屋根の上を伝って運転車両まで行くんですよね?」
「落ちる!」
この速度で窓を開けたら大惨事になる。
ちなみに言うならネプギアの発言も『ハズレン』のシチュエーションの中の一つなのだが、実際は汽車だったのでそこまでスピードはなかった。
「まー、とりあえず何とかしたい状況ではあるんだけどねー……」
ファルコムは腰に手を当てて苦い表情でそう零した。
「どうします?」
「とりあえず一車両ずつ安全を確保していくのが妥当かな。それもあまり時間を掛けずに」
キラはファルコムの提案に首肯する。
幸い、この車両は最後尾だから背後からの襲撃はないし、運転車両まで進んでいけば何とかなるはずである。
しかし、やはり問題もあると言えばある。
「ですが、乗客はどうします? 彼らがいる以上は人質も同然でしょうから」
「そう何度も奇襲が成功するワケでもないしね……」
ファルコムは肩をすくめて苦い表情で答える。
できるならば乗客への被害はないようにしたいが、やはり相手の人数の関係もある。掃討に困難なことではあるだろう。
けれど、ネプギアは意を決したように口を開く。
「でも、このまま中央まで無事な保証もありません。進む価値はあると思います!」
ファルコムが、ネプギアの言葉に驚いた風な表情を作った。
「私は、もう後悔したくないんです。進めるのなら進みたいんです!」
暫く考え込むような仕草を取った後にファルコムは口の端をニッとつり上げて威勢のよい笑顔になった。
「いいね。私もそんな考えは嫌いじゃないよ」
ファルコムは両手を拳にしてぶつけ合う。どうやら意思表示らしく、やる気満々のようだった。
グイッと二人の肩を抱いてファルコムは声高らかに叫んだ。
「では、今から私達はこの電車にいるジャック共を掃討するよ!!」
「ちょ、声でかいです! もう少し静かに!!」
いくら防音してあるとは言え精々一般のもの。完璧に音を遮断しているとは考えにくいし、倒れている二人が通信機を持っている可能性も否めないのでキラが慌ててファルコムに注意を促す。
出鼻を挫かれたようでファルコムがブツブツと不服そうにしていたが、ともかくとして三人はキラを先頭に前方車両の乗客の救出及び敵の殲滅へと向かうのであった――。
☆ ☆ ☆
『どう?』
『中に……三人ほど確認できます』
キラは車両に取り付けられているドアのガラスから出来るだけ見えないように中の様子を伺っていた。
ざっと見回してキラ達のいるドアの少し先に二人。向こう側のドアの近くに一人、と言った具合だ。
手前の方はともかく、前方の方の男までは結構な距離がある。手前の男達は二人に任せるにしても果たしてその奥に辿り着くまでに間が持つだろうか。
そんな事を考えながら、少しでも状況が有利にならないかとキラは暫くその様子を伺い続ける。
刹那、動いた。
前方部にいた男性が、何か指示を出そうとしたのだろう。後方部の二人の男性に近付き何やら耳打ちをしている。
好機、とキラは瞳を光らせた。
一思いに扉を開け放ち、床を蹴って一気に距離を縮める。数秒置いてから三人の男性は驚愕に表情を染めて銃口をキラの方に向ける。
姿勢を低くして下から右足で蹴り上げる。見事、一番手前の男性の顎部にヒット、屈強な身体が宙を舞う。しかし油断無くキラは次にその右手にいる男性の鳩尾に掌底を叩き込む。
「がはっ……!」
苦痛に表情を歪める男性の顔面に更に拳を入れる。感触からして鼻が折れただろう。
しかし、そこでキラは大幅にタイムロスを生じさせていた。
「死ねッ!」
一人残った男性が引き金を引く。
キラの脳天にヒットする、ように見えたかと思うとファルコムがキラを抱えて転がり最悪の状況は間一髪で免れた。
幸いにも弾丸の軌道に乗客の姿はなかった。ファルコムはすぐさま身体を男性の方に向けてその頭を抱え込むように両手を回して固定、膝打ちを入れる。
キラは通路に腰を突いたままその手際を呆然と見ていた。
直後に、ネプギアが小走りでキラの元に歩み寄る。
「大丈夫? 怪我とかない?」
「あ、ああ……」
そう答えるも、キラの視線は目の前のファルコムに注がれていた。
彼女は、見るも不機嫌なような表情で鋭い視線をキラに送っていた。どこか背筋が凍るようなそんな思いを感じつつ、キラは何を発せずにいた。
「危ないでしょ! 勝手な行動は!」
「は、はい!」
突如、ファルコムがそんな怒声を浴びせてきたことに対してキラはピンと背筋を張って返事をした。
「もう少ししたら死んでたんだよ! 私達は一応こうやってパーティを組んでるワケなんだからせめて作戦くらいは言い渡してから先行して! 分かった!?」
「分かりました!」
言い終わった後にファルコムはニッと口元をつり上げてイイ笑顔を作った。
「分かればよろしい」
そう言った直後に周囲から称賛の声が浴びせられる。
が、すぐに三人がしーっと口元に人差し指を当てて静かにするように指示する。乗客達もそれを意図するところが分かったのか波を打ったように沈黙する。
――が既に遅かった。
「……ぃよう、随分な事してくれたじゃねぇか」
その声に三人は前方に視線を向ける。
そこには、黒髪をオールバックにした男性が不敵な笑みをつくって立っていた。
「アンタは……?」
「俺はコイツらのリーダーってところだ。よくも仲間をそんな目に遭わせてくれたな」
「……」
キラは無言で立ち上がる。それからキッと視線を鋭くしてその男を睨んだ。
「乗客をそんな目に遭わせた人が、よくそんなことを言えますね」
「フン……別に俺達もお前らみてぇなのがいなけりゃ危害を加えるつもりもねぇんだよ」
「……その様子だと、貴方達は犯罪組織の一員ですね?」
キラは鋭い視線のまま男性の問う。
男性は驚いたような表情になってからニヤッと笑いを浮かべて陽気な声で問い返す。
「よく分かったな?」
「こんな馬鹿げた事するのは犯罪組織くらいですからね」
「ほぅ……まだ状況が分かってねぇみたいだな」
男性は傍らに座っていた少女に側頭部に銃口をあてがった。
キラがグッと両足に力を入れたときに男性は下卑た声で告げた。
「動くなよ? お前が俺に飛びかかるよりも俺が撃つ方が早い」
「……汚ねぇな」
キラは小さく舌打ちしてまた男性を睨む。
ネプギアが一歩前に出てから不安そうな表情をして口を開いた。
「その娘は関係ないです。だから巻き込まないであげてください」
「目的の前に犠牲はやむなしだ。乗客共を無傷で俺達を制圧できるとでも思ってたのか?」
ファルコムは苦い表情をして額を押さえた。
「まさか……アンタ」
「へっ、そう怖い顔するな。心配しなくとも前の乗客は無事だぜ? 一部を除いてな」
「どういう意味だ?」
「我ら犯罪組織を受け入れるのなら生かしてやった。拒絶するのなら排除した。それだけのことさ」
「ッ――!」
キラはきゅっと拳を握った。
ダン、と床に右足を落として人間の力では到底不可能な現象、その床がまるでごっそりとえぐり取られたように5cmほど陥没していたのである。
男性はその様子にたじろぐがそれを気にも留めずにキラは大声を張り上げる。
「それだけなのに殺したのか!?」
「な――!」
「人の思考は自由だ! それを思い通りにならないからってその命を奪っていいと思ってるのか!?」
キラは表情を険しくさせて怒鳴る。
しかし、男性は表情を変えないまま少し上ずった声で反論する。
「う、ウルセェ! テメェも同じだろうが!」
「一緒にするな!」
「いや、一緒だ! お前も結局俺達犯罪組織に組する者の思考を思い通りにしたいと思ってるんだろ? その信仰を犯罪神様から女神に戻そうとな!」
「それは……」
「テメェが言ってんのはただの偽善だ! 全部矛盾してんだよ!」
「いいじゃないか! 矛盾でも、偽善でもっ!!」
直後、ファルコムの怒号がその空間を凌駕した。
「ルールってのはみんながよりよく生活していくために設けられた規約だよ! それを犯して自分たちだけ楽しようなんてそんなのは卑怯だ! それを外側から強制的にねじ曲げようってのはただの我が儘だ! そうしなければ本当に世界は壊れていってしまうんだよ!!」
男性はグッと言葉を詰まらせて一歩後ろに下がった。
「アンタらだけが悪いとは言わない! けど、それでも犯罪組織の言いなりになったヤツは『自分』に負けたんだ! それほど恥ずかしいことはないよ! 自分に負けることが悪いこととは言わない、けどそれでルールを破ろうってんならそれは立派に悪いことだ! それこそが一番恥ずかしいことだよ!」
キラは激しく心が揺さぶられる思いだった。
彼女の言葉が、いやそれよりも――彼女の信念にだ。
例え、どんなことでも悪事を見捨てることは出来ない。それがどんな手段を用いてでも必ずそれを変えてみせる。
キラの心に生まれたのは、それは――『懐かしさ』でもあった。
「だ、黙れ!」
男は、言い返す言葉も見つからなかったのか銃の引き金に指を伸ばす。
瞬間、ファルコムは時針のポケットから小石のようなものを投擲、それは見事男性の銃を持っている方の手にヒットして銃が地面を滑る。
ファルコムが距離を詰めて蹴りを入れて男性は昏倒した。
「ふぅ……一丁上がりっと」
☆ ☆ ☆
その後、三人の働きによりジャック達は全員が拘束された。
死亡者は十数名。どれも先の男性が言っていたように犯罪組織に反抗した人々だった。
しかし負傷者は幸いにも出なかった。
ラステイションの中央ターミナルにてキラ、ネプギア、ファルコムは微妙な心持ちで集まっていた。
「結局、全員は助けられなかったですね……」
キラの表情には溢れんばかりに後悔が浮かんでいた。
そして、それと同時にどこか自責の念が見え隠れしているようにも思えた。
「俺、何となく気付いていたんです。犯罪組織の連中をどうにかして元の道に戻したいって思うのは、俺の意志を無理矢理押しつけているだけなんじゃないかって……」
ネプギアはやりにくそうに視線を外して俯いてしまう。
「信仰は自由だなんて言ったけど、やっぱり犯罪神を信仰するのだって自由だってことに気付いて……自分でも矛盾してるなって思ったんです。でも、女神様の話を聞いたら尚更犯罪神を信仰するのは間違ってるんじゃないかなんて思えてきて……」
ファルコムは肩をすくめて吐息する。
それからどこか達観したような表情で口を開く。
「確かにそうかもね……。女神様達を信仰する人達がそれを当たり前だって思うように、犯罪神を信仰する人達もそれが普通だって思っちゃうって事だろうしね」
「難しいですよね……人の心って」
「そうだね。でも、私達だって人間だからこそそれを変える術だってきっと持っているはずだよ。犯罪神が完全に復活してしまえば、いずれ世界が崩壊してしまうんだからね」
ファルコムの言葉に二人は目を剥く。
それから焦ったような口調でキラはファルコムに問う。
「犯罪神が復活したら……世界が壊れるんですか?」
「風の噂に聞いた話だけどね。ただ信憑性は高いと思うよ?」
「私もそう思います」
ネプギアが鋭い表情でそう言った。
「お姉ちゃんが言ってました。犯罪神の望みはゲイムギョウ界の破壊だって」
「ふぅん……ネプギアちゃんのお姉さんが何者かを問う気はないけど、だいぶ犯罪神と関わりの深い人なんだね」
ネプギアは無言で小さく頷いた。
「詮索はしないよ。ただ、二人ともまだ若いからね。あんな事の後でこう言うのも何だけど、あまり危ないことに首を突っ込まない方がいいよ」
諭すようにファルコムは二人の頭に手を乗せてそう言った。
けれど、キラの瞳の中には先程よりも強い灯火が宿っていたようにも思える。
「いいんです。俺は、必ず女神様を助けるんです」
「ハハッ、大きく出たね。頑張ってね」
恐らく本気にはしていないんだろうな……などとキラは思いながらファルコムと握手を交わす。
手を振って去っていく彼女の背中を見送りながらネプギアがふと口を開いた。
「ずっと違和感があったんだよね」
「何が?」
「ファルコムさんのこと……誰かに似てるって思ってたんだけど、お姉ちゃんに似てたんだ」
キラは一度、少し見にくくなってきたファルコムの背中を見ながら小さく頷いた。
「そうなのか……」
「うん」
確かに、どこか姉貴分のようなところはあるかもしれない。
けれど、この時キラもまた思っていた。
――そっくりだ、と。
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