No.586358

安定のミカサと苦労性な僕 ウォール・バラン攻防戦

アルミンと愉快な仲間たちは訓練兵団に入りました。

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2013-06-12 00:24:36 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2062   閲覧ユーザー数:1969

安定のミカサと苦労性な僕 ウォール・バラン攻防戦

 

『こちらマルコ・ボット。前衛偵察班よりミカサ・アッカーマンの襲来を確認。これよりウォール・アドン防衛隊は交戦に入るっ!』

 マルコからの切羽詰った声が糸電話を通じて入ってきた。

「僕の予想では後5分でキース教官がこの男子寮コテージを見回りにやって来る。何としてもミカサの男子寮侵入を阻止するんだっ!」

 自分でも無茶だと分かっている指示を激と共に防衛隊に飛ばす。ミカサを素手の人間が相手にするなど、立体機動装置を持たない人類が巨人に立ち向かうのに等しい所業。というか相手になるはずがない。

 でも、僕たちにこれ以上の退路がない以上、命尽きるまで戦うしかなかった。

『あなたたち、私の視察をこんなにまで邪魔するなんて……この中でエレンを替わりばんこに滅茶苦茶に輪姦しているからなのね。エロ同人みたいにっ! エロ同人みたいにぃ~~っ!』

 ミカサの声が間近に迫ってきている。壁を挟んで彼女の声がよく届くようになっている。ということはこの男子訓練生寄宿舎コテージの外壁(ウォール・アドン)を守る防衛隊は既に壊滅したと見て過言ではないだろう。

「防衛線を破られるのが早すぎる」

 思わず舌打ちが飛び出る。マルコが交戦開始を告げてからまだ30秒も経っていない。

 訓練兵団での鍛錬はミカサの戦闘技術を高め過ぎてしまっている。

ミカサが強くなることは対巨人戦においてはきっと役立つに違いない。

 でも、その格闘技術が人間、しかも僕たちに向けられた場合には最悪としか言い様がなかった。僕たち男子訓練生とミカサの戦闘力の差は日に日に開いていっている。僕たちはミカサに蹂躙され狩られるしかない脆弱な存在だった。

 

「ウォール・アドン防衛隊で残っているのはもう扉前のライナーだけ、か……」

 強い精神力を持ち、屈強なガタイを誇るライナー・ブラウンはミカサに次ぐ実力を誇っている。その強さは僕が10人掛かりで襲いかかっても一蹴されるほど。

『俺たち男子訓練生の栄光をやらせはせん。やらせはせんぞぉ~~ッ!!』

 ライナーが交戦状態に入ったことが壁の外から鳴り響くその大声から分かった。

「頑張って……ライナー」

両手を合わせて祈る。訓練兵団第104期生次席に頑張ってもらわないと男子訓練生全体が大きなペナルティーを受けることになる。

 けれど、次席というのは成績が主席の次に良いということを示すだけの称号。主席と次席にどれぐらいの実力差が存在するのかはその単語の意味に含まれていない。

 そう、ミカサとライナーは成績表の上では順位が並んでいる。けれど、その戦闘力においては天地ほどの開きがあった。

『やっ、やっ、止めろぉおおおおおおおぉっ!! 俺の尻に、俺の尻に、そんな太くて硬くて熱いモノを入れないでく…………アッー!』

 ライナーの絶叫が壁越しに聞こえてきた。

 ウォール・アドン守備隊全滅の瞬間だった。

 ちなみにライナー声には悦びの響きが含まれていた。キース教官に“個人指導”を受けて新しいライフスタイルに目覚めたライナーらしい声だったことを付け足しておく。

 

 

「ウォール・サムソン守備隊っ! ミカサがコテージの中に入ってくる。迎撃準備ッ!」

 僕が糸電話で大声を張り上げるのとバァーンという大きな音が鳴り響くのは同時だった。

 ミカサが扉を蹴破ってコテージの中へと侵入してきたに違いなかった。

『こちらトーマス・ワグナー。ミカサ・アッカーマンをコテージ内にて視認。これよりウォール・サムソン防衛隊は交戦に入るっ!』

 トーマスの声は震えていた。絶望的な状況下で戦わないといけないのだからそれも当然だろう。

 でも、僕たちは逃げられない。だから、僕は守備隊に対してこう言うしかなかった。

「キース教官が見回りに来るまでに、何としてでもミカサをこのコテージから追い払うんだッ! 連帯責任を負いたくはないだろっ! 死ぬ気で戦うんだぁっ!」

 自分でも非情だと分かっている命令を飛ばす。作戦を立案し指示を飛ばすとは、従軍者を死へと追いやることに他ならない。そのことを今僕は身をもって感じている。

 

 訓練兵団では男女が一緒に鍛錬に励んでいる。これは男女の身長や体格の差異が以前ほど重視されなくなったことが大きい。巨人との戦闘で重視される点が、立体機動装置を巧みに操り高速機動を可能にするバランス力であり敏捷性となったからだ。とはいえ、兵団志願者は男の方が多いのは事実だけど。

 けれど男女が共に訓練するようになったことで別の問題が生じるようになった。すなわち男女交際による規律の乱れだった。訓練兵団ではこの乱れを防ごうと躍起になっている。

 男子訓練生コテージに女子訓練生が無断で訪れそれが発覚すると、男子訓練生たちは連帯責任を取らされる。そして連帯責任とは死んだ方がマシ級の地獄のトレーニングを意味する。だからみんなミカサのエレンストーキングを必死になって防ごうとしている。

 その中でもエレンと同じコテージ、部屋を割り当てられている僕たちは必死にならざるを得ない。女子が忍び込んできた時に、同じ部屋を割り当てられている男子訓練生のペナルティーは特に重くなる。殺してくださいと教官に何度も懇願することになる。

 だからエレンと同じ部屋を宛てがわれているコテージ内守備隊。僕が今いるこの部屋へと通じる壁と扉(ウォール・サムソン)を守る部隊は一層の気合と悲壮な覚悟を抱いてミカサと対峙するしかない。例え駆逐されるしかない未来が待っていたとしても。

 

「むにゃむにゃ~。もう食べられねえよぉ~アルミン」

 当のエレンは訓練に疲れてベタな寝言を口にしながらグッスリ眠っている。呆れるほどのん気だ。

「でも、何があろうとも……ミカサをこのベッドに上げさせはしない。それは人類の滅亡と等しいのだから」

 僕は改めて自分の覚悟と使命を口にしてみた。

 もし、女子訓練生が男子訓練生のベッドに入っている所を教官に発見された場合、その男子訓練生は教官直々に大変な目に遭わされることになる。教官の直々のお仕置きはあらゆる意味で危険すぎる。

 以前、僕とエレンをベースキャンプの外に連れ出して励ましてくれたライナーはそれが露見して教官室に連れていかれたことがある。

『おっ、俺はもう……男女の愛では決して辿り着けない快楽に足を踏み入れてしまった。もう女なんて…………うっ! 昨夜の、記憶がぁっ!? やっ、止めてくれっ!? 俺の尻はそんなものを受け入れるようにはできて……エクスタシィ~~~っ♪♪』

 もし、エレンが教官直々の罰を受けるような羽目に陥れば……怒り狂ったミカサによって人類は絶滅させられるだろう。巨人ではなく、同じ人間によって滅ぼされるのだ。

 そんな最悪な事態を回避することが僕が果たさなければならない使命。そのために成さねばならないことがミカサの撃退だった。

 

『ジャンッ! ジャンッ! しっかりしろっ! 傷は浅いぞ。死にはしないぞ!』

『自分の体のことは自分が一番よく知っている。愛するミカサの手に掛かったんだ。悔いはねえ。それよりコニー……お前、自分の身を心配しろ、よ……』

『えっ? ちょっと待ってくれ、ミカサ? 俺はもう戦えねえよ。戦う意思もないんだぜ。そ、それなのにまだ攻撃を加えようっていうのか? そ、それはあんまりなんじゃねえの……ぎゃぁあああああああぁっ!!』

 ウォール・サムソン守備隊もほぼ全滅したようだった。ミカサを撃退するどころか、ウォール・アドン守備隊と同じく30秒も持ち堪えていない。

 残るは扉の前を守る、訓練兵団で最も身長が高く慎重さに定評のある成績第3位のベルトルト・フーバーだけだった……。

『この中でエレンが輪姦陵辱されているのね。早く、退きなさい。そしてその現場を私に見せなさい。エレンの絶望しきった顔を私に見せなさい』

『それはできない相談だよ』

『なら、死になさい』

 相変わらずミカサの言葉にはどこにも迷いが見当たってくれない。共に訓練に励んでいる仲間だと言うのに。そして勝負は一瞬だった。

『やっ、やっ、止めてくれぇええええええぇっ!! 僕の尻に、尻に、そんな太くて硬くて熱いモノを入れないでくれ…………アッー!』

 ベルトルトの絶叫が部屋の外から響き渡り、このコテージ全体が静かになった。

 勿論この静寂はミカサが出て行ったことを意味しているんじゃない。ミカサがコテージ内の制圧を完了したので一時的に戦闘がなくなっているだけのことに過ぎない。

 その証拠に、僕たちの部屋へと通じる扉はドンドンと音を立て始めた。ミカサが扉を蹴破ろうとしているのだ。

 扉の前には机だの棚だの重いものをたくさん置いてつっかえ棒代わりにはしている。でも、こんなものが時間稼ぎにもならないことは僕が一番良く知っている。

「エレン……君と人類の未来は、僕が守るよ」

 二段ベッドの梯子を外す。

 これで僕とエレンがいるベッド上部分に直接侵入するルートはなくなった。勿論、ミカサの跳躍力を考えれば梯子などなくても簡単に上まで飛び込んでくるだろう。

 僕がここで梯子を外したのは覚悟を決めるため。即ち、ベッドの木製の枠組み(ウォール・バラン)内にミカサを侵入させないという人類の意地と誇りを示すために。

 

 

「総受け……やはり私の最大の敵はあなただったのね」

 一際大きな音が鳴り響き、黒髪を短くした東洋系の少女が室内へと入ってきた。その右手には熱したバールのようなものが握られている。おそらくはあれをライナーとベルトルトに……なんて酷い。

「予想よりも早い到達だったね、ミカサ」

 僕はミカサを涼しい瞳で見下ろす。威圧に屈するわけにはいかない。

「獅子身中の虫ならぬ獅子身中の総受けとはあなたのことね。誰彼構わずに男に股を開くしか能のないビッチ極まる総受けの分際でエレンをたぶらかすなんて」

 ミカサは絶対零度の視線で僕を睨みつけ、ついでエレンへと焦点を移した。

「安らかな寝顔。素敵よ……エレン」

 ミカサはほっこりと表情を緩めてみせた。けれど、その次の瞬間に、その表情は般若へと変わった。

「こんなにもグッスリ眠っているということはよほど疲れているのね。つまり……事後、なのね。事後なんでしょ! エレンに抱かれたのねっ! エロ同人みたいに激しくっ!」

 ミカサの全身が激しく震え出す。

「エレンに抱かれたからって調子に乗らないで、総受けっ! エレンは私に会えない寂しさからつい魔が差しただけなんだからっ! 相手はあなたじゃなくても良かったのよっ! エレンをお嫁さんにするのはこの私なんだからっ!」

「…………っ」

 一々ミカサの言葉に反論したりはしない。このヤンデレを相手にそんな労力を使っても無駄でしかないから。

「エレンのお嫁さんの座を賭けて……勝負よ、総受けっ!」

「人類の命運を賭けて……勝負だ、ミカサっ!」

 キース教官がこの部屋に見回りに来るまで後3分。

 僕とミカサの絶対に譲れないもののための戦いは今ここに始まりを告げたのだった。

 

 

 僕の名前はアルミン・アルレルト。

 キース教官に変な名前と大勢の前で公言されてしまった12歳の男だ。

 僕は今、第104期訓練兵団に入隊し、巨人と戦える兵士となるべく厳しい鍛錬の日々を歩んでいる。

『自由にエレンに会えない……エレンの寝顔を覗けない……エレンのパンツをくんかくんかほ~むほむできない……憎い。訓練兵団が憎い……訓練兵団に所属するエレン以外の全ての人間が憎い……狩ってしまいたい……特に総受けを……とりあえず総受けを……総受けだけでも今すぐに殺してしまいたい……殺す殺す殺す……』

 幼馴染の少女ミカサ・アッカーマンにはストレスのはけ口に残酷に無慈悲に殺されてしまいそうな日々でもある。

 

 昨年の無計画な領土奪還作戦は何の成果も挙げられないまま無残な結末を迎えた。

 僕はその作戦を強行した王政府、そして実質的に作戦を統括した憲兵団に対して思う所が多い。でも、外部にいたままじゃ文句のひとつも言えないし、人類側のシステムを変えることもできない。

 だから僕は自ら人類側の統治機構に飛び込んでおかしな部分を修正したいと思った。そのために僕は辺境の地で農作業に従事することに満足していられず、訓練兵団に入ったのだった。

『俺は、訓練兵団に入るっ!』

『エレンが入るのなら私も』

 訓練兵団には巨人を駆逐することにとり憑かれてしまったエレン。そしてそのエレンにとり憑いているミカサも一緒に入った。

 ううん。僕たちだけじゃない。ウォール・マリア陥落以降、子供たちは12歳になると軍人となることを社会的な雰囲気の中で強要されるようになっていた。

『12歳になって生産者を選ぶ者は臆病者と呼ばれるからな……』

 志願という名の事実上の強制。そしてこの場合の志願とは過酷な訓練の後に死の可能性が極めて高い最前線に送られることを意味していた。

 まだ結婚もできない子供に死への旅路を志願するように逆らえない圧迫を加える社会。それがウォール・マリア陥落後の僕たちの世界の日常だった。

 

 子どもを積極的に戦場に導入するようになっては戦争に勝てない。歴史は人類にそんな当たり前の教訓を残している。

 そんな教訓を引き出さなくても現在の人類は明らかに負け戦の道を歩んでいる。本来なら既に終戦に向けて交渉も大詰めに入っていなければならない段階の明確な負け。

 けれど、戦っている相手は人類じゃない。言葉や考え方が通じないだけでなく、相手は人類の一方的捕食を目論んでいる。交渉の余地がない以上、そして人類側には絶滅しか待っていない以上、抵抗を続けるしかない。

 でもその抵抗の主体が子供になってしまうと歪みも大きくなってしまうわけで……。

 

『エレン…エレン……エレン…………エレン……』

 ミカサは訓練兵団に入り、エレンと自由に接することができる時間が極端に減ってしまったことに大きなストレスを抱えていた。

 以前のミカサは事実上24時間エレンと一緒にいた。朝起きて夜寝るまでエレンと行動を共にしていた。

 けれど、訓練兵団に入ってからミカサがエレンの側にいられるのは短い食事休憩、及び自主鍛錬の時間に限られるようになった。

『ガキじゃねえんだから、ミカサの世話にはもうなんねえよ』

 エレンももう少し気を使えば良いもののミカサを労おうという気がない。巨人を倒すことに執念を燃やして自分が強くなることにしか興味がない。それどころか姉離れ?しようとして積極的にミカサを遠ざけているようにさえ見える。

『エレン分の不足は深刻……周囲の人間を無差別に狩り尽くしたくなってくる』

 そんなエレンの態度がミカサのストレスを増やし、僕や他の訓練生に悪影響を与えていることは今更言うまでもなかった。

 

『この世界は悪意で満ちている……私とエレン以外の全ての人類と巨人が円環の理に導かれて消滅してしまえば良いのに』

 ミカサが寡黙な点は昔と何も変わらない。けれど、たまに口を開いて呟く言葉の内容が遥かに物騒になっていた。

以前はエレンにちょっかいを出そうとする者だけを男女問わず消そうと画策する言葉を呟いていた。けれど、最近はよりグローバルな破滅を願うようになってきた。

そしてより自分中心の世界観を築くようになっていた。

『人類の活動領域はどこまでであるべきか? ミカサ・アッカーマン、答えたまえ』

 例えば座学の時間のこと。キース教官の質問に対してミカサは一切の躊躇を見せることなく答えてみせた。

『私とエレンと私たちの子供たちが毎日笑って暮らせる4LDK庭付き一戸建てが人類の活動領域として必要不可欠です』

『他の人類はどうなる?』

『どうでもいいです』

 ミカサの返答はどこまでも男らしかった。すると教官の怒りの視線はエレンへと向けられた。

『ヒィっ!?』

 座学の時間にいつも鼻をほじって講義を聞いていないエレンは突然教官に怒りの視線を向けられて身をすくませてビビった。

 教官も段々ミカサの扱い方に慣れてきて、エレンを間接的に脅せば済むという法則を理解してきている。

『…………と、サシャ・ブラウスが申しておりました』

 ミカサは無表情のまま友達を売り飛ばすことで問題の決着を図った。

『えぇええええええええぇっ!?』

 冤罪をいきなり擦り付けられたサシャは不幸だった。そして彼女の本当に不幸な点は冤罪を晴らすほどの知恵を持たないこと。要するに馬鹿なことだった。

『サシャ・ブラウス。貴様は先ほどのミカサの意見に対してどう思う?』

『……………………家と庭の他に芋を作る農地が必要だと、思います』

『よしっ。死んだ直後まで走ってこいっ!』

 ペナルティーを課せられ延々走り続けさせられるサシャを見ながら可哀想にと思う。と、同時に生贄にされたのが僕じゃなくて本当に良かったとも考えてしまう。こんなことを考えてしまう自分を卑しい存在だと感じてしまってとても心苦しい。

 

 こんな感じでミカサの欲求不満は解消されず、彼女のストレスは積もっていった。

 彼女の満たされない想いは同期の訓練生への疑念と向けられていった。そして疑念はエレンの護衛に彼女にとって敵であるはずの僕を登用するまでに至った。

『総受け……あなたに頼みがあるの』

『ミカサが、僕に頼み?』

 命令という言葉を使わなかったことにとても驚いた。

『ビッチな女どもとエレンのお尻ばかり狙っているホモォたちからエレンを守りなさい』

 ミカサの提案は僕にとってはとても不可解なものだった。

『……何故僕に頼むの? ミカサが自分でやればいいんじゃないの? 大体、ミカサにとって僕は一番の敵なんじゃないの?』

『私だってできることなら総受けの力なんて借りたくない』

 ミカサは大きな舌打ちを掻き鳴らした。

『だけど現状は24時間付きっきりでの監視が不可能。特に男子寮にいる時に私はエレンを守ってあげられない』

 エレンは悔しそうに右拳を振り上げて大きな岩を砕いた。

『総受け……もしビッチな女どもがエレンを襲ってきたらナイフを突きたて殺し、ホモォな男どもがエレンを襲ってきたら股を開いてエレンの代わりに襲われなさい。または殺せ』

『相変わらずミカサはミカサだね。もう少し揺らいでくれないかな?』

 僕の苦労は場所が変わっても時が変わっても絶えそうになかった。

 

 

『事態をいまだ理解できていない愚か極まりない総受けに述べておくわ』

『…………何を?』

 ミカサと対峙する時に重要なことは色々と諦めることだ。そうすれば話は短くなる。

『エレンはこの地上で一番素敵な男の子だっていう自明の理を』

『…………なるほどね』

 ミカサに一々逆らっても命がなくなるだけ。口論になってもヤンデレだから話が通じない。故に受け入れて流す。それが正解。

『女なら誰だってエレンの子どもをその身に宿したくて股を開こうとするわ。男なら誰でもエレンをモノにしたくて股を開かせたくなる。それが自然の摂理よ』

『…………ああ、そうだね』

 ミカサから顔を背けながら頷いてみせる。反論することに意味なんかない。

『エレンは私の完璧な教育により、今でも赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるものと固く信じているわ。エレンには私との結婚までピュアな感性を持っていて欲しいの』

『…………教育を施している方にはピュアさの欠片もないけどね』

『何か言った?』

『ううん。何も』

 ミカサとの会話で反論することなんて意味がない。

『でも、性犯罪者は相手に性知識があろうとなかろうと襲ってくるの』

『うん。すごく納得だ』

 ミカサを見て頷かざるを得ない。こんな説得力に溢れた話は久しぶりだった。

『それに……無垢でピュアなエレンも襲われる過程で性に目覚めてしまう可能性は捨てきれないわ』

『それはどうなんだろ?』

『だから、余計な知識が刷り込まれる前に、エレンをたぶらかす女がいたら即抹殺して欲しいの。ナイフで400回刺すぐらいなら許すわ』

 ミカサはごく真顔で言い切った。

『人が人を殺すなんて許されない大罪だよ』

 反論には意味がない。でも、放っておくとミカサが大量殺人事件を引き起こしそうなので一応制止しておく。でも、ミカサは僕の斜め上を行く少女だった。

 

『つまり、総受けは殺す相手が人間でなければ何の問題ないと言いたいわけね』

『へっ?』

 僕の顔が引き攣った。

『総受けは殺した相手が人間ではなく実は巨人であったなら。それは悪徳ではなく賞賛される行為になる。だからどんどん殺れ。そう言いたいわけね。そう私に強要するのね』

『ほひっ?』

 僕の全身が引き攣った。

『さすが座学トップの総受けは考えることが外道極まりないわね。人を巨人に見立てるなんて。でも良いわ。あなたのその腐れ切った正当化理論に乗ってあげる』

『……僕、一言もそんなことを言ってないよね』

 全身から冷や汗が出てくる。もしミカサが外道な思想を元に殺人を開始したら……僕は共犯者。下手をすれば主犯に祭り上げられてしまう。そんな最悪な展開だけは何としてでも阻止しなければっ!

 

『ミカサ。巨人の正体が実は人間であるかのような恐い嘘を口にしちゃダメだよっ!』

 この大変な時世に人類側の結束を乱すような発言をすれば、捕まって殺されかねない。

『そうかしら? 私は自分の仮説に自信を持っているわ。頭のいいあなただって、本当はそう思っているんじゃないの?』

『……仮にそうだとしても、今のこのご時世に憶測で物を言うのは危険すぎる』

 巨人については分かっていないことが多い。多すぎる。

だけど、その分からないことが多すぎる点は逆に怪しかった。人類はこの100年間ずっと巨人のことを調査してきた。なのに、それに比べて明らかになったことが幾ら何でも少なすぎる。

巨人の正体がいつまで経っても不明なのもおかしな話だった。だから、巨人の正体は公表できない類のモノなのではないかと僕も推測はしている。

巨人の正体が実は人間なのではないかという仮説も立てたことはある。でもそれは、人類にとってあまりにも希望のない仮説だった。だから考えないようにしている。

 

『その昔、極東の国々では特定の思想を持つ者を積極的に捕まえる法律とその専門の官憲が存在していたそうよ』

 ミカサは僕の忠告に対して直接の回答をしなかった。代わりに何やら物騒なことを言い始めた。

『だけどそれらの法律の本当に恐ろしい所は、特定の思想を持っているから捕まえたのではなく、捕まえて殺した後に彼らはその思想を持っていたと後付けで説明をして事件を処理したことよ』

『それってつまり……』

 とても嫌な予感がした。

『殺してからコイツは巨人か巨人の仲間でしたと報告しておけば万事オーケー無問題。誰も悲しまず、罰せられずに済むということよ』

 ミカサは頬を艶々させてわずかにドヤ顔を作ってみせた。

『こんなにひどい説明を聞いたのは、領土奪還作戦の発令以来だよ』

 巨人のウォール・マリア侵攻以来、人類は仲間同士の殺し合いに関して倫理がどこか破綻してしまっているのかもしれない。

 ミカサは巨人侵攻前からこんな感じではあった。けど、最近特にひどくなった。やはり人々の心は荒れ果ててしまっているのだと思わざるを得ない。

 

『大体、どこにエレンを襲う仲間がいるって言うんだい? 人間のフリをした巨人がいると?』

 104期訓練兵団生はミカサをはじめとして優秀な人材が揃っていると言われている。またエレンをはじめとして巨人の恐怖の目の当たりにしてもなお志願してくる者も多く、巨人討伐に対する意気込みも高い。

 そんな僕たち104期生の中に巨人が潜んでいると言われても何のことかって感じだ。

『例えばライナー・ブラウン。彼は間違いなく巨人ね』

『…………エレンと親しいから?』

『ええっ』

 ミカサの返答はいつにも増してキッパリとした男らしいものだった。

『後、全身から漂う雰囲気がホモォ臭いわ。多分、ううん、きっと、いえ、絶対にエレンのお尻を狙っている。彼の頭の中はエレンのお尻のことでいっぱいに違いないわ』

『104期生の次席で信頼厚いリーダー的存在に向かってよくそこまで言えるね。しかも、生まれ故郷に帰るという一心で強くなっている鉄の信念を持つ男に対して……』

 主席はミカサなのに誰もリーダーと認めない点で104期生は心を一つにしている。僕たちの結束は堅い。

『きっとこんな風にライナー・ブラウンはエレンを陵辱するつもりなのよ』

『やっぱり妄想に突入するの?』

『今回は紹介する人物が多いからショートバージョンよ』

『いや、妄想止めた方が短くなるよ……』

 ミカサの妄想が始まった。

 

〔エレン。絶対に曲げられない強い信念を持つ者同士、義兄弟の契りを交わさないか?〕

 ライナーは鍛え上げた逞しい肉体の汗を拭きながら隣のエレンに声を掛けた。

〔いいな。巨人を駆逐し尽くすためには頼もしい筋肉は1人でも多くいた方が良い〕

 エレンは微笑んで答えた。

〔じゃあ、早速義兄弟の契りを交わすぞ〕

 ライナーはエレンの両肩を掴むとその巨体を活かして地面へと押し倒した。

〔らっ、ライナー? お前、一体、何をしてるんだよ?! 早く退けよっ!〕

〔義兄弟になるとは、互いに命を預けあうこと。言い換えれば、体を許し合える関係でなければ、本当の信頼関係は生まれないさ〕

〔や、止めろぉおおおぉっ!〕

 嫌がるエレンを無視してライナーは少年のズボンを脱がせ、真の義兄弟になる準備を進めていく。エレンの抵抗も身長185cm、体重95kgの巨漢の前には無力だった。

〔さあエレン。俺と義兄弟になってくれ〕

〔俺は、俺はこんな義兄弟の契りを望んでなんかないんだぁあああああぁっ!!〕

 エレンの苦悶に満ちた悲鳴はそれから2時間、絶えることはなかったという……。

 

 

『……エレンはさあ、毎回毎回自分の好きな男の子が男に陵辱される妄想ばかりして心が悲しくなったりしないの?』

 彼女の言う通り、妄想自体は短かった。でも、いつもと変わらぬひどさだった。

『自分の好きな男の子? ……やっぱり総受けはエレンのことが好きなのねッ!』

『そこに反応するんだ。しかも曲解だし』

 ミカサの悪意的な解釈は1つの才能と呼んでもいい。マフィアとかで重宝されそうだ。

『とにかく、ライナー・ブラウンはエレンのお尻を狙っている。もし、彼が寄宿舎でエレンを襲うようなことがあれば、あなたが殺すか股を開いてエレンの貞操を守って。殺した際には……そうね。コイツが鎧の巨人でしたって報告でもしておけば大出世できるわよ』

『……一切僕の仕事が増えることはないだろうから、その命令は引き受けておくよ』

 ホモォなライナーと対峙するなんて展開は、それこそ彼が巨人だったなんてギャグ漫画みたいなオチでもない限りあり得ないだろう。だから引き受けても全く問題なかった。

 

『続いて、第2目標を告げるわ』

『まだいるんだ……』

 ゲッソリする。

『訓練兵団の男は全員がエレンを狙っている。そう覚悟を引き締めていないとエレンのお尻は守れない。エレンのお尻は人類の未来と同じぐらい重い。それを噛み締めるのよ』

『この世で最も不必要な覚悟だよね、それ』

 でも、エレンのお尻に人類の未来が掛かっていることは嘘じゃない。ミカサが絡めば人類は滅ぶ。それが悲しい現実だった。

『第2目標はベルトルト・フーバーね』

 ミカサが次の目標に挙げたのは3位の実力を持ち、訓練生で最も高い身長を誇るライナーの同郷者だった。

『…………やっぱり、エレンと仲が良いから?』

『ええ。それにあの身長……討ち滅ぼしてから超大型巨人でしたって言い訳がしやすいわ』

『それだけの理由で超大型巨人疑惑を擦り付けられたら、気の弱いベルトルトは泣いちゃうってば!』

 ミカサのイチャモンは常軌を逸している。

『ああいう主体性のない男が、自分を制御する術も持たなくて性犯罪に走るのは歴史が証明しているわ……』

『独善の塊で犯罪を犯すことも何とも思わないミカサに言われたんじゃ泣いちゃうよ』

 ミカサの妄想がまた始まった。

 

 

〔僕の正体が超大型巨人だってエレンにバレてしまうなんて……〕

〔192cmの身長が仇になったな。後58mのロンドンブーツを履けば60mに達する。簡単な推理だぜっ!〕

 ベルトルト・フーバーは自身の正体をエレンに看破されて焦っていた。

〔たっ、頼む。エレン、見逃してくれっ! 僕は捕まりたくないんだ〕

〔ダメだっ! お前のせいで母さんたちは巨人に食われたんだっ! お前だけは憲兵団に引き渡して厳しい罰を受けてもらうぞッ!〕

 エレンの瞳は怒りに満ちており、ベルトルトの願いは聞き入れられそうになかった。ベルトルトはエレンの目を見て怖くなった。臆病になった彼にできることは……自分の巨体を活かしてエレンを黙らせることだけだった。

〔エレンがっ! エレンが悪いんだからなっ! 僕を追い詰めたりするからっ!!〕

 ベルトルトは馬乗りになってエレンの自由を奪った。

〔俺を殺して秘密を守ろうってわけだなっ!〕

〔違うっ! でも、エレンに僕の秘密を喋ってもらうわけにはいかない。だから、ひどい目に遭ってもらうんだっ! 僕の身の安全のためにっ!〕

 ベルトルトは錯乱した瞳でエレンの服を引き裂き裸にしてしまう。そして──

〔やっ、止めろぉおおおおおおおおおおおぉっ!〕

 エレンを黙らせるべく、ベルトルトは下の口を塞ぎに掛かったのだった……。

 

 

『ミカサってさ、本当はエレンが男たちにひどい目に遭わされることを望んでいるんじゃないの?』

 ミカサが男だったら、もう既にエレンは清い体ではいられなかったのではないかという疑問が湧き出て止まない。

『私が、エレンが男に襲われて陵辱される妄想ばかりしているような事実無根の話をするのは止めなさい』

『ミカサの話には何の説得力もないと思うよ』

『フッ。そんな戯言は第3目標を聞けば一瞬にして無意味な仮定だと分かるわ』

『第3目標って?』

 聞かなければいいのに、お人よしの僕はついミカサを調子に乗らせてしまった。

『第3目標は……アニ・レオンハートよ』

『女の子っ!?』

 それはとても意外な回答だった。ミカサが金髪無口少女の名を挙げるとは思わなかった。

『てっきりミカサは男同士の陵辱物語ばかり考えて脳みそ腐っているとばかり思っていたのに……』

『私とエレンの安寧を乱そうとする奴は男女関係なく全て討ち滅ぼすべき敵よ。そして総受け。誰が腐女子だ。あんたから殺すわよ』

 ミカサが怒っている。でも、僕は衝撃と好奇心が勝った。

『そう言えばエレンとアニって仲いいもんね。誰とも仲良く接しようとしないアニがエレンにだけは蹴り技を教えていたし』

『……あのムッツリビッチ。ああやってツレない態度を取りながらエレンの気を惹こうと誘っているのよ。ビッチらしい陰湿極まりない手口だわ。まさにビッチ極まりない女ね』

 ミカサの瞳がいつも以上にヤバい。ていうかビッチビッチうるさい。

『大体、無口でぼっちでできる女なんて設定が気に入らないのよ。特定の男にだけは積極的に淫らに腰を振るための前フリでしかないじゃない! ド淫乱属性のエロ要員決定よ! 夏の祭りの薄い本要員よ!』

『つまりミカサはアニが自分とキャラが被っているから嫌いなんだね』

『アニ・レオンハート……あのムッツリスケベビッチの正体は女性型巨人に違いないのよっ! 私たちが総力を挙げて滅ぼすべき相手なのっ! 今すぐ残虐に処刑が妥当よっ!』

『巨人疑惑を掛けられるなんて……アニにしてみれば本当にいい迷惑だろうなあ』

 まさかアニもエレンに少し格闘術を教えたぐらいで巨人にされるとは思わないだろう。

『きっとエレンをたぶらかして私から掻っ攫う気に違いないのよ。チビでスタイルも大して良くないくせに淫乱なのよ。エロ同人みたいに。エロ同人みたいにぃ~~っ!!』

 相手が女の子といういつもと違うパターンのミカサの妄想が始まった。

 

 

〔なあ、アニ。俺たち、こんな山奥に2人きりで逃げてきちゃって良かったのかな?〕

〔訓練兵団も巨人も世界もどうでもいいから2人で静かに暮らそうと言ったのはあなたでしょ、エレン〕

 アニはシーツを体に巻きつけながらベッドから立ち上がった。

〔けどさ……今もみんな巨人を倒すために懸命に訓練を積んでいるんだと思うと、さ……〕

 ベッドから上半身を起こしたエレンは辛そうに俯いてみせた。そんな少年の様子を見て、アニは自身の重大な秘密を打ち明けることにした。

〔私のお腹にね……エレンの子供がいるの〕

〔なっ、何だってぇっ!?〕

 エレンは大きく仰け反り、次いでアニへと駆け寄っていった。

〔俺たちの子供って、ほっ、本当なのか、アニっ!?〕

〔ええ。本当よ。エレンは来年の今頃にはパパになっているわ〕

 アニは照れ臭そうに微笑んだ。エレン以外は知らないアニの笑顔だった。

〔エレンが……毎日私のことを愛してくれたからこの子が私のお腹に宿ったの〕

〔そっ、そうか〕

 まだ少年でありながら父親になる。その不思議さにエレンは頭がクラクラしている。

〔下山して隊に戻れば私たち2人は捕まるわ。そうなったらお腹の子はきっと……〕

〔分かった。お腹の子のためにも俺たちはこの山の中でひっそりと暮らそう。エレンとアニは世間的にはもう死んだってことにしてさ〕

 エレンはアニの肩を抱いてだき寄せた。

〔エレン……あなた……〕

〔アニ……〕

 エレンはアニに優しくキスをしたのだった。それは3人の新生活を告げる嚆矢となった。

 

 

『私以外の女がエレンの子どもを宿すとか絶対に許せないっ! 駆逐して、巨人の汚名を着せてやるんだからぁ~~~~っ!!』

 妄想を終えたミカサは怒り狂っていた。

『……僕的にはむしろこのエンドの方がエレンにとって幸せに見えるんだけど?』

 ミカサの妄想を聞いてちょっと幸せな気分になったのはこれが初めてのことだった。

『何か言った、総受けっ!?』

『ううん、何も』

 ミカサの怒り方が尋常でないのを見て、それ以上のツッコミを止める。やはり、ミカサにとっても同性の恋敵?の存在はどうしても見過ごせないらしい。

『え~と、じゃあ、ミカサもアニに負けないように女らしさを磨いてエレンの心を惹いたらどうかなあ?』

『ジャン・キルシュタインもマルコ・ボットもコニー・スプリンガーもエレンを狙っている。恋愛ごっこに現を抜かしてはエレンのお尻は守れないわ。エレンが妊娠しちゃう』

 ミカサは次なる目標を挙げた。

『でも、ジャンはエレンのことをライバル視して嫌ってるし、マルコは周囲の気配り上手で問題を起こすタイプじゃないし、コニーは……頭良くないから大それたことも考えないんじゃないの?』

 エレンが狙われているという設定自体、ミカサの頭の中以外に何の根拠もない与太話なんだけど。

『甘いわッ!』

 ミカサは僕に向かって指を突き刺した。

『ライバルキャラとはいずれ友情が生じ、その友情がやがて愛情に転じるというのが古今東西のお約束よ。マルコの場合はエレンを犯すことが全体の調和のために良いと判断したら、柔和な顔でエレンの輪姦を主導するわ。コニーは馬鹿だから、ジャンとマルコがエレンを犯し始めれば便乗するに決まってるの! こんな風に……』

『ねえ、いい加減に妄想止めたら?』

 僕の願いは聞き入れられなかった。

 

 

〔エレンを……エレンをミカサなんかに渡しゃしねえっ!! 俺のもんだっ!〕

 ジャンはタックルを仕掛けるとエレンの腰を掴んでそのまま押し倒した。

〔ジャン!? お前、何を訳分かんねえことを言ってるんだ? マルコ、コニー。ぼお~と見ていないでコイツを引き剥がすの手伝ってくれ〕

 エレンは自身の身に何が起きているのか分からず、マルコとコニーに助けを求める。しかしマルコはニコニコと笑みを浮かべながら首を横に振った。

〔エレンとジャンが仲良くなるのはとても良いことだ。ここはジャンの手伝いをするのが、第104期生がみんな仲良しでいるためにはいいな。コニー、ジャンを援護するんだ〕

〔何だかよく分からないが…分かったぜっ!〕

 マルコとコニーがエレンの腕を押さえ付けて抵抗を封じる。

〔お前ら……一体何を考えてるんだっ?!〕

〔ミカサからエレンを奪うことだよ〕

〔お~い、みんな。第104期生の団結を高めるためにエレンを輪姦することにしたんだ。エレンを犯したい奴はみんなこっちに来て欲しいんだ〕

〔何だか分かんねえけど、みんなでエレンを犯す祭りの開催だぜぇ~~っ!!〕

 エレンの元へと数多くの男たちが群がってくる。訓練生たちの瞳はどれもギラギラとした色欲に満ちていた。そして彼らは我慢できずに欲に塗れた手をエレンに伸ばした。

〔やっ、止めてくれぇええええええええぇっ!!〕

 何十人の男を相手にさせられたエレンの悪夢は翌朝まで続いたのだった……。

 

 

『何十人もの男に輪姦されたら……誰だか知らない男の赤ちゃんをエレンが妊娠しちゃうぅ~~~~っ!! でも、それがいいの……むしろそんなエレンが見たいの』

『男は妊娠しないからその心配はないと思うよ』

 できる限りミカサの思考様式に従ってツッコミを入れてみる。

『真っ先に妊娠して子持ちになりそうな女顔をしているくせに』

 ミカサに睨まれた。彼女の頭の中がどうなっているのか本気で分からない。

『妊娠といえば、この訓練兵団にはエレンの子供を宿しそうな淫売女どもがまだいたわね』

『どうすればミカサみたいに自分の妄想を世界のリアルだと想いこむことができるの? その秘訣が知りたいよ……』

『サシャ・ブラウス、クリスタ・レンズ、ユミル。あの3人は特に危険だわ』

『3人とも、あんまりエレンと接している姿を見たことがないんだけど?』

 エレンがよく会話しているのは、ミカサ、アニ、同じ班に所属しているミーナ・カロライナぐらいな気がする。エレンは自分から積極的に女子に話し掛ける男じゃない。

『エレンだって男の子なのよ。性の知識がなくてもムラムラする時はきっとあるわ』

『ま、まあ、そうかも知れないけれど……』

 女の子にこういう話を振られると本気で対処に困る。

 

『サシャ・ブラウスは馬鹿だから、エレンが食事のパンをあげると言えば、簡単に股を開くに違いないわ。馬鹿だから』

『……ミカサってさ、サシャのことが嫌いなの?』

 ミカサは厄介ごとが起きるといつもサシャに責任を擦り付ける。女の子同士の残酷物語だった。

『クリスタ・レンズは聖女を気取っているから、エレンが性処理の方法もろくに知らないと知れば、自分の体を使って保健体育の実践をするに決まっているわ。聖女だから』

『……ミカサにとって聖女ってどんな存在なの?』

 ミカサは聖女と性女を間違えている気がしてならない。

『ユミルは打算の塊だから、エレンを手玉に操れるのなら喜んで股を開くはずよ。でも、あの売女は絶対に菌を持っているはず。故にあの女はエレンにとって危険極まりないわ』

『……ユミルは僕も苦手だけど、言いすぎは良くないと思うんだ』

 そう言いながら僕は内心でちょっと胸の奥がスゥ~としていい気分になっていた。

『ユミルは菌持ちだから女型巨人ということにしましょう。クリスタは聖女ってことで一般人は知らない巨人の秘密を知っている内通者。サシャは馬鹿撲滅法適用者。3人とも死罪を適用するのに十分な重犯罪者であることが確定したわ』

『これだけ根拠の弱い言いがかりも珍しいと思うよ……』

 むしろミカサの妄想力の逞しさを褒め称えるべきか。

『3人の売女に群がられたエレンの不幸な未来が私には見えるわ』

 また、ミカサの妄想が始まった。今回が最後にして欲しい。

 

 

〔エレン。食事にするから子供たちを起こして。それからサシャママとユミルママに畑から戻ってくるように伝えて〕

〔ああ、分かったよクリスタ〕

 エレンは3人の妻の内の1人、クリスタ・イェーガーに頷いてから他の2人の妻が出ている農地へとまず出掛けることにした。

〔我が家は今日も賑やかですねぇ♪ クリスタママの料理も美味いし最高です♪〕

 エレンの妻の1人、サシャ・イェーガーが蒸かし芋を口にいっぱい頬張りながらご機嫌な声を上げた。

〔そりゃあ旦那が1人、奥さんが3人で、3人の奥さんにはそれぞれ子供が2人ずつの計10人家族なんだから賑やかに決まってる〕

 エレンの妻の最後の1人、ユミル・イェーガーがサシャに呆れた視線を送りながら現状を伝える。ユミルの言う通り、現在のイェーガー家は総勢10名の大家族となっていた。

その一家の大黒柱エレンは食事を終えると出勤の支度を整えた。

〔それじゃあ憲兵団に行ってくるな〕

 エレンは3人の妻と子どもたちを養うために調査兵団に入ることを諦めて憲兵団に志願、配属されていた。

〔〔〔行ってらっしゃい〕〕〕

 エレンは今日も愛する家族を守るために職場という新しい戦場へと出掛けていった。

 

 

『何で奥さんが3人もいるのに、その内に私が入ってないのよぉ~~~~っ!!』

『奥さんが3人いるのは問題かもしれないけど……エレンはミカサ以外の女の子と結ばれると幸せになれるってことだけはよく分かったよ』

 ウンウンと頷く。アニの場合もクリスタたちの場合も、エレンは調査兵団という夢を捨てて愛する人のために生きている。それがエレンの幸せになっている。

 つまり、ミカサは心の奥底ではエレンに調査兵団に入って欲しくないということだ。

『エレンが私以外の女と結ばれることを肯定するかのごとき妄言をほざく総受けは死ねぇ~~っ!』

『妄想したのはミカサの方なのにぃ~~っ!!』

 ミカサのグーパンチが僕に向かって飛んできた。ミカサの攻撃を予知しすぎていた僕は身を捻って何とか避けることに成功した。

『チッ! さすが小動物は危機に敏感ね』

『ミカサのおかげで鍛えられたからね』

 体力で劣り戦闘技術も劣る僕だけど、長年命を狙われ続けた経験があるので対ミカサ戦だけは同等の成績を残している。より正確には、時間切れになるまで僕は逃げ回っている。

『まあいいわ。これで男も女もエレンを狙っていることが総受けにも分かったでしょう』

『全然分からないけれど、面倒くさいから分かったと言っておくよ』

『名前が呼ばれた1分後には死んでしまっていそうな他の男女も注意なさい。死ぬ前に思い出が欲しいとかほざきながらエレンを求めるかもしれないから』

『ミカサはもっと仲間たちの命を大切に扱おうよ』

 前線に配備されれば僕らは巨人に食われる未来を迎える可能性は高い。104期生も初陣の時を迎えれば相当数が未帰還となるだろう。それは未来に待っているに違いない事実。

 でも、だからと言って仲間の死を歪めて理解されても困る。

『私はエレンが午後から行く森に危険がないかちょっと確かめてみるわ。総受けはエレンに危機が訪れないか見ていて』

 ミカサはそれだけ言い残すと僕の視界から消えた。

『ミカサはもう少しだけ慎ましやかならエレンとベストカップルになれるだろうになあ』

 エレンを愛しすぎて残念と化してしまっている彼女がとても勿体無かった。

 

 ミカサは一方的に言いたいことを述べると次の瞬間には消えてしまった。

 いつも通りのミカサと言えなくもない。けれど、その妄想の中にはエレンと自分の将来に対する不安が見て取れた。

『僕たちは今後どうなるんだろう……』

 巨人との戦いにおいて人類の一発逆転を可能にする武器や戦法のようなものはまだ存在しない。だから僕らはやがて巨人に捕食される未来を迎える……。

 

『アルミン……ミカサと随分楽しそうに話してたな』

 

 背後から声が掛かる。振り返るとエレンが立っていた。

『エレンにはあの会話が楽しそうに見えるの?』

 親友の感性が分からない。

『ミカサと喋っている時は98%の確率で説教されるからな。長々と喋った記憶も最近はねえよ』

『ミカサってば、相変わらず空回りしてるんだね』

 僕らにはあからさまなミカサの好意が本人には少しも伝わっていない。あまりにも不器用すぎる。そして、エレンにとってミカサは恋愛対象というより家族、厳しい姉として映っていることが改めて分かる。

 この認識を改めてくれない限り、僕らはミカサに狩られる運命を迎える。その運命を変えるためには僕がキューピッド役をやるのも良いかもしれない。

 

『でも、ほら。ミカサってば頼りがいあるし、顔も可愛いよね』

 ミカサのことをヨイショしてみる。エレンと上手くいってミカサを味方に付けられれば百人力なのは確か。ジャンがミカサに一目惚れしたことからも彼女の目鼻立ちが際立って整っているのは間違いない。

『アルミン?』

 エレンが怪訝な顔を僕に向ける。

『お前がミカサを誉めるなんて珍しいな』

『そ、そうかな?』

 わざとらし過ぎただろうか?

 でも、ここで引く訳にはいかない。エレンのミカサ評価を何としてもあげておかないと。

『でも、ほら、アレだよ。エレンももっとミカサのいい所を認識した方がいいって』

『何でだ?』

『…………いや、ほら。ミカサって可愛いから、男子から……人気があるんだ』

 顔は可愛くても情け容赦のない殺人鬼を好きになる男はいない。けど、その辺の所は黙っておく。今はエレンの関心をミカサに向けさせないといけない。

『で、ミカサが男に人気があると何で俺がミカサの良さを認識しなきゃならないんだ?』

 エレンは疑わしそうに瞳を細めている。

『だからそれはっ!』

 声が大きくなってしまう。この鈍感男には全然僕の言いたいことが伝わっていない。

『なんてな。分かってる。分かってるって』

 エレンは僕の肩に両手を置いた。

『ミカサに悪い虫が付かないように俺に追っ払って欲しいことだろ』

『えっ?』

 エレンはすごい勘違いを披露してくれた。

『アルミンの好きなミカサに他の男が近づくのが嫌なんだよな。それぐらい俺にも分かるって。俺は鈍感男じゃねえんだから』

『……ミカサと同様にエレンに問題があることもよく分かったよ』

 ミカサの根強い勘違いというか妄執と同様にエレンの勘違いも相当に激しい。どこをどうしたら絶えず命を狙われている僕がミカサを異性として好きという結論に到れるのだろう? そしてその考えを維持できるのか? 謎すぎる。

 

『そのさ、正直に答えてくれないか?』

『何を?』

 エレンは目をキッと細めて僕に問い質した。

『アルミンはミカサのことが好きなのか、ちゃんと答えてくれっ!』

 エレンの瞳は本気だった。

『そんなこと急に言われてもなあ……』

 その質問は僕をとても困らせた。けれど、エレンが本気である以上、答えないわけにはいかなかった。

『エレンが僕のことを好きなのと同じぐらい僕はミカサのことが好きだよ』

 要するに友達として好き。それが僕の答えだった。

『…………そうか』

 エレンは暗い表情を見せた。

『俺はもう行くな』

『あっ、うん』

 エレンはフラフラとした足取りで僕の前から去っていってしまった。明らかに元気がなかった。

『……僕、何か回答を間違えたかなあ』

 失言はなかったはずなのに、元気を失ってしまったエレンが気になった。

 

 この日からエレンはミカサと少し距離を置くようになった。代わりに僕の周りをピッタリくっ付いて歩くようになった。

 そのことがミカサの精神をおかしくさせたことは言うまでもない。ミカサのエレンに対するストーキング欲求は高まり、男子寄宿舎に対する監視、そして襲撃へと繋がっていった。

 男子訓練生たちの恐怖の時間の始まりだった。

 

「総受け……あなただけは滅ぼす」

 ミカサはバールのようなものを両手で構えた。彼女の跳躍力をもってすれば二段ベッドの上に飛んでくるぐらいは何でもない。

 つまり、僕は彼女があらゆる行動を取る前に先手を打つことが求められている。そして先手を打つとは──

「ミカサが少しでも動いたら……エレンの顔に落書きをするよ」

 エレンを人質に取ることに他ならなかった。狭いベッドの上では逃げ回りようがない。それ以前にベッドに上がられたら負けなこの戦い。ベッド手前で食い止めるしかない。

「なっ!?」

 飛び上がろうとしていたミカサの動きが止まった。

 よしっ! 効いてる。

「ミカサが少しでも変な真似をすれば僕はこのマジックでエレンの額に『肉』と書いてプッと笑ってしまうからね」

「鬼っ! 外道っ! 巨人っ! ううん、この世で最悪の存在アルミンッ!」

 ミカサにとって僕は巨人よりひどい存在であるらしい。でもおかげで交渉がし易くなった。

「僕はエレンにひどいことをしたくないんだ。ミカサだってエレンが綺麗な顔でいて欲しいよね?」

「アルミンッ!」

 ミカサは別に僕の名前を呼んでいるのではない。最悪な存在の称号を口にしているだけ。

 思う所は色々あるけれど、今はこの状況を利用させてもらおう。

 

「エレンを綺麗なままでいさせたければ……このコテージから出て行くんだ。今すぐ」

 ミカサが自分からこのコテージを出て行くように仕向ける。3分後のキース教官見回り時にミカサがこの建物内にいなければ、誰もお咎めを受けることはない。

「テロリストとの交渉には応じられないっ!」

「僕は……本気だよ」

 油性マジックのキャップを外してエレンの額に近づける。

「チッ!」

 ミカサは今にも僕を殺さんばかり怒りの視線で睨んでくる。でも、体は動かない。

 僕とミカサの睨み合いが続く。

 30秒、1分、2分と時間が過ぎていく。

 

 硬直状態。

 現状でも最悪な状態には至っていない。でも、僕が狙っているのはミカサのこのコテージからの撤退。

 残り20秒足らず。どうやってミカサをこのコテージから撤退させるか。最後の一手をどう打つか。決めあぐねていた。

 そんな状況を動かしたのは他ならぬエレンだった。

「う~ん」 

 エレンが寝返りを打った。

「あっ!」

急にエレンの顔が近付いてきたので慌ててマジックを引っ込める。その瞬間をミカサは見逃してくれなかった。

「総受けぇ~~ッ!」

 ミカサは垂直跳びの姿勢から2mの高さまで飛び上がってきた。

「くっ!」

 ミカサは遂にベッドの木枠(ウォール・バラン)内部に侵入を果たしてきた。

 

「こうなったら……ベッドの枠の外まで僕が追い払うっ!」

 マジックを放り捨てて代わりにベッドの上に落ちているエレンの髪の毛を拾い上げる。そしてその髪の毛をベッドの下に向かって投げ捨てようとした。

「それを捨てるなんてとんでもないっ!」

 ミカサが僕の右手を全身で押さえ込む。思った通りの行動に出てくれた。後はエレンの髪の毛1本にさえ強い執着を見せているミカサをその性質を利用してリングアウトするだけだった。

 僕の読みは当たった。でも、大事なことを見落としていた。

「び、びくともしない……」

 ミカサの体は僕が全力を込めようとビクともしなかった。ベッドから放り出すどころか1mmだって動かない。

 僕の力で最強の身体能力を誇るミカサをどうこうできるはずがなかった。僕がエレンの髪の毛を握ったままだからミカサも動けない。けれど、ただそれだけ。

 時間だけが刻一刻と過ぎていく。そして、硬い底の靴が木の床を鳴らす足音が聞こえてきた。

「キース教官の見回りの時間だ」

 最悪なタイミングで教官の見回りが進んでいる。このコテージの周辺、廊下は屍が累々。そしてベッドの上にはミカサ。

 僕たちに明日どんなペナルティーが課せられるか分からない。特にミカサが会いに来たエレンはどうされてしまうか分からない。

 

『おっ、俺はもう……男女の愛では決して辿り着けない快楽に足を踏み入れてしまった。もう女なんて…………うっ! 昨夜の、記憶がぁっ!? やっ、止めてくれっ!? 俺の尻はそんなものを受け入れるようにはできて……エクスタシィ~~~っ♪♪』

 

 もしもエレンが教官の手により新しい快楽に目覚めてしまえば人類はミカサに滅ぼされる。どうすればその最悪なシナリオを回避できる?

 エレンが教官の“指導”を受けずに済む方法は……

「う~ん。むにゃむにゃぁ~」

 エレンが寝返りを打った。幸せそうな寝顔が視界に入ってきた。

「……大丈夫だから。エレンは僕が守る。守られてばかりの人生はもうごめんだっ!」

 僕はとある覚悟を固めた。

 

「舎内外の騒動及び負傷者続出の件について何か知っている者はいないか?」

 キース教官が室内に入ってきた。上は軍服、下は黒いブーメランパンツのみといういつもの格好だ。教官はいつものように見回りにやってきたのだ。

「あっ」

 ミカサは教官を見ながら小さく声を出した。ようやく教官の見回りという事態に気付いたようだった。顔をわずかに引き攣らせながら固まっている。

 彼女にしては珍しく生じた隙を僕は見逃さなかった。

「……ドライブシュート」

 僕はエレンの体を後ろ足に蹴って教官からは見えない角度でベッドから蹴り落とした。

「アルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマン。貴様ら、ベッドの上で何をしている?」

 キース教官の怒りの視線が僕たちを捉えた。

「えっ?」

 ミカサが驚きの声を上げる。

 今、僕の右腕はミカサによって抱きかかえられている。キース教官から見れば抱き合ってイチャイチャしているように見えるかもしれない。

「痛てぇっ!?」

 教官の視線が僕とミカサに集中しているおかげでエレンがベッドから落ちて床に叩き付けられたことにも気付いていない。

これはチャンスだった。僕はこの機を逃さずに一世一代の大芝居を打つことにした。

 

「恋人のミカサが訪ねてきたので……ベッドの上でイチャイチャしていましたっ!」

 

 僕は大声を張り上げた。

「「「えっ?」」」

 3方向から一斉に驚きの声が上がった。

「アルミンッ! 貴様は訓練兵団における規則事項を理解した上で女とベッドでイチャついていたと言うのかッ!」

 驚きの声の後に起きたのは教官の罵声だった。

「勿論ですっ! 僕とミカサは恋人同士ですからっ!」

 僕はもう1度大声で答えた。

「総……受け?」

 ミカサは瞳を白黒させながら僕を見ている。

「僕は……教官の罰を受けることを覚悟の上でミカサをこのベッドに招き入れてイチャイチャしていました。この件に関する全ての責任は僕にあります。罰するなら僕だけにしてくださいっ!」

「あっ」

 ミカサは短く息を呑んだ。

 僕の嘘の意味を理解したらしい。そう。ミカサの撃退に失敗した僕に残された最後の作戦。それは全ての罪を僕が被ることだった。エレンが教官の毒牙に掛かるという最悪な事態さえ回避すれば人類の滅亡は防げる。

 僕のお尻が犠牲となるぐらいで人類が救われるのなら安いもんだ。何故訓練兵団の敬礼が王に尻を捧げる構えなのかようやく分かった思いだ。

 

「ミカサ・アッカーマン。アルミンの話は本当か?」

 教官の鋭い視線がミカサを向いた。

 ミカサはベッドの下へと転落したエレンへと一瞬視線をやった。そして彼女は目を瞑って静かに答えた。

「はい。私は恋人のアルミンと親密な時を過ごすためにここにやってきました。罰を与えるのならアルミンだけにしてください」

 何も言わずともミカサは僕の計画に乗ってくれた。自分の責任まで全て僕に擦り付けてくれたけど。

「……そっ、そうだったのか。アルミンとミカサは……本当に付き合ってたんだ」

 ベッドの下から呟き声が聞こえた。僕とミカサの体がビクッと震える。エレンに今すぐ嘘ですって言いたかった。でも、それを言うわけにはいかない。それをしたら、何のために教官に嘘をついたのか分からなくなる。

 だから僕は、僕たちは黙っていた。

 

「アルミン・アルレルトッ! 貴様は今件の主犯として重い罰を与える。後で教官室まで来いっ!」

 教官の叱責の声が鳴り響く。

「………………はい」

 教官の言葉を聞く僕の心中は複雑だった。

 人類を滅亡の危機から救った。でもその一方で、僕はお尻を教官に捧げなくてはならない。それはやっぱりとても怖いことだった。

「と、言いたい所だが、貴様のようなナヨナヨした女顔の貧弱小僧では私のブーメランパンツは立体機動を描かんッ!」

 キース教官は自分の尻を叩いた。

「よって、アルミン・アルレルト。貴様は明日、夜明けから日が暮れるまで走り続けることを命じる」

 教官の大声が鳴り響いた。

「復唱はどうしたぁっ!」

「………………はっ、はい。アルミン・アルレルト。明日は夜明けから日が暮れるまで走り続けますッ!」

 大声で教官の命令を繰り返す。

 何だかよく分からないけれど、教官にお尻を捧げるという事態だけはなくなった。

 助かった。

 心の底からそう思った。

 

「クソッ! 女やアルミンが相手では私は立体機動できん。もっと筋肉ムキムキの逞しい男でなければ」

 教官は舌打ちしながら背を向けて室内を去っていく。

「廊下と舎外の騒動の責任を取らせてライナーとベルトルトの両名を教官室に呼んで足腰立たなくなるまで足腰立たなくなるまで男として鍛え直してやる」

 何かとても不穏当なことを述べながらキース教官の姿は見えなくなった。

****

 

「礼は言わないわよ」

 教官が去ってしばらく過ぎてからミカサはようやく口を開いた。

「僕は人類の明日のために一芝居打っただけだよ。別にミカサのためじゃない」

「そうね」

 ミカサは無表情に言いながらベッドの下を覗き込んだ。

「あれ? エレンがいない?」

 僕も目線を下へとやる。確かにエレンの姿はなかった。

「エレンはきっと……私が総受けと恋人同士という天地がひっくり返ってもあり得ない嘘を信じてショックを受けたのね。私は髪の毛1本から爪の先まで全部エレンのものなのに。今、誤解を解くわっ!」

 ミカサはベッドを飛び降りるとそのまま駆け去ってしまった。

 

「エレン……そろそろ出てきたら?」

 下に向かって呼びかける。

「…………ああ」

 偽装用の板を外してベッドの下の空間からエレンが出てきた。

 男子部屋には突然の抜き打ち検査に対応するために色々なブツを隠しておく秘密の空間が幾つも存在している。ベッドの下にも偽装した収納スペースがある。エレンはその中に隠れてミカサをやり過ごした。

「あの、エレン。勿論分かっていると思うけど、さっきのはキース教官を……」

「アルミンは……やっぱりミカサと恋人同士だったんだな」

 僕の話はエレンのとても暗い声によって遮られた。

「アルミンは……ミカサのことが……好きなんだな」

「えっ? エレン、何で泣いて?」

 エレンは大粒の涙を流して泣いていた。

「悪い。ちょっと夜風に当たってくる」

「あっ! 待ってよ、エレンっ!?」

 僕の制止も聞かずにエレンは部屋を飛び出していってしまった。

「エレンはどうして泣いたんだろう?」

 僕には分からないことだらけだった。

 でも、エレンの泣き顔は僕の脳裏に強く焼きついて離れることはなかった。

 

 了

 

 


 
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