No.586355 とある 進撃のミサカ2013-06-12 00:17:14 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:2347 閲覧ユーザー数:2288 |
とある 進撃のミサカ
新暦2年8月15日
「ようやく……現れたわね。待っていたわよ」
ヤツの突然の出現に対しミサカだけは異なった反応をみせていた。彼女の瞳は怒りの炎を宿しながら全長が60mを越す超大型巨人を睨みつけている。
「固定砲整備1班っ、戦闘準備ッ! 目標は眼前、超大型花環巨人ッ! これはチャンスよ。絶対に逃しちゃダメッ!」
俺たちの前に1年ぶりに姿を現した超大型花環巨人。それなりに穏やかだったはずの俺たちの日常を一変させた悪夢の元凶。絶対に許せない滅ぼすべき怨敵。
そんな超大型巨人はミサカにとって大切な人の仇でもあった。
「アンタだけは……アンタだけは、私がこの手で倒すッ!!」
ミサカは腰を落として戦闘態勢に入る。
┌(┌^o^)┐ 「ホモォオオオオオオオオオオォッ!!」
だが、超大型巨人はミサカや俺たちを相手にしなかった。奴は現れるや否や視界が全く効かなくなるほどの凄まじい量の湯気を全身から激しく噴出した。
そしてその大量の蒸気は俺たちにとって致命傷となりかねないものだった。
「うわぁああああああああああぁっ!?」
巨人が湯気を噴出した次の瞬間、俺の体は宙に吹き飛ばされていた。俺だけじゃない。門の上で砲台整備をしていた俺たち全員が蒸気の圧力で空中へと投げ出された。
それは高さ50mの壁上からの自由落下を意味していた。
「って、こんな所で墜落死なんてしたら不幸だなんて言葉も二度と言えなくなるっての!」
俺は空中に投げ出された状態から腰の部位の機械仕掛けの2本のワイヤーを発射。アンカーを壁に打ち込んで引っ掛かり空中にぶら下がる。
学園都市が新開発した立体機動装置のおかげで激突死だけは免れることができた。この1年間の訓練の賜物で俺や他の隊員たちは全員死なずに済んだ。
「クッソ! 超大型花環巨人がいるってのに……俺は空中ブランコしかできねえのかよ」
けれど、俺たち整備班の大半は宙吊りになっているのが精一杯の状態。巨大な壁を登りきらないことには何もできない。装置を操りながらワイヤーを引っ掛け壁上を目指す。
けれど俺たちのそんな逆境の最中、ミサカだけは違っていた。
「こんなにも早く……アンタへの復讐の機会が訪れるとはね。この幸運に感謝しなくちゃ」
ミサカは磁場を操って両足で壁に張り付いていた。そして立体機動装置と両足を使って壁の上へ向かって凄まじい速度で駆け上っていく。文字通り壁を走っていた。
ミサカは電磁場を操ることで立体機動装置と同等の三次元移動を可能にしている。その彼女が立体起動装置を利用しながら動くのだからその速度は尋常ならざるものになる。
ミサカの機動力は一般の治安部隊(セキュリティ・フォース)の3倍ともそれ以上とも言われている。治安部隊最強と名高い彼女の実力は伊達じゃない。
ミサカは壁を瞬く間に登りきり壁から頭だけを覗かせている超大型花環巨人と対峙した。
「あれから1年。アンタだけは、アンタだけは絶対に許さない。このぉ……妹の仇がぁあああああああぁっ!!」
ミサカは怒りの表情と共に能力を発動。その両手に砂鉄を集めて精製した2本の剣を構える。
ミサカの砂鉄剣は俺たち一般警備部隊員が支給されている学園都市特製の超合金剣の切れ味を遥かに上回る。それでいて形も変幻自在に変えられる対巨人戦用に特化した武器だった。
「行くわよッ!!」
ミサカは2本の剣を構えて厚さ10m以上を誇る壁の上を駆け抜けていく。それに対して規格外の大きさを誇る超大型の女型巨人は
┌(┌^o^)┐ 「ホモォオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
唸り声を上げながら右手で壁の上に設置されていた固定砲台をなぎ払った。
「何だよ、それ……」
巨人の行動は予想外のものだった。狙われたのはミサカではく砲台。数百キロあるはずの砲台がまるで紙おもちゃのように軽く吹き飛ばされていく。その光景を俺たちは息を呑みながら見ていた。
「チッ! アイツが砲台を狙ったのは偶然じゃないわね」
ミサカの舌打ちが大きく鳴り響く。
人間を襲うことにしか興味がないはずの巨人が人類側の武器を優先してなぎ払う。ミサカはこの出来事を偶然とは見なさなかった。
「やっぱりコイツ……知恵があるわッ! ということは……っ!!」
ミサカの視線が地面へと向けられた。
「壁に穴が開いてるっ!」
高さ50m、厚さ10m超を誇る巨大な壁に大きな穴が生じていた。
より正確には壁の開閉扉が巨人の足蹴りにより破られていた。第六学区の中央部とその内外を分ける扉が巨人によって開けられてしまった。
この超大型巨人は開閉扉部分が強度的に問題があることを知っていた。そしてその開閉扉の上の砲台を破壊することで、これからやって来るであろう他の巨人たちに対する俺たちの迎撃能力が格段に落ちることも知っている。
少なくともこの巨人には知恵があるのだ。コイツは他の巨人のために道を切り開いた。
「クソッ! また1年前の二の舞かよっ!」
思わず舌打ちが漏れ出た。超大型花環巨人の手により壁がぶち破られる。1年前にも味わわされた絶望の風景。
開閉扉をぶち破られたことで壁の外をうろついている巨人どもが第六学区右地区内に侵入できるようになってしまった。
学園都市2時の方向に位置する第六学区は1年前の巨人の侵攻で学区の左半分を失い、今日の侵攻でまた残りの西半分を失うことになりそうだった。
いや、失うのが第六学区だけに留まればまだいい。第六学区と学園都市の中心部に位置する第五学区へと通じる門まで打ち破られてしまえば俺たちはこれ以上逃げる場所さえも失ってしまうことになる。それだけはあってはならない事態だった。
「けど、壁を突き破る力を持っているのがコイツだけならッ! コイツさえ倒してしまえば……行くわよッ!!」
「ミサカッ! 単独行動は危険だぞッ!」
俺が必死になって壁の上へと登りきった時、ミサカは既に超大型花環巨人に向かって攻撃を開始していた。
「ホモォオオオオオオオオオォッ!!」
今度はミサカに向かって巨人の巨大な手が伸びていく。指の1本1本が彼女よりも大きい。捕まれば一瞬で潰されてしまいそうな破壊力を秘めている。
「規格外の超大型? それが何だって言うのよッ!!」
けれどミサカは一切怯むことなく巨人の腕に自らの体を擦り寄らせていく。ギリギリの所で迫り来る巨人の手を回避しながら手首を通り抜けて上腕部へと着地。下手な橋よりも太くて大きな腕を駆け上っていきながら巨人の首を目指す。
どれだけ傷つけられても次々と再生を果たしていく巨人の唯一の弱点がうなじだった。首後ろの中心線を切られた場合のみ巨人は再生を果たすことなく絶命する。
首後ろに回り込んでの一撃は人類が巨人を打ち倒すことができる唯一の方法だった。この1年間で多くの犠牲を払いながら人類が会得した巨人討伐法。
しかし、うなじへの一撃はミサイルなどではなく人間が直接打ち込むものでなければ致命傷にはならない。人が命を賭けない限り、巨人を絶命させることはできない。
「この巨人……やっぱり動きが鈍い。これなら……一気にいけるっ!」
超大型花環巨人に強い恨みを持つミサカは自分の命の危険さえまるで顧みずに巨人のうなじを目指す。
彼女は大きく変わってしまった。1年前のあの日、彼女がとても大切な人を目の前で失ってしまったあの時から。
「ヨシッ!」
ミサカは俺にはとても真似できない俊敏な動きで巨人の体を伝って背後へと回り込む。
巨人はその巨体の割には相当に俊敏。特に人間を捕まえて食らう際には目にも留まらぬ腕の動きを見せる。けれど、この大きすぎる巨人はさすがに動きが俊敏ではないらしい。
ミサカはその点に勝機を見出していた。ミサカは立体機動装置を使って大空を舞いながら2本の剣を大きく振りかぶる。
「妹の、御坂10032号の仇……覚悟ぉおおおおおおおおおぉっ!!」
ミサカは自分の体を弾丸にして巨人のうなじに飛び込んでいく。
ミサカの剣の切っ先は確かに超大型花環巨人のうなじを捕らえていた。人類最大の脅威が1人の少女の活躍により駆逐される瞬間が迫っていた。
俺たちはその瞬間を興奮をもって見守っていた。しかし──
「きゃぁあああああああああああぁっ!?!?」
巨人はまたも全身から激しく蒸気を吹き出した。その蒸気によってミサカの体が大きく宙へと投げ出される。攻撃は失敗に終わってしまった。
蒸気の中に巨人の姿が隠れていく。ミサカが態勢を立て直して壁上に着地する。ミサカが剣を構え直した所で霧が晴れる。
「えっ? 消えちゃった? 嘘……どうして?」
すると、既に巨人の姿はどこにもなくなっていた。まるで最初から存在していなかったように。けれどぶち破られた門、なぎ倒された砲台が奴の存在を確かに証明していた。
そして奴の痕跡は俺たちに次の事態への緊急対処を急かした。
「ミサカ。怪我はないか?」
「ええ。アイツを仕留め逃したのが最高に悔しいけれど」
ミサカは本当に悔しそうに下唇を噛んだ。
「今は討ち漏らした巨人の行方を追うよりも、本部に急いで報告だ。第六学区内の人間をすぐに第五学区に避難させないとな」
「当麻の言う通りね。1年前みたいな悲劇を繰り返させるわけにはいかないわ」
ミサカは頷いてみせた。
巨人は人間のいる所を嗅ぎ分ける力に優れている。今その姿は見えずとも、すぐにこの破られた穴から巨人が人間を求めて入ってくることは間違いない。
この穴をすぐに塞ぐ技術が学園都市の科学力をもってしてもない以上、巨人の侵入は確定的。この学区は放棄するしかなさそうだった。
けれど、この学区に住む住民全員を安全に避難させるためには時間を稼ぐ必要がある。そして時間を稼ぐとは──
「早く報告に行くぞ。そして巨人どもとの戦闘準備だっ!」
俺たちがこの命を賭けて巨人たちと戦って食い止めるしかない。
「おい、ミサカ?」
ミサカからの返事がない。不審に思って彼女の顔を覗き込む。
「超大型花環巨人……ナノ巨人……あの2体だけは絶対に許さないっ!」
ミサカは怒りに燃えながら今は人類の手から失われてしまった壁の外側を睨んでいた。
俺たちと巨人との戦いはまだ始まったばかりだった。
201×年8月15日 または 新暦元年8月15日 ①
「夏の祭り会場も人で溢れていたが……学園都市の入口もまた何時間待ちって感じなのかよ。はぁ~不幸だ」
前方に並んでいる人の列の尋常ならざる長さを見て思わず大きなため息が漏れ出る。
学園都市の内外を分ける唯一の大型ゲート前には東京ドームを満員にできる以上の学生たちが長蛇の列を成していた。
「仕方ないでしょ。東京湾岸部の夏の祭りには学園都市の学生が何十万人も参加する。そのほとんど全員がほとんど同時に同じ所へと帰っていくんだから列ができるのは当然のことでしょうが」
右隣のミサカが俺の愚痴に対して非難の声を上げる。
ミサカの指摘自体は間違っていない。この列を成しているのはほぼ全員が夏の祭りの凱旋組。祭りが午後4時で終了して会場にいた学生たちが学園都市前に戻ってきているのだ。
それは俺も分かる。理解できる。でも、でもだ。
「けど、今日は1日中売り子やってたんだぜ。体力なんてもうないっての」
俺は今日、初春(&春上)、佐天さん、操祈ちゃん、御坂妹の系4つのサークルの売り子を代わる代わる手伝っていた。そのせいで無茶苦茶疲れた。ていうか俺には人権がない。
「売り子をして体力がないのはみな同じです。自分だけ疲れているように言わないでください。と、ミサカは目の前に広がる列を見てウンザリしながら言います」
ミサカの更に右にいる御坂妹こと御坂10032号が大きく首を横に振った。
「けどよ、売り子の中で俺だけがサークルチケットがなくて始発出発だったんだぞ」
今朝は朝3時半起きだった。夏休み中は昼近くまで寝ていた俺としてはきつかった。
「ああ。それはお姉さまが上条さんのチケットを預かっていたのですが、例によって例の如くいつものツンデレを発症させて渡せなかっただけです。非は全てお姉さまにあります。と、ミサカは上条さんが無駄に疲れることになった原因を暴露します」
「ツンデレなんかじゃないわよっ! たまたまっ! たまたま当麻にチケット渡すの忘れちゃっただけなんだから! 誤解を招くようなことを言わないでよ!」
「たまたま? 私がチケットを上条家に届けようとした所、私の手から強引にチケットを奪い去ったのはお姉さまなのに? と、ミサカは上条家を訪れる絶好の機会が1度減ってしまったことを根に持ちながら真相を語ります」
「アンタは余計なことを言うなぁ~~っ!」
ワイワイガヤガヤと姉妹喧嘩を繰り広げる2人。激しく争っているのにどことなく微笑ましく見えてしまうのは2人の絆の深さゆえか。
「とうま。何かとってもエッチぃ顔でJCどもを眺めてるんだよ。不潔なんだよ」
俺の左隣で恨みがましい瞳を向けてきたのはインデックスだった。いつも通りの修道服にもかかわらず写真撮影を何度もお願いされていた偽コスプレイヤーだった。
「それに今日はお祭りだって言うから美味しい屋台がたくさん出ていると思ったのに……食べ物屋は少ないし、あっても人の山でろくに食べられなかったんだよ。お腹空いたぁ~~~っ!!」
インデックスは俺をキツい瞳で睨みつけてくる。その瞼には涙まで滲ませながら。
「とうまがお弁当をちゃんと作ってくれていれば、わたしはひもじい思いをせずに済んだんだよっ! ぎぶ・みー・ごはんなんだよぉっ!!」
「そんなこと言われても朝4時出発でお弁当とか無理だから! 朝ごはんの支度を夜の内にしてあげただけでもありがたく思ってくださいっての!」
「朝ごはんなんて朝起きた瞬間になくなったんだよ! 人間は規則正しく1日8度の食事を欠かさずに取ることが重要なんだよ!」
「食いすぎだ、それはっ!」
俺とインデックスの漫才も続く。
姉妹喧嘩と食いしん坊漫才は続いている。けれど、列はなかなか前へと進んでくれない。
「何かやたらと詰まってないか? 全然進んだ気がしないんだが」
500m以上前方のゲートを凝視しながら頭を掻く。
「学園都市が最近警戒レベルを最高ランクに引き上げたからでしょう。部外者が入らないように警備が厳しいでしょうねえ」
ミサカが瞳を細めて答えた。
「そういや最近、都市内にやたらと大きな壁を作ってるもんなあ」
学園都市はどこかと戦争でも始めるつもりなのかやたらと防衛施設の強化に努めている。特に防護壁の建設が著しい。
学園都市は東京都西部に存在する直径30kmほどの円形状の要塞都市だ。
要塞都市というのは、学園都市の外周が高さ50m、厚さ10m以上、長さ約100kmの特殊合金でできた巨大な壁ウォール・アカデミアに囲まれていることから冠せられた名称。
けれど最近は学園都市の内部に更に複数の壁が作られている。
23ある学区の外周沿いに存在する区である第三、二〇、一七、二一、一三、二、一〇、一一、一二、一九、一四学区、それから二三と六の一部区画とその内部を分けるウォール・サイエンス。
学園都市の中心部に存在する第一学区及び八、七、五、一八学区の一部を囲んだウォール・アレイスター。
ウォール・アカデミア、ウォール・サイエンス、ウォール・アレイスターの3大防壁によって学園都市は守られている。
更に各学区、工場地帯、空港、風紀委員・警備委員養成所、水源、農場施設などが別途に壁で仕切られている。そして地下道が無数に張り巡らされている。
その物々しい補強に対して学園都市は近々どこかと戦争を開始するのではないかと憶測がここそこから立っている。
「学園都市は今度は一体どこと戦争する気なのかねえ? 上条さんは平和が一番だと思うんですがねえ」
「壁なんか補強しても、上空からの爆撃やミサイルには無力だものねえ。相手は鶏かダチョウかなんかじゃないの?」
ミサカがやる気のない瞳で列前方を見ながら大きく息を吐き出した。
「だよなあ。壁を幾つも張り巡らした所で空からの攻撃には無意味だしなあ」
学園都市が戦争相手と想定しているのは国家やそれに準じる力を持つ軍事組織ではないと考えられる。一番可能性が高いのは飛行機などの科学技術を嫌う魔術サイドの原理主義派などだが……。
「下手な考え休むに似たり。どんな敵が攻めてこようとお姉さまと上条さんがいる限り私の安全は保証されています。と、ミサカは自分の安全を絶対の信頼下に最優先に語ります」
御坂妹が俺の肩にそっと手を置いた。
「まあ、どんな相手だろうがこの右腕で幻想ごとぶち殺してやるから安心しろってな」
御坂妹に笑って微笑みかける。
「アンタの右腕は相手が能力者か魔術師でないと無力じゃないのよ」
「そん時はミサカのレールガンが全部を吹き飛ばして解決してくれるだろ」
「レールガンを使わないといけないような事態にはなって欲しくないわね」
何となく嫌な予感が漂って空を見上げる。夕暮れが眩しい。
「そう言えば白井や佐天さんたちはどこにいるんだ?」
気分転換に別の話題を振ってみる。
「黒子は祭りの運営側だから会場に残って撤収作業をしているはず。佐天さんたちは春上さんのために少し東京湾岸見物してから帰るって」
「なるほどな」
同じ祭りに参加してもその後の過ごし方は異なる。俺の場合は横で「お腹が減ったんだよ」と連呼する少女シスターのために早期撤収。そうしたら御坂姉妹も一緒に帰ることになったのだった。
「夏の祭りの打ち上げは後日みんな揃った時にすれば良いと思います。と、ミサカは本日の売上でみなさんにご馳走する計画をぶち上げます」
普段は表情に乏しい御坂妹が笑ってみせた。
「そうだな。またみんなで楽しい時間を過ごそうな」
御坂妹がみんなと過ごす時間を楽しんでくれている。それは俺にとってもミサカにとっても嬉しいことだった。
こんな時間がずっと続けば良い──
そう心から思った。
そんな時だった。
アイツらが、俺たちの幸せを全部ぶち壊したアイツらが突如現れたのは。
201×年8月15日 または 新暦元年8月15日 ②
「きゃぁあああああぁっ!? 嫌ぁあああああああああぁっ!!」
ソレ、いや、ソレらが現れた時、俺たちの初動は遅れに遅れた。
俺たちには何が起きたのか最初はよく分からなかった。
「騒々しいけれど何かあったのかしらね?」
「誰か路上パフォーマンスでもやってるんじゃねえのか? みんな暇だし」
祭りの余韻で学生たちが大騒ぎしているぐらいにしか思わなかった。
でもその声に悲鳴が含まれるようになって、物が踏み潰される音、何かが砕ける音が聞こえるようになって。それが何箇所もから聞こえるようになって。
それでおかしいと思って悲鳴が上がった地点の1つに駆け寄ってみた。
そうしたら──
「なっ、何だよ、コレはっ!? 何なんだよ、あの人型の化物はっ!? どっから湧いて出たんだよ!?」
体長5m以上の巨人、としか言い様のない存在が奇声を上げながら人間を襲い……捕まえて食らっていた。 正体不明の巨人が突如出現して人間を襲っている風景に俺たちは出くわしてしまったのだ。
巨人の外見は嫌になるほどに人間に似ていた。ただ1つ、見ていると不快感を催す醜悪な雰囲気をまとっていることを除いて。
奴らは全裸でたまにメガネを掛けている個体がいる。男もいれば女もいる。
「モェエエエエエエエエェッ!!」
「ユリィイイイイイイイィッ!!」
「ホモォオオオオオオオォッ!!」
人類には理解不能な耳障りの悪い不快な奇声を上げる。
そして、そして──
「いっ、嫌っ! 食べないでっ! 私は美味しくないから……嫌ぁあああああああああああああぁっ!!」
奴らは……人間を捕まえて、人間よりも比率の大きな口を開いて……一呑みにしやがった。人間が咀嚼されて全身の骨と肉が砕かれていく気持ち悪い音が鳴り響く。
巨人によるそんな信じ難い蛮行が学園都市ゲート前のあちこちで起こっていた。巨人は確認できただけで50体以上、多分100体以上がこのゲート前にいた。
「テメェ……何者か知らねえが……絶対に許さねえッ!!」
俺は怒りを爆発させながら手近な巨人に向かって全力で突っ込んでいく。
「当麻っ! 正体不明の敵に正面から突っ込んでいくなんて無謀よっ!」
「どうせコイツらは魔術か能力で巨大化した人間か動物かなんかだろっ! だったら俺の幻想殺しで無効化できるはずだっ!」
ミサカの心配を振り切って全力で巨人の背後に回る。そして俺の胴回りより遥かに太い奴のふくろはぎに渾身の力を込めて右手を押し付けた。
「人間を食い散らかしても良いなんて言う……お前の幻想だけはテメェの肉体ともどもブチ殺すッ!!」
俺は巨人に掛けられている能力だか魔術が解ける瞬間を待った。しかし──
「何で巨人化が解けねえんだよっ!?」
何度も何度も右腕を巨人の足へと押し付ける。けれど、巨人は何の肉体的変化を示さない。それは俺の今までの経験上絶対にあり得ないことだった。
「何でだよっ! 俺の右腕は世界だって救ってきたんだぞっ!」
更に激しく右手を押し付ける。この巨人どもを倒すには絶対に俺の右腕の力が必要なはずだった。なのに、なのに……。
「あ……っ」
俺の攻撃が効かないで突っ立っている間に巨人が振り返ってしまった。
メガネを掛けたやたら暑苦しそうなデブ体型の全裸巨人は見るからに醜悪だった。存在そのものが犯罪。その醜悪は、今度は俺を標的に腕を伸ばしてきた。
「えっ? あ、お……っ」
巨人の醜悪さ、大きさに俺の脳は一瞬麻痺した。逃げなければと分かっているのに体が動かない。
迫り来る巨大な腕に対して俺は自分が人形にでもなってしまったかのような感じだった。
このまま捕まって俺もあの女学生の様に食われるのか?
そんな心配だけ脳の片隅で冷静に行っていた。
「当麻ぁあああああああああぁっ!!」
捕まる。そう覚悟した瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。
ミサカが電撃を放ったのだと気付いたのは、巨人が黒焦げになって地面に崩れ落ちてからだった。
「どうやら……電撃は通じるらしいわね」
全身を放電で光らせながらミサカは語った。
「当麻っ! ボサッとしていないで、みんなを学園都市内に避難させないとっ!」
ミサカは怒鳴った。
「…………ああ。そうだな」
一瞬遅れて答える。
「アンタは誰よりも戦闘体験に長けている。みんなをウォール・アカデミア内に誘導できるでしょ」
「…………ああ」
釈然としないものを感じながらも頷く。
「じゃあ、当麻と妹、それからシスターには学生たちの誘導をお願いするわね」
「はい、分かりました。と、ミサカはお姉さまの言葉に素直に従います」
「ミサカはどうするんだよ?」
胸の鼓動が何故かざわめく。
「コイツらには少なくとも電撃が効いている。私はみんなが逃げ切るまでの時間をこの巨人どもを倒しながら稼ぐわ」
「待て……そういうのは俺の……」
「行きましょう、上条さん。適材適所の役割分担が今は1人でも多くの人命を救うために必要です。と、ミサカは上条さんの腕を掴んで行動を制します」
御坂妹が俺を掴む手は力強かった。
「…………分かった。巨人退治は任せたぞ」
「ええ」
ミサカは力強く頷いてみせた。
その笑みはとても頼もしい。なのに、俺の胸のざわめきは止まらない。
「お姉さま。あれをご覧下さい」
御坂妹は俺の腕を掴んだまま黒焦げになった巨人を眺める。巨人の躯を……。
「「えっ?」」
死体となったはずの巨人が微かに動き始めた。
「コイツ、まだ死んでないの?」
ミサカが喋っている間にも巨人の震え、動きは大きくなっていく。
「お姉さまっ! もう1度電撃をお願いします。と、ミサカはボサッと見ているなと注意します」
「そ、そうね」
ミサカはもう1度大きな電撃を放った。
黒漕げだった巨人は原型を留めないぐらいに炭と化した。
しかし──
「コイツっ! 不死身なのかよ?」
まともな形も取っていないくせにこの巨人は微かに動きを見せている。
「不死身かどうかは分かりません。けれど、お姉さまの電撃は時間稼ぎにしかならないことだけはハッキリしました。この上は一刻も早い学生たち全員の避難が重要です。と、ミサカは現状を分析しながら最善の案を提案します」
「…………そうね。電撃で丸焦げにしても10分ぐらいで復活しそうな勢いだわ」
ミサカは舌打ちしてみせた。
「当麻……私が巨人を殺し尽くせるなんて希望を持たないで一刻も早くみんなをゲート内にっ!」
「ああ」
俺が頷いたのを見ると、ミサカは複数の巨人が暴れ回っている地点へと向かって駆け出していった。
「とうま……大丈夫?」
走り去るミサカを見ていると隣のインデックスが辛そうな表情で話しかけてきた。
「大丈夫って何がだ?」
「それは……」
インデックスは口篭った。
「上条さんの今成すべきことは避難誘導です。人命を預かるとても重要な役割です。早く行きますよ」
御坂妹は俺の手を取ると走り始めた。
インデックスも慌てて付いて来る。
「今の上条さんはきっと以前の私と同じなのだと思います。と、ミサカは走りながら呟きます」
悲鳴と怒声が飛び交う中をゲート前へと向かって駆けていく。
「同じって?」
「自分の無力が恨めしくて仕方ないのです。お姉さまと共に戦う力がない自分が情けなくて泣きたいのです」
「…………その通りだよ」
御坂妹の言う通りだった。
「こういう状況下で戦うのはいつも俺の役目だった。俺の右手は戦況を変える力を持っていた。でも、今は違う。俺には何の力もない。戦闘に参加することもできない。それが……悔しいんだ」
今まで俺が戦ってきたのは魔術サイドか科学サイド。またはその両方だった。
科学サイドにしろ魔術サイドにしろ、俺の右腕は奴らの力を掻き消せた。だから、俺が戦場で活躍できる余地はいつもあった。俺はいつしか戦場で駆け巡り戦局を変えていくのが当たり前だと思っていた。
でも、今みたいに俺の右腕の力が効かない相手だと……無能力者である俺は自分の無力を痛感するしかない。
「ですが、上条さんはこの阿鼻叫喚の地獄においても冷静でいます。戦場で培ったその度胸を今は1人でも多くの学生たちを救うことにお使いください」
「御坂妹……」
御坂妹は走りながら俺の右手を強く握った。
「そうだよ。わたしだっていつも戦いではお荷物にしかなっていないもん。でも、そんなわたしにだってできることはある。今はそれをやるべきなんだよ」
「インデックス……」
インデックスも俺の左手を強く握った。
「そうだな」
力強く頷いてみせる。
「巨人に対抗する技術はいずれ明らかになるかもしれない。そうすれば俺も巨人と戦えるかもしれない。でも今は、戦う術がないことを嘆くよりも1人でも多くの命を救わなくちゃな」
俺が戦いの主役でいることに固執している場合じゃない。
大事なのは今絶望に陥ろうとしているここの学生たちの命だった。
「よっしゃ! ゲート前にいる人間を全員無事に学園都市内に誘導するぞ」
「うんっ。なんだよ」
「はいっ。と、ミサカは力強く頷いて返します」
避難民を救うための俺の命懸けの戦いが始まった。
201×年8月15日 または 新暦元年8月15日 ③
「コイツらは一体……何なの?」
目の前に広がる異様な光景を見て私の額からは汗が吹き出て止まらない。
私の目の前にいるのは……巨人。ではない。
巨人に食われて咀嚼されて口から吐き出された人間の死体。だったはずのもの。
その死体だったはずのモノが立ち上がって動き始めていた。
「あの巨人はゾンビを生み出すってワケ?」
今私の目の前に立っているのは私が助けられなかった中学生少女。駆けつけるのが遅れて私の目の前で巨人に食われた。
私はこの耳で彼女の全身の骨が砕かれていく音を聞いた。彼女が生きているなどありえなかった。
なのに、なのに……今現実に彼女は動いている。
「あ、あの……大丈夫?」
声を掛けてみる。いや、さっきから何度も声を掛けている。けれど全く反応はない。左右にフラフラ揺れながら歩いているだけ。
近寄って介抱したものか迷う。けれど、私の勘は告げていた。彼女に近寄るべきでないと。そして、彼女は食われて吐き出されてから初めての言葉を喋った。
「ホモォオオオオオオオオオオオォッ!!」
それは言葉というか奇声だった。彼女は一度その奇声を上げ始めると、何度も何度も奇声を上げ始めた。
彼女の周りで同じようにして巨人に食われた少年少女が立ち上がって奇声を上げ始める。
まったく意味不明だった。でも……。
「これ以上長居は無用みたいね」
今の私に巨人に食われておかしくなった彼女たちをどうにかできるとは思わなかった。
可哀想だと心の中で思うものの、今生きて巨人から逃げ回っている学生たちを助ける方が優先だった。
私は彼女たちを見捨てて暴れ回る巨人を狩りに入った。
「コイツら……回復能力が高すぎだっての」
30分後。私はゲートにかなり近寄った地点での防衛戦に移行していた。
私の電撃では巨人を殺しきることはできない。それは結局時間の経過と共に、より多くの巨人が学生たちの避難でごった返す学園都市ゲートへと集中していく事態になった。
この30分ほどの戦闘によって幾つか分かったことがある。
1つ目は、巨人は人を狙い、人が集まる方角に向かって歩を進めること。
2つ目は、巨人の回復力が非常に高いこと。人間なら致命傷レベルの傷が5分ほどで治ってしまう。
そして3つ目は、私では倒し切れないはずの巨人の中の何体かは完全に朽ち果てたこと。完璧な不死生物ではないらしい。
倒れた巨人に対して私の能力の余波で生じた瓦礫が降り注いだり、一部の勇敢な学生たちが波状攻撃を仕掛けたことで巨人は死に切った。
けれど、どんな条件を満たすと巨人が死に切るのか私にはまだ分からない。検証している暇は今ない。
またその検証には人命が代償に支払われることになる。実際、波状攻撃を仕掛けた学生の何名かは巨人に食われた。もう人が死ぬのは見たくない。
だから私は巨人を殺し切ることよりも足止めに専念している。
「…………お姉さま。学生たちの学園都市内への退避が完了しました。お姉さまもゲート内部にお逃げください。と、ミサカは息も絶え絶えなお姉さまに声を掛けます」
「あっ」
気が付けば妹が横に来ていた。肩にライフルを担いだ状態で。
「アンタ、その銃どうしたの?」
「警備員(アンチスキル)の方々が派手にやられたので、放置されていたのを拝借しています」
妹は銃を構えてみせた。
さすが人類最強の男との戦闘を1万回繰り返したデータが蓄積されているだけあって様になっている。アンチスキルよりも銃撃は上手だろう。
「そんな銃で巨人に通じるの?」
「目潰しにしかなりませんね。と、ミサカは銃口を常に巨人の目に向けていたことを明らかにします」
「そっか」
周囲を見てみると、アンチスキル用の車両が何台も横転して転がっている。
アンチスキルの武装では巨人たちに勝てなかったらしい。ゲートの前及びゲートの中でバリケードを築いている部隊が現在戦える最後の戦力っぽい。銃弾をいくら発射しても巨人には敵わないというわけか。
「緊急出動してきたアンチスキル部隊は軽火器のみの武装でした」
「そう」
「アンチスキルは最後には装甲車により巨人をひき殺すことを意図しました。しかし15m級の巨人に止められてご覧の通りです。と、ミサカはアンチスキル惨敗の歴史を語ります」
「対人戦闘用に特化した彼らじゃ巨人の相手にはならないってことか」
銃撃の弾幕で人間を制圧することを基本戦術とするアンチスキルでは巨人戦には向かない。銃よりも強力な火力か能力で巨人とは戦わないとダメ。巨人との戦いには新しい戦闘組織が必要なのかも知れない。
「とにかくお姉さま。これ以上ここにいても無意味です。私たちも早くゲート内に退避しましょう。でないと、ゲートが閉じられてしまいます」
妹はゲート前を見た。
装甲車をバリゲート代わりにし、機動隊の盾を幾重にも重ねて守っている部隊が段々後退している。
妹の言う通りにゲートを閉じてしまう気に違いなかった。
「そうね。早く行きましょう」
妹とゲートに向かって駆け出す。
ウォール・アカデミアのゲートは二重構造になっている。
外からやってくる者のチェックと、中から外へ出ようとする者のチェックをそれぞれの出口付近で行っている。どちらも緊急時には超合金製のシャッターを下ろして閉門できるようになっている。
従って中の20mほどの通路を挟んで2枚の開閉式扉が学園都市と外部を遮断している。『Ⅱ』のように通路を挟んで2枚の扉がある。
1枚目の扉に向かって妹と2人で駆けていく。門は段々と閉じていっている。
でも、このペースなら間に合う。ギリギリ門をくぐり抜けられる。そう確信を持っていた時だった。
「えっ? 嘘? 何……あれ?」
私は自分の目を疑うしかなかった。
┌(┌^o^)┐ 「ホモォオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
ウォール・アカデミアを超えるんじゃないかと思うぐらいの全長を誇る超大型巨人が突如私たちの目の前に出現したのだから……。
****
201×年8月15日 または 新暦元年8月15日 ④
「幾ら巨人って言ったって……あれは大きすぎでしょ。ゴジラじゃないんだから……」
突如目の前に出現した頭に花環を付けた全長50mを越す女型巨人。
今までとはあまりにもスケールが違いすぎる巨人の出現に私は唖然とするしかなかった。
「…………ミサカっ! 早くゲート内に逃げ込めっ!」
ゲートの内側から当麻が私を呼ぶ声が聞こえた。でも、私は先ほどの当麻みたいに体が硬直して動かなくなっていた。
私は超大型花環巨人に恐怖と絶望を抱いていた。まるで初めて一方通行と戦って一方的な敗北を喫して萎縮してしまった時みたいに。
それが、取り返しのつかない悲劇を生むことになった。
┌(┌^o^)┐ 「ホモォオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
超大型巨人の大きすぎる手が私に向かって伸びてきた。
あれに捕まれば食われるまでもなく握り潰されてしまう。そんな簡単なことは誰にだって想像できる。
逃げなきゃいけない。逃げなければ死ぬだけ。でも、でも体が動かない……。
当麻の力が通じない相手だから私が代わりにと張り切ったけれど……やっぱり私では力不足だったらしい。
レベル0の癖に人類最強の男に勝ってしまうような奇跡は……私には無理なのだ。
「ごめん……」
多分人生最期になるだろう言葉を発する。誰に対する何の謝罪なのかも分からない言葉が私の最期の──
「ごめんで済んだら警察は要りませんよ。と、ミサカはお姉さまを全力で突き飛ばします」
超大型巨人の指が目の前に迫ったその時だった。
私は妹のタックルを受けて大きく弾き飛ばされた。
そして、私の代わりに超大型巨人に捕まったのは妹の方だった。
「あ……っ」
妹がクレーンに引っ掛けられるようにして大空へと持ち上げられていく。
「ヤレヤレ。お姉さまを突き飛ばして自分も指を掻い潜ろうと思いましたが……上手くいきませんでした」
妹は大きく息を吐き出す。
その間にも妹の体は更に空高くへと持ち上がっていく。やがて妹は超大型花環巨人の口の高さまで登らされた。
巨人は、妹を覗き込みながら大口を開いた。
「上条当麻さま……お姉さまのことをよろしくお願いします。至らぬ所も多い人物ですが……私にとっては最愛のお姉さまですので。と、ミサカは上条さんとお姉さまを見ながら人生最期の笑みを浮かべます」
妹が私を見ながら笑った。
そして次の瞬間──
超大型花環巨人の口の中へと放り込まれた…………。
「いっ、いっ、嫌ぁああああああああああああああああぁっ!!」
妹が、妹が巨人に食われた……。
それは私の頭をおかしくさせるのに十分すぎるほどの残酷だった。
「お前だけはぁ……何があっても許せないっ! 死ねぇええええええええええぇっ!!」
財布から小銭を取り出して空中へと放り投げる。そして立て続けにレールガンを巨人の顔面に向かって放った。
4発の超音速の弾丸が巨人の顔に命中する。
「ホモ?」
けれど、私のとっておきの必殺技は超大型巨人には何のダメージも与えなかった。奴は涼しい顔を見せたまま。私の攻撃に気付いてさえもないのかも知れなかった。
「せっかく……妹に救ってもらった命だっていうのに……仇討ちさえもできないなんて」
目の前が暗くなっていく。自分が情けなくて仕方ない。
このままこの巨人に食われるのも悪くないかも。そうすれば、お腹の中で妹と再会できるのだし。そんなことを考えてしまう。
「ミサカぁあああああああぁっ!!」
でも、私の絶望に塗り潰されたささやかな願いは叶えられなかった。
「とっ、当麻?」
ゲートの中から当麻が飛び出してきて私の手を掴んだ。そして腕を引っ張ってゲート内へと連れて行った。
私は抵抗さえ起こす気もなくただ当麻に付いていった。私たちがゲート内に入るのと扉が閉まるのは同時だった。
私はゲートの内側に生きて入ってきた自分をどう評価すれば良いのか分からなかった。
「ミサカ……ミサカ……ミサカァ……ミサカァアアアアアァ」
でも、私の名前を何度も呼びながら抱きしめる当麻が私の生還を喜んでくれていることだけは分かった。彼の頬から流れる涙が私の顔に掛かって……とても暖かかった。
それが、少しだけ私をホッとさせてくれた。
高さ10数m、奥行20mほどの通路内はアンチスキルたちのせわしない動きで慌ただしかった。
「お前たち間一髪だったじゃん」
顔見知りの女性アンチスキルが扉付近で抱き合って立ち止まっている私たちの元へとやってきた。
確か黄泉川という名前だったと思う。
「早く学園都市内に避難するじゃん。ここは特殊な液体を流し込んで完全封鎖することになりそうじゃん」
「アイツら……あの巨人たちは一体何者なんだよ!?」
「分かんないじゃん。でも、人間を喰らう危険な存在であることだけは分かる。だからまずは命を守る。奴らの正体を暴くのはそれからじゃん」
「…………そうだな。まずは生き延びないと。行くぞ、ミサカ」
当麻が私の肩を抱いて学園都市内部に向かって歩き出す。私は彼に逆らわずにゆっくりと歩いていく。
30秒ほどで私たちは通路とゲートを抜けて学園都市内部へと入った。
「特殊液体を流し込んでこの通路が固まるまで約1時間。だけど、それまであの薄い開閉扉が耐えられるのか疑問じゃん」
隣に付いてきてくれた黄泉川先生が疑問を口にした瞬間だった。
大きな音が鳴り響き、学園都市と外部を繋ぐ方の扉が通路内に向かって吹き飛んだ。
┌(┌^o^)┐ 「ホモォオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
超大型花環巨人が足で扉を蹴破ったのだ。
「チッ! アイツら、人間を襲うだけじゃなくて扉を壊すって行動も分かってんじゃん」
黄泉川先生は大きく舌打ちしてみせた。
「上条当麻。ミサカ・ミコトを守ってやれじゃん。どんなに強大な力を秘めていても、コイツはまだ子供じゃん。男なら彼女の心をちゃんと労わってやるじゃん」
黄泉川先生は私たちに背を向けると通路に向かって走り出す。
「先生は一体どうするつもりなんだよっ?」
「通路の封鎖が完了するまで戦うじゃん。こっちの内門まで破られたら学園都市内にまで巨人が押し寄せてくるじゃん」
「けど、それじゃあ先生は……」
「あの大きな巨人は通路の中にまで入っては来られないじゃん。後の巨人は組織だって動いてはいない。なら、何とかなりそうじゃん」
地上から2mほどの隙間を残して降りてきている特殊超合金製の開閉扉を潜って黄泉川先生は通路内へと入っていく。
「私たちの奮闘に学園都市230万の命が掛かってるじゃん。死ぬ気で守るじゃん!」
通路内に残っている20名ほどのアンチスキル隊員たちは一斉に銃を構える。
決死の覚悟をみせる黄泉川先生たち。そんな彼女たちの前に現れたのは──
「ナノォオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
高さ10mほどの1体の女性型巨人だった。
ぶち破られた外扉の向こうから学園都市内部を覗こうとするソイツはやはり他の巨人とは違った風格を漂わせていた。
「何か奴はヤバイじゃんっ! 扉の閉鎖を急ぐじゃん!」
巨人のヤバさを感じ取ったらしい黄泉川先生は自分たちが閉じ込められることを覚悟の上で扉の封鎖を伝達する。
「化物めっ! お前らの好きにはさせんっ!」
アンチスキルの隊員が残存する3輌の装甲輸送車を操り全速力で女型巨人に突っ込んでいく。
対してナノと奇声を上げる女型巨人は
右肩を前方に突き出すタックルの構えを取りながら
通路内へと全力で突っ込んできた。
「ナノォオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
全長10mを超える巨人の突進に対しては走行中の自動車も無力だった。
弾き飛ばされた装甲輸送車が壁にめり込んで通路内で大爆発を遂げる。
「撃つじゃんっ! この扉だけは、子供たちの未来のために絶対に守りきるじゃん! 顔に向かって撃ちまくるじゃん!」
目の前の惨状を見ても戦う意志を捨てない黄泉川先生たちは凄かった。立派だった。彼女たちの銃声は止まなかった。
でも、それは……死を呼び込む行為に他ならなかった。
「ナノォオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
ナノ巨人が黄泉川先生たちに向かって迫っていく。
「ミサカぁっ! 危ないっ!!」
私は頭を押さえ込まれ、視界に映るのはコンクリートの地面一色に変わった。ついで、当麻に覆い被さられる形で地面へと転がる。
次の瞬間だった。内扉が吹き飛んで私たちの頭上を通過していったのは。そして10mを越す巨体がタックルの姿勢のまま私たちの側を突き抜けていったのは。
「が、学園都市内に巨人が……」
当麻の呟きは最悪な現状を物語っていた。
「クソッ! この一一学区は直に巨人が浸透してくる。隣の学区…いや、ウォール・サイエンス内に退避するぞ!」
当麻は立ち上がって私の手を引いて走り出す。
当麻の行動と学園都市に緊急放送が鳴り響くのはほぼ同時だった。
学園都市は都市内に存在する全ての人間に対してウォール・サイエンス内への緊急退避を決定した。
それは小学生やスポーツ科、神学科の学生、留学生を中心に学園都市の全人口の20%以上の自宅からの強制退去を意味するものでもあった。
幼い子供や繁華街で遊んでいた者、スキルアウトなどの中には学園都市の決定に従わない者もいた。
そしてウォール・サイエンスの中に避難しなかった学生たちは巨人の犠牲となっていった。
学園都市の公式発表に拠れば巨人の襲来から最初の3日間で死者・行方不明者は合わせて1万人を数えた。けれども、被害の実態はその数倍と言われている。
短期間に急激な人口移動と収容を経験することになった学園都市は、ウォール・サイエンス内の再開発を決定。
それに従い、開発の邪魔となるスキルアウトたちが数千の単位で強制徴用された。そして義勇軍の名目で巨人討伐に向かわされ、彼らのほぼ全員が未帰還となった。
更に学園都市は、最初の3日間の戦いで大損害を被ったアンチスキルを再編し、高位能力者と共に新しい対巨人用軍事組織を編成することを決定。
その新組織編成の時間稼ぎを行うために、中学生以上でレベル0、1の男女を中心に志願制の形を借りた事実上の強制召集を掛けた。
能力者としては役に立たない彼らは学園都市が開発した武器を支給されて巨人と戦う最前線に配備される新設の治安部隊に配属されることになった。
当麻もシスターも、無事に学園都市内に逃げ延びていた初春さんも春上さんも佐天さんも治安部隊の訓練所に行くことになった。
私も訓練所行きを志願した。レベル5の私には新軍事組織参加への打診があった。でも、それは断った。
「妹の仇は……巨人は私がこの手で直接1体残らず駆逐し尽くしてやるんだからぁっ!!」
最前線に出向いて巨人を駆逐したい。
そして、低位能力者たちを使い捨てのコマのように扱おうとする学園都市上層部のやり方が気に食わなかった。
当麻や初春さんたちに死んで欲しくない。もう大切な人たちを誰も失いたくない。
これが私が治安部隊行きを志願した理由。
私は志願叶って治安部隊訓練所に送られることになった。
そして1年後、妹の仇と対峙することになった。
私たちと巨人の本当の戦いが今幕を開けたのだった。
了
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