No.585931

ゆり式2(ゆずこ×頼子)

初音軍さん

大人になった二人の話。いなくなってから気付くあの人の大切さ。それを描いたお話しです。

2013-06-10 21:14:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:626   閲覧ユーザー数:605

 

 

 職員室でテストの採点をしている時、ふと昔のことを思い出す。

 

(おかーさん~)

 

 あの子たちの声が聞こえてくるようだ。

真面目とは言い切れないけど、愛嬌たっぷりで楽しそうに部活をしている

あの子たちの姿が今にも見えそうで。

 

 思い出すと楽しいけれど、話ができないと思うと寂しくなる。

溜息を吐きながらテスト用紙をまとめてトントンと机の上で軽く叩いて整えると

後ろから誰かに呼ばれた。

 

「おかーさん」

「!?」

 

 一瞬あの子たちかと思って振り返ると、全く別の生徒で

どうやら相談があるらしく職員室までわざわざ足を運んでいたようだった。

私は悩んでいるその生徒の話を聞いた後、笑顔で送ると自然に溜息が出た。

 

 

「生徒たちに慕われてさすが松本先生ですな」

「いえ、それほどでも…」

 

 おかあさんという愛称はあの子たちがつけてくれてからずっと続いていた。

あの子たちが卒業してからもずっと。

 

 私が高校生の頃に離れた友達と滅多に会えなくなっても寂しくなかったのに。

時間が経てば平気になると思ってたのに…。時が経つほどどんどん会いたくなっていた。

 

「野々原さん…」

 

 私は見上げながら呟いて、こんな気持ちが芽生えたのは初めてだった。

 

 

 

「じゃあね、頼子~」

「うん~」

 

 友達と居酒屋で飲んだ後に私は途中で別れる場所までいくと笑顔で手を振って

友達を見送ったあと、何となく飲み足りない気持ちになって一度辿った道を

歩いていくと後ろから声が聞こえてきた。

 

「おかーさん」

 

 すごい聞き覚えのある声。だけど、こんなとこに彼女たちがいるわけがないと

幻聴かと思い込んでいたら再び聞こえてくる。あの懐かしい声が。

 

「おかあさんってば!」

「!」

 

 私は二度目に呼ばれると咄嗟に振り返る。そこにはだいぶ大人びていて髪の毛が

少し伸びてて、だけどあの頃と変わらない笑顔が私の前に現れた。

 

「野々原さん・・・?」

「そだよ。久しぶりだね」

 

 スーツ姿ですっかり社会人となっていた彼女は立ち話もなんだからって。

私をお洒落なバーに招いてくれた。

 

「今日は奢るよ」

「ありがとう」

 

 野々原さんの誘いに甘えて、これまで積もった話をしていって状況を聞いていた。

櫟井さんも日向さんも元気でいるらしい。というよりはもう付き合ってるん

じゃないかっていう雰囲気らしい。

 

 両親の反対を押し切る形で認めさせたという話を聞いて想像すると流石櫟井さんだと

思えた。それから今の学校の話を始めて、私が未だにお母さん先生と言われることを

伝えると野々原さんは苦笑しながらカクテルに口をつけていた。

 

「あ…」

 

 さっきも友達と飲んでいたせいか私の酔いは話で緊張が解れると一気に回って来だした。

くらくらして、意識がぼやけてくるとやがて私は眠りに就いたかのようにプツッと

意識が途切れてしまった。

 

 

 

「んん・・・」

「あ、お母さん。起きた?」

 

「んわぁ…。ここどこ…?」

「おかあさんち」

 

 私はぼやけた意識のまま起き上がると見覚えのある部屋が見えた。

確かに野々原さんの言う通りにここは私の部屋のようだ…。野々原さん?

 

「な、なんで私の部屋にいるの!?」

「何でって。お母さん酔いつぶれたから送ってあげたんじゃん」

 

「あ、そうなの…ごめんね」

「私こそバッグ勝手に漁ってごめんね」

 

 鍵を探すためにと後付けして言う彼女を見て頷いた。

そしてそのまま何事もなく一日が始まるかと思ってた矢先に野々原さんが

すごく見覚えのある…というか私の所有物である写真をヒラヒラさせて

私の前にちらつかせていた。

 

「そ、それは…」

「何でこんなのを大事に取ってあるんでしょーね」

 

 それは野々原さんたち3人が写っている卒業写真で、私の財布の中に入っていて

大事にしていたものであった。

 

「なんでそれを」

「いやぁ、鍵探してた時。何かの拍子で落ちちゃったから拾ったんだよ」

 

 写真を取り上げると私は息を乱して野々原さんに背中を向ける。

おそらく顔が見れないほど私は顔が赤くなっているに違いないから。

 

「そんなに私達のこと好きだったんだね」

「ち、違う…」

 

「じゃぁ、どうして?」

「うう…」

 

 私が何も言えずに黙って唸っていると背後から優しく抱き締めてくれる感覚があった。

柔らかくて暖かい感触。

 

「ごめんね、そんな顔させるために見せたわけじゃないんだ」

「・・・」

 

「私もね、卒業してからみんなと遊びたかったし。それよりも何よりもね。

お母さんのことがずっと恋しかったんだよ」

「野々原さん…」

 

「私じゃダメかな…」

 

 恐る恐る振り返るとそこには当時の面影を残した少女の姿が私には見えた。

私も元気で時々ひどいことされるけど、いつも落ち込んだ時に楽しませてくれる

彼女が好きだった。

 

 だけど当時は私と彼女は先生と生徒。気持ちを伝えるわけにはいかなかった。

そのスッキリしない気持ちのまま卒業を迎えて、私の中では時が止まったかのようだった。

 

「そんなことないわよ…」

「お母さん?」

 

 私は恥ずかしい気持ちを押し殺して振り返りザマに野々原さんを引き寄せて唇を重ねた。

そしてゆっくり離して今度は視線を合わせる。

 

「私もずっと、ずっと会いたかった!」

「うん…」

 

「辛い時も貴女達のことを思い出してがんばってきたの」

「うん…」

 

 私の吐き出すような言葉に優しく頷いて彼女は私を再び優しく包み込んでくれる。

この時間がどれだけ癒しになることか。私はもうこの時間を手放したくなかった。

 

「じゃあ、私達。付き合っちゃおうよ。お母さん」

「え・・・?」

 

「こんだけ好きって気持ちが一緒だったら大丈夫だって。私ももう大人だし」

「で、でも…」

 

「それとも私じゃ嫌?」

「そんなことない!」

 

 他の子がいい?って聞く野々原さんを見て私は反射的にそれを否定した。

言い切ってから気づいて自分の手で口を塞ぐ。恥ずかしくて仕方ない。

 

「じゃあ、改めて…。私と付き合ってください。お母さん先生」

「もう…ずっとその名前で呼ぶの…?」

 

「嫌?」

「ううん、全然嫌じゃない」

 

 いつかは呼び方も変わることだろう。それまでの間、その甘美な呼び方を

してくれた方が私は嬉しかった。二人で手を繋いで身を寄せて心と体を温めあった。

これからは我慢しなくていいんだ。そういう気持ちが強くて、今の私は最高に幸せな

気分だった。

 

「私の元へ戻ってきてくれてありがとう」

 

 自然と私の口からその言葉が出て、ベッドの上で変な笑いをする二人の姿が

そこにあったのだった。

 

お終い


 
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