金城より出た蜀軍は、砂塵を巻き上げ魏へと突き進む
兵科はひと目で分かる通り、大量の騎兵そして象兵である
南蛮より手に入れた象を騎乗し、十以上の部隊を編成し森をなぎ倒し突き進んでいた
「戦地は平原を目指します。敵軍は必ず此方の攻撃を受けるはず。傲慢であるからこそ、いいえ」
王であるからこそ必ず此方の戦略を受け入れる。そう語るは、紫の珍しい尖った帽子を被る劉備の軍師、鳳統
隣で騎馬のひく戦車に載る劉備は、両腕を組み遥か魏を睨み続けていた
「既に、先行した兵が戦地になるであろう場所に陣を作っています。簡易ながら、築城も初めて居ます
桃香様は、このまま真っ直ぐお進み下さい。まずは臥竜の目覚めをご覧に入れます」
劉備を導くように、馬に騎乗する関羽は、新たな偃月刀を手に声を上げ兵を鼓舞していく
左右に張飛と趙雲を、前方を厳顔と魏延が固め、後方を羌族の王、迷当が大斧を手にまるで大津波のように森や林を飲み込んでいく
「桔梗様、お体はよろしいのですか?」
「はははっ、愚問だな。目の前に戦があると言うのに寝ていられると思うか」
「確かに、それが御屋形様のためであるならば!」
「応!必ずや勝利を、例えこの身が朽ちようとも、何を恐れることがあろうかっ!!」
抜き取りしは大剣。銀の鋼が音を奏で、木目の紋様が光を散らす。ひゅおんと音を立てて弛み、剣風は砂塵を断ち切る
呼応するように馬上の魏延は、厳顔より与えられし2つの武器、鈍砕骨を振り回し、鼓舞するように豪天砲を天に向けて放つ
「民が王を撃つ姿をとくと見よ!我らが国は、我らが手にてつくり上げる!天を穿つは私の豪天砲だ!!」
轟音が鳴り響き、音引き上げられるように兵たちは士気を高めていく。目の前に迫る戦場に向かい臆すること無く前に進みながら
そんな中、異様な雰囲気と禍々しい殺気を纏う呂布は、軍の後方で一人騎馬を走らせる
何度も呼びかける陳宮の言葉が届くことも無く
其の頃、天水の先にある陳倉では、蒲公英が金の三叉槍、金煌を掲げ兵を指揮していた
「早く早くっ!早くしないとお兄さま達が来ちゃうよ!!」
焦っているのか、馬を使って石を次々に運ぶ兵たちを急かす蒲公英。遠くでは、翠が銀閃ではなく普通の大鎚を奮って岩を破壊し続けていた
「何を考えてるか知らないけど、楽しい事になりそうだな」
「そうね、ずっと臥せっていて、急に部屋から出たかと思えば土木作業。何を思いついたのかしら」
口元に指先を添えて、優しく妖艶に微笑む黄忠は、今までとはまるで別人のような諸葛亮の姿を見ていた
眼には生気が満ち溢れ、言葉は静かであるが重く力強い。赤壁での大敗を、大量に兵を殺した責任を
其の小さな背に背負い、なお立ち上がったというのだろうか、どのように受け止めたのかは解らない
だが、少女の躯からは気迫が漲る。言葉には力が宿る。小さな体躯が巨躯に錯覚するほどの声を放つ
「金城に居たからかもな」
「あの場所には、なにか特別な言われでも?」
「あの土地は叔父様の生まれ故郷だ。きっと幽霊になって化けて出たんだろうな。いつまでも寝てるんじゃ無いってさ」
冗談交じりに微笑み、鎚を振るう翠に黄忠は釣られるように、上品に口元を緩めていた
「一体コレはどういった効果があるのかしら」
「さぁ、フェイが回復してから二人で急に創りだしたからわからないな」
「解らないにも関わらず、とても自信がある顔をしてるわ。翠ちゃんが考えたわけでは無いでしょう?」
「でも信じられるさ、フェイが考えた策だから。其れに、蒲公英がいけるって言うならアタシは信じるよ」
説明も無く進められる策に、微塵の疑いも疑問も保たない翠
兄のように、自分の家族を信じる。仲間を信じる。其れこそが何より仲間を支える力になると翠は、僅かな魏の滞在で学んでいた
「兄様は、一点の曇りなく仲間を信じる事で、仲間に力を与えているんだ。信頼って凄いよな、信じられているって感じるだけで
思うだけでこんなに力が湧いてくる」
「そうね、璃々が居るから戦える。璃々が私を信じて居るから戦える。あの子には、優しい未来を与えたいわ」
「誰もが手を取り合い、争うことのない、皆が力を合わせつくり上げる国。アタシも、涼州の子どもたちに桃香様の理想を
皆の思い描いた未来を、父様の目指した明日を」
大鎚を振るい、岩を破壊し兵は其れを整形していく。蜀が出陣したことは既に敵の耳に入っている
ならば、敵を誘い出すように自分たちの優位な場所で罠を張り、戦を進めるのが定石
此方は民なのだ、王に対して容赦など無い、持たざるものが、知恵を絞り、力を集め、王に戦いを挑むのだ
卑怯で何が悪い、知恵を絞り打ち勝つすべを編み出し何が悪い、全ては勝つためにある
負ければ全てを失う、誇りは王にくれてやる。醜くとも、狡くとも、勝たねばならぬのだ、明日を生きるために
更に泥に深く潜る諸葛亮は、羽扇を荒々しく鞭のように振るう
勝つためならば、この天より雷すら呼び寄せ落として見せようとばかりに
先陣を切り新城を出撃する春蘭と霞、無徒に続き、雲の部隊が出撃を開始する。真っ蒼な魏の旗に混ざり、天高く掲げられる叢の牙門旗
先頭に一馬率いる騎兵が配置され、その後方に凪の部隊、そして両翼を沙和と真桜が固める
中央には蒼の外套、背には魏の一文字、爪黄飛電に跨る昭が、すぐ後ろに風と詠の二人の軍師
隣には、秋蘭が馬を横に寄せて、寄り添うように進軍する
「待ってたわよ、軍師から話は聴いてる。呉の準備は何時でも出来てるわ。ようやく貴方に恩を返すことが出来る」
昭の隣に馬を寄せるのは雪蓮。見れば、雲兵の左翼に接近し混ざるように進軍する呉の兵達
ここまで行った全ての事が、美羽の行為が、華琳の行為が、華陀の力が、呉の民を心の底から納得させたのだろう
赤壁と変わらぬ士気を見せ、声を上げて魏の兵として武器を持っていた
「恩はもう返してもらった。だから、仲間として、共に戦う兄弟として力を貸してくれ」
「え?返してなんて居ないわ、もらってばかりじゃない、冥琳の事も美羽の事も、薊の事だって!!」
驚き眼を見開く雪蓮に、昭は心の底から感謝するように頭を下げ、雪蓮の手をにぎる
「美羽の事、有難う。本当に有難う。俺には、国より重く、己の命よりも重要な事だ」
「・・・」
「俺は、この戦が終わったら呉の皆が幸福になれるよう、力を貸す事を惜しまない。
何時でも言ってくれ、俺は呉の民と、友と天を共に頂く事を幸せに思う」
まるで美羽があの時、雪蓮に言ったような事を言う昭に、一度顔を伏せて強く強く昭の手を握り返した
「違う。私は、あの子に沢山のモノをもらったの。其れこそ国より重く、私の命より重いもの
もしかしたら、一生気がつけないようなそんなモノ。だから、私は、貴方に力を貸すわ。華琳よりも貴方に」
顔を上げれば強く、彼女独特の獣の顔。戦の匂いが雪蓮を覚醒させる。研ぎ澄まされた感覚が、更に鋭く尖っていく
「美羽が尊敬し、あの子の心を作り上げた貴方に、私の全てを貸して上げる。名を呼んで、雪蓮と。私は雲が降らす雪
咲き誇る蓮はあの子が蒔いた種。何時でも戦場に華を咲かせてあげるわ、紅く美しい蓮の華を」
「なら、俺は朱に染まりし華を雪ぐ真っ白な雪を降らせよう。叢の真名が示すように」
手を放し、ゆっくりと呉の朱に染まった軍勢の中に溶け込んでいく
見れば、呉の将達が此方に視線を向けて、一度大きく旗を掲げて左翼からゆっくり滑るように後方へ、魏の本隊である
華琳の率いる虎豹騎と虎士、そして周りを青州兵が固める部隊へと混ざり、朱と黄、そして蒼が交じわっていく
「天和姉さん、人和、喉が潰れて血を吐いても歌い続けるわよ。アイツの舞、以上に速度を上げる」
「うんうん、頑張って皆をめろめろにしちゃうんだから」
「喉が潰れるのは遠慮したいけど、此処で魏がやられたらせっかく大きくなった事務所も畳まないといけなくなるからね」
自分達にここまで着いてきてくれた移動式櫓に改良した井蘭車を運ぶ青州兵達に眉根を寄せ、目の端に涙を貯める地和が噛み締めるように
言葉を吐けば、相変わらずの姉と妹に笑を見せる。もう少しで夢が叶うのだ、償いは続く、だが戦を終わらせ歌を人々に届ける事が出来る
これからは、戦のために歌うのではなく、人の心を惑わす為に歌うのではなく、心を揺さぶり人の足を前に進ませる為に歌うのだと
「でも、前回より舞台は広いよね。端まで届くかな?」
「大丈夫、姉さん達は心配せずに、特にちぃ姉さんは遠慮なく全力を出しきって。その為に、貯金を全部使ってコレを作ったんだから」
改良された井蘭車を指し、眼鏡を掌で持ち上げる人和は、自信あふれる余裕の顔で
軽く後ろを振り向けば、楽隊の為に作られた井蘭車が続いていた
「遠慮なんてしてやらない。戦場をちぃ達の声で染めてやるわ」
すべてを出し切ると決意する三人は、前を突き進む雲の兵達の後に続き、黄に染まる青州兵を連れ突き進む
砂塵を巻き上げ突き進むまるで巨大な波の最後尾、正に蒼き津波と言える虎豹騎と虎士に護られる華琳の部隊は、声も上げず静かに
まるで嵐の前の静けさのような静寂を保ったまま、淡々と突き進んでいく。まるで統括する軍師の心を表すように
「ねえ流琉、戦う理由ってあるよね」
「ええ、沢山、沢山あるわ。初めて此処に来た時から、その理由はとても多く増えていった」
「もうあの子のような子は増やさない。ボク達のような思いをする子だって増やすもんか」
「すぐに大人になることなんて出来無いわ、だから私達は」
「今、出来る事を。ボク達にしか出来無い事を精一杯するんだ」
虎士隊を率いるは季衣と流琉。自分達の出来る事を精一杯に、子供を一人引取り、学んだ事をそのままに静かに心を燃やす
「稟、このまま突き進むだけと言うわけでは無いでしょう?」
「そうですね、この先の陳倉に簡易な城を作り、恐々と汗水たらして罠を作っていると言うところでしょう」
「フフッ、ならもっと焦ってもらう事も出来るのかしら?」
絶影に跨る華琳は、馬を寄せる稟と談笑のように戦を語る。稟にはある程度の予想は付いている
だが、1つだけ彼女にも予測が着かない部分がある。それは、昭の天の知識から何を使おうとしているのか
そして、敵の軍師である諸葛亮の動きが赤壁、以降つかめない
稟にとっては、魏に潜り込んだ鳳統の方がまだマシであった。動きさえすれば更に頭に新たな行動基準、指針を叩きこみ
予想を立てることができるが、諸葛亮は全く動きがない。一体なにを考えているのか、以前のまま変化がなければそのままで良い
分かりやすく、カタにはめやすい。だが、著しい変化があれば流石の稟も想像し予測をつける事が不可能に近い
だが、華琳はそれが解っていて、敵が何かを仕掛けているのが予想の上を行くものかもしれぬと思っているから
あえて稟に問うた。敵の正体を探る事は、貴女の知識に無理やり入れ込む事は可能かと
「御意。では、水鏡先生」
「ええ、受けましょう。変化に興味がありますし、私の眼ならば正確に報告ができますしね」
虎豹騎の操る騎馬の後ろに乗る水鏡は、妖しい光を瞳の奥に潜ませ、羽扇を軽やかに仰いで見せた
「死ぬ気が無いものは着いて来なさい。死しても、己が命を賭してでも等と考える者は要りません。ただ生きたい、生き抜いて見せると
そう考えられる者だけが命を落とすその瞬間まで戦う事が出来る。さあ、生き抜くために戦える者は私の後に」
穏やかな声であるというのに、辺に重く響く水鏡の声
驚くのは桂花だ、水鏡の口から出てくるとはとても思えぬ言葉。他人の命を石ころのようにしか、まるで本の登場人物のようにしか見ない
感情の無いようにも感じる彼女からはとてもかけ離れ、桂花の眼を丸くさせる
だが、その熱い言葉は兵を奮い立たせる。声は挙げずとも、武器を掲げずとも、男たちの躯からは意志と気迫が漲り
水鏡の乗る騎馬の後ろへと集まっていく
「な、なんなのよ。急に、どういうこと・・・」
「フフフッ、やはり雲の声は皆に良く届く。鏡に映せぬ雲ではありますけれど、口真似をするくらいならば可能」
僅かに頬を染める水鏡。素の彼女のままで真似をしたのは、彼女にとって初めてで、昭の言葉はとても恥ずかしいものだったのだろう
だが、其の変化や心の動きが楽しいのだろう「好、好」と呟いてすぐに冷淡な表情に切り替わっていた
「では、私が斥候を、そして先に戦をさせて頂きます。貴女は少しでもあの子の情報を頭に入れてくださいね」
そのほうが、兵が死ぬのを抑えられると言い残し、虎豹騎を指揮し前へと走り出した
「あの子達、死ぬわね」
「はい、私に敵の情報を与える為に。ですが、水鏡先生であればその数を減らすことが出来る」
「後に戦うことになるこの子達も、死なずに済むわ。貴女が得た新たな知識で」
「その通りです。軍師であるならば、戦で死す数は頭に予め入っている。ですから、死ねと指示するのも軍師の仕事。
仲間を殺す事を恐れては、軍師は務まらない」
兵は、時に本隊を、王を守るため壁のようにその身を盾にする。其れこそ命を使った生きた壁だ
王を守るため、本隊を守るため、大勢の仲間を守るための盾。戦に犠牲はつきものであり、死は常に付きまとう
尊い命を使った生きる壁、其れを作り上げるのは軍師である。軍師の命で、兵は己の躯を盾とし、それが罠であろうと突き進む
将もまた同じく、兵を死地へと連れて行くが軍師とは違う。将は兵と共にあるが、軍師は多くの兵を遠くで、後方で指揮し死地へと向かわせる
安全な場所で、兵を死なせる意味。指先一つで大勢の兵を盾として使う意味
其れを知り、その恐ろしさを知っているからこそ、兵は軍師に信頼を寄せ命を賭す命であっても従う
「だからこそ、将や軍師であれば死を賭すと口にすることが出来ます。それ程に背負う責が大きい」
「冥琳が精神的負荷で体調を崩したのも分かるわね」
「この程度で私はどうにかなると?でしたら華琳様は私を見くびっておられるようですね」
眼鏡を直し、腰にてを当てる稟は、心外だとばかりに首を振り、次に再び独特の亀裂のような笑みを浮かべた
「此方が殺された兵の倍を駆逐し、敵の陣を燃やし尽くし、消し炭にする。王には、二度と立てぬよう膝から下を切り落とし
地を舐めのたうち回る痛みを与え、死を懇願するまで追い詰めるのが私の喜び。敵が強ければ強いほど、私の報復は大きく
苦痛に染まる敵の顔を見る喜びも大きくなる。故に背負うものなど微塵もありません」
敵にそれだけ求めているのだから、逆に自分が同じ立場に立たされても覚悟は出来ていると冷酷に笑う稟に
華琳は、小さく吹き出していた
では、なぜ冥琳を救い、雪蓮の縛を解いたのか。言っている事が矛盾している
そもそも、最初に此方の倍の敵をと言っている時点で、稟がどれだけ兵を背負って責任を感じているのか丸わかりだ
「昭が貴女を信頼しているのは、そういう所ね」
「私は、そのうち昭殿と対立すると思いますよ。根本的に考えが違いますから。私は昭殿のように甘くありません」
「その時が楽しみね、私の影は強いわよ」
「ええ、良く知っています。いずれ、いいえ必ず私は、昭殿と戦う事になる。それは遠くありません」
冗談かと思っていた華琳は、稟の本気の眼に少し驚いていた。一体、稟がなにをもってそう言ったのか華琳には解らなかった
自分を裏切るわけが無い。稟の望みも、稟が欲するモノも、全ては華琳の為だ。それは稟が側に居ることが何よりの証
「ちょっと、アンタまさか大陸を平定した後に華琳様に弓引くつもりじゃないでしょうね」
「それも面白そうですが、私は華琳様に剣を向けることはありませんよ。私は、華琳様に剣を向ける者を挫く者」
「どういう事?アイツが、華琳様に剣を向けるって事!?」
「全ては、華琳様次第」
意味深な事を言い、前を行く昭の背の魏の一文字を鋭く眺める稟は笑う
ゾクゾクと背筋を凍えさせる笑に、桂花は身震いを一つ
だが、華琳に稟の言葉は違う感情を与えていた。こぼれんばかりに顔を輝かせて、嬉しそうに眼を輝かせていたのだ
「ククッ、嬉しいわね。絶対に戦う事が出来いと思って諦めていたのだけれど、戦う事が出来るなんて」
「そんなに嬉しいですか、ご自分の影と。いいえ、貴女と共にある雲と戦えることが」
「ええ、ずっと自分に言い聞かせていたわ。本気で剣を交える事など出来やしない、してはいけないと」
「華琳様が其れを欲して居られるならば、勝利するしかありませんね。私は、華琳様が天より授かりし知恵。導きましょう、王を勝利へと」
手を挙げ、軍全体の速度を上げる稟。心配する桂花を他所に、華琳は昭の背を見つめていた
いや、見つめると言うよりは、まるで雪蓮のように閉じ込めた獣が獲物を見つけたかのように
飢えた狼が、涎を垂らし牙を光らせるように、華琳は歓喜の笑を浮かべていた
「何だ、何か嬉しい事でもあったのか、華琳のヤツ」
「嬉しそうに笑って居られる。あのようなお顔を見せるのは何時以来だろう」
「確かにそうだが、なんだか俺の方を見てないか?嫌に背中が寒いんだが」
「ふむ、喧嘩がしたいのだろう。昭と本気で喧嘩をする時は、何時もあの表情をされる」
爪黄飛電を走らせ、揺られながら背筋に汗が流れる感覚を覚えた昭は後ろを向き、喧嘩する理由なんか無いぞと顔を青くする
更に騎馬を寄せる秋蘭にそもそも喧嘩して勝てるわけないじゃないか、この間も学校の事で喧嘩したが
殴られて馬乗りになられ、結局は負けたんだと嫌そうな顔をする
「そう言うな、華琳様と本気で語れるのも、本気で喧嘩が出来るのもお前しか居ないのだから」
「光栄な事だ、嬉しくて涙がでるよ」
「フフフッ、よしよし」
ゲッソリする昭の頭を優しく撫でる秋蘭だが、昭はいい加減にしてくれとばかりに深くため息を吐いていた
「私が、味方になってやろう」
「え!?華琳の味方じゃ無いのか!!」
「偶には良いだろう、華琳様はその程度で目くじらを立てたりはしない。器の大きなお方だ」
どうせ、姉者が必ず華琳様に着く。自分が昭に着いた所で、何も変わりはしないと言う秋蘭に、昭は嬉しそうに手を取った
秋蘭がいれば百人力だ、例え一方的に殴られたとしても心が折れることも無い
「秋蘭が見ていてくれるなら、俺は何度でも立ち上がれるよ」
自信満々に語る昭に、騎馬に揺られる秋蘭は少々不思議そうな顔をする。相変わらず他の者には微塵も感じることの出来無い程度だが
「何時も、私が見ていると、側に居ると何度でも立ち上がれると言うが、それは何故なんだ?」
突然の質問。だが、その言葉には多くの意味が含まれていた。自分を愛しているから、子を愛しているから
護るために立ち上がるのだ、己の肉が削り落とされ、四肢が砕けようとも立ち上がる
それは解っている。理解出来る。しかし昭の自信は他のところからも来ているように感じるのだ
だからこそ、秋蘭は問う。一体どこからその自信と言葉は来るのだろうかと
「男の子だからだよ」
「男の子?」
「好きな娘の前じゃ格好つけたいのさ」
たとえ自信が無くとも自信があるように自分を鼓舞し、好きな人の前で格好良くありたいと答える昭に秋蘭は、一度眼を丸くしてから
「クックックッ、あはははははははっ!」
皆に分り易いほどに目尻に涙を溜めて大笑いをしていた。従軍する兵達もコレには驚き、互いに顔を見合わせて春蘭のように笑う秋蘭を珍しそうに見ていた
「そんなに面白かったか?」
「ああ、戦の緊張など吹き飛ぶほどにだ」
涙を指先で拭う秋蘭は、自分も同じだからだと言って昭の手を握っていた
好きな人に常に美しい自分を見ていてい欲しい、情けないところなど見せたくはない、何時だって貴方の為に立ち上がる
何も変わらない、男の子だからとか女の子だからとか、考えることは何時も一つだけ
兵たちも同じ、家族の為に愛する者のために、見栄を張って生きる。食べられぬなら、子のために食事を出して自分は食べた言い
父母が働けぬなら、自分は働くのが好きだとうそぶく。戦に行くのもそうだ、怖さをひた隠しにして、お前たちを護るために戦うと格好つける
「誇りも同じよ、月の為に僕は戦う。月の好きな場所を護るために、僕は月に僕を好きで居て貰いたいからね」
「誇りとは、名誉に思うこと、好きだと言えること、胸を張り言葉に出来る事。それは、好きな人を好きだと言えることでもありますからねー」
詠と風の語る生き方とは、侍のような生き方だ。誇りを胸に、好きだと言えることの為に、愛していると言える家族の為に
見栄を張って、歯を食いしばり前のめりでがむしゃらに突き進む。雲の軍は、昭の生き方に感化され何時しか島国の男たちのような考えを
生き方を選ぶようになっていた
気がつけば、話を聞いていた兵達から声が上がる。前回の戦、劉備が現れた時のように愛する者の名を天に叫び、武器を掲げ突き進む
突然の士気の上昇に昭を見ていた華琳は、一度だけ兵に眼を映したが、結局は彼が何かをしたのだとより嬉しそうに騎馬の手綱を握りしめていた
横目に士気の急激な上昇を見て「好」と呟く水鏡は、羽扇を優雅に回し虎豹騎を連れて一気に先頭へ躍り出た
更に一人兵を伝令として放ち、春蘭と霞に華琳の指示を伝えると虎豹騎を加速させる
「騎兵にて伍を、三人を斥候に陳倉に向けて潜行、水に潜るか如く、音もなく忍び寄る雲の如く、ゆるりと龍の肚を暴くとしましょう」
敵が既に陣を敷き、此方を待ち受けている事が解っているからか、水鏡は兵にあえてゆっくりと命を下す
孫子兵法にもあるように、戦とは攻撃よりも守備が強力であり、むやみに攻めることは愚策としている
「度量数称勝のうち、私達は称をまだ知らない。であるならば、称を手にし勝を手にすることが重要」
だというのに、戦の常識を知っているはずの稟が王の戦い方を否定せず敵が待ち受ける地へと兵を進めているのは水鏡が居るからだ
此方の手の内は、扁風によって知る所となっている。しかし、赤壁で成したように想像を超えて相手を謀る事は可能
言ってみれば、稟に新たな知識さえ組み込まれれば幾らでも敵を超える事が出来る。その為に必要なのは情報
情報さえ手に入れば、堅牢な陣を容易く崩す事は可能である。大河を流れを止める堰のように、僅かに崩せば一気に瓦解する
それが固く強く、自信にあふれたものであるならば崩した時、余計に相手に対する打撃は大きくなる
狙いは臥せた龍を更に押さえつけ、地の底に沈めることだ
水鏡の率いる僅か三百の兵の遥か後方では、更に速度を落とした春蘭たちの兵が続いていた
新たに加わった2つ目の王の眼に信頼を寄せながら
「来たぞ。首尾はどうだ蒲公英!」
「ギリギリ間に合ったよ。じゃあ此処は任せるね、朱里、紫苑」
早馬が魏の方向から自分達の方へ、旗を掲げて走ってくる姿を見て翆と蒲公英は騎乗する
兵たちも一斉に翆達の元へと集まり、皆それぞれに朱里の言葉を待っていた
「さすがね、斥候を目敏く見つけるなんて」
「有難うございます。これで、私の陣の強さを図れます」
「では、此処からは私の仕事ね」
弓を構えると同じくして兵たちが一斉に弓を手に静かに声を上げた。この地に居たのは半数以上が黄忠の兵
つまりは弓兵達である。男たちは、事前に通達があったのか黄忠の指し示すまま淡々と配置へ着いて行く
「・・・」
躯を引きずりながら兵達の様子を伺い、翆の手を掴み騎馬へ騎乗するのは扁風
諸葛亮と目配せをして、小さな手を掲げれば騎兵が数名、敷いた陣から魏でもなく蜀でもない方向へと走っていく
大丈夫かと心配する蒲公英であったが、扁風は気丈にも首を振り、姉に次の行動を促すように騎馬の手綱を握りしめた
「わかってるさ。最後に聞くけど、今なら戻れる」
銅心の書簡で動いたことも、鉄心の死と涼州への思いが追い詰めた事も知っている
劉備を涼州に通し、まだ心が幼く自分では決められず天に答えを委ねた事も解っている
だが、今なら戻れる。其れは、一度、昭が扁風を殺して居るからだ。剣を突き刺し、本気で殺しに来た
事実、華陀が居なくては命は無かっただろう。今は十分とはいえないが、魏に戻り兄の元で罪を償う事もできる
「戻ってもアタシ達は負けないしな。何も心配はいらないぞ」
気負うことも背負うことも無いと言う翆に、扁風は再び首を振る。もう、戻る事は無い
戻ることも出来無い。幼さも力が無いことも全ては自分の責任。そして、劉備に未来を感じた事も偽りでは無いのだから
竹簡に書き綴るのは、劉備と翆、そして蒲公英を信じるとの言葉。ただ美しく描くのではなく、感情を込めて優しく筆を走らせ書き綴る
「そうか、じゃあ一緒に涼州を復興しよう。桃香様の理想の元で」
「それじゃいこっか」
立ち去る三人と騎兵達に軽く手を振りながら、黄忠は少しだけ眉根を寄せていた
幼い娘を追い詰めたこと、決断を迫り逃げ場すら無くさせた事に、自分の娘を重ねていたのだろうか
「戦とは、謀ることにあります」
「ええ、兵は詭道なり。戦で地を得る事は下策。血を流さずに涼州を取った事は上策」
頭では理解している。だが心はそう簡単なものでは無いのよと小さくため息を吐く黄忠
「貴女とは違ってね」
眼に深い黒さを持つ諸葛亮は、まるで修羅場を何度もくぐり抜けた将兵のような殺気を纏っていた
理想ばかりを追い求め続けた王の軍師は、現実を身体に取り込み続け、心を何度も引き裂かれ続け
終には戦地を潜った兵達のような心を持っていた。強靭で、鋼のような心を
「射撃用意」
水鏡が持つ羽扇とは違い、烏の羽を使った羽扇を掲げる諸葛亮
弓を構える兵たちは、殺気を押し殺し息を潜め、その存在を消し始めていた
更に羽扇を荒々しく仰げば、まるで兵達の身を覆い隠すかのように濃い霧が辺りを包み込み、諸葛亮どころか黄忠の姿まで消し去っていた
「お、おい。コレはどういう事だ!?」
先に出たはずの斥候は帰って来ず、陳倉まで進んだ所で水鏡は兵たちを止めた
兵たちは、目の前に広がる霧を見て、異様な雰囲気が漂う陳倉の地に戸惑い、返って来ない斥候達に不安を覚え始めていた
さて、コレはこの地の北、水源のある場所で大量に水を沸かしていると推測出来るわね
数名の兵を用いて霧を作り出す。でなければ人を隠し、視界を遮るほどの濃い霧をこの地では作れるはずがないわ
「司馬徽様、どういたしましょう?」
兵に僅かながら不安が滲みでているわね。斥候も帰って来ていない。となれば、即座に斥候を見つけ処理できる足の速い将が居たはず、馬家の者ね、フフフッ
霧で隠したのならば、馬家の者はもう居ない。騎馬は霧では動けない、あの子は被害を最も受けにくい兵を配置する。つまりは弓兵
あの子、風から得た情報であれば、弓兵を率いる将は二人。厳顔と黄忠
なら厳顔は無いわ、彼の人の人柄は私の耳にも届いているし、策を弄するならば黄忠と組んだほうがやりやすい
「纏めると、馬家の者は先程まで此処に居た。今確実に居るのは指揮をとる軍師と黄忠、そして弓兵となります」
兵は、水鏡の推測に驚き、不安が一気に吹き飛んでしまう。斥候が帰らない、霧で包まれている。それだけであるというのに
敵の兵科、そして将までも予測してしまっているのだから
「は、敵は弓兵でございますか。なれば、我らは騎馬より降りて隊を組みましょう」
「好好、素直ね貴方達」
突然の水鏡の言葉に頬を染める兵は、更に先ほどまで感じていた戦場の緊張も何処かに褒められたことで意気揚々と
伍を組んで槍を構えて、水鏡の指示を待っていた
兵とは簡単ね、他に将は居ないのかなど聞いてこない。生徒より扱い易い。その上、士気も段違い
戦場は面白いのね、もう少し早く仕官すれば良かったのかもしれないわ
「フフフッ、感情が漏れてしまっていたわね。貴方にも見えて居るのでしょう?」
呟く水鏡は、霧に囲まれた敵陣でも無く、魏の方向でもなく、蜀でもない。ましてや北に消えた兵達の方では無く
何処か宙を見て微笑んでいた
そして、不意に羽扇を仰げば、伍の隊を組んだ兵達が霧の敵陣へと盾を構えて少しずつ前進し始める
敵からは此方がまるで水面に浮かぶ蓮のように丸見え。当然、弓を穿つ
けれど、それだけでは芸がないわ。貴女は何か面白いモノを見せてくれるはず
「私の元で、何時も貴女は何か突拍子も無い事をやってのけた」
弓兵で矢を撃つだけなら、放った方角を見極め接敵すれば此方の虎豹騎の強さに敵うはずがない
羌族の騎兵ならまだしも、練度と平地での戦なれば、魏の兵に一日の長があるわ
さあどうするの?とばかりに、後方で見ながら百名を横一列に展開した伍の隊を少しずつ前進させ霧の中にはいらせれば
弓矢など一つも降り注ぐ事はなく、ただ異様な殺気だけが蔓延し始めていた
そんな中、人影を見つけた兵が槍を持って突撃し、突き刺したかと思えば妙な手応えに動きを止めた
「おい、敵じゃ無いのか?」
「何だこりゃあ、敵かと思ったら石じゃねえか」
「石?ああ、本当だ、人みたいな石ってか岩だな」
首をかしげ、蔓延する殺気に警戒しつつ槍を構えて更に進めば、何故か目の前に再び先ほど槍を突き刺した岩が現れた
「さっきの岩だ」
「本当だ、俺が突き刺した痕がある。戻って来たのか?」
「そうみたいだな、って他の奴らはどうした?俺ら横一列で来たよな?」
気がつけば、今まで側に居た他の伍の隊も見当たらず、辺りを見回しても深い霧が視界を閉ざし
遠くから仲間の声だけが聞こえてくる。どうやら、自分達と同じように同じ所をぐるぐると回っているようであった
「どうなってんだ、みんな何処だよ」
「わ、わからねぇ。とりあえず戻ろうぜ、司馬徽様に指示を仰ごう」
「戻るって・・・どうやって・・・」
兵たちが再び不安に心を喰われそうになった時、霧の奥深くでは、首に着けた小さな鈴が音を凛と鳴らし
眼光鋭く敵兵を睨みつける諸葛亮が呟いた
「石兵八陣」
同時に、北の方角から大量の水が津波のように襲いかかり、霧ごと魏の兵を叫び声すら上げさせること無く消し去っていた
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はい、舞の第二部 走舞に入ります
なんと言いますか、とりあえず言う事はありませんね
読んでくだされば其れでOKです!
最後ですので、何も語ること無く最後まで突っ走ろうと思っております!!
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