涼しい名前 弓野 風待
「はい。今日はこれまで。おつかれさん」
トントンと教科書をそろえ、白髪交じりの教師が教室を出て行った。
夏休み期間の教室には、私以外に補習授業を受けている生徒は、誰もいなかった。
開け放たれた窓からは、焼け付くような暑い風と、うるさい位のセミの声が入ってくる。
教師と入れ違いに、すずが入って来た。
「やっと終わったよー。すずぅ」
「はいはい。おつかれさま。夏子」
私は、暑さと疲労のため机に突っ伏したまま、すずを迎えた。
「その名前、呼ばないでよ」
「なんでよ? 素敵な名前じゃない」
「蝉と一緒で、気温が上がる気がして嫌なの」
「雪降ってる時は、私は夏子だから、夏じゃないと死ぬーとか言ってなかった?」
「あれは冬の話だよー。今は夏だもん」
私は顔だけを上げて、口をとがらせながら言った。
「あのさ、勉強嫌い?」
「嫌い」
「補習は?」
「もっと嫌い。だって一人なんだもん」
「補習つき合おうか? 私も復習になるし」
すずの言葉に、私は勢いよく身体を起こして、真剣な目で彼女を見つめた。
すずは驚いた様子で私を見ていた。
「これ以上、犠牲者を増やしたくないの」
「犠牲者ってなによ」
「暑い中、延々と授業を聞かされるんだよ? 想像以上の地獄だよ」
「そ、そうなんだ。わかったよ。うん」
すずという犠牲者が増えないと確信した私は、ほっと胸をなで下ろした。
「すずぅ」
「ん?」
「すずの名前、呼ぶと涼しくなる気がする。すずって、いっぱい呼んでいい?」
「い……いいけどさ、恥ずかしいよ」
すずは頬を赤く染め、小さくつぶやいた。
「すず、すず、すずぅ」
すずの顔は、みるみる赤くなっていった。
「ああっ! もうっ、行こう」
「んぇ? どこにいくの」
「……購買。アイスおごってあげるから」
「ホント! すず大好き!」
すずは真っ赤になって私から視線を外した。
「行こっ」
私はすずの腕に、自分の腕を絡ませた。
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1000文字以内で書いたショートストーリーです。
ガールズラブ作品なので、ご注意を。