ヴェストリの広場でそんな騒ぎが起きている頃…
学院長室で2人の人物が話し合っていた。
「毎日毎日平和だねぇ。こうも代わり映えしない毎日だと退屈してくるよ…。ロングビルさんもそう思わない?」
「平和なことが一番ではないですか。魔法学院の長としても、一人の人としても学院長の今の発言は不謹慎だと思いますよ?」
ロングビルと呼ばれた緑髪で妙齢の女性は学院長に対して溜め息を吐く。
「そうは言ってもさぁ。これだけ暇な日常をどうやって消化すれば良いのかわからないんだもの…」
「書類整理でもしますか?本来貴女がやらなければいけない仕事なのですが?」
もう一人は学院長と呼ばれた少女。その二人が学院長室で話し合っている。
「書類整理とかつまんないよ~」
「仕事ですから。つまらなくて当然です」
何を当たり前の事を言うのかと頭を抱えたくなるロングビルだった。
「それに、書類整理ならロングビルさんがしてくれてるじゃん」
「学院長が書類整理をしてくれませんからね。溜めたままにしておくわけにはいきません」
「ロングビルさんは真面目だねぇ。あ、おいで、モートソグニル」
チュチュッっとモートソグニルと呼ばれたネズミが少女の下に駆け寄る。
どうやら、このネズミは少女の使い魔の様だ。
「今日も可愛いねぇ…チーズあるけど食べる?」
チュチュッと鳴きながら目を輝かせ、チーズを受け取ろうとする。
「あ、その前に報告♪今日はどうだった?」
チューチュ!チュチュチュ!と何やら少女に身振り手振りで伝えるモートソグニル。
「へ?水玉?・・・意外性抜群だねロングビルさん。でも、私としては黒の方が大人っぽくって似合うと思うんだけど・・・どう?」
「黒は好みではありませんので」
「残念…」
瞳を糸目にしつつ、ネコの様な口でロングビルに問う少女。それに慌てるでもなく淡々と答えるロングビルを見て、少女はつまらなそうに口を尖らせた。
「それよりも学院長?」
「なーに?ロングビルさん?」
「何度も言っていますが、使い魔を使って下着を覗かせるのは止めてください」
いつもの事なのだろうか、半ば諦めが混じる声色で注意する。
「え~…良いじゃんか。女の子同士なんだし、減るものでもないでしょう?」
「このまま改善されないようなら私にも考えがありますよ?」
「へぇ?王宮にでも言うつもり?言っとくけど私、王宮なんて怖くないからね?」
ニヤニヤとしながら言う少女。君の考えなんてお見通しさ、とでも考えているのかもしれない。
だが、
「改善されないようなら、私はこの学院を辞めます」
「・・・へ?」
ロングビルの一言で少女の笑顔が凍った。
「私が辞めた後の書類作成と整理は学院長が自らやってくださいね?」
「ごめんなさい。もうしません」
とても良い笑顔を向ける女性と、その足元で土下座をする少女の絵が出来上がった。
コンコンコン!
そんな事をしていると唐突にノックの音が聞こえた。その瞬間、少女は機敏な動きで元の執務机まで戻っていた。
ガチャ!
直後、許可も出ていないのに誰かが入室してくる。
「学園長!申し訳ありません!お話が!」
「許可も無く入室するんじゃない!今、ロングビルさんと裸で絡み合ってたら君はどうするの!?」
「えぇ!?学院長とミス・ロングビルはそういう関係なのですか!?」
突然入出してきたこの学院の教員と思われる男性はナニを想像したのか顔を真っ赤にして狼狽える。
「学院長のいつもの冗談なので無視してください。ただ、私も許可を得る前に入室するのはよろしくないと思いますよ?」
「も、申し訳ありません!」
ロングビルに言われ、入室した男性、コルベールは勢いよく頭を下げて謝罪した。
「それで?なんの用なの?ミスター・ハゲ」
「ハ、ハゲ!?それは最早ただの中傷ですよね!?」
「ごめんね?その頭があまりにも印象的すぎてつい・・・」
謝る気はサラサラ無い学院長だった。
「フォローをしているように見せかけて追い討ちをかけてますよね!?実は学院長、私のこと嫌ってますか!?」
「うん。私って基本的に女性の方が好きだから。で、基本的に男性のこと嫌いだから」
「嫌いの範囲が広すぎませんか!?」
この学院長は所謂百合なのだろう。コルベールを見る目は汚物を見る様な眼差しだった。
「あとハゲてるところも嫌いだし」
「好きでハゲたわけではありませんよ!」
「そこまでです学院長。同じ職場の同僚に対して、その対応は失礼ですよ?」
「ミス・ロングビル…」
コルベールが感動した視線でロングビルを見つめる。
「そこのハゲ。私のロングビルさんにエロい視線を向けるんじゃない」
「エロい!?」
いくらんでも変態扱いは酷いのではと詰め寄ろうとするコルベール。
「そんなことより。なにか報告しに来たんじゃないの?つまらない内容だったらカッター・トルネードでミンチにするよ?」
そんなことでスクウェアクラスの魔法を使わないでほしいと冷や汗を流す。
「し、釈然としませんが報告が先ですな。実は、ミス・ヴァリエールの召喚した少年についてなのですが・・・」
本題を思い出して真剣な表情で話し始めるコルベール。
「ルイズちゃんの?う~~ん。ロングビルさん。ちょっと席、外して貰えるかな?」
「わかりました」
ススス・・・と、学院長室を後にするロングビル。
「それで、召喚された少年がどうかしたの?」
「はい。実は・・・彼は平民ではありません。」
コルベールはヴィストリアに対して何かを感じ取ったのだろうか、ハッキリと口にした。
「・・・理由は?」
「彼が召喚され、ミス・ヴァリエールと共に医務室に運ばれる間に、”ディテクト・マジック”をかけたのですが・・・」
コルベールは躊躇して口を噤む。
「それで?」
「・・・平民どころか、”人ですら無いのかもしれません”彼に宿る魔力はスクウェアクラスのメイジを軽く凌駕していました」
学院長に促され、口を開く。
コンコンコン!!
「学院長!緊急事態です!」
ロングビルが部屋の外から慌てて報告に来た。
「どうしたの?ロングビルさん。」
「ヴェストリの広場で生徒達が決闘をしているそうです。教師達は”眠りの鐘”の使用許可を求めています」
「ロングビルさんってば何言ってんの。たかだか子供の喧嘩に秘宝を使うまでも無いでしょうに。最悪両方にエア・ハンマーでもぶつければそれで終わるんだし」
「それはそれで問題ですよ学院長…」
コルベールの額に冷や汗が流れる。この学院長なら大切な教え子に攻撃魔法をぶつけるなんて暴挙を本気でやりそうだからだ。
「けどまぁ私の管轄するこの魔法学院で決闘なんてする馬鹿がいるなんてねぇ。いったいどこのバカなの?」
学院長が促し、ロングビルが答える。
「1人は、ギーシュ・ド・グラモンです」
「またあのグラモンの変態息子?あの変態、頭の中は薔薇しか詰まってないんじゃないの?で、もう一人は?」
生徒に対して容赦のない感想を溢す。どうしてこの様な子が学院長に選ばれたのだろうか?
「それが、生徒ではありません。なんでもミス・ヴァリエールが召喚した”少女”だとか・・・」
「は?少女?召喚されたのって少年なんじゃないの?・・・コルベールさん?」
「いえ、間違いなく少年ですよ。一見、少女に見えなくもないですが」
「ふぅん。・・・まぁいっか。とりあえず様子見しとこうか。ロングビルさん。教師達には危なくなったら私が抑えるって伝えて貰えます?」
「判りました。」
再び駆け足で学園長室から離れていくロングビル。
「さて、噂の使い魔の少年君を見せて貰おうか?」
そう言って、少女はマジックアイテム”遠身の鏡”でヴェストリの広場を映し出すのだった。
ヴェストリの広場。
なんとかアリスを落ち着かせる事に成功したヴィストリア。
代償として精神的な疲労が溜まったが、性的な行為をされなかっただけマシだと自分に言い聞かせる。
「・・・そろそろいいかね?」
ヴィストリアに決闘を突き付けてから既に3時間が経過。
外野が「早く始めろ」と催促するが、それ以上にギーシュの精神もお腹もすり減っている。
『いつでも構わない。私が勝つ』
サラサラとペンを走らせ、筆談するアリス。
「・・・その余裕がいつまで続くか楽しみだよ」
ヒクリと口元が痙攣するギーシュ。
プライドの高い彼からすれば見た目12、3歳ほどの少女から侮られていることに我慢ならないのだろう。
「僕はメイジだ。野蛮に殴り合うことなどしたくない。メイジらしく魔法を使わせてもらうが文句は無いね?」
疑問系で聞いてはくるが、それは質問ではなく強制。
異を唱えたところで彼は魔法を使うことを止めはしないだろう。
『好きにすれば良い。私も私らしく戦うだけ』
特に異を唱えることもなくアリスはそれに了承する。
「どこまでもその余裕を崩さないつもりかっ!ならば魅せてあげるよ!僕のゴーレム”ワルキューレ”の実力をね!」
薔薇の造花を模した杖を振るうギーシュ。
杖についた花弁が一つ舞い、地面に落ちると同時に錬金の魔法が発動する。
たった一枚の花弁がアリスの身長を優に越える戦乙女に変化した。
女性的なフォルムの青銅で出来たゴーレム。
やはり学生であるがゆえか、細部は再現しきれていないのだろう。
何故なら、手は五指ではなく簡略化された二本の鉤爪のような形をしているし、下半身はスカートタイプではあるが足は無い。
ワルキューレと言うよりは、女性型の銅像とさして変わらない。それでも銅像であるにしても、それを意のままに操れるギーシュは学生の身でありながら優秀なのだろう。
「僕の二つ名は”青銅”!青銅のギーシュだ!行け!ワルキューレ!!」
造花の杖を突きだし、ワルキューレに命令を送ると同時に、ワルキューレがアリスに向かい突撃する。
青銅の銅像による突進。大質量の鉄塊は突進という単純な攻撃でも脅威となる。
相手が魔法を使えない平民であるなら、それは致命傷を与えられるほどの攻撃だ。
『ワルキューレ・・・北欧神話に出てくる半神。戦場で死を定め、勝敗を決する女性的存在。王侯や勇士を選り分け、ヴァルハラへ迎え入れて彼らをもてなす役割を担う者。だけど・・・』
ワルキューレが迫ってきていると言うのに、呑気にペンを走らせるアリス。
ワルキューレが右腕を振りかぶり、アリスの腹部を狙ってパンチを繰り出す。
『この程度の錬度じゃ、本物のワルキューレには遠く及ばない』
ふわりとスカートを翻しながらワルキューレの攻撃を軽いステップで避ける。
そのままアリスはギーシュ目掛けて駆け出した。
特別に速いわけでもなくただ普通に。
緊迫する戦場の中、トコトコと駆ける少女は場違いにも可愛らしく見えた。
「上手く避けたね!だが正面突破は悪手だ!ワルキューレが一体だけだと思ったのかい!?」
ギーシュの杖から再び花弁が落ちる。
続けて三枚落ちた花弁は、先ほどと同様に三体のワルキューレに変化した。
その三体は一体を前に出し、後方に二体を添える三角の陣形でアリスに迫る。
「これは避けられるかね!?更に言えばさっき君が避けたワルキューレもまだ生きている!」
ギーシュの言葉通り、アリスが最初に避けたワルキューレもアリスの後方から迫ってくる。
後ろを塞がれ、前方は横も固められた陣形。しかし、その陣形を前にしてもアリスは余裕だった。
前方のワルキューレが突き出してきた腕を、アリスはスケッチブックで軽く横から叩くことで反らす。
「なにっ!?」
力を入れたようには見えない少女の回避方法に驚くギーシュ。更に後ろから迫るワルキューレの突進は、上に跳ぶことで回避する。
目標を見失ったワルキューレが、前方でバランスを崩していたワルキューレに激突する。
アリスは跳躍したまま次の標的に狙いを定めた。いまだ健在の右側のワルキューレの頭部に落下の勢いのまま掌底を見舞う。
バギンッ!という音がしてワルキューレの首が吹き飛んだ。
「今だっ!」
掌底後の硬直時間を狙い健在だったワルキューレに指示を出す。
「・・・っ!」
脇の下から両腕にワルキューレの腕が回され、ガッチリと拘束されるアリス。
微かに息を飲む声が聞こえた。ワルキューレの腕を振りほどこうとするが、その腕は微動だにしない。
「・・・・・・っ!」
キッとギーシュを睨み付けるアリス。
「ようやく捕まえたぞ!これでっ!」
間髪入れずに更に三体のワルキューレを作り出すギーシュ。
これで七体。現時点のギーシュが作れる限界数のワルキューレだ。
「行け!ワルキューレッ!」
三体のワルキューレが同時に突撃する。
その手には槍が握られていた。
「・・・・・・・・クスッ」
その時、危機的状況であるはずの彼女は笑った。
そして三本の槍がアリスに到達する直前、アリスの身体は拘束された腕を中心にムーンサルトの要領で回った。
「なっ!?」
「「「「おおおお」」」」
驚愕するギーシュ。どよめく観衆。よもやあの状態からそんな行動に出るとは思いもよらなかったのだろう。
目標を見失った三体のワルキューレの槍は、アリスを拘束していたワルキューレに突き刺さる。
貫かれるワルキューレ。
拘束が緩んだ瞬間、アリスはワルキューレの上で体制を立て直し、ギーシュの上空に跳躍した。
人間では考えられない高度。地上から約10メートルのところまで上昇したアリス。
高度の頂点に達した彼女はフワリと落下を始める。それを愕然とした表情で見るギーシュ。
フワッと広がるスカート。
「・・・・・・・・っ!?」
慌てて右手でスカートの後ろを押さえるアリス。前は左手のスケッチブックを盾にすることで見えなくする。
外野の方で「見えたぁぁっ!!」と歓喜する男子が数名居たが、今は敢えて気にしない事にするアリス。
『バカ、えっち。見ないで・・・』
「す、すまないっ!」
盾にされたスケッチブックに書かれた文字を見て反射的に謝るギーシュ。
見ないように顔を背けたところで、右手が塞がっているのにどうして文字が書かれているのか疑問に思う。
そう考えながらも背けたギーシュの後頭部。
そこに・・・
ゴシャッ!
アリスの膝蹴りが降ってきた。
「がっ!?・・・や・・・やられ、たよ・・・」
上空に飛び上がること。
スカートが広がること。
自分がそこに注目してしまうこと。
そこを指摘されたら顔を背けること。
予め全て計画の内で、あの文字も最初からこの攻撃の布石として書かれていたのだと理解しながら、ギーシュの意識は薄れていった。
『ヴィスティ、勝った。』
サラサラとスケブに書き込んで見せるアリス。
当然、後頭部を強打して意識が朦朧としているギーシュには目もくれない。
トコトコと小走りでヴィストリアに走り寄っていくアリス。
「うん。見てたよ。怪我は無い?アリ「ドンッ!!」・・・ス?」
小走りで近寄ってきたアリスを、ヴィストリアが受け止める。
しかし、それと同時にアリスの後方に居たギーシュが吹き飛ばされた。
「・・・・・・え?」
一瞬、ヴィストリアには何が起きたか判らなかった。
近寄ってきたアリス。
いつもの様に抱きついて頬ずりしてきた可愛い妹。
・・・そこまでは良い。
その後方に視線を向けると、ギーシュがぐったりと倒れている。
よく見ると、額から少量ではあるが血を流している。
「大変!?」
そう言って、ルイズは急いでギーシュに走り寄った。
決闘になった発端はギーシュであるが、クラスメイトを放っておける程ルイズは非情ではなかった。
タバサや近くの水系統のメイジを呼んで応急処置ではあるが治癒の魔法を掛けさせる。
しかし、ショックが大きいのか?ヴィストリアは未だに茫然とギーシュを眺めているだけだった。
「・・・呆れるね。ドットとは言え、メイジである貴族が平民に負けるなど・・・所詮、ドットなどこの程度か・・・ふふ。」
ヴィストリアの背後・・・と言っても数メートル程の距離はあるが、それに反応したヴィストリアは、ゆっくりと振り向く。
「全く、ギーシュには困ったものだな。平民にやられるなんて、メイジの面汚しだ。このまま
そこに居たのは、ギーシュを見下したような視線を向ける少年だった。
「・・・・・・君は、誰?」
「なんだね?平民が気安く貴族の僕に話しかけるな。分を弁えろ。・・・だがまぁいい、教えてやろう。僕はヴィリエ。ヴィリエ・ド・ロレーヌ。風のラインメイジだ。
ヴィストリアを平民と決めつけ、見下すような仕草で話し出す。
そして、名乗りと同時にギーシュに向けて再び”
「危ない!?」
バッ!とルイズがギーシュを庇うように前に立ち、両手を広げた。
パァンッ!!
しかし、それがルイズに届く事は無かった。
何故なら、ルイズに届く前に彼女の更に前に立ったヴィストリアが風の槌を打ち払ったからだ。
「今みたいに、君がやったの?」
俯いて表情が見えないヴィストリアは、抑揚のない声でヴィリエに問う。
「あぁ、その小娘諸共片付けてやろうと思ったけどね。平民に負けたんだ。生き恥を曝す位ならいっそのこと・・・その方がギーシュも本望だろうからね。」
癪に障る言い方で何を当たり前のことを?と言うように返すヴィリエ。
「・・・・・・ない」
「はぁ?何だね?言いたい事があるならハッキリ言いたまえよ」
「・・・さない・・・許さない。クラスメイトに攻撃するなんて、どう言うつもり!?」
少しずつ、怒気を孕む声で口を開くヴィストリア。
「ほぉ、ギーシュを庇うのか?・・・平民の癖に、自ら貴族の盾になるとは、中々殊勝な心掛けだけど・・・僕と言う貴族に逆らうとは生意気な。許さない?はっ。平民如きが貴族にそんな口を聞いていいと思って「ドゴッ!!」ガホッ!?」
突如ヴィリエの左頬に黒い何かがめり込み、錐もみ回転しながら吹き飛んで行った。
ヴィストリアはその場から移動せずに、右の手の平をヴィリエが居た場所に向けているだけだ。
「ガッ!おほっ!・・・な、なんだ?・・・今のは、ぐぅっ!?」
頬の痛みに表情が歪むヴィリエ。
「・・・貴族なら、何をしてもいいの?」
「ぐ、つぅ・・・ふ、ふん。平民は、貴族の奴隷さ。戦いに出ても精々が”貴族の盾”位にしかならないデクだ。貴族が平民をどう扱おうと関係ない。平民に負けたメイジなど、それ以下だ!」
「貴族も平民も”同じ命”じゃないか・・・」
ヴィストリアはヴィリエの言に異議を唱える。
「はぁ?同じ?同じ命だと?ふふ、ふはははは!笑えるね!貴族と平民では重みが違うのだよ!?力のある貴族が、力の無い平民を従える!何の役にも立たない平民など、貴族の弾避けで十分さ!平民に負けたメイジは、貴族を名乗るのもおこがましい面汚しだ!?」
どうやら、ヴィリエは強権主義の様だ。強い者が弱者を従える弱肉強食の考え。
「・・・君は、力の無い人達の事を考えた事・・・ある?」
いつも微笑みを絶やさないヴィストリアが、初めて冷たい眼差しをヴィリエに向ける。
「何故僕がそんな事を考えなければならない?僕には魔法と言う力がある。そんな仮定は無意味だ!」
だがヴィリエはヴィストリアの想いを真っ向から否定し、聞く耳を持たない。
「そう。なら、僕が教えてあげる・・・”虐げられる側の気持ちを”。」
「ク、ククク・・・くはははははは!!平民が貴族に勝てる訳がない。出来もしない事を「ドガッ!!」グフゥッ!?」
二人の距離は凡そ4メートル。
ヴィストリアが再びヴィリエの方に右の手の平を向けると、拳程の黒い塊が、顔に手を当てながら大声で笑い飛ばしていたヴィリエの鳩尾に突き刺さる。
くの字に折れ曲がり、またもや吹き飛ぶヴィリエ。
「君は命の重みは違うと言ったね。・・・違わないよ。どんな生物も”命は一つ”。失えば帰って来ない。命は一つしかないから尊い。だからこそ美しい。だけど・・・」
ヴィストリアは涙を流す。心底残念がる様に、信じたくないというように・・・。
「君の心は穢れているね。だから、間違った力の使い方をする」
「ガッ、ガハッ・・・き、貴様・・・な、何を、した!?」
「・・・君がした事と変わりないよ。君が彼に風の魔法をぶつけた様に・・・僕も、
何でも無いように言うヴィストリアに、ヴィリエはあり得ないと叫ぶ。
「ば、馬鹿を言うな!?タダの平民が、杖も無しに魔法などと!?」
「僕達は平民じゃないよ。君が勝手にそう思い込んでいただけ・・・ほら、もう一度・・・ダーク。」
ヴィストリアが一言呪文を唱えると、再び黒い塊がヴィリエを吹き飛ばす。
ヴィリエがエア・ハンマーを唱えるのに1節掛るのに対して、ヴィストリアの呪文はたった一言。
一方的な蹂躙である。
「戦いにおいて強い力は確かに優位に立てる。だけど、その分発動までに時間が掛るのも事実。なら、弱い魔法でも相手の詠唱中に放てば十分驚異だよ。」
一撃で殲滅する戦い方を剛とするなら、ヴィストリアの戦い方は柔。
基本的な物は威力は低いかもしれないが、速射性に富んでいる。
故に、小技を連発し隙が出た所に大技を放つ。所謂トリッキー型である。
”柔は剛を制す”とはよく言ったものだ。
「ぐぅっ!!ゲホッ、ゲホッ!!」
何度も的確に鳩尾を撃たれ、中途半端な威力のせいか気を失う事も出来ず、嘔吐するヴィリエ。
「ぐっぞぉ・・・デル・ウィンデ!
呪文を紡ぎ、杖を振り下ろす事で不可視の風の刃をヴィストリアに向けて放つ。
「・・・ダーク。」
しかし、ヴィストリアは変わらず同じ魔法で迎え撃つ。
ダークは闇系魔法の中で基本中の基本魔法。この世界に置き換えるならドッドスペル。
対して、エア・カッターは風のラインスペル。
通常であるならば、一段階上のラインスペルであるエア・カッターが勝つだろう。
そう、
「グハッ!?」
しかし、ヴィストリアの
確かに通常ならば下位の技が中位の技に勝てる訳がない。
だが考えても見てほしい。ゲームで例えるなら、限界まで育て上げた下位の技と、覚えたての中位の技ならどちらが優位か。
無論、種類にも寄るが、熟練度の高い技の方が速く、それでいて威力も高い。更に言うならば、術者のスペックにも左右される。
熟練の魔術師と、新米魔術師が同じ魔法を使ったとしよう。どちらが強いかは明白である。
片や一撃で一国を消滅させる程の膨大な魔力を持つヴィストリア。
片や風のラインメイジとはいえ戦場を知らないまだまだケツの青いヴィリエ。
魔王と人間の少年では元々のスペックがケタ違いなのだ。ヴィストリアが競り負ける道理などある訳が無い。
「次は、少し強くするよ?
先程までの闇は拳大の球体だった。しかし、今度の闇はヴィリエをとぐろを巻くように包み込む霧状の闇だった。
「ひぃ!?な、なんだこれは!?」
ヴィリエは霧状となった闇を振り払おうとするが、その程度で振り払えるものではなかった。
「ゆっくりと、闇に堕としてあげる」
そう言ってヴィストリアがヴィリエに向けた右手の平を、指を曲げて拳を作ろうとして熊手にする。
すると、霧状の闇がヴィリエを拘束し始めた。
「ひっ!?」
底知れぬ恐怖にヴィリエの表情が強張る。なんとか打開しようとまだ動く右手に持った杖をヴィストリアに向ける。
「させないよ?」
しかし、ヴィストリアは軽く左の人差し指で十字を描くと、闇の一部が杖を包み込み、一瞬にして杖を消滅させた。
「念の為、口も閉じて貰うよ?」
言うや否や、更に右手を握り込む事で小指と薬指を完全に折りたたみ、丁度三本指で硬式ボールを掴む様な形にする。
「むー!!むぐーー!!?!」
霧状の闇がヴィリエの口内に侵入し、声が漏れないように口を塞いだ。
恐怖に慄き、ヴィリエは髪を振りみだしながら涙を流す。
「チェックメイ「止めてヴィスティ!?」ルイズさん?」
何故止めるの?と言う表情で訳が判らないという目でルイズへ視線を向ける。
「それ以上はダメ!それ以上したら、彼が死んじゃんうわ!?」
「・・・?あの、別に命を奪う気は無いんですけど?」
「・・・・・・はえ?」
一部始終を見ていた一同はそうは見えなかったのだろう。信じられないという目でヴィストリアを見ている。
「ただちょっとお灸を据える為に”骨の2、3本”を折るつもりだっただけで・・・」
「あ・・・あるぇ?」
ヴィストリアは確かに怒っていた。だが、ヴィリエにお仕置きする為にしているのであって、最初から命を奪う気はさらさらなかった。
そもそも、彼は確かに魔王だが、見ての通りこのヴィストリア・・・”魔王のくせに一度も人を殺めた事が無いのである”あっても精々がモンスターに襲われた時に殺め、食料にするくらいである。
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