No.583955 とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:四neoblackさん 2013-06-05 20:46:16 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:1062 閲覧ユーザー数:1044 |
廷兼郎は、天草式が向ける自分への疑念をありありと受け取っていた。突然現れた一般人が仲間を打ち倒し、半ば無理やり行動を共にしているのだから、心中穏やかではないはずである。
成り行きに流されるままの廷兼郎は、彼らの疑念を打ち消すことが出来ず、さらに疑わしく思われてしまった。そんな彼らの態度を「俺の知ったことか」と突っぱねられるほど、廷兼郎は強くなかった。
自分が打倒した対馬《つしま》と呼ばれる女性の傍らで、廷兼郎はじっと身を固めていた。まだ脳震盪による気絶から目が覚めないようで、今は眠るように休んでいる。
自分が気絶させたのだから、せめて介抱だけでもと思い、気絶した対馬を横に寝かせ、正座のまま制止していた。
その姿はまるで、飼い主を阿る犬のようだった。針の筵《むしろ》に座らされた廷兼郎には、それぐらいしかすることがなかった。
廷兼郎の精神は、勝手に土俵際まで追い詰められていた。
(同行を許してもらったはいいけど、やっぱ部外者がいるの、皆さん嫌なんだろうなあ。めっさ見られてるし、何か話してる。そりゃあ怪しいもんなあ。俺自身、白鳥陵からこっちまでの展開に、頭が付いていってないんだから、周りの人が怪しく思うのも無理ないよ。魔術師って何だよ。何で墓荒らしてんだよ。ああ、こんなことならあの時絡まなきゃよかった!! 正義感丸出しにした結果がこれだよ!! ああ、これでこの対馬って人に何かあったら、俺どうなっちゃうんだろう……)
体面を気にしなければ、廷兼郎はその場で頭を抱えて唸りたい気分だった。
「そう心配しなさんな」
諫早という初老の男が、廷兼郎に話しかけながら、傍らに座った。
「対馬も一端の魔術師だ。この程度でどうこうなったりせん。その内に目を覚ます」
「そうですか。よかった」
第三者からの言葉に、廷兼郎は心底安心し、肩を撫で下ろした。
「同行を許していただいて、ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。自分の身は自分で守るのだしな。それに、例え拒否しても、お前さんはわしらと一緒に行動することになったろうよ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうなのよ」
携帯で話していた建宮が、いつのまにか廷兼郎を見下ろしていた。彼の話では、天草式の上位組織であるイギリス清教から、廷兼郎を連れて行くように命令がきたらしい。しかも命令は、元を辿れば学園都市からの要請であると言う。その要請があったからこそ、廷兼朗は追い出されずに済んだようだ。
イギリス清教と言えば、文字通りイギリスにおける十字教の宗派だ。それが何故学園都市と連絡を取っているのか。そして彼らと廷兼郎が出会ったことを、何故学園都市が知っているのか。
廷兼朗の携帯端末は電撃によって故障したため、網丘と連絡を取ることすらままならない。
ますます増える疑問に、廷兼朗は半ば思案を巡らせるのを諦めていた。どれだけ周囲が騒がしかろうと、自分だけの目的が定まっているのだから、それに迎合する必要は無い。そう自分に言い聞かせて、ようやく気持ちが一段落ついた。
「そう言えば、お前さん、敵のことはどれだけ知ってる?」
「僕が見たのは、十人ほどです。確か菊池と、久那という人が居ました。他は、分かりません」
「何と言う集団か、何をする集団かさえ、知らんのか?」
諫早は呆れたと言わんばかりの口調で言った。廷兼郎も自身の迂闊さは自覚していた。
「如何せん、出会いが突発的だったので。聞き出そうにも武器を突きつけられてたから、自分の身を守るので精一杯でした」
「お前を襲った奴らは、今は『真伝天草式《しんでんあまくさしき》』と名乗っている、少人数の魔術結社だ」
「真伝、天草式? あちらが本物なんですか?」
「本物か否かで言えば、こちらなのよ。あいつらは、数年前にここを抜けた人間で作った、まだ新しい組織だ」
「昔は女教皇《プリエステス》がいたんだが、その方が天草式を抜けられたとき、彼らも抜けたのだ」
そう語る建宮と諫早の表情は、どことなく重苦しい。かつての仲間を追っているのは、仲直りでもしようという目的ではなさそうだった。
「じゃあ真伝天草式のリーダーは、その女教皇なんですか?」
「いや、女教皇はこの件に関わっておられない。奴らは、女教皇が抜けた天草式には居たくないと言って、抜けたに過ぎないのよ」
建宮たちの説明が本当なら、天草式から枝分かれした組織と考えて間違いないようだ。
「そうですか。天草式の分派ということですね」
「そう考えてもらって構わないのよ。それで俺たちはこれから、あいつらを止めに行く」
覚悟を決めた表情で、建宮は宣言した。確かに真伝天草式の連中は、貴重な陵墓を荒らすという犯罪行為を行っていた。袂を分かったとはいえ、彼らの行為を見過ごせないのだろう。
「あのまま墓荒らしに手を染めていては、よくありませんからね。埋葬品を転売する気なんでしょう」
「いや、違うんよ。あいつらは別に転売とかしてるんじゃなくて、親魏倭王《しんぎわおう》の金印を集めているのよ」
廷兼郎はそれを聞いて、思わず建宮の顔を二度見した。
「親魏倭王の金印って、卑弥呼が貰ったという、あの金印紫綬《きんいんしじゅ》ですか!?」
建宮は大きく頷いて肯定した。
親魏倭王の金印とは、三国志で有名な魏《ぎ》が、当時の邪馬台国《やまたいこく》へ贈った宝物の一つである。
古今の中国において、金印などの印章を授けることは、非常に大きな意味を持つ。印綬《いんじゅ》を授かると言うことは、官職に就くことが条件だったからである。そして印の材質や綬の色によって、階位や役職を区別する。
その印綬を他国に授けると言うことは、魏国と同盟関係にあることを示している。
魏は当時、呉《ご》や蜀《しょく》との分裂国家であり、三国は非常にデリケートな状態にあった。そのため魏は、他国との同盟を積極的に結ぶ政策を進めていた。邪馬台国へ金印を授ける以前にも、のちのクシャナ王朝である大月氏国《だいげっしこく》に対して『親魏大月氏王』と刻んだ金印紫綬を贈っている。
魏は邪馬台国に対して、金印紫綬だけでなく、奴隷や反物、五尺の宝刀や銅鏡百枚なども贈っている。なかでも銅鏡は、中国において馴染みの薄いものだったため、特別に作らせたものと思われる。
中国で使用されていた銅鏡は、小振りな手鏡程度のものが殆どで、それが日本のような権力の象徴になるようなことは無かった。勿論、それを贈り物とする習慣も無い。つまり魏は、わざわざ日本人好みの大きな銅鏡を百枚も鋳造したことになる。それだけ魏は、邪馬台国との同盟関係を重要視していたのだろう。
そんな遺物が埋まっているという確信があるなら、確かに墓荒らしに手を染めるのも無理はない。廷兼郎どころか、多くの考古学者が直ちに行動を移すだろう。何といっても、邪馬台国論争を決着させるに足る物証なのだから。
そこまで考えてから、廷兼郎は、はたと気が付いた。
「待ってください。金印紫綬は卑弥呼に贈られたものでしょう。何で白鳥陵《しらとりりょう》に埋まってるんですか?」
白鳥陵は、倭建命に縁の深い場所に建てられた陵墓である。卑弥呼と直接的な関係は無いはずだ。従って、金印紫綬が埋まっている道理も無い。
「……さあ? そこは俺らも分からんのよな。というか、どうでもいいし」
「ど、どうでもいいってことは無いでしょう」
「それが分かったとて、俺らのやることに変わりは無いのよ。分かってるのは、奴らが金印を狙ってるということ。そしてどうやら、金印は分割して埋まっているらしいのよ。あいつらは埋まってそうな古墳を片っ端から掘り返してるのよな」
「き、金印を、ぶ、分割!? しかも、古墳を片っ端から掘り返すなんて!?」
廷兼郎は博物館で見た金印のレプリカを思い出した。只でさえ小さいそれが、分割されている様を想像して、彼は悲しくなった。
そしてさらに聞かされたことの、何と恐ろしい所業であることか。真伝天草式の連中は、貴重な古墳を幾つも荒らしていると言う。日本の宮内庁を蔑ろにするにも程がある。廷兼郎は、同じ日本国民として、彼らの行いが恥ずかしかった。
「盗掘までして金印が欲しいのか。そんな手段で手に入れても、学会で認められるわけが無い!」
「学会に持ち込むのが動機じゃない。あいつらの目的は、日本を支配することなのよ」
義憤に駆られる廷兼郎を宥める口調で、建宮は言った。
「日本を、支配? 金印が手に入ると、日本が支配出来るんですか?」
卑弥呼に授けられた金印紫綬は、魏が邪馬台国を国として認めたということであり、卑弥呼は邪馬台国を含めた日本の支配者に相当する。
だが、それはあくまで古代に限られたことであり、象徴的な意味でしかない。
「軍事的に制圧するとか、そういうものではなく、あくまで呪術的に、なのよ。具体的にどう作用するのか、まだ分かってないが、座して見守るわけにもいかんよな」
建宮の説明を、廷兼郎は大人しく聞いていた。考古学的には未だ研究の途上であるため何とも言えないが、建宮を含めた天草式や真伝天草式の考え方が、おぼろげながら理解できるようになってきていた。
「まあ、日本を支配というだけで、十分物騒ですからね。それを止めるため、天草式は真伝天草式を追っていると、そういうことですな」
宗教にも色々あるんだなあ、と廷兼朗は感心していた。水面下でこんなことが進行していたとは夢にも思っていなかったが、訝しむよりも素直に驚く気持ちのほうが大きかった。
「あの、今更聞きにくいんですが、よろしいですか?」
「おう。何でも聞いていいのよ」
「魔術って、何ですか?」
近くにいた建宮や諫早だけでなく、周りにいた天草式の皆々様まで、一様に「え!?」と声を合わせた。
何で今更そんなこと聞くの? と問う目が、廷兼郎には痛かった。
「知らないの? ていうか、知らないで戦ってたのかよ!?」
「言葉は聞いたことがありますよ。呪文を唱えたり、変な絵描いたりとか、そういうことするんだろうなあ、と思ってましたけど、皆さんが使う魔術というのは、どうも違う気がするんです」
建宮は「そっかー。初めてなら、それもしょうがないのよな」と軽い感じで受け答えした。
「いやあ、菊池ともやり合ったって言うから、てっきり魔術師じゃなくても魔術は知ってる人なのかと」
それはどんな人だろうか、という突っ込みを入れられるほど親しいわけではないので、廷兼朗はその言葉を飲み下した。
「ちなみに、武器から電気出したりとか、そういうのも魔術なんですか?」
「そうそう、そうなのよ。菊池は特に雷を操るのが得意なのよな」
菊池に食らわされた攻撃はやはり超能力ではなく、魔術ということになる。やはりあのときの直感は正しかったことを、廷兼郎は再確認した。
具体的な理論など理解できなくても、それだけ分かれば戦うには十分である。
直感で捉えられたということは、慣れれば兆しも見えてくるはずだ。この次に繋がる情報をどう闘いに生かすか、それこそ思案せねばならない事柄だ。
雷を操るなら、電撃使いとの対戦経験が役に立つかもしれない。廷兼朗は、風紀委員《ジャッジメント》の同僚の白井黒子《しらいくろこ》が、超能力《レベル5》の電撃使い《エレクトロマスター》、御坂美琴と友人だったことを思い出し、こんなことなら無理にでもお願いして、手合わせさせてもらうべきだったと悔やんだ。
そこでピタリと、廷兼郎は考えを一旦止めた。
建宮は確か「特に雷を操る魔術」と説明した。敢えて強調するということは、他の種類の魔術も存在するのだろうか。そして思い出してみれば菊池も「対衝撃用術式を挟んで」とか、不穏なことを言っていたような気もする。
「あの、建宮さん」
「ん、何なのよ?」
「魔術って、どんな種類があるんでしょうか?」
「そうよな。さっき字緒が言ったのも、魔術に含まれるのよ。他にも身体を強化したり、万象を操作したり、天使の力を借りたり、次元に干渉したり……。出来る出来ないを置いておけば、無限に存在するのよな」
大分大雑把な言い様だったので、廷兼郎は「はあ……」としか返事が出来なかった。
明らかに分かっていなさそうな反応の廷兼朗に、諫早が助け船を出す。
「魔術というのは、才能の無い人間が、才能ある人間と対等になる為に編み出した技術のことだ。乱暴な言い方をすれば、お前さんのいる学園都市とやらの超能力者に対して、普通の人間が対抗するための方法なのじゃよ」
諫早の言葉は、廷兼朗の頭の奥まで染み込んでいった。
「能力者に、普通の人間が、対抗する……」
それは正に、『対抗手段《カウンターメジャー》』計画の根幹そのものである。そのアプローチが、武術か魔術かの違いでしかない。廷兼朗の鼓動が知らぬ内に高まる。『対抗手段』計画の答えが、こんな形で提示されるとは夢にも思っていなかった。
(……違う。これは答えじゃない)
努めて気を落ち着かせ、冷静に考える。超能力でもないのに電撃を発生させたり、身体を強化したり、万象を操作したりなどが出来るとしても、それが果たして普通の人間に許される現象だろうか。
少なくとも廷兼朗には実感のない、あくまで本や物語の世界である。超能力というオカルトを間近で体験している身として、頭から否定することはしなくとも、魔術が『対抗手段』計画に成り代わるとは思えなかった。そして、思いたくもなかった。
超能力に対して、同じ超常現象を起こして対抗することは確かに有効だろう。だが、廷兼朗が研究しているのは、五体一つのみを条件として超常現象から自己を護る術である。相手が火を噴いたから、こちらも火を噴いてみせる。そんなことのために、彼は武術を修練しているのではない。相手の火を掻い潜り、その場から離脱する。あるいは一撃を見舞って戦闘を終了させる術こそ必要なのだ。超能力も魔術も必要とせず、自分の体だけで窮地を打破する術となれば、武術しか無いはずだ。
固く握りしめた拳を、額に当てる。
試されていると感じた。自分の身につけた武術が、それに対する信仰が、己の強さが試されている。
魔術という得体の知れないモノに対して、自分がどれだけ対抗できるか、試されている。
(魔術であろうと、超能力であろうと……)
対抗してみせる。自分自身にそう誓い、握った拳をようやく解く。菊池と再会することは、廷兼朗個人の雪辱以上の意味を持つようだ。
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東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。
総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。
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