第1弾 菊岡の依頼
和人Side
俺は菊岡に呼び出された。あいつが指定した場所は銀座にある喫茶店であったのだが、ついてみれば高級感溢れる店だった。
自身の服装を確認してから溜め息を吐き、店のドアを開けて店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
「いえ、待ち合わせです」
頭を下げて問うてきたウェイターに答え、店内を見渡した時にあいつを見つけた。
俺を呼び出した菊岡は俺に気が付くと手を振ってきたので、
また溜め息を吐いて呆れながらそいつの座る窓際の席に腰を下ろした。
「こんな店に呼び出すんだったらもう少しまともな服装で来たんだがな…」
「いいじゃないか。年相応の服装でいいと思うよ」
ぼやくように言った俺に対して悪びれる事もなく笑顔のままで菊岡は応じた。
俺の服装は古ぼけたレザーブルゾンにダメージジーンズ、高級喫茶店にはそぐわない格好だ。
まぁこいつが奢ると言ったので遠慮なくいくつかのメニューを注文する。
「……早速だが本題に入ってもらえるか、今回はどんな案件なんだ?」
「キリト君は唐突だね~。それじゃあお言葉に甘えて…」
そう言った菊岡は自身のアタッシェケースからタブレット端末を取り出して操作した。
「最近VR関連犯罪の件数が増えているんだよ。仮想財産の盗難や毀損が11月だけで100件以上、
VRゲーム内でのトラブルが原因で起きた現実での傷害事件が12件、傷害致死が1件……これはニュースでもやっていたね」
「ヘビープレイの為にドラッグを使用、凶器は刃渡り120cm、重さ3.5kgの模造西洋剣、
何の関係も無い一般人2人が死亡…だったな?」
頷く彼、そこにウェイターが俺のデザートとコーヒーを前に置いた。
そういえば、周りには他の女性客も多くいるんだったな。
少し声を抑えて俺達は話しを続ける。
「一部のゲームではPK行為が日常化している……だけどね、キリト君。僕はPK行為が無駄にしか思えないんだ。
殺し合うよりもみんなで仲良くして楽しんだ方がいいじゃないか、そう思うだろう?」
「それに関しては大いに同意する……が、ALOをプレイする身なら解るんじゃないか?
MMORPG、ネットゲームは明確なエンディングがない。
その場合、ユーザーをそれに向かわせるための
優越感を求める本能的な衝動になる……少なくとも俺はそう思う」
「ふむ…」
何処か納得したような表情を見せ、しかし言葉を発しないという事は続きを促しているんだろうな。
「社会的構造である他者に憧れる劣等感と他者を超える優越感、人間の本質にして根幹とも言えるものだ。
そのバランスが上手く取れているからこそ、こうやって俺達は暢気にデザートを食っているんだろ」
「キミらしい言い方だね。そういうキリト君はどうだい? バランスは取れているかな?」
菊岡の含んだような言い方に俺はニヤリと余裕の笑みを浮かべて応える。
「愛する女性がいる、大切な家族と仲間がいる、力を競い合う
目指すべき頂きがある……バランスはともかく俺は前を見ている、それだけだ…」
「はぁ~……聞いておいて難だけど、キミはしっかりしているね…」
少しばかりげんなりとしている彼にしてやったりと心の中でほくそ笑み、菊岡は苦笑してから話しを再開した。
「まぁそんな心理的なものも含めてなんだけど、
何らかのフィジカルな影響を現実のプレイヤーの肉体に及ぼす……ということは考えられないだろうか?」
「それは『ゲーム世界の影響でリアルの身体能力が増す』というような感じでいいのか?」
「うん、そんな感じ」
普通はありえない、それくらいはこの男とて理解しているはずだ。
だがそのありえない事に関して問いかけてくるという事は何か意味があるのだろうな。
「そうだな……フルダイブ機器が神経系に及ぼす影響というのはまだ研究が始まった段階だ。
それにフルダイブ中は寝たきりの状態だから基礎体力は確実に落ちる。
だが瞬間出力になるとなんとも言えないな……
「そうか…いや、ありがとう。じゃあ今度はこっちを…」
「……この男は?」
俺の回答にまぁ納得したのかそう告げてから端末を操作して1人の男の写真、
その男のプロフィールらしきものも表示された。
名を『
11月14日、彼が東京都中野区のアパートの自室で死後5日半の状態で見つかったらしく、
頭部にはアミュスフィアを被っていたという。
「死因は長時間のフルダイブによる栄養失調や水分不足、持病の発作の類か?」
「急性心不全らしいんだけど、原因が一切不明なんだ…。
ただ彼はほぼ2日間何も食べずにログインしていたということだから、
犯罪性が薄いからってことで精密な解剖もされなかった」
なるほど、だがそんな事はありえない事ではない。
今までにも1人暮らしで栄養失調に陥り、そのまま亡くなったというケースはある。
つまりそれとは違う何かがあるということだろう。
「彼のアミュスフィアにはあるゲームがインストールされていた。
タイトルは『ガンゲイル・オンライン』、通称『GGO』、知っているかい?」
頷いて応える。その茂村氏は『ゼクシード』というキャラクターネームで10月に行われたGGOの大会に出場して優勝し、
『MMOストリーム』というネット放送局の番組の『今週の勝ち組さん』というコーナーで、
ゼクシードの再現アバターで出演していたらしく、
その番組出演中に心臓発作を起こして死亡したのではないか、と菊岡は言った。
「その同時刻頃にGGO内で妙な事があったらしいんだ。
GGO世界の首都、『SBCグロッケン』ていう街にある酒場でその時のMMOストリームが放送されていたんだけど、
1人のプレイヤーがテレビのゼクシード氏に向けて幾つかの言葉を叫びながら発砲したんだ。
その十数秒後、茂村氏のアバターは消滅した…」
ああ、いつもの嫌な予感がする。絶対にそれだけではない、俺の勘が確信にも似た何かを感じる。
「まだ何かあるんだろ? さっさと言え…」
「っ…うん、もう一件あるんだ…。11月28日、埼玉県さいたま市大宮区のアパートの一室、
その部屋に在住している31歳の男性が死後3日の遺体で発見された。
彼もGGOの有力プレイヤーで、キャラネームは『薄塩たらこ』……だね…」
俺の冷たい言葉に少し怯んでから喋り出した菊岡だが、最後のキャラ名でまた苦笑した。
俺も一瞬呆れたが、SAO時代に『北海いくら』という奴もいたからまぁいいだろう。
「それでまぁ、こっちの方でも同じような事があったんだよ。こっちはスコードロン、ギルドのことなんだけど、
それの集会中に例のプレイヤーが言葉を叫びながら発砲、直後に落ちてあとは、ね…」
「キャラネームは?」
「『シジュウ』、それと『デス・ガン』…おそらくは『死の銃』という意味だろうね…」
「『死銃』か…」
いままで起こした事件が本当にそいつの仕業ならば、間違いなく印象を残せる名前だな。
だがゲーム内で殺したからといってリアルで死ぬはずがない……いや、あれを用いればあるいは可能かもしれないが…。
「2人共死因は心不全であって、脳に損傷はないんだな?」
「脳?……あぁ、そういうこと。うん、脳に損傷はなかったよ、確認してもらったからね。
それに2人共ナーヴギアを所持していないし」
そうか、だがこれで分かったのは何処かしらを損傷させるものではないということだ。
アミュスフィアではナーヴギアのような高出力の電磁波を出す事はできないからな。
それに関しては俺自身が彰三さんから聞いた事もあるので間違いない。
なら他の可能性を考えるか……被害者2人のアミュスフィアに何かしらの強烈な信号を送りつける、
これは感覚信号であれば、可能かもしれないがやはり難しいか…。
『イマジェネレイター・ウイルス』を利用した感覚信号の伝達、これもまず無理だな。
アミュスフィアには感覚系におけるなにかしらのリミッターがついているから、如何に強力な感覚系への刺激でも限界がある。
ちなみに『イマジェネレイター・ウイルス』というのは仮想空間内で映像やメッセージを録画し、
相手に送信するというものだ。
それを悪質なイタズラとして使用する事件があった、俺も被害を受けた。
犯人はアスナで内容は……簡単に言えば、微エロだった…。
そのあと彼女にOHANASHIしたのは記憶に新しい。
まぁそれも修正ファイルのお陰で形を潜めたということだ。
以上で考え付いた事を言ってみたが、菊岡の反応は至って普通。
「それで、本来の本題はどういうものなんだ?
まさかこの程度の推測話をする為に態々俺を呼び出したんじゃないだろうな?」
「は、ははは……た、頼むからそう睨まないでくれないかなぁ…」
さすがの俺もコイツが予想済みの話をするのはもう面倒だし、何より時間の無駄だ。
俺の怜悧な視線にさしもの菊岡も汗を流して慌てている。
彼は居住まいをただしてから真剣な表情をすると、口を開いた。
「えっと、それじゃあ本当の本題……キリト君。
キミにはGGOにログインしてこの『死銃』というプレイヤーに接触してもらいたい」
和人Side Out
To be continued……
後書きです。
はい、まずは原作通りに和人が菊さんから仕事を持ちかけられました。
原作を読んでいない方の為に簡単な説明も書かせていただきました。
原作を読んでいる方々は菊岡への和人の返答が違うのでそれを感じていただけると幸いです。
次回は和人が依頼を受けるところです。
あとキャラ設定に『菊岡誠二郎』を追加しました。
それでは・・・。
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第1弾です。
今回は和人視点から始まります。
どうぞ・・・。