No.583618

北郷一刀の奮闘記 第十四話

y-skさん

今日のオーストラリア戦は非常に良い試合でしたね。
私は野球の方が好きでしたが、サッカーも悪く無いと思いました。

それでは第十四話です。

2013-06-04 23:17:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2575   閲覧ユーザー数:2249

明くる日。

いつもの癖で着物に伸ばしかけた手を止める。

今日から制服だったなと、まだ真新しいそれへと視線を向けた。

聖フランチェスカの学生服を模して作り上げたその服は、長い袖、長い丈のお陰で、醜い体毛を覆い隠してくれるものとなっている。

しかしながら、羞恥心までは包み隠してくれないようで、ひらひらと揺れるスカートは風通しが良く、内腿を撫ぜる微風に心もとなさを覚えた。

仕度を終え、先生と朝食を取る。てきぱきと鼻歌混じりに皿を運ぶ彼女は、目に見えて上機嫌であった。

余りに気持ちが入ったせいか、皆さんお人形みたいに可愛らしかった、と時折上の空で呟く。その様は対応に困るので見ないふりをした。

 

「昨日は楽しかったですね。」

 

食後に、冷えた水で喉を潤しながら先生は言った。

一息いれたからか、先程とは変わって非常に落ち着いた様子である。

 

「ええ。年甲斐もなく燥いでしまいました。」

 

この夏空の下、眼前に川が流れていれば水遊びに興じない理由などない。

少女たちと水を掛け合ったり、熱を持った肢体を冷やしたりと気づけば濡れ鼠の如く。一行は水滴を垂らしながらの帰路となった。

貴方まで何をやっているのですか、と呆れを見せる先生の一言が胸に痛かった。

 

「まぁ、人目を充分に引く、という意味では成功だったと言えるかもしれませんが。」

 

そう零した彼女の顔は、いわゆるジト目というやつで、大きく美しい眼は半分ほどしかこちらからは見ることが出来ない。

いかにも不満である、といった風情でこちらをじぃっと見つめ、その口は心なしか尖らせているようにも見える。

これはこれで、と思ったのは本来ならば責められるべきことであろうが、仕様がなかった。

先生の凛とした風貌はどこかへと鳴りを潜め、幼子のような可愛らしさが漏れ出ている。心を揺らすな、という方が無理な話であった。

 

「聞いているのですか?」

 

先生は少し不機嫌そうに言い捨てる。

不穏な気配というか思考というかを感じ取ったのか、彼女の表情は変わらない。いや、少し険を増しているようにも思える。

まだ先生は怒ってはいない。彼女が怒っているのならばこの程度では済まぬ。水鏡先生は、酷く機嫌を損ねると体中のいたる所から凄みを滲ませるのだ。

ゆらゆらと立ち昇るそれは、見る人を恐怖の底へと叩きこむこと間違いないのである。まだ、そこまでに達していないとはいえ、何かを見極めんとしているのは事実であろう。

 

『失礼。貴女の表情が、魅力的過ぎて見とれてしまっていたのです。』

 

などと、浮ついた台詞を、地に足が着いたままに宣えるのならば苦労はしないだろう。

そういった言葉をすんなりと言えるようになるには自分は余りに若すぎた。

若気の至りなどと良く言うように、もしかすると若いほうが出やすい言葉なのかも知れないが、自身が思うこの台詞が似合う男性像とは、

ダンディーでアダルティーでシヴいオジサマなのである。

口が裂けても、そんなことは言えそうにない。必死に頭を巡らせた結果、漸く考えつき、過半数賛成で認可がおりた答えには情けなくて泣きそうになった。

三十六計逃げるに如かず。

下手に誤魔化すよりは良いのではないか、と無理矢理に開き直る他になかった。

 

「さて、そろそろ講義の仕度をしないと。」

 

口にした言葉のわざとらしいことわざとらしいこと。

背中にはじっとりと気持ちの悪い汗が流れ出ている。重ねて持った食器は、かちゃかちゃと落ち着きもなく音を立てていた。

踏み出す足はそろそろと非常に頼りない。

そうした挙動の不審さに、彼女はこちらまで聞こえるように溜息を吐いた。

ぴくりと体が震え、進めようとしていた左足が止まる。

錆びついた螺子のように動きの悪い首を、ぎちぎちとゆっくり先生の方へ回す。

 

「何を考えていたかは知りませんが、そんなに怯えることもないでしょうに。」

私、その程度では怒ったりしませんよ、と今度は少し拗ねた風に言う。

そんな表情も悪く無いと、そう思ってしまう辺りどうにも救えなかった。

 

 

昼時、ということもあり、大通りは大変賑わっていた。

客引きや、値下げ交渉を行う威勢のいい声が四方から押し寄せる。

偶々目が合った主人の屋台で肉まんを二つ買い、今日の昼食とすることに決めた。

 

「兄さんは見たかい?」

 

財布から小銭を取り出そうとしている所に声が掛かる。

蒸籠の蓋を開け、蒸し上がりの様子を見ている主人であった。

 

「何をですか?」

 

「昨日の水鏡さんとこの子らだよ。何でもたいそう珍しい服を着てるってことで専らの噂さ。」

 

どうやら先生の案は大当たりらしく、既に街中へと広がっているようである。

ただ、不名誉なことに、『綺麗な羽根した軽鴨親子 濡れた体で何処へ往く』などという遊び唄まで出来ているらしい。

水鏡ならぬ水行だ、と言って笑った者もいるそうだ。

 

「でも勘違いするなよな? みんな水鏡先生のことを嫌って言ってる訳じゃねェ。好きだからこそってやつなのさ。

それに最近は良い話題も無いんだよ。近頃は所々で賊が増えてるらしいって話でな。物によっちゃ値段が上がってきてるんだ。

全く、世知辛いったらないね。」

 

そう言って主人は蒸籠の蓋を開け、「良し」と頷く。もう、かれこれ五回目のことであった。

却って味を損ねる原因になるのではないか、と思ったのだが料理に詳しい訳でもない。そのまま小銭を渡し出店を後にする。

主人は、賊が増えたと言った。

まだ熱い肉まんを頬張りながら、やはり起こってしまうのだろうかと一人物思いに耽る。

見渡す限り平和そのものである。中々実感も湧かない。三国志の世界とは言え、名立たる英雄たちは皆少女なのである。

男と女。ここまで大きな違いがあれば、自身が知る歴史を辿るとも限らないのでは無いだろうか。

そんなことを考えていた。

 

おやっさんの店に着くと、軒先には黒山の人だかり。店を間違えたのかと両隣を確かめて見たものの、どうやらいつもの場所に違いない。

何があったのかと辺りを見回せば、直ぐ側に同年代程の少女達が同じようにして足を止めていた。

 

「これは、何の騒ぎですか?」

 

何か知っていればと二人に尋ねてみる。

黒髪を纏めた少女は、少しだけ眉を顰めたように見えたが答えてはくれた。

 

「私たちは、今日この街に着いたばかりですから、詳しい事は何も。」

 

振り返った彼女は、切れ長の目に縁の無い眼鏡をかけていて知的な印象を受ける。

目鼻は整っており美人ではあるが、どこか冷たさを感じる顔立ちで、近寄り難さを持っていた。

 

「今、連れ合いが様子を見に行っていますから、そのうち何か分かると思いますよ。」

 

眼鏡をかけた少女の隣。金色の長い髪に青い着物の女の子が少し間延びした声で言う。

頭の上にへんてこな置物を乗せ、何か咥えているのか、口からは白い棒の様なものが飛び出している。

 

「連れ合い?」

 

「はい。あれなのです。」

 

そう言って金髪の少女は指を差した。

そちらを見れば白い着物を着た少女が、あの人混みの中を悠々と歩んでいた。

まるで人々をすり抜けているかの様に真っ直ぐとこちらに向けて進んでいる。

思わず目を擦ってみるも、眼前に広がる景色は変わらず、依然として彼女の足取りには迷いがなかった。

訳が分からず、呆気に取られたまま少女を目で追う。彼女は静かに、滑るようにして人海の中を進む。

そしてそのまま音もなく、目の前に立ち止まった。

 

 

わかったぞ、と彼女は短く言う。

 

「お疲れ様です。」

 

と眼鏡の少女が労いの言葉をかけた。

 

「なに、あの程度。大した労力にはならん。」

 

そう口にした、白い着物の少女は強がっている風にも誇っているようにも見えず、さも当然と言った様であった。

 

「それで、何があったんですか?」

 

小柄な彼女が言う。手には棒に刺さった大きな飴が握られており、どうやら先程口に咥えていたものはこれだったようである。

 

「その前に、そちらの御仁を紹介してはくれぬか? 何やら随分と親しそうに話していたが。」

 

口の端を吊り上げ、にやりと笑う。目は少し細められ、なんだか猫のようだと思った。

 

「親しいだなんて……。彼は我々と一緒で、何があったか気になっていただけですよ。」

 

呆れたように眼鏡をかけた黒髪の少女が言う。

 

「まぁまぁ稟ちゃん。いちいち星ちゃんの言うことに目くじら立てていたら持たないですよ。」

 

「風……。分かってはいるんですけどね。こればかりはどうにも。」

 

「ニンゲン、慣れが大事だゼェ。」

 

目の前で繰り広げられる会話にまたまた頭がこんがらがりそうになる。

稟、星、風というのはどうやら真名だろう。

眼鏡の子が稟。飴の子が風。そして面白そう彼女たちを眺めているのが星。ここまでは良い。

でもなんだ、あれは。腹話術か? 風、と呼ばれた少女の頭の上。あのへんてこな置物が喋り、あまつさえ動いている。

そのくせ、慣れが大事などと、どこか達観したような事を言う。置物のくせに。

全くもって訳が分からない。

 

そしてその瞬間は不意に訪れる。置物がぎょろりとこちらを向いた。

想像出来るだろうか、この恐怖を。気味の悪さを。得体の知れぬ無機物がこちらをじいっと眺めるのだ。見つめるのだ。

そして笑うのだ。ぐにゃりと。口はないのに、なぜか口を歪めて笑うのだ。そう見えてしまうのだ。

あれを、あれの目を見つめ続けてしまうと石になってしまうのではないかと思うほどに体が重くなる。

蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる。

風、稟と呼ばれた少女はまるで気にしていないように談笑を続けている。

もしかすると、あれが見えているのは自分だけなのでは無いだろうか。

そう思うと不安で堪らなくなった。

 

「これ、二人共。盛り上がるのも良いが、いい加減人の話も聴け。」

 

業を煮やしたのか、星という少女は言う。そして、ひょいとあれを掴み上げた。

 

 

あれは宝譿というのです。

むぅと膨れた風は言った。その宝譿とやらは未だに星の手にある。

ぎゅうと握りしめられているせいか、その目からは涙のような液体が止めどなく滝のように流れ落ちている。さすがに少し不憫に思った。

 

 

「さて、そろそろ私の話を聞いて貰ってよいかな。ついでだ、そこの御仁も聞いていくといい。」

 

風から取り上げた宝譿を頭に乗せるも、星は至って真面目な様子である。

自分を含む三者が頷くと、結構、と話し始めた。

 

「水鏡女学園は知っているな? そこの水鏡先生、司馬徳操殿が制服とやらを作ったらしい。」

 

「制服……ですか?」

 

聞きなれぬ言葉に稟が口を挟む。

 

「そうだ。何でも自身の門下生たちに同じ意匠の服を作り与えたそうだ。それを制服というらしい。

 そしてその制服の意匠が非常に装飾に凝っていて、見たこともないような作りだそうだ。」

 

「なるほど。それを作ったのがあのお店ってことですかね。」

 

興味深そうに群衆を眺めながら風は言う。

彼女の視線の先では人々が犇めき合っている。先程よりかは随分と人は減ったが、未だ店内への入り口さえ見えない有様であった。

 

「いかにも。なんとも興味が湧くではないか。あれほどの人々を虜にする着物など、私は知らぬ。どれだけ珍しいのだろうな。」

 

そう言って、星もまた店の方へと目を向けた。思いつく限りに意匠を想像しているのだろうか、何やら物思いに耽っている様子であった。

しかし、俺の考えた意匠が珍しいとは言われたが、作った本人にしてみれば彼女の方がよっぽど珍しく思える。

白い着物は大胆に胸元が開いており、裾の丈も恐ろしい程に短い。さらに動きやすくするためかスリットまで入っている。

これでは少し動いただけで色々と見えてしまうのでは無いだろうか、色々と。

 

初対面の相手を不躾に眺め回すのも余り行儀がよろしくない。彼女たちに倣うように視線を移す。

あの混雑の様子からすると、自身の作ったモノが何とかこの時代でも受け入れて貰えたという事なのだろう。

店内は非常に忙しいだろうが、きっと嬉しい悲鳴というやつだ。だから頑張れるのだ。

今からあそこに突っ込んで行かなければならぬ身の上を思い出し、そう、気後れしそうになる気持ちを何とか奮い起こす。

流石にあれだけの人数をおやっさんと女将さんのたった二人で捌くのはいかんせん無理があろう。

 

大きく一つ、深呼吸をする。

その様子を見て、「どうしたのですか、お兄さん。」と風は言った。

そう言えば、結局彼女たちの名前は分からなかったな、と今更なことを思い返す。

 

「そろそろ仕事に行かないと。」

 

それだけを風に言った。

 

「そですか。頑張って下さい。宝譿も応援していると思います。」

 

眠たげな目で、興味のなさそうな声で、いかにも社交辞令とばかりに彼女は言葉を返す。

せめて、君に応援して欲しかったなと、いつの間にやら彼女の元へと戻っているそれを見ながら思う。

ふんぞり返って鎮座まします宝譿は、どう見ても応援してくれているようには思えなかった。

 

 

群衆を掻き分け、やっとの思いで店内に辿り着く。

 

「おう、来てくれたか……。」

 

忙しく動き回っていた店主は、こちらに向けそう言った。額には大粒の汗が浮かんでおり、心なしか少し窶れているようにも見えた。

 

「客が多くて始めは楽しかったんだけどな、やっぱり歳には勝てん。朝からこの調子だから、流石に参ってきた。」

 

客の注文の多くは、制服と同じものを作って欲しいといったものであった。

しかしながら、制服である以上、学園門下生以外以外には売ることは出来ないのである。

その度に断らなければならないのがなんとも忍びない。代わりにとメイド服のデザイン画を見せてはみるが、やはり現物を見ないことには難しいという者が多かった。

試作品もまだこちらに届かない現状では仕様のないことである。

一方、浴衣を模して、既存の衣服を改良し生地を薄く、風通しを良く、更に大きく絵柄を染め抜きをした着物は飛ぶように売れていった。

ここ連日の暑さに辟易としているのはどうやら皆同じのようであった。

 

客足が引けてきたのは、辺りが黄昏に染まる頃合いである。

店内はさながら台風が過ぎ去った後のような有様であった。あれだけ並んでいた着物の半数近くが買われており、既に新たな住処へと運ばれている。

夏用の着物に関しては店頭から在庫に至るまでが完売である。

 

「今日はもう閉める。というか二、三日閉める。これじゃ商売にならねェ。」

 

元々二人で切り盛りしていた小さな店である。大人数を雇うだけの余裕はない。

店内で販売する衣服は、他店の針子さんへとデザイン画を送り、それを元にした製品を買い取るといった形をとっていた。

人件費が安く済む代わりに、今回のように急激に物が売れると製品が尽きてしまうといった難点があった。

在庫を抱えにくい反面、どうしても注文から到着までに大きなタイムラグが生じてしまうのだ。

更に言えば、他店に頼る以上送ったデザイン画を流用されてしまう危険性も孕んでいる。

 

「これを機に、人を増やすかなァ。

 今までは大した物じゃないから良かったが、制服だとかめいど服だとかの意匠を真似されちゃかなわん。

 あんだけ珍しい服ならば、どこだって喉から手が出る程欲しいモンだ。」

 

おやっさんが呟きながら店の外へと出ようとすると、時同じくして戸口にすらりと人影がさす。

どうやら客であるらしく、おやっさんは足を止めると早くも愛想を作り終えた。

ざくざくと砂地を鳴らせ、入ってきたのは三人の少女であった。先程の風、稟、星である。

 

「おやおやお兄さん。お仕事とはここだったのですね。」

 

風はこちらに気づき声を上げた。相も変わらず眠たそうな目をしている。その代わりにという訳なのか、頭上の宝譿が元気そうに手を振っていた。

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「ええ。先程あったばかりですが。」

 

腕を組みこちらを眺めているおやっさんに答える。

 

「なら、中は任せるぞ。俺は外を片してくるからな。嬢ちゃんたちも、俺なんかよりも若い男相手のが嬉しいだろう。」

 

そう言うと、大きな笑い声を上げながら店の外へと出ていく。

残された若い衆の中、始めに口を開いたのは星であった。

 

「お主がいるならちょうどいい。その制服とやらを見せてはくれぬか?」

 

「そうしたいのは山々ですが、生憎もう店には置いてないんですよ。元々人数分しか用意していませんので。」

 

「それは運のないこと。折角三人で首を長くして人が引けるのを待っていたんだが。」

 

星の言葉に反論をしたのは稟だ。

 

「見たがっていたのは星だけでしょう。元々学園には向かうつもりで居たのですから態々こちらでなくとも良かったのではないですか。

 待つに託けて隣でメンマを食べたかっただけでしょう。」

 

「新たな街に来たのだ。メンマを食さず何を食べる。よく言うではないか。出会いは一期一会だ。」

 

それも星だけでしょう、と心底呆れた様子で稟は項垂れた。

 

 

「学園って、もしかすると水鏡先生のところですか?」

 

一番近くにいた、ぼうっと飴を舐めている風に尋ねてみる。

反して、言葉を返したのはその頭上。宝譿という何だかよく分からない物体であった。

声は間違いなく風のものなのだが、ぴょこぴょこと動く小さなあれの手は本当にどうなっているのかが分からない。

もう、考えるだけ無駄なのではないのかと、諦めにも似た境地にも達している。

 

「オウ。その通りだ。俺たちゃ彼女に会うためにやって来たのさ。」

 

「我々は故あって諸国を回っている者です。彼、宝譿の言う通り目的の一つに徳操殿に会うこともありますが。」

 

稟はそう言った。その後に続けるようにして口を開いたのは風であった。

 

「ここの太守様に会うための顔繋ぎを頼みたいっていうのが一番ですかね。水鏡先生の教え子たちにも勿論興味はありますが。」

 

 

何でも、いきなり太守のようにお偉い方に会うのは難しいそうだ。

ある程度上の者に会うためには名士の紹介がある方が格段と楽になるらしい。

とはいえ。

「いきなり見ず知らずの方を、名士が紹介をするってことはあるんですか?」

 

「普通なら難しいだろうな。だが、やりようが無いわけでもない。金で買えるものは意外と多いのだ。」

 

とは星の言である。いわゆる、賄賂というやつなのだろう。

彼女たちには悪いが、聞いてる身としてはあまり良いものではない。

それに、先生がそんなもので動くとは思いたくなかった。

 

「そのような顔をしなくとも、全てが全て、という訳ではありませんよ。

 特に、徳操殿、水鏡先生に関して言えばそのような方法を取る必要はありません。

 人物評に優れるという彼女ならば、我々に正当な評価を下して頂けるでしょうから。」

 

眼鏡をくいと正しながら、涼し気な眼差しで稟が言う。

取っつき難さはあるが、嘘をいうような人物には逆立ちしても見えそうにない。

 

「そう、ですよね。先生はお金で動くような方では無いでしょう。」

 

俺の言葉に、ほう、と星は喉を鳴らす。

そして、「これは当たりではないか?」と言った。

彼女の言葉の意味が分からないままにいると、くいくいと着物を引っ張られている感触がする。

目を落とすと、風の手が伸びていた。

 

「お兄さんお兄さん。もしかして徳操殿とお知り合いだったりしませんか?」

 

 

偉い人に渡りをつけるため名士に会うように、名士に会うために渡りをつけることも多々あるそうだ。

また、土産を持参する際に相手の好みを探ることも、円滑な関係を築くためには時として必要となるらしい。

そういった意味で、俺のように近しい人間は願ったり叶ったりといった所であるらしく、そのまま隣の飯屋と連れて行かれることとなった。

すれ違いざまに見たおやっさんの顔は、非常に、この上なく、そして気持ちの良い程に晴れ晴れとした笑顔であった。

絶対に何をか勘違いをしている。そうは思ったのだが、口を開く間もなくずるずると星に引き摺られていく。

見かけによらず凄まじい力である。自分で歩けるからと言うも、「なに、気にするな。」と取り合っても貰えない。何を気にするなと言うのか。

助けを求めるように視線を稟へと向ける。しかし露骨に逸らされる。

続けて風へと動かす。彼女はぼうっとしたまま歩いており、何を考えているかがこちらからは読み取れない。

見つめ合うこと数秒。風は漸く何かに得心がいったのか、おおう、と手を打つ。

そして、とことこと近寄って来る。どこから出したのかも分からぬ内に、彼女の手にはあの飴が握られていた。

 

「お兄さんは特別ですよ。」

 

と、その飴を無理矢理に口へと捩じ込まれる。

 

――違う。そうじゃない。

 

もはや、口を利くことさえも叶わなくなった。

 

 

   北郷一刀の奮闘記 第十四話 旅は道連れ 世は情け 了

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
27
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択