帝記・北郷:参の後~愛しき人への挽歌〈その軍師、最強〉~』
翌日。
当初予定通りの平原で両軍は対峙した。
片や、天の御遣いを頂く維新軍。
片や、天下を席巻した覇王の軍。
両者は静かに、その殺気をひそませ対峙する。
魏軍から一騎進み出る者がいた。
どうやら、覇王自ら舌戦を挑みに陣頭に立ったらしい。
それを見て、一刀も動く。
それに蒼亀も続こうとしたが、一刀は目でそれを止めた。
蒼亀は一礼して後ろに下がる。
やがて、一刀はその姿を陣頭に現す。
その姿に、魏軍から声が漏れる。
それは、敵の総帥が本当にかつて自分たちと共に戦った天の御遣いであるということへの動揺であり。
その威風への畏敬であった。
雪のような白馬に跨り一刀は進む。
白馬は龍志の乗騎の弟で、名を『雪花』と言う。
一刀が身に着けるはおなじみ天の御遣いの聖フランチェスカ御用達ポリエステル製制服……ではなく、白銀の鎧。
その背には深い緑を思わせるような外套(マント)
腰に帯びるは、サスペンションなどと同じく一刀の記憶だけを頼りに作られた大陸唯一の日本刀『白狼』。
そして一刀自身も、本人は気付いていないが美男子の部類に入る器量良しだ。
魏の兵士ならず維新軍の中ですら、今当に目の前に天人が降りてきたのだと思う者すらいた。
華琳も予想外の一刀のいでたちに、一瞬心奪われる。
しかしすぐさま、覇王の仮面を心に着けると一刀と対峙した。
「逆臣・北郷一刀!よく我が前に姿を現した!その勇気に免じ、今降るならばその命だけは助けよう!」
覇王の声に思わず腰を引きそうになる一刀であったが、ぐっとこらえ呼吸を整えると朗々とした声で応えた。
「それはこちらの台詞…己の罪を糾弾されながらもこうして我らの前に姿を現すとは……恥はないのか!?貴様に天下統一の夢を託して死んでいった無数の将兵達に対し罪の意識はないのか!?」
「彼等の思いを無駄にしたことへの罪悪感はある…しかし、それに報いるべく私は平和な国を創ろうとしている……逆に訊こう!彼等の思いを理由に乱を起こすことが彼等の意思を継ぐことになるのか!?彼等の鎮魂になるのか!?」
「黙れ!!都合の良いときだけ彼等を利用するか!!先に彼等を裏切った貴様に彼等の思いを語る資格がどこにある!!」
「夢を託されたものとして…彼等の夢を語る資格はある!!」
「ならば我らも彼等の意思を継ぐもの…彼等の無念を語ることに何の迷いがあろうか!!」
「では、考えを改めるつもりはないと?」
「ああ、もはや言葉によって我らの道を束ねることはできぬ!!」
「ならば……戦ね、一刀」
言葉の最後は、二人にしか聞こえない程度のものだった。
「ああ…戦だ華琳」
一刀も声を落して応えた。
「まったく…勝手にいなくなったと思ったら戻ってくるなりわたしに楯突くなんて……いい度胸ね」
「華琳…俺は、いや俺達は……」
「言わなくても解っているわよ……貴方達の考えくらい」
ふっと華琳は小さく笑い。
「だからこれだけは言わせて。敵と味方に分かれても…わたしはあなたを愛しているわ」
「……俺もだよ、華琳。信じてもらえないかもしれないけど、俺も愛している」
「…信じるわよ。それだけの時間を一緒にしたんだから」
そして華琳は馬首を返す。
「じゃあね一刀…死んでも恨みっこなしよ」
「ああ、お互いな」
一刀も雪花を自陣に向ける。
そうして二人は、一度も振り返ることなく自軍へと戻っていった。
維新軍。
「お疲れ様でした」
自軍に帰った一刀を、蒼亀が迎える。
「うん…疲れた~」
はぁ~。と息を吐く一刀。
蒼亀は苦笑しながら、竹筒に入った水を渡す。
「……して、どうでしたか?」
一刀が水を飲むまで待って、蒼亀はそう尋ねた。
「うん…何かすっきりしたよ」
「それは良かった……では、我が君、部隊に号令を!!」
「ああ!!」
力強く答えて一刀は陣頭へ向かう。
魏軍。
「ただいま。桂花、水をちょうだい」
「は、はい!」
桂花の渡した水を、静かに華琳は飲む。
「あの…華琳様。あの北郷は……」
「春蘭。余計な事は考えないで、目の前の敵を倒しましょう」
「は、はい」
静かな華琳の剣幕に、口を紡ぐ諸将。
そして華琳は号令を発すべく再び陣頭へと向かった。
「維新軍の同志達よ!聞いて欲しい!!」
「聞け!魏の兵士よ!!」
「これから俺達はかつての主と戦おうとしている!!」
「奴等はようやく我らがつかんだ平穏を乱さんとしている!!」
「正直、まだ戸惑いってる人も多いと思う……」
「そのような事が、許されるのであろうか!!」
「でも、俺は今よりもずっといい世の中が作りたい…それが、俺が戻って来て強く思ったことだ!!」
「長き戦乱の果てに得た平穏を守るために……」
「だから…今は信じてついて来て欲しい!!俺に、龍志に!!」
「剣を抜け、曹魏の兵よ!!」
「行こう!共に行こう!この道を!!」
「我らが熱情を見せつけるのだ!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」
兵達の雄叫びが大地を震わす。
その声を聞きながら一刀は思った。
天下を造っているのは人っていう言葉は、本当なんだなと。
「敵軍から単騎突出したものあり!おそらく敵将・楽進!!」
「凪か……」
傍らに控える郭淮の言葉に複雑そうな顔をする一刀。
しかたあるまい。かつて最も長い時間を共に過ごした少女の一人なのだから。
「単騎ってことは一騎討ち希望ってことか……誰を出すかな?」
「我が君。私をお出しください」
一刀がそちらを見ると、灰色の馬に跨った蒼亀が進み出ていた。
「いや、蒼亀さんは作戦の指揮をとる軍師だ。ここは誰か別の人を……」
「殿」
静かに、だが決意をこめて蒼亀はさらに進み出る。
「我が義兄・龍志が戦乱の一番槍を務めたのです。この決戦の一番槍は、その義弟として私が捧げとうございます」
「でも……」
「腕前ならご心配無く、殿に稽古をつけたのは私ではないですか」
そう言われたものの、一刀はむしろ蒼亀よりも祭に痛めつけられたことが多いため、正直何とも言えない。
蒼亀もそれを察したのか。
「殿。私と祭殿では教えるものも教え方も違います……自信過剰なようですが、私は決して祭殿にも引けを取りませんよ」
「兄貴、あの蒼亀さんがここまで言うんだ。良いんじゃないかな?」
「そうですよ。それに蒼亀殿の実力は折り紙つきですから」
孫礼と郭淮もそう薦めてくる。
「解った…でも無理はするなよ」
「御意」
それだけ言い残し、蒼亀は馬で駆けて行った。
「私は曹操軍の楽進!!誰か私と勝負する者はいないか!?」
維新軍からある程度離れたところで凪が叫ぶと、すぐに一騎の騎馬武者がこちらへやって来る。
「その勝負…この蒼亀が謹んでお受けします」
優雅に礼をする男に、凪は戸惑いを隠せない。
それもそうだろう、戦の今後を左右するとも知れない一騎討ちに出てきたのが文官姿の優男、しかも維新軍の重鎮と聞く人物なのだから。
「貴殿が蒼亀殿か?」
「いかにも」
不敵に笑う蒼亀に、凪は無表情で。
「文官を斬っても刃の誇りにはならない…見逃してやるから他と代わってもらえ」
「おやおや、楽進殿は魏でも指折りの猛将と聞いていましたが。どうやら間違いだったようですねぇ……」
「何!?」
色めき立つ凪と対照的に、蒼亀は肩をすくめ心底あきれたというような風に。
「相手の装束や風態にばかり目が行って、本質を理解しようとしない……やれやれ、氣を使う魏の猛将とやらがこの程度とは、魏国も底が知れますね」
「貴様…言わせておけば、私だけでなく魏まで侮辱するか!!」
激昂した凪は馬の鞍を蹴り、蒼亀めがけて氣をこめた鋭い蹴りを放つ。
それを蒼亀は……。
ゴ……
無造作に左腕で受けた。
「なっ!?」
驚きに目を見開く凪。
彼の防御にもだが、それ以上に彼女を驚かせたのは。
「貴様…硬氣功を……」
「ええ、少々私も氣を嗜むもので」
柔和に笑う蒼亀に、凪は言いようのない恐怖を感じていた。
先程、蒼亀から特別氣を込めているような気配は感じなかった。
つまり、蒼亀は瞬時に腕に氣をめぐらせ硬氣功を使ったのだ。
並の氣の使い手にできる芸当ではなかった。
だが、それでも引かないのが凪の流儀。
ただひたすら…前進あるのみ!!
「はあああああああああああ!!」
裂帛の気合とともに、再び地を蹴り今度は強烈な踵落としをみまう。
だが。
「なっ!?」
踵落としをせんとする凪の眼に、無数の拳が映る。
このまま進めば激しいダメージを負うことは避けられない…それでも。
「前進あるのみぃ!!」
凪は足を振りぬいた。
ギイィィン!!
だが拳は凪の体に当たることなく、その代りに響いたのは金属同士を打ち付けた耳障りな音。
蒼亀が鞘に納めた喪門剣で凪の蹴りを防いだ音だった。
「流石は退かずの楽進殿…拳に驚いて退いていたならば、この剣で真っ二つになっていましたよ」
蒼亀がそう言った時、その体が下に沈んだ。
凪もその隙に距離をとる。
「おや、馬の足がしびれてしまったようだ」
足をガクガクと震わせる馬の頭をなでながら、蒼亀が地上に降り立つ。
「はぁ、はぁ…」
凪は荒い息でそれを見ていた。
信じられないが、先程の蒼亀は拳を出してなどいない。となるとあれは氣を放出させて幻視させたモノとしか思えなかった。
凪は先ほどの自分の考えを改める。
並の使い手以上などではない。目の前の男は達人とかそういったものを超越した…武神の域にいる。
「では、今度はこちらから……」
そう言って蒼亀は無造作に抜き放った喪門剣を振り下ろす。
「!!」
一見すると普通の斬撃だが、その一撃に込められた氣の凄まじさを察知した凪は……。
ドガァ!!
「おや、退かずの楽進を退かせるとは…これは義兄さんに自慢できますね」
生まれて初めて、退いていた。
「凪!!」
「凪ちゃん!!」
その時、凪の傍らを二つの騎影が駆け抜け。
「うらああああああああ!!」
「せいやあああああああ!!」
その馬の鞍を蹴り、真桜と沙和が同時に蒼亀に襲いかかる。
「いけない!?」
とっさに凪は氣団を放つ。
威力は低いが、今はこれが精一杯だ。
三つの同時攻撃に対し蒼亀は……。
「ふ……」
ピシッ!
氣を込めた左手の二指で真桜の螺旋槍の先端を掴み。
バシュ!
剣を逆袈裟に振るい凪の氣団を切り落とし。
ギィン!
そのまま剣で沙和の二刀をまとめてさばいた。
「なっ…!?」
「嘘…なの……」
「二人とも離れろおぉ!!」
凪の叫びが呆然自失の二人をとっさに後ろに跳ばせた。
ヒュオ!!
不気味な風切り音を上げて、二人がいた空間を蒼亀の剣が撫でる。
三人は蒼亀を中心に彼を囲む。
だが、その顔には一様に冷や汗が流れていた。
自分たちと目の前の男は次元が違いすぎる。
おそらく春蘭や霞といった魏国最強の武将でなければ太刀打ちできまい。
蒼亀は囲まれているのも関わらず、剣を肩に担ぎ目を閉じ佇んでいる。
一見すると無防備。
だがおそらく、下手に飛び込めば首と胴が離れるのは明確だ。
「ったく…何やねんこのあんちゃん……」
思わず真桜が呟いた言葉に蒼亀は目を開け真桜の方を見ると、戸惑う彼女に穏やかな微笑みを浮かべこう言った。
「ただの軍師です」
~続く~
後書き
長い!とにかく長い!!おかげで三分割な上に変なところで終わっている……おまけに予告を消化不良気味。
あ、それから蒼亀の強さですが、劇中でもあった通り関羽とか張遼、孫策クラスです。
書いていて強すぎかな?とも思ったのですが、これくらいあった方が意外性があるかな?と(闘える軍師って呉にしかいなうえに、あんまり描写されてないから影が薄いんですよね……うちの軍師はちなみに全員闘えます。実際、前線に立つタイプの軍師とかって結構強かったんじゃないかと思うんですよ。そうじゃないと足手まといにしかならないし、前線に来るなって話になりますからね)
前回のコメントで、左慈と于吉が黒幕じゃないかって話がありましたが、半分正解です。龍志との因縁についても気にかかっている方はいらっしゃるかと思いますが、その辺はご期待を。
では、またお会いしましょう。
(しつこく続ける)次回予告
それぞれの思いをぶつける一騎討ち。
明日をかけた兵士達の激突。
交わされる智謀。
混乱の戦場を制するのはどちらだ?
そして龍志はどうしているのか?
呉蜀…そして選定者達の動きは?
次回:帝記・北郷~主の為に~
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三話後編。
三分割って結構大変です。