第18話~逆襲~ 『聖夜の
【side カイト】
「ふぅ………」
大猿の息の根が完全に止まっていることを確認した僕は安堵の息を漏らし、剣技を解きいつもの形に戻った大剣をひとまず鞘に収めた。
地に伏せもう微動だにもしないその獣を一瞥し、その巨躯に戦前の畏怖を感じ取る。
ーー危なかった………。 まさか《ギルト・クルセイダー》まで使うことになるとは。 おかげでエネルギーもかなり使っちゃったか……。
《ギルト・クルセイダー》は、強力すぎるが故に威力を調節できない。 使うとすぐばててしまう。 今回こそ速攻の一撃で済んだものの、もし奴らがさらに強化されて最悪群れで襲ってきたならば………。 考えるだけでも悪寒が背筋をかける。
だが、だからこそ得たものもある。
僕は心に宿った新たな決意に身を奮わし、小さく口に出そうとして、
「僕も、強くならな………うおぉぉっ!!?」
剣士らしからぬ奇声を上げてしまった。
その理由は、背中の中腹くらいに位置する場所に当たる、何やら柔らかな感触。 僕が慌てて振り返るまでもなく、そのホワンとしたモノの持ち主の微小な声が耳に届いた。
「カィ……ト………」
「えっ!? あっ……あの! セセセ、セシ……リア………?」
感触の正体が明らかになったからには、僕はいよいよ頭が真っ白になってしまった。 残念ながらある程度親密とまで言えるような女の子が、妹のように思っているハリルか、ずっとレイヴンにベッタリのマーシャくらいである僕にはこういう時にどのように対応したらいいのかというマニュアルはない。
いち真摯たる男ならば今すぐにでも飛びのいて土下座でもするべきなのだろうか。 だが、それも違う気がする。
僕が出口のアテもない迷宮の中で悶えていると、またしても聞き取れるかどうかのギリギリの声量で音色のような美しい声が発された。
「すこし………このままで、いてください」
震えるのを我慢したような錦糸のようにか細い声を耳にした僕が思考もないまま返事をするまでに、そう時間はかからなかった。
「……大丈夫。 僕も君も、生きてるよ。 安心して………」
「……ありがとう」
そうして僕は、頭の中で今回の戦闘を振り返りながら、次の敵との戦闘プランを打ち立てーーーーていたわけではなく、ただただ背中に当たる感触を意識しないように無意味に思考をあちこちに馳せていた。
聖夜に響くのは、今までの騒然も幻のように思える静かな清風と、微かな二つの心音だった。
やがて背中に預かっていた小さな重みが離れるのを感じ、僕は振り向いた。 するとーーー
「あっ……!! まだこちらを向いちゃ………ダメです!」
「えっ!?」
なぜだか強引に首の角度を戻された。
背後から、今までの沈んだ声音とは似て否なる切れ切れの声が聞こえる。
「こんな顔……見せられないです………」
「あ、ああ……。 そっか」
そしてまたしばらくの沈黙。 微かに漏れるすすり泣きが聞こえなくなってから少し待って、僕は彼女に切り出した。
「………もう大丈夫かい?」
「あ、はい。 ………多分」
ゆっくりと振り返ってみると、丁度彼女のはしばみ色の瞳と目が合った。 二人して驚いたように視線をそらしてしまい、ぎこちなく苦笑いを交わす。
改めて伺ってみると、彼女はまさに物語のお姫様を切り抜いてきたような淡麗さだった。 腰まで伸びた瞳と同色の髪は白銀に輝き、抜くように白い肌がその中で映える。 先ほどまで僕を苦しめていたモノはなるべく視界に入れないようにして言葉を探していると、そんな、お見合いさながらの気まずい空気に耐えかねたのか、彼女の方から上目遣いに遠慮がちに切り出した。
「あの、つまらない問答かもしれませんが……なんで………なんであなたはあれほどの危険を冒してまで私を助けてくれたのですか?」
「え? …………うーーん」
セシリアの突然の質問に、僕は考え込んでしまった。
否、なぜかという疑問に対する明確な答えはきっと持っていなかったのだ。 いつもそうだった。 第六感が働くや否や、単身危険な場所に踏み込んでは、無茶で人を助けたことが幾度もあった。 考えてもみれば、「助けなきゃ」と思った以外のことはなかったのだ。
でも、今回は少し違う気がした。 この少女、セシリアと出逢って、言葉を交わして、僕は確かに「護りたい」と思ったのだ。 結局その理由もはっきりしないのだが、一つ、助けた相手に後で向き合ってみると、必ず感じることがある。
「えっとさ……。 助けに入った時は大した理由もなかったかもしれないけど、その後で『助けてよかった』って思えるならそれでいいんじゃないかな?
別に今日会ったばかりなのにさ、今僕は、君のことを助けて……護ることができて本当に良かったって思ってるよ」
そんな僕の言葉を聞いて彼女は目を丸くしたと思ったら、くすりとその頬を緩めた。
「ほんとに………カイトは真正面で優しいナイト様ですね……」
「カイトは……優しいナイト………と」
「ダ……ダジャレじゃないです!!」
僕が茶化すように言うと、セシリアは頬を僅かに染めて勢い込んで否定した。
「あははっ。 冗談だよ」
「もぅ……。 ほどほどにしてください」
頬を膨らませ、眉をひそめる彼女を見て、僕はいつの間にか心が和んでいることに気づく。 先刻まで命を懸けた戦いをしていたというのに。 今まで感じたことのない温かな平穏が、心の奥で仄かな光を灯していた。
「あぁそうか………。 これが、人を好きになるっていうことなのかな………」
「?」
「あ、い、いや。 なんでもない」
僕は思わず口をついて出てしまった自己認識に驚き、同時に納得した。
ハリルがイサクのこととなると余計に落ち着きをなくして、逆に変なパワーを得ることがあるのも、マーシャがレイヴンの前では普段の数十倍大人しくなるのに、自分の力を十二分に発揮できるようになるのも。 この不思議な感情ゆえのものなのか。
僕はもう一度セシリアの顔を見た。
長い髪を揺らして首を傾げる彼女に対して、明らかに今まで感じたことのない何かが動くのがわかった。
「?」
「……真の力は己の内と外との狭間に……か………」
僕はそうつぶやき、彼女に向かって一歩を踏み出そうとした。
ーーーーだけど、その時だった。
僕の第六感が。 いや、身体の全神経が。 一斉に大音声の警笛を鳴らした。
「っっっつ!!!?」
ーーーーなんだこれは!? 何でこんなに……!!?
身を裂くような旋律が走り、その感覚の強大さに思わず竦みそうになった。 なぜなら、この空気をも喰らう威圧感とへばりつくようなドス黒い殺気は………。
僕はその予感が外れていることを祈り、その気配の根源をひしと感じ取れる東方を勢いよく仰ぎ見た。
そして、言葉を失った。
僕の異変に気付いたのか、セシリアもつられるように同じ方向を見て、硬直。
「そん………な」
ーーーー僕達の眼前の岩陰から、先の大猿にも劣らない巨大な亜獣が、四体。 その怪奇な姿を現した。
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投稿タイミングが遅くなってしまってすいません。
今回は少し短めになっていますが、実を言うとあと二つの視点があったんです。 しかしてそれだと脅威の一万文字に届いてしまうことに気づいたので、二話に分けました。
なので次回は五日以内に投稿できるはず……。