No.581175

ヤンデレなミカサと苦労性な僕2、3

アルミン第2劇、3劇

2013-05-29 00:36:04 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:5228   閲覧ユーザー数:5116

ヤンデレなミカサと苦労性な僕2 ウォール・マリア陥落

 

 

 

 僕の名前はアルミン・アルレルト。

 アルミンっていう名前のせいで、よく新種のポケモンやドラクエキャラと勘違いされる。けど、最近はそっちの方がみんなに愛されていいんじゃないかと思い始めた哀愁漂う10歳の男だ。

『貧弱女顔総受け肉便器にエレンのお嫁さんの座は渡さないんだからっ! エレンは私のお嫁さんなんだからっ!』

 幼馴染の少女ミカサ・アッカーマンには事実無根の言い掛かりを付けられて命を狙われる日々。

 何で男の僕がエレンのお嫁さんになりたいと考えていると思うのかまるで分からない。

 ヤンデレって話がまるで通じないので巨人同様に本当に性質が悪いと思う。

『ミカサとアルミンって本当に仲良いよな。2人ってやっぱり本当は付き合っているんじゃないのか? 誰にも言いふらしたりしないから、俺にだけこっそり教えてくれよ。なっ』

 もう1人の幼馴染であるエレン・イェーガーは恐るべき鈍感さを発揮して僕の死亡確率を高めてくれる。

 エレンは壁の外に出たいという僕の夢に唯一賛成してくれるとても貴重な友達。

 でも……とても馬鹿だった。しかもエレンは全然ミカサのヤバさを理解していない。エレンにミカサからの脅威を防ぐように頼むことはとてもできそうになかった。

『総受け……あなただけは許さない。たとえ人類と巨人の全てを敵に回しても私はお前を駆逐してやるわ。この世から……一欠けら……残らずっ!』

『僕とミカサとエレンは3人で仲良し幼馴染だよねっ!?』

『私とエレンには親密な夫婦のような関係が、エレンは悪しき総受けにたぶらかされているという1対1の関係は存在する。でも、私と総受けの間には何の関係も存在しないわ』

『相変わらずパネェ物言いだね』

 僕は壁の内側にミカサという脅威を抱え、壁の外側に巨人という脅威を抱えていた。

 でも、その脅威は抽象的なものから具体的で現実的なものへと変わった。

 

 そう。845年のこの日……人類は思い出すことになった。

 ヤツらに支配されていた恐怖を。鳥かごの中に囚われていた屈辱を。

 

 巨人は100年間打ち破れなかった壁を突き破って人類の居住エリアへと入ってきた。

 人類と巨人、そしてミカサの三者の戦いが新たな局面へと突入したのが今日という日だった。

 

 

「えっ? 何っ? 何が起きたんだ!?」

 僕がソレを知ったのは夕方、街中で大きな爆発音のようなものを聞いたからだった。

 ドーンという大きな爆発音が鳴り響くとほぼ同時に大きな土煙が上がった。そしてすぐに人々の悲鳴と逃げ惑う足音が僕へと近づいてきた。

 ただ事じゃないことはすぐに分かった。逃げ惑う人たちの悲鳴と足取りがあまりにも本気だったから。

 そして彼らが何から逃げているのかはすぐに分かることになった。ソイツらは人間の住む街にいるにしてはあまりにも目立ちすぎていたから。

 

「何で、巨人が街の中にいるんだよ……?」

 

 壁の中に絶対に存在してはいけないモノが多数入り込んでいるのが見えてしまった。

 巨人は小さい個体でも4メートル。平均では7メートル級のものが多く確認されており、奴らは概して2階建ての家よりも大きい。その事実を僕はこの両目で確かめてしまった。

「壁を……巨人に突破されたんだっ!」

 それしか原因は考えられなかった。巨人は100年間破れないでいた壁を今日遂に崩してしまったのだ。その事実に思いが至った以上、僕がするべきことは1つだった。

「みんなっ! 内門に向かって逃げるんだっ! ウォール・マリアの中に入ってしまえばコイツらは追って来られないからっ!」

 僕はあてもなく逃げ惑う人々に対して、逃げるべき方向を大声で提示した。

 壁の内側に巨人が入り込んでいる以上、この街を放棄してウォール・マリアの内部に避難するしかない。それしか、僕たちに生き延びる策はなかったのだ。

 

 僕の住むシガンシナ地区は、ウォール・マリアの外側の突出区となっている。

 突出区というのは、壁の幾つかある扉部分に存在する行政区のこと。扉付近では壁が二重構造になっており、内側の壁と外側の壁の間は『∩』字型の空間になっている。

 僕の住むシガンシナ地区はウォール・マリアの南端に位置する壁と壁にサンドイッチされた『∩』字型の狭間の街だった。

 では何故突出区などというものが存在するかと言うと、それは巨人の特性を活かしたコスト削減策のためだった。

 ウォール・マリアの総延長は3,000キロを超える。それだけの長い壁を補強しながら巨人の迎撃に備えることは人口120万ほどで高速移動手段も通信技術も持たない人類には不可能なことだった。

 巨人を一箇所におびき寄せ、そこだけ集中して警備するシステムがコストの面からも必要だった。

 巨人は人間が多い場所に惹かれて集まる特性を持つ。その特性を活かして形成されたのが突出区だった。

 突出区は街の住民全体が巨人をおびき寄せるエサという嫌な役割を担っている。当然、他の地域よりも危険に遭遇する可能性は高まる。しかも命に直結した危機だ。

 普通であればそんな地域に住みたがる人間はいない。だからこそ王政府は突出区の住民に対しては税制優遇という経済的利益を与え、名誉市民として扱うプロパガンダを施すことで住民の定着を促してきた。

 そしてこの100年間巨人が壁を突破してこなかったという事実は、突出区に住む人々にエサ代わりという役割の意味を忘れさせるのに十分な時間だった。

 だけど巨人はこの世から消えたわけでも弱くなったわけでもない。単にその恐怖を人類が忘れていただけの話。巨人に壁の中に入って来られると僕たち人類は絶望の中で逃げ惑い捕食されるしかなかった。

 

 

「巨人が壁を破ってきたぁっ! みんな早く内門に向かって逃げるんだぁっ!!」

 僕自身も逃げながら戸惑って動けないでいる人たちに対して必死に声を掛ける。

 呆然としている人でも、大声で呼びかければ気付いてくれる場合は多い。そして、生存本能に基づいて走り出してくれる場合も多い。

 でも、中には恐怖のあまり全く動けなくなる人たちもまた多数いた。

「ホモォ~~ッ!」

「きゃぁあああああああああぁっ!!」

 25歳ほどの女性が路地裏で1匹の女型巨人に捕まってしまった。

 女性は巨人の指先で首を捕まれ空中へと持ち上げられていく。

「嫌ぁあああああああああぁっ!! 助けてぇえええええええええぇっ!!」

 女性の悲痛な叫び声が僕の耳に届いた。その叫びは僕の胸の奥深くに突き刺さる。

「あっ……ああああ……ああっ」

 でも、無力な僕には女性を救うなんてできなくて。それどころか全力で巨人から逃げ出していた。僕は自分の無力さをかみ締めずにはいられない。そして──

「ぎゃぁあああああああああ…………ウピュf!?」

 女性は僕の見ている前で、巨人の口の中へと放り込まれて食われてしまった。

 ……グチャグチャと人間を咀嚼する気持ち悪い音が僕の耳に届いた。

 僕はその時の光景と音、そして周囲に漂う臭いを生涯忘れることはないだろうと確信した。それぐらいに衝撃的な瞬間だった。

 女型の巨人は数十秒間女性を咀嚼し続け

「ペッ」

 ガムのように口から無造作に吐き出したのだった。

 地面に叩きつけられる女性の身体。

 そして──

「びっ、びっ、びーえるぅ~~~~っ!! りヴぁえれもぇ~~~~っ!!」

 突如立ち上がるとうつろな瞳で巨人同様に意味不明なことを叫び始めた。

 あれこそが、巨人に食われた人間の末路に違いなかった。

 

 人間は巨人に食われると人間ではない何かに変貌してしまう。

 古い伝承に拠れば、巨人に食われた元人間は“大田区” (読み方不詳)と呼ばれていた。

“大田区”には幾つかの種類があるらしく、“炉理大田区”“阿仁大田区”“亜意度瑠大田区”(いずれも読み方不詳)などの存在が記録に残されている。詳細は不明なのでどんな分類なのかよく分からないのだけど。

 女性の“大田区”の場合、“腐女死”や“鬼腐神”(いずれも読み方不詳)と呼ばれる人間とは違う何かに変化したらしい。

 “大田区”と化してしまった元人間は巨人のようにニヤニヤしながら意味不明な言語を叫び続ける。徹夜で並んだり、集団で地べたに座り込んだり、やたら汗臭かったり、怪しい薄い本を売ったり買ったり、イベントのために会社や学校を休んだり、幼女にニヤニヤしたり、美少女に罵倒されることを事の他喜んだり。女型の“大田区”の場合、やたらと男同士を絡ませたがりもするらしい。

 とにかく僕が知る限り“大田区”は人間じゃない。あんな悪逆非道の限りを尽くす奴らを僕たちと同じ人類とみなすなんてできない。“大田区”も巨人同様に排除すべき存在だ。

 更に大きな問題として人類は“大田区”と化してしまった存在を元の人間に戻す方法をいまだ知らない。“大田区”となってしまった者は消滅するまで“大田区”なのだ。ゾンビや吸血鬼に噛まれた者の末路のように。

 “大田区”と化してしまった者に対しては“汚物は消毒”するしかなかった。“大田区”は人類にとって極めて有害な存在なのでその結論に達するのも仕方のないことだった。

 けれど、“大田区”を火炎放射で処理しようと検討されていたのは巨人発生からごくごく初期の間だけだった。巨人、そして“大田区”は瞬く間に地球の大多数派と化していったのだから。

 伝承に拠ると、短期間の内に60億以上の人類が有害で絶対悪な“大田区”へと変貌してしまったらしい。それに対して現存する人類はわずか120万ちょっと。巨人がどれほど恐ろしい猛威を振るったのかが数字から読み取れると思う。

 その巨人が、人類最後の希望、安住の地であるはずの壁の中へと進入してきた。

 それがどれほどの絶望感をこのシガンシナ地区の住民たちに与えたのかは想像に難くない。それでも僕たちは生き残るために足掻かなければならなかった。

 僕たちは必死になって壁の内側へと逃れていくしかなかった。逃げ遅れて巨人に食われていく人たちに心の中でごめんなさいを唱えながら。

 

 

 僕は必死にウォール・マリアの内門に向かって走っていた。でも、途中で気が付いた。

「そう言えば……エレンとミカサは大丈夫なのかな?」

 幼馴染2人の消息がとても気になった。

「おじいちゃん……僕はエレンとミカサの様子を見てくる。先に内門へ行っていて」

 途中で合流したおじいちゃんに声を掛ける。ちなみに両親は、お父さんが『総受けになるだけの簡単なお仕事です』という職がみつかったとかでウォール・シーナの内側に行ってしまい最近全く会っていない。総受けって一体何なんだろう?

「アルミン……我が身を犠牲にしておじいちゃんを助けようというのじゃな。その心意気、無駄にはせんぞ。それじゃあワシはダッシュじゃあ~~っ♪」

 おじいちゃんは一瞬だけ目に涙を浮かべると、僕の返事も聞かずに内門に向かって全力疾走で駆け抜けていった。陸上選手のような綺麗なフォームだった。走り方に一切の迷いがなかった。

「…………エレンとミカサをみつけないと」

 視界がほんのちょっとだけ滲むのを感じながら、僕はエレンとミカサが住むイェーガー家のある方角へと足を向けなおした。

 

 

「嘘、だよね……? エレンとミカサがもう巨人にやられちゃったなんてことはないよね?」

 僕は目の前の光景を呆然としながら見つめ、全身を震わせていた。

 エレンたちの家から300メートルほどの地点までやってきた。けれど、それ以上近づくことはできなかった。

 エレンの家のある方角に巨人たちがウヨウヨしているのが見えたから。

 既に避難したか、もう巨人に食われてしまったか。考えたくはなかったけど、その2つの可能性しか考えられなかった。

 この付近にエレンたちがいないか震える体で路地裏を探しているその時だった。

「はっ、ハンネスさんっ! っと、エレン? ミカサ?」

 正面通りを駐屯兵団所属のハンネスさんが全速力で駆け抜けて行くのが見えた。ハンネスさんは両脇にエレンとミカサを抱えていた。

 そして3人はみな沈痛な面持ちをしており、特にエレンは絶望に陥った表情で完全に生気が抜け落ちていた。

「エレンッ!!」

 エレンの絶望した表情を見てただ事じゃないと思った。そして、巨人が攻めてきたという信じたくない事実、ハンネスさんが2人を担いで逃げているという現状を組み合わせると何が起きたのか何となく予測がついた。その可能性を口にすることはとても恐ろしいことだったので言えなかったけど。

「…………早く、3人に合流しなくちゃ」

 とにかく、エレンたちの生存を確認した以上、僕も巨人たちがうろつくこの周辺にいつまでもいるわけにはいかなかった。

 子供だけが通れる細い隙間を潜ってショートカットしながらハンネスさんたちを追いかける。

 

 駆け抜けること3分。僕はようやくハンネスさんたちに追いついた。

「ハンネスさんッ! エレンッ!! ミカサァッ!!」

 一心不乱に走り抜けていくハンネスさんたちに向かって大声で叫ぶ。

 けれど、ハンネスさんは走るのに夢中で僕に気付かない。茫然自失状態のエレンもうつろな瞳でその視界には何も捉えていないかのよう。

 僕の呼びかけに唯一反応したのはミカサだけだった。

「図々しくもしぶとく生きてやがったのね、総受け。チッ」

 ミカサはハンネスさんに抱えられながら僕を見て無表情のまま大きな舌打ちをした。

「危機的状況で幼馴染と再会して最初の一言目がそれなのっ!?」

 ミカサはどこまでもミカサだった。でも、そのゴーイングマイ・ウェイな彼女の目がすぐに曇った。

「お義母さまの代わりに総受けが巨人に食われてしまえば良かったのに……」

「えっ? カルラおばさんが……」

 ミカサの口が悪いのはいつものことなのでその点はこの際放っておく。

 問題は、ミカサがお義母さまと呼ぶ人、つまりエレンのお母さんが巨人に食べられてしまったということだ。

 エレンのお母さん、カルラおばさんは明るくて優しくて僕も大好きなおばさんだった。

 そのカルラおばさんが巨人の犠牲になったなんて……。

 絶句するしかない。

「お義母さまは私とエレンの目の前で巨人に食われたの。崩れた家の下敷きになって、動けなくなった所を巨人に襲われて。私たちを助けるために、この酔っ払い駐屯兵に私たちを託して……」

「そ、そんな……」

 ハンネスさんたちに置いていかれないように必死に走ってついていきながら、涙で視界を歪ませる。巨人から逃げている状況でなければうずくまって泣き出してしまいたかった。

「お義母さまは巨人に捕食され……貴腐人になってしまった。もう、人間じゃないの」

 それだけ言うと、ミカサは首をうな垂れて沈黙した。

 貴腐人というのが何なのかはよく分からない。けれどおそらくは女性版の“大田区”のことに違いない。

 ミカサは巨人が最初に出現したという東洋の出身者の子孫。そのためなのか巨人や“大田区”について僕よりよく知っている。僕に教えてくれることはないのだけど。

 とにかく、カルラおばさんがこの襲撃で犠牲になってしまったことだけは確かだった。

 

 

「あっ!」

 うな垂れたミカサに代わって反応を示したのがエレンだった。ミカサの口からカルラおばさんの話題が出たからかもしれなかった。

 小脇に抱えられた状態にいたエレンは急に目の焦点を合わせると、ハンネスさんの後頭部を思い切り殴った。

「何を?」

 ハンネスさんが驚く。それに対してエレンは憎しみの視線を向けて返した。

「もう少しで母さんを助けられたのにぃっ! 余計なことすんじゃねえよっ!! もう少しで母さんをぉっ!!」

 エレンの肘打ちが何度もハンネスさんを捕らえる。

「いい加減にしろぉっ!」

 ハンネスさんはエレンの体を前方に放り投げることでこれに対応した。

「エレン…………この酔っ払い税金無駄遣い。エレンを投げ飛ばすなんてっ!」

 ミカサもハンネスさんの腕から抜け出て、前方に投げ出されているエレンの元へと駆け寄っていく。果てしない殺気を放ちながら。

「…………今なら人間を1人狩っても、巨人の仕業と誤魔化すことができる」

 ブツブツと恐ろしいことを呟きながら。

「エレン……」

 ハンネスさんは神妙な表情を見せながらゆっくりとエレンへと近づいていく。そして諭すように告げた。

「お前が母さんを助けられなかったのは……」

 ハンネスさんは片膝を地面についた。

「お前に力がなかったからだ」

 その言葉を聞いた瞬間にエレンの怒りが爆発した。

「うわぁああああああぁっ!!」

エレンの拳がハンネスさんの顔に向かって放たれる。だけどハンネスさんはそれを片手で受け止め、そして告白した。

「俺が巨人に立ち向かわなかったのは……俺に勇気がなかったからだぁっ!」

 溢れる涙を拭おうともせずにハンネスさんは自分の弱さをエレンに告げた。

 大人が年端もいかない子供に自分の心の弱さを泣きながら正直に告げる。それは普通であればできないこと。しかもハンネスさんは駐屯兵団の一員でプライドは高い。

 にもかかわらず、ハンネスさんは自分の弱さを告白した。それはカルラおばさんを救えず、エレンたちを逃がすことで巨人と戦わずに済んだ自分に対して大きな後悔を抱いているからに違いなかった。

「……………………っ」

 エレンもそんなハンネスさんの心境が分かるからこそ。そしてハンネスさんに逃がしてもらわなければ巨人に捕食されていたに違いない自分を知っているからこそ。それ以上は何も言えなかった。

 2人は泣きながら見つめ合っていた。それは見ている僕の方も悲しみが込み上げて止まない和解の一幕だった。

 

 

 涙に幕引きするように後方で建物が崩れる音がした。

 色んなことがあり過ぎて忘れてしまいそうになるけれど、今この瞬間も巨人たちは街と人間を襲い続けている。ここだっていつまで安全なのか誰にも分からない。

 ハンネスさんは無言のままよろよろと立ち上がるとエレンの手を取って歩き始めた。エレンも半分うつろな表情のまま付いていく。今度は敵意を向けることもなく。

「あっ、危ない……」

 2人とも先ほどの一幕で力が抜け落ちてしまったのかその足取りはおぼつかない。ともすれば道を間違えて裏路地へと入ってしまいそうだった。

「心配だよね……あの2人」

 エレンたちを後ろから眺めているミカサに声を掛ける。

「やっぱり……総受けも心配だと思う?」

 ミカサが僕の話にまともに受け答えしてくれたのはとても珍しいことだった。

 だから僕はちょっとだけ嬉しい気分になりながら答えた。

「うん。ハンネスさんたち、内門じゃなくて、暗い裏路地に今にも迷い込んじゃいそうだなって」

「そう……っ」

 ミカサは僕の言葉を聞いて俯いた。

 彼女なりにどう2人を元気付けるか考えているのだろうか?

 そんな風に思ってしまった僕は……まだまだミカサのことを全然理解できていなかった。

 

「つまり、あの税金の無駄遣い……自暴自棄になってエレンを路地裏に連れ込んで陵辱するつもりなのねっ!! エロ同人みたいにっ!! エロ同人みたいにぃ~~~~っ!!」

 

 ミカサは空に向かって大声で叫んだ。

「ええぇえええぇっ!? またこのパターンなのぉっ!?」

 僕はミカサの言葉に背を仰け反らせて驚くしかなかった。

「きっと、こんな風にしてあの税金無駄遣いはエレンを蹂躙して自分専用の穴要員にするつもりに違いないわっ! こんな風にっ!」

 またミカサの妄想が始まった。

 ちょっとでも真面目な話が展開されるものと勝手に信じ込んでいた僕が大馬鹿だった。

 

『痛ってぇなあっ! いきなり何をするんだよっ!?』

 巨人からの逃避行の最中エレンは突如ハンネスによって陽の当たらない裏路地へと連れ込まれ、背中を壁に叩き付けられた。

 突然のできごとにエレンは抗議の声を上げながらも目を白黒させて驚きの表情を見せるしかない。

『俺たちは、俺たちはもうオシマイなんだぁあああああああああぁっ!!』

 ハンネスは空に向かって大声で吠えた。

『は、ハンネス?』

 エレンにはハンネスの豹変に再び戸惑うしかない。

『巨人が壁を突き破って中に入ってきた。俺たち人類はもうオシマイなんだぁああああぁっ!!』

 ハンネスが自暴自棄になっているのはエレンにも見て取れた。

『ハンネス、落ち着けよ! まだ一番外の壁を破られただけじゃないか。俺たちはまだ死が定められたわけじゃない』

『巨人は壁をブチ破る術を身につけたんだ。奴らはすぐに次々と壁を突破して、ウォール・シーナさえも貫通させちまう。そうなりゃ、もう人類に逃げ場はねえ。遅かれ早かれもうすぐ人類は巨人に滅ぼされるんだァっ!!』

 ハンネスが大きく両手を天に向かって開いてみせた。その瞳は不規則に小刻みに動いており錯乱の色が見られた。

『俺もお前ももうすぐ死ぬんだ。今日死ぬか明日死ぬかは知らねえが、もう俺の人生は終わったんだぁああああぁっ!!』

 ハンネスは錯乱した状態でエレンの両肩を掴んだ。

『うグッ!? お、落ち着けよ、ハンネスっ! 俺たちはまだ生きてる』

 肩に掛かる大人の男の握力にエレンの顔が歪む。だが、エレンの呼びかけにもハンネスは全く耳を貸そうとしない。それどころか自身の被害妄想ばかりを膨らませてしまった。

『俺はもう死ぬんだぁ…………なら、死ぬ前に好きなことをやっても……いいじゃねえか』

 ハンネスの瞳に黒い炎が灯った。

『そうだ。もう死ぬんだったら……理性だの、倫理だのモラルだの吹っ飛ばして、人生が終わるその瞬間まで享楽の渦に身を投じればいいよな。あの巨人どもみてえによ』

 ハンネスは壁に押し付けたエレンに体を擦り寄らせて密着させると、強引にその唇を奪った。

『ううっ!?』

 エレンにとっては初めての体験。しかも相手は男。わけが分からない。

 しかもハンネスはその行為を止めてくれない。それどころか舌を口内へと侵入させてきた。男の舌が歯や口蓋を舐めまわすという体験は10歳の少年にはショッキング過ぎる体験だった。

『あっ、ああっ、ああああ…………っ』

 ハンネスの唇が離れた後もエレンは呆然と体を震わすしかできなかった。

 そんな無抵抗なエレンを見てハンネスはますます興奮した表情を見せる。

『へへへっ。ここには俺とお前しかいねえんだ。だから、お前を楽しませてもらうしか俺が愉しむ方法はねえんだ。悪く思うなよ』

 ハンネスは鼻息を吐き出すと爛々と輝かせる瞳でエレンの服を脱がしていく。

『ひっ』

 エレンは短く悲鳴を上げるだけでそれ以上の抵抗を見せない。

 呆然としている間に服を手早く全て脱がされてしまう。

『俺だって、本当はガキを相手にする趣味なんかないんだ』

 ハンネスは誰に対するものか分からない言い訳を述べながら裸にしたエレンの体に触っていく。

 ハァハァと荒い息がひっきりなしにその口から出され明らかに興奮している。

『俺はな、逞しい男が好きなんだ。訓練兵団時代は、同期の奴らに取っ替え引っ変え手を出したもんさ。力でねじ伏せて無理やりモノにしたこともあったな』

 訓練兵団時代から男を弄んでいたというハンネスの指使いはとても慣れたものだった。エレンに脱出する隙を全く与えずに“準備”を整えていく。

『だから俺は、体を鍛えてもいねえ、口ばっかりのガキなんて本当は趣味じゃねえんだ。でもな、ここにはお前しかいねえんだ。だから、お前なんだよ。そういうことなんだよ』

 うわ言のように熱っぽく語り掛けるハンネス。だが、その指は一瞬たりとも休まずにエレンの体を愛撫し続ける。

 そして自身の気分が最高潮に高まってきた所で自身のズボンのチャックを下ろした。

『エレンだって人生の最期ぐらい、愉しい想いがしたいよな。大丈夫だ。肉と肉が重なり合う快楽は何にも得難いもんなんだぜ。今それを教えてやるよ。へっへっへ』

 ハンネスは恐怖とおぞましさのあまり硬直して声も上げられなくなっているエレンを地面に押し倒して覆い被さる。

『さあ、エレン。俺たちが巨人に食われるまで……最高の快楽を味わおうぜ』

 ハンネスはその下卑た欲望を茫然自失状態の少年に刻み込んで蹂躙すべく体をより密着させたのだった……。

 

「エレンのお尻と唇は…………私のモンなんだからぁあああああああぁっ!!」

 2人でよたよたと手を繋いで歩いているエレンとハンネスさんを見ながらミカサは怒り狂った表情で吠えた。

 逞し過ぎる妄想癖を持つヤンデレの本領発揮だった。

 ちなみにどんな妄想をしていたかは彼女が大声で音読してくれているので全部分かっている。何故ハンネスさんがエレンを襲おうとするのか欠片も理解できないけれど。

「ハンネスさんッ! 命が欲しかったら今すぐミカサから全力で逃げてぇえええええぇっ!!」

 僕にできることはいまだによろめきながら歩いているハンネスさんに命の危機を知らせることだけだった。

 巨人よりも遥かに危険で執念深くて性質が悪い闇の存在に命を狙われている。ハンネスさんにそれを知らせないわけにはいかなかった。

 ミカサの妄想垂れ流しの声が届いていない以上、僕の警告も届いているのか怪しい。なら、言葉以外で危機を知らせるしかなかった。

「ハンネスさんっ! 命の危機に気付いてっ!」

 僕は足元に落ちている小石を拾い上げると、ハンネスさんの立体機動装置に向かって投げつけた。

 

 立体機動装置というのは対巨人戦用の移動装置一式のこと。簡単に説明すると、腰ベルトに付けられた射出機から2本のワイヤをガスの力で射出することができる。ワイヤの先端にはアンカーが付けられており、建物や木に引っ掛けてから巻き取ることで高所や離れた場所への高速移動が可能になる。平面にしか動けないはずの人間に三次元での移動を可能にさせ、高高度からの攻撃を可能にする人類の対巨人戦用の切り札とも言える装置だ。

 だけど、その本体は極めてデリケートというか壊れやすい。だから立体機動装置の異変に気付かないことは巨人と戦う兵士にとっては死を意味することになる。

 平時であっても神経を尖らせないといけない部分であり、半ば放心状態とはいえハンネスさんも気付かないはずがなかった。

 

「うん?」

 案の定、ハンネスさんは異変に気付いて後ろを振り向いた。

「なっ、何だそりゃぁあああああああああぁっ!?」

 ハンネスさんはようやく気が付いた。東洋の黒い悪魔が自分の命を狙って突っ込んでいることに。

 

「エレンのお尻を狙う者には等しく死の罰が与えられんことをぉおおおおおぉっ!!」

 

 エレンが手刀を作ってハンネスさんに跳躍しながら飛びかかる。その放物線上にはハンネスさんの首がある。完全に刈る気で間違いなかった。

「俺がミカサに立ち向かわないのは……俺に勇気がないからだぁっ!」

 ハンネスさんは瞬時に立体機動装置を起動させて住宅の屋根の上へと飛び移った。

 さすがは腐っても3年間の厳しい訓練を経て駐屯兵団に勤務となった一流の戦士。己の生存本能に基づいた行動に隙はなかった。

 10歳の少女から全力で逃げるのは一流の戦士としてどうかなと思わなくもないけれど。

 

「総受け……今回も生き延びたい? 明日の太陽を拝みたい?」

 ミカサは立体起動装置を使って屋根から屋根へと逃げていくハンネスさんを目で追いながら低い声を発した。

「それは一見質問に聞こえるけど、単なる命令の提示だよね?」

「エレンがこの状態でなければ私は何も言わずに総受けを無慈悲に残虐に殺しているわ」

「つまり、エレンを内門まで連れて逃げろと言いたいわけだね」

「…………頭のいい子は、エレンの生存にも役に立つ。だから、今回も特別に生かしてあげる」

 ミカサは僕を見ながらフッと笑ってみせた。

 僕は、エレンの補助飼育係りとしてミカサに生かされている。

 それを意識しないわけにはいかなかった。

「…………あの税金浪費野郎……仕分けしてやる」

 ミカサは立体機動装置を持たない状態で5メートルほど垂直に飛び上がり、そのまま水平移動して屋根の上へと飛び移った。

 ミカサは続いて10メートル以上の跳躍を見せながら立体機動装置をフルに活かして逃げていくハンネスさんを追いかけていく。命を賭けた鬼ごっこの始まりだった。

 

 

「…………さあ、エレン。僕と一緒に内門に移動しよう」

 ミカサの人間離れした動きに関して今更触れない。考えるだけ時間の無駄だろう。

 呆然としているエレンの手を取って歩き出そうと試みる。けれど、エレンは動いてくれない。地面に根が張ったように動かない。

「仕方ない、かな」

 僕はエレンの前に回ると強引に背負った。

 僕より体が大きなエレンをおぶって移動するのは辛い。けれど、いつまでもここにいたらいつ巨人に襲われるか分からなかった。

 

 ゆっくりと歩きながら内門を目指す。5分ほど歩いて大通りと交差した時だった。

「えっ?」

 すぐ右手に2階建ての家よりちょっと大きい全裸のメガネ巨人が立っていた。足音がしなかったので存在に全く気付かなかった。

 それはあまりにも突然の遭遇だった。僕は悲鳴を上げることもできない。

「モ、モモ、モモモ、モェエエエエエエエェッ!!」

 人前で「モエ」とか叫ぶ存在そのものが重犯罪でしかない生かす価値のまるでないメガネ巨人が僕たちに気付いてしまった。

 そしてすぐにやたら汗べっとりしていそうな指先が僕たちに向かって迫ってくる。

「…………僕たち、ここで死ぬんだ」

 迫りくる大きな指を見ながら他人事のようにそう考える僕がいた。あまりの衝撃の大きさに危機を頭で感知しているのに全く動けない。

 2人揃って捕食されちゃうんだろうなあと何となく今後の展開を予測するだけ。僕は恐怖のあまり色んな部分が麻痺している。そんな自分に対する分析だけができた。

 

「エレンのお尻を狙う者には等しく死の罰が与えられんことをぉおおおおおぉっ!!」

 

 ほんのつい先ほど聞いた台詞を僕はまた聞いた。姿は見えない。でも、声は確かに彼女のものだった。

 そして次の瞬間、ミカサがどこから声を発したのか僕は知ることになった。

「散れッ!」

 屋根の更に遥か上から地面へと垂直に飛び降りてきたミカサの手刀がメガネ巨人を縦に真っ二つに引き裂いた。

「モエ?」

 メガネ巨人は自分の身に何が起きたのか知る間もなくドライアイスのようにして消滅してしまった。人類の限界を超えたミカサのあまりにも見事な手際だった。

 

「ミカサ……ありがとう」

 着地した命の恩人にお礼を述べる。ミカサにこんなに素直にお礼を述べる日が来るなんて思わなかった。

「総受けはどうでもいいの。エレンの命を狙う巨人は許せない」

 ミカサは表情を少したりとも緩めずに素っ気なく返した。この子は僕に素直にお礼を言われるのも嬉しくないらしい。

「エレンの進路上にいる巨人は全て狩っておいたわ。今のがラスト」

「過去形なんだね」

 どうせならシガンシナに入り込んだ巨人全てを狩り尽くしてくれればいいのに。エレンならできそうなのに。

「それはさすがに無理」

「モノローグは勝手に読まないでね……」

 この子の前には心の声とか地の文とか意味をなさない。秘密が隠し通せない。

「エレンのお尻を狙っているあの仕分け事業対象者だけは絶対に許せないっ! あの男を追うのが私の第一目標」

「巨人よりエレンなんだね」

「当然」

 ミカサは頷いた。勿論ハンネスさんがエレンのお尻を狙っているという仮定自体ミカサの被害妄想の産物。それをこのヤンデレに指摘しても意味はない。

「それから総受け」

「何?」

「おんぶしながら擬似挿入されプレイを楽しんでいるからって調子に乗らないで。エレンをお嫁さんにするのは、もとい、エレンのお嫁さんになるのはこの私なのだから」

「訳が分からないよっ!」

 ミカサの思考回路を理解するのはまだ人類には早すぎるのかもしれない。

「総受けがエレンの正妻を気取っていられるのは今の内だけよ」

 そう捨て台詞を残すとミカサは僕の視界から一瞬にしていなくなってしまった。

「人類存続の鍵はエレンが握っている、か」

 僕の友達は人類の命運を担っている。

 母親を失い絶望の淵にいるエレンにはこれからまだまだ過酷な運命が待ち受けているようだった。

*****

 

「やっと内門前の大通りまで出られた」

 僕はエレンを背負っての避難だったのでその歩みは遅かった。

 一方で街内に侵入した巨人は数多く、街が制圧されるスピードは速かった。

 その結果、僕とエレンは大きな問題に見舞われることになった。

「えっ? 門が、門が閉じていく?」

 ようやく大通りに到達して僕が目にしたもの。それはウォール・マリア内へと通じる高さ20メートルほどの内門の扉が、シャッターを下ろすように上から下に閉じられていく光景だった。

 駐屯兵団は彼我の戦力差を見てシガンシナ区の封鎖を決定したのだ。ウォール・マリア内に巨人が入って来られないように。

 それは人類全体の存亡を考えれば間違っていない選択だった。けれど、その選択は同時にこの地区にまだ数多く残されている人類を巨人どもの群れの中に見殺しにすることを意味していた。

「あの門が閉じられてしまえば僕とエレンは確実に巨人に捕食される。あの門の開閉と僕たちの命はリンクしているんだ」

とても恐ろしいことだった。そして、エレンを背負ったままの僕の歩行速度では門が閉まる前にとても到達できそうになかった。

 門の閉鎖は急ピッチで進んでいるように見えた。何しろ、駐屯兵団守備隊が門の前に陣を敷いている状態で勢いよく門が降りていっている。

 守備隊自身が取り残されることを前提にした封鎖なのだ。そして、そうしなければならない理由もまた明白だった。

 

「ヘキガノマリアタン……ガルルル……モエェッ!!」

 内門と同じ位の身長を持つ大型の巨人が閉じられていく扉に向けて突撃の構えを見せていた。

 他の巨人が人間を襲うのに夢中で無統制に動いているのと比べると、その大型巨人には明らかな意思が感じられた。

 奴は人間ではなく門を狙っている。内門を破壊してしまえば巨人がウォール・マリア内部に侵入できることを知っているのだ。

 それはつまり、エサとなる数十万の人間がいる地域への巨人の進撃を可能とする道を開くことを意味する。

 それは人類側から見ると、シガンシナからの退避だけでなく、人類全体のウォール・ローゼ内への退避を余儀なくされることを意味する。

 言い直すと、人類の活動領域の3分の1の喪失、人口の30%ほどの内側の壁内への大移動を対価として支払わなければならない。

 それはこの100年間壁の中で安全に暮らしてきた人類にとって未曾有の大変化を引き起こす事件に他ならなかった。

 

「あああ…………っ」

 閉じていく門を見ながら僕の中には2つの相反する想いがせめぎ合っていた。

 1つは門が閉じられることなく、僕が助かりたいという生存本能に従った想い。でも、門が閉じないとは人類にとって大きな災厄をもたらすことになる。

 もう1つは門が早く閉じてしまえば良いという僕以外のみんなの命を守りたい意識。僕が取り残されて死んじゃうのは悔しい。けれど人類全体の破滅よりはマシだという想い。

人類の未来をずっと考えてきた僕にとっては、自分だけ助かればいいという考えは承服し難いものだった。

 でも、同時に臆病者でもある僕は自分の命を投げ打っても良いなんて覚悟も持てなくて。

 混乱する頭で閉じていく扉と突進を試みる巨人の両方を視界に捉えていた。

「マリアタン……モェエエエエエエエエエエエェッ!!」

 大型巨人は咆哮を上げると門に向かって突撃を開始した。肩を前に突き出しショルダータックルの構えを取っている。やはりコイツには他の巨人と違って知性がある。

「撃て~~ッ! 撃てぇ~~ッ!!」

 守備隊は大砲を放って巨人の突撃を防ごうとする。けれど、他の巨人よりも硬質なのか、大型巨人は大砲の弾が直撃しても全く怯まない。

 門が閉じるのが先か、巨人が門に到達するのが先か、それとも巨人は門の開閉に関係なくその巨体で門をぶち破ってしまうのか。

 人類の歴史が大きく左右されることになるその一瞬が近づいていた。

 そして──

 

「まだエレンが脱出していないのに門を閉じるとかフザケンナぁああああああぁッ!!」

 

 東洋の黒い悪魔ミカサが人類では到底なし得ないすごい速度で巨人の後ろから門に向かって駆けていき

 

「私の女子力(物理)を舐めんな…………ミカサ・バッドエンド・キィ~~クッ!!」

 

 巨人の背中に両足揃えての跳び蹴りを炸裂させたのだった。

「モォオオオオオオオオオェエエエェッ!?!?」

 驚いたのが大型巨人の方であったのは言うまでもない。

 何しろ、突然背中に超強烈なキックを食らってそのままジェット噴射の要領で門に向かって吹き飛んで行ったのだから。

 うん? 門に向かって?

 それって、もしかして……。

「たっ、退避ぃいいいいいいいいいぃっ!!」

 吹き飛ぶ巨人はボーリングのピンのように守備隊も大砲も吹き飛ばしながら門へと突っ込み、涙目の状態で腹から門へとモロにぶつかった。

 ボキッとかグチャッとかバキッとかとても嫌な音が鳴り響き、そして──

「ろ、ローズ・マリアの内門が……破られてしまった」

 大型巨人は虫の息になって体中の至る所があり得ない角度に曲がりながらローズ・マリアの内門をその体で突き破ってしまったのだ。

 

「総受け。門は巨人が壊してしまったわ。この隙に早くエレンを門内に」

 ミカサは大型巨人の頭を幾度も踏みつけながら僕に退避を告げた。

「ああ、そうだね。門は………………巨人が壊してしまったんだし、今の内に門内に退避しないと駄目だよね」

 状況に流されるだけの自分を恥ずかしく思いつつも、僕はミカサの言葉通りに門の内部へとエレンを背負ったまま移動していった。

 

 巨人の突撃によって(もう、そう思うことにした。真相を知られたら僕もエレンもミカサも死刑になるに違いないから)ウォール・マリアの内門まで破られてしまった。

 言い換えればウォール・ローゼとウォール・マリアの間にある半径100キロほどの円周状のエリアにはいつでも巨人が入ってこられる状況になってしまった。

 つまり、僕たちの逃避行はウォール・ローゼまでもう100キロ続くことになった。

 僕たちだけが逃げるんじゃない。このエリアに住む30万人以上の全ての人間が退避の対象となった。

 人類はこの日、大きな転換点を迎えることになった。

 生活領域の放棄、及び人口の急激で大規模な移動は食糧問題、住居問題をはじめとして様々な問題を引き起こすことになった。そしてその歪みは翌年の領土奪還作戦という無茶な軍事遠征となって具現化したのだった。

 

 

 

ヤンデレなミカサと苦労性な僕3 領土奪還作戦

 

 僕たちの逃避行はシガンシナからウォール・マリア内部、そしてウォール・ローゼ内部へと続いた。この逃避行の間に1万人以上の人間が巨人に食われた。

 けれど、命からがら辿り着いたウォール・ローゼの内部は僕らにとって安住の地とはならなかった。ウォール・マリア内にいた数十万の人口を同じ面積しか持たないこの地が収容しきれるはずもなかった。

 僕たちは到着して早々に極寒と灼熱が支配する辺境の開拓地へと送られることになった。

 食料の増産が急務だった。けれど、ウォール・マリア領域を失った状態で食料を今までと同じ量生産するのはとても困難なことだった。

 備蓄はどんどんと底をついていき、食糧問題は何よりも深刻なものとなっていた。

 その問題に対して王政府の出した解法が口減らしのための領土奪還作戦の実施だった。

 

 

「おめでとうございますぅ~~♪」

 巨人の襲来から1年ほどが過ぎたある日、開拓の仕事を終えて宿舎となっている厩舎に戻ってきた僕を待っていたのはこの地区の官吏だった。

 中年男性官吏は手を盛んに叩きながら僕を祝った。

「あの……何を祝われているのか全く心当たりがないんですが?」

 今日は別に僕の誕生日じゃない。いや、このご時世、誕生日を祝う余裕なんてなかった。

「実はですね♪」

 官吏は揉み手をしながらそのとんでもないお祝い内容を述べてくれた。

「アルミン・アルレルトさんは、120万倍の倍率を潜り抜けてこの度領土奪還作戦の従軍者に決定いたしました♪」

「………………はっ?」

 僕は官吏の言葉の内容を即座には理解できなかった。

「当局の食糧事情が切迫していることはご存知だと思います。約30万人分の食料が不足していると言われています」

「ええ」

「それで、ツリーダイアグラムを使いまして何度もシミュレートを行った結果、どう頑張って再分配しても1人分食料が不足することが判明しました」

「人類120万以上いるんだから、そこは分けられるんじゃないの!?」

 僕のツッコミはあっさりと無視された。

「そこで王政府の方針として、厳正なる無作為選出により1人の戦士を抽出して、領土奪還作戦を実行してもらうことにしました。要は単なる口減らしです」

「1人で領土奪還作戦って何? しかもまだ11歳の僕がどうして戦士なの? っていうか、今思いっきり口減らしって言ったよね!?」

 ツッコミどころが多すぎて困る。そして世界の悪意を果てしなく感じる。

「王は寛大なので、シガンシナを奪還するか、1年間壁の外で過ごせば帰還を認めるとのことです」

「1人で?」

「1人きりでです」

 王はよほど僕に死んで欲しいらしい。

 あれか?

 一番内側の壁の中に篭っている王政府に対して僕が批判的な考えを持っているのを察知したのだろうか?

「…………出発は?」

「明日の朝にはウォール・ローゼの門を開けて出撃してもらいます。馬は勿体無いので徒歩で行ってください」

「…………武器は?」

「知恵と勇気で巨人どもを皆殺しにしてください」

「…………拒否したら?」

「国家反逆罪が適用され考えられる限り最も残虐にして無慈悲な方法での処刑が待っていますね」

「…………頑張って巨人どもを1匹残らず駆逐してきます」

「はいっ♪ 奪還作戦に成功した暁には褒美がでますのでご期待ください♪」

 官吏の満開の笑顔が眩しすぎて涙が出た。

 

 

 翌日、僕は領土奪還作戦の総大将にして唯一の従軍兵士としてウォール・ローゼの門の前に立っていた。

 僕の出兵を見送りにきてくれたのはエレン、ミカサ、おじいちゃんの3人だけだった。あの官吏さえいなかった。

「アルミン……ワシの代わりに立派に戦ってくるのじゃぞ」

 おじいちゃんはニコニコしながら、愛用のネコ耳を僕の頭へと載せた。形見分けのつもりっぽかった。これから死ぬのは僕の方だけど。

「これ、私から総受けに。伝説の勇者がかつて使ったという聖剣よ。これさえあれば、総受けはどんな巨人にだって負けはしないわ。プッ」

 おじいちゃん以上にニコニコしまくっているミカサが渡してくれたのは、先端がハートマークのように見える布団叩きだった。

 ミカサも僕に死んで欲しいらしい。まあ、もう分かり切っていることだから敢えてツッコミも入れないけれど。

「アルミンの代わりに俺が巨人どもを駆逐しに行くっ!!」

 1人エレンだけは興奮し切った表情で僕と代わると騒ぎ立てていた。

 カルラおばさんが巨人に食われて以来エレンは変わった。巨人を滅ぼすことだけがエレンの生きる目的になっていた。

 表情が以前とはまるで違う。覚悟の決まった男の顔をするようになっていた。相変わらず馬鹿だけど。

「……代わってくれるというエレンの気持ちは嬉しい。だけど、それはできない相談だよ」

 おじいちゃんやミカサが相手だったら喜んでこの役目を押し付けたい。でも、エレンと代わるわけにはいかない。それだけは強く確信した。

「けどよっ!」

「そうよ、エレン。総受けが無駄死にしている間に愛し合うのが私たちの成すべきこと」

「王政府のやり方は到底納得できない。でも、この馬鹿な軍事作戦でエレンに死んでもらうわけにはいかない」

「俺は母さんの仇を討ちたいんだっ! 巨人どもを今すぐ駆逐してやりてえんだっ!」

「そうよ、エレン。総受けが無駄死にしている間に私たちが愛し合って名前にアとルとミとンが付かない子供を生むのが世界の選択なの」

 大きなため息を吐く。

「ミカサ……エレンは是が非でも奪還作戦に従軍するつもりらしい。僕が諌めるのは無理だね」

 ミカサの姿が一瞬歪んだ。

「ブベッ!?」

 エレンは苦しげな声を発し腹を押さえたかと思うとすぐに気絶してしまった。

 ミカサがエレンの腹にパンチを決めて気絶させたのだった。彼女は気絶したエレンを肩にひょいっと軽そうに担ぎ上げた。

「エレンのことは任せたよ」

「……言われなくてもエレンは私が命に代えても守る。総受けの分際で正妻を気取るな」

 ミカサは僕に背を向けた。

「じゃあ、行ってくるよ」

 僕の覚悟は決まった。大きく深呼吸をしながら人間がギリギリ通れる高さだけ開いた門の外側を見つめる。

「アルミンよ、ファイトじゃあ!」

「……気をつけて」

 2人に見守られて僕は戦いへと赴いた。大切な友達の命を守るために。

 

「短い人生だったなあ。ハァ~」

 僕が領土奪還作戦に出発して2時間。僕はまだ生きていた。

 というかまだ、巨人と遭遇していない。ウォール・ローゼから一番近い放棄された街までやって来たけれど巨人は1匹も見ていない。

 巨人の目的が土地や街や人の支配ではない以上、街や街道を守る必要性はないらしい。

「まだ姿を見せてないけれど、1万人の人を食ってしまえるほどの多くの巨人がこの地に入り込んで来ていることは確かなんだ」

 放棄された店内に残されていた干し肉を失敬して噛みながら周囲の様子を伺う。

 ゴースト・タウンと化した街は静か過ぎてとても不気味だった。けれど、幽霊よりもよっぽど恐ろしい存在がこの街の内部に潜んでいるかもしれないのだ。

「布団叩きとネコ耳だけが装備じゃ……どう頑張っても巨人には立ち向かえないよね」

 大きくため息を吐く。

 頭にはネコ耳、右手には布団叩き。王から直に命が下ったはずのこの作戦に従事する僕の装備はこれだけ。しかも2つとも政府からの支給品じゃない。

 おまけに街に辿り着いても武器だけは全部早々に運び出されたようでめぼしい物は何も残されていない。

 農村に出向いて農具でも探した方が強い武器になりそうだった。

「まあ、どっちにしろどんな武器があっても巨人と対等に戦うなんてできないのだけど」

 鍛錬を積んでもいない僕が巨人と戦えると仮定する事自体間違いだろう。

「どこか巨人の入って来られない地下室とか見つけて立て篭っていれば……1年間生き延びられるかも」

 巨人は図体が大きすぎるために小さな空間には入って来られない。指先もさほど器用ではなく、地下室のような地面の下に埋まっているものを壊すことには向いていない。

 更に本当かどうかは知らないけれど巨人は夜行性だと言う。夜は活動が極端に低下するらしい。

 これらの要素を組み合わせれば、昼は地下の奥深くに身を潜め、夜はこっそりと地上に出て食料を集めて回る。そんな生活で1年間生き延びられるかも。

 そんな甘い夢を抱いていたまさにその時だった。

 

「えっ?」

 僕の視界が突然ちょっと暗くなった。影が差したのだ。

 何故突然影が生じたのかその原因を上を向いて確かめると、2匹の巨人が僕を覗き込んでいた。

 巨人と遭遇してしまったのだ。

「うわぁああああああああああああぁっ!!」

 僕は半ば狂乱しながら布団叩きを左右に振った。勿論そんなことで巨人を追い払えるわけがないのは分かっている。でも、僕にできる抵抗はそれぐらいのものだった。

 僕の人生は後ほんの数秒で終わってしまう。

 それを実感せずにはいられず、目を瞑ってその瞬間の衝撃に備えようとした。

 

 けれど、何秒待ってもその瞬間はやって来ない。恐る恐る目を開けて何が起きているのか確かめてみる。

 巨人たちは全身を激しく震わせながら僕を驚愕の表情で見ている。

「ネコミミオトコノコッ!?」

「シカモマホウショウジョシヨウッ!?」

 巨人2匹は飛び跳ねるようにして全身を震わし

「「ヤック・デカルチャーッ!!」」

 意味不明な言葉を口走ったかと思うと、ミカサにやられた巨人のように気化して消えてしまった。

「えっ? 一体何が起きたの? どうして巨人が消滅したの?」

 結果として巨人がいなくなったということ以外僕には何も分からない。

 でも、助かったことだけは確かだった。

 

「……なるほど。巨人は総受けな萌え男に弱い」

 

 街のどこかから人間の声が聞こえた気がした。でもそんなはずはない。この街は既に放棄されて久しいのだから。

「と、とにかく、身を隠せる場所を探そう」

 いつまた巨人が襲ってくるのか分からない。巨人の手の届かない安全な場所に身を隠すのが今の僕の最優先事項だった。

 そして僕は石造りの立派な家の地下にある大きな食料貯蔵庫に身を隠すことに決めた。

 

「……エレンに怒られたから様子を見に来たけれど……巨人どもからエレンを守る有益な情報が得られるかもしれない」

 

 再び人間の、それも少女の声が地上から聞こえた気がした。でも、そんな幻聴に違いない声には耳を傾けずに僕は仮眠を取ることにした。

 

 遠征開始から10日が過ぎていた。

 僕はまだ生きている。

 巨人は僕の姿を見ると何故か勝手に消滅し、夜の間は遭遇しても眠っているのかほとんど反応を示さない。おかげで僕は生き延びることができるだけでなく夜間にウォール・マリアへと近づくことができた。

 僕にだってシガンシナに帰りたいという願望はある。生きるか死ぬかの作戦中で、僕は生まれ故郷をもう1度見てみたいと思った。

 いつ襲われるか分からず、どこが安全なのかも分からない状況では前に進むもその場に留まるも同じことだった。そんな環境が僕をシガンシナへと近づけさせた。

「恥ずかしい格好をしているけれど、誰も見ていないしいいよね?」

 誰が見ているわけでもないのに照れ笑う。今の僕は完全に女の子の格好をしていた。

 3日前に夜道を進んでいた際に泥に足を滑らせて全身を汚してしまった。それから次の街で洋服屋に入って服を1着失敬したのだけど、女の子用の服しか僕のサイズに合うものがなかった。

 おかげで今の僕の格好は明るいピンクのフリフリドレスにネコ耳に布団叩きという男としてアウトな格好になっていた。

 ちなみにネコ耳と布団叩きはもしかするとこれが巨人に効く武器なのかもしれないと考えて大切に持っている。巨人消失のメカニズムが分からないので、全て仮説でしかないのだけど。

 

「……あの総受け。何の抵抗もなく女物の服を、しかもフリフリ系を着やがって。やはり、エレンの正妻の座を狙っているのね」

 

 時々聞こえる幻聴と放たれる殺気は1日目から変わらない。巨人に食われ犠牲となった人たちが霊となって僕を見ているのかもしれない。

 

「……やはり私の最大の敵は、エレンのお尻にしか興味がない男どもでも、ビッチしかいないメス豚どもでも、エレンを食ってしまおうとする巨人でもない。お嫁さんになってエレンを私から奪おうとする総受けだわ」

 

 霊の殺気が膨れ上がっている。最も多くの犠牲者を出したシガンシナが近付いているからかもしれない。

「後2時間も歩けばシガンシナ、か」

 月明かりだけを頼りに夜道をゆっくりと進む。僕は初日以降は昼に寝て夜に進む生活を送るようになっていた。

 街灯もなく、松明で照らすこともできない夜間移動なのでその歩みは遅い。けれど、街道に沿って歩き続ければ夜の内に次の街まで到達することはできる。街についたら食料と地下室を確保して昼間の間は眠りにつく。そんな生活を繰り返してきた。

 けれど、そんな生活ももうじき終わりを告げる。シガンシナはもうすぐそこまで迫っているのだから。

「そう言えば、シガンシナ奪還って、どうすれば認められるんだろう?」

 僕の帰還の条件の1つが、シガンシナの奪還となっている。けれど、総軍勢1人の僕がどうすれば奪還を認めてもらえるのだろう?

 単なる口減らし作戦だから詳細は考えていなかったのだろうけど。それ以前に、僕は出発初日に死んだものとみなされているのだろうけど。

「まあ、難しいことはシガンシナに入ってから考えればいいか」

 夜目の僕にもウォール・マリアの巨大な威容が段々はっきり見えてくるようになった。

 改めて見ると本当に大きくて立派な壁だった。この壁の一部を付き崩して巨人は侵入してきたのだ。

「たった1箇所でも穴を開けられたら無用の長物になっちゃうんだよね」

 こうして遠くから眺めている限り壁にこれといったダメージは見受けられない。内門部分が閉められなくなった。高さ50メートル、長さ3,000キロ以上の壁の中で幅6、7メートル、高さ20mの隙間。

 1万分の1にも満たない長さの欠損でこの壁は破棄され、この壁によって守られていた20万平方キロ以上の土地を人類は放棄しなければならなかった。

「いつかまた人類はこの領域まで回復して生活できるようになるのかな?」

 ネコ耳と布団叩きが巨人消失とどう関係しているのか分析が進めばそれも可能かもしれない。

 ハンネスさんや兵団の屈強な男たちがネコ耳と布団叩きを装備して巨人どもを駆逐して回る日々も近いかもしれない。

「まあ、今は何はともあれシガンシナに入ろう」

 目的地であり、今日の休息の地であるシガンシナに入る。とりあえずそのことで頭がいっぱいになっている。

 

「……総受けがシガンシナを奪還してしまう? 総受けが人類を救った英雄として褒美を授けられる? 総受けは何を願うの?」

 

 門が近づくに連れ、幻聴がやたらハッキリ聞こえるようになってきた。

 逃げ遅れたいじめっ子グループのジャ・イアンたちが化けて出ている可能性は高い。。

 

「……総受けが何を狙っているのかなんて分かりきっている。そんなのはエレンのお嫁さんの座しかない。王の認可をもらってエレンと結婚する気に違いないッ!」

 

 耳を固く塞いで門に向かって走る。無人の闇が怖くて仕方がない。

 

「……総受けのことだから、裸エプロンでエレンを出迎えてエロスに爛れた日々を送るつもりなのね! エロ同人みたいにっ!! エロ同人みたいにぃ~~~~っ!!」

 

 気のせいか、ジャ・イアンたちの霊じゃない気もしてきた。でも、声の正体が何であろうと恐ろしいことには変わりがない。

 

「……『アルミ~ン。今帰ったぞ』エレンは1日の農作業を終えて引っ越して来たばかりの新居へと帰ってきた。『エレン、お帰りなさ~い♪』新婚ホヤホヤの新妻が夫を出迎えに玄関へと移動してきた。『アルミン……お前っ、その服装!?』エレンは自分の前に現れた新妻の姿を見て驚いた。『えへへ。エレンって、こういう格好が好きなんでしょ?』『そ、そりゃあ好きだけどさ……』エレンはアルミンからわずかに顔を逸らした。頬に赤みが差している。アルミンは裸にエプロンだけという刺激的な格好をしていた。『けど、帰ってきた早々にこんな格好を見せられちゃあ』エレンは心臓の鼓動が際限なく速まっていくのを感じている。『あっ、そうだ。まだエレンに聞いてなかったね』新妻はパッと顔を輝かせた。『えっ? 何を?』ドキドキしながらエレンが聞き返す。アルミンは頬を染めて上目遣いにエレンへと熱っぽく囁きかけた。『食事する? お風呂にする? それとも…………ボク?』新妻の蕩けるような誘惑の言葉を聞いた瞬間にエレンは体の奥底が激しく燃え上がるのを感じた。『それは勿論…………お前だぁ~~~~っ!!』エレンはアルミンを抱きしめるとその場に押し倒した。『えっ、エレン?』夫の荒々しい変貌にアルミンは驚いている。『悪い。ベッドまで我慢できそうにないんで、ここでお前をたっぷり味あわせてもらうぜエレンはアルミンの耳たぶを甘噛みする。そのこそばったゆい感覚に新妻の表情はトロンしたものに変わる。『え、エレン。こ、ここでするのは、その、いいんだけど、ドアがきちんと閉まってないよ。見られちゃうかもしれないよ』アルミンは外へと通じる扉が閉まっていないことを気にしていた。他人に見られてしまうかもしれないという可能性に恥ずかしさを感じている表情。そんな新妻を見ながらエレンはますます興奮した。『見られてるかもしれないって環境が俺たちをより興奮させるんだろ』エレンは荒々しくアルミンの唇を奪う。一刻も早く新妻の体を今日も味わいたくて堪らなかった。『エレンは……本当にエッチなんだから』アルミンは火照った表情でエレンにキスを返した。『俺がエッチになるのは……アルミン。お前だけさ』エレンは仕事で疲れた体と心の癒しを新妻に求めたのだった。エレンとアルミンの長い夜はまだ始まったばかりだった」

 

 ……僕はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。僕にずっと憑いていたと思ったのは幽霊なんかじゃない。実在するもっと恐ろしいものだ。

 何故、その可能性についてもっと早く熱心に検討しなかったのだろう?

 

「エレンの妻の座は…………私のなんだからぁあああああああぁっ!!」

 

 耳を塞いでいてもハッキリと聞こえてきたヤンデレ少女の声。

 50メートルある壁の上から何か落ちてくると思った次の瞬間に僕の意識はプッツンと途絶えた。

 

「……エレンがお義父さまが地下室に残したネコ耳メガネメイドになれば、人類はきっと巨人に勝利できる。でも、それはエレンを危険な最前線に送るのと同じ。絶対にしてはならない行為。巨人の倒し方の秘密は厳重に黙っていないと」

 

 最後に東洋の黒い悪魔の声が聞こえた気がした。

 

 

 1年後、僕は遠征中の記憶を全て失った状態でウォール・ローゼの前に転がっている所を発見された。

 僕の犠牲で、残された人々の食糧不足はわずかながらに改善された。

 

 帰還後の僕はこんな滅茶苦茶な作戦を実行させた王制があることを考えるとジッとしていられなかった。

 僕は翌年、訓練兵団に入った。

 

 


 
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