~蛍side~
敵陣にて一際輝く光がとある天幕からあふれ出す。
その光景に、己が主人を探していた徳種軍の面々は一目散に駆け付けた。
「聖っ!!!!」『お兄ちゃん!!』[あんちゃん!!!]{ひ~ちゃん!!!}≪……ご主人さま…!!≫〈お頭!!!!〉
一斉に天幕を捲ると、その中では聖を抱きかかえるようにして倒れている橙里の姿と少し離れたところで呆然としている蓮音の姿があった。
急いで聖の許に駆け寄る面々。
「ひ~ちゃん!!!! 起きてよ、ひ~ちゃん!!!!」
「どうしましょう!!! お兄ちゃんが………目を覚まさない……えっ~と……こういう時は……どうすれば……あうぁぅ……。」
「うわぁ~~ん……。あんちゃ~ん……。」
「良いか、みんな落ち着け。こういう時はまずは落ち着いてだな………。」
「医者~!!!!!!! 医者を連れてくるっす!!!!!!」
私以外の面々………動揺が隠しきれず落ち着けていない…。
とりあえず……大事なことだけ確認……。
すっと聖の手と橙里の手を取り、教えてもらった脈をとる。
……どうやら……二人とも無事……。
しばらくしたら……きっと目を覚ます。
胸の中でほっと安堵の息をつく蛍の目に、聖の顔が映る。
聖の顔は達成感と勝利の嬉しさで笑っていたのだが、橙里に抱かれながらの表情なので蛍から見れば、橙里の大きな胸に包まれて幸せそうに鼻の下をのばしているようにしか見えない。
勿論、聖にこのとき意識はない……が、蛍がやきもちを焼くのに聖の意識はこの際は関係ない。
…………ご主人さま笑ってる……。
橙里さんの胸に埋まって………嬉しそうに………。
…………イライラする…。
未だわぁわぁと周りがてんやわんやの中、蛍は水の張った桶が天幕にあるのを見つけ、それをゆっくりとこぼさないように運ぶと、
「………せいっ…!!」
聖の顔めがけて思いっきりぶちまけた。
「ぶはっ!!!!??」
「…………目が覚めた……??」
あまりに突然のことに呆然とする皆をしり目に、蛍は心地良い笑顔を聖に向ける。
しかし、その眼が真に笑ってないことは、聖からすれば火を見るより明らかだった。
「おはようございます蛍さん。ところでこれは一体どういうことでしょうか??」
「……無事なら無事で……元気でいなきゃ駄目……。寝てるの良くない……。」
「別に好きで寝てたわけでは……。」
「それに…………寝るんなら……私が………ごにょごにょ……。」
「ん? 何だって??」
「……何でも…ない。」
「はぁ、それに俺はさっきまで死闘を…………ってそう言えば体が動く!! それに傷口が……!!」
「それなら、傷は橙里が直してたわよ…。光輝く指輪の力とかで……。」
「本当ですか蓮音様!!?」
「本当かどうかなんて私が聞きたいくらいよ…。」
「そうだ、肝心の橙里は……。」
「ここに居るから大丈夫だよ、ひ~ちゃん。 ……ただ、今はそっとしておいてあげて。急激に力を使ったから気絶してるんだと思う…。」
「…………暗闇の中、訳もわからず漂っていると、急に温かい光に包まれて……その瞬間、橙里の声が聞こえたんだ…。どうやらこの命、一度橙里に救われたみたいだな…。」
……ご主人さまは橙里さんの頭をなでている。
どこかしか……橙里さん嬉しそう…。
………ん?? 何か忘れてるよね……。
…………………………っ!!
クイクイッ!!!!
強めに引っ張って注意を喚起する……。
「ん?? どうした蛍?? お前もして欲しいか?」
「……っ!? …………して欲しい……。( ///)」
「よしよし…。素直な子にはご褒美をあげないとな。」
「………ふみゅ~…………。」
ご主人さまに頭撫でてもらうの………とても気持ちがいい……。
心が満たされて………晴れ晴れとした気がしてくる………。
………はっ!? そうじゃなくて……。
クイクイッ!!!!
再びの注意喚起……。でも……もう少し撫でていてもらいたい………。
「ん~??? 頭撫でだけじゃ不満か??」
「そうじゃなくて………あの子達助けなくて良いの……??」
「うおっと!!!! そうだった!!!! こんなことしてる場合じゃなかった!!!!!」
………自分で気づかせておいてなんだけど…………こんなこと扱いって………私にとってはご主人様が頭を撫でてくれる大事な時間なのに……。
まぁ良い………ご主人さまが生きてさえいれば………いずれこの埋め合わせをしてくれるはずだから……。
~聖side~
蛍に言われるまでその存在を忘れているとは………。
本来の目的を忘れてる時点でどうかと思うぞ……本当に……。
後で三人に謝んなきゃな………。
改めて天幕内の鉄檻を見ると、鍵穴のようなものと扉があった。
檻を切るのが不可能だった手前、ここから彼女たちを助け出す他に道はない…。
「とは言え………鍵を手に入れる前に奴には逃げられてしまったし……。」
鍵の事で困った表情のまま皆の方を振り向くと、皆は皆でその鉄檻の無慈悲なほど冷たい空気とその中のボロボロな少女たちに苦悶の表情をしていた。
「う~ん……。どうするかね……。」
すると、まぁこういう時に一番真っ先に発言する人物が声を荒げた。
「聖!!! この檻を早く壊して、彼女たちを助けないと!!!!」
「一刀、俺にそれが出来たらもうやってるよ……。」
「………っ!! それも………そうか……。」
「でも、早く助けてやらなきゃ不味いことに変わりはない。」
「では、具体的にどうやって助け出すのですか、先生。」
とりあえず興奮する一刀を宥めるようにすると、橙里も焦るように俺に質問してきた。
「鍵があればそれでよかったんだが………生憎あいつから奪えなくてな……。」
………クイクイッ!!
再び思考の輪に入ろうとするところで蛍に裾を引っ張られる。
んっ? 一体どうしたって言うんだ……。
「………鍵って……これ……??」
差し出された蛍の手を見ると、赤茶色した手のひらサイズの銅製の鍵があった。
「ど……どこでこれを!!??」
「………桶の底に……沈んでた……。」
なんと、鍵は水の張っていた桶の中にあった。
勝負の最中にたまたまそこに入ってしまったのか……それとも元々あいつの隠し場所だったのかは定かではないが、ともかくこれで鍵の件は解決した。
「でかした、蛍!! よしっ、今すぐ助けてやるからな……。」
蛍から鍵を受け取り、牢屋の鍵穴に差し込んで回すと、カチリッという音とともにその重厚な扉は開いた。
勢いよく扉を開け放つと一目散に彼女たちの許へと駆け寄る。
暗がりでよく見えなかったがどうやら彼女たちは、手足を錠で縛られ、猿轡を噛ませられながら、目隠し、耳栓をして外界から情報が入ってくるのを遮断されていたようだ。
その恐怖は俺達の想像なんかよりも何倍も恐ろしいものであっただろう…。
彼女たちをよく見てみると、体が微かにだが震えている……。
その姿を見ているのがいたたまれなくなって、直ぐにでもその恐怖を和らげてあげたくて、俺は彼女たち三人を包み込むように抱きしめた。
突然のことに身体を強張らせる三人。
それはそうだろう、急に抱きしめられたのだ、何かされると考えるのが普通である。
すぐにその事については思慮が浅かったと反省はしたが、しばらくギュッと抱きしめながら、もう大丈夫だと囁いた。
耳栓をしているのだから聞こえるわけはないのだが、それでも彼女たちには伝わったのであろう……彼女たちの身体からは先ほどまでの強張りは消えていた。
一度彼女たちを抱く手を緩め、それぞれの顔にかかっていた猿轡、耳栓、最後に目隠しをとる。
目隠しを外すと、少し眩しそうな表情をして、焦点の定まらない虚ろな目で辺りを見回す。
長い時間暗闇におかれていた事ですぐには目が慣れないのであろう。
しかし、しばらくすると三人の目はしっかりと俺の姿をとらえた。
「…………ひ………じり………………??」
「久し振り、天和。」
「………本当の………本当に………聖……なの……??」
「本当の本当に俺だ。助けに来たよ。」
天和の目の端に涙が溜まると、留まることなく大粒の涙となってあふれ出す。
悲しいのではない、これは安堵の涙である。
辛く苦しい状況から解放されたことと会いたい人に会えた喜びの涙なのである。
「遅くなってごめんな……。」
「ううん………助けに来てくれたのが嬉しい……。」
「勿論だろ。俺が天和たちを見捨てるわけないじゃないか。」
「……うん。ありがとう、聖。」
ガチャン……ガチャン……ガチャン……ボトッ……。
彼女たちを拘束していた錠を磁刀を使って壊す。
すると天和は腕を俺の背に回して抱きついてきた。
それに合わせるように地和、人和も俺に抱きついてくる。
「おいおい……三人に抱きつかれると流石に苦しいんだが……。」
「だ~め…。しばらくはこのままでいないとちいたち安心できないんだから。」
「……ちい姉さんの言うとおりです。しばらくは………このままでお願いします…。」
「やれやれ………不可抗力ってことで皆さん処理してくれますかね……??」
背後にいる自軍の面々に視線を送ると、何とも鬼気迫る表情をしてるではありませんか…。
そ………そんなばかな……。
がっくりと俺が項垂れると、やれやれという顔をしながら表情を穏和なものへと変える彼女たち。
天和たちはその身に受ける苦痛を乗り越えて今に至るのだ。
ならば、今一時の幸せを彼女たちに与えるべきではないか…。
三姉妹が聖に抱きついている光景を周りから優しい目で見守る彼女たちであった。
こうして、黄巾の乱は幕を閉じた。
首謀者であろう于吉には逃げられてしまったが、今回の事で牽制は出来たはず…。
何かしでかすとしても今すぐにということはないであろう。
しかし、奴の目的とは一体何だったのか…。
黄巾賊を率いて朝廷を襲い、漢王朝を支配することだったのか…。
それとも新たな王朝を築き、自分がそのリーダーとなることだったのか…。
はたまた、俺の考え及ばぬようなことが目的であったのか……。
謎は謎をよび、思考の闇はより一層深く混沌となっていった。
「邪魔するよ…。」
衰弱していた三姉妹のこともあり、今日はこの拠点を使って一夜を過ごすことにした俺達。
そこで俺は、気絶していた橙里のことが心配で、しばらくしてから様子を伺いに彼女に設けられた天幕へと赴いた。
序に、指輪のことについても情報が得られればと思っていたのだが……。
「えっ………!?」
「あっ…………。」
天幕に入ると、橙里は手拭を水に濡らして体を拭いている所だった………上半身裸で……。
しばらく硬直する二人。
色白の肌が透き通るほど滑らかで、蝋燭に艶めかしげに照らされる姿が何とも………じゃなくて……早く出ていかないと大声を出されて、先に待つのは尋問………。
早めの退散を決意して振り返ろうとしたところで、
「………入るなら入ってくださいです……。開いたままだと外から丸見えになってしまうのです…。( ///)」
と予想外の言葉をかけられ再度硬直してしまう…。
ちょっと待て……。
今橙里はなんと言った……??
入って良い……だと……??
確かに、橙里とは恋人であり結婚の約束(口約束だが)もした仲ではあるが、こういう時は普通は………。
「先生……??」
「ひゃい!!」
「……なんて声を出してるんですか?」
「ごめん。で、何かな?」
「……手が届かないので………背中を拭いてくれませんですか…?」
橙里を見ると、手拭を俺に差し出しながら背中を向けている。
相当恥ずかしいのだろう。首筋が真っ赤に染まっている。
きっとその色と同じくらい真っ赤に彼女の顔も染まっていて、それを見られたくないから後ろを見てるのだろう……。
それだけの勇気を振り絞って橙里が言ったのだ、男として断るわけにはいかない。
「こうで良いか?」
橙里から手拭を受け取って背中を正面にして座り、ゆっくりと背中を拭いていく。
「……んっ………はい……。そのまま……お願いします…なのです……。」
柔らかい女の子の肌の感触と、橙里から香る女の子特有の良い香りに頭が混乱してくるが、そこは男の甲斐性を十分に発揮し、紳士であることを忘れないようにしてなんとか耐えぬいた。
「ありがとうございましたです。お陰さまでさっぱりと出来たのです。」
「そう? それは良かった……。」
「それで………こんな夜分に……先生の御用件は何なのですか?? もしかして………!!( ///)」
「ん?? 橙里が倒れたって言うから心配で見に来たんだが…??」
「えっ……?? そっ……そうですか…。それは……すいませんです…。ご心配をおかけしましたです……。」
何故か残念そうな顔をして呟く橙里をみて首を捻る。
が、尤もらしい理由が見当たらないので考えるのをやめた。
「良いよ。無事ならそれで良かった。それに、倒れたのは俺を助けてくれたからなんだろう? なら、お礼を言わないといけないのは俺だよ…。本当にありがとう…。」
「私の力ではないのです。この指輪が私に力を貸してくれたんです。」
そう言って指輪を見つめる橙里。すると、
“いいえ、あれはあなたの力。あなたの思いの強さが彼を生かしたのです。”
突然どこからか声が聞こえ、俺も橙里も驚く。
天幕内には俺と橙里以外にいないので、その声がどこから聞こえたのか……辺りをきょろきょろと見回す。
“突然声をかけてしまって申し訳ありません……。私は『パナケイア』。この指輪に込められた癒しの女神です。”
再び聞こえた声は確かにその指輪からのもので、俺達二人は驚愕しながら指輪をのぞきこむ。
「えっと……ってことは、俺の命を救ったのはあんたの力なのか?」
“私の力は全てを癒す力。その力を使って彼女が直したのです。”
「成程……。治癒力の増強ってところか……。じゃあ、一刀の使える『アネモイ』ってのもあんたたちのお仲間ってことか?」
“その通りです。『アネモイ』は風を司る神。その力を持って彼を助けたのです。”
「じゃあ、全部の指輪にあんたたちの仲間がいるってことで良いのか?」
“ええ。但し、力をお貸しするのはあくまでその力に見合うものを私たちに見せ、私たちが協力するに値する人物であると認めた時のみ……。”
「ほぉ……それぞれの神を納得させなきゃいけないってことか…。」
“そう言うことです。私は、彼女のあなたを救いたいという強い思いに心を打たれました。これからは何時でも彼女に力をお貸しします。が、覚えておいてください。私たちの力を使うには肉体に相当な負担があります。使い過ぎれば身の破滅に繋がる…その事を重々承知ください。”
「ご忠告どうも、『パナケイア』さん。」
“では、私はこれで………あなた方の望む平和な世界を私たちに是非とも見せてくださいね…。”
そこまで言うと指輪から声は聞こえなくなり、辺りを静寂が支配する。
「………何とも信じがたいものだな。」
「………なのです。」
驚きに染められた顔でお互いの顔を見合いながら、先ほど自分たちに起こった事を反芻して理解する。
「まぁ、力を貸してくれるのは良いことだ……。残りの皆の指輪も条件を満たしさえすれば使えるようになるわけだし、良いこと聞いたよ。」
「そうですね……。」
「それに、橙里が俺の事をそんなに思っててくれたのを知れて嬉しいね。」
「そっ……それは……その……つ……妻ですし……( ///)」
顔を赤くしてそう答えられると恥ずかしくて……俺も顔に湯気が出そうなほどの熱を持ってるのが分かる。
「…………そうだ。俺、三姉妹のところにも行かなきゃいけなかったんだ。じゃあ、これでな。」
「………はいなのです。お休みなさいなのです。」
その場の雰囲気に耐えられなくなって、俺は逃げるようにして橙里の許から去ったのだった。
弓史に一生 第七章 第十五話 今一時の休息 END
後書きです。
第七章第十五話の投稿が終わりました。
いや~……今話の蛍sideは書くのが難しかった……。
女の子の嫉妬の感じってどうやって書けばいいんでしょうかね………。誰か教えていただけるとありがたいです。
それに比べて………作者の聖×橙里を書くスピードが前よりもだんだんと早くなってきている……。可笑しいな…………一応ヒロイン大勢のはずなんだけど、今は主に橙里さんになってますよね…………。
まぁ、今後そこら辺は調整するとは思いますが………橙里さんが聖の傍を離れてくれないんですよね………。
さて、聖さんは久々のラッキースケベに遭遇するわけですが……なんと、お決まりのぶっ飛ばされるパターンではなくまさかの許諾!!!!
橙里さんはもう少し自重しましょう……。
さて、次話はまた日曜日に………。
それではお楽しみに……!!
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どうも、作者のkikkomanです。
投稿が少し遅れてしまいましたがなんとか日曜日に投稿することができました。
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