「そ、想夏、その、だ、大丈夫?」
「少しだけ歩きづらいですが、問題はありません。それよりもあなたの方こそ大丈夫ですか? 今日から雲南へ出発するのでしょう?」
「あ、うん。大丈夫、問題ないよ」
交趾に立ち寄った翌日の朝。
お互いに身支度を終え、二人で静かに(想夏の)部屋から出る。
ぎこちなく歩く想夏に手か肩を貸そうかと思ったが彼女は柔らかく微笑むと、逆に俺のことを心配してくれた。
「本当ですか? 昨晩はその……正確に覚えてはいないのですが七か――」
「――うわああああああっ!!? そ、想夏っ、言わなくていいから!」
ここ廊下だから! 誰かに聞かれるとマズイ…………あ。
「――あ……あ~、その、なんだ。お、お早う二人共」
「昨夜はお楽しみでしたね~」
(うおわあああああああぁっ!? よりにもよって一番マズそうな人達に聞かれてるしー!!)
気配を感じて振り向いた視線の先には、目が泳いでる上に歯切れが悪い星とニヤニヤしている風。
「――――ぶはっ!」
「うわあああ!? ど、どったの稟!?」
天を仰いで鼻血のアーチを描く稟に驚く宵さん――あ、士壱さんは稟の鼻血に遭遇するの初めてだっけか。
「お、おっと。これはいかんな、大丈夫か稟? 風、止血を頼む」
「むー……もうちょっとお兄さんをつっついてたかったですがー。仕方ありませんねー」
「か、かっかかかかずとどの!? な、なななな七回もされては、わ、わたひ、こ、壊れてしまいまひゅっ」
「おーいー!? 何口走ってるかなこの子はー!?」
倒れそうになる稟を星が素早く支え、風が残念そうにそう言うと袖口から鼻紙を取り出す。
んで、稟のうわ言に士壱さんが全力で突っ込みを入れている。
稟の惨状に注意が向いて一先ず助かったけど、相変わらずの妄想っぷり――って言うかさっきの会話しっかり聞かれてたー!?
「うわー!? この出血量はマズイってー!!」
「宵さん、稟ちゃんにとってはこのくらいが普通の量なのですよー」
「さ、流石にこれは致死量だと思うのですが。仲徳殿、部屋から手拭いと懐紙を持って来ましょうか?」
「ああ、徳枢さん大丈夫ですよー、すぐに止まりますからー……はい稟ちゃん、とんとんしますよー」
ちょっとした水溜り位に広がる鼻血を見てパニックになる士壱さんと想夏に、風は慣れた調子で答える。
結局、灯さんの侍女さんが呼びに来るまでの間、俺達は廊下で悪戦苦闘(掃除)していたのだった。
「…………」
どこか浮かない顔をしていた星の様子が気になりながらも。
灯さんの執務室で出発前の挨拶をして、士壱さんから真名を預かった後、大通りを街の皆(大勢)と声を交わしつつ城門へと歩いていると、
「よし、では雲南へ出発するとしよう!」
――あ、あれ? 星、えらく機嫌が良くなってる? 出掛けるちょっと前まではなんか沈んでたみたいだったのに……。
「そですねー、なるべく早く向こうに着きたいですしー」
「ええ、急ぎましょうか」
風と稟もえらく元気だ――と言うか稟、あれだけ出血しててもふらついてないってスゴイと思うんだが。
「雲南方面は治安がだいぶ回復してるって話だから安心して行って来るといいよ」
風呂敷包みを背負って一緒に歩く宵さんが、そう言ってウインクする。
宵さんはこれから蒼梧と南海の様子を見て回って来るのだとか……お疲れ様です。
「何と言うか……忙しないねぇ北郷。まあ、気ぃ付けてな? コウちんを泣か――ェフッ!?」
「北郷さん行ってらっしゃいッス! お気を付けて!!」
「ハク君も懲りないね――っと、気を付けてね北郷君。また会える日を楽しみにしているよ」
ハクの脇腹に突き刺さるコウちゃんの肘――昨日もこれと似たような光景を見た気がするのだが。
「星ど……次……貴女……すよ」
「ああ……いを言う……想夏」
ハク達に挨拶した後に駆け寄って来た子供達と話していると、星と想夏が真剣な顔で何やら相談していた……何の話だったんだろう?
一度通った雲南への道程を再び、今度は四人で歩く。
交趾から雲南への道は以前よりも舗装された道が長くなっていたので、思った以上に快適な旅になった。
宵さんが言ってた通り、追いはぎとかに会う事も無く雲南へ到着。
とは言え、予想通りと言うか何と言うか……突然の雨に何度か足止めはされた。
まあ、これもまたいつも通りで仕方ない事なんだけども。
で、城門警備をしていた兵士二人組み(確か輝森さんトコの人達)に挨拶して、制服姿に驚かれつつも街へと入った。
「よう! 久し振りだな一刀! 星! ――と、そっちの二人は初めて見る顔だな。オレは雍闓、ここの太守だ!」
そのまま城へ直行し、すぐに玉座の間へ通されての第一声がこれ。
うん、獅炎さんと会うのは久々だけど変わりなさそうで安心した。
獅炎さんに続いて風と稟が自己紹介を終えると、自分達の番とばかりに輝森さん達が口を開く。
「お久し振りです一刀さん! 都での英雄譚はこちらでも噂になってますよ!」
「久し振りだな一刀。何でも新帝をかどわかしていた悪党達を一網打尽にしたと聞いたぞ」
「一刀さんお久し振り! 夜の空に花を咲かせたって? いいなあ、僕も見たかったなぁ!」
「皆、久し振り! えっと……土産話は後でご飯食べながらでもどう?」
久し振りにみんなの声を聞いて、なんだかほっとした。
ここでの話も交趾で灯さんとしたのとほぼ同じなんで、終わったら少しだけゆっくりしてから帰ろうかな。
「ああ、そうしようや! 星もなんか面白い話を仕入れてきてるんだろ?」
「ええ、それはもう」
威勢の良い声で快諾してくれた獅炎さんが話を振ると、星は俺を見てニヤリと笑った。
あ……あれはろくな事考えてない顔だ、間違い無い。
――と、前置きを挟んで真面目な話に移る。
雲南や建寧、永昌の状況は特に変化無し。
黄巾の乱が起こっていた頃も劉焉の兵が近くをうろつく事もなかったらしい。
それと夕(法正)から一度手紙が来たそうで、劉焉軍の一部の将に対する調略(寝返りの約束)が上手くいったと書いてあったそうな。
流石に名前までは書いてなかったそうだが……夕が名前を書かなかったのは、万一情報漏洩しても肝心の内通者が誰か判らないという事実が、逆に劉焉軍内部で疑心暗鬼を生じさせる結果になると踏んだからじゃないだろうか。
夕自身は益州攻略戦の直前くらいに雲南に戻る予定なのだそうだ。
それぞれの状況を確認し合い、董卓さんとの同盟と、劉焉――あ、今は劉璋だったか――を二方向から攻める約束も無事取り付けられた。
そうこうしている内に丁度お昼を食べるにはいい時間になったので、皆して街に繰り出す事にする。
向かう先は雲南で一番通った『東々亭』、先頭で店内に入った獅炎さんがキョロキョロと空き席を探していると、
「や、これは獅炎殿。御邪魔しております」
「獅炎殿、主殿共々失礼しております」
奥まった席から二人の女性が声を掛けてきた。
飴色の髪の女性は首から下、真っ白な道士服? みたいなのを着込んでいる……見るからに暑そうな格好だ。
大きな丸眼鏡を掛けた隣の女性は…………なんで服の色んな所に竹簡を吊り下げてるんだろう?
「や? そちらの方達はどちらさまで?」
「お、そう言や秋光と令狸は初めてだったな。前に話したかもしれねえが劉焉の犬共を追っ払った時の仲間で、今は天の御遣いって呼ばれてる北郷。それと趙雲と程立、郭嘉だ」
「! ……やや、そうでしたか。お初にお目に掛かります御遣い殿に皆さん、私は永昌郡の太守をしております王伉と申す者。それとこちらは――」
「――王伉殿の部下で呂凱、字を季平と申します。以後、宜しくですねい」
白装束の女性が王伉さんで、竹簡付き服の女性が呂凱さん、と。
……しかし、何故だろう。さっきからやけに背筋がぞわぞわするんだけど。
「や、では皆さんこちらへどうぞ」
王伉さんが勧めてくれた席へと皆が座り、料理を注文する。
獅炎さんや輝森さん達はいつもの通りで酢豚と炒飯プラス点心などを頼み、風と稟もそれに倣った。
さて、俺は……っと、やっぱり麻婆豆腐と白飯にするか――
「ラーメンと炒飯、あとメンマを三皿頼む」
「や、ラーメンの追加を。先程と同じくメンマ抜きで」
――な、と考えていたまさにその瞬間、奇妙なくらい大きく、そしてぴったり同じタイミングで店内に星と王伉さんの声が響き。
――騒がしかった店内が一瞬で静まり返り、空気が凍りついた。
「――」
物凄く見たくないけど、隣に座るメンマ魔人が物騒な反応をしたら不味いので確認の為、横目でチラリと見る。
――うわあ、凄く綺麗な笑みを浮かべてるよ……大丈夫かな、王伉さん(と俺達プラスこの店)。
「ふふふ、この気配――忘れもしない。秘蔵の瓶を落とした時と同じ――!」
俯いた星が小声で(恐らく)物騒な事を呟いている。
一方の王伉さんは、空になった器に手を合わせて一礼するとテープルの端にそっと置いた。
矢鱈ドス黒いオーラを纏い始めた星と、それに気付かないのか平然としている王伉さんの前に料理が運ばれてきて……おいおい、この空気の中でお昼ごはんを食べろとおっしゃいますか?
それはちょっとご遠慮願いたいなー、と思いながら他の皆の方を見――――あれ!? 居ない……って、隣のテーブルに避難してる!
「諦めましょう御遣い様……」
そ知らぬ顔で料理をパクついている風と、必死にこちらを見ないようにしている稟達に恨みがましい視線を送っていると、向かいの席から溜息交じりの声が掛けられる。
そこにはどんよりとした雰囲気で料理をつついている呂凱さんが居た。
「「はぁ……」」
呂凱さんと顔を見合わせ、同時に溜息を吐く。
テーブルに着くのは、どこの怨霊だよ! と突っ込みたくなる程に空恐ろしいオーラを纏ったメンマ大王と、現状を解ってないのかスルーしてるのか平然としている白装束の麺食人。
そして突然異空間に放り込まれ、美味しく頂くはずの昼食に鉄の味が混じりそうな俺と呂凱さん…………逃げたい、切実に。
王伉さんにやや遅れ星の前に料理が運ばれて来ると、痛いほどの沈黙の中で昼食が始まった。
――劉璋領、巴郡にて。
「――以上が荊南の情勢ね」
「都を救った天の御遣い、荊南の民の信望はそこにのみ集約されているかと思うたが……董卓もまた傑物であったか」
「ええ、武陵に入ってから僅か一月で荊南四郡を安定させた。――天の御遣いや呂布の武名ばかりが先行している董卓軍だけど、実際には軍政にわたって豊富な人材を有している……しかもその使い方が上手い。また、部下から董卓への忠誠はかなり篤いみたいね……成都からの命で流言を試みてみたけど、効果は無かったわ」
謁見の間で、卓上に置かれた地図と竹簡の束を見ながら妙齢の女性が二人、真剣な表情で話し込んでいる。
その一歩後ろで、前髪の一房が白く染まっている少女が直立不動で控えていた。
前の二人が黄忠と厳顔、無言のまま控えているのが魏延だ。
「むう……」
「充実する荊南とは逆に、永安やここ巴郡では荊南へと逃げる民が増えているわ……江州は言うに及ばず成都や梓潼でも、ね」
「最早流れは止められぬ……か。これでは早晩、益州は董卓の手に渡ろうな」
荊州との境に近い巴郡。しかも劉焉とは距離を取っていた厳顔らは現状を極めて客観的に見ていた。
益州の主だった豪族を殺して残りを服従させ、民を恐怖で縛っていた劉焉。
益州全土を支配下に置かんとして南中へと侵攻したが思った以上に頑強な抵抗にあい失敗。
そして、燻っていた抵抗の火種(劉焉の支配に反対する豪族達の生き残り)や五胡の侵攻、黄巾党を名乗る賊の流入。
それらがある程度収まったあたりで、軍の主力を密かに梓潼と武都に集めていたが反董卓連合が収束し、天の御遣いが天下に知られるようになると成都に戻された。
そこで騒動に一段落着いたかと思いきや、間髪入れず劉焉が病に倒れ床に伏せり、後を継いだ劉璋は苛烈だった劉焉とは違い内に篭る政策を取る。
……だがそれは内を富ませる善政ではなく、以前と変わらぬ民からの搾取、劉焉の私兵による民への横暴。
内に篭る、とは劉璋自身とその側近達だけが裕福に暮らす状態のことを指している。
そこにきて東に位置する荊南の発展と董卓の善政振りが街に流れ始め、民は董卓が益州を治めてくれるのを望み始めた。
更に、都と帝を救った天の御遣いが董卓の下にいる事も民の熱狂に拍車を掛けている。
桔梗が治める永安と巴郡ですらこの状況なのだ。
劉焉や劉璋に近い派閥が治める成都とその近隣の郡ではもっと酷い状態になっているだろう。
こんな状況では、万一――いや、近いうちに攻めてくるであろう董卓には抗し切れるとは思えない。
なにせ民どころか兵士達(劉焉の私兵を除く)ですら、天の御遣いと董卓が益州を治めてくれるのを(流石に口には出さないが)望んでいる状態なのだ。
戦になれば、間違いなく兵の士気は上がらず――それどころか城門を開いてでも董卓に降る者すら現れるだろうと紫苑は踏んでいる。
――実のところ、紫苑と桔梗、焔耶の三人も董卓の侵攻を本気で防ごうとは考えてはいない。
かと言って、戦わずに降伏する気もない……根が武人である彼女達は、果たして董卓と天の御遣いが自分達と民を任せられる人物かどうか戦を通して試したいと思っていた。
『飛将軍』を初めとした董卓軍の名だたる武人と戦ってみたい、と言う願望もちょっとばかりはあるのだが。
――唯一つ、問題があるとすれば。
「鷹将軍は大丈夫でしょうか? 成都に召還されてから音沙汰がありませんが……」
劉璋に代替わりしてからすぐ成都に呼び戻され、以降連絡が無い張任の事を心配そうに呟く焔耶。
「あやつにとって部隊は家族同然……それを召し上げられたまま己だけ董卓に降伏するなど出来ぬ相談じゃろう」
「それに、鷹は戦う約束をした相手が董卓軍に身を寄せていると言っていたわ。その決着を付けて、自分の部隊を取り戻さない限り――董卓には降らないでしょうね」
桔梗と紫苑もまた、険しい顔でそう言った。
――幽州、北平の城にて。
「うわ……麗羽、やっぱりやっちまったか……」
玉座に座り一通の書簡に目を通していた白蓮は、読み終えると顔を顰めて呟く。
書簡には袁紹が鄴郡の韓馥を攻め滅ぼした顛末が書かれていた。
沮授や田豫のみならず、諸葛亮や鳳統、盧植や一刀にも袁紹が自己顕示欲の為に隣接都市へと侵攻する可能性が高いことを忠告されていたが、実際にこうして起きてしまうとやはり衝撃が大きい。
暫し瞑目していた白蓮は、大きく溜息を吐くと控えていた著莪を見る。
「案の定、始まったみたいだよ。沮授、こっちの準備は出来てるか?」
「はい。内務を任せられる人材が見付かったとの事で柚子さんも戦に参加できるようになりましたし、五胡の中でも力を持った頭目が二名、こちらに協力を申し出ております。また、騎兵以外の部隊の練兵も斎姫殿により滞りなく進んでいます……万全、とまでは行かずとも態勢は整ったかと」
「そうか……よし、じゃあいつでも軍を動かせるようにしておこう」
「御意、斎姫さんと柚子さんにも伝えておきます」
「ああ、頼むよ」
(悪いが麗羽……攻めて来る気なら容赦はしないぞ)
沮授が退室し、一人玉座の間に残った白蓮は目を鋭く細めて南――袁紹領の方角――を睨み付けた。
――汝南郡、城の中庭にある東屋にて。
疲れた様子の友人が歩いてくるのを見て、冥琳は竹簡を閉じてそちらを見る。
「帰ったか雪蓮。……これで粗方の賊は討伐したか」
「そ~ね~……細々とした集団はまだ一杯いるけど」
「そちらは蓮華様と興覇が穏の立てた作戦で討伐に動いている。掃討は時間の問題だろう」
席に着くなりぐでーっと卓に突っ伏した雪蓮に苦笑しながら、空いている茶碗に茶を注いだ。
「ほら、酒は駄目でも茶くらいは飲んでおけ。どうせ討伐の合間で水くらいしか飲んでいないのだろう?」
「あー……ありがと冥琳」
差し出された茶碗を受け取った雪蓮は、ぬる目のお茶を一気に飲み干す。
「……ふぅ~。はぁ~、ここ最近でお茶がえらく美味しいように思えてきたわ~」
湯飲みを両手で包み込むようにして二杯目をゆっくりと飲んでいる雪蓮。
(基本的に雪蓮は酒ばかり呑んでいたからな。……まあ、酒精を抜くには良い機会だろう)
平常時(酒呑み)よりも元気がないのは変わらないが、それでも一月以上経てば流石に雪蓮も慣れてきたのか、だるそうにしながらも動くようになって来た。
加えて、手持ち無沙汰なのか書類仕事も(それなりには)こなすようになっている。
良い傾向だ、と冥琳は蓮華共々禁酒令を歓迎していた。
(ふむ、しかし今の調子では独立まで時間が掛かりそうだな……あまり時間を掛けすぎれば文台様の仇敵である劉表とその領地を董卓に攫われかねん)
孫家が袁術の客将分に落ちぶれたのも、劉表との戦で先代の孫堅が暗殺されたのが切っ掛けである。
身を寄せた時に母親の兵をごっそり持っていった袁術への恨みもあるが、劉表への憎しみの方が強い。
特に孫堅の子である孫策、孫権、孫尚香の三人は劉表と
また、今は董卓が治めている荊南四郡の内、長沙は元々孫堅が太守として治めていた。
孫家の方針としては、出来得るならば袁術から独立した後に劉表を討ち、失地回復したいと考えているのだが……。
(……とは言え、長沙は諦めた方が良いだろうな)
先代の任地でもあった長沙はぜひ取り戻したいが、董卓と争うのはあまりにも危険だと冥琳は考える。
理由としては、虎牢関で目の当たりにした董卓軍の強さが挙げられる。
武官は呂布を初めとして、部隊運用の巧みな張遼に徐晃、率いる部隊の士気が高い華雄、雪蓮かそれ以上と思われる関羽と互角の趙雲。
文官は……まだあまり情報が集まってはいないが、分かる部分では連合軍の油断を見事に衝いた荀攸。
何れも並々ならぬ手合いであるのに加え、しかも現在は水軍の導入も進んでいるという。
なにより今の董卓には、”あの”天の御遣いがついている。
その御遣いだが、洛陽やその近辺の郡を初めとして、一時期滞在していた北平を含む幽州の各郡、更にはどんな伝手があったのか交州や益州南郡、果ては南蛮からも熱烈な支持を受けていると聞く。
荊南四郡も、董卓と御遣いが入ってひと月で治まったので今は更に人気が上がっている事だろう。
(厄介な事になったものだ。董卓と御遣いが都に留まってくれていれば南方は我等が支配出来たものを)
元々、反董卓連合に参加したのも董卓を弾劾する事よりも袁術からの独立を目指す為に名声を得るのが目的だった。
そして独立を果たした後は素早く荊南四郡を押さえ、劉表を滅ぼした後に益州に進攻する心算だったのだ。
しかしながら、連合での戦では予想を超えた痛手を受け、荊南四郡は戦力的な意味でも風聞的な意味でも手を出しづらい相手に押さえられた。
(……益州も董卓に押さえられるだろう。ふう、立てていた戦略がことごとく崩されていくな)
袁術から独立する考えは揺るがない。
だが、それ以降をどうするか? であるが。
劉表を討ち、孫堅の仇をとる……これを達成するには……。
「董卓と同盟した方がいいわね~」
「……む」
「都合の良い事に董卓は皇帝から劉表の討伐許可を下されてる。――董卓と同盟すれば、私達にも劉表討伐の大義が得られるでしょ?」
「あくまで、董卓が劉表を攻める場合には、だがな」
「そこは大丈夫。そう遠くない内に董卓は劉表を攻めるわよ」
「……それは、お前の勘か?」
「そーよ。だけどこの勘は絶対に当たるわよ。外れたらもう一年間禁酒しても良いわ」
脱力していたはずの雪蓮はいつの間にか普段通りの気迫を取り戻していた。
自分が考えていた事と同じ意見を親友からも提案され、冥琳は心中で頷く。
「そうか……ならば、事が成った暁には――」
「――ええ。すぐにでも、ね」
眼鏡の奥の緑の瞳を光らせて腕を組む冥琳に、雪蓮もまた卓に肘をついて目を鋭く細める。
「あ~……後一つ」
「なんだ?」
向かい合ったまま、ふと悪戯っぽい目付きになった親友に胸騒ぎを感じつつ訊き返す冥琳に、
「天の血を孫家に入れられないかしら?」
雪蓮はあっけらかんとそう尋ねた。
――雲南、東々亭。
「ははは、メンマも入れないラーメンなど外道も同然!」
「や、甘いですね趙雲殿。その様な物がなくともラーメンはラーメンとして成立しているのですよ!」
「……ほう、王伉殿は至高のメンマを味わった事が無いと見える」
「や、味わったからこその結論なのですよ――あのように萎びた筍は二度と食したくないので」
――びしぃぃぃぃっ!!!!!
音を立て、大気が軋む。
「御遣い様、なんとか――なりませんかねい。噛み締める炒飯がまるで砂のよう、で――ごふっ」
「いや、無理。俺も、麻婆豆腐が胃を溶かしてるみたいに――げふっ」
店内の空気が刻一刻と常人では耐えられないものに変容する中、元凶と同じ卓に着く二人の胃は限界を迎えようとしていた。
――長沙の城中にて。
「妹よっ!」
「ぅわあっ!? って、姉さん何! 何事!?」
執務室の扉をばばんっ! と開けて乱入してきた姉を見て、政務に集中していた長沙太守(臨時)の韓浩は椅子から飛び上がらんばかりに驚く。
「何事だと妹よそれはこちらの台詞! 天の御遣い様にお会いする為に出した申請書が受理されなかったと聞いたぞ!」
「あ、あうっ! だ、だって姉さん、御遣い様は今、お出掛けになってるって――」
「――ぬぬぬう! マズイ、マズイぞ! このままでは次の刊に間に合わない!」
飛び上がった拍子に落とした竹簡を拾いながらの妹の言葉に、韓玄は頭を抱える。
「阿蘇阿蘇の最新号は”天の御遣い特集”を出そうと思っていたのに! くっ! しかし、今ならまだ間に合うか!?」
「ね、姉さん? ど、どうする――って、姉さん!?」
「交州、交州か! ――おうらっしゃらああああああああああああっ!!」
来た時と同じ――いやそれ以上の勢いで執務室を出て行く姉の姿を、妹は呆然と見送った。
――徐州、小沛の城のとある一室。
「雛里ちゃん、やっぱりここの男性役は…………著莪さんで……」
「そ、そうだね朱里ちゃん。それで、受けはやっぱり……」
「うん、一刀様で」
「……す、凄くなりそうだね朱里ちゃん」
「う、うん。この作品は凄くなるよ雛里ちゃん」
「ぅ……しゅ、朱里ちゃん、で、でも良いのかな? もしこれが知られちゃったら――」
「――雛里ちゃん大丈夫、二人で書くんだし、名前をこう変えれば分からないよ」
「そ、そうだね」
――この遣り取りからしばらく時を置き、とある書物が世に出る事になるがそれはまた別の話。
――べぎんっっ!!!
「うおっ!? ど、どうした沮授?」
政務中、突然大きな音を耳にして白蓮が思わず顔を上げると、向かいの席の著莪がにっこりと笑いながら親指と人差し指で筆をへし折っていた。
「ああ、これは失礼しましたご主人殿」
にこやかな顔と口調ながら、白蓮はなぜか背筋に寒いものが走るのを感じて言葉を無くす。
「――ふ、ふふふふふうふ。戦友――そう、具体的に言えば軍師仲間に裏切られたような予感がしますねぇ。しかも性別を故意に歪められた方向で」
(な、何があった!? と言うかひょっとして朱里か雛里のどっちかが何かしたのか――!?)
薄笑いを浮かべ、目が爛々とする著莪を目の当たりにして、白蓮は徐州の方角を仰ぎながら戦慄していた。
あとがき
お待たせしました。天馬†行空 三十一話目を投稿します。
南中関係は出たものの、法正の出番はもうちょっと後になりました。
次回以降から劉璋討伐に入っていく……予定です。
さて、敵将の扱いはどうしようか……。
では、次回三十二話でお会いしましょう。
それでは、また。
補足:今回、文中に出ていた白蓮の新たな部下&協力者について
内務を任せられる人材→正史ではお酒大好き! それが元で曹操に免職されたこともある人物です。
五胡の頭目……一人目→正史では鮮卑の力を借りて烏丸の実力者を討ち、その後袁紹に協力したことのある人物。
二人目→袁紹と公孫賛が争っていた頃から袁紹に協力していた人物。その後、逃げてきた袁家の兄弟を匿っていた。
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真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
のんびりなペースで投稿しています。
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皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。
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