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恋姫†無双 関羽千里行 第3章 21話 

Red-xさん

関羽千里行の第3章、21話になります。
この作品は恋姫†無双の2次創作です。
設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
稚拙ですが何卒温かい目で見守ってやって下さい。
それではよろしくお願いします。

2013-05-21 01:31:58 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2462   閲覧ユーザー数:1975

第3章 21話 ―胎動―

 

反董卓連合が解散してからというもの、諸侯たちはそれぞれの領地に戻り、己の力を蓄えることに専念していた。漢王朝にもはやこの大陸を統べる力はない。それは戦に関わった全ての人間が抱いた共通認識であった。それ故に、誰もがこのあとに来るであろう群雄割拠の時代に備えだしたのだ。兵を集め調練し、他国には間諜を放つ。それはどこの勢力でも行われている...はずだった。

 

雛里「...というのが、間諜の持ってきた情報になります。」

 

一同「...はぁ。」 

 

北郷軍の軍議にて。その情報に対する皆の反応は一様に呆れを示すものだった。しかし、その後に続く言葉は皆それぞれであった。

 

霞「そんなんほっといてもええんとちゃう?」

 

祭「何を言っておる。こんなやつ、今のうちに美味しく頂いておけばいいんじゃ。」

 

星「私も祭に賛成だ。後になって慌てて準備などされても面倒だしな。」

 

華雄「どうせやるなら歯ごたえのある方がいいと思うのだが...」

 

思春「...馬鹿だな。」

 

華雄「なんだとっ!?貴様、私を愚弄す...」

 

愛紗「よせ、華雄。今のお前の発言が将として間違っているのはわかるだろう。」

 

華雄「くっ...しかし...」

 

地和「あ、人和。そういえばお茶が切れてたわよ。」

 

天和「そうなんだぁ。じゃあ、後でご主人様と買いに行かなきゃ♪」

 

人和「天和姉さん、今は大事な軍議の最中なんだから邪魔しちゃだめでしょ。」

 

天和「えー。だってご主人様だって飲むなら自分の好きなお茶のほうがいいじゃない?ねぇ?」

 

一刀「...はぁ。」

 

 再びのため息である。

 

 雛里の持ってきた情報とは一刀たちの西に位置する蜀の劉璋が、あろうことか軍備の拡張を怠っているということだった。

 

星「劉璋の父にあたる劉焉という者は野心が強かったと聞いたことがあったが、息子の方はそうでもないのでしょうな。私も一度見に行ったことがありましたが、あれに人はついてきますまい。そういう意味で、ああいう手合いは隣人には向いているかもしれませぬが、人を統べる器ではありませんな。」

 

雛里「蜀の内部では度々反乱が起きているようです。劉璋さんも鎮圧しようとはしているようなのですが、どうやらそちらにばかり兵力を取られて、外に対する武力が蓄えられていないみたいです。」

 

一刀「その反乱の原因というのは?」

 

雛里「どうやら劉璋さんは配下の人たちにあんまり期待されてないみたいですね。だから度々領主に成り代わろうとする人に決起されているということです。劉璋さん自身は劉焉さんのように領民想いらしいのですが、そんな状況ですのであまり統治がうまくいってないみたいです。」

 

一刀「そうか...」

 

愛紗「忠義を尽くすに足る主に恵まれなかったそやつらには同情するが、それで謀反を起こすとはあまりいただけんな。」

 

 そう苦い顔で述べる愛紗。もし俺が本当に頼りなかったら、愛紗はあの頃どうしていたのだろうか。そんな疑問が浮かんでも来たが、今はもしもの話より目の前の案件について考えることにした。

 

 雛里の報告や星の話からこれからの方針を考える。おそらく、今までのように進んで傘下に入ってくれたり、賊を討伐することによって信頼を得、版図をを広げる方法はもう通じないだろう。曹操や孫策、袁紹といったように力をつけてきている勢力がある中、これ以上の勢力拡大を図るなら今後戦闘は避けられない。そこに来た隣国の問題。そして民想いの領主。それは一刀にも通ずるものがあった。出来ることなら、こちらでうまく手伝って仲良くやっていければいい。だが恐らく...

 

一刀「...軍師として、雛里はどうするべきだと思うかい。」

 

 それに対する回答は、

 

雛里「今のうちに叩いておいたほうがいいでしょう。」

 

 ひどく冷淡なものだった。

 

雛里「ご主人様はお優しいですから、考えていらっしゃることはおおよそ見当がつきます。でも、もし今劉璋さんに手を貸したとしても、実質自分たちを蔑ろにしてきた劉璋さんがそのまま居座ることに、領民の人たちは納得しないでしょう。また、交渉でうまく配下になってもらったとしても、劉璋さんを受け入れるということは配下の人もまた受け入れるということ。それは今後の戦いにあたって軍内に不安要素を抱えることになります。」

 

 劉璋が抱えている問題。その一つに領主と民衆の意識が行き違っているということがあるようにも思われた。それはまた、意図的であるなしにかかわらず、前回の董卓連合の時の情報の行き違いようにも思われて、一刀はこの件に関して即断することに躊躇いを覚えてしまっていた。

 

一刀「今日の議題はこれが最後だったね。少しだけ考えさせてくれるかな。」

 

雛里「...」

 

 そして軍議は解散になり、一刀は気分転換にと街へ出かけていった。

 

一刀「どうしたもんかなぁ...」

 

気分転換に来たはずが、結局蜀をどうするべきかばかり考えてしまう。北郷一刀という人物がこの世界において劉備玄徳としての役割を持っているのなら、史実通り蜀を攻めるべきなのだろう。この迷いも、当時正史の劉備玄徳が抱えていた悩みに擬えられているのかもしれない。しかし、そう考えた時、一つの問題が湧いてくる。蜀と戦うということは史実通りであれば「龐統」である雛里を失う可能性が高いのだ。一刀にそれを受けいることは難しかった。正直なところ気分転換をしたかったというより現実逃避に近いかもしれない。

 

一刀「(左慈は正史と外れたこともあると言っていた。それが今の霞や華雄たちの加入だとしても、今のところ大きな事象の流れはほとんどそのままだ。だとしたら...)」

 

 そうして通りを歩いていると、

 

店主「よお、旦那!なんだか難しい顔してんな?」

 

 横から声をかけられる。どうやらいつのまにか行きつけの飯店の前を通り過ぎていたらしい。

 

店主「なんだかしらねぇがそんな時は腹いっぱい食うに限るぜ!ほら入った入った!」

 

一刀「ちょっ、おじさん危ないってば!」

 

 人がいい、もとい商魂たくましいおじさんの手によって無理やり店に連れ込まれたのであった。

 

店主「悪いが、席が埋まってるからよ、相席で勘弁してくんな。姉ちゃん、隣いいかい?」

 

??「どうぞ。」

 

 そう言って無理やり席に座らされる。

 

店主「じゃあいつものね。毎度あり!」

 

 注文内容まで勝手に決めてしまう横暴が許されていいのだろうか?もっとも、頼む品はだいたいいつも同じものなのだが。すると、その様子に隣に座っていた褐色の肌の女性が話しかけてきた。

 

??「面白い方ですね、ここの主人は。」

 

一刀「ああ、あの人はいい人なのはわかるんだけどちょっと強引ってええっ!?」

 

 隣に座っていた女性が口に運んでいた赤黒い物体に目を見張る。それはこの店の主人が名物として出している超激辛の麻婆豆腐であった。だが、この店をよく知っている人ならこれは絶対に頼まない。なぜなら、この麻婆豆腐は今にも燃えだすのではないかというくらいに本当に辛いからだ。たまに物好きや何も知らない旅人が注文するが、その度に医者が呼ばれるほどだ。こちらからも再三販売中止にしてはどうかと持ちかけてはいたのだがコアなファンがいるらしく、一応注文する人には警告は出すからということでそのままになっていた。

 

 その完全なる毒物をこの女性は何食わぬ顔で口に運んでいたのだ。しかも、よく見れば汗一つ掻いていない。こちらの動転した様子に不思議に思ったのか、その女性は首をかしげながら、

 

??「私のどこかおかしいですか?」

 

 全力でツッコミたいのを押しとどめて、

 

一刀「それ、美味しい?」

 

 人の店に来ておきながら大分失礼なことを言っているのは自分でもわかっているがそれでも尋ねずにはいられない。

 

??「はい、美味しいですよ。どこの胡椒を使っているのでしょうか...下にピリッと来る感じが癖になりそうですね。」

 

一刀「えっ?それだけ?」 

 

??「?はい、もっと感想を言ってほしいということなのでしょうか。私はそれほど口がたつ方ではないのでうまく表現できないのですが...」

 

 うーん、ともう一口麻婆を口に含みながら唸る女性。どうやらこの人にとってはその程度の辛さらしい。そこへ、

 

店主「お、驚いただろ?この姉ちゃんがあんまりうまそうに食べてくれるもんだから、今日はそいつのハケが良くてよ。さっきから医者がてんてこ舞いだぜ。」

 

 湯気の立つ炒飯の皿を前におきながらなぜか得意そうにそう話す店主。おかしい。明らかに食事を出す店の主人の言う言葉ではない。くいくいと親指を立てて後ろを指す店主につられてその先を見ると、また唖然とする。席が埋まっているというのも実はぶっ倒れた人がそのまま椅子に座らされているからだったのだ。カウンター席でも卓の席でも椅子に座ったまま口を開けて意識を失っている者、器に顔をうずめて動かない者、そしてその周りを医者がこれまた死にそうな顔で飛び回っている。まさに阿鼻叫喚だ。知らない人が見れば食中毒だと騒ぎたてるだろう。その原因の張本人はというと、まだうーんと唸りつつも時々目を細めて食事の喜びをかみしめているようだ。

 

一刀「な、何者なんだ一体...」

 

 そこへ、

 

雛里「ご、ご主人様~!こ、ここにいらっしゃったのですね...」

 

 追いかけてきたのか、雛里が息を切らせて走り寄ってくる。もしかしたら、城からここまで、あらゆる店舗を回ってきたのかもしれない。

 

雛里「先程の件について少々お話が...って、どどどどうしたのでしゅか!?」

 

 ようやく落ち着いて周囲の状況を把握できたのか、雛里も気が動転し噛んでしまっている。

 

一刀「なんかみんな今日は麻婆豆腐の気分だったみたいでさ...」

 

雛里「は、はぁ...て、そんなゆっくりしている場合じゃないですよ!」

 

 そういうと近くで泡を吹いている男の一人に駆け寄っていく。まあ、命に別状はないはずだから医者に任せておけばよいのだろうが...雛里が動いているのに自分だけのほほんと炒飯を食べているわけにもいくまい。そう考えた一刀も近くでぐったりしている男に寄って行った。

 

店主「毎度あり~!」

 

 意識を取り戻した最後の客を見送る。結局元凶である麻婆豆腐を食べていたその女性も手伝ってくれ、なんとか事なきを得た。

 

??「私のせいだったのしょうか...なんだか申し訳ありません。」

 

一刀「いやいや、普通にご飯食べてただけなんだから謝ることなんかないって。どっちかというとちゃんと止めないおじさんが悪いんだから...」

 

店主「ひでえなぁ、旦那。だいたい、大丈夫かどうかなんて食べてみないとわからないだろ?だったらあっしは食べたいっていうその気持ちを尊重するね。」

 

 それでは全く警告になっていないのではないだろうか。

 

一刀「はぁ...とりあえずご飯済ませちゃおうか。雛里はもう食べた?」

 

雛里「いえ、まだです。」

 

一刀「じゃあ雛里も...おじさん、じゃあ炒飯二つね。」

 

??「私は麻婆豆腐をお願いします。」

 

まだ食べるのか...せめて他の人が勘違いしないように見えづらい奥の席に移動し、雛里を加えて再び食事を再開する。美味しそうに食を進める彼女に雛里も驚きを隠せないようであった。先程までの惨状を忘れたくなった一刀は切り替えるために話を振った。

 

一刀「そういえば、お姉さんは旅の人?見たことない顔だけども。」

 

 一度だけピクリと反応した彼女も箸を止めて答える。

 

??「この街には行商に来たのです。こちらの街が非常に賑わっていると聞きまして。あれが商品です。」

 

 そう言って壁際に詰まれた物体を指差す。商品はどうやら籠のようだ。

 

一刀「へぇ。あれは君が?」

 

??「いえ、村で友人と作った物を私が売りに。よければご迷惑をかけたお詫びにおひとつ差し上げますよ。」

 

一刀「いやいや。ちゃんと代金は払うよ。ちなみにどこから来たんだい?」

 

??「ここからはずっと北の、名もないような田舎街ですよ。今は統治者も代わって、大分よくなってきましたけどね。」

 

一刀「北って言うと曹操さんがいるあたりか。曹操さんがいるならそりゃ安心だよな。」

 

 愛紗がいたらふがいないと叱咤されるような台詞だが、実際のところそうなのだろうから仕方ない。

 

??「失礼ですが、曹操様とはお会いになったことが?」

 

 一刀の会ったことのあるような台詞に反応して、女性が尋ねる。

 

一刀「ああ、ちょっとね。残念ながら、俺は曹操さんには嫌われちゃってるけどね。」

 

??「...重ねて立ち入ったことをお伺いしますが...どうして嫌われていらっしゃるのですか?」

 

一刀「それが...」

 

 自分で言うのはあまりにこっ恥ずかしいのでついどもってしまう。その一方で尋ねた本人はというと卓の下で拳を握り、臨戦態勢に入っていたことには誰も気づいていない。

 

一刀「その...俺の大事な人を欲しいって言われてさ。その人は俺のだからやらんって言っちゃったんだ。」

 

??「...?...ああっ!そう言うことでしたか。なるほど、あの方は無類の女性好きですからね。そう言うことなら頷けます。貴方は胸を張っていい。」

 

 

雛里「(?何か違和感が...)」

 

 慌てて取り繕うようにそう答える彼女に、恥ずかしさのあまり赤くなりながら笑って答える。一瞬空気が張り詰めていたようにも感じたが気のせいだろう。すると外からどたどたと足音が。

 

青年「おっちゃん、おかみさんがさっきの話聞いちまって、カンカンになってるらしい!すぐにでもこっちに戻ってきちまうよ!」

 

店主「なにぃ!?かあちゃんが!?いけねぇ、お客さんら、悪いが今日はお代はいいからもう帰ってくれ!早くしないとあっしの命が危ないんだっ!」

 

 大仰にそう叫ぶと客を外へと誘導し出す店主。食事もそこそこに俺たちは店を出る羽目になってしまい、そのどさくさで女性ともはぐれてしまった。

 

一刀「あれを平気で食べれる人がいるとは、凄い人に会っちゃったなぁ。」

 

雛里「ご主人様の台詞ではないのでは...」

 

 そう言う傍らで、

 

雛里「(先程の人の口ぶり...まるで曹操さんと会ったことがあるような...もしかして...)」

 

 雛里は他国の脅威に対する焦燥感を感じていた。

 

 

 

 

 

 その少し前、涼州では、勢力拡大を計る曹操軍と涼州連合が戦いを繰り広げていた。董卓の去った後の長安を占領した曹操軍は、余勢を駆り、さらに西に手を伸ばしていたのだ。そもそも、反董卓連合では被害を受けた西涼連合に対し、損害を殆ど受けなかった曹操軍には、動くのに十分な余地があったのだ。

 

馬岱「せぇい!」

 

 襲い来る兵士を一刀にして切り捨てる。どうやらここは何とかなりそうだとほっと安堵しようとしたところへ、伝令の兵士が知らせを持ってくる。

 

兵士「南方より敵部隊!防衛戦が突破されました!」

 

馬岱「もう!?いくらなんでも早すぎるよ!」

 

兵士「やはり、あれが配備されていたようで...」

 

 西涼連合が誇る戦力は騎馬部隊を中心に編成されている。騎馬部隊はその機動力や攻撃力から戦において大きな役割を果たし、騎馬部隊に特化した西涼連合は精鋭と言われる曹操軍にとってもかなりの強敵と言えた...はずだった。しかし、実際には今、涼州連合は危機に立たされている。その原因は曹操軍の配備している武器にあった。連弩である。曹操軍の配備した連弩は射程距離、連射力において通常の弓矢の威力を遥かに凌いでいた。それは本来弓部隊を苦手とする騎馬部隊において、壊滅的な打撃を与えるに十分だった。

 

馬岱「残念だけど...ここまでかもしれないね。」

 

兵士「そんなっ、馬岱様!」

 

馬岱「お義姉さまは?」

 

兵士「...まだ目を覚まされていません。」

 

馬岱「そっか...今までずっと頑張ってくれてたもんね。慣れないのにたくさん豪族のとこに回ってお話したり...苦手な書類に夜通し面と向かったり...」

 

 肝心の馬超はというと、連日の戦闘、そして今までの慣れない政務による疲れがたたり、今は用意された寝台に横たわっていた。旗印である馬超が十分な力を発揮できなかったというのも、この状況の一因となっているかもしれない。

 

馬岱「叔父さんに言われてるんだ...もしもの時は軍を解散して逃げろって。命を大事にしなさいって。お義姉さまを麒麟のところへ。私が抑えるから、今ならその状態でもまだ逃げられるよ。」

 

兵士「そ、それでは馬岱様は...!」

馬岱「抑えるって言っても、私が全部倒しちゃうかもしれないんだけどね。」

 

 茶目っ気のある台詞でも、背を向けられている兵士には馬岱が今どんな顔をしているか、容易に想像がついてしまった。

 

馬岱「さ、早く。」

 

兵士「わかりました...馬岱様、ご武運を!」

 

馬岱「...ありがと。」

 

 そうして未だ死んだように眠っている馬超を馬に乗せ、数人の側近が護衛しつつ戦場を離れていった。しかし、それを察知した曹操軍からも追手がかかる。背後からは度々こちらに向けて矢が放たれる。

 

兵士A「くっ、振り切れないか!」

 

兵士B「仕方ない...俺が時間を稼ぐ!お前は馬超様を!」

 

兵士A「わかった...あの世で会おう!」

 

兵士B「応っ!間違っても馬超様まで連れてくるなよ!」

 

 轡を返し、走ってきた方向へと突き進んでいく。

 

 そうして一人、また一人。信頼する馬超を守るため、兵たちは旅立っていった。そのどの顔に映っていたのは、状況に対する悲壮感などではなく、彼女と共に今まで戦ってこれたことに対する誇りと、その彼女を助けることができるという喜びだけだった。そして最後に残ったのは...

 

兵士A「ふっ、お前ら、ちゃんと自分たちの友を安全な所まで送り届けるんだぞ!」

 

 彼女の愛馬たちだけだった。三頭は答えるように高く嘶くと、剣を抜き山道に仁王立ちする兵士を置いて全速力で走り去って行った。

 

 

 

 

??「...」

 

 その光景を水晶玉を通してみている人物がいた。彼のいる部屋は薄暗く、どこかの城の広間のように感じられたが、この空間には彼を除いて全く人気が感じられなかった。本来なら外史を渡り歩く、「管理者」と呼ばれるものたちが使用する空間である。

 

??「...」

 

 水晶玉を除いていた人物がそれに向かってすっと手をかざす。すると、水晶の中に映し出された馬たちは、何かに誘われるようにその向きを変え疾駆していった。

 

??「なんだかずいぶんと回りくどいことをしてるわねん、左慈ちゃん。」

 

 その言葉と共に、その人物の背後の何もない空間にスッと巨大な肉体が姿を現した。

 

左慈「貂蝉か...どうしてここがわかった。」

 

 ドスの効いた声でそう尋ねる左慈。

 

貂蝉「強いて言うなら...乙女の勘かしらね?」

 

 答えを聞くな否や、後方に向かって回し蹴りを放つ左慈。しかしそれを予期していたのか、同じく巨体から放たれる足蹴によってがっしりと防がれていた。

 

左慈「ふざけたことを...なんのようだ。俺の邪魔をしに来たのか。」

 

 臨戦態勢となり、構えをとったまま少し距離をとる左慈。対する貂蝉はというと、戦う気などさらさらないといった風に、両手を肩の高さまで上げて見せると、

 

貂蝉「邪魔なんてしないわよ。ただ私は、この物語の結末を見届けたいと思っただけ。でも、一つだけいいかしら。」

左慈「なんだ。」

 

貂蝉「なんでこんなことを?貴方ならもっと直接的に関与することもできるでしょうに。」

 

左慈「そんなこと、決まっているだろう。これはアイツの役目だからだ。俺が手を貸してしまったら意味がない。」

 

貂蝉「とか言いながらそれだって手を貸しているようなものでしょう?」

 

左慈「...ふん。これは俺のきまぐれだ。ごちゃごちゃ言ってると追いだすぞ。」

 

 構えを解いて再び水晶玉に向かう左慈。それを見て貂蝉は、

 

貂蝉「なんだかんだいって、未練たらたらなんて女々しいってものでしょうけど...でもそれも可愛いわねん♪」

 

―現代編 episode3―

 

愛紗「なん...だと...」

 

 まだ、朝霜で少し肌寒く感じられる朝、日課にしている朝の鍛錬から帰ってきた愛紗は居間の前に立ち尽くしていた。彼女の視線の先には卓袱台、そしてその上に紙切れが一枚。そこには、

 

 おじいちゃんと出かけてきます。夕方には戻ります。一刀

 

と、さもなんでもないことのように書かれていた。

 

 確かめるように目元をこすり、それから再び紙に視線を移し、その文言を頭のなかで反芻する。

 

愛紗「...」

 

やや、沈黙。そして、

 

愛紗「終わった...」

 

 そうつぶやいてガクリとその場に膝をついた。

 

何を隠そう、鍛錬を終えた関羽こと愛紗という女性は絶賛空腹中である。

 

一度だけ、台所に鎮座まします「れいぞうこ」なるものを恨めしそうに見る愛紗。彼女も、あの中には食べ物がごっそり入っていることは百も承知である。おそらく、一刀が用意してくれた朝食も入っているに違いない。しかし、つい先日、軽くひねっただけで水道の蛇口をものの見事に破壊しており、一刀は仕方ないよと笑ってくれたが本人はそれは深く反省しているのだ。なぜなら、ひねるだけで綺麗な水が出てくるという愛紗の感覚からすれば魔法の道具と言えるものを壊してしまったのだから。その上いつも中を冷温で留めておくなどという愛紗には全く仕組みができない代物など、どうして触ることができようか。

 

愛紗「(しかし...このままではっ!)」

 

 ここで補足して置かなければいけない事がある。愛紗は決して大飯喰らいではない。しかし、それはあくまであの面子での話である。強力な出力を持つものならその燃料の消費も安くは済まないということだ。真面目な愛紗らしくしっかりと朝の鍛錬を行なってきた愛紗にとって、夕方まで何も食べられないのは拷問に等しい。

 

 何かないかと当たりを見回すが、生憎食べられそうなものは何も見当たらない。もっとも、本人が食べ物だと理解できないだけで、缶詰だとかお菓子の袋だとかはそれとなくおいてあるのだが。そうしてしばらくあたりを探して回っていると、軍神とも呼ばれた関羽雲長が、食べ物が見つからずに焦っているなどなんて情けないのだろうと心が折れて部屋の隅っこに三角座りで座り込む。かと思えばやっぱり空腹にはかなわずまた戸棚などを漁ってみてはまた情けなくなって座り込むという負の循環に陥っていった。

 

愛紗「(いかん...何をしているのだ愛紗。こんな情けない姿を見られてはご主人さ...一刀さ...えええい!とにかくあの方に笑われてしまうぞっ!)」

 

 心のなかでまだ慣れない呼び方を直そうとするも失敗し、なおも心が折れる愛紗であったが、そんな愛紗の前にこの窮地を救ってくれるものが現れた。

 

愛紗「あれはっ!」

 

 愛紗の見つめる先に写っているのは、居間から見える軒先に生えたきゅうりやプチトマトであった。それは一鉄が趣味でやっているささやかな家庭菜園であり、畑のものからは見劣りするものの、並んでいるのはしっかりとした食材であった。

 

 しかし...

 

愛紗「(あれはお爺様が大切に育てていらっしゃるもの...私ごときが簡単に摘み取っていいものでは...)」

 

 なんだか楽しそうに野菜に話しかけながら水をやっていた一鉄の姿を思い出す。そして真面目な愛紗らしく、普通の人なら一瞬の逡巡で切り捨てるようなことに囚われる。

 

 うがーっと今にでも叫びだしたくなる気持ちを押しとどめていると、

 

愛紗「(そうだ...鍛錬中の事故で切り落としてしまったというのなら仕方あるまいっ!)」

 

 空腹で完全に思考がよろしくない方向に傾いてしまった。愛紗は先程まで使っていた得物を部屋から引き出してくると、縁側からそのまま庭に飛び出し、

 

愛紗「せええやあああっ!」

 

 正面から、きゅうりの生った茎を気合いの入った掛け声とともに勢い良く斬り落とした。確認しておくが青龍刀で。

 

愛紗「し、しまったぁあ!お爺様の大切にしていた野菜がぁっ!しかし、この気温では放置しておれば腐り果てよう。それはこの野菜たちも本意ではあるまい。ならば、仕方ない。私が有難く頂くとしよう!」

 

完全に確信犯である。ちなみに前述のとおり、その日の気温は容易に食べ物が腐るほど高くはない。

 

愛紗「それでは!」

 

 両手を合わせて食前の礼をとるとガリガリときゅうりにかじりつく。

 

愛紗「(なんてうまいのだ...あのお方は農業にも精通していらっしゃったのか。)」

 

 なんて関心の言葉もそこそこに、きゅうり一本程度では愛紗の腹は膨れない。一度だけ、愛紗は熟れた野菜群をじっと見つめると、

 

愛紗「せえええいっ!」

 

 その夕方、散々な光景になった軒先によって後悔の念にどっぷり浸かった愛紗の片割れで、事情を聞いた二人はしばらく腹を抱えて笑っていた。

 

―あとがき―

 

 読んで下さった方は有難うございます。いつも支援して下さる方も有難うございますね。こんばんは、れっどでございます。

 

 今回からまたしばらく本編です。一区切りついた後の最初の一回なので、割と色々盛り込んでしまった気もします。でもだいたい食事回です。(ガクッ 私の中では北郷軍の軍議は最後まで真面目に終わることがないといったイメージがあるので、なんだかいつもこんな感じに。いつか100%真面目な軍議が...ないかもしれない。約20話ぶりに左慈さんが出てきました。それと例のあの人。管理者はこのお話の中でも書きたいテーマの一つなので、うまく扱って行けたらなと思います。

 

 今回からわかりやすくするために章分けしてみました。1・2話が序章、3話から11話が第1章、12話から20話が第2章、そして21話からが第3章になります。元々拠点パートで区切っていたのであまり意味がないのかもしれませんが、筆者の中で整理しやすいので。

 

それではまだお付き合いただけるという方は、次回もよろしくお願いいたします。

 

 


 
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