No.578405

スカーレットナックル Lion STAGE3「Double Fang」

三振王さん

スカーレットナックル外伝最終話になります。リョナ描写注意

2013-05-20 22:07:09 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1089   閲覧ユーザー数:1074

 STAGE3「Double Fang」

 

 

 

 地下闘技場の中央にあるリング、その中心には今二人の少女が火花を散らして対峙していた。

 

 赤コーナー側にいるのはブラッディレオン、本名五十嵐ミキ、偶然出会った少女、手塚一葉を救う為にこの地下闘技場にやって来た自称プロレスラーであり、様々な卑劣な手段を用いてくるファイター達、そして正面から真っ向勝負を挑んできた日吉丸を正面から打ち倒してきた実力を持つ。

 

 青コーナーにいるのは壊し屋の凶子、本名は本人も知らない、自分の本能に赴くがまま強敵を求め仲間と共に流離い、数々の難敵たちを打ち払い、今こうして地下闘技場のリングの上に立つ凶器を使った喧嘩殺法を得意とする少女である。

 

 戦いの運命によって巡り会った二人は、溢れんばかりの闘争心を抑えながら、戦いの始まりを告げる戦鐘が鳴るのを待つ。

 

「お姉ちゃーん! 頑張ってねー! そんな怖い人に負けるなー!」

「ありがとう一葉ちゃーん! 私頑張りまーす!」

 

観客席上段の檻の中で声援を送る一葉に対し笑顔で

 

「言っておくが……さっさと食われたら殺すかんな?」

 

 ギラギラの殺気を隠すことなく、キョウコはギザッ歯をむき出しにしながらミキを挑発する。

 

「私は……すぐ終わるようなつまらない戦いはしない主義です! ギリギリまで頑張って! 最後に私が勝ちます!!」

 

 対してミキは両腕を組みながら、キョウコの殺気をまるで日向ぼっこをしているかの如く正面から受け止めていた。

 

「言うなあおい……それじゃ始めるか」

「ええ……」

 

 刹那、辺りがまるで時が止まったかのようにしんと静まり返る。ミキとキョウコは微動だにせず時が動き出すのを待った。

 

 そして……闘技場にカァーンとゴングが鳴り響いた。

 刹那、ミキとキョウコは一斉に飛び出した。そしてミキの左裏拳がキョウコの左側頭部に、キョウコの右手に持った竹刀の突きがミキの腹部に向けて突き出される……が両者それぞれ繰り出された攻撃を開いていた手で受け止めて防いだ。

 

 ぐぐぐぐぐっと力を入れて攻撃を届かせようとする両者、しかし互いに凄まじい力でそれ以上の動きを許さない。

 バチンと、弾けるように一旦距離を置く両者、それと共に闘技場にいた観客達が、まるで時が動き出したかの如く一斉に歓声を上げた。

 

「うおおおお!? なんだこの戦い!?」

「すげー!! 二人共すげえ!!」

 

 一方リングサイドで見ていためぐみと日吉丸も、リングの上の二人のやり取りを生唾を飲み込みながら見ていた。

 

「なんだいコレ? 緊張感が半端ないんだけど……」

「まるで果し合いだな、二人共刀持っていないのに斬り合いしているみたいだぜ」

 

 一方、反対側にいたキョウコの取り巻き達は、彼女に精いっぱいの声援を送る。

 

「姉御! そんなアホやっつけちゃってくださーい!!」

「キュキュキュ……取り敢えず凶器攻撃でペース作りましょう……」

「あんまり無茶して怪我しちゃ駄目ですよ~?」

 

 その声援を受けて、キョウコは右手に持った竹刀をブンブン振り回しながらにやりと笑う。

 

「ほんじゃ、テメエの実力見せて貰おうか!」

「ええ! 存分に見せてあげましょう!!」

 

 そして再び突進する両者、しかしキョウコは先程と同じ竹刀の突きに対し、ミキは低軌道ジャンプからのドロップキックに変更した。

 

「っ!!!」

 

 片腕での突きに対し全体重が乗ったドロップキック……どう見ても後者が押し勝つのが目に見えている。だがキョウコは片腕のみでミキのドロップキックを竹刀の先端で支え続けた。

 

「んっだらああああああ!!!」

「きゃっ!?」

 

 キョウコはみきをそのまま弾き飛ばすと、マットに転がる彼女を踏み付けようと右足を高々と上げた。

 

「なんのっ!」

「うおっ!?」

 

 対してミキは寝転がったままキョウコの左足を蹴りで突き彼女を転ばせて攻撃を中断させる。

 

「ちっ!」

 

 キョウコはゴロゴロと転がって距離を取る。一方ミキは寝転がったまま彼女を挑発していた。

 

「さあどんどん来なさい!」

「野郎……!」

「姉御! これを!」

 

 するとリングサイドにいたマル子が、どこから持ってきたのか解らないビール瓶用の黄色いケースをキョウコに投げて渡した。

 

「よおおおし……!」

「おお!? そういうのもアリですか!」

 

 キョウコは竹刀を投げ捨てるとそのままミキに向かって飛び上がり、彼女に向かってもう片方の手に持っていたビール瓶のケースを思いっきり振り降ろした。

 

「ひゃわっ!」

 

 ミキはそれを体を転がして回避する。キョウコはそのまま何度も何度もビール瓶のケースを振り降ろすが、ミキはすべて寝転がったまま回避した。

 

「なろう、ちょこまかと……!」

「隙あり!」

 

 ミキはそのまま両足でキョウコの両足を挟み、彼女をうつ伏せに転ばせる。そしてそのまま起き上がり彼女の体に馬乗りになると、彼女の顎を両手でガッチリホールドし、そのまま力いっぱい引っ張った。

 

「ふんにゅうううううう!!!」

「ぎゃああああああああ!!!」

『出た! 必殺のキャメルクラッチ! てかキョウコ選手悲鳴も怖い!!』

 

 背骨が軋み痛みのあまり大声で叫ぶキョウコ、それを見た取り巻き三人組は慌てて持っていたバックの中身を漁った。

 

「このままじゃ姉御の体が真っ二つに折られる!!」

「いや、多分そこまでならないと思うよ~?」

「キュキュキュ……じゃあこれ使ってもらおう……」

 

 するとガリ子が何かを見つけ、キャメルクラッチを極められたままのキョウコに向かって何かをマットに滑らせながら投げ渡す。

 

「姉御……これで……キュキュキュキュ!」

「お~っし、でかした……」

 

 キョウコは投げ渡された物……ライターを手に取って火をつけ、その火で自分の首をホールドしているミキの手を炙った。

 

「おあっちゃ!!?」

 

 突然の熱さにミキは技を解いてしまう。脱出に成功したキョウコはそのままさっき捨てた竹刀を拾い上げた。

 それを見た日吉丸や観客達は流石に見かねてブーイングを放った。

 

「こらー! そんなんアリか!!」

「正々堂々と戦えー!」

「あ゛あ゛ん!?」

 

 しかしキョウコは一睨みして観客達を黙らせると、火傷した手にフーフーと息を吹きかけて冷やそうとしているミキの体に竹刀を何度も叩きつけた。

 

「オラッ! とっとと食われろ!」

「いたたた!? ちょ! タイムタイム!」

 

 ミキは背を向ける形で逃げ出し、キョウコはそれを追いかける。

 

「まてオラ!!」

「ぬううううう!!」

 

 するとミキはコーナーポストの前まで走り、それを勢いよく両足で蹴り、その反動を利用して追ってきたキョウコに対し横回転しながらのフライングクロスチョップをお見舞いする。

 

「ぐお!?」

『綺麗なカウンターが決まったー! キョウコ選手吹き飛ばされるー!』

 

 一進一退の攻防に湧く闘技場、それはリングサイドで見ていた日吉丸も同じだった。

 

「あの嬢ちゃん……反則技を物ともせず自分のペースを握ってやがる。もう片方の嬢ちゃんも躊躇いなく凶器振り回すな……まるで殺す気みたいだ。二人共すげえ!」

 

 二人の戦いぶりを見て、同じく格闘技を学び強さを求める者として日吉丸は心の内が昂ぶるのを感じる。

 一方ミキに吹き飛ばされたキョウコは、すぐさま飛び起きて溢れんばかりの殺気をミキに向ける。

 

「やろおおおおお!!!」

 

 キョウコはそのままミキに接近し、右手で彼女の頭を掴み、握り潰さんが如く力を入れた。

 

『アイアンクロー炸裂うううううう!!!』

「なんのおおおおおお!!!」

 

 するとミキも自分の右手でキョウコの頭を掴み、握り潰さんが如く力を入れた。

 両者はそのまま互いにアイアンクローをした状態で、相手を押し出そうと足を前に動かす。が……力が互角なのか、微動だに出来なかった。

 

「昭和……というか戦後のプロレスね~」

「で、でもなんだろ!? すげー熱い!」

 

 二人の様子を見て手に汗握るキョウコの取り巻き達。一方ミキとキョウコは自分の頭がメキメキ音が鳴っているにも関わらず、相手を力尽くで押し出そうとさらに全身の筋肉をフル稼働させる。

 

「ぬがあああああああ!!!!」

「ぐぬううううううう!!!!」

 

 その時、キョウコの足のスニーカーがずりっと後退する。

 

「グッ!?」

「だありゃあああああああ!!!」

 

 ミキはそのまま内なる力を爆発させるように、キョウコの頭を掴んだまま彼女の後頭部をマットに叩きつける。

 

『ブラッディレオン力でねじ伏せたああああああ!!!』

 

 その瞬間、闘技場が割れんばかりの歓声に包まれる。一方キョウコの取り巻き三人組は彼女へ必死に声援を送る。

 

「げえええええ!!? 姉御が力で負けるなんてありえねえええええ!!!」

「キュキュキュ……マル子うるさい……」

「これはちょっと危ないかも~、ブラッディレオンが」

 

 その時、マットに叩きつけられたキョウコは、無言のまま目をギンと見開いて飛び起きた。その光景に、観客達の声援に応えていたミキは驚く。

 

「野郎……マジで頭に来た」

 

 次の瞬間、キョウコは何を思ったのか竹刀を足でへし折り、その辺に投げ捨てた。

 

「「「ああ、終わった……」」」

 

 取り巻き三人組はまるでこの世の終わりかのようにリングから目を背けた。

 一方キョウコは無言のまま両手に拳を作りボクシングの様なファイティングポーズを取る。

 

「姉御が本気になっちまった……素手喧嘩(ステゴロ)モードだ……」

「姉御にとって凶器はいわば拘束具、力をセーブするための物……」

「それが無くなったら~……あの子、殺されるかも~……」

 

 一方ミキもキョウコの先程の比ではない尋常じゃない量の殺気を感じ取り、両頬をパンパン叩いて気合いを入れ直した。

 

「よっし……ここからが本番ですね!」

「ああ、本気で食い殺してやっからな」

 

 次の瞬間、ミキの目の前からキョウコが消え去る。次の瞬間彼女の右頬に向かってキョウコの右ストレートが放たれる。咄嗟にミキは右手でガードする……が、あまりのパワーにリングロープまで吹き飛ばされた。

 

「ぐうううう……!!?」

 

 ロープを使って起き上がりながら、右腕の痺れるような痛みに顔を歪めるミキ。だがその時、自分の頭上から刃の様な殺気を感じ上を見上げる。そこにはいつの間にか接近していたキョウコの右足が天高く振り上げられていた。

 

「おらぁ!!」

「グッ!?」

 

 そして猛スピードで振り降ろされる踵に反応することが出来ず、ミキはその攻撃を右の鎖骨部分に受けてしまう。

 

「あうううう!」

 

 まるでボーリングの玉で殴られたような威力に、ミキは肩を庇いながらうめき声を上げる。しかしキョウコは苛烈な攻撃の手を休める事はなかった。

 

「ひゃはははは!!!」

 

 休むことなく続くキョウコのパンチの連撃、リングロープを背にガードを続けるミキは反撃の機会を伺うが、キョウコの猛攻がそれを許さず体にダメージを蓄積していく。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 そしてミキはついにその場で膝を付いてしまう。それを見たキョウコはにやりと笑うと、彼女の股に手を差し込み体をグンと持ち上げる。ボディスラムの体勢だ。

 

「確かプロレスってのはこんな事してたよな……おいお前等!!」

「「「はいっ!!!」」」

 

 キョウコの言葉を聞いて取り巻き三人組は、どこから持ってきたのか木製の長テーブルをリングの下に設置する。

 

「オラッ!」

「くぅっ!」

 

 キョウコはそのテーブル目掛けてミキの体を投げつける。ミキの体はうまい具合にテーブルの上に乗っかった。そしてキョウコはコーナーポストに登ると右手の人差し指を高々と上げて観客にアピールする。

 

「行くぞクソ共おおおおおお!!!」

「「「うおおおおー!!」」」

 

 観客達の声援を受けながら、キョウコはテーブルの上に乗るミキに向かって飛び、彼女の腹部に落下の勢いを付けた右肘を叩きこんだ。ミキの体がくの字に折れ曲がり、下にあったテーブルがバキンと音を立てて真っ二つに折れる。

 

「かはっ!!」

『ダイビング・エルボー・ドロップ炸裂!! えぐい入り方だー!!!』

 

 リング下のコンクリートの地面にうめき声を上げながら転がるミキ。よく見ると口から血を流している。それを見たキョウコはさらに加虐心をそそられたのか、彼女の首を掴んで無理やり立たせた。

 

「おーおー、体が折れ曲がって可愛そうにな……元に戻してやんよ」

 

 キョウコはそのままミキの体を持ち上げ、自分の両肩に彼女の体を仰向けに乗せる形にすると、右手にはミキの首、左手にはミキの左足を握り、自分の首を支点にしてミキの背中を思いっきり弓のように反らした。

 

「あがああああああああ!!!」

『アルゼンチンバックブリーカーだあああああああ!!! ブラッディレオンの体が今度は反対側に折れ曲がるううううう!!!』

「ミキィ!!」

 

 余りにも悲惨な光景に、めぐみは居ても立っても居られずミキを助け出そうと身を乗り出す。

 

「待って」

 

 しかし行く手を、自分の倍近い大きさがあるデカ子に遮られる。

 

「どけデカ物!! あの子が死ぬだろうが! 医者としてこれ以上は……!」

「もし行ったら、貴方が姉御に殺されます……ああなった姉御はもう誰にも止められませんよ。心配ありません、もうすぐ終わります」

 

 一方、自分の肩の上で散々ミキを嬲ったキョウコは、突然彼女をリングの上に投げ捨てた。

 

「さて……満腹になってきたことだし、そろそろトドメ刺してやるか」

 

 キョウコは自分もリングの上に上がると、キョウコの体を上半身だけ起こし、彼女の首に自分の右腕を巻きつけた。

 

『スリーパーホールドだー!!! キョウコ選手完全に止めを刺しにいったー!』

「お、おい! アレ完全に極まっているぞ!? 下手すりゃ死ぬ!」

 

 日吉丸の指摘に焦ったマル子が慌ててキョウコに声を掛ける。

 

「あ、姉御! あんまりやるとそいつ死んじゃいますよ!?」

「うっせ! 黙ってろ! 殺すぞ!!?」

 

 しかし興奮気味のキョウコの一喝により黙り込んでしまう。そうしている間にもミキの意識は首を圧迫された事により薄れていった。

 

(あ、やばい……これ死ぬかも……)

 

 ミキは自分の首を絞めるキョウコの腕を引き剥がそうと最後の力を振り絞って彼女の腕を引っ張るが、微動だにしない。

 

「あ……か……」

 

 どんどん目の前の視界が白くぼやけ、めぐみや観客達の声がだんだん小さくなっていく。

 すると顔に付けていたマスクがコロンと落ち、彼女の黒と青のオッドアイが群衆の面前に晒される。しかし彼女はそれを拾い上げる事も出来ず、ついに腕をがくんと垂らした。

 

「……」

「楽しかったぜテメエの勝負……ヒャハハ!!」

 

 キョウコの笑い声はミキの耳には届いていない、やがて彼女は眼前に幼い頃の自分と自分の父親が家の居間でじゃれ合っている光景を目の当たりにする。

 

(これなんだろ……ああそうか。これ走馬灯だ……懐かしい、お父さんがまだ元気だったころだ)

 

 幼い頃のミキは楽しそうに笑いながら、父親の筋肉に覆われて太い腕に両手を掛けてぶら下がる。

 自分は、試合で強敵に打ち勝つプロレスラーの父が、家ではいつも自分の遊び相手になってくれる心優しい父が、学校の皆にいじめられ、メガネを掛けるようになった自分を本気で心配してくれた自分を大切に想ってくれる父が、母親と同じくらいこの世で一番大切なもので、この人の子供である事がとても誇らしかった。その気持ちは今でも変わらない。

 

 そんなことを再認識していた時、あの頃の自分が父親にある事を問いかける。

 

『お父さんつよーい! 無敵だねー!』

 

 無邪気な笑顔でそういう自分、しかし父は困ったような笑みで彼女にこう返した。

 

『そうだろそうだろ! 父さんは強いぞー! ……でもな、そんな父さんにも苦手な物があるんだ』

『えー? それって何?』

 

 幼いミキは納得しない様子で首を傾げる。すると父は空いている手で指を三本立てる。

 

『一つ目は、怒った時の母さん、二つ目は、お前達家族の悲しそうな顔、そしてもう一つは……

 

 

 

 父が三つ目の苦手な物を言おうとした時、ミキは過去の世界から帰還し、意識を闘技場のリングの上の自分の元に引き戻した。

 

「とう……さん……!」

 

 そしてミキは再び力を振り絞り右手を動かす。そして後ろにいるキョウコの脇腹を掴んだ。

 

「うおっ!!?」

 

 次の瞬間、キョウコはミキの首を極める腕を緩めてしまう。

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 ミキはこれは好機と言わんばかりに、頭を思いっきり動かし自分の後頭部をキョウコの顔面に叩き込む。

 

「ぐおおおおお!!!」

 

 キョウコは鼻血をまき散らしながら後方へ転がって行く。一方ミキは激しく咳き込みながら自分で頬を一発叩いて意識を取り戻す。

 

「よ、よかった……わたしまだ生きている……!」

 

 一方、観客達やリングサイドのキョウコの取り巻き三人組は、何が起こったのか解らず困惑していた。

 

「え!? あれ!? あの裸締め完全に極まっていたよな!?」

「どうやって抜け出したんだ!?」

 

 だがそんな中、日吉丸だけは何が起こったのか理解していた。

 

「成程……抓ったのか」

「抓る?」

「あの女の脇腹見て見ろ」

 

 日吉丸の視線の先には、爪の跡が二つくっきりついたキョウコの右わき腹があった。ほんのりとだが赤くなっている。

 

「俺も漫画で知った話なんだがな、プロレスラーの一番苦手な攻撃は抓りだって聞いた事がある。どんなに筋肉を鍛えて体を固くすることは出来てもそれを覆う皮膚を固くすることは出来ない……手や足の裏ならともかくな。俺も子供の頃、喧嘩で格下相手にそれやられて泣いたことがある」

「成程……おまけに爪立てて力任せにやれば、いくらあのキョウコって子も耐えることは出来ないか」

 

 一方ミキは咳き込みながらもキョウコに向き合おうと体勢を整える。対してキョウコは目に殺気を充満させギザッ歯をむき出しにしながら、マットに両手をついてクラウチングスタート……というより四足歩行の肉食獣が獲物に飛びつくときの様な恰好になる。

 

「食い殺す……! ぜってえ食い殺す!」

「……!」

 

 次の瞬間、“ボンッ”という爆発音のような音と共に、キョウコはミキに向かって飛びかかった。しかしミキはそれを右に移動して回避する。

 

「うわっ!?」

 

 ふと、ミキは自分の左腕が熱い事に気付く。彼女の右腕はキョウコの攻撃を掠めて切り裂かれていたのである。

 

「しゃあああああああ!!!」

「ひゃあ!!?」

 

 一方キョウコは口元をミキの血で赤く染めながら再び彼女に飛びつく。ミキは体を横に捻って回避する……が、今度はリンコスの胸元部分が切り裂かれる。

 それを見たキョウコの取り巻き三人組がまるで勝ちを確信したかのような歓声を上げる。

 

「出たー! 姉御の噛付き攻撃!!」

「キュキュキュ……あれを防げるものはいない」

「あの技でさっきのクマみたいな人を仕留めたんだもんね~」

 

 一方、日吉丸がリングの方を見ながら顔を青ざめている事に気付き、めぐみが心配そうに声を掛ける

 

「おい大丈夫か? 具合悪いのか?」

「い、いや……実は子供の頃見た映画思い出してよ……」

「映画?」

 

 一方ミキは体力低下と緊張感ではあはあと息を切らしながら、一定の間隔をあけて次々来るキョウコの飛びつき攻撃を紙一重で回避していた。

 

「くっ……!」

「ひひっ!」

 

 そしてミキの背中を裂いてキョウコは次の攻撃の態勢に移る。ミキは再び回避しようと体を動かそうとする……が、キョウコは体をグンっと動かすだけで飛びつくことは無かった。

 

「あっ!」

 

 ミキはそのフェイントに引っ掛かり、避けようとした体を無理に戻そうとしてしまいバランスを崩してしまう。それを見たキョウコは目をギランと光らせ、容赦なく飛び付いてミキの肩に噛付いた。

 

「ああああああ!!?」

「ミキィ!」

「そう、あれなんだよ……!」

 

 日吉丸はリング上の惨劇を見てガタガタ震えだしながらブツブツと独り言を言い始める。

 

「俺はガキの頃テレビで見た鮫のパニック映画がトラウマになってんだ。海で泳いでいた女の子が、襲ってきた鮫に何度も何度も噛付かれて、最後には海の中に引き摺り込まれて食われる……今リングの上の嬢ちゃんがそんな状況だよ。下手に知恵付けた肉食獣ほど怖いものはない。俺があそこに居たら怖くて逃げだしてる……!」

 

 ミキはキョウコに肩を噛まれたままブンブンと体を振り回される。まるでサバンナで猛獣に襲われている草食動物のように。

 そしてそのままリングの上に打ち捨てられる。肩からは大量の血が流れていた。

 

「うぐっ……!」

「さあてトドメと行くか!!!」

 

 キョウコは再び飛びつく姿勢を取る。彼女の頭上には巨大な鮫を形作ったオーラが浮かんでいた。

 

「もういいミキ! 逃げろ!」

 

 しかしミキは出血する肩を抑えながら立ち上がり、キョウコの前に仁王立ちした。

 

「逃げません……絶対に!」

「馬鹿野郎! プロレスどうのこうの言っている場合じゃないだろ! 殺されるぞ!!」

「逃げない!!!」

 

 めぐみの必死の忠告を、ミキは鬼気迫る形相で一蹴する。

 

「なんで……なんでそこまで……!」

「確かにこの人は怖い……! でも……あの時の父さんはもっと怖かった筈……!」

 

 ミキの脳裏には、父が仮面の男に完膚なきまでに倒された時のことが浮かび上がっていた。

 

―――あの時のお父さんも怖かった筈なんだ! 仲間達が次々倒されて、自分も殺されるかもしれない……逃げ出したいほど怖かった筈なんだ! でも父さんは逃げなかった! 最後の最後まであの人に立ち向かって行った……。

 だから私も逃げない! 私の体には……勇敢で、優しくて、とても強いお父さんとお母さんの血が流れているから! 最後の最後まで諦めない! そして……!―――

 

 

 

「うおおおおおおおお!!!! 勝つ! 勝つ!! 勝つ!!! 絶対に勝つッッッ!!!!」

 

 ミキは獣の雄たけびの様な声を上げて気合いを入れる。彼女の頭上には雌の獅子を形作ったオーラが浮かび上がっていた。するとそれを見ていた一葉もまた、彼女の勝利を信じて精いっぱい声を上げる。

 

「お姉ちゃーん!!! 負けるなああああああ!!!」

 

 するとミキはくるりと一葉の方を向き、右親指をぐっと立ててニッと笑い、再びキョウコの方を向く。

 

「次で終わりだ!」

「ええ! 次で終わりです!!」

 

 二人共、次に自分が繰り出す攻撃がこの戦いに終わりを告げる事になると予感していた。

 刹那、再び闘技場に時が止まったような静寂が包む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ボンッ!!!”と、先に動き出したのはキョウコ、彼女はミキの首筋目掛けて歯をむき出しにしながら飛び出した。

 

「シャアアアアアア!!!」

 

 一方ミキは一歩も足を動かさず、飛びついて来たキョウコに自分の右腕を噛ませた。

 

「ぬがああああああああああ!!!!」

 

 ミキはそのまま左手で彼女のハーフパンツを掴み、体を逆さに持ち上げた。

 

『こ、この体勢はああああああああ!!!?』

「おお!!?」

「肉を切らせた!!?」

 

再び束の間の静寂、ミキはそっと逆さになったキョウコに耳打ちする。

 

「見ていてください……! 私の3 COUNT BOUTを!!!」

 

 ミキは逆さに持ち上げたキョウコの体を、そのまま垂直に頭からマットに叩きこんだ。

 

『残虐噛付き攻撃をあえて受けてからの垂直落下式DDTぃー!!!』

「ぐぅ……!?」

 

 キョウコはミキの腕から口を放し起き上がろうとする。しかし脳天にダメージを受けたせいか、彼女の視界はありえない程にぐにゃぐにゃに歪んでいた。

 

「だあああああ!!!」

「おうっ!!?」

 

 ミキは休む間もなく、立ち上がったキョウコに対しパンチとキックの連打を浴びせる。キョウコはそれを防ぐこともできずただただ攻撃を受け続けていた。

 

「このや……ろ……!」

「ワン!!!」

 

 ミキはそのままキョウコの喉に手刀……地獄突きを叩きこんだ。キョウコは喉に走る激痛と息苦しさに身を屈めて咳き込む。するとミキはすぐさまキョウコの背後に回り込み、彼女の腰を両手でガッチリホールドし……。

 

「ツー!!!」

「うがっ!!?」

 

 そのまま体を持ち上げブリッジの体勢でキョウコをマットに叩きつけた。

 

『ジャーマンスープレックスぅぅぅぅ!!! おっと!?』

 

 するとミキはキョウコの体をホールドしたまま再びジャーマンスープレックスの体勢に入る。

 

「ふぬううううううう!!!」

 

 しかし今度はマットには叩きつけず、常識離れした力でほぼ真上にキョウコの体を投げ飛ばした。その高さはゆうに2.5m程ある。

 そしてミキはそれを追いかけるように、起き上がりながらくるっと振り向き、そのまま高く棒高跳びのように体を横に倒す形で、投げ飛ばしたキョウコとほぼ同じぐらいの高さまでジャンプした。

 

「何をするつもりだ!?」

「つーかなんだあの跳躍力!?」

 

 めぐみ達のツッコミを尻目に、ミキはそのままキョウコの左足を両手で、右足を両足でホールドし、彼女の足をハの字に開かせる。レッグスプレット……もっと解りやすく言えば股裂きの状態である。その姿勢のまま、ミキとキョウコはマットに落下した。

 

 

 

「必殺! ブロッサムバスター!!!!」

 

 

 

 “ドゴォン!!!”と、まるで爆発が起こったかのような轟音が闘技場に響き渡る。その音の中心には、レッグスプレットの体勢のままマットに叩きつけられ、白目を向いて気絶しているキョウコの姿があった。

 

「はぁっ! はぁ……!」

 

 ミキは息を切らしながらも三秒ほど待った後、キョウコを解放してゴロンと寝転がった。

 その瞬間、試合終了……ミキの勝利を告げるゴングが鳴り響いた。

 

『ブラッディレオンの勝利ィィィィィ! この瞬間、この闘技場の新たな支配者が生まれましたぁぁぁぁぁ!!!』

 

 ドラマチックなフィニッシュを目の当たりにし興奮気味の実況のコールと共に、闘技場が割れんばかりの歓声に包まれる。それを聞いたミキは満身創痍の体を必死に起こし、リングロープに凭れ掛かったまま観客達……そして一葉に手を振った。

 

「一葉ちゃーん……私やりました……」

「お姉ちゃんすごーい!!」

 

 手をパチパチ叩いてミキの勝利を祝福する一葉。

 

「おい……」

 

 その時、ミキの背後から自力で意識を取り戻したキョウコが、大の字に倒れたまま声を掛けてきた。

 

「プロレス強いな……俺が獲物に逆に食われるとはな……全然動けねえや」

「いえいえ……貴方もすっっっごく強かったです! またいつかやりましょう!」

「ああ、俺もプロレス覚えねえとな……次こそてめえを食ってやる」

 

 するとミキは嬉しそうに目をキラキラと輝かせながらキョウコの顔を覗き込んだ。

 

「プロレスに興味を持ってくれましたか!!? 貴方ならきっとすっごく強いプロレスラーになれますよ!! すっごく強いですもん!!!」

「へへへ……そうかい」

 

 ふと、キョウコはミキの顔を見てある事に気付く。

 

「お前……変わった眼の色をしているんだな」

「え? ……あ!」

 

 その時ミキはようやく、今自分がマスクをしていない事に気付き、両腕で顔を隠して慌てふためく。

 

「は、はわわわわ!! 見ないでください~!」

「んだよ、その反応……そらよ」

 

 キョウコは傍に落ちていたミキのマスクを拾い、それをミキに渡した。それを受け取ったミキは顔に掛けるとキョウコに礼を言った。

 

「あ、ありがとうございます。えと……キョウコちゃん!!」

「ちゃん付けぇ? まあいいか、好きに呼べ」

 

 二人の間には死闘を通じて、何か友情の様なものが生まれていた。

 

「ふっふっふ……どうやら勝敗は決したようやな」

 

 そんな和やかな空気をぶち壊す様に、福澤が部下を引き連れてリングに上がって来た。

 

「ふ、福澤さん? 何の用ですか?」

「もちろん、これからメインのショーを始めるんや、嬢ちゃんも混ざりたかったら混ざってええで?」

 

 そう言って福澤とその部下達は下衆な笑みを浮かべて大の字に倒れるキョウコに近寄って行く。その時……。

 

「そ~れ~! ダブルラリアット~!」

 

 突然リングにデカ子が乱入してきて、そのはち切れんばかりの筋肉からとてつもない程の威力がある攻撃を繰り出してきた。

 

「「「うぎゃあああああ!!!」」」

 

 まるでハリケーンに吹き飛ばされたかの如く飛んでいく福澤&部下。そしてマル子がキョウコの体を米俵のように抱える。

 

「逃げますよ姉御! 今ガリ子が逃走経路作ってます!」

「おう、仕事早いな」

 

 キョウコはマル子に抱えられて逃げ出しながら、ミキに向かって右中指を立てて言い放った。

 

「おいお前! 本名は!?」

「未希です! 未来に希望と書いて未希!」

 

 対してミキは右親指を立てながら笑顔で答えた。

 

「ミキ! 次こそはてめえを食ってやっからな!!」

「いいえ! 次も私が勝ちますよキョウコちゃん!!」

 

 互いに再戦の約束をし、キョウコはそのまま取り巻き三人組と共に去って行った。

 

(いつかまた会いましょう、キョウコちゃん……)

「お姉ちゃん!」

 

 その時、檻から解放された一葉がミキの体に飛びついて来た。

 

「おお一葉ちゃん! 晴れて自由の身ですね!」

「うん! お姉ちゃんかっこよかったよ!」

 

 ミキはそのまま一葉を肩車する。するとそこにめぐみが歩み寄って来た。

 

「アンタにはでっかい借りが出来ちまったね……」

「別に気にしなくていいですよ! アレ? 日吉丸さんは?」

 

 ミキは先程まで試合を観戦していた筈の日吉丸が居ない事に気付く。

 

「アイツならアンタの戦いを見届けた後、「俺ももっと強くならねえと」とか言ってどっか行っちまったよ。多分アンタに感化されたんだろうね……」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 夜の朝日市の街……ネオン輝くこの街の中を、日吉丸は白いTシャツにジーパンという姿でズタ袋を背負いながら歩いていた。

 

「あんなすげえ女がこの世にいるなんてな……俺ももっと強くならねえと。取り敢えずどこに行くか……」

 

 日吉丸は歩きながらしばらく考え込んだ後、ある事を思い出す。

 

「そういや……霧雨市にすげえ強い二人組の中学生がいるって聞いたな、よっしゃ! そこに行ってみるか!!」

 

 そう言って日吉丸は駈け出した。自分がどこまで強くなれるか試す為に、まだ見ぬ強敵たちと出会う為に……。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「そうですか……」

 

 めぐみの話を聞いて、ミキはふうとほっとしたかのようにため息を付きながら、一葉を肩車したまま歓声をあげる観客達に手を振った。

 

(日吉丸さん、いつかまた勝負してみたいです。それまでに私、もっともっと強くなりますから)

 

 この場所で出会った強敵達を思いながら、ミキは歓声の中自分の勝利を噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数週間後、地下闘技場控え室。そこでミキは今夜行われる試合に向けて縄跳びでウォーミングアップを行っていた。すぐそばにはめぐみの姿がある。

 

「それにしても、新しいチャンピオンさん達も強いですよねえ、おかげで私の出番全然ないですよ」

「カムイはキョウコにやられた事が原因で精神病院、マッシュブラザーズは麻薬所持で捕まって、日吉丸は行方不明だもんな。それで福澤の奴泡くってジャンの奴をチャンピオンに据えて、もう一人は現職の警察官連れてくるんだもんな、ここヤクザが経営しているつうのに」

「それだけあの人の上司さん……三戸部さんでしたっけ? その人に怒られるのが怖いんでしょうねー」

 

 すると控え室に、闘技場の係員が入ってきた。

 

「チャンピオン、たった今地下歩行空間の予選を勝ち抜いた者達がやってきます。準備の方を」

「よし、じゃあ行ってくる」

 

 そう言ってめぐみは係員と共に控え室を出ようとする。

 

「めぐみさん、わざわざ情報収集しなくても私は勝ちますよ?」

「いやいや、あんたには一葉を助けて貰った恩がある。これでも返し切れていないぐらいさ。それにこれから来る奴らの技にちょっと興味があるしね」

 

 そう言い残し、控え室をでるめぐみ。

 

「めぐみさんの気になる人か……いったいどんな人だろう?」

 

 めぐみの言葉で興味を持ったミキは、先ほど行われた予選の映像を近くのテレビで再生する。モニターには自分と同い年ぐらいの男の子二人が、大勢の男達に向かっていく姿が映っていた。

 

(わあ、同い年ぐらいの子か、どんな技使ってくるんだろう……よし! 私もがんばらなきゃ!)

 

 ミキは期待に胸を躍らせながらそのまま縄跳びを再開する。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数十分後、青コーナー側にあるステージ裏、そこでミキはいつものコスチューム姿、そして一葉から貰った玩具の仮面を付けたままスタンバイしていた。

 

(父さん、母さん……私もっともっと強くなってみせるから!)

 

 そしてミキは自分の名前がコールされると、全力で掛けだしスポットライトがあたるリングに飛び出した……。

 

 

 

 

 

 ~本編STAGE5に続く~

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ミキ/ブラッディレオン編クリアおめでとうございます! クリア特典として「FINAL STAGE」「エピローグ」のシーン追加アップデートバージョンを投稿する予定ですのでお楽しみに☆

 

 

 という訳で外伝も終了、あとは本編最終話とエピローグに敢えて描かなかったエピソードを描く予定です。具体的には“ユウキとアツシが三戸部兄弟と戦っている間、ミキはどうやってクロと一葉を助けたか”“ユウキが師匠にやられてから目が覚めるまでの間の出来事”“ユウキ達が故郷に帰るときに起こった出来事” そして全体的な文章の修正を行うつもりです。

 

 ちなみにミキが作中で言った“3 COUNT BOUT”はSNK制作のプロレスゲーム“ファイヤースープレックス”の海外名が元ネタになっています。現在Wiiのバーチャルコンソールでプレイできますのでもし興味がありましたら是非プレイしてみてください。演出が凝っていてまさに昔のSNKらしい作品になっています。WiiUでも出来るようになればいいのに……。

 

 あとブロッサムバスター、正直あれはキン肉バスターの姿勢にしようと思ったのですが、あの技実際やると掛けた側が痛いと聞いた事があったのでマティマティカじゃなくレッグスプレッドの体勢にさせました。

 

 では今日はこの辺で。

 


 
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