「あれ、文若は?」
郭図の執務室にひょっこりを顔を出したのは、荀諶。
その声に部屋にいた全員が顔を上げた。
さもつまらなそうに机に両肘をついていた荀攸が、
「鍾ヨウに呼ばれて連れてかれたよ」
「あいつに何か用でもあったのか?」
荀攸の傍に立ち、机上に広げられた書簡を一緒に見ていただろう辛評が尋ねれば、
「そうだ、みんなもお茶飲む? 用意したんだけど」
荀諶はにこにこと笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
が、その足がピタリと止まったのは、部屋の奥に座る執務室の主、郭図がジロリとにらみつけたからだ。
「お茶、だと?」
「ひぅっ!」
「この忙しい最中に、それも財政逼迫する中で『お茶』を飲むだと?」
「あ、あう…だ、だって、だって」
郭図の視線にとたんに荀諶の眉が八の字にゆがめられ、瞳に怯えと涙が浮かんだ。
立ち尽くす荀諶に助けの手を差し伸べたのは、同じ一族の荀攸である。
「まあ、休憩入れるのも悪くないと思うけどね。オレなら茶より酒の方がいいな」
「おいおい、執務中だってこと忘れるな」
「そういう辛評だって茶より酒だろ?」
「そりゃ、まあな」
「二人とも黙れ」
いつまでも軽口を叩き続けかねない二人を止めたのはもちろん郭図である。
「そもそも仕事に片がつかぬうちに休憩など論外じゃ。とっとと仕事にもどれ、荀諶」
「え、でも…」
「荀諶、クビになりたいのか」
「ふぇ…」
「わたくしが飲みたいと頼んだのですよ」
そのとき、荀諶の背後、すなわち執務室の入口から別の声が割って入った。
とたんに荀諶の顔にパァァ…(と表現するに適切な)笑みが浮かび、彼に駆け寄る。
「文若!」
そこには、このメンツで最年少ながら、実力は郭図と並ぶ荀彧が立っていた。
彼は何事もないかのように部屋へとずかずか入ってくると、ガシャガシャンと音をたてて、郭図の机の上に手にしていた書簡を投げる。
「鐘ヨウ殿からです。支払いよろしくとのことでした」
「…おい」
鐘ヨウは現在功曹の地位についている人物。
功曹はいわば潁川郡の人事権を握っており、同時に官吏のトップでもある。
一方で郭図は現在計吏を担っている。計吏とは財務関係を担う役職だ。
すなわち、鐘ヨウからの臨時出費を上手にごまかせという指示に他ならない。
「もはや蔵のどこを探しても、もみ殻一粒見つからぬほど逼迫していることは鐘ヨウ殿とてご存じだろうに」
「それをなんとかするのがあなたの仕事でしょう」
「あっはっは、荀彧は相変わらず無理難題を平然と口にするね」
「荀攸、笑いごとじゃない。今年だって収穫高はあまり見込めないんだ」
まさに辛評の言うとおり、黄巾軍にさんざん荒らされた潁川郡はようやく立ち直りを見せかけてはいたものの、まだまだ困窮から脱したとは程遠い状況であった。
「では確かにお伝えしましたので。兄上、お茶にしましょう」
「うん! もう用意はできてるよ。荀攸たちもどう?」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
「ひと休憩いれて頭切り替えるとするか」
ウキウキした足取りで部屋を後にしようとした荀諶が再度誘えば、荀攸と辛評も互いに顔を見合わせるなり荀諶の後を追って部屋を出ていく。
残された郭図。
そんな彼に、最後入口で立ち止まった荀彧が声をかける。
「それで、あなたはお茶を飲まないんですか?」
「……飲もう」
ガタンと立ち上がった郭図の姿は、目の前に積み上げられた難題から逃れる口実に使ったようにも見えたが、荀彧はあえてそのことには触れずに、珍しく口元に笑みを浮かべ、連れだって執務室を後にしたのだった。
ツンデレw
いや、このメンツが全員潁川郡というところに萌えを感じますね!
はやく鐘ヨウ出てこないかな!
にしても、こいつらがいたら黄巾軍なんてあっさり壊滅できるんじゃなかろうか、と思った。
ちなみに史実では「鐘ヨウ、荀攸、郭図、荀彧」の四人が潁川郡で働いています。
あと荀諶は弟説もありますが、ここでは兄にしてみました。漫画ではどっちをとるんだろう?
5/25 一部修正。鐘ヨウのあざな間違っててゴメンナサイw
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潁川郡で働く『軍師』たちの日常のヒトコマ。荀諶がお茶にしない?と同僚を誘うが…