道場内で正座した俺を、静寂と暗闇が包んでいる。
卒業式から二日。
身の回りの整理などとうに済ませていたにもかかわらず、すぐにあの世界に行けなかったのは、俺に僅かに残っていたこの世界への未練、というべきだろう。
別れの挨拶自体はあっさりとしたものだった。
夕飯の席で一言、「今日、行くよ」と告げたのみだ。
反応は父さんの「そうか……」という一言のみ。
爺ちゃんは無言。
母さんは……泣いていたかもしれない。
その後は会話も無いまま食事を終え、リビングを出るときに一度振り返り、頭を下げた。
その後部屋で制服に着替え、纏めてあった荷物を持ち道場に来て、今に至る。
「……ふぅ」
溜息と共に目を開けた俺の傍らには、ボストンバッグとその上に乗せた竹刀袋、靴、そして銅鏡。
バッグには、あちらの世界で役に立ちそうな物や、役立つ知識の詰まった本やレポート。
竹刀袋には、素振り用と普通の木刀二本に日本刀が一振り。
日本刀は昔爺ちゃんに貰った物で、稽古でも巻藁を切るなどして時々使用しているものだ。
特に高価なものではないが、真剣には違いない、あの世界の量産品よりは、よっぽど役に立つだろう。
「そろそろ、行くか」
言って立ち上がった時、ふと、入り口の方に気配を感じた。
「ふん、まだおったか」
「爺ちゃん?」
そこにいたのは袴姿でピシリと背の伸びた……、まあ、いつも通りの爺ちゃんだ。
「餞別だ、持っていけ」
影になって見えなかった左手から、細長い物が投げ渡される。
受け取ると、ズシリとした重み。
長さ1m強の長さに僅かに反り返った形状……、日本刀だ。
「これは……」
「紛争などがある場所に行くなら、持っていて損はなかろう。まあ、銃のゴロゴロしておるこのご時世、どこまで役立つかは知らんがな」
言われて、手の中の刀にもう一度視線を落とす。
掴んだ鞘は黒塗り。
柄を覆う柄糸は鉄色(てついろ)と呼ばれる黒に近い緑。
全体的にシンプルに纏められ、柄頭や鞘にも装飾は見当たらない。
例外は、金属製の鍔(つば)に、一匹の龍が描かれている位だろうか。
どうにも、高級感というか、普通じゃない空気を持つ一振りだ。
「相州水心子兼定(あいしゅうすいしんしかねさだ)、江戸時代に打たれた大業物よ」
「大業物って……、そんな物貰うわけには」
道理で雰囲気から違うはずだ。
もし本物だとしたら、最低でも一千万は下らない逸品である。
そこそこ裕福、程度のウチが買える物ではないし、ということは先祖代々伝わっている物ではないだろうか。
「元々、お主が師範になったらくれてやろうと思っておったもんじゃ。それが少々早くなったというだけの事よ」
「これってもしかしなくても家宝だろ? もう帰ってこない俺なんかに渡していい物じゃないんじゃ」
「お主が帰ってこないなら、流派もわしで終わりじゃろうが。実力的には問題は無い、気にせずに持っていけ」
爺ちゃんは俺と口論するつもりは無いらしい。
言うだけ言うと、さっさと背を向けて母屋の方へと戻ってしまった。
「爺ちゃん……」
呟いて、改めて兼定に目をやる。
「大業物か」
シャラリ
ほぼ無意識に引き抜かれた刀身が、暗闇の中でなお、白々とした輝きを放っていた。
刃渡りは昔の刀にしてはやや長く、二尺七寸(80cm強)といったところか、
ゆらゆらと揺らめく様な刃文に、優美な曲線を描く切先。
透き通るような白さの刃先が、峰に向かうにつれて艶やかな黒い輝きに変わっていく。
俺の持っている数打ちの品とは比べるまでも無く、まさに武器を越えた芸術というに相応しい造形だ。
ゴクリ、と自分の喉が鳴る音で意識が戻る。
おそらく10秒に満たないだろうが、自失するほどに刀身を見つめていたらしい。
慌てて頭を振り、これ以上見ないようにしながら慎重に鞘へと戻す。
最後の最後に、とんでもない物を貰ってしまった。
正直喜びよりも、俺程度の腕で振るっていいのか、という戸惑いの方を強く感じる。
「でも、全てを捨てていなくなる俺に出来るのは、たぶん……ひとつだけだ」
そうだ、俺は、この刀に見合うだけの男にならなければいけない。
爺ちゃんが何故、この刀を俺に渡したのかは分からない。
意味など無かったのかもしれない。
餞別というだけだったのかもしれない。
言葉通り、流派が終わるからなのかもしれない。
だが、託された以上、俺にその価値があったのだと証明してみせよう。
この刀は俺の腰にこそ相応しい、そう言われるような男になろう。
「さて、餞別も貰った。目標も定まった。行くべき場所と、そこへ至るべき道も見つけた」
ならば、行こう。
ゆっくりと息を吸い込み、母屋のある方向に向かい、深く深く頭を下げる。
「18年間、ありがとうございました!」
母屋どころか近所にまで響いたかもしれないが、気にしない。
1分ほどそうしただろうか、勢いよく頭を上げ、母屋に背を向けて呟いた。
「行くか……」
その行動を取ったのは、たぶん見せたかったからだ。
家族とも、友達とも別れを済ませた。
だから最後に、十数年間俺を見守ってくれた道場に、俺が何処まで成長できているのか、それを見せたいと思った。
もちろん、相州水心子兼定、その切れ味を試してみたいと思った事も否定はしないが。
バッグの横に置いてある靴を履き、靴紐をキチンと縛る。
土足で道場に上がるというのはあまり褒められたものではないが、この際それは勘弁して貰おう。
そしてひとつ深呼吸。
銅鏡を高く放り投げると同時、腰を落として相州水心子兼定の柄に手を掛ける。
「……」
息を吸い、止める。
一拍。
「……シッ!」
キン……
鋭い呼気と共に抜き放たれた兼定が、僅かな音と、更に僅かな手応えを残し、銅鏡を真っ二つに切り分けた。
今の俺なら、斬鉄にまで届くかもしれないな。
頭の片隅で考えながら、くるり、円を描くように刀身を滑らせ、納刀。
パチリ、と鯉口が音を鳴らした瞬間、銅鏡の断面から真っ白な光が迸る。
「これが!」
外史への門が開いたという事か!
視界が純白に包まれる寸前、俺は足元のバッグと竹刀袋を引っ掴み、ひたすらあの世界のことを考えながら目を閉じる。
瞼を通してなお、白い光は視界を灼いて。
視界が真っ白に染まった瞬間、俺の意識も白い光に飲み込まれ、消えた。
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Q.魏で女の子とラブラブするんじゃ?
A.そこまで辿り着きませんでした。
Q.何でですか?
A.日本刀(ついに無機物)大活躍\(^o^)/
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