綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。
街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。
綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。
土曜日の昼下がり。
綾とシイナは、『妖精の丘』を散歩しています。
妖精の丘は、央野区の中でも不思議なことがたくさん起こる場所です。
「今日は天気がよくて気持ちがいいね、綾ちゃん」
シイナが綾に言いました。
「そうね、絶好の散歩日和だわ」
綾が言いました。
爽やかな風に誘われるように、二人はいつもと違う散歩コースを歩いて行きました。
坂になっている丘陵を登ると、草原が広がっています。
「おや?」
シイナが何かに気づきました。
草原のずっと向こう、はるかかなたに、小さな白い点が見えます。
「何かしら」
綾も気がついて見つめます。
白い点はみるみる大きくなってゆきます。
「あれは、馬だわ。 白い馬よ。 こっちへ来るわ」
綾は白い点の正体がわかりました。
白い馬は、はるかかなたからぐんぐんと二人に近づいてきます。
じっと見つめているうちに綾は、その馬の白い毛並みが、輝くように美しく、体つきもとても立派なことに気がつきました。
近くまできた白馬の姿を見て一番驚いたのは、白馬の額に一本の白い角が生えていたことでした。
「綾ちゃん、ユニコーンだ」
シイナが綾にそっとささやきました。
ユニコーンは一角獣とも呼ばれる、額から角を生やした不思議な馬のことです。
ユニコーンは綾の側まで来ると、甘えるように鼻先をすりすりと擦りつけました。
綾はどうしていいかとまどいましたが、ユニコーンの金色のたてがみをそっと撫でてあげました。
ユニコーンは嬉しそうにブルルと鼻を鳴らしました。
「綾ちゃんになついてるみたいだね」
シイナが言いました。
綾はそもそも本物の馬を見るのが初めてでしたので、ユニコーンが自分になついているのかどうかよくわかりませんでしたが、言われてみるとそんな気がしました。
「ユニコーンは、清らかなけがれなき乙女にだけ心を許すんだって。綾ちゃんはユニコーンに気に入られたんだね」
シイナが言いました。
綾は、自分が「清らかなけがれなき乙女」だなんて言われて、なんだか照れくさいような、恥ずかしいような気持ちになりました。
ユニコーンが、すっと身をかがめました。
つぶらな瞳で綾を見つめます。
「背中に乗っていい、って言ってるんじゃない?」
シイナが言いました。
「そうなのかしら?」
綾はユニコーンの背中にさわってみました。
ユニコーンはいやがる様子もなく、背中を傾けて、綾を見つめます。
綾に乗ってほしいとうながしているようです。
「乗っていいのかしら」
綾が言いました。
「乗ってみなよ!」
シイナが言いました。
綾はユニコーンがいやがったらすぐにやめられるように、おそるおそるユニコーンの背中に乗ってみました。
綾が背に乗ると、ユニコーンは嬉しそうにブルル、と鼻を鳴らしました。
そして、シイナの方を見てまた背中を傾けました。
「私も乗っていいの!?」
シイナが言いました。
ユニコーンは返事をするようにブルル、と鼻を鳴らしました。
シイナも背中に乗ると、ユニコーンはすっと立ち上がり、
「ヒヒィィーーーン」
と一声、大きくいななきました。
ユニコーンは、草原を駆け出しました。
「ひゃっ」「わっ」
綾とシイナが驚きます。
力強くひづめの音を鳴らして、ユニコーンは草原を駆け抜けます。
ユニコーンの背の上は思った以上に高かったので、綾とシイナは最初は少し怖く感じましたが、風を切って進む感覚が肌に心地よくて、だんだん楽しくなってきました。
「気持ちいいね、綾ちゃん!」
「そうね、すごく楽しいわ」
綾はユニコーンの首につかまり、シイナは綾の腰につかまって、ユニコーンの背の上で揺られながら、草原を進んでいきます。
二人はぐんぐん後ろに流れていく風景を見て楽しみます。
しばらくの間、そうやって草原を進んでいました。
気がつくと、綾とシイナは、今まで来たことのない場所に着いていました。
あたりは一面、見たこともないような美しい花が色とりどりに咲き乱れています。
遠くには大きくて深い森があります。
花々の間を、羽根を持った小さな妖精たちが飛び交っています。
「ここは、妖精の里だ!」
シイナが言いました。
「妖精の里?」
綾が聞きました。
「妖精の丘の中でも、本物の妖精がたくさん住んでる、一番不思議な場所の一つだよ!」
シイナが言いました。
「妖精の里…」
綾はまわりを見回しました。
キラキラと羽根を七色に輝かせながら、妖精が飛び交う花畑。
見ていると吸い込まれてしまいそうな、幻想的な光景です。
綾とシイナは妖精の里の美しさに見入っていました。
ユニコーンは、二人のそばで気持ちよさそうに風に吹かれています。
いつの間にか、綾とシイナの近くにはたくさんのユニコーンが集まってきました。
「このユニコーンの友達かな?」
シイナが言いました。
「あっ、そういえば、これ、食べるかしら」
綾は、ポケットに何枚かクッキーが入っているのを思い出しました。
クッキーを取り出すと、ユニコーンたちは綾の手に群がってクッキーを食べました。
ユニコーンたちは満足そうにいななきました。
気がつくと、綾とシイナの後ろから白馬が近づいてきていました。
後ろを振り向いた二人が見たのは、背中から真っ白な翼を生やした白馬でした。
『ペガサスだわ』
綾はそう思いました。
ペガサスは、天馬ともいう、背中に翼を生やした不思議な馬のことです。
ペガサスは、綾の側に近づいて、鼻をすり寄せてきました。
「ペガサスも綾ちゃんのことが好きみたい」
シイナが言いました。
ペガサスは、体をかがめて、綾たちの方を見つめました。
「乗っていいって言ってるよ、綾ちゃん」
シイナが言いました。
綾はそっと、ペガサスの背中に乗りました。
ペガサスはあごをくいっ、と動かして、シイナをうながしました。
「私も乗せてくれるの? ありがとう!」
シイナもペガサスの背中に乗りました。
ペガサスは、すっと立ち上がると、ゆっくり歩き始めました。
ひづめを鳴らしながら、ペガサスの体が揺れます。
だんだん走るスピードが速くなります。
草原を蹴って、力強くペガサスが走ります。
ひづめが地面から離れ、ペガサスの体が大空へ舞い上がります。
翼を大きく羽ばたかせ、風を切り裂いて、ペガサスは飛び回ります。
「わあ、すごい!」
空の上から、花畑の全体が見渡せます。
綾とシイナは喜んで歓声を上げます。
ペガサスは、大空を滑るように飛びます。
「とっても気持ちいいわ」
綾が言います。
「すごく楽しいね!」
シイナが言います。
綾とシイナの髪が風になびきます。
そうして、しばらくの間、大空の遊泳を楽しみました。
「おや?」
シイナが何かに気付きました。
遠くの方から、何か茶色い点がやって来ます。
「何だろう、あれ」
シイナが言いました。
茶色い点はぐんぐん大きくなって、茶色いかたまりになります。
よく見ると、それは大きな鳥でした。
鳥はこっちに近づくにつれて、どんどん大きくなります。
どんどんどんどん、ぐんぐんぐんぐん大きくなって、鳥はとうとう空を覆い尽くすほどの大きさになりました。
鳥の翼は何十メートルもあり、近くにいると翼の影になって、夜になったように暗いです。
「ロック鳥だ!」
シイナが言いました。
ロック鳥は翼の大きさが六十メートル以上ある巨大な体を持ち、象をエサにすると言われている不思議な鳥です。
ロック鳥が羽ばたくとすごい風が起こります。
「ひゃあ〜〜」
二人が乗ったペガサスは、ロック鳥が起こした風にあおられて、空中でくるくると回転します。
天と地がわからなくなるほど回って、二人と一匹は、気が付いたら花畑の上に投げ出されていました。
ロック鳥は、台風のような風を巻き起こして、行ってしまいました。
花びらまみれになった綾とシイナは、その姿をぽかんと見つめていました。
「わー、すごかったねえ」
シイナが言いました。
「うん。 でも、何だか楽しかったわ」
綾が言いました。
「そうだね!」
シイナが笑って言いました。
それから、綾とシイナは、ユニコーンやペガサスと一緒に、妖精の里を散歩して歩きました。
夕方になると、ユニコーンは二人を乗せて、もと来た場所まで送ってくれました。
別れぎわに、ユニコーンは口に咥えていた妖精の里の花を一輪、綾にくれました。
見る角度によって虹色に輝きを変える、とてもきれいな花でした。
「ありがとう。 さよなら、ユニコーン!」
綾はユニコーンにそう言って手を振りました。
綾はシイナと家に帰ると、その花を花瓶に差して飾っておきました。
二人はその花を見るたび、ユニコーンやペガサスや妖精の里のことを思い出して、幸せな気分になるのでした。
―END―
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普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもやきもき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。
今回は綾とシイナが、ユニコーンに出会います。
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