No.577266

【ワンパンマン】英雄日和【日常】

師弟コンビいいよね!ということで、ちょっと書いてみた日常話。キング出てますんで、単行本進行の方はネタバレ注意。

2013-05-17 21:11:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:9473   閲覧ユーザー数:9416

 

「何?お前わかめうどん好きなの?」

 ジェノスがせっせと書いている書類を眺めていたサイタマの言葉に、ジェノスは小さく首を振る。それを見て、サイタマは、はぁ?と声を上げた後に、書類の【好きな食べ物】と書いてある項目を指さした。

「いや、だってここに」

 S級のヒーロー紹介に載せるのだと協会から押し付けられた書類。【好みのタイプ】という項目に悩み続けるジェノスを見かねて、あぁこいつは答案用紙を全部埋めないと気が済まないタイプだな、と呆れたようにサイタマが声をかけた。好きな芸能人でも書いておけばいいと言ったサイタマの言葉に【サイタマ先生】とジェノスが書いたので、一枚目はサイタマが盛大に破り捨てた。そして再度ジェノスは書類を作り始めたのだが、監視のためにサイタマはその様子を眺めていたのだ。

「いえ。先生がいつも食べているので何となく」

「いやいやいやいや。それはお前の好物じゃねぇだろ。別に俺も好物ってわけじゃねーし」

「そうなんですか?」

 そう言うとジェノスは書類をほっぽり出して、ノートにまた何やらメモをする。恐らくサイタマの好物の項目を書き直しているのだろう。毎日毎日何をそんなに書くことがあるのだろうとサイタマは正直驚くを通り越して呆れていた訳なのだが、ジェノスのサイタマ先生研究ノートの中身はまだ見たことがなかった。研究ノートと言うよりは、寧ろ観察日記かもしれない。

「まぁ……嫌いではないけどな、うどん」

「そうですよね」

 ぱぁっと表情を明るくしたジェノスを眺め、サイタマは心の中でため息をついた。恐らく自分の考察が少なくとも大外れではなかったのがジェノスは嬉しかったのだろう。こうやってアホな事をしている姿を見るとジェノスは歳相応だとは思うのだが、いかんせんアホなのだ。驚くほどアホだ。S級の鬼サイボーグは、イケメンで人気も高いしファンクラブまであるらしいが、ヒーロー業務の時はともかく、それ以外では頭のネジが若干飛んでいる発言が多い。要するに行き過ぎなのである。

 最新鋭の機材を積んだサイボーグであるのにも関わらず、時代錯誤の師弟関係を好む。サイタマも初めの頃はうんざりもしたが、慣れれば、あぁこいつはアホの子なのか、で流せるようになった。それでも、最近サイタマの家に出入りするようになったキングなどは、仕事時のジェノスとのギャップに驚く事も多い。そもそも、キング自体も噂の先走りでジェノスなど目じゃない程酷いギャップがあるのだが、サイタマはそもそもキングなどよく知らなかったので、そのギャップに大して感想も持たずに、ゲームの上手い友達感覚で付き合っている。ただ、最近ジェノスがキングとの手合わせをしたいと言い出しているので、キングの大嘘……いや、大袈裟な噂に対しての訂正をそろそろジェノスにだけはしておいた方がいいのではないかと本気でサイタマは悩んでいたりもする。

 

 

「そう言えばジェノス氏は食事とか取って不都合おこらないの?」

 寒い冬の日。たまたまゲームをサイタマの家でやっていたキングの言葉にサイタマは、え?と驚いたような顔をする。

「普通に食べてるけど」

「最近のサイボーグは高性能だな」

 そう言われて、サイタマはジェノスがサイボーグである事を思い出した。いや、毎日厭というほどサイボーグであるという事は実感しているのだが、食事や睡眠に関しては言われてみればそう必要な機能では無いと気がついたのだ。

「基本は太陽光エネルギーです。効率は落ちますが食べ物でもある程度エネルギーは確保出来ます」

 台所で鍋の準備をしていたジェノスの几帳面な返答に、キングは感心したような顔をする。

「そうか。製作者がすげーんだな」

「クセーノ博士は優秀な科学者です」

 キングの言葉にジェノスは誇るようにそう返答すると、鍋の具材を運んできた。山盛りの白菜と豆腐。そして、肉。今日はフブキも糞爺達もいないので肉はそんなに多くない。いれば取り合いになって酷いことになるのだが、キングとならばそう問題は無い。

 鼻歌を歌いながら白菜を鍋に敷いていくサイタマを眺め、キングは酷く懐かしい気持ちになった。S級のキング。噂が独り歩きし、いつの間にか押し上げられた虚像のヒーロー。向けられる視線は、尊敬と畏怖。そんな生活が続き、少なからずキングの精神は摩耗していった。ゲームに逃避する日々にキングはいつ破綻してもおかしくなかったが、そんな時にサイタマが彼の目の前に現れたのだ。

 出鱈目とも思える強さを誇るヒーロー。その姿は、キングが嘗てTVで見た【絶対負けないヒーロー】に見えた。そんなサイタマは、キングに対して失望するわけでもなく、ヒーローが一般市民を救うのと同じように彼を助けてくれた。

 ほんの少しだけキングの肩の荷が降りた。いや、相変わらず一人になれば鬱々とするのだが、少なくとも虚像のヒーローキングの看板を彼の前で降ろせる事は、キングに取って大きな救いだった。そしていつの間にかゲーム仲間として時々遊びに行き来するようになる。

 ヒーローになる前のキングは、友人とそんなやり取りを当たり前のようにしていたのだ。けれど、ヒーローになってそれは久しく耐えていた。嘘がバレるのが怖くて、他のヒーローとの交流も殆どなく、それが行き過ぎた噂に拍車をかけて、追い詰められていった。だから、こうやって気楽に鍋を囲めるのが酷く懐かしかったのだ。

「鍋は久々でさ」

「あ?そーなの?そう言えば俺もジェノスが来てからかな、鍋増えたの」

 キングの言葉に白菜を並べ終えて満足したサイタマは菜箸を置くと、台所へぺたぺたと移動する。ビールをとりに行ったのか、とキングはゲームをセーブし、監視するように鍋を眺めているジェノスに視線を送った。

「ジェノス氏が鍋好きなの?」

 するとジェノスは驚いたように顔を上げて、小さく首を振った。その仕草が余りにも子供のようだったので、キングは少しだけ面食らったように言葉を失ったが、戻ってきたサイタマがビールをキングに渡しながら口を開いた。

「こいつここに来た時あんま飯食わなくてさ。人が食ってんのじーっと見てんだよ。食いにくいじゃん。で、鍋にした」

 サイタマが鍋は一人で食べるものじゃないとジェノスに言ったのだ。すると彼は、恐る恐ると言ったように、一緒に食事を取るようになったのだ。その時サイタマはサイボーグが食事を然程必要としないという事は、完璧に失念しており、ただ、自分が見られて食べるのが嫌だったという、至極個人的な感覚でジェノスに食事を取らせるようにしたのだ。

「つーか、ジェノス。味覚はあるの?」

「あります」

「だよな。ウマそうに食ってる時あるもんな」

「そうですか?」

「あるある」

 ビールの栓を抜き、笑いながらサイタマはそう言った。ジェノスは不思議そうだったが、キングもジェノスが美味しそうに食べているのは見たことがあったので小さく頷く。

「先生と食べる食事は美味しいです」

「……引くわー。ドン引きだわー。もう、お前のファンに刺されるから止めてくれる?」

「先生に害をなす輩は抹消します」

「止めてよ怖い」

 初めこそドン引きだったジェノスとサイタマのやり取りだが、最近はキングも慣れてきたのか苦笑するだけであった。最新型サイボーグは盲目的にサイタマを崇拝している。無論、サイタマの強さを考えれば、納得ではあるが、サイタマは悲しいかな、然程ヒーローとしては評価されていない。スタートはC級最下位だったと聞いたときは、キングも己の耳を疑ったものだ。本来S級に名を連ねるべきは自分ではなく、サイタマではないかと何度となく思ったが、サイタマはC級の一週間に一活動と言うノルマがなくなれば然程ランキング自体に興味はないのか、活動報告すらまともにやっていないらしい。

 ヒーロー協会の中では異色である。

 B級を束ねるフブキの傘下にも入らず、己がヒーローをやりたいからやっているのだと胸を張って言うサイタマ。元々は趣味の延長なので気楽なのだとサイタマは言っていたが、趣味なら尚更、続けるのは大変なのではないかとキングは思っていた。仕事と割り切れば多少きつくても報酬と言う報いがある。けれど、彼は協会に登録するまでの間、誰に評価されることもなく、黙々と、趣味だと怪人討伐をしていたのだ。余りにも報いがない。

「そろそろいいかな?」

 ほくほく顔で鍋を開けるサイタマは、どこにでもいる一般人に見える。ハゲてはいるが、とてもワンパンチで怪人を倒すヒーローには見えない。

「先生。熱源が高速で近づいて来ます」

「何!?アイツら鍋センサーでもついてんのか!?フブキか!?爺共か!?」

 警戒態勢を取るジェノスの言葉に、サイタマは、思いっきり舌打ちをする。

「音速のソニック(笑)だと思います」

「よし。ちょっと外で迎撃してこい。やばそうなら携帯で呼べよ。無理はすんな。流石にこの量二人ではキツイ」

「了解しました」

 既にジェノスの手はエネルギーチャージされているのだろう、淡い光を放っている。先程の子供の様な表情から一転して、戦闘モードに入ったジェノスを眺め、キングは、あぁレベルが違う、と諦めにも似た感情を抱く。

「ジェノス氏」

「はい」

「気をつけて」

「……先生を頼みます」

 そう言い残すと、ジェノスは窓から飛び出していった。

「頼むって……言われてもなぁ」

「そう言えばジェノスはキングには割りと優しいよな」

 ポン酢に白菜をつけながらサイタマが言うと、キングは苦笑する。以前それとなく聞いたことがあったのだが、その時のジェノスの返答は、先生の友達ですから、と言う非常に簡潔なものであった。ジェノスにしてみれば、S級ヒーローは基本的にライバルである。けれど、キングに関してはサイタマが個人的に親しくしている上に、サイタマに対して、対等、あるいは敬意を払って付き合っている事をジェノスも把握していた。サイタマを格下に見ている他のヒーローとは違う。そうジェノスは判断したのだ。なので遊びに来ても嫌そうな顔はしない。

「サイタマ氏の教育の賜物なんじゃない?」

「……嫌味?嫌味?アイツの暴走止めるの大変なんだけど」

 直ぐに抹消許可を取りに来るジェノスにサイタマはいつもストップを掛ける。その姿をよく見ているだけに、キングはサイタマが眉を寄せて不服そうにしているのが可笑しかった。少し温くなったビールを飲み干して、キングは瞳を細めて笑う。

「笑い事じゃねーし。俺も大概社会不適合者だけど、ジェノスも酷んだぜ」

「社会不適合者?お前が?」

 驚いたようにキングはサイタマを眺めたが、サイタマはその声が聞こえなかったのか、灰汁を取りながら更に口を開いた。

「まぁ、ジェノスは15の時にサイボーグになったって言ってたから、仕方ねーのかもしんねーけど。子供のまんまじゃん」

 しかしながらよくよく考えてみると、サイタマと言う男は誰が相手であっても態度を基本的に変えない。キングも初めて見た時はエラソーだと感じたのは事実である。ただ、その圧倒的な強さを目の当たりにした後だと、あの態度も別に腹は立たないし、ジェノスも師と仰いでいるので気にならないのだろう。実際、サイタマの態度に激怒したヒーローも多い。

 それが普通の社会生活の中であると致命的であることぐらいキングには理解できた。上司や先輩に好かれることは無いだろう。下手をすれば孤立する。

「っていうか、ジェノス氏今いくつ!?」

「19って言ってたかな。俺なんか19の時は鼻くそほじりながら大学行ってたわ」

 灰汁を掬い終わってサイタマは足した具材に火が通るように土鍋に蓋をする。

「若いとは思ってたけど十代か」

「……俺は趣味でヒーローやってるからいいけどさ、ジェノスは復讐のためとか言って戦ってんだよ。それ復讐終わったらどーすんの?って思うんだけどな」

 ボソリと呟いたサイタマの顔をキングは思わず眺めた。サイタマが、ジェノスをサイボーグとしてではなく、まるで人のように扱うのはそのせいなのか、とぼんやりと考える。そして、キングはジェノスに限らずか、と心の中で呟いた。サイタマにとって、多分皆同じなのだ。人類最強と謳われた虚像のヒーローキングも、復讐に燃えるジェノスも、B級を束ねる地獄のフブキも、守るべき一般市民と変わらない。だから態度も変わらない。

「まぁ、強くなるために何かを切り捨てるってのはあるけどな。でも、それは本当に捨てなきゃなんないものなのかな」

「……」

 対価は必要だ、きっとサイタマも理解はしているのだろう。渋い顔をして彼は鍋を眺めている。

「捨てなくていいならそれに越したことはないだろ」

「……サイタマ氏……」

 ジェノスが切り捨てた人であった頃の日常を、サイタマは拾っているのではないか。キングはそんな事を考え、口を開こうとしたが、その言葉はサイタマの声によってかき消された。

「取り返しの付かない事だってある!主に髪の毛とか!髪の毛とか!髪の毛とか!捨てなくていいに越したことはない!絶対だ!」

 魂の叫びにも似たその言葉に、思わずキングはビールを吹き出しそうになる。意外と気にしていたのか……と妙におかしくなって、キングは笑った。

「笑い事じゃねーし!」

 キリッとキングを睨みつけるサイタマに、彼は詫びると、口を開く。

「いや、うん。イイ師弟だ」

「莫迦にすんなー!」

 ひとしきり笑った後に、キングはちらりと時計を見る。10分経ったがジェノスが帰って来る様子はなく、第二弾の具材を詰め込んだ鍋は煮えつつある。それに気がついたのか、サイタマはよっこいしょ、と立ち上がり、キングに視線を落とした。

「ちょっと様子見てくるわ。キングは鍋見といて」

「あぁ」

 音速のソニックが何者かは解らないが、ジェノスが手こずるならば自分が行っても役に立たないだろう。精々できるのは鍋の番ぐらいだ。そう思いキングは笑った。

 

「ったく、携帯で呼べって言ったのに」

 家から少し離れた場所で、ソニックとジェノスがぶつかり合っている。それを眺めながら、サイタマは僅かに眉を顰めた。やはりスピードはソニックに分がある。純粋な火力勝負であれば、ジェノスが圧倒するであろうが、当たらなければ意味が無い。

 しかしながら、家でキングが待っているのを考えると、そろそろ帰ったほうがいいだろう。そう考え、サイタマは二人の間に割って入る。

「なっ!」

 声を上げたのはソニックの方で、サイタマに気が付き間合いを取ろうと地面を蹴ったが、サイタマは逃げるソニックにデコピンを食らわす。

 豪快に後頭部を打ち付けるようにひっくり返ったソニックを眺め、サイタマは、夜中にメーワクだろ、と言葉を零す。

「申し訳ありません、サイタマ先生」

「動けるか?ジェノス」

「はい」

 地面に膝は付いているが、別に脚部に異常があるわけではないらしいと分かったサイタマはホッとしたような顔をする。

「キングが待ってるから帰ろう」

「待て!サイタマ!俺と勝負しろ!」

「煩い!」

 食って掛かってきたソニックに、サイタマは盛大にチョップをかますと、彼は頭を地面にめり込ませたまま動かなくなる。

 アレだけ自分が手こずったソニックを一撃で。まだまだ届かない。そんな陰鬱とした感情を抱き、思わずジェノスが俯くと、サイタマはそんなジェノスを見下ろして、彼の頭をポンポンと叩いた。

「ホコリだらけだな。帰ったらシャワー浴びろ」

 子供の泥を払ってやるようなサイタマの行動に、ジェノスは思わず顔を上げる。相変わらずサイタマの表情はどこか呆れたような、諦めたようなものであったが、ジェノスが立ち上がるのをじっと待っていた。

「はい」

 まだ届かないと思いながら、どういうわけかジェノスが己の前にサイタマがいることが嬉しかった。他のヒーローなら腹立たしかったかもしれない。けれど、サイタマは文句を言いながらも、ジェノスを受け入れてくれる。

 そしてジェノスが思い出したのは、サイタマの所に住むようになった後の博士の言葉であった。

 

「ふむ。食事を取っているのか?」

「はい」

「外観パーツも随分綺麗だな」

「先生が埃っぽくなると言うので、シャワーを浴びています」

 ジェノスの生真面目な返答に、博士は何故か笑った。15でサイボーグ化した後は、各地を転々としていたジェノスは、何処かに定住ということはしていなかった。メンテナンスに訪れる時に外観パーツの洗浄なども纏めて行なっていたのだ。

「そうか。では、夜に寝てみるか?」

「スリープモードですと外敵に反応出来ません」

「師匠がいるのだろ?今まではメンテナンスの時に纏めてバックアップやデータの整理をしていたが、毎日すれば負荷も減る」

「はぁ……」

 渋々というようにジェノスは返事をし、サイタマの家に帰った後に、夜にデータ整理のためにスリープモードに入る旨報告をした。するとサイタマは直ぐにジェノスを連れて布団を買いに行ったのだ。寝袋があると言ったのだが、サイタマは布団のほうが寝やすいだろーが、と結局新しい布団がサイタマの家にやってきた。

 スリープモードになると、外敵センサーの感度が最低限になるとサイタマにジェノスは説明をする。すると彼は、そーか、とだけ言いその日は初めて布団を並べて朝を迎えた。

「やべー。めっちゃ寝れるわ」

「……はぁ」

 朝起きたサイタマの第一声はそれであった。今まで部屋の隅で一晩中監視するようにジェノスが座っていたのが気になってよく寝れなかったのだろう。無論そんなことに気が付かないジェノスは、恐る恐ると言うように声をかけた。

「やっぱり夜は俺が外敵の監視をしていた方が……」

「莫迦言うな!それデータ整理なんだろ?セーブなんだろ!?セーブはこまめにしろよ!」

 折角手に入れた安眠を手放したくないサイタマは、ジェノスに力説する。そう言われると反論できないジェノスは、結局睡眠の習慣が出来た。

 そのことを博士に報告すると、やはり博士は笑っていた。何故笑っていたのかはジェノスには分からなかったが、表情を見るに、どこか喜んでいるようにも見えた。

「……ジェノス」

「はい」

「いい先生に出会えたな」

 突然の博士の言葉にジェノスは驚いたような顔をしたが、直ぐに、はい、と大きく頷いた。

 

 いい先生だと思っている。結局強さの秘密は何一つ解明していないが、毎日が何となくジェノスは楽しかった。精神的な成長をした方がいい、そう言ったサイタマの言葉を考え、自分は少しでも成長できているのだろうかとジェノスはサイタマを見上げて考える。

「やっぱ足壊れた?担ごうか?」

「大丈夫です」

 サイタマの言葉にジェノスは慌てて立ち上がる。

「うお!ズボンだめになってんじゃねーのそれ」

「そうですね。シャワーの後に着替えます」

「そーしとけ。よし、キング待ってっから超特急で帰るか」

 そう言うとサイタマが走りだしたので、その後を追うように、ジェノスもかけ出した。

 

「ジェノス氏防水もバッチリなんだな」

「最近の携帯だって防水仕様だって聞くけど」

 ジェノスがシャワーを浴びている間に、キングとサイタマは新しいビールを開ける。服をボロボロにしてジェノスが帰ってきたのにはキングも仰天したが、破損箇所は無い旨を聞き、ほっとする。

「そういえばさ、ジェノス氏ってゲームしてんの?」

「ゲーム?してるの見たこと無いけどな。何で?」

 基本的にジェノスはサイタマのやっているゲームを眺めていることはあるが、コントローラーは握らない。サイタマの返答にキングは首を捻りながら口を開く。

「いや、この前、『セーブはある程度の効率を犠牲にしてもマメにした方がいいのか』って聞かれてさ」

「セーブは大事だろ!重要な選択肢の前では分岐も作るだろ普通!」

「俺も分岐作るなー。だからさ、俺はマメにセーブもするし、複数セーブもする派だって答えたんだよ。そしたら、解りましたって言ってたんで、何かゲームでも始めたのかなって思って」

 ジェノスは己のバックアップの話をしたつもりだったのだろうが、キングはゲームの話だと思って答えた。そもそも人間はバックアップなど作らないので、キングに聞くだけ無駄なのであろうが、ジェノスはサイタマとキングが同じ意見だと確認して、毎日の睡眠を積極的に取ることにしたのだ。日々のバックアップと、メンテナンスの時のバックアップ。

「まぁ、セーブって個性出るしな。面倒がってセーブしてないのに死んだ時の絶望感ヤバイ。死にたくなる」

「俺の3時間返せー!ってなるよな。そうか、別にゲーム始めた訳じゃないんだ」

 じゃあ何の話だったのだろう、そう考えながらキングはビールを煽る。すると丁度ジェノスが帰ってきて、二人にペコリと頭を下げて、遅くなりました、と謝罪する。

「お疲れさん」

 気を悪くした様子もなくキングがジェノスにウーロン茶の缶を差し出したので、彼はそれを受け取るとストンと座った。

 そして再開される鍋。

 相変わらずもしゃもしゃと白菜を貪るサイタマを眺め、キングは首を傾げる。

「白菜多くない?」

「今日特売だったんだ」

「成程」

 それで鍋なのかとキングは納得する。時折部屋の隅に置きっぱなしのチラシには、特売アイテムに丸がついていたりするし、家に遊びに来たと思ったら、特売忘れてた!と大慌てでサイタマが帰ってしまうこともある。

「あ、今日のしめはうどんな」

 突然顔を上げてサイタマが言うので、キングは、あぁ、と短く返答をする。家主はサイタマであるし、そもそも好意で鍋を食べさせてもらっているのだ。文句を言う筋合いも無いとキングは思ったのだろう。

「先生、ではうどんの準備を……」

「いやいやいやいや、気がはえーって。ちゃんと食べたか?肉食っていいんだぞ?」

 そう言うとサイタマは鍋から肉をつまんでジェノスの取り皿に入れる。そして続いてキングの皿にも肉を乗せるサイタマ。

「キングも遠慮すんなよ。フブキもジジイ共もいないんだから」

「肉も特売か?」

「特売だ」

 キングも別にいつも遠慮している訳ではないのだが、あのS級達との鍋になると当然食いっぱぐれる。あの恐ろしい肉争奪戦にはとてもではないが入っていけないのだ。

「サイタマ氏特売好きだな」

「まぁ、協会に入って定期的に金は入るようになったけどやっぱな、野菜が安いと嬉しい」

 嬉々として特売に出かけてゆくサイタマをよく見ているジェノスは、肉を咀嚼しながら彼を眺めた。ジェノスも家賃などを入れているが、余りサイタマの生活は協会に入る前と後では変わっていない。精々ジェノスが取る新聞程度の変化である。

「サイタマ氏は堅実なのか」

「貧乏生活長すぎた」

 苦笑しながらサイタマが言うと、キングは釣られて笑う。貧乏でも、食うに困っても、サイタマは趣味でのヒーローを辞めなかった。それは純粋に凄いと思ったのだ。日雇いのバイトで食いつないだりもしていたみたいだが、生活が安定しても彼は余り変わらない。ジェノスという同居人が増えても変わらない。

「よし。うどん入れるか」

 ジェノスが立ち上がる前にサイタマは、さっさと台所からうどんを持ってくる。冷凍のうどんで、きっとこれも特売だったのだろうと思うとキングは可笑しくて、口元を緩めた。

「特売か?」

「冷凍食品は半額の時以外買わない事にしてんの」

 笑いながらサイタマはうどんを投入し、その後、乾燥わかめをつまんで入れる。

「わかめうどん?珍しいな」

「わかめは特売じゃねーけどな」

 そして暫く考え込んだ後にキングは重々しく口を開く。

「サイタマ氏……わかめに育毛作用があるとよく言われるけど、アレ実はな……」

「おおおおおおおおおおおおお!ジェノスと同じ事言うな!!!気にしてねぇって!!」

「先生。俺が指摘したのは昆布で……」

「ジェノスぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 スパンとサイタマに頭を叩かれたジェノスは、きょとんとしたような顔をしたが、キングはそれを見て笑う。コントのようなやり取り、そして、他愛のない会話。いつ怪人に襲われるかと、嘘がバレるのではないかと怯えながら取る食事とは全く別で、キングはこの場所が心地よかった。

「そう言えば先生。ひじきも医学的根拠はないとこのサイトに……」

「知ってるからね!知ってるし!好きだからわかめも昆布もひじきもマメに食べてるだけだし!」

 すると、ジェノスはぱっと顔を上げて、突然立ち上がると、ノートに何やらメモをし始めた。

「何してんのあれ」

「俺の観察日記」

「……あぁ」

 突然の行動に驚いたキングであるが、呆れたような顔をしてうどんをすするサイタマを見て、いつものことなのか、とジェノスに視線を向けた。冷凍うどんは煮込んでもコシがしっかりしており、キングはしっかり昆布だしの染み込んだそのうどんをジェノスを眺めながら食べる。

「ジェノス氏はよくわからないな」

「子供なんだろ。復讐っていう宿題課されたさ。早く終わればいいのにな。宿題終わったほうがのびのび遊べるじゃん」

 何気なく放ったサイタマの言葉にキングは、そうだな、と短く同意をした。

 子供と呼ぶには物騒な鬼サイボーグ。けれどサイタマにとってはそうなのだろう。食事を取る習慣も、風呂にはいる習慣も、寝る習慣もサイタマがジェノスにつけたのだ。子供の躾である。もっとも、ジェノスがサイボーグになった為に忘れてしまっていただけの習慣ではあるが。

「キングは泊まる?寝袋あるよ?」

「いや、明日ゲーム発売日だからいいわ。あ、そのゲーム置いてくな。暫く遊ばねぇだろうから」

「マジで!?ちょっと練習するわ!」

 ヒャッホウ!と喜ぶサイタマは既に意識がゲーム機に向いているのかそわそわとしている。一気にサイタマはうどんをすすると、帰る前にちょっと遊んで行かない?とキングをゲームに誘う。そこまで嬉しいのか、とキングは苦笑し、了解した。

「では後片付けをしておきます」

「そんなの後でいいから。ジェノスもやってみろよ」

「え?しかし……」

「コントローラー壊すなよ」

 恐る恐ると言うようにコントローラーを握るジェノス。それを眺めるキング。意気揚々とゲーム機のスイッチを入れるサイタマ。

──そして、数分後に響くのは、クソゲーだね!と叫ぶサイタマの声であった。

 

 初心者であるジェノスにまさかの惨敗をしたサイタマはしょんぼりキングを見送り、風呂に入った後に布団に潜り込む。狭い部屋なので鍋を食べるのに使っていた卓は隅に寄せられ、キツキツに布団が並べられている。

「先生、スリープモードに入ります」

「おう。おやすみ、ジェノス」

 その言葉は博士がいつもメンテナンスの時にジェノスにかける言葉と同じで、ジェノスは少し迷った後に言葉を放った。

「おやすみなさい、先生」

 いつもなら黙って頷いてスリープモードに入るジェノスからの返答に、サイタマは少しだけ驚いたような顔をしたが、直ぐに笑った。今度博士に同じように返答をしたら、やっぱり笑うのだろうか、ゆっくりとシャットダウンしてゆくシステムを感知しながら、ジェノスは意識を昏い底に落としていった。

 

 

「だ・か・ら!俺の名前書くな!」

「しかし、尊敬する人物は先生です!」

 比較的聞き分けのいいジェノスが頑として譲らないのは【尊敬する人物】の項目であった。ただでさえ、某大型匿名掲示板で「いつもジェノ様のそばにいるハゲがウザい!」とか、見なきゃよかったと真剣に思うほど書き殴られているというのに、立場が危うくなるとサイタマは大真面目に心配していたのだ。ヘタすれば刺される。悪者と戦って死ぬのなら仕方ないが、ファンに……しかも、自分のではなく弟子のファンに刺されて死ぬなど、死因としてはありえない。もっとも体は頑丈なのでそうそう死にはしない気もするが、気分は良くない。

 しかしながら、ジェノスはそれを絶対に譲らず、無理矢理取り上げて三枚目を新しく書かせるかと、大真面目にサイタマは考えたが、キリッと真面目な顔をしてジェノスに口を開いた。

「いや。決して俺もお前に尊敬する人物と言われるのが嫌なわけではない。確かに俺はお前の師匠だ。俺を尊敬するというのは当たり前だ。これを止めるのは確かにお前にとっては理不尽な話だろう」

 突然まじめに話を始めたので、ジェノスは反射的に姿勢を正して話を聞く体制に入る。それを確認したサイタマは、心の中でガッツポーズをし、更に言葉を続けた。

「お前の博士……なんて言ったっけ?」

「クセーノ博士ですか?」

「そうそれ。彼は15で四肢を失ったお前をサイボーグ化して助けてくれた。いわば命の恩人だ。そして俺に会うまでに数年間お前の面倒を見てくれていたのだろ?それは彼の研究のためでもあっただろうが、お前への好意もあったはずだ。ヒーローでも無い人間が伊達や酔狂で中々人一人の命を助けることは難しい。分かるな?」

 確認するようにサイタマが言うと、ジェノスはコクリと素直に頷いた。しかしながらサイタマの方は段々自分が何を言っているのかわからなくなってきて、オチどうしよう……と心の中で冷や汗をかく。

「俺はヒーローだ。あの蚊の怪人を倒したのも俺がヒーローだからだ。そして、お前を(不本意ながら)弟子にしたが、まだ日も浅い。そんな俺が、お前の命の恩人である博士を差し置いて、尊敬する人間の項目に名を連ねるのは実に申し訳ない。そこに書くべき名前は俺ではなく、博士じゃないか?」

「しかし……」

「お前が俺を尊敬しているのは痛いほど解っている。書かなくても解ってる。だから書くな。というか、博士の名前にしておけ。うんそうしよう」

 自分でも最後は強引だー!と頭を抱えたくなったが、ジェノスは素直に、はい、と返事をしサイタマの名前を消し、博士の名前を書いた。それを眺め、ホッとしたようにサイタマは表情を緩め、満足気に笑った。

「よし。それ終わったらうどん食べに行こう」

「わかめうどんですか?」

「そうだ。で、買い物もついでにしよう」

「特売ですか?」

「特売だ」

 そう言って笑ったサイタマを眺めて、ジェノスは、はい、と少しだけ口元を緩めた。

 あぁ、そう言えばこうやっていつの間にか笑うようになった。これは自分が少し成長しているからだろうか。そんな事を考えながら、ジェノスは残りの項目を埋める作業に戻った。

 

 
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