またあの感覚だ。
夢か現か、分からない。
梢の音がする。鳥の声もする。
でも何かが違う。
さっきまで自分を包んでいたのは闇だった。
今は、溢れんばかりの光が周りを廻っている。眩しすぎて、目が開けられない……
コナンはハッと気づいた。
目の前にあったのは天井だった。白い天井に、蛍光灯が一つ。右隣りでは白いカーテンが、光を包んで風を纏い、柔らかに揺れていた。左隣には、点滴が下がっている。
(病院か……)
まだ夢か現実か分からない。コナンは息をつき、目を閉じた。明るい日差しを通して見る瞼の裏は紅い。血が通った、生きている色だ。朝の心地よい気だるさの中でコナンはまどろんだ。
それからどれくらい経っただろう。コナンがぼんやり目を開けると、丁度部屋を出ていく看護師の後ろ姿が一瞬見えた。それから、ゆっくり部屋の中に目を移す。
「……蘭?」
コナンのベッドにもたれかかって、蘭が眠っていた。天使のような横顔を朝日が撫でる。あの時も、蘭はこうして眠っていた。コナンは微笑んだ。そして足もとに目を移す。
「……服部……?」
平次はベッドの上に、どっかりあぐらを掻いて、腕組みをして横の壁にもたれて眠りこけていた。ポカンと口を開けて時折カクンカクンと揺れる顔を見て、思わずコナンは吹き出してしまった。
「……んあ?ああ、目ェ覚めたんか、工藤……」
堪えたつもりだったが、意外と大きな音になったらしい。コナンは笑っているのを悟られないよう、体を曲げて必死に可笑しさを我慢した。
「お、おい工藤!?どないしたんや!?」
平次は真面目に取って慌てふためいた。その様子がさらに可笑しくて、もうコナンは耐え切れなくなった。
「……フフ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!!」
急に笑い出したコナンに平次はビクッとした。が、暫くして状況が分かって来たらしい。
「く~ど~おぉ~~?何笑てんねん~?」
「悪ぃ悪ぃ……クフッ、フ、ハハハハハハ!!」
「コラァ!!今すぐ止めんと……」
「何なん?平次……」
ベッドの死角からいきなり、寝ぼけ眼の和葉が現れてコナンは驚いた。ベッドの端から覗くと、床に布団が敷かれて、小五郎と安室が寝ていた。
「小っさい姉ちゃんと眼鏡の兄ちゃんは別の部屋にいてる。あの男っぽい姉ちゃんは今、病院の中どっかにいてると思うんやけど……」
「病院?今どこだ?」
「米花総合病院や……最初、工藤が捕らわれてたとこの近くの病院にドクターヘリで搬送されて手術したんやけど……」
平次の表情が一瞬曇った。
「ん?」
「あ、いや……毛利のオッチャンに言われてな、容体が安定したトコでここに移したんや」
「そうか……」
コナンは再び大きな枕に頭を沈めた。
「オメーらが助けに来てくれたのか?」
「そうや?……って、覚えてへんのか?」
「あ、ああ……断片的に、オメーが何か勉さんに向かって叫んでんのは分かったけど……あんまり記憶にない」
「さよか……」
二人は押し黙った。
「あれからオレ、どんくらい寝てたんだ?」
「3日や。この姉ちゃんがずっと看病しとったんやで。血ィもまた、姉ちゃんがくれたんや」
「蘭が……」
コナンは呟いた。
「あ、コナン君、目覚めたんやね!!」
和葉が嬉しそうに近づいた。
「ウチ、お医者さん呼んでくるわ!」
和葉はパジャマのまま嬉々として走って行った。蘭の方はまだぐっすり眠っている。
「あれだけ大笑いしても目覚めへんのやな、この姉ちゃん……」
「ああ……蘭は一回寝るとなかなか起きねーんだ……」
コナンは、白いシーツの上を流れる蘭の髪を愛おしそうに撫でた。その手首には真新しい包帯が幾重にも巻かれている。
「また、心配かけちまったな……」
コナンはぽつりと言った。
「オメーにもだ、服部。あと、みんなにも……小梅さんや勉さんにも悪い事しちまった……」
平次の顔がピクッと硬直した。
「どうした?」
平次は首を振った。
「な、何でもないわ」
「そうか……最初、小梅さんの名前で手紙が来て、誘拐されて、犯人が勉さんだと分かった時……何か、やっぱりなって思っちまったんだ……元々オレのせいで小梅さんは不自由な体になっちまったんだからな……でも、小梅さんはきっと、愛する人が犯罪者のまま一生を終えるなんて許さないと思ったから……でも結局、そのせいでみんなにも迷惑掛けちまって……バカだよな、オレ……」
「工藤……」
平次は、もうこれ以上黙っていられなかった。
「工藤、あのな……」
「コナン君、目が覚めたんだね!!気分はどうかな?」
病室に医者と看護婦が入ってきて、平次の言葉は中断された。看護師は手慣れた手つきで検温を始める。
「……あの!お医者さん!!小梅が死んだってホントですか!?」
開けっ放しのドアから、廊下を歩く若い女の子たちの声が聞こえた。
途端にコナンの表情が変わる。
「今は地下の霊安室に安置されていますよ……」
「ちょっと、コナン君!?」
コナンは看護師の手を跳ね除けてベッドから飛び降りた。点滴スタンドを引きずって、「君、待ちなさい!」という医師の制止も聞かずに廊下に走り出た。平次は止めはしなかった。
「千葉によれば、被疑者も意識が戻ったそうです」
白鳥警部が廊下を歩きながら目暮警部に説明した。平次に刺された目暮警部も大分回復したらしい。
「そうか……準備が整い次第護送しよう」
「はい。……ところで警部」
「ん?何だね?」
「あ、いや……警部を刺した服部平次君をお咎めなしにするそうですが、なぜです?」
「佐藤君と高木君がね、服部君があんなことをするわけないと言って裏を取ってくれたのだ。被疑者は、平次君が伊達のナイフを調達することを見越して、指定した道の途中にある店に、色黒の高校生ぐらいの男が来たら、本物のナイフを売るようにと、金を渡して言ったらしい。そして、レジで、服部君が持ってきた伊達ナイフを『不良品だ』と言って、中身を本物のナイフに変えたと……」
「なるほど……」
その時二人の方へ、スーツに身を包んだ、茶髪を頭の後ろで束ねた若い女性が近づいてきた。
「警視庁の目暮警部ですね。初めまして、秋田県警の桜田と申します」
「おお、わざわざ、遠いところをどうも」
「いえいえ」
女性刑事は、警部と二言三言話してその場を後にした。
「警部!!」
入れ違いに千葉刑事が走ってきた。
「準備、整いました!いつでも護送できます」
「そうか、よし、行こう」
その声を合図に、勉が制服警官二人に付き添われ一室から出てきた。白い質素な服を着て、俯いたままだった。制服警官に手短に段取りを説明された勉は、無言で何度か頷き、警官と共に歩き出した。目暮警部たちも一緒に歩いたが、勉はエレベーターの前でハタと足を止めた。
「ん?どうしましたか?」
白鳥警部が訊くと、勉はしばらく迷っていたが、やがてぽつりと切り出した。
「最後に……小梅の顔を、見て行っても、いいですか……?」
目暮警部たちはエレベーターで地下まで降りた。通路は必要最低限の明かりしかなく、ひんやりとした暗い雰囲気に包まれていた。死の気配と言ってもいい。恐ろしさと神々しさのようなものが感じられた。ひどく静かで、足音がコツーン、コツーンと響いた。途中、大泣きする女の子たちとすれ違った。ナース服を着た女性も混じっている。千葉刑事は白鳥警部に耳打ちした。
「……あの子たちは?」
「小梅さんの、同級生だそうです……医大時代の」
警部は足を止めた。見上げると、薄明かりに照らされたプレートに「霊安室」の文字が読み取れた。警部は少し迷っていた。捜査一課は仕事柄たくさんの遺体と対面する。しかし決して、死者の姿など慣れるものではない。警部は、意を決してスライド式のドアの取っ手に手を掛けた。
「!!!」
目暮警部が咄嗟に、勉を後ろ手に部屋の外に押し出した。中には、別途の傍らに座るコナンがいたのだ。コナンは物音に気付いて振り返った。
「目暮警部……?何してるの?」
コナンは、目暮が勉から自分を庇っているのだと気付いた。
「大丈夫だよ、目暮警部」
コナンは微笑んだ。
「え?でも、コナン君、この人は、君を酷い目に……」
「構わないよ。僕、勉さんとお話ししたい」
目暮はまたも迷っていたが、渋々勉を中に入れた。ドアを閉める直前、目暮が厳しい顔で白鳥と千葉に何か言い伝えていた所を見ると、何かあったらすぐに突入して勉を押さえられるよう示し合わせているらしい。
勉と、制服警官一人が中に入り、ドアが閉められた。警官は部屋の隅に立ち、手を後ろに組んで直立している。勉は、ばつが悪そうに下を向いた。
「ホラ、勉さん、ここ座ってよ」
コナンは部屋の隅から椅子をもう一脚引いてきて、ベッドの傍らに置いた。コナンから向けられた微笑みに、勉は恐る恐る腰かけた、
ようやく、勉はベッドの上を見た。真っ白なシーツと掛布団。そこに一人の人が横たわっている。顔には白い布がかけられ、その下から、雪のように真っ白な肌が覗き、栗色の長い髪が流れていた。
二人の間に、凍りついたような沈黙が流れる。俯いたコナンのs表情は、眼鏡に隠されて見えない。勉は、何度かコナンを見た。
「……小梅さん、ずっと待ってたんだよ、勉さんのこと」
勉はハッとコナンを見た。コナンは、どこか哀しげな笑みで勉を見上げた。勉はグッと前を向き、その人の顔を覆う布を取り払った。
「……小梅」
勉は目を見開いた。
小梅の目は堅く閉じられていた。美しい、透き通るような肌、穏やかな顔は、まるでただ眠っているような錯覚を覚えさせた。しかし彼女は二度とその目を開くことは無いのだ。
「何か、昔の漫画に、こんなシーンあったよね。『きれいな顔してるだろ?嘘みたいだろ?死んでるんだぜ……それで……』って……」
コナンは笑っていたが、次第にその表情は硬くなった。そして、目を細めて俯いた。
「冗談は、やめろよ……」
勉の顔は引き攣っていた。コナンが悲しみを隠してそう言ったと分かったからだ。
「……バカだよなオレ……小梅の事、幸せにしてやれなかった……」
勉は額を抱え、前髪をグシャッと掴んだ。しかしコナンは首を横に振る。
「ううん、小梅さん、幸せだったと思うよ……勉さんと出会って」
勉はバッとコナンを向いた。
「何でそんな事分かる!?オレが、オレのせいで、小梅は足を失った!!オレは、その怒りの矛先を工藤新一に向けてしまったが……本当は分かってたんだ!オレが、小梅を不幸にしたんだ!!」
「違う!!」
コナンが叫んだ。あまりの大声に、部屋の外の警部らが慌てる音がした。
「勉さん……勉さんの友人の『最上明義』って人……ホントは実在しないでしょ?」
「え?」
勉は驚いてコナンを見た。
「勉さんが行方不明になったのは、本格的に新一兄ちゃんを罠にはめる工作をするため。でも、やっぱり様子が気になって、でもこれから犯罪を犯そうとしてる人が電話なんかできないと思って、架空の人物に成りすまして時々電話を掛けてたんだ……そうでしょ?」
「あ、ああ……でも、どうして分かった?」
「勉さんが、僕を攫った後、車の中で、声を変えて、電話口でソラマチの中の音声を録ったテープを流しながら小梅さんに電話してたでしょ?『自分は最上明義と言う人と一緒にソラマチにいてアリバイがある』って証明するために。あの時、阿笠博士が発明したボイスレコチェンジャー使ってたよね?」
勉は声も出せない様子だった。コナンは続ける。
「あの時、僕は眠らされていたけど、うっすら意識は戻ってたんだ。薬のせいで体の自由はきかなかったし、縛られて猿轡されてたから言葉は発せなかったけどね。あの時、僕が上げた呻き声を、勉さん、迷子の子どもの声だって言って誤魔化してたでしょ?」
コナンは小梅の顔を見つめた。
「でも小梅さん、きっと分かってたよ……自分の愛する人だもの、いくら声を変えたって、分かるよ……」
「ええ、分かってましたよ、小梅さんは」
突然後ろから声がした。見るとそこには安室が立っていた。コナンは一瞬、眉根を寄せ身構えた。
「私は毛利さんと一緒に、スカイツリーのふもとで倒れた小梅さんに付き添っていました……一度意識を取り戻した小梅さんは、勉さん、貴方が一連の事件の犯人だと言ったんです。僕はその時、恋人を犯罪者呼ばわりするなんて、何て人だと思いました。けれど毛利先生が、それは勉さんを想ってのことだとおっしゃったんです」
「おっちゃんが?」
コナンは低く呟いた。
「小梅さんは、貴方が好きだった。だからこれ以上、罪を重ねてほしくなかったのだと、毛利先生は……」
「コナン君、まさか君……だから縄を外そうと……?」
勉はそこでハッと思い当たったようだ。コナンは無言で頷いた。
「前にも、勉さんとおんなじような人がいたんだ。自分の家族の死の真相を知って、家族を殺した人たちに復讐して、自分もそんな人たちと一緒で、罪に手を染めた人だって言って……その人を僕、助けられなかった。罪を償わせてあげられなかった。だから、勉さんのことは、助けたかった……」
コナンの声はだんだん小さくなった。
「でも、僕も、新一兄ちゃんも、小梅さんと勉さんのこと、助けられなかった……ごめんね」
「いや、オレの方こそ、悪かった……恐い思い、させちまったな。でも、ありがとな。君が、この事件を解決してくれたんだ」
勉は微笑んだ。そして小梅の顔を見やる。
「小梅、ごめんな……ホントに、ごめんな……」
手の平で覆い隠した口元から、嗚咽が漏れる。目から流れ落ちた涙は、冷たい小梅の頬を濡らした。コナンは、深く俯いた。硬く握った拳が、決して流さない涙を代弁していた。
しばらく勉は泣き続けた。どれくらい経ったのだろうか、気が付くと、小梅の枕元はは涙でぬれていた。それは小梅の顔にもこぼれ、光の筋を作っていたが、小梅自身の涙にも見えた。勉は泣き疲れてしまったのか、いつの間にか小梅に寄り添うような形で眠ってしまっていた。涙にぬれた顔は、二人とも穏やかだ。コナンは、その様子をじっと見ていたが、そっと肩を叩いて起こした。
「……でも、一つ分からないことがあるんですよ」
安室が言った。
「今際の際、小梅さんが、『明日は怪盗キッドが予告している日だ』って言ってたんですよ。その後、毛利先生に何かを伝えた後、息を引き取られて……最後に何を言っていたのか、僕には分からなかったんです」
コナンは、目を開いて安室をじっと見ていたが、やがてフッと笑みを作った。
「『ありがとう』って……言ったんだよ、きっと」
勉はその後拘置所に移され、そこでの小五郎との面会で小梅の遺言を告げられた。
「工藤が言った通り、『ありがとう』やったらしいで」
平次は公園のベンチに座って、公園を走り回る子供たちを眺めていた。隣には哀が腰かけている。前まで黄色く色づいていた葉はほとんど落ちていた。コナンは、公園で走り回れるほど回復していた。しかし両手にはまだ傷跡が残っていて、それをリストバンドで隠していた。
「オーライ、オーライ!!」
コナンが、光彦の蹴ったボールを受け止める。そして華麗にドリブルし、ゴールを決めた。
「そーいや、工藤が左手に嵌めとるあの赤いリストバンド、キング・カズにもろたヤツやて?」
「ええ。後生大事に取っておいてるみたいよ」
哀はクスッと笑った。コナンは無邪気に、サッカーに夢中になっていた。
「……工藤はエライなぁ」
平次が遠くを見る目をした。
「どうしたのよ?急に」
「いや……工藤、前に言っとったの、すっかり忘れとったわ……『犯人を推理で追い込んでみすみす死なせてまう探偵は殺人者と変わらへん』て……」
「え?」
哀は読んでいた本を閉じた。
「最初、工藤あないな目に遭わせたヤツとっちめたろ思てたのに、また、工藤にまんまとやられたわ」
「……そうね。私も最初はそう思ってしまったわ。犯人にも、それぞれの人生があるのよね。そりゃ、とても同意できない最低な動機で人殺しをする奴らもいるけどね。私も……あんな組織で生まれ育たなかったら、こんなにひねくれなかったでしょうけど」
「は?アンタ、十分優しいやないか!工藤言うとったで、アンタは動物好きで、家族を大事にしない奴とっちめたったってな……」
「あら、慰めてくれてるの?」
「そ、そんなんとちゃう!!」
平次は慌てた。哀はまたクスッと笑って、読んでいた本を開いた。
「それにしても、貴方、ホントに工藤君のこと大事に思ってるのね」
「そ、そらまぁ、男同士の友情、ってんのかいな?」
「それって、あの子以上?」
「は?あの毛利の姉ちゃんの事か?何で今そないなコト……」
言いつつ平次は、哀が読んでいる本に目を留めた。少女漫画のようだ絵だが、描かれているのは男のみだ。
「おい姉ちゃん……何読んでんねん?」
「これ?前にコミケを冷やかしに行ったとき、まぁいわゆるオタクな野郎どもから、このジャンルの本を無理矢理売りつけられて買っちゃったの。まぁどんなもんか、読んでみてから古本屋に売ろうと思ってたんだけど」
「一体全体この気色悪いジャンルは何なんや!?」
「BL」
「びー……何じゃそりゃ?何の略や?」
「フフ、気になるなら自分で調べてみる事ね」
「何やとォ~?」
その時、「服部く~ん!」「平次~!」と声がした。見ると蘭と和葉が公園にやってきていた。その後ろから、真純と沖矢、そして快斗が続いていた。
「わぁ~、やってるやってる!」
「すっかり元気になったみたいだね!」
和葉と真純は嬉しそうだった。蘭はコナンを微笑んで見つめた。
「よかった、コナン君……」
哀は、少々憮然とした顔で蘭を見た後、本の陰に顔を隠した。
「今回は、平次がコナン君助けたんやもんね!!嬉しいやろ~平次?仲ええコナン君戻ってきて♪」
「あ、あほ、そんなんちゃう!!」
平次は真っ赤になった後、哀の方にかがんで「何ちゅうモン見せてくれたんや!」と怒った。哀はニヤッと笑っただけだった。
「……そういえばさっきからこっち見てる人……誰?」
真純が言って指さした先には、茶髪を後ろで束ねた20代後半くらいの女性がいた。
「あ、アイツ……!!」
平次が慌てた顔をして、女性の方へ走って行き、和葉はそれを訝しげに見ていた。平次が何か怒っていて、女性は笑い飛ばして二言、三言何か言った後、手を振って帰って行った。
「そういえばボク、気になる事があるんだけど」
真純が蘭に向かって言った。
「何?世良さん……」
「いや……今回の事件、新一さんが大元だったんだろ?でも何で君は、コナン君が誘拐された時、新一さんに連絡取らなかったんだい?」
「え?……そういえば、何でだろ?」
蘭は顎に手を当てて考えた。
「何か、新一が狙われてて、ただでさえ大変だから、私たちで何とかしなきゃ、って思ったのかな?後で新一からも、事件で大変だったってメール来たし」
そう言って笑う蘭をじっと見ていた沖矢は、自分にしか聞こえない声で呟いた。
「私のせいかも、知れませんね……」
「なるほど、それで、江戸川コナンは、無事に保護されたのね」
コンビナートが立ち並ぶ埠頭で、滑らかに光る車体にもたれかかって、ベルモットがフーッと煙草の煙を吐いた。傍では安室が、腕組みをして暗い海を眺めている。
「ええ、まぁ……」
安室はフッと笑った。
「今回の一件で、ますます、興味が沸いてきましたよ……毛利小五郎という探偵に」
闇夜を悠然と白い翼が舞う。それは、闇に輝くビルの屋上の一つに着陸した。
「待てよ、怪盗キッド!!」
またあのナマガキの声だ―――キッドはニヤリとして後ろを振り返った。青いブレザーを着、ポケットに両手を突っ込んで歩み寄ってくるコナンもまた、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「やっとお出ましか、名探偵」
キッドは余裕綽々な態度でふああ……と欠伸をした。
「前回はオメーがグースカ寝てたから、張り合いが無くてつまんなくてしょうがなかったぜ」
「……悪かったな」
コナンはそっぽを向いた。
「……一応、礼言っとくぜ、キッド」
「おやぁ?何の事ですか?」
コナンは今度はジト目になった。
「とぼけんな。クロバネガイトとか名乗って服部たちと一緒に来てたの、お前だろ?オレと同じ顔だったし、気配がオメーだったからすぐに分かったぜ」
「さすが名探偵、ご明察」
キッドはモノクルを光らせた。
「じゃあ、今回はそれに免じて見逃してくれっか?」
「バーロ、んなワケねーだろ」
キッドは月明かりに、透明な宝石を翳す。そして、やれやれと言ったため息をついて、宝石をコナンの方へ放り投げた。
「っと!?」
「今回もハズレだ。返しといてくれ、名探偵」
コナンは無言で、宝石を白いハンカチでくるんでポケットに入れた。
「そーいや、小梅さんの遺体は、ご両親に引き取られたんだってな」
キッドが言った。コナンは小さく「ああ」と言った。
「葬儀にも行ったんだな?」
「……ああ。ご両親や親戚や、大学時代の友人とか、たくさん来てたよ。その様子、後でオッチャンが勉さんに面会に行って、伝えたって」
「そーそー、そこでオメー、焼香の回数間違えてたよな」
「!!オメー、いたのかよ!?」
「まぁね♪」
キッドはわざと明るく言った。コナンは俯いたままだった。
「だーい丈夫だって!オメー、小梅さんの最後のメッセージ、読み解いてただろ?……小梅さんは幸せだよ」
キッドは、遥か眼下に広がる夜景と、秋の星々を眺めた。
「オメーが、小梅さんが最期にオレの予告を持ち出したことを聞いて、小梅さんが何言ってたのか気付いたって聞いたけど……ご両親を見て初めて分かったぜ」
「ああ……小梅さんの母親はイタリア人。主にヨーロッパで活躍されている女医だそうだ。だから、小梅さんは……」
キッドは翼を広げた。フワッと風が起こり、コナンの髪をはためかせる。白い鳥は漆黒の空を飛翔した。残された小さな探偵は、口元に笑みを浮かべて彼を見上げる。
「Grazie……」
「ああ……ビッグジュエル、世界最大のサファイア・グラジー……サファイアの宝石言葉は、『感謝』だからな!!」
<あの日言えなかった言葉を…:完>
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愛する人を待ち続け、ついに帰らぬ人となった小梅。彼女の死は、平穏へと戻って行ったコナンらに、一つの答えを与える。