第一篇第三節 【新しい外史で、ボーイ・ミーツ・ガールず?のこと】
一刀は、頬を柔らかく叩かれ、意識が浮上を始める。
「パ…お…」
誰かが呼んでいるのを理解し、一刀は重たい目蓋を開こうとした。
「パパ!おきてぇ!」
「ゲフッ」
一刀が光を認識するより先に、無防備な腹によくわからない程の衝撃と背中に激痛が襲う。
「何、敵襲!?それとも朝が…ここ、どこ?」
激痛を我慢しながら勢いよく上半身を起き上げる一刀。
しかし、お腹の上に重さを感じ、思うように起き上がれない一刀は、目をそちらに遣る。そこには、山肌が露出し塔のように高い山々に囲まれた川辺を背景に、人間の少女が一刀のお腹の上に座っていた。
「パパ?」
「はい?」
状況が分からず周りを見ると、自分の周りには数十匹の猫が、寝転がったり、毛づくろいをしたりと思い思いに寛ぎながら、こちらを観察している。その中に見覚えのある猫達は見当たらない。
「…何この状況?あれ、肉球がない?指が五本ある?って人の手だ!!」
自分の頭を触ろうとして、自分の手は、肉球プニプニの猫ではなく、五指の人間の手だった。久しぶりの人間の身体を頭のてっぺんからぺたぺたと触り始める。
「戻ったのか?…でも、ここは?」
周りを見渡してみるが、どう見ても聖フランチェスカはおろか、日本の風景には見えない。
自分の置かれている状況が理解できない一刀は、取り合いず会話のできそうな目の前の少女に視線を戻す。
一刀は、少女というより幼女かもしれないと考えた。腰のあたりまで伸ばした茶色みのある髪は、くせっ毛なのか所々跳ねているが、手入れがされていないわけではない。服は紺色に白いラインの入ったセイラー風のスモックに赤いチェックスカートといった制服のようにも見える。利発そうな彼女によく似合っていた。
どこかで見たことのあるような、と考えていると、その少女と目が合う。すると嬉しさを咲かせたよう笑顔で、一刀の首に抱き着いてくる。
そして、
「パパが起きたぁ!」
ニャ~!『『起きた~!』』
彼女が上げた歓喜の声に合わせるように、猫達が鳴き声を上げると一刀の頭に別の声が流れ込んでくる。
「…はっ!?ぱ、パパァ!?ってか、今の声は何?」
パパ発言とニャンニャンと騒ぐ猫たちに囲まれている状況に付いていけない一刀だが、それは思わぬ形で答えが返ってくる。
ニャニャ『おお、兄さんにも話が通じるみたい?』
突然、一匹の黒猫が、一刀の頭に後ろから飛び乗り、話しかけてくる。
「うぉっと!?は、話が通じるって?」
彼は、突然頭の上に乗られ、前のめりにバランスを崩しそうになったが、どうにか堪える。
ニャァ『当然、お兄さんとそこのお嬢ちゃんよ』
「…」
目の前の現実に理解が追いつかず、声すら出ない一刀。そんな一刀をお構いなしに、黒猫が話を進めていく。
ニャァニャァニャァンニャ『えっとね。昨晩なんだけど。この辺りが白い光に包まれたの。何だろうと来てみれば、そこに横たわったあなたとそれに付き添うように寝ている嬢ちゃんがいたのよ。最初は行き倒れかと思ったんだけど、どんどんと他の縄張りの猫らが集まってくるし、これは何かあると思って目を覚ますのを待ってたのよ。しっかし、こんなに集まったのはいつ以来かしら?』
ニャ『川が干上がりそうになった時やな』
脱線した黒猫に一刀の右に側に腰を落ち着けている白に茶色の斑のある猫が怪しい関西弁で答える。
ニャッニャ『そんな前かぁ。あたしの倅たちが独り立ちする前ね』
ニャ『そんときには独り立ちしてたよ!母!』
今度は、一刀の左側にいる黒猫が不機嫌そうに尻尾を左右に揺らしている。
ニャァ『あんたの次の次の子たちよ』
ニャッ『早っ!!』
ニャア『あんたが奥手過ぎるのよ』
「…頭の上で親子喧嘩はやめて欲しいんだけど…」
『『…』』
ヒートアップしそうになった親子喧嘩?を一刀が静かに遮ると二匹の黒猫は黙る。
「さて、そうなると…まずは、君かな?」
「?」
一刀が、膝の上に座り込んだ少女に話しかけると、彼女は不思議そうに一刀の顔を見上げてくる。
「お名前を教えてくれるかな?」
「あまたはね!パパのむすめのほんごうあまただよ!」
「ほ、ほんごう?あまた?」
思わずオウム返しをしてしまった一刀に、
その名札をマジマジと見る一刀。そこには、
「北郷数多?」
「うん!」
「…おおう」
一瞬目の前が真っ白になり、目を覆ってしまう、一刀。そして、自分がしてきたたことを振り返ってみる。
しかし、一刀にとって娘として呼べる存在は、璃々ぐらい。それに、彼女は義理の娘である。だが、目の前の彼女は娘といっている。一刀は、いつ子供を作ったのかと思う。いや、この間まで自分は猫だったしなどと考える一刀だが、
「やばい…思いたることが、多すぎる」
そうすると、誰との娘だろうと、考え込んでいると再び頭の上から声が落ちてくる。
ニァ~『これだから雄ってダメよね。自分の子供認識できないんだから』
「…」
言い返せない一刀は、とにかく現状確認だと思い直し、膝上に座る少女に話しかける。
「…えっと、数多ちゃん?」
「なあに?」
「あまた?」
一刀の頭の中に、彼女たちの声が蘇ってくる。
『私の愛しきご主人様。私は常にあなたのお側にいますニャ。目に見えず、あなたに気付いてもらえなくとも私はあなたの隣にいますニャ』
『カズト。その子は、私たちであり、私たちの母であり、私たちの娘でもあるニャ』
『だから、私たちはいつもあなたの側にいるニャ』
『それがどんな形であれ、我らは…』
ああ、そうかと一刀の中で何かがストンと落ちた。
「パパ?」
「そうか、俺を発端とする外史。彼女らであり、彼女らの母であり、俺らの…」
そこで、一刀の視界が霞んでいく。
「俺らの娘か…」
一刀の目の端から、次から次へと熱いものが零れていく。
「パパ?どこかイタいの?」
自分の娘と名乗る少女が、不安そうに一刀を見上げている。
「はは、いや、何でもないよ。数多」
一刀は、自分の両目を服の両袖でゴシゴシと拭くと、未だにこちらを不安そうに見上げている数多の頭に手を置き、優しく撫でる。
「にゅ~」
と、猫のような声を出して、不安そうな表情を引っ込めて、嬉しそうに微笑む。
「さてと、俺たち以外にこの辺倒れてた人はいなかったかな?」
ニァ『もういいの』
「ああ、大丈夫だ。で、どう?」
一刀自身、何が大丈夫なのか、今一つわからないだが、今はそう口にすることしかできなかった。今考えても考えても分からないことを考えるより、前に進むことを考えようと一刀は考えた。諦めるには早いし、ここで立ち止まっていたら彼女たちに怒られてしまうと言い聞かせ、一刀は猫たちに話しかけた。
ニャァ『見てないわね。光った場所に来た時にはあなたたちしか見ていないわ』
ニャ『光に一直線だったし…』
親子の猫たちからは、良い答えは返ってこず、他の猫たちにも聞いてみることにした一刀。
「君たちはどう?」
ナァ『俺、光ってなかったけど倒れていた人間なら見たぞ』
数多の近くにいた茶色の斑のある雄猫が声を掛けてきた。
「そうかって、えっ?!見たの!」
ナァ…『見たぞ。大きな赤い雌虎が近くに居たから、まず助からないだろうけど…』
ガアアア『来るなぁ!』
その雄猫が言い終える前に、森の方から悲鳴に近い咆哮が山彦になって響き渡る。
一刀は、数多を抱き抱えながら立ち上がると、雄猫に言う。
「その虎の所へ案内してくれ!」
ナァァ「しかしなぁ」
「頼む!案内だけで良い!急がないと!」
山に響き渡る咆哮に只事ではないと判断した一刀は、雄猫に詰め寄る。
ニァ『なにさ、情けない。それでも、雄?」
頭にいた黒猫が、茶色の斑のある雄猫の目の前に飛び降りると一刀に加勢する。
ナッ『なっ、わかったよ、わかりました。喰われても知らないからな!』
雄の矜持を刺激された雄猫は、咆哮が聞こえた森へと歩き始める。
「ありがとう。行くよ、数多!」
「うん!」
一刀は数多を片手で前に抱くと、付いてくる猫たちと一緒に森の中に入って行く。
†
ガルルル
「お願い!そこを退いて、その女性はまだ息をしているの!治療を施せば助かるかもしれない!だから、お願い!」
血を流し、傷だらけの女性の前に大きな赤い虎が陣取っていた。そして、その虎に必死に話し掛ける女性がいた。
虎と対峙している女性の歳の頃は、二十歳位だろうか。森に入る又は、旅をするには似つかわしくない真っ白なワンピースで丈の短いスカートからは、ムッチリとした太ももがエロ…コホン、所謂チョーカータイプと言われるレースクイーンのような格好の上に真っ赤なベストを羽織り、長い赤髪をうさぎの耳のようにしたツインテールの女性だ。ワンピースの胸元は、大胆に開れ、それを見た男たちは一様に前屈みになるのは受け合い…ゴホン…極めつけは、そのナイスバディに負けない
ガアアア
「うう、あたし、負けません!目の前に患者さんがいる限り!ゴットヴェイドーの名にかけて!!」
しかし、そんな気合いが赤虎に伝わるわけがなく、逆に虎の警戒心が高まる。
ガルル
赤虎は、獲物を護る様に姿勢を低く保ち、女性の様子を窺っている。しばらくにらみ合いが続くかに見えたが、赤虎に変化が見えた。
赤虎の耳がピクリと動くと、女性の右側の茂みを警戒し出す。
グルル
「なに?」
ガサガサ
女性も何かが近づいてくる気配を感じたのか。赤虎を警戒しながら、そちらに目を遣る。
「ぷはぁ」
「とうちゃーく」
ニャギャー『目の前だぁ!!』
そこから現れたのは、なんとも場違いな数多を抱いた一刀と猫の大群だった。ただ猫たちは赤虎に気付き、蜘蛛の子を散らしたように逃げって行く。
ガルル『また、人間!』
「危ないわ!さがりなさい!」
赤虎は警戒をさらに強くし、女性は驚いたものの、飛び出してきた一刀に警告する。
しかし、一刀は、年上に見える女性の警告を無視し、数多を自分の背後に庇うように下ろすと、赤虎の後ろに倒れている女性を目で確認し、正面に立って語りかけた。
「お前さ、お腹が空いているかもしれないけれど、その人を譲ってくれないかな」
赤虎との距離は、人間の足で十歩程度。赤虎が飛びかかれば、一溜まりもない距離。
それを更に詰めようとする一刀。それを見ていた女性は、声を上げそうになったが、赤虎をこれ以上刺激しないようにと、口に右手を当て、無理やり声を抑える。
しかし、彼女の努力は効果がなく、一刀の行為は、赤虎の警戒を高めさせた。赤虎は、毛を逆立てると一刀に対して吠える。
ガル『ダメ!かか様は、渡さない』
「かかさま?そこの女性はお前の母親なのか?」
ガルル『かか様は、大煌のかか様なの!!だから、誰にも渡さない』
「そうか、その人はお前のかか様なんだね。じゃあ、かか様を守っているんだ」
ガル『そう!祭も雪蓮もいないから、だから、私が守る!誰にも渡さない』
「でも、そうするとその人は死ぬことになる。それでもいいのか?」
ガ、ル『う、嘘!かか様は強いの!誰よりも強いの!死ぬわけない!』
興奮気味の赤虎は、どこか幼さのある駄々っ子のように一刀に抗議する。
「死なない人なんていないよ。それにその人は、血を流してる早く治療をしないと危ない」
カウ『うう』
先程まで赤虎と対峙していた女性は、不思議な光景に目を奪われていた。突然現れた青年が、赤虎と会話を始めたのだ。会話など成立しないはずの虎を説得し始めるのだ。それが不思議以外の何物でもない。一瞬、
では、彼は何者なのだろう。確か、多くの猫と一緒に現れたはず、動物と意思を疎通できるのだろうか?できるのならばどうやって、妖術?しかし、妖術使いであるならば、気の巡りで分かるはず。であるならば…
「そこのお姉さん。治療する物とか持っていますか」
「えっ!ええ、これでも医者だから」
一人物思いに耽っていた彼女に、一刀が話しかけると、彼女は驚きながら返事を返してきた。
「本当ですか!?おい、運がいいぞ!あのお姉さんはお医者さんだ。お前のかか様を助けてくれる」
確かに、これほどの幸運はないかもしれない。広大な大地の広がる大陸。しかも、人がいるかも定かでない森の中で、医者に出会えるなど、どのぐらいの確率だろうか。
ガウ『本当?』
「ああ、本当だ」
赤虎は、傷だらけの女性、青年、そして医者だと言う女性を順番に見て、そして願いを込めて鳴いた。
クウ『…お願い!かか様を助けて!』
「わかった。お姉さん、女性の治療を。お前はこっちにおいで」
「は、はい」
カウ『かか様』
赤虎は、倒れた女性から目を放すことなく、その道を譲るのだった。
つづく
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第一篇第三節です。
ここから前作と違いが出てきます。
ではでは
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